はじめまして、【世界】
5歳の男の子、ジャックはママと一緒に「部屋」で暮らしていた。体操をして、TVを見て、ケーキを焼いて、楽しい時間が過ぎていく。しかしこの扉のない「部屋」が、ふたりの全世界だった。 ジャックが5歳になったとき、ママは何も知らないジャックに打ち明ける。「ママの名前はジョイ、この「部屋」の外には本当の世界があるの」と。(ウィキペディアより引用)
第88回アカデミー賞主演女優賞のほか,たくさんの賞を受賞した本作。
ほっこりするキャッチコピーや,DVDジャケットの写真とは裏腹に,この物語のモデルとなった実際の監禁事件(フリッツル事件)そのものは,すごく恐ろしく残酷である。
フリッツル事件の被害者の女性は,実の父親によって,何と24年間も実家の地下室に監禁され,彼女が性的虐待によって生んだ父親との子供は,流産した子も含めると7人にも!及んだというから凄まじい。
こんなにも酷い事件がモデルになって書かれた物語の映画化なのに,なぜこんなにハートフルな感動を呼んだのか・・・・それは,これが,被害者である母親の視点ではなく息子のジャックの幼い目を通して捉えられた物語であるからかもしれない。
生まれた時から彼の世界は「ルーム」がすべて。
友達はいないけど家具やおもちゃに語りかけ,大好きなママと過ごす時間。ママはいつも明るくいろんな遊びや勉強も教えてくれて,ジャックは寂しさや不自由さは感じずに来た。TVの中で繰り広げられる出来事は,全部ホンモノではないと思ってきた。だから今の状況にも不満やストレスは感じていない。
こんな悲惨な状況でも,いや,悲惨な状況だからこそ,息子の心だけは,誕生以来ずっと守り続けたママ,ジョイの愛情の深さがまず凄い。
物語の前半は,ルームからの決死の覚悟の脱出劇が山場になっている。
外の世界の存在を実感したことのないジャックが,ママの言うことに忠実に従って命がけの脱出を試みる・・・その健気さに胸があつくなりつつも,上手くいくのかどうかドキドキハラハラ・・・・そしてなんといっても,ジャックを演じた天才子役のジェイコブ・トレンブリー君の,あの瞳の演技!初めて自分の目で,外界を見た時の,無垢な驚きの表情が素晴らしい。
ジャックがまず警察に保護され,続いて「ルーム」が発見され,ママの救出。そこで涙ながらに抱き合う母子・・・・めでたしめでたし・・・で普通は終わるところだけど,この物語はそこで終わらない。もとの「世界」へ戻れたママと,初めて「世界」を体験するジャック。それは二人にとって新たな試練の始まりでもあったのだ。
ジャックの生物学的な意味での父親が,ジョイを拉致監禁した犯人であるという事実。「親とは子供に愛情を注ぐ存在」だという理由で「ジャックの親は私だけ」とインタビューで言いきるジョイ。でも,ジャックが生まれたいきさつは,彼がこれから成長していく過程で,乗り越えなくてはならない大きな障害になるということは誰もが思っていることで・・・実際に,行方不明だった娘の生還を喜びつつも,ジョイの父親(ウィリアム・H・メイシー)は,犯人の子でもあるジャックを孫として受け入れることができなかった。やはり父親としては無理もないのだろうか。
その点,やはり母親は違うというか,ジャックのばあば(ジョアン・アレン)は,娘のジョイも孫のジャックのことも自然に受け入れることができる。いろいろな思いはあったにしても。ばあばの今の恋人(夫?)のさりげない優しさも救いとなって,自殺未遂までしたジョイの心もゆっくりと再生へと向かっていく・・・・。
ラスト近く,ジャックとママが,監禁されていた「ルーム」を訪ねる場面が印象的だった。ジョイにとっては地獄のような思い出もあっただろうこの部屋。でもジャックにとっては,生まれ育った懐かしい場所。かつて自分の全世界だった空間。ジャックは「さようなら」と思い出の家具の一つ一つに別れを告げる。まるで幼友達に話しかけるように。半ばパニック状態でここを脱出したあの日には,ゆっくりと告げることのできなかった別れの言葉を。
ジャックの「世界」での生活はやっと軌道に乗り始めたばかり。
この先には,楽しいことと同じくらい,生い立ちゆえの辛いことや理不尽な試練が待っているに違いない。でもママと一緒に乗り越えていってほしい。100万回のエールを贈りたい・・・と思った。
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