ナルニア国物語/第2章:カスピアン王子の角笛
あらすじ: 白い魔女に勝利してから1年。現実に戻ったペベンシー4兄妹は、角笛の音に導かれ再びナルニア国へと舞い戻ってきた。しかし、この国の時間ではすでに1300年が経過しており、平和で美しい魔法の国は暴君ミラースに支配されていた。荒れはてたナルニア国を目にした4兄妹は、この国の王位継承者であるカスピアン王子(ベン・バーンズ)と出会う。(シネマトゥデイ)
実はカスピアン王子だけを目当てに,劇場に出かけたといっても過言ではなかったが…![]()
ちょっと感動
した。ただし,おそらく皆さんとは異なるツボで。
原作者のC・S・ルイスは神学者でもあるので,この「ナルニア国物語」も,キリスト教の神髄をファンタジーの形で子供たちに伝えようとするルイスの意図が込められているように思う。実際,キリスト教書店や,教会の子供用図書コーナーには昔から「ナルニア国物語」のシリーズが置いてあった。
キリスト教の世界観では,善悪の闘い=神とサタンの闘い。
人間は神に従うか,サタンの側につくか・・・・終末の日まで,この世界は実は神の軍勢と悪魔の軍勢の終わりなき勢力争いに晒されている。そして最後の戦い(ハルマゲドン)まで,サタンの軍勢の方が優勢に見える。で,この物語の登場人物などをキリスト教的に解釈するとしたら・・・
◎ナルニアの動物や民・・・・キリスト教徒
◎テルマールなどの敵国・・・・異教徒
◎白い魔女・・・・・サタン
◎ペペンシー兄妹・・・・おそらくキリスト教の指導者(使徒)たち
◎アスラン・・・・・イエス・キリスト
◎カスピアン王子・・・・敵の異教徒から改宗した指導者
・・・・のような気がする。
「第1章 ライオンと魔女」の隠されたテーマは,サタンの誘惑に負けた二男エドマンドの罪(=人間の原罪)の身代わりに処刑されたアスラン(=キリストの十字架の死と復活)だったと思う。
で、この2章は何を言いたいのかな~~と,そこはついついキリスト教徒の深読みをしてしまった。そしたら,なんだかいろいろ信徒の心得みたいな教訓がこめられているように思えてならなかった。
心得その① 信仰とは,見て信じるものでなく,見えないものを信じる力である。幼児のように純粋に信じる心を神は祝福する。(末っ子のルーシーだけがアスランに会えたのはそのせい?)
心得その② 戦いのときは自分の力に頼らないこと。神の力なくしては勝利はない。特にこのような,光と闇との戦いの場合は。(はじめ自分たちの力だけで戦おうとしていたピーターが苦戦したのは,アスランを信じなかったから。神が不在のように思える時も,信じて,まず神にすがらなくてはならない。)
心得その③ いつの場合も,サタンは懇願し,誘惑し,あざむくものである。(特に指導者に対するサタンの誘惑と攻撃は大きい。ピーターもカスピアンも白い魔女にあわや,騙されそうに・・・)
心得その④ 私的な復讐心を神は喜ばない。「復讐は,私の仕事だ」と旧約聖書にあるとおり。たとえ敵でも,改心すれば赦される。(敵の息の根を止めないシーンや,赦すシーン,あれも決してヘタレなわけじゃないんですね~。)
・・・と,私にとっては結構,説教くさい物語でございました。
信徒に対する「気をつけましょう」という教訓がいっぱいあって,襟を正したくなることしきり。特に指導者であるピーターやカスピアンでも,傲慢とか,私的復讐心とか,悪魔の誘惑とかには弱いものだ。人間だから。
アスランにも,「隠れてないで,早く自分から助けに来いよ~~」とも思ったけど,人間の自由意思も尊重している神は,「真剣に呼び求めるまで来ない」のだ。・・・わざとね。
しかし,こんな抹香くさいことを抜きにしても,前作よりは見所の多い,質の高いファンタジー作品だったと思う。
前作は,ペペンシー兄妹がまだ子供っぽかったから,戦闘シーンも何か子供だましみたいだったが,4人ともそれぞれ成長していたので,闘うシーンも様になり,迫力や面白さがぐっと増していた。
お目当てのカスピアン(ベン・バーンズ)は,東洋的にも見える顔立ち(キアヌ風?)で,黒曜石の瞳の持ち主。この方,スタイルや身のこなしもとってもかっこよくて,まさに王子のルックス!中世のコスチュームの似合うこと!
そしてもう一人,長男のピーターがナイスガイに成長しつつある~~!(輪郭とかが,若い時のヒース・レジャーにちょっと似てる・・・,と私には思えて・・・
)
それにしても,ファンタジー作品のCGねずみやCGリスって,魔法にかけられてでも思ったけど,ほんと可愛いなぁ~~,しぐさや表情が。
| 固定リンク | コメント (51) | トラックバック (25)














最近のコメント