カテゴリー「映画 は行」の86件の記事

2019年5月 4日 (土)

運び屋

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 つい先日、87歳の父がついに運転免許の返納を決めた。田舎住まいなのでできるだけ長く頑張ってきたけれど、さすがにもう限界ということで・・・。高齢者の運転ミスからの痛ましい事故も多発するようになった今日この頃、娘としては内心安堵するものもあった。そんな時に鑑賞したのが、巨匠イーストウッド監督の最新作「運び屋」である。実在した90歳の麻薬カルテルの運び屋をモデルにした作品で、なんと88歳のイーストウッドが主人公のアールを演じた。父とほぼ同年代、米寿を迎えるイーストウッドがどこまでも続く道路を鼻歌を歌いながら運転する映像に「なんて元気なんだ!」とまず最初に驚いた。
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 この物語は、高齢の両親を持つわたしにとっては、しみじみと心に響く「終活映画」だった。そして88歳を迎えたイーストウッド監督にとっても集大成ともいえる最高傑作だと思った。麻薬カルテルの運び屋が主人公なのだから、もちろん緊迫したシーンもあり、主人公アールのものに動じない飄々とした個性と周囲とのやり取りはコミカルでもあったが、それでも観終わったあとにはあたたかく満ち足りた思いが迫ってきた。

 家族も大切・・・。仕事もまた大切。それに加えて、好きなように生きる選択や自由も、時には必要なのかもしれない。人生の黄昏時、振り返って悔いのないようにバランスよく生きたいと願い、先に逝く運命の親たちにも、「いい人生だった」という思いを持たせてあげたいなと感じた。イーストウッド監督の作品には毎回唸らされるが、特にこの作品は、ストーリー、彼の演技、訴えてくるテーマすべてが素晴らしい。
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2018年12月28日 (金)

ボヘミアン・ラプソディ

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 遅ればせながら劇場で鑑賞。すごく評判がいいので、「クイーン」のクの字も実は知らなかった(いや、ほんとです。ロックバンドに興味がなかったので)私も、そんなに素晴らしいならと観に行った。もともと「アマデウス」や「不滅の恋 ベートーヴェン」のような音楽関係の伝記映画は好き。ただし、クラシック限定だっただけで。クイーンの曲で知ってるのはなんと「ウィー・ウィル・ロック・ユー」だけだった。運動会の綱引きのBGMだったのでこれだけは聞き覚えがあったのだ。お恥ずかしい。

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  クイーンのメンバーの中でも、リード・ボーカルをつとめ、奇跡の歌唱力と独自のマイク・パフォーマンスで有名なフレディ・マーキュリーを主役に据えた今作。前半は、偉大なるクイーンがいかにして誕生したか、数々の名曲がどのようにして生まれたかが描かれ、後半はフレディ個人の孤独や葛藤が描かれる。
  他のメンバーとは異なる国籍やセクシュアリティを持ち、突出した才能ゆえの驕りも手伝って、メンバーと反目し、ソロ活動を始めるフレディ。しかし「僕らは家族」というブライアン・メイの言葉通り、自分にとってクイーンのメンバーがどれだけ大切な存在だったか思い知った後に、フレディはメンバーのもとに帰る。そしてラストのクライマックスは、嵐のような興奮と感動を呼ぶ「ライブエイド」のシーン。
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  全編に流れるクイーンの名曲の数々。確かに「知ってる」と胸を張れるのはやはり「ウィー・ウィル・ロック・ユー」だけだったけど、彼らがなぜここまで有名で、後世にも影響を与えるほど偉大なロックバンドと呼ばれたかがよ~~~~~~く理解できた。フレディの伝記としても感動したが、私個人としては、この映画は「偉大なるクイーン」と初めて出会えたことが何よりも大きい。この映画を観てなかったら、私は一生、彼らの音楽と出会うことがなかったかもしれない。
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  クイーンの魅力は、彼らが作り演奏する音楽が、ハードロックからオペラまで多彩で、一つのジャンルに定義できないところだ。メンバーが全員それぞれ作風の違う曲を作っているし、常に新しいことに挑戦し続けた彼らの姿勢のゆえだろう。どの曲も、歌詞も旋律も素晴らしいが、サウンドの華やかさと美しさもまた群を抜いている。エレクトリックギターをダビングして作る「ギター・オーケストレーション」の手法や、フレディとロジャーとブライアンの3人の声を重ねて作るコーラスの美しさが、他のロックバンドでは真似のできない重厚なサウンドを生み出している。

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  フレディの美声のセクシーさとパワフルさは確かに唯一無二だが、聖歌隊経験のあるロジャーの高音(特にボヘミアン・ラプソディのオペラ部分で発揮される)や、ブライアンの魅力的な声がフレディの声に重なるとき、えも言われぬ完璧なハーモニーが生まれる。「キラー・クイーン」や「ボヘミアン・ラプソディ」や、「Don't Stop Me Now」[Somebody To Love」などのコーラスのハーモニーは本当に美しい。そもそもフレディの他にもハイクオリティの実力を持つヴォーカルが二人もメンバー内に存在していたことがすでに奇跡。そしてそれを言うなら、メンバーの誰もが、歌も複数の楽器も作曲もこなせる「マルチ奏者」だったということも、彼らの曲のクオリティの高さに繋がっているのだろう。

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 4人のメンバーを演じた俳優陣は、みんな本人に似ている。ブライアンなんてまさに本人!としか思えないそっくりぶり。しかし彼らが役作りで一番苦労したのは演奏とパフォーマンスの練習だったろう。一日何時間も実際に楽器や振り付けを練習したらしいが、4人とも見事だった。特にライブエイドの場面は実際の舞台と服装も動きも完コピできているから素晴らしい。これにはクイーン本人(音楽監修したブライアンとロジャー)も絶賛したという。
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 個人的には、4人の中で謙虚で温厚な性格でメンバーの間の衝突時の調整役を果たすことも多かったという、ベースのジョン・ディーコンのルックスや人柄が好きだ。彼を演じたのは子役の時に「ジュラシック・パーク」で少年ティムを演じたジョゼフ・マゼロ。あの忘れられない名演技をした恐竜少年が、こんなに素敵に成長していたのね。
 田舎なので応援上映はやっていなかった。残念。みんな静かに鑑賞する中、せめて膝や足でこっそり拍子をとって彼らの演奏を堪能しました。これ、何度も何度も観に行くファンが増えているの、よくわかる。ライブエイドの場面は絶対、大画面と大音響でエキサイトするべき作品だから。

2018年9月29日 (土)

ボストンストロング ダメな僕だから英雄になれた

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劇場で観ていたのだけど,、今頃のアップになりました。

2013年のボストンマラソン爆弾テロ事件に巻き込まれ、両脚を失ったジェフ・ボーマンの実話の映画化で、ジェフ・ボーマン役は名優ジェイク・ギレンホール。ボストンマラソン事件を扱った作品としては「パトリオット・デイ」があるが、この「ボストンストロング~」は、傍題に「ダメな僕でも・・・」とあるように、単なる美談ではなく、ジェフ・ボーマンの葛藤や苦しみや挫折などを生々しく描いているヒューマンドラマだ。

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ジェフを演じたジェイクは、作品ごとに様々なキャラを演じ分けることが出来るけど、今作の彼の演技はことのほか見事だったと思う。何が凄いって、「ちょっとダメダメな普通の青年」を全く違和感なく演じているところ。事故に合うまでのジェフ・ボーマンは、コストコに勤める平凡な青年で、仕事をさぼるのも平気だったりと、情けない一面も持っている。そして彼の家族や親戚は、ワイワイと賑やかで結束力のある一族ではあるものの、豊かさや知性はあまり感じられず(←失礼)、粗野でデリカシーに欠ける印象を受ける。

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それは、ジェフの事故に対する反応や行動にも表れていて、彼らはもちろん力になろうと奮闘するのだけど、肝心のジェフの複雑な心境に真に寄り添える繊細さは、誰も持ち合わせていないし、ジェフの母親パティ(ミランダ・リチャードソン)に至っては、息子が失った脚と引き換えに英雄として世間から脚光を浴びることに関して、ハイテンションになっているかのようにも見える。もちろん彼女が母親として至らないというわけではなく、息子の本心を察する能力が足らないせいだと思う。ジェフがまた、なんでも思ったことを口にするタイプではなく、本心を言わずに抱え込んだり問題を先送りしたり相手に合わせたりするタイプらしいのでなおさら。

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そんなジェフの心の支えとなったのは、恋人のエリン(タチアナ・マズラニー)の存在。彼女と母親との軽い反目や、彼女が妊娠したことでジェフが見せた弱気など、乗り越えるべき困難さは他のカップルよりもたくさんあった二人だけど、最終的には「添い遂げる」方向へ向かって本当に良かったと思う。

両脚を失った痛みからの回復だけでも、どんなに大変だったことだろうかと思う。ある日突然そうなったわけだから、どんな葛藤や苦しみがあったか、想像もつかない。それも単なる自動車事故などではなく、彼は「テロ事件」の犠牲者であり、犯人の目撃通報者でもあるので、当然その後は「英雄」として世間に姿を見せ、「悲劇に負けない、テロに屈しない」というイメージを演じることも期待される。誰もがこれを笑って易々とクリアできるわけがないのは当然のことだと思う。
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そんなジェフ・ボーマンが、どのような心境の変化をたどり、時には落ち込み時には自暴自棄になり、トラウマとも闘いながら再生して、人々を勇気づける「英雄」になっていったか、その成長ぶりを全身で体現して見せたジェイクの素晴らしい演技。彼の主演作品からはこれからも目が離せない。

2018年1月16日 (火)

光をくれた人

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DVDで鑑賞。テーマは夫婦愛というよりは、罪の償いや赦しなのかなと思った。そういう意味でとても心に残った作品となった。

オーストラリアの孤島ヤヌス・ロックに灯台守として赴任した帰還兵トム・シェアボーン(マイケル・ファスベンダー)と、彼の若く美しい妻イザベル(アリシア・ヴィキャンデル)の犯した罪。それは、島に流れ着いた赤ん坊を、自分たちの子供と偽って育てたことだった。ボートには父親と思しき男性の遺体。ちょうど自分たちの子供を死産で失っていたばかりのイザベルに懇願され、トムは事実を報告することを断念し、男性の遺体を密かに葬り、赤子を自分たちの実子と世間に偽って育て始める。

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よく考えたら、これは途方もない罪である。その場限りで消えてしまうような嘘だとか意地悪だとかに比べると、けた違いに重い行為だ。赤子の母親や、その他の身寄りの家族は健在で、赤子を探しているかもしれないのに。人ひとりをそっくり盗み取るような行為であり、生涯、偽り続けていく覚悟もいる罪だ。

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思慮深く真面目な夫のトムは、その罪の重大さを十分理解していたと思う。だからこそ彼は逡巡し葛藤する。

それでも彼が妻の懇願を受け入れのは、ひとえに彼女を深く愛していたから。彼のそれまでの寂しい色褪せた人生を、愛で豊かに彩ってくれたのがイザベルだったから。イザベルの天真爛漫さや明るさは、彼にとって本当に喜びだったのだろう。

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良心の呵責を感じ続けたトムに比べて、母になりたい願いに執りつかれていたとしか思えないイザベルの行為は、身勝手で幼くも思えたけど、孤島に夫と二人きりで過ごす生活や、二度の流産、死産が彼女の理性や判断力を失わせたのも無理はない。トムはそこにも自分の責任を感じ、なんとかして妻の笑顔を取り戻したかったのかもしれない。孤島での暮らしは、世界に存在しているのはただ二人だけのような錯覚を生んでしまうものだから。

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実子と偽って四歳まで育てたルーシーの愛らしさ。トムとイザベルはこの娘によって無上の喜びを得る。しかし、トムは本土に帰ったときに、自分たちの幸せは、ルーシーの実母ハナ(レイチェル・ワイズ)から取り上げたものであることに気づかされ打ちのめされる。良心の呵責に耐えきれず、トムは ハナに匿名で手紙を送り、娘の生存を告げてしまう。それは妻のイザベルにとっては裏切り行為だったのだけれど・・・。

この物語は、さまざまな赦しと愛に満ちている。
トム夫婦がお互いに抱いた愛と赦し。被害者であるハナが、亡き夫を想いつつ、トムたちに差し出す赦し。そして、真実を告白し、罪を償うことでトムとイザベルが得た神の赦しと平安。

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善人も罪を犯す。その動機は様々で、とても切ないものもある。責めたくても責められない罪もある。しかし、それが法的にも裁かれるほどの重さを持った罪である場合、やはり贖罪や赦しを経ないと平安は得られない。善人であるならなおさらのこと。

トムの晩年が穏やかだったことも、成長したルーシーが会いに来てくれたことも、イザベルが書き残した手紙をルーシーに読んでもらえたことも・・・・本当によかったと思った。

マイケル・ファスベンダーの、内面の苦悩や細やかな愛情を表現した演技が素晴らしい。アクション映画でも活躍する彼だが、こういうヒューマンドラマを演じても素晴らしいのね。

2017年11月 7日 (火)

ハクソー・リッジ

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第二次世界大戦の激戦地ハクソー・リッジで、武器を持たずにたった一人で75人の命を救った兵士の実話から生まれた感動作。

主人公は、良心的兵役拒否者としてはアメリカ史上初めて名誉勲章(メダル・オブ・オナー)を授けられたデズモンド・トーマス・ドス
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ドスを演じるのは、沈黙ーサイレンスーといい、この作品といい、信心深い役がここのところ続いているアンドリュー・ガーフィールド。監督は、パッションでイエス・キリストの壮絶な十字架刑を描いたメル・ギブソン。

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再臨派の敬虔なクリスチャンのドスは、「殺人は罪である。」という信念のもと、衛生兵として陸軍に志願し、文字通り「一人も殺さなかった」が、自らの命を掛けて多くの仲間の命を救った。彼の勇気と功績を称えた名誉勲章は、米軍の勲章の中では最高のものである。

映画の前半は、ドスがなぜ「武器を持たない」という信念を持つに至ったか、彼の生い立ちや家族との関係が描かれる。
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少年の日に喧嘩のはずみで、兄を殴り殺しそうになった体験。敬虔な再臨派の信者の母と、第一次大戦で心に深い傷を負った父親。母に暴力を振るう父親に銃口を向けたこと。「絶対に殺さない」という信念で戦場に赴いたドスが、本当に癒したかったのは、戦場で仲間を殺された父の心の傷だったのかもしれない。

ドスが異色だったのは、良心的兵役拒否者なのに志願し、入隊したこと。そして入隊したにも関わらず、ライフルの訓練で「触れません。」上官の命令を拒否し、除隊の勧めも断って、非武装での従軍というスタイルを貫いたことだ。実際、入隊したなら武器を持って戦えよ、と同じ仲間なら彼にドン引きして当然だと思う。場違いもいいところだ。全体の士気も下がる。
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しかし、ドスは、仲間から軟弱者、臆病者と蔑まれて嫌がらせやリンチを受けても、軍法会議にかけられても、決して信念を曲げることはなかった。彼は、自らを「良心的協力者」と称し、「皆は殺すが、僕は助けたい。人と人が殺し合う中で、一人くらい助ける者がいてもいい。」と主張し、軍隊を去らなかった。

しかし、そんなドスへの仲間の評価は、軽蔑から尊敬へ、足手まといから、「お前なしでは戦えない」と指揮官に言わしめるほど頼れる存在へと180度変容する。それは、熾烈を極めた「ハクソー・リッジの戦い」で、ドスが「殺さずに助ける」という信念を実際に行動で示したからだ。
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ハクソー・リッジとは、沖縄の浦添城跡一帯にある丘陵地帯の断崖絶壁前田断崖の別名。ここで米軍と日本軍は、前後11回にわたる激しい争奪戦、攻防戦を約3週間の間繰り広げた。

仲間が崖の下に退却した後も断崖の上に残り、傷ついた兵士の手当をしてロープで断崖の下に降ろす作業を繰り返すドス。一人救う度に「主よ、あと一人救わせてください。」と祈り続け・・・・なんと75人もの仲間を救いだしたのだ。敵の日本兵の手当てすら彼は行った。
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キリスト者がみな、ドスのように戦場で「殺さない」という信念を持っているわけではないし、持たねばならないとも思わない。「汝、殺すなかれ。」という教えは確かに重要な掟だけど、旧約の時代から、「聖戦」というものはしょっちゅうだったし、それに「敵を倒す」ことで味方を守る信念もまた正しい。現に、フューリーで登場した信仰篤い兵士バイブルは、信仰と戦闘で敵を殺すことは別物と、きっちりと割り切っていた。

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「何を信じ、どう行動するか」は人それぞれだ。「敵を殺さずに助けるだけ」の戦い方が、普通の戦い方より素晴らしいというわけではない。「愛する者を守るために武器を取って戦う。」者も無くてはならない存在だ。多くの兵士たちが捨て身で戦ったからこそ守られた祖国がある。ドス本人も、熾烈な戦闘の最中では、「武器で敵を殺す」仲間たちの援護を受け、命を助けられているのだから。

ただ、ドスの凄さは、困難にも迫害にも負けず、自分の信念を貫き、不可能な状況でそれを実行してみせたことだと思う。

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百戦錬磨の兵士でも身のすくむようなあの戦場で、丸腰で仲間を救い続ける・・・それはとてつもなく勇敢な行為であり、助け出した人数が75人もに登ったことを思えば、やはり信念を貫き通す人間の崇高さと、それが他者に与える希望や力に、感動を覚えずにはいられない。特に普段の彼が、控えめで謙虚で争いを好まない人物であったからこそ。「信念」と「信仰」と、それと「彼の信ずる神」の力によって、彼はあれほどの行動を取ることができたのだ。

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この作品での、ガーフィールドの演技は素晴らしい。ドスって本当にこんな若者だったんだろうな、と思わせる爽やかなオーラを醸し出し、その瞳からはピュアな精神がのぞいでいるかのようだ。「沈黙~」のロドリゴ神父の時に比べると、この作品の彼は、繊細で柔和な表情が清々しい。彼はとても知的な俳優さんで、しっかりとリサーチし、役作りを徹底してから撮影に臨んだそうだ。

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そして、この作品のもう一つの大きな見どころは、9割が実写という戦闘シーンのリアルさ。戦争映画はわりと好きでたくさん観ているけれど、これは今までに観た数々の戦闘シーンの中でも、群を抜いて恐ろしい戦場シーンだった。硝煙の中、どこにいるかわからない敵から浴びせられる砲弾の雨。火炎放射器で焼き払われる敵兵たち。足元にはネズミが群がる死骸の山。千切れた四肢やまき散らされたはらわたなどなど・・・。まさに地獄の光景。

箱爆弾とかいう、60㎝の至近距離で爆発しても危険のない爆弾を使った撮影で、ワイヤーやスタントマンは使っているけれど、CGはほとんどなしというこだわりの実写。そのせいで臨場感が半端ない迫力のある戦闘シーンに仕上がっている。戦闘シーンはメル・ギブソン監督は得意だけれど、この作品は本当に素晴らしい。おぞましく恐ろしい場面であるばずなのに、ハクソーが陥落する間際のスローモーションを多用した映像は、美しさすら感じる。

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この地獄のような戦場で、一人残って救出活動を続けたドス。強靭な意志とともに、体力も気力も、運も、すべて必要だったろう。ゆるぎない信念に支えられ、人はここまで強く優しくなれるものなのか、とただただ感動。救出を終えて崖を降りてきた彼を迎える仲間たちの驚きと称賛と畏怖すら混じったまなざし。誰もできないことを彼はやり遂げたのだ。

若者も疲れ、たゆみ、
若い男もつまずき倒れる。
しかし、主を待ち望むものは新しく力を得、
鷲のように翼をかって上ることができる。
走ってもたゆまず、歩いても疲れない。 (イザヤ書 40章30・31節)

2017年3月 9日 (木)

ベストセラー 編集者パーキンズに捧ぐ

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1920年代のニューヨーク。敏腕編集者パーキンズ(コリン・ファース)は、F・スコット・フィッツジェラルドやアーネスト・ヘミングウェイらの名著を世に送り出してきた。あるとき、彼は偶然手にした無名の作家トマス・ウルフ(ジュード・ロウ)の原稿を読んでいち早くその才能に気付く。パーキンズはウルフの陰になり日向になり支え続け……。(シネマ・トゥディ)

キングスマンではキレッキレの英国スパイを演じたコリン・ファースが,実在した名編集者を演じる。実話に基づくこの作品の見どころは,コリンの演じるマックス・パーキンズの人柄の魅力と,天才作家ウルフとの親子にも似たあたたかな絆。地味だけど,しみじみと心に残る良い作品だった。

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1920年というアナログな時代,出版社の編集者の仕事って,持ち込まれた作家の原稿(もちろん紙媒体)に目を通し,筆記で添削するという手間のかかるもの(当たり前だが)。パーキンズは,まだ世に出る前の小説家の才能を見抜く目をもち,それまでの編集者とは違って,作品を丁寧に読み込んで助言をする編集者だった。

ジュード・ロウが演じたトマス・ウルフは,自伝的作家で,独創性に富んだ叙情的な文章で綴られた彼の作品は,1920年代後半から1940年代当時のアメリカ文化や風俗を鮮やかに反映している。現在では日本ではあまり知名度は高くないが、存命中は広く知られた作家だったらしい。

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めちゃくちゃな構成と膨大な量ゆえに,出版社をたらいまわしにされていた彼の原稿に天才のひらめきを感じたパーキンズは,大胆な削除も含めた編集作業を行い,処女作「天使よ故郷を見よ」を世に送り出す。ウルフは,登場人物の心情や動作を全て文章にするので,(つまり推敲が出来ないタイプ?)記述の分量などバランス感覚を,パーキンズの編集が補い、ウルフはその点を非常に感謝していたという。

ウルフ自身は周囲に理解されにくく,人を振り回すタイプだったようだ。パーキンズは家族ぐるみで彼を受け入れ,息子を持たないパーキンズと,父を亡くしたウルフの間には,父子にも似た絆が生まれていた。

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「パーキンズなしでは書けない」と言われるのが嫌で,一度はパーキンズの元を去るウルフと,引き留めることはせずに見守るパーキンズ。ウルフが脳腫瘍であんなにはやく命を落とさなかったら,彼は果たしてパーキンズの編集なしでも傑作を生み出し続けることができたのだろうか。

死の床でウルフはパーキンズに宛てて感謝の手紙を書く。彼の死後にそれをオフィスで読むパーキンズが,室内でも脱ぐことがなかった帽子を取る場面は胸があつくなった。

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コリンが演じたパーキンズの,公私に渡って作家の面倒も見る懐の深さと思慮深さがいい。穏やかで,それでいて信念も持っていて。彼を慕い,恩人と思う作家はたくさんいたのではないだろうか。彼がいなかったら,フィッツジェラルドの「グレート・ギヤツビー」や,ヘミングウェイの「日はまた昇る」「誰がために鐘は鳴る」などの名作は,おそらく世に出てなかったことだろう。そう思うと,偉大な業績をなした編集者だったんだなと改めて思った。

2015年1月28日 (水)

フューリー

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今年の1本目はこれ!年明けに,毎年恒例のリフレッシュ旅行先の新宿ピカデリーで鑑賞。

1945年,第二次世界大戦は終結前夜を迎えていた。
死に物狂いで最後の抵抗を繰り広げるドイツ軍を相手に,フューリー”(=激しい怒り)と命名された戦車で死を覚悟で戦った5人の米軍兵士たちがいた。
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フューリーの隊員は,ブラピが演じる指揮官のドンを筆頭に,それぞれ癖のある4人の部下たち。18歳の新米兵士ノーマンの戦場での成長物語も交えながら,彼らの間の熱い絆と,常に死と隣り合わせの戦場の緊迫感がリアルに描き出されている。

監督は,元軍人という異色の経歴を持つデヴィッド・エアー。それだけに,米軍のM4中戦車シャーマンとドイツ軍の最強戦車ティーガーが激突する戦車戦の圧倒的な臨場感や迫力はさすがだ。劇場の大画面で観て大正解だった。

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戦争ものはいくつも観てきたけれど,戦車戦を中心にしたものは初めてで,とても興味深かった。この時代,ドイツ軍保有の重戦車ティーガーは火力がすぐれた88mm砲搭載の頑強なもので,対する米軍のM4中戦車シャーマンは,機動力が自慢だったそうな。撮影に当たって監督は,なんとヨーロッパ中のコレクターから本物の戦車を借り受け,さらに英国ポービントン戦車博物館に所蔵されている世界で唯一走行するティーガー戦車を撮影に使用したというから驚きだ。

極限状態をともに生き抜く5人の乗員たち。車長のドン(ブラピ)は歴戦の勇者であり,部下からの信頼も篤い理想的なリーダーだ。
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戦車乗りとして,これまでいったいどれほどの修羅場をくぐり抜けてきたのか,彼の背中には一面にケロイド状になった火傷の跡がある。彼はどんな戦況でも,その燃えるような闘志と,冷静で的確かつ大胆な指示によって,これまで部下たちを守ってきた。

新兵のノーマンに対しても,ドンは厳しさと優しさを示す。「敵を殺したくない」と泣きべそをかいていたノーマン(戦場で,敵を殺したくないって,いったいアンタ何しに来たの?って誰でも思うけど)を,ある時は手厳しく叱責し教育もするが,その反面彼の心情をひそかに思いやることも忘れない。部下の前で決して弱みは見せないが,実は繊細で複雑な内面も抱えもっている・・・・・。
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シャイア・ラブーフが演じるのは,冷静沈着な砲手のボイド(通称バイブル)。信仰心が篤く,聖書の言葉を引用して,仲間の心を癒し,特に死を迎えた同胞を看取るときに,まるで牧師のような役割を果たす。しかし,クリスチャンとしての信念と戦士としての義務とは別物ときっちり割り切っているので,敵を「殺す」必要のあるときにはためらいがない。

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とにかく,フューリーの乗組員たちがそれぞれ強烈で魅力的なキャラが立っていて,彼らの間に生まれる緊迫感や信頼関係や,絆も色濃く描かれているので,戦闘シーンだけでなく様々な意味で見ごたえがあった。

見ているこちらまで閉所恐怖症になりそうなくらいリアルな戦車内部の映像。劇場ならではの大迫力の砲撃シーン。鑑賞中は,何度も何度も手に汗を握りっぱなしだった。

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フューリーが,なぜ勝ち目もないのに単独で,敵の精鋭部隊300人をたった5人で迎え撃つという暴挙に出てしまったのか・・・・・そこに戦う価値はあったのか?とつい思ってしまうのだけど,・・・・ラストシーン,動かなくなったフューリーの周囲のドイツ兵の死骸の山が,ゆっくりと俯瞰しながら映し出されたとき,彼らは確かに命を失ったかもしれないけれど,彼らが倒した敵の数の膨大さに言葉もなく,無条件で敬意を表したくなった。あのラストシーンは秀逸だと思う。戦車戦の迫力、、そしてそこに生きる兵士たちの思いや体験を,またひとつ知ることができてよかった。こういう良質な戦争映画は,戦争の悲惨さや悲しみも伝えてくれるので,ある意味,反戦映画なのかなとも思った。

2014年9月 7日 (日)

ペインテッド・ヴェール ある貴婦人の過ち

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2006年の作品。しかし日本では未公開で,DVDも今年リリースされたばかり。邦題からは,昼メロみたいな安っぽさが漂うのだが,サマセット・モームの原作の文芸映画で原題は「五彩のヴェール」。1934年に「彩られた女性」という題でグレダ・ガルボ主演で映画化されたもののリメイクだそうで。

何がいいって,主演がエドワード・ノートンナオミ・ワッツなこと!これがなければ絶対スルーしていた作品だ。サマセット・モームの小説もあまり読んでないしね。で,結論から言うと,これ,とってもよかった。たぶんみなさんほとんどご存じないと思うけど,あえて紹介させていただこうかと。
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舞台は1923年のロンドン。
上流階級の家の娘キティ(ワッツ)は、父親の勧めに従って,中流階級出身の医学博士ウォルター(ノートン)のプロポーズを受け入れ,彼の赴任先の上海へ同行する。しかし真面目で寡黙で仕事熱心なウォルターに不満を募らせた彼女は,イギリス副領事タウンゼント(リーヴ・シュレイバー)と関係を持ってしまう。

やがて妻の不貞に気づいたウォルターは,ある復讐策を実行する。キティに対し,コレラが蔓延している僻地医療現場へ自分と同行するか離婚か,どちらか選ぶようにと迫ったのだ。「なぜ私がそんなところに行かなきゃいけないの?」と抵抗するキティだが,不倫相手のタウンゼントがただの浮気男にすぎなかったことがわかったキティは,他に選択の余地もなく,冷え切った関係の夫と共に,中国の奥地へ向かう・・・。
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撮影時にまだ30代だったナオミ・ワッツが美しい。1920年代のファッションは,膝丈までの細身でフラットなドレスやボブカットのショートヘア,キャスケットタイプの帽子・・・などとても素敵なのだけれど(華麗なるギャツビーの時代よね)この映画のナオミの髪形もとても女らしく可愛らしい。

彼女は前半はとても嫌な女である。たとえ上流階級に生まれても,女性は適齢期になれば結婚するしか生きるすべがなかった時代,大して愛も尊敬も抱いていないウォルターと,ある意味「妥協して」結婚「してあげた」彼女は,面白味のない夫を裏切ったあげく,離婚されることだけは避けたくて,自分に復讐しようとする夫に怒りを覚えながら投げやりな気持ちで僻地に赴く。
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しかし,後半からの彼女は,シスターが経営する孤児院でのボランティアなどを通して,次第に変わっていく。ろくに口もきいてくれない夫と二人きりで,コレラの蔓延する不便な僻地に無為に閉じ込められる生活の中,キティは生きていくために,自分ができること,自分にしかできないことを模索し始める。それまで,親や夫の庇護のもと,深い考えもなく高慢に気ままに生きてきたに違いない彼女が,「自立」というものに目覚め始めたのかもしれない。こうなると持ち前の気丈さや負けん気がプラスに働くのか,彼女は次第にたくましく生彩を取り戻していくのだ。

そしてそれにしたがって,冷戦状態だったウォルターとの関係も少しずつ変化していく。夫に対し,謝罪や尊敬の気持ちが芽生え,新婚時には彼女の方には無かった夫への愛も生まれてくる。

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ノートンもまた,物静かで沈着で,しかしこうと決めたら譲らない頑固さも持つウォルターにぴったりの雰囲気だった。愛して結婚した妻に裏切られた大人しい夫の執念深い反撃・・・。キティへの愛情と復讐心の狭間で悩む不器用で生真面目なウォルター。この二人が演じたからこそ,この作品は珠玉の味わいにまで高められたと思う。

しかし,夫婦の間にやっと本当の愛や信頼が生まれ,子供も授かった矢先に,ウォルターがコレラに感染。この時代だから・・・・奇跡は起こらず,キティの懸命の看護も虚しく,点滴の生理食塩水が尽きたときに,彼は脱水症状を極めて逝ってしまう。最後に「(こんなところに連れてきて)赦してくれ。」と妻に言い残して。
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ここからは涙腺がゆるみっぱなし。

和解したとたんに夫が死んでしまうのも,小説や映画ならもちろんありがちな話の流れなのに,ナオミとノートンの演技に泣かされ,「ウォルター埋葬→キティ慟哭→キティがその地を去る」までの一連のシーンの背後に流されていたフランスの童謡「À la claire fontaine(清らかな泉のほとりで)」の,やさしい澄んだ調べとシンプルな愛の歌詞にまた泣かされ・・・・。この曲,どこかで聴いたことがあると思ったら,クリスティン・トーマス・スコット主演の,ずっとあなたを愛してるでも効果的に使われていた曲だった。曲の最後に繰り返される,(Il y a longtemps que je t'aime,Jamais je ne t'oublierai.=ずっとあなたを愛してた,決してあなたのことは忘れない)という歌詞があまりにもこの場面の哀しさや切なさにぴったりで心に残る。

美しい映画だった。ノートンやワッツのファンならぜひご覧ください。モームの原作がお好きという方にもおすすめ。

2014年9月 1日 (月)

プリズナーズ

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灼熱の魂ドゥニ・ヴィルヌーヴ監督作品で,主演がヒュー・ジャックマンジェイク・ギレンホール。これだけ揃えば,どんな難解作でもマニアックな駄作でも観たい私だが,この作品,さすがあの灼熱~の監督の作品だけあって,とても見ごたえのある秀逸なサスペンスだった。二時間半という長尺にもかかわらず,非常によく練られた脚本のもと,計算しつくされたストーリー展開のせいで,緊張感は一時も途切れることも緩むこともなく,最初から最後まで惹きつけられ,かつ自在に振り回された。大好きなセブンと,ちょっとテーマや雰囲気が似てるかな?

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ストーリー
家族と過ごす感謝祭の日、平穏な田舎町で幼い少女が失踪(しっそう)する。手掛かりは微々たるもので、警察(ジェイク・ギレンホール)らの捜査は難航。父親(ヒュー・ジャックマン)は、証拠不十分で釈放された容疑者(ポール・ダノ)の証言に犯人であると確信し、自らがわが子を救出するためにある策を考えつくが……。(シネマトゥディ)

 この先の感想には,軽いネタバレも含む記述もあるので,未見のかたはご注意ください。予備知識なしで鑑賞した方が絶対にお勧めの作品ですので・・・・

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ケラーを演じたヒュー・ジャックマン。彼が演じたのは,我が子を救いたいがために人として許されない罪の領域にまで踏み込んでしまう男だ。最愛の我が子を誘拐され,容疑者は10歳ほどの知能しかないという理由から釈放されてしまい,一刻も早く救出しないと手遅れになってしまう・・・という状況に置かれたら,親は誰しも彼と同じ狂気と苦悩に駆られるにちがいない。だからといって,誰もがケラーのような常軌を逸した行動を取りはしないけれど・・・。

しかし実際に行動に移すことはできなくても,それをやりたいという衝動は感じるかもしれない。どんな手段を使っても,たとえそれが法に触れるものであっても,我が子を救いたいという思いは。

ケラーの場合,彼の逆上型で一途な性格や,環境(監禁に適した空き家や,強靭な肉体や武器を持っていた等)が行動を可能にしたのだろう。日本では,国民性や環境のせいで,なかなかできない行動だ。・・・たとえしたくても。

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とにかくこんなにクレイジーなヒューも初めて観たし,こんなに暗いジェイクも初めて観た。両者とも今までに見たことも無い役柄で,白熱する演技合戦が凄かった。特にジェイク。彼はゾディアックでも迷宮入りの連続殺人犯を追いかける役ではあったが,あちらでは飄々としたオタクっぽい漫画家青年だったのに比べてこちらは敏腕刑事という役どころ。彼が演じるロキ刑事は,今まで捜査した事件ではすべての犯人を検挙してきたという実績を持つ優秀な刑事だ。

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ロキ刑事の生い立ちや背景ははっきりとは語られないが,「少年院にいたこともある」という彼自身の台詞や,友や家族とも縁がなさそうな雰囲気や,フリーメイソンの指輪・・・などなどから,孤独で寡黙で一筋縄ではいかない感じが伝わってくる。頼りにならない上司の下で,捜査は常に単独。彼は聞き込みや被害者家族とのやり取りや,職場の同僚との会話は常にテンション低めで,感情的にならないのに,容疑者を取り押さえる時や追跡するときには別人のようにハイテンションに豹変する。

そう,このロキ刑事,複雑でなかなかカッコいいキャラクターである。頭脳明晰で冷静沈着なのだけど暗い影を背負っている感じ?一人の時に疲れ切った表情で小声で悪態をつくところが面白い・・・・・しかしこんな複雑な役なのに,ジェイク,上手い。
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この作品,被害者父の暴走だけで2時間半を引っ張るのではなく,並行して真犯人らしい新しい容疑者の出現とか,いわくありげな神父と教会の地下室のミイラ化した死体とか,過去に起こっていた幼児失踪事件とか,さまざまな謎や手がかりを上手く小出しに散りばめてくれ,終盤にはそれらが一気に収束して,真犯人とその動機などの謎の解明に辿りつくようになっている。

まるで緻密なパズルのようによく考えられたストーリーであり,ゾディアックのような「真相はわからずじまい」という消化不良感もない。また,人間の暗部や罪,暴力描写や狂気がじっくりと描かれているにもかかわらず,終盤の救出劇(ジェイクがめちゃカッコいいです)から爽快なカタルシスを感じることができるし,結局のところ,真犯人も捕まり(というかロキ刑事の銃弾に倒れるのだが)被害者で命を落とす者は誰もいない・・・ので,後味は悪くないのだ。むしろ,秀逸なラストシーンには,「ああよかった」と心から安堵を覚えた。
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ヒューマンドラマとしても見ごたえあるし,サスペンスとしても一級品の作品だと思う。「灼熱~」のような「驚愕の真相」も,存在する。「灼熱~」ほどではないけれど,想定外の真相が終盤に明らかにされ,「えー!そうだったの」と・・・・。

そして,これは「セブン」同様,宗教的な色合いも濃い物語だ。神VS悪魔というテーマ。ケラーはクリスチャン。そして犯人はもちろん悪魔の象徴である。詳しく言うと,犯人は神に対する失望が理由で神の陣営から悪魔の陣営に移り,同じように神の陣営にいる人間を堕落させようと目論む人間である。事実,容疑者を拉致して拷問するケラーは,悪魔の陣営に片足を突っ込んでいたようだ。

神に失望した人間の神への逆恨みは根深いものがある。また,人間は神の側にも悪魔の側にも立てるし,罪と信仰との狭間を行ったり来たり,いや,両立すら可能な存在でもあるのかもしれない。ケラーの様に祈りつつ拷問もできてしまう・・・・そういう状況に置かれたら。恐ろしいことだ。
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ロキ刑事の立ち位置は,神でも悪魔でもなく,「異教徒」を象徴している・・らしい(フリーメイソンの指輪とか彼の名前から)。事実,事件解決には冷静で客観的な判断を持つ彼の奔走が役立つのだ。

神と悪魔の戦い・・・信仰と罪の戦い。「セブン」では罪=悪魔が勝利を収めたような結末が衝撃的だった。しかし本作は一応神の勝利で終わっているから,後味が悪くないのだろう。しかし人間とは,神の陣営にいると自覚しているものでさえ,きっかけさえあれば,罪に手を染め,やすやすと境界を超えてしまう弱さや危うさを持っているのだとしみじみ思った。

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ケラーはもちろんのこと,あの神父や,ケラーの拷問に手は貸さないけど止めはしなかったナンシーなど・・・人間は,条件が揃えば罪に囚われてしまう弱さを持っている。たとえ本意でなくとも。エデンの園で蛇の誘惑に負けたとき以来,人は常にサタンからの誘惑に晒され続け,サタンは何とかして人間をに自分の陣営に引き込もうと手を変え品を変え近づいてくる。事件は解決されても,多くの人の心の中には深い傷が残ったことだろう。

ドゥニ・ヴィルヌーヴ監督・・・その力量おそるべし。今後も注目していきたい監督さんだ。

2012年9月25日 (火)

50/50 フィフティ・フィフティ

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DVDで鑑賞。ジョゼフ・ゴードン・レヴィットが好きということもあり・・・・そのわりにはリリースされてからなかなかレンタルしなかったけど。

ある日突然ガン宣告され,手術の成功は50%だと言われてしまった青年の,等身大の闘病物語・・・・なんだけど。主役のジョゼフは最近は,ノーラン監督のもと,インセプションダークナイト・ライジングでアクション俳優づいてもいるけど,「500日のサマー」やこの作品のような,どこにでもいそうでちょっとシャイな好青年という役も,とても魅力的でハマってる・・・とも思う。こういう役柄だと華奢で童顔に見えてしまうから不思議。

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命を脅かす病気になったとき,人はどんな受け止め方をして,その後の日々をどんなふうに過ごすのか?そしてまた周囲の家族や友人,知人たちもまた,どんな反応をし,どんな関わり方をするのか・・・
それはもちろん人それぞれで,本人の価値観や年齢,置かれた環境や人間関係の違いで十人十色というべきものなのだろう。

タッチはあくまでも軽くて深刻な描き方ではないのだけど,もし自分がガンになったら,どこに心の持ちようを見出すのか?また自分の大切な人がガンになったら,自分はどんな風に支えたらいいのか?そんなことも折々の場面で考えさせられる作品だった。

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この作品の主人公アダム(ジョゼフ・G・レヴィット)は若く,平凡な青年。彼にとって突然のガン告知はまさに青天の霹靂。しばしの茫然自失状態から覚めた後の彼は,健気にも明るく淡々とガンとの闘病に向かおうとする・・・・のだが。

彼を取り巻く人々のそれぞれの反応や順応。最初は支えると誓ったのに全うできずに去っていく恋人レイチェル。ガンを吹き飛ばせとばかりにナンパや遊びを進めてくる一見「お気楽」な親友カイル(セス・ローゲン)。オーバーに悲しみ心配する過干渉の母親と,彼が息子であることもわからなくなっている認知症の父親。そして,彼のメンタル面を担当した,まだまだ新米のカウンセラー,キャサリン(アナ・ケンドリック)。
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アダムは彼らとの関わりややり取りの中で,その過剰反応に引いてしまったり,自分を励まそうとする相手に合せて明るく振舞ってみたり,反対に「誰も自分のことをわかってくれない。」と僻んでしまったり・・・・そしてやはり病状が進むにつれ,死への恐怖や虚無感から,穏やかな彼もどうしようもなく自暴自棄に陥る日もあったりして・・・・

さまざまな揺れを体験しながら,でも最後にはアダムは,両親との絆を再確認し,武骨な親友の秘めた愛情にホロリとし,キャサリンには恋心を抱くようになっていく。そう,ガンのような病気と直面したとき,誰でも自分の周囲の人間関係を見直したり整理したり新しい絆を芽生えさせたり・・・するのだろう。
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飄々とユーモアを交えてあくまでも軽いタッチで爽やかに描かれているけれど,この作品のテーマは決して軽くないし,あたたかい感動が鑑賞後にじんわりと沁みてくる・・・・いい作品だ。

最後に私事を打ち明けると,先日の人間ドックの結果,とある「ガンの疑いあり」ということで,要精密検査になりました。そして精密検査では,針生検とやらまでしたのだけど,十分な量の細胞が取れず,いぜんとしてグレーのまま,今は数か月の経過観察状態。12月に再び再検査の予定。そんな私にとって,この作品はある意味他人事ではないのだけど,それだからこそ心に感じるものがたくさんあったのかもしれないです。今までも大病や手術をしたことはあるけれど,怖いな・・・と感じた病気は初めてかも。でも今から心配してもしようがないから,今は考えないようにすべて委ねて,淡々と楽しくこれまでと変わりなくを心がけて日々を過ごしています。さすがに生活や食習慣は以前より気をつけるようにしていますね・・・・。

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