ワルキューレ
・・・・それは女神の名を冠したミッション。
・・・・実話好き,歴史もの好きの私としては,もうそれだけで鑑賞意欲は最高潮に達する。首謀者のひとりで,のちに「ヒトラーに対する抵抗運動の英雄」と讃えられたクラウス・フォン・シュタウフェンベルク大佐を,トム・クルーズが演じると聞けば,封切り日にいそいそと劇場へかけつけた。
↑シュタウフェンベルク大佐
ワルキューレ作戦って,暗殺計画そのものを指すのではなく,ヒトラーの危機管理オペレーションのことだったのね。クーデター発生時に備えて,ヒトラーが作らせておいたもので,シュタフェンベルグ大佐たちは,ヒトラー暗殺後にそれをうまく利用して,政府転覆を図ろうとしたんだって。ヒトラーを殺しても,それだけではナチを潰すことはできないと考えた彼らは,暗殺を親衛隊のクーデターに見せかけてワルキューレ作戦を始動させ,国家予備軍を動かしてベルリンを制圧し,親衛隊やヒトラー勢力を一掃しようという大胆不敵な計画を立てたのね。
いやまず,ヒトラー政権に楯突くナチの将校たちが存在した,というだけで感動した!ドイツじゃみんな知ってることなんだろうけど,哀しいかな,私は勉強不足で全く知らなかった・・・
ドイツの軍人なら,みんなヒトラーに忠誠を誓っていたと思っていただけに,彼らの中にも,ヒトラー政権打倒のために命を懸けた人々が存在したということを知っただけでも,この映画は私にとって一見の価値があった。
有名な史実だけに,さまざまな憶測や思い入れも多いこの事件を,監督は奇をてらうことなく,できるだけ事実に忠実に描いていて,トムもいつものオーラを抑えめにして手堅く演じていたような印象を受けて好感が持てた。
考えてみれば,シュタウフェンベルグ大佐たちのレジスタンス運動は,1944年7月。その当時,すでに衰退の兆しを見せていたヒトラー政権。(事実,そのわずか9ヶ月後の1945年4月30日には,連合軍との戦いに敗れたヒトラーは自殺している。)
つまり,彼らのレジスタンス運動がなくても,ヒトラーは滅ぶ運命にはあったわけで,彼らの中にはそれを予見していたものもいたかもしれない。しかし,「打倒ヒトラーを,連合軍まかせにせずに,自分たちの手で反旗を翻したい」,と強く願った彼らの心意気や祖国愛には感動を覚えた。
「ヒトラーだけがドイツ人ではない」ということを世に知らしめたい・・・・計画の画策に関わっていたトレスコウ少将(ケネス・ブラナー)の言葉である。
レジスタンス運動の陣営の顔ぶれは,名優ぞろいだった。
シュタウフェンベルグ大佐が仲間に入る以前から,何度もヒトラーの暗殺計画を実行しようとしてきたトレスコウ少将を演じたケネス・ブラナーの他にも,ベルリンの国内予備軍副司令官で,ワルキューレ作戦発動の責任を負ったオルブリヒト将軍にビル・ナイ。早くからヒトラーと対立して辞任していた元陸軍参謀総長のルートヴィヒ・ベック役にテレンス・スタンプ。
そして,そのほかにも,シュタウフェンベルグらの計画に感づいていながら,自分の利益になる方につこうと日和見を決めこんでいたフロム将軍役にトム・ウィルキンソン。ワルキューレ作戦が発動された地点ではレジスタンス側に操られていたけれど,途中でヒトラーの生存の知らせを受け,一転してレジスタンス鎮圧側にまわったレーマー少佐にトーマス・クレッチマン。
・・・・そして,シュタウフェンベルグの妻ニーナ役には,ブラック・ブックでヒロインを演じたカリス・ファン・ハウテン。
特に,トーマス・クレッチマンの少佐の身ごなしはカッコよかった!ナチの軍服って,着るだけでそれらしく見せてしまえる並々ならぬパワーがあるけど,それでも軍服が一番颯爽と似合っていたのは,やはりドイツ人であるこのひと。「戦場のピアニスト」での気品あふれる軍服姿を懐かしく思いだした。
それにしても,この作戦が失敗した理由って・・・・
てんこもりだったなぁ。
暗殺が失敗したのは,運が悪かったとしか言いようのない面もあるけど。会議の時間が早まったために2個仕掛ける筈の爆弾が1個しかできなかったこととか,殺傷力の強い窓無しの部屋ではなく,窓の開いた部屋に会議場所が変更になったこととか,爆弾入りの鞄の位置を動かされたこととか・・・・爆発にも関わらず,軽傷ですんだヒトラーの悪運の強さ!まさに「悪魔の加護を受けている」としか思えない。
そして,暗殺失敗後,ワルキューレ発動から鎮圧されるまでのレジスタンス側の動きは・・・はっきりいって足並みがそろわなくてグダグダだった。ヒトラーの死亡をはっきりと確かめずに「成功した!」と伝え続けた(そう信じてたのだから仕様がないが)シュタウフェンベルグ大佐。その他にも,肝心な時に優柔不断になる者あり,その反対にしびれを切らして見切り発進する者あり・・・・。情報戦での敗北も決定的な打撃につながった。
結局彼らは一網打尽に逮捕され,シュタウフェンベルグとオルブリヒト将軍を含む4名は即決裁判で銃殺される。(そのほかのメンバーも自決したり,後日処刑された。)銃殺シーンでのオルブリヒト将軍の気弱な一面に涙を誘われたり,「ドイツ万歳!」と叫んで死んでいったシュタウフェンベルグの姿に胸が熱くなったり・・・・。そうそう,彼の副官のヘフテン中尉(ジェイミー・パーカー)がシュタウフェンベルグに発せられた銃弾の前に身を挺して,彼を庇うようにして死んでいったシーンが切なかった・・・・。
シュタウフェンベルグ大佐・・・・この,ドイツの良心であり,英雄である人物をハリウッドが映画化することに関しては,(特にトムが彼を演じることに関して)本国のドイツや大佐の遺族の間ではいろいろ物議をかもしたそうだ。確かに,ドイツの方がこれを観ると苦言を呈したくなる点もあるかもしれない。登場人物みんな英語でしゃべってるし。
でも,ドイツ人でない私は,今まで知らなかった史実を教えてもらえてとてもありがたかったし,登場人物それぞれの葛藤や緊張感が手に取るように伝わってきたこの作品は,とても見ごたえのあるものだったと思う。
・・・・ただし,鑑賞前に史実や人物をちょっと下調べして行った方が楽しめるかもしれない。ドイツの名前ってやたら長くって混乱する。
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