カテゴリー「映画 ま行」の12件の記事

マッハ!!!!!!!!

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チョコレート・ファイターでピンゲーオ監督のムエタイアクションものにハマって,こちらを遅ればせながら鑑賞。トニー・ジャーの古式ムエタイに魅せられた!いやー,人間の身体って鍛えればあそこまで出来るようになるのか!この作品も,ノースタント,ノーCG,ノーワイヤー,ノー早回しの正真正銘の身体を張ったアクションだ。深夜,DVDを再生しているPCの画面に向かってこぶしを握りしめ,何度も「うっそー!!!!」と叫んでしまったわたし。(かたわらの猫catがびっくりしていた)

ストーリーは,これもあってないようなもの。もしかしたらチョコレート・ファイターより,もっとシンプルでバカバカしいかもしれないストーリーなのだが,かえってアクションだけに意識を集中して観ることができた。
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タイの寒村で村人たちの守り神として大切にされてきた仏像オンバクの頭が盗まれ,信仰篤い若者ティン(トニー・ジャー)が,村のためにバンコクまで仏像を取り戻しに行くお話。冒頭,白塗りの若者たちが,なんだかわけのわからない木登り合戦をやっているシーンでもう目がテンに。大木のテッペンに結び付けている黄色い布を,一番先に取ったものがチャンピオンらしいのだが,観てるそばから脱落者がボコボコ地面に落っこちてくる。これもスタントなしだとしたら相当痛そうだ。

で,見事優勝したのは,もちろん主人公のティン。ここでまずさりげなく,彼の身体能力の高さが紹介されるのだけど,彼のほんとうの凄さが発揮されるのは,仏像奪還のためにバンコクへ赴いてからだ。
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いやー,でもアクションする彼の顔が,時々ハルクに似てると思ったのはわたしだけ?

この作品って,結局見せたかったのは「トニー・ジャーのアクション」だけだったような気がするが,そのアクションがバラエティに富んでるし,後になるほどパワーアップもするので,まったく飽きない。その手足の動きは目にもとまらぬ早技なので,一瞬たりとも画面から目が離せない。
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チョコレート・ファイターのジージャーちゃんの足技に比べると10倍もの迫力と殺傷力がありそうで,彼のひじやひざが,相手の顔面や頭部にめりこんだ時の「ボコッ!」「グサッ!」という音も重く,半端じゃないのだ。(相手役,命がけだね)

数あるアクションの中でも好きなのは,バンコクの街中を,チンピラに因縁をつけられたティンとその相棒のジョージが逃げるシーンのアクション。
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なにもわざわざ,こんな中をくぐらんでも・・・・

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乗用車を馬跳び状態・・・・凄い跳躍力!

その他にも,何人もの肩や頭を踏んで飛び越えるとか,狭いガラス板の間を宙返りして通り抜けたりとか,もうやりたい放題なのだが,これらも実際にやってるんだから凄すぎる。体操選手のような連続宙返りのアクションもあり,まるでオリンピックの床体操を観てるようだった。タイの三輪タクシー,トゥクトゥクのカーチェイスも物珍しかった。(三輪って小回りも効くけど横転しやすいのよね~)

そして,何と言っても凄いのは・・・・
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炎の中からの飛び蹴り!
もうこのシーンに至っては,開いた口がふさがりませんでしたよ。だって,ほんとに燃えてるもん・・・トニーさんの足!いくら仕事とは言え,彼の役者魂というか,度胸にはもう言葉もないし,監督の無謀ぶりにも・・・言葉もない。しかし,そこがこの作品とトニーのアクションの魅力なんだけどね。スタントマン出身の彼だからこそできた離れ業なのかもしれない。エンドロールのNG集で,このシーンで足の火がなかなか消えなくてスタッフが大慌てで彼を追いかける場面もあった。(怖)

最後には無事に仏像も戻って,平和な村で象に乗って凱旋って・・・どこまでもタイだねぇ。ありがたや。

続編の「トム・ヤム・クン!」はなんでも象奪還物語だそうな。これはDVDがレンタル屋になかったので他を探してみようっと。

 

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ミルク

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1970年代のアメリカで,ゲイであることを公言して公職についた政治家ハーヴィー・ミルクの生きざまを描いた伝記映画。2008年のアカデミー賞で,主演のショーン・ペンが主演男優賞を獲得した作品だ。

自分もゲイであるガス・ヴァン・サント監督の渾身の一作。ゲイを差別するアメリカ社会の中で,「ゲイの公民権獲得」のために敢然と闘ったミルクたちの足跡を忠実に再現した,ドキュメンタリー・タッチのストーリーだ。
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日本人,それもノンケの自分は,ミルクという人の存在も,彼らの闘い(それもたった30年ほど前の話だ!)も,これまで全く知らなくて,少なからず衝撃を受けた。アメリカは特に,キリスト教との関係から,あそこまでゲイが排斥されたのだろうが,それにしても彼らを犯罪者や病人扱いして,公立学校の教職から追放しようとまでするとは!

こういった差別意識の行き着く先は,ゲイだけを対象とするには留まらず,女性や高齢者や障害者など,あらゆる弱者への差別へ繋がるものだというミルクたちの主張は,しごく当たり前のことだと感じた。凶弾に倒れたミルクの死後,彼の勇気や信念を受け継いだ闘いの火は,消えることなく燃え続けている。
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これは人権がテーマの映画だといってもよいだろう。それゆえ,伝わってくる感動は,まっすぐで真摯なものがあり,中盤からは膝を正して観ている自分に気がついた。しかし,内容にも感動したが,それ以上に「すごい!」と思ったのは,やはりオスカーを獲ったショーン・ペンの演技だ。

今まで,「アイ・アム・サム」などで,彼が全く別人のキャラになりきれる俳優であることは知っていたけれど,今回の役作りには,ほんとに舌を巻いた。いやまったく,本来はソフトなイメージとは程遠いショーンなのに,もの柔らかな表情や仕草や口調が,どこから見てもゲイにしか見えないのである!なんとも優しくて甘くて,そして可愛いのだ。(エンドロールのときにミルク本人の映像が流れたが,喋るときの癖や動作がショーンの演技とそっくりだった。)いやはや,これはオスカー獲るはずだわ。・・・・実はこの作品を観て,一番感動したツボは,このショーンのなりきりぶりに対してだったりした私・・・。
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あと,彼の仲間たちを演じた俳優さんがよかった。彼の仲間だから全員ゲイの役だけど,それぞれがみんな,とても自然でいい演技をしていた。イントゥ・ザ・ワイルドエミール・ハーシュくん,可愛かった。クルクルヘアとメガネでちょっと別人のような感じだったけど。

そしてこの作品では,政治家としてのミルクの強さとともに,恋人に対する彼の繊細さや愛情深さも描かれていて,恋人を愛するショーンの表情が,これまた切なくなるほど真に迫っていたりするのだが,無名の時からの女房役の恋人のスコットを演じたジェームズ・フランコがなんとも魅力的だった。・・・・こちらもキュート。これまで観た彼の作品(そんなに多くはないけど)の中で一番好きかな~,このスコット役が。
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ちょっとヒース・レジャーにも似てるような気が。

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ミッション

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約20年前の,古い作品だけどご存知だろうか。1986年製作。当時,カンヌでパルムドールを取った作品だ。作中で使われた,ガブリエルのオーボエという美しいモリコーネの曲と,冒頭の,十字架に磔にされた宣教師が滝壺にむかって落ちてゆく,衝撃的な映像が有名だ
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ミッションとは,この映画では,イエズス会が16世紀から18世紀の間に,南米に作った先住民のための伝道村のこと。これは,イグアスの滝の上流に住む,インディオのグァラニー族に対して命懸けの布教と啓蒙を行い,彼らを虐殺しようとしたスペイン・ポルトガル連合軍と闘って果てるイエズス会の修道士たちのお話で,史実(1753年に始まるグァラニー戦争のこと)に基づいている。

しかしテーマは宗教というよりはむしろ,南米の先住民たちへの,非人道的な植民地政策を告発した作品である。

今も残るグアラニーのイエズス会伝道所群down
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当時,スペインやポルトガルにとって,奴隷狩りの対象でしかなかった先住民のインディオたちに文明や学問の光をもたらし,作物を作ることを教え,立派に整備されたプランテーションともいえる見事な伝道村を,いくつも作ったイエズス会の活動は,彼ら支配層にとっては,利害が対立するゆえに,非常に疎ましいものとなっていた。

くわしい歴史背景は省略するが,そんなわけでガブリエル神父(ジェレミー・アイアンズ)がイグアスの滝の上流に築いた,地上の楽園のようなミッションは立ち退きを迫られ,イエズス会の本部からも「引き揚げよ」との命令が出されるのだが,グァラニー族を愛する伝道士たちは,彼らといっしょに抵抗する道を選ぶ。

対照的に描かれているのが,アイアンズが演じるガブリエル神父と,デ・ニーロが演じるメンドーサ。
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自分の部下(冒頭の滝壺のシーン)を殺したグァラニー族に伝道するために,単身イグアスの滝の絶壁をよじ登り,音楽で彼らの心を解きほぐす,愛と忍耐の化身のようなガブリエル神父。ジェレミーの慈愛にあふれる静かな表情には、最初から最後まで癒されっぱなしだった。
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そして,もとは強欲な奴隷商人だったのに,決闘で実弟を殺してしまった罪の意識から改心し,イエズス会に入門したメンドーサ。改心する前は,冷血で凶暴な面構えだった彼が,改心してからグァラニーの子供たちに見せる笑顔の,何と温かで優しいこと!デ・ニーロの存在感の強烈さは,この作品でも健在だ。

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改心した奴隷商人
と聞くと,私はいつもアメイジング・グレイスという讃美歌を思い浮かべる。

アメイジング・グレイス(驚くばかりの恵み)
なんと甘美な調べ。
こんなにも汚れはてた私にさえも 注がれるとは。
かつて道に迷っていた私は 今は見出され
隠されていた真理を 今は見ている。


この有名な美しい讃美歌の作者は,もと奴隷商人で,船が遭難したことがきっかけで改心したジョン・ニュートンだ。のちに牧師となった彼が過去の罪を悔い,罪深い自分さえも救う神の恩寵を讃えた歌である。
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私の中でデ・ニーロの演じるメンドーサは,ついついこのニュートンと重なってしまう。特に,今まで自分が苦しめてきたグァラニー族から赦しを得た時の,彼の号泣する姿がアメイジング・グレイスの歌詞と重なってみえるのだ。

一転して神に仕える生活を送っていたメンドーサ。グァラニー族の危機を前にした時,傭兵の経験もある彼は服従の誓いを捨て,一度捨てたはずの剣を再び取る決心をする。

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そしてガブリエル以外の二人の神父(その中の一人はなんと若い時のリーアム・ニーソン!)もいっしょに闘う道を選ぶ。「殺すな」という神の教えには反するけれど,彼らはそうやってグァラニーの人々への愛を示した。それは,ある意味では,信仰」よりも尊いと聖書にしるされている「愛」の行動だったと思う。

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「神は愛なのだから」と最後までメンドーサの選択を諫めながらも,決して村を去ろうとはせず,無抵抗な女子供と一緒に讃美歌の中,十字架を掲げて静かに死んでいったガブリエル神父の,何ものにも動じない姿もまた強烈に心に残る。

先住民たちを蹂躙した侵略者たちの欲と非情さ。
そして,対極にある修道士たちの,愛と勇気の気高さ。
密林のしたたるような緑の中を,まるで空高く飛翔するように
ゆるやかに,のびやかに,
澄み切った音色で流れるオーボエの調べ。

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目を覆いたくなるような悲劇を描きながらも,なんと美しく,壮大な物語だろうと思う。・・・それはきっと,殉教したイエズス会の神父たちの愛や,彼らを慕うグァラニーの人々の心が見せる輝きであり,感動なのだろう。

いつまでも残るのは,
信仰と,希望と,愛。
その中で最も優れているのは,
愛です。(聖書より)

特典ディスクも見ごたえあり。
あの,「どこから見ても完璧なインディオ」に見えたグァラニーの人々を演じたのは,コロンビアの川辺の少数民族,ワナナ族のみなさんだそうだ。これまでの生涯で映画なぞ目にしたこともなかった彼らの出演のおかげで,作品はリアルさを増した。その雰囲気や表情からにじみ出る,純粋さや誇り高さは,彼らにしか絶対に出せなかったと思う。

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マリア

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この季節にもっともふさわしい作品ということで・・・・。
昨年のクリスマスに劇場で観る予定だったけど,果たせなかった。DVDで観て,今頃アップ。キリスト降誕の物語の映画化はたくさんあるけど,(マイナーなものも含めて)これは,マリアというより,ヨセフに焦点を当てた物語だったようだ。

私はクリスチャンなので,聖書のこの箇所(キリスト降誕)は小さい頃から暗記するくらい触れてきたけど,マリアの夫であるヨセフについて,聖書にはその人物像は詳しく記述されていないのである。彼については,イスラエル12部族ではユダ族であり,ダビデ王の子孫であり,そして職業が大工ということしか書かれていない。彼がキリストの父となったいきさつについて書かれてある聖書の箇所を引用してみると・・・・。
Cjd25 イエス・キリストの誕生は次のようであった。その母マリヤはヨセフの妻ときまっていたが,ふたりがいっしょにならないうちに,聖霊によって身重になったことがわかった。夫のヨセフは正しい人であって,彼女をさらし者にしたくはなかったので,内密に去らせようと決めた。彼がこのことを思い巡らしていたとき,主の使いが夢に現れて言った。「ダビデの子ヨセフ。恐れないであなたの妻マリヤを迎えなさい。その胎に宿っているものは聖霊によるのです。マリヤは男の子を産みます。その名をイエスとつけなさい。この方こそ,ご自分の民をその罪から救ってくださる方です。」このすべての出来事は,主が預言者を通して言われたことが成就するためであった。・・・(中略)・・・ヨセフは眠りからさめ,主の使いに命じられたとおりにしてその妻を迎え入れ,そして,子どもが生まれるまで彼女を知る(=肉体の関係を持つ)ことがなく,その子どもの名をイエスとつけた。(マタイによる福音書1章18~25)
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キリスト誕生の時代のユダヤ。
ローマ圧政下にあって,旧約聖書の預言を信じ,ひたすら救世主の訪れを待ち望んでいたイスラエルの民。・・・・そんな中で,イエスを身ごもった少女マリア。
聖書や聖画のイメージとちょっと違って,演じるケイシャ・キャッスル=ヒューズは,一見,ごく普通の少女に見える。

キリストの母に選ばれる,ということは,実は大変な試練をも受ける
,ということだ。天使は「おめでとう,恵まれた方」と祝福の言葉を投げかけるけれど,パッションの映画でも目にしたように,後に彼女は,最愛の息子の十字架の死に立ち会わなければならないのだから。強靭な信仰がなければ,なかなかどうして,「キリストの母」などという役は務まるものではない。

天の使いに答えるマリアのセリフ。「私は主のはしため(=侍女)です。お言葉どおりのこの身になりますように」という返答は,信仰なしには到底言えない凄いセリフだといつも思う。いくら救世主を待ち望んでいるユダヤの民だからとて,一少女が「神の子を身ごもった」と言っても,信じてもらえるとは思えない。

戒律の厳しいユダヤ社会では,未婚の身で妊娠することは「石打ちの刑」に相当する大罪だ。それに許嫁のヨセフは何と思うだろう??それに何より天の使いの言葉は本当なのか?・・・・さまざまな疑いや恐怖や心配にもまさって「神には不可能なことはない」という確信が,マリアにはあったのだろう。
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そして,神のお告げと愛するマリアを信じ,世間の思惑や常識を超えて,キリストの誕生を全身全霊でサポートしたヨセフ。彼の信仰の深さと,妻への愛の強さは感動的だ。それまでの降誕劇の映画化では,添え物的な役割だったヨセフの献身が,今作ではクローズアップされ,「そうだよな~,ヨセフってほんとうにこんな人だったかも」と素直に感動できた。

おそらく男性優位だったに違いないこの時代(結婚相手も親が決めるし)に,こんなに優しく妻に尽くす夫はきっと珍しかったような気もするけど,臨月になってのベツレヘムへの長旅とか,夫婦ふたりだけの孤独で不便な出産とか,あらゆる困難の中で発揮されるヨセフのゆるぎない優しさがあってこそ,マリアはイエスを無事に生むことができたのだ。マリアはイエスの母として神に選ばれた女性だったが,ヨセフもまた,イエスの父として神に選ばれた男性だったのだ,とあらためて思う。
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こうして聖なる夜に,救い主は黄金の宮殿ではなく,粗末な家畜小屋(洞窟)でひっそりと誕生した。見守るのはうら若い夫婦と,物言わぬ家畜たち。訪れたのは異邦人の博士たちと,下層階級とされていた羊飼いたち。それはいかにも静かで,清らかで,畏れにも似たおごそかな空気に満たされた夜だったに違いない。

私たち信者は,毎年クリスマスが近づく度に,2000年前のあの夜に実際に起こった出来事にしばし思いを馳せ,救い主の誕生を感謝し,祈りと賛美を捧げるけれど,この作品を観てからは,それまでついつい忘れがちだった「ヨセフの愛と献身」もまた,心に留めようと思った。

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ミスト

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霧の恐怖とともに生まれる,
救いようのない 絶望と狂気・・・・・。

これは,原作を先に読んでいたので,映画化を楽しみにしていた作品。

あらすじ: ガラス窓を破るほどの嵐の翌日、スーパーへ買い出しに出掛けたデヴィッド(トーマス・ジェーン)。軍人やパトカーが慌ただしく街を往来し、あっという間に店の外は濃い霧に覆われた。設備点検のために外に出た店員のジム(ウィリアム・サドラー)が不気味な物体に襲われると、店内の人々は次第に理性を失いはじめ……。(シネマトゥデイ)

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キングのホラーものは,小説で読むといいのだけど,映画化すると漫画っぽくなるというか,何だかなぁ〜(;;;´Д`) という印象があった。しかし,この作品は,クリーチャーだけでなく,パニックになった人間心理の恐ろしさに重点を置いて描かれていたので,なかなか深みが感じられて見ごたえのある作品になっていたように思う。

もちろん,霧の中から次々に姿を現すクリーチャーたちもよく出来ていた。巨大触手,巨大ハエ,怪鳥,お化け蜘蛛などなど・・・。原作を読んでいると,「ここで次に何が出てくるか」は,あらかじめわかっているのだけど,文章だけで思い描いていた怪物たちが,実際に映像として登場してくるのは,やはりスリリングだった。(どのクリーチャーに襲われるのも勘弁だけど,心理的には蜘蛛が怖いかな?ワタシ的には。)

それにしても,
極限状態に置かれた人間の行動って,怖い。


こういう時はおいおいにして,カリスマ的な,あるいはこの物語のミセス・カーモディのような,狂信的な指導者が出てくる。それがどんなにキチガイじみた煽動であっても,人間は目先の恐怖から目を背けたいがために,何かにすがりたくなるのかも。

そして,先が見えない状況だからこそ,どんな選択や判断をするかで運命が決まる,というのが,恐ろしいというか哀しいというか・・・。

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特に「衝撃」と宣伝されていたラストの救いのなさは,・・・・・個人的には嫌いだなぁ。

監督がわざわざキングに許可を取って,原作とは違ったラストにしたそうだけど,後味が悪い,というか,こうすることで,何を訴えようとしたのかな〜と,何だか釈然としない疑問が残る。

ま,原作も,歯切れの悪い終わり方で,救いがあるわけではないので,映画の方が確かにインパクトはあるといえる。しかし!・・・助かってほしい人が,結局助からない物語は,そこに余程深い目的や意図が見えないと,何だか納得できないような。・・・・いや,監督の意図はもちろんあるのだろうけれど,私には見えなかったのかもしれない。

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あの,映画史上に残るほどの素晴らしいカタルシスを得られる,ショーシャンクの空にと同じ監督さん(フランク・ダラボン)の作品とは思えないような,残酷なラスト。しかし,キングの作品を映画化させたら,やはりこの監督さんの右に出るものはないなあ,とも思った。

ラストは好みが分かれそうだけど,とちゅうの息詰まる展開の見せ方も上手いし,極限状態の人間ドラマとしても丁寧な描き方をしてるし,確かに観て損はない作品だと思う。

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モーテル

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殺人現場を盗撮して楽しむ,サイコな殺人鬼の経営するモーテルに泊まってしまった夫婦の,死に物狂いの脱出劇

近年,やたらグロさや痛さを売りにしたホラーやサスペンスが氾濫する中で,これは珍しく,凝ったトリックや特殊メイクや,異常なシチュエイションなどに頼らずに,地味でレトロながらも,シンプルかつ直球勝負のサスペンスだった。・・・・こういうの,かなり,好きかも。

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デヴィッド(ルーク・ウィルソン)とエミリー(ケイト・ベッキンセール)は,離婚を決意した夫婦。どうやら愛息子の死が,彼らの不和の原因らしいが,妻の実家から帰るとちゅう,車の調子が悪くなり,ふたりはさびれたモーテルに泊まるはめになる。

薄気味の悪い雰囲気に,躊躇する妻と,彼女の忠告にわざと逆らっているとしか見えない,意固地な態度の夫。なるほど,冒頭からこの夫婦の間には険悪なムードが漂いまくっている。(夫が妻の直感を信じてこんなホテルに泊まらなければ,そのあとの災難は起こらなかったと思うけど・・・・。)

で,通されたお粗末な部屋にいくつも置いてあったビデオテープを,無聊を紛らすために再生してみた夫は,その中に収録されていた,生々しい殺人シーンを見ているうちに,それが自分たちが今いる部屋の出来事であることに気づく・・・・。

この殺人ビデオが,何とも素人くさくて,それゆえに,余計リアルで恐ろしい代物となっている。映し出される人たちは美形でもなんでもないごく普通の外見のひとたちで,彼らが覆面した3人組になぶり殺しにされるシーンは,実際にあったことの映像のような錯覚を起こさせるのだ。
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モーテルの真の目的がわかって戦慄を覚えるデヴィッドとエミリー。この,盗撮に気づいたあたりが,一番怖かったかも。それからは,いよいよ命がけの鬼ごっことかくれんぼが開始する。

部屋の中だけでなく,モーテルの建物全部を使って(地下道や天井裏まで)犯人たちから逃げ惑う二人。このあたりの展開は,シンプルではあるけれど,手を替え品を替え,息つく暇もないスピーディな展開で,はらはらドキドキした。

絶望的な状況でも,決してあきらめない夫がいきなり頼もしい奴に見えてきたから不思議だ。(もっともこのモーテルに泊まる原因を作ったのは彼なんだから,そのくらい頑張らないと,ヨメに申し訳ないというものだけどね)
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犯人たちは3人。その中でも親玉は,フロントにいたこいつ一見ごく普通の,しょぼいおじさんのような外見なのに,うちに狂気をタップリ秘めているのが怖い。被害者たちに盗撮にわざと気づかせて,恐怖のどん底に陥れるのが楽しくてたまらない,といった異常者だ。被害者が怖がるのを見て興奮するのかもしれない。

彼ら犯人のくわしい人間像や背景,犯罪の動機などは一切説明なしだが,この作品は純粋に「異常な殺人からの脱出」だけに絞って描かれていたので,そんなものがなくても十分面白かった。
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やっと呼ぶことができた警官も,あっさり犯人たちに殺されてしまうし,(この手の作品では警察が頼りにならない,というのはお約束だけど)ついに夫がやられたときには,ハネケ監督の超後味の悪い作品「ファニーゲーム」を思い出したりもしたのだが・・・・。

夫が殺された(と,見えた)後の,
ヨメがいきなり強い,強い!

それまでパワーを隠してたんちゃうんか?と思うくらい。(ケイト・ベッキンセール,何たって,もとヴァンパイアだもん・・・・

このひとは,女性らしい繊細な美しさもあるのに,やはりアクション女優の貫録もある。犯人たちから逃げるために,庭を全力疾走するシーンは,いっしょにいた夫よりも足が速かったような・・・。
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ま,最後は,息も絶え絶えのハッピーエンド,という感じだが,自分も全力疾走したあとのような,「疲労感」と「達成感」がじわじわと・・・・。爽快感はないけれどね。

それにしても,ダンナの生命力,強すぎるように思いません?あれは,ふつうは死んでるよ・・・ぜったい。だって一晩たってるんだよ?ヨメが抱き起した時に,まさか息を吹き返すとは~~wobbly う,嘘やぁ~~。でも,あそこで死なれても,中途半端に後味が悪かっただろうし・・・・。

B級なんだけど,主演の二人の演技のうまさが,この作品の格を上げていたような・・・・。特にケイト・ベッキンセールはよかった。

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迷子の警察音楽隊

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迷子の警察」という,あってはならない取り合わせ。おまけに「音楽隊」という何やら愉快げな言葉までくっついた題名に,とっても興味をそそられて鑑賞。頭の中には,なぜか「ブレーメンの音楽隊note」のラブリーな映像が浮かんだりして。そのあらすじは・・・

文化交流のため、イスラエルにやって来たエジプトのアレキサンドリア警察音楽隊のメンバー8人。しかし、空港には迎えもなく、団長(サッソン・ガーベイ)は自力で目的地を目指すが、なぜか別の街に到着してしまう。途方に暮れる彼らを、カフェの店主ディナ(ロニ・エルカベッツ)がホームステイさせてくれることになり……。(シネマトゥデイ)

全員が,鮮やかなセルリアン・ブルーの制服を着こんだ音楽隊のメンバー。だだっ広い異国の地で,楽器とともにぽつんと取り残されて,それでも生真面目に整列している彼らの姿からは,冒頭から,哀愁の混じった可笑しさが漂う。
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対立する宗教と、異なる文化や風習をもつ,エジプトとイスラエル。ホテル一つない僻地の町で,見ず知らずの異国の家庭に一晩やっかいになるなんて,泊まる方も泊める方も,最初はさぞ居心地が悪かったに違いない。

音楽が彼らの心をつなぐ架け橋となって,ほのぼのと心あたたまるひとときが訪れる・・・と言うような展開になるのかなと思ったら,いや,別にそこまでの展開にはならなかった・・・sweat01 えっ?そんなハナシじゃないのか・・・wobbly

彼らと,投宿先の家族との間に流れる,ぎこちない空気と,すれちがう会話。いっしょに知っている歌を口ずさんだりして,一応うちとけようと努力を試みるが,劇的な盛り上がりもないまま,気まずい夜は更けてゆく・・・・。あ~あ。

しかし,中には控えめだけど,心のあたたまるエピソードもある。イケメン警官が,オクテのイスラエル青年のダブルデートに同行し,彼に恋の手ほどきを教えるシーンは,とても微笑ましく,優しさとユーモアが込められた場面だった。

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また,頑なで感情を見せない隊長が,慣れない英語でディナと会話を重ねるうちに,自分のもっとも触れてほしくない「家族の死という封印した哀しみ」を告白するシーンは,じーんとした。

見ず知らずの相手だから。別世界の住人だから。
かえってプライドも捨てて
弱みをさらけ出すことができたのだろうか。

国が違っても,生きてきた歴史が違っても,信じる神様が違っても・・・・れもがみんな,それぞれの痛みや幸せを抱えて,懸命に生きていて・・・・。そして,同じ人間だからこそ,国籍を越えて互いに癒し合うこともできて・・・。

彼らのささやかな人生が,ほんの少しだけ交錯した不思議な夜が明けて,無事に行き先にたどり着き,演奏をする彼らの映像で,物語は幕を閉じる。誇らしげに指揮をとる隊長のもと,彼らの国の音楽が高らかに響く。彼らの奏でる音楽の調べは,きっと昨夜の交流のおかげで,より美しく冴え渡ったのではないだろうか。

淡々としたストーリーにもかかわらず,鑑賞後に,じわじわと心が満たされる作品。カンヌで審査員を魅了し,「一目惚れ賞」を獲っただけのことはある。

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魔法にかけられて

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ディズニーだしぃ,お子様向けだしぃ~gawk と,鑑賞を後回しにしていたこの作品。世間の評判がすこぶるよろしいのを耳にして,本日鑑賞してきた。そしたら・・・

これがまた,お見事!のひとことに尽きる 素晴らしい作品だったcrown 楽しくて,可笑しくて,可愛くて,ちょこっとほろりとして・・・・子供だけではなく,大人もみんな文句なく楽しめる,そして鑑賞後は素直に幸せな気分になれる,そんな愛すべき作品。

童話の国のお姫様ジゼルは,婚約者のエドワード王子の継母に,深い井戸の底へ落とされる。そこはなんと現代のニューヨークにつながっていた・・・!
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もしも,童話の中のプリンセスやプリンスが実写となって現代に現れたら・・・・?童話キャラと現代人。互いの価値観はまったく違い,かみ合わない会話やトンデモなリアクションが引き起こす大騒動が,なんとも可笑しい。

心優しく,動物に囲まれて,歌とダンスと,恋への憧れで生きているようなお姫様のジゼルと,白馬を颯爽と乗りこなし,同じく愛する女性に忠誠を誓うエドワード王子。童話の世界ではとても素敵に見える彼らも,現代社会に放り込まれると,ただの「イカレたコスプレ人間」にしか見えない。
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ひょんなことから,ジゼルを居候させる羽目になったロバート とのやりとりを通して,ジゼルは現実社会のあれやこれやを体験する。童話の世界でしか通用しない彼女の風変わりな言動は,あるときはみんなを困惑させ,またあるときは反対にハッピーにさせる。

出会いとともに恋に落ち,「いつまでも幸せに暮らす」ことのできる童話の世界。それに比べて互いを知り合う期間が存在し,「いつまでも幸せに暮らす」ことができるとは限らない現実の世界。童話の世界では感じたことのない,怒りや哀しみといった複雑な感情。

歌い,踊り,夢見るだけのお姫様だった彼女が,次第に現実世界の感覚を身につけていき,ロバートに抱く感情もまた変わってゆく・・・・・。
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童話キャラを演じた役者さん,
みんな素晴らしかった。


ジゼルを演じたエイミー・アダムス。もともと愛くるしい女優さんだけど,彼女の身ごなしが,まさにディズニーアニメの,お姫様の動きそのものなのだ。(絶えず踊っているような軽やかな歩き方とか,両手の指を優雅に反り返らせてしゃべる癖とか,可愛らしく見開いた瞳とか)

エドワード王子(ジェームス・マースデン)もまた,非の打ち所の無い,ながーい足とか,能天気に見えるほどのお人よしスマイルとか,「いるいる,こんな王子様」と膝を叩いて納得。このエドワード王子の,底抜けにいいヤツなんだけど,ヌケてるキャラというのがとってもよかった。

歴史に残る王子様などは,もっとしっかりした御仁でないと務まらないだろうが,お姫様に求婚するためにだけ登場する童話の王子様って,きっとこんな風に,単純にいいヤツなんだろうなぁ

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ナサニエルを演じたティモシー・スポールに至っては,演技なんかしなくても,もともとのお顔が,童話の世界の住人のようだ。

そして何といっても一番のヒットは,役者ではないが,ジゼルを助けようと奔走する,リスのピップ。現代ではしゃべれなくなってしまい,懸命にパントマイムで意志を伝えようとする,その仕草の可愛らしさと可笑しさに,笑った,笑った!そしてまた,そんな必死のパントマイムが,察しの悪い王子に全く伝わらないので,また笑えた。笑いを噛み殺しながらの爆笑だったので,最後は涙が出て悶絶しそうだった。

ラストはちょっと意外な展開(でも,なんとなく予想はできたけど)が待っていて,スーザン・サランドン演じる魔女とのバトルシーンもあって,結局はみーんなが幸せになって・・・・。
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冒頭とラストを飾る「飛び出す絵本」の仕掛けも素晴らしかった。ここらへんの完成度の高さは,さすがディズニーだ。

オーケストラ仕様の華やかなテーマ曲に包まれるエンドロールの間,なかなか立ち上がる気になれず,沸き起こってくる「幸福感」にしばらく身をゆだねておりました・・・heart02

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マイティ・ハート/愛と絆

010 2002年にパキスタンで実際に起こった,テロリストによるアメリカ人のジャーナリスト誘拐,殺害の事件の映画化。夫を誘拐される妻,マリアンヌ・パールを,アンジーが演じると聞いてとても楽しみに劇場に行ったのだけど・・・。

ごめんなさぁぁい
・・・寝てしまいました。途中の一部分。
でも,これは映画が退屈だったのではなく,きっと私の体調のせいだ。風邪気味,微熱あり,おまけに仕事帰りの夜の鑑賞だったから(←馬鹿),夫の捜索が開始されてからの展開が やや平坦に感じられて,気がついたら 時々意識が薄れていって・・・・

夫の死を知ったアンジーの号泣(←ほとんど咆吼)ではっと我に返り,再度ウトウトしかかった時に,出産シーンの絶叫で またもや我に返った私。002 ウィンターボトム監督,ドキュメンタリー風に撮っていて,音楽もほとんど使ってないからまるで実際の記録映画を観ているような,生々しさと緊迫感があった。(←だったら寝るな!)

アンジーの演技は,絶賛されていただけあって,素晴らしかったと思う。色を使わず,ほとんど素顔に近いメイクの彼女は夫への深い愛や,今にも崩れ落ちそうな精神状態でいながらも,気丈に夫を待ち続ける妻の役を,完璧に演じていたと思う。夫の死を告げられるシーンの演技は,確かに圧巻だった。
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ただ,一つ不満に思ったのが,彼女の心境の変化の描写。あれだけの苦しみを乗り越えて,冷静かつ公平なコメントを発言できるなんて嘘っぽいとまでは言わないけど,そこに至るまでは,相当な葛藤や,苦悩があったはず。

夫をあのように殺されて,犯人を憎まない妻なんていないでしょ!立ち直るまで,しばらくかかりますよね。それが自然よー。憎しみや悲しみをどうやって克服できたのか,そこんところを,もっと丁寧に描いてほしかった。(実はそこが一番知りたかったもんで)

・・・なんて,やや辛口になってしまいましたが,DVDになったら,もう一度体調を整えてじっくり鑑賞してみたいです。確かに,この時代にマッチしたタイムリーな作品ではありますね。

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マッチポイント

324444_003 人生の勝ち負けは
運のよしあしで決まる。
 

なんてシンプルで
人のやる気を削ぐ
メッセージだろうか。

しかし悔しいけど、ある意味人生の真実をついているのかもしれないと,このマッチポイントを観た後、しばし憮然として考え込んでしまった。お洒落で洗練された英国の上流社会を舞台に繰り広げられる,一見火曜サスペンスドラマのような物語なのだが,ラストにさり気なく込められた毒に、ウッディ・アレン監督らしいとため息。まあ、何を基準にして人生の勝ち負けを決めるのか,人それぞれ違うだろうけれど。
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この物語の主人公のクリスにとって,人生の勝ち負けを決める重要なポイントは,家柄や裕福な生活だったらしい。彼は職業のテニスのコーチがきっかけで,上流階級のトムの一家と懇意になり,トムの妹クロエとの結婚にこぎつける。

彼女の両親にも気に入られ,舅の経営する一流会社で,有能なスタッフとして活躍する場を手に入れる。野心あふれるクリスには,まさに願ったり叶ったりの人生が展開してゆくわけだが,トムの婚約者でセクシーなノラと密かに情事を持つようになってから,彼の人生は破滅の危機が訪れそうになり…。

クリスを演じるジョナサン・リース・マイヤーズは,ハンサムなんだけど,どことなく影を感じさせる飄々としたたたずまいの俳優さんで,これまでの出演作では、ややアクのある役柄が多かった。(今回もアクがないわけではない)
その幸福とは言えない生い立ちゆえか,折に触れて暗くかげるまなざしは,クリス役にぴったりはまっていたようだ。
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クリスの情事の相手の妖艶なノラ役に,今が旬の女優スカーレット・ヨハンソン。真珠の耳飾りの少女とはまたうってかわって,男心を虜にせずにはおかないような ファム・ファタールの役で,これぞ彼女の本領発揮。

しかし、この物語の彼女は,中盤まではクリスに対し,ヒステリックに離婚を迫ったりして振り回すが,最終的には彼に騙されて,殺されてしまうという お人よしで哀れな役まわりになってしまっているのが妙に新鮮だった。

ひとたび手にした成功の座を,一人の女との情事と引き替えにはできないと,悶々としたクリスが下した決断と,その実行。まさに三面記事に載りそうな,ありがちな物語である。
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しかしこの物語が決してありきたりでないのは,ひとえにラストの意外性。いかにもウッディ・アレンらしいあのラスト。運さえ良ければ,たとえ犯罪を犯しても見逃されるという,倫理もへったくれもない展開。

私は正直,開いた口がふさがらなかった。

たしかに,このラストのおかげで,この作品はとてもインパクトの強いものとなったけれど,こんな寒々しいことの主張のために,監督はこの映画を撮ったのだろうか?しかし,このラストは,それまでフィクションに思えたこのラブ・サスペンスを,急に一転して生々しく現実味を帯びたリアルな物語に変えた。

クリスのようなケースって,世間に明るみに出てないだけで,
実は結構存在してるんじゃないかと思えてきたのだ。つまり,運がよければ犯罪者も捕まらないこともあり,運が悪ければ,被害者が浮かばれないことだってある。正しい行いをすれば必ずしも報われるわけではなく,悪いことをしても必ずしも罰せられるわけではない。

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「運命」などという重厚なものじゃない。
「運」というのはサイコロの一振りのような,
もっと軽い感じだ。

人生の吉兆を決めるのは,その人の行いでなく,人知の預かり知らぬところで振られるサイコロの目だとしたら,誠実とか正義とか,愛や希望さえも,何と虚しい砂上の楼閣と化すことだろう。しかし,エンドロール直前のクリスの底知れぬ暗いまなざしの中に,私は一抹の救いを見たような気がした。

・・・人間には良心というものがある。


たとえ今は運のよさで断罪を免れたとしても,彼はこの先,絶え間ない良心の呵責と,罪の発覚に苦しむのではないか。所詮,人生の勝ち負けを決めるのは,当人がどう感じるかにかかってくるわけだから。彼は人生の勝ち組に入れたわけではなかったのかもしれない。何も知らない妻のクロエや,生まれたばかりの息子もまたしかり。
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それにしても,ただの火サスに思わせておいて,観賞後は,観客を哲学的な思索の深淵に引きずり込むなんぞ,やはりアレン監督らしい,緻密に考えられた人の悪い作品である。

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