カテゴリー「映画 や行」の8件の記事

容疑者Xの献身

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TVドラマの「探偵ガリレオ」シリーズは未見だ。
しかし,原作である東野圭吾さんの「容疑者Xの献身」は,話題作だったので一読している。(詳しいところは忘れてしまっていたが,愛する女性のために完全犯罪を実行した天才数学者の物語・・・ということは記憶していた。) 原作では,小太りでまったく冴えない男・・・という数学者「石神」を,ハンサムな堤さんが演じると聞いて俄然興味が湧いてきて・・・。

あらすじ: 惨殺死体が発見され、新人女性刑事・内海(柴咲コウ)は先輩と事件の捜査に乗り出す。捜査を進めていくうちに、被害者の元妻の隣人である石神(堤真一)が、ガリレオこと物理学者・湯川(福山雅治)の大学時代の友人であることが判明。内海から事件の相談を受けた湯川は、石神が事件の裏にいるのではないかと推理するが……。(シネマトゥデイ)
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いや~何てったって,堤さんの変貌ぶりに驚いた。
原作を読めば読むほど,「もう,堤さんじゃ,ルックスの点だけでミスキャストでしょう!」と懸念していたのだが。・・・・だって石神がこの犯罪を犯したのは,隣人のシングルマザー,花岡靖子(松雪康子)への崇高と言えるほどの片思いのゆえなのだ。そして,そんな一途な秘めた愛を抱く根暗な数学者は,断じてハンサムであってはならないからだ。・・・・全身から「モテないオーラ」がぷんぷんと匂ってくるような人物でなければいけないはず・・・。

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しかし,この作品の石神を演じた堤さん・・・・見事にご自分のイケメン・オーラを消すことに成功されていた!その立派な体格なんかはどう変えようもないのだけど,背中の丸め方,洋服のちょっとだらしない着方,とぼとぼとした歩き方・・・そして何より,その自信のなさそうな,無気力そうな表情と,聞いてる方が思わずイラつく,辛気くさいしゃべり方・・・な,なんて地味なんだ!
そして,どうしたんですかぁ~,その目?と聞きたくなるくらい,なぜか始終腫れぼったい瞼(泣きはらした後みたいに・・・・)いやはや,クライマーズ・ハイの,あの精悍な堤さんとはまるで別人で。

佇んでいるだけでファッションモデルのように麗しい福山さんと並ぶと,まさにその「冴えない」「不器用な」「孤独な」「変人の」キャラが際立っていた。いや~,この堤さんを見れただけでも,この作品を観てよかったと思った。
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この作品の見どころって,石神の仕掛ける,完全犯罪のなぞ解きだけではない。天才物理学者である湯川と,天才数学者である石神の知恵比べも面白いし,友人を追いつめなければいけない湯川の,内心の苦悩や葛藤など,心理的なドラマも深いものがある。・・・そして何といっても鑑賞後に,心に強烈に訴えかけてくるのは,それほどまで犠牲を払った石神の「靖子に対する思いの深さだろう・・・。

なぜ石神は,靖子のためにそこまですることができたのか?
彼女とその娘は,孤独で潤いのない石神の人生に
いったい何をもたらしてくれたのか?


ラスト近くの彼の号泣シーンは圧巻だ。


顔をくしゃくしゃにゆがめて,声を振り絞って慟哭する堤さん
を,ぜひしっかりと観てほしい。数学しかこの世に持っていなかった孤独な男が,生まれて初めて抱いた「愛する対象」を,どんなにいとおしく思い,生きがいにしてきたか。靖子たち母娘の幸福こそが,彼の生きる目的だったということが,堤さんの狂おしい泣き顔から切々と伝わってくる。

TVシリーズはもっと軽妙なテイストらしいが,この映画版は原作の持つ雰囲気に忠実に,真摯な人間ドラマに仕上がっていたようだ。TVシリーズを観たことがない私は比べることができないけど。

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欲望の翼

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香港を舞台に繰り広げられる,若者たちの切ない群像劇
ウォン・カーウァイ監督の花様年華」「2046」へと続く,60年代3部作への序章となる作品。

もう今では決して実現しないだろう超豪華な出演陣。
主人公のヨディにレスリー・チャン
彼に翻弄される二人の女性にマギー・チャンカリーナ・ラウ
彼女たちに恋する青年にアンディ・ラウと,ジャッキー・チュン
ラストシーンだけに登場するギャンブラーにトニー・レオン
まあ,よくもこれだけ揃ったもんだ。
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青春群像劇,と言っても,この作品のDVDのジャケットのデザインのように,皆で一堂に会して,ワイワイガヤガヤとストーリーが進行するわけではない。5人の青年達の物語は,それぞれが1対1で進行し,誰もが叶わぬ思いを相手に対して抱いている。

核となるのはレスリーが演じたヨディの物語。
その頽廃的で妖しい魅力と気障な台詞で,女性の心を虜にするヨディ。しかし彼は,養子という生い立ちゆえか,傷つきやすい心を内に秘め,相手と真剣な愛情関係を結ぶことができない。彼を愛した女性たち・・・サッカースタジアムで働く堅実なスー(マギー・チャン)と,奔放な踊り子のミミ(カリーナ・ラウ)は,少し関係が深まると彼から捨てられる羽目になる。
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ヨディは女性の立場から見れば,ほんとに薄情でとんでもない色男なんだけど,レスリーが演じるこのヨディの魅力ときたら・・・・!
けだるく横柄な雰囲気とは裏腹に,哀しみや寂しさを滲ませたまなざし。そして,女心をわしづかみにする殺し文句の数々・・・・。彼の魅力,というか魔力に逆らえる女性なんていないのではないか?

ランニングにトランクス姿で,チャチャチャを踊る彼の,まあ色っぽいこと。レスリーの踊りは,ブエノスアイレスのしなやかなタンゴや,さらばわが愛の華麗な京劇でも見惚れてしまったが,この「トランクスでチャチャチャ」も,とってもキュートだった。

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ヨディを愛するスーとミミ。
彼女たちは捨てられても,なかなかヨディを思いきることができない。しかし,ヨディは,誰に愛を返すこともなく,自分を捨てた生母を探し求めている。・・・・そしてスーに恋心を抱く警官のタイド(アンディ・ラウ)と,ミミに焦がれているサブ(ジャッキー・チュン)。彼らの一方通行の想いもまた,相手に届くことはない。

劇中の誰もが,誰かに恋い焦がれていながら,その愛はみんな片思いで,報われることがない,というのがじれったく,切ない。生母を捜し当てたヨディもまた,彼女に会ってもらえない。傷ついた心を隠して,振り返ることなく歩いてゆくヨディの背中に漂う怒りと哀しみがやるせない。
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スーに恋する警官タイドを演じたアンディ・ラウ。
ヨディとは正反対のようなストイックなキャラで,夜の街を警らする彼は,傷心のスーに控えめに優しく手を差し伸べる。「話したくなったら,この時間に公衆電話に電話して」とスーに言うタイド。・・・・しかしスーが彼に電話をしたとき,タイドは警官をやめて船乗りになっていた。・・・ここでもまたすれ違い,ああ・・・。

制服姿のアンディは,帽子の影になって顔の下半分しか見えないことが多かった。彼の唇の形が完璧だってこと,改めて気づいた。(口角の上がり具合kissmarkを見よ!)そしてその声が意外に甘くてきれいなことも。
船乗りになった彼は,フィリピンで偶然ヨディを助ける羽目になり,行きがかり上,彼の死をも見届ける。ヨディに振り回されながらも,さりげなく彼の生き方をいさめるようなことも言い,それでも最後まで彼を見捨てずに傍にとどまるのである。(涙が出るほどいい人だ・・・このタイド)

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しかし・・・愛し,愛されることって,
なんて難しいんだろう・・・・。
どうして,愛しても甲斐のない相手に,
惹かれてしまうんだろう・・・。

ひとは,結びつくよりも,
すれ違い,傷つけあうことの方が多いのだろうか。

生母に捨てられた,というトラウマから,愛に臆病になっていたヨディが好んで話す,のない鳥の話。その生涯を通して飛び続け,疲れたら風の中で眠り,地上に降りるのは死ぬときだけ」という鳥の話は,ヨディ自身の,安らぎのない人生を象徴しているようで哀しい。彼が汽車の中で撃たれて息を引き取るときの,「鳥は最初から死んでいたんだ・・・」という言葉は,何を表わしていたのだろう。

それまで,おそらく大勢の人を傷つけて生きてきただろうヨディ。それでも憎み切ることができない,不思議な哀れさと魅力を持つヨディ。彼がたったひとりで逝くことなく,その臨終の場に,誠実なタイドがいてくれたことが,せめてもの救いのように,私には思えた。
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そして,なぜか最後のシーンに
唐突に登場するトニー・レオン。

身を屈めないと頭が天井につきそうな部屋のなかで,宵闇の中,出勤前の身支度をする彼。何の台詞も説明もないのだが,彼のさりげない仕草の全てが,なんだかやけに格好いい。 最後に,窓の外にポイと無造作に煙草を投げ捨てて部屋の灯りを消す仕草までが,惚れぼれするくらい,キマっていた。
これは続編へつなぐつもりだったのか・・・意味深なシーンである。たったこれだけの登場で,意味不明であるにも関わらず,仕上げに極上のひと筆が加筆されたような感じを与えるのは,さすがトニー・レオンのオーラのなせるわざだろうか。

全編を通して,香港の,そしてフィリピンの,むせかえるような湿度を感じる映画だ。登場人物の汗や吐息や,土砂降りの雨や,黒々と濡れた夜の舗道・・・・。ラテン・ミュージックの哀切な調べ・・・・。

そしてそれぞれに孤独を抱えた若者たちの危うさ・・・・。彼らの誰もが魅力的で,いとおしく思えてならなかった。

評判通りの傑作・・・たまらなく心に焼きつく作品である。

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山の郵便配達

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藍宇リィウ・イエの,映画初出演の作品ということで鑑賞。
1999年に中国金鶏賞を取った,地味だけど静かな感動の余韻がいつまでも後を引く作品だ。 原題は,「あの山 あの人 あの犬」だそうだが,確かに深く険しい山峡の風景と,そこに生きる素朴な郵便配達の父子,そして彼らの愛犬の,三者が主役の物語だった。

舞台は,80年初頭の中国・湖南省西部の山間地帯。

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引退する父の仕事を受け継ぐ息子の,初仕事につきそう父。一度の配達に,なんと二泊三日を要する過酷な道中,ずっと留守がちだった父に,それまでよそよそしい思いを抱いていた息子は,次第に父の寡黙で真実味あふれる生き方や,仕事への思い,家族への思いを感じ取るようになる・・・・。

この映画って,キャストの役名がない。「父」「息子」「母」・・・という具合だ。犬だけは「次男坊」という名前をもらってるけど。ストーリーもシンプルそのもので,彼ら父子の,二泊三日の郵便配達の様子を,淡々と映し出す・・ただそれだけだ。
・・・・それだけなのに,なぜ,こんなにも,
何でもないシーンまでが
しみじみと心に響くのだろうか。

父役のトン・ルゥジョンは,
素朴でいかにも普通の枯れた父親,という感じ。
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息子と初めて二人きりの旅に出た
彼の様々な思い。


知らぬ間にたくましく成長した息子の姿に感慨を深め,かつて自分が肩車した息子に,今度は自分が背負われて川を渡る時,その背でこっそりと涙を流す父。・・・そして,生涯かけて自分が全うしてきた仕事を,心残すことなく,確かに息子に伝えたい,という思い。
折にふれて息子に注がれる,父のまなざしの静かな優しさ。
家族に対しても,仕事に対しても,深い愛情を抱いてきたことが感じられる。

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そして息子役のリィウ・イエこれがデビュー作だという彼は,このときはまだ,中央演劇学院の学生だったそうで。

彼の演じた「息子」は,藍宇(ランユー)とはまったく別人の,いかにも純朴な,土臭さと瑞々しさが共存してるような青年なのだけれど,はにかんだような笑顔の可愛らしさは,やはりこのひとの最大のチャームポイント。黙っていると憂い顔ともいえる彼が,ぱっと屈託なく笑う時,その顔に陽がさしたかのような明るさが広がる。

それに藍宇のときは,相方の胡軍(フー・ジュン)さんも背が高かったからそんなに気付かなかったけど,この作品で小柄な「父親」と並ぶと,その背の高さが際立つ。(東洋人ばなれした足の長さだ・・・いや中国の男性は足が長いのか???)

親には孝を尽くす・・・というお国柄のせいか,それとも,もともと優しい気立てのせいなのか,父に親しみは抱いてなくても,従順に従い,時折気遣いも見せる息子。しかし父の愛を確信したことがなかった彼は,これまで一度も「父さん」と呼んだことはなかった。

その彼が,自分が誕生した時のエピソードを父から聞かされ(このエピソードがまた心に沁みる)ごく自然に「父さん・・・」と呼ぶようになる。

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そして,ある意味,主役級の存在感のある犬の「次男坊」

もう,この犬がめちゃくちゃ・・・いい!
なんとも健気で,お利口で・・・(この役を演じた犬も演技派だ)
一人っ子政策のせいだろうか,犬に「次男坊」と名付けるのも,飼い主の家族のお茶目さと,犬への深い愛情が感じられる。

父の仕事の完璧な相棒として,郵便配達には欠かせぬ存在になっていた次男坊。息子が一人で初仕事に出かけようとした朝,次男坊は息子についてゆこうとしなかった。まだ,彼を一人前の郵便配達と認めてなかったのだ。それで父が仕方なく息子と一緒に行くことになったのだけど。

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しかし,父子の「引き継ぎ」の旅をしっかり見届けた次男坊は,次回からは一人で仕事に行く息子についてゆく。
このときの犬の演技(?)が素晴らしい。
今度こそ見送りにまわった父親に向かって,一度は名残惜しげに駆け戻ってくる次男坊。しかし父に背を押され,意を決したかのように,遠ざかる息子を追って一目散に走ってゆく。・・・・これからは息子の道中を助けるために。

父の思いを受け止めて,しっかりした足取りで出発する息子。
そのお伴をする次男坊と,その後ろ姿をいつまでも見送る父。
父の気持ち,息子の気持ち,犬の気持ち・・・・
そのどれに思いをはせても,切ないような優しいような,
なんとも言えない思いがこみあげてきたラストだった。

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ゆれる

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あの橋を渡るまでは 兄弟でした・・・・。

鑑賞中,何度も鳥肌がたった。
香川照之と,オダギリジョーの,息詰まるような演技バトル。作品中に描かれる,人間の心の中に秘められた深い謎と闇。・・・・間違いなく,これまで観た中でも最高と思える邦画のひとつ。

兄弟間に存在するライバル意識や嫉妬心は,やっかいなものだ。特に同性の二人兄弟の間のそれは。

私は女二人きりの姉妹で,おまけに年子だったので,「兄弟姉妹は,ライバル」というのは,よくわかる。きょうだいって,小さい頃は,お揃いの服を着せられたりして,親からも公平に扱われるのに慣れている。しかし成長するにつれて,それぞれ進む道によって,きょうだいでも人生の明暗が分かれることもある。

・・・・きょうだいの場合,相手に自分よりはるかに優位に立たれることは,赤の他人にそうされるより,悔しさが大きい場合もあるかもしれない。だって,「同等のはず」という思い込みが心のどこかにあるからだ,きょうだいの場合は。

田舎に住んでて,両親の世話や家の後継ぎを一手に引き受けるのは,今の時代は「貧乏くじ」という場合もあるだろう。男兄弟なら長男の役目。女姉妹の場合,私の周囲(立派な田舎です)では,上の娘から順に嫁いでしまって,残された末娘が田舎に残って両親の世話をする場合も多い。

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この物語の主人公である兄弟,稔と猛・・・・・。

田舎で家業のガソリンスタンドを継ぎ,父親と二人暮らしをしている,朴訥で優しい兄。東京でカメラマンとして活躍している,奔放で気ままな弟。

吊り橋での転落事故の犯人として逮捕されてから,それまでひたすら優しく人当たりのよかった兄が,少しずつその本心,というか,それまでのたまりにたまった鬱憤を弟にさらけ出すようになる。それは,ハンサムで女性にもてて,何のしがらみもなく,都会生活を謳歌している弟に対する嫉妬や,損な役回りを演じていることへの積年の恨みのようなものか・・・・。

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面会室での,兄弟のシーン。

彼が弟に対して,「実はどんな思いを抱いていたのか」告白する口調は,時には激しく,時にはぞっとするほど冷たい。もはや習慣となってしまっている作り笑いが突然こわばり,憤怒の形相にと豹変する,香川照之の演技は,見事としかいいようがなく,兄の豹変ぶりと,その本音を知って,激しく動揺するオダギリジョーの繊細な表情の演技からもまた,目が離せない。

いったい,あの吊り橋の上で,
ほんとうは何があったのか?

兄はわざと弟を暗示にかけて,有罪の決め手となる偽証をさせたのか?弟に「助けられる」ことを厭うほど,兄の恨みは深かったのか?それとも暗示をかけることで,弟を試したのだろうか?「弟は他人との関係が希薄で自己中心的な人間で,それゆえに他者との記憶が不確実である」ということを,証明したかったのか?

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最後の法廷で,証言した弟を見つめる兄の何とも言えない冷ややかな目つきを,一体どう解釈すればよいのだろう。

真実は,まさに藪の中。
解釈は,観客に完全に委ねられている感じだ。ラストがハッピーエンドなのかどうかさえ,感じ方は人それぞれだろう。「本音」というハンマーで粉々に叩き壊された兄弟の絆は,今度こそ,ゼロから築き直すことができるのだろうか?


「ゆれて」
いたのは,吊り橋だけではなかった。
登場人物の心,観客の心,
事件の真相,兄弟の絆・・・・


この世には,確実で不動だと言えるものは一つもないと思えるくらい,全てのものが,哀しいくらいにゆれていた。

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やわらかい手

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面白かったし,感動もしたし,元気ももらえる作品。
お勧めです。

どうみても,ごく普通の,冴えない初老の主婦マギー。
ぬいぐるみのような体型と,堪え忍んでいるような,地味で控えめな雰囲気。ハローワークでは,「あなたの年齢での就職は無理!」と,無惨に断言された彼女が,最愛の孫の治療費のために,藁にもすがる思いでくぐった「性風俗」の店。

イギリスのコメディーは「弱者の開き直りによる奮闘物語」を描くのがとってもうまい。その奮闘ぶりは,どれも奇想天外な設定で,ラストは爽快なハッピーエンドに終わる。たとえば「フル・モンティ」とか,「カレンダーガールズ」とか「キンキーブーツ」とか・・・・。

このやわらかい手は,少し暗めの印象を受けるが,それでも主人公のマギーが,思いがけずに飛び込んだ性産業界で思わぬ成功をおさめ,次第に人間としても女性としても,したたかに輝きを増してゆく過程を観るのは,気持ちが晴れ晴れするものだった。

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それにしても,この作品の見どころのひとつには,彼女が売れっ子になった「客を手だけで絶頂に導く」という仕事があると思う。「日本式」だ,とオーナーのミキは自慢していたが,・・・・・・ホントにあれって日本にもあるの?

壁を隔てた客にとっては,若さも容姿も必要なく,一番重要なのは「手」の滑らかさや柔らかさとそのタッチ。そう,マギーは「ゴッドハンド」の持ち主だったのだ。

愛する者のために腹をくくった人間ほど
強いものはない。

しかし彼女は本来,芯に強さを秘めていた女性だと思う。最初こそ,怯えたり躊躇したりしたけれど,開き直るのも順応するのも早かった。誇りとユーモアを失わず,やがては自分の仕事を,隠すことも恥じることもなくなってゆく・・・・。
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マギーが,今まで自分を見下してあれこれと詮索してきた友人たちに,仕事のことを告げて胸を張り,友人たちの反応を面白がるシーンは何とも小気味がいいし,彼女の生きざまにオーナーが次第に惹かれてゆく姿も,味わい深い。それまでマギーに冷たかった嫁が,真実を知って初めて彼女に感謝するシーンもまた心に沁みる・・・・。

設定の特異さと「怖いもの見たさ」にも近い好奇心の赴くままに,ストーリーを追いかけてゆくと,何とも心地よく程よい感動が待っていた・・・・そんな感じの名品だ。女性には特にオススメ。

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4分間のピアニスト

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なんとも,洒落た・・・というか意味ありげな,センスのよい邦題だ。加えて,手錠につながれたヒロインの後姿のポスターに,ひどく興味をそそられる。

あらすじ: 80歳になるトラウデ(モニカ・ブライブトロイ)は、60年以上女子刑務所でピアノを教えている。彼女は何年も貯金して新しいピアノを購入するが運送に失敗し、その責任を追及される。早急に彼女のピアノレッスンを受ける生徒を探す必要に迫られたトラウデは、刑務所内でジェニー(ハンナー・ヘルツシュプルング)という逸材と出会う。(シネマトゥデイ)

これは,二人の女性トラウデ・クリューガー先生と女囚ジェニーの,音楽をめぐる,闘いと絆の物語だ。
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たぐいまれなピアノの才能を持ちながら,,殺人の罪で服役中のジェニー。過去に,同性の恋人をナチに処刑された,重い秘密をもつクリューガー先生。閉ざされた塀の中で出会った二人の女性は,どちらも一筋縄ではいかない過去を持ち,他人と妥協も打ち解けもせず,最初から激しく反発しあう。

この二人に共通するものは
音楽に対する情熱のみ。

幼少のときからコンクールに数多く出場した経験のあるジェニー。しかし,彼女は,自分のなかに,激しく躍動する音楽をもっていた。「低俗な音楽はやめて」と,クラシックしか認めないクリューガー先生。

「低俗?でもこれは私の音楽よ。」
二人の心は近づいたと思うと,
すぐまた離れることを繰り返す。


内にためこんだ怒りを,ときに驚くほど激しく爆発させるジェニー。それは他者に対する自暴自棄な暴力となり,そんな彼女に戸惑いや怒りも感じるクリューガー先生。
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いつも自分の周囲に目に見えないバリヤーをはって,心の中に他人を入り込ませないように生きているようにみえる,クリューガー先生。前かがみの足取りや,深く刻まれた皺や時にその口を衝いて出る,他者への痛烈な皮肉・・・。顔の皺と同じように,彼女の人生に深く刻まれた傷跡とはどんなものだったのか・・・・。

それでも,二人をつなぐ,一見もろそうに見える絆は切れることはない。誰も理解してくれなくても,たとえ塀の中に囚われていても,自分の内に溢れだす「音楽」から逃げることができないジェニーと,そんなジェニーに「あなたの使命は演奏することよ」という確固たる信念で臨む先生との絆。

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先生の言いつけを守って,練習に励み,クラシックを見事に演奏してコンクールを勝ち抜くジェニー。でも,そんな彼女に刑務所内の女囚や看守からの嫌がらせや妨害は繰り返され・・・

いろんな難関を超えて,ついにジェニーは4分間だけ,オペラ座のコンクールで演奏することを許される。演奏を終えると,再び手錠が彼女を待っている。

そして,いよいよ運命の4分間,
彼女が弾いた曲は・・・・・。


出だしだけは,それまで彼女が練習を積んできたメロディーが美しく流れたが,その後,ジェニーは仰天するような,激しい即興曲を弾き始めたのだ!抑え込まれていた彼女の心,彼女の人生に対する怒りを,根こそぎぶつけるような演奏法で。
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この4分間の演奏は圧巻!だった。
まさにおきて破りの演奏の仕方とパフォーマンス。しかし,その中にたぎる嵐のような情熱が,聴衆の心を強く揺さぶり,演奏終了後は,会場は一瞬の沈黙ののちに,割れるような拍手に包まれる。

ジェニーの眼は,まっさきに恩師クリューガー先生の顔を探していた。「クラシックしか認めない」点では決して譲らなかった師が,今の自分の演奏を聴いて,どういう感想を持ったか,きっと彼女は知りたかったのだと思う。

そしてジェニーの目に映ったのは・・・涙ぐみながら,心からの拍手を送っている先生の姿だった。先生は,きっとこのとき悟ったのだろう。ジェニーの天賦の才は,楽譜通りに巧みに演奏することではなく,「創り出す」才能なのだと
Cap034
恩師の目に浮かぶ涙と賞賛の表情を目にして,ジェニーはやっと自分がほんとうに理解してもらえたことを確信したのか・・・彼女もまた,先生に向って,うっすらと満足げな微笑みを浮かべる。

二人の女の心が
まさに本当に繋がったこの瞬間・・・・
ジェニーの手には,かちりと手錠がかけられ,
物語は幕を閉じた。

二人の女性の過去や抱えているトラウマをもっとわかりやすく描いてほしかった気もするが・・・この作品の主演ふたりの女優の火花を散らすような真剣勝負は見ごたえがあり,特に新人のハンナー・ヘルツシュプルングの,追い詰められた手負いの獣のような演技は,素晴らしかった。

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ユナイテッド93

Cap091 この作品は、アメリカ同時多発テロでハイジャックされた4機のうち,唯一目標に達しなかったユナイテッド航空93便の離陸から墜落までの機内の様子を,残された資料や証言などにより可能な限り再現、製作されたドキュメンタリードラマだ。

これは,是非,
特典映像と合わせて観るべき映画だと思う。

乗務員と40人の乗客を演じた俳優たちは,年齢,外見,雰囲気などができるだけ本人に似ているように配慮されている。また,俳優たちは,事前に自分が演じる人物の遺族に会いに行き,故人の人柄や,遺族の思いを聞いて役作りに励んでいる

その様子を収めた特典映像を観てから,再度本編を鑑賞すると,涙が溢れて止まらなかった。
Cap059_2 監督は,有名俳優を一人も使わないことでこの作品に息詰まるようなリアリティを持たせた。そして,終始一貫して 事実と思われることのみをドキュメンタリー風に淡々と描き,客観性を徹底させた。

テロリストの若者の描写も,主観を交えずに 全くの中立の立場で描いているので,宗教や信念に殉じる彼らの運命が,乗客同様に 痛々しく見えてしまうほど。死を覚悟し,蒼白な顔で 自分たちの神に祈りを捧げながら,家族に「愛している」とメッセージを残して決行に及ぶ彼らは,ごく普通の青年たちにしか見えない。
Cap076 もし,テロリストたちの遺族がこの映画を観たら,はたしてどんな感想を持つだろう。もしかしたら,乗客の遺族と同じように,純粋な悲しみの涙を流す遺族もいるのではないか。

上映前の試写会には,遺族たちだけが招待された。観賞後の遺族たちの殆どが,あの日の出来事を,過剰な脚色や主観を交えずに,忠実に再現してみせてくれた監督の誠意に,感謝の言葉を発していた。
Cap075 あの惨劇から5年の歳月を経て,「時」がようやく 彼らの心の傷を癒しはじめた今,この映画を観て,「あの日の出来事」を再度直視するのは,遺族にとって,どれほどの痛みをともなう体験だろう。しかし,「辛かったけど感動した。この映画は,私たちの(彼らの)遺産です。大勢の人に観てもらいたい。」という,ある遺族のコメントを聞いて,この映画は彼らに,哀しみだけでなく、大きな慰めをも与えたことを知った。

この映画は 厳密な意味では 事実とは違うかもしれないとか,メッセージ性に欠けるとか,何の救いもなくてひたすら痛すぎる映画だとか,いろいろな見方はあると思うし,それはそのとおりだと思う。しかし、監督は テロ批判を殊更に声高に叫んだり,乗客を過剰に英雄視するような 余分な脚色をあえて避けた。遺族たちが この映画製作に期待したこと,それは,

英雄は要らない。
ましてやエンタメ性などこれっぽっちも欲しくない。
ただ,真実を語ってほしいだけ。


あの日,理不尽にも 突然命を奪われた 愛するひとは,その死の瞬間まで,どのように感じ,どのように行動したのか・・・・。

テロリストから,飛行機を奪い返そうと,必死の覚悟で立ち上がる人。死を覚悟してそれぞれの家族に最後のメッセージを伝える人。「ああ,きっと実際にこの通りだったに違いない」という言葉が,ある遺族の口から漏れたのが 印象的だった。

そう、この映画を観ることによって,
やっと心の整理をつけることができた遺族もいただろう。

これは純粋に,遺族たちのために作られた鎮魂の映画だ。911を扱った映画は他にもあるし、これからも製作されるかもしれないが,Cap088 私はやはりこの作品が 一番心に残る。なぜならこの映画からは,何よりも遺族たちへの敬意を感じるからだ。

試写会の後,感想を聞かれて「平和を得たわ」と微笑んだ遺族の美しい笑顔が,今も心に焼き付いている・・・・。

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善き人のためのソナタ

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張りつめた糸のような,緊張感を全編に漂わせながらも,ひそやかな静けさが満ちている物語だった。物語の背景は暗く,重く,絶望的で,暴力的でさえあるのに,決してそれを声高に主張することなく,淡々と進んでゆくストーリーをたどってゆくと・・・・・。

ラストシーンで,思いがけなく,
ふいに涙が溢れた。


エンドロールの間中,絶え間なく涙がこみあげてきて,止まらなかった。物語の舞台は,ベルリンの壁の崩壊前夜の1984年の東ドイツ。今からわずか20年ほど前の出来事なのに,とてもそうは見えなかった。

知らなかった。社会主義の国家で生きる,ということが,こんなにも殺伐で暗澹とした生活を強いられるものだったとは。国家保安省シュタージは,個人の生活をガラス張りにし,反体制であると目をつけられたら最後,プライバシーは微塵も存在しなくなる。常に監視と脅迫まがいの牽制にさらされる生活。人々は常に国家の思惑を伺って,息をひそめて生きるしかない。ちょうどそのころ,バブル絶頂期で浮かれていた私たちには,想像を絶する世界だ。
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主人公はそんなシュタージの高官であるヴィースラー。人生の多くを,国家に捧げて来た寡黙で孤独な男である。冒頭,彼が尋問の心得を後輩に講義するシーンからは,何ものにも揺るがされない,シュタージとしてのプロ意識と,冷徹さが感じ取れた。だのに・・・。

彼の心の中で,何かが少しずつ変わり始めた
のは ,劇作家のドライマンの私生活を盗聴する任務についてからだった。芸術家たちにとって,半分死んでいるも同然の状態を強いる国家体制の中で,それでも懸命に誠実に生きようとするドライマン。彼と同棲している美しい女優のクリスタ

ある晩,盗聴器から流れてきたのは,ドライマンの奏でる美しいピアノの調べだった。体制の圧力に屈して自殺した友イェルスカが,ドライマンに残した「善き人のためのソナタ」・・・・じっと聞き入るヴィースラーの頬に,やがて一筋の涙が伝う・・・。

そして彼はその後,冷徹なシュタージの任務を無感情に遂行することができなくなる。彼の取った言動は,結果としてドライマンの命を救うが,自らは左遷され,屈辱的な閑職へと追いやられてしまう。
23sonata01_2 劇中に流れたソナタは,ほんの短いフレーズだけで,ヴィースラーの心情の変化も,時間をかけて描かれていないため,彼の感動や涙が唐突に感じられ,その理由もわかりにくいかもしれない。しかし,監督はあえて,時間をかけた過剰な説明的な演出を避けたように思う。

観客が想像するしかないのだろう。このときの彼の心境。そして私はじっくりと考えれば考えるほど,切なさが増してきて困った。
あの曲を聴いた時に彼に訪れた感動は,
決して彼にとって,唐突なものではなかったと思うから。


ドライマン監視の任務についてから,彼が目にしたり耳にしたりした,様々なこと。それは,氷のような国家体制の中で,彼を初めとする大多数の人々が失ってしまったもの。愛し合い信頼できることの喜び,自由へのあこがれ,そして良心の大切さ。それらが,彼の心の一番奥深いところを,日ごとにそっと揺り動かし続けていたのではないか。彼自身も気がつかないほどそっと密やかに。そして,あの曲を聴いたときに,封印していた心が一気に堰を切って溢れだしたのではないか。

ヴィースラーはいったいそれまでどんな人生を辿ってきたのだろう。友も,家族もいない人生。国家体制の僕として,彼はどんな感情を封印して生きてきたのだろうか。映画では何も語られていないが,曲を聴いて涙する彼の姿に,それまでの彼の人生の語られなかった哀しみの大きさ見たような気がした。

この物語でもう一つ感動したことは,ヴィースラーがドライマンの命を救った後の彼の生き方と,後に真実を知ったドライマンがヴィースラーに伝えた感謝のかたち。

ヴィースラーは,共産主義が崩壊した後,ドライマンに命の恩人として名乗りをあげ,見返りを期待するようなことはしなかった。彼のそれまでの性格や行動パターンからしても,そんなことはできない人柄だったとは思うけど,彼の場合は,「彼を救ったのはこの私」という自意識すらなかったのではないか。いやむしろ,ドライマンのおかげで,密かに人間性を取り戻せたことを思うと,「恩を売る」なんて到底なれなかったのかもしれない。

ドライマンもまた。
せっかく命の恩人が誰かを突き止めたのに,落ちぶれたヴィースラーの姿を物陰から見守るだけで,声をかけることはできない。ヴィースラーの姿から発せられる「何か」が彼をためらわせたのかもしれない。その代わりに,ドライマンは,「善き人のためのソナタ」という本を,ヴィースラーのために書く。見開きには彼にしか分からない感謝の言葉を記し,いつの日かヴィースラーその人が手に取ってくれることを祈りながら。

見返りを求めない善き行いと,
祈りにも似た感謝のかたち

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どんなときも感情を表に出さないヴィースラーが,ドライマンの感謝を受け取ったとき,「これは私の本だ」と一瞬輝くような笑みを見せる。イントロのように静かに,あの「ソナタ」が蘇り,ここでも監督は多くを語りすぎずに,さっとカメラは動きを止めた。その余韻の持たせ方がすばらしかったと思う。

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