カテゴリー「映画 は行」の93件の記事

2024年6月17日 (月)

蛇の道

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黒沢清監督が1998年に製作した同名映画を、舞台をフランスに移し、主演を柴咲コウに迎えてセルフリメイクした作品。リベンジものもイヤミス風味も大好きなので観に行った^_^; ちなみに高評価で名作だという1998年のオリジナルは未見。私が入っているアマプラでは扱ってないので今後も観ないまま終わりそう・・・。

実は映画が始まり、序盤から帰りたくなった・・・(-_-;) ホラーもグロも耐性がしっかりある私だが、なんというか、この作品、登場人物や舞台の雰囲気などすべてが何となく「気持ち悪い」「胸糞悪い」。小説のイヤミスって、ラストの後味がいや~~~な感じのものが多いのだが、この作品、全編通して「いや~~~な雰囲気」が漂ってる。良いやつが一人も出てこないし、じっとりとした不穏な空気が実に居心地が悪い。でも、タイトルが「蛇の道」ですからね。そこは仕方ないのかなと思いつつ、拉致監禁の相手がどんどん変わっていく展開や、つかみにくいヒロインの本性に目も頭も奪われて、最後までしっかり見届けた。

で、観終わった感想だけど、ぶっちゃけ、「私は」再見したいとは思わないし、オススメするには人を選ぶとは思うが、すごい作品であることは間違いない。気持ち悪いが面白い。そしてなんといってもヒロインの柴咲コウさんが素晴らしい。

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彼女が演じているのは、幼い娘を惨殺されたアルベールの復讐の手伝いを申し出る精神科医の役だが、無感情で冷徹な瞳のまあ怖いこと怖いこと。手伝うといいつつ主導権を握り、「もう終わりにしたい」と弱音を吐くアルベールを言葉巧みに操作して、復讐劇を完遂するよう誘導する。かと思えば監禁されてる男たちに「誰か他の人の名を言えば助かるわよ」などどこっそり提案し、拉致する相手を芋づる式に増やしていく。遺体をめった刺しにする場面もあるし、彼女は実は単なるサイコパスで復讐を手伝いたいのではなく連続殺人がしたいためにアルベールを利用しているのでは?などと思ってしまった。

で、結局アルベールが彼女に騙されていたのは想像通りだったけど、その理由や彼女の意図は私の想像と全く違っていて、彼女はサイコパスではなかったけど、怖さは変わらなかったなぁ・・・。ラストシーンで夫を見つめる彼女の目は、このストーリーがまだ終わってないことを暗示していたし。


全編通してフランス語のセリフというのもすごい。髪型もたたずまいもファッションもとてもクールビューティー。でも半端なく怖い柴咲コウさんでした。彼女を観るためだけでも一見の価値あるかも。

あ、西島秀俊さんの無駄遣いのような気もしましたが、彼は彼ですごく不気味な存在感をはなっていた・・・。ただ、事件には直接絡まないから、何のために出てきたのかなぁ。もったいない。

2023年9月18日 (月)

福田村事件

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封切り初日の9月1日に香川県高松市のソレイユで鑑賞。

いつもはまばらな劇場が、なんと年配のお客さんたちで賑わっていた。関東大震災記念日だし、映画で描かれた実話の被害者が香川県出身だということもあったのだろうか。私は隣県の徳島からの鑑賞だったが、同じ四国人として、やはり何と言うかこの事件の被害者たちには一種の思い入れがあった。役者さんたちが喋る讃岐弁は阿波弁と共通する言葉もあり、懐かしさを感じた。その讃岐弁が福田村で全く通じなかったことが原因で、悲劇が起こるのではあるが……。行商人一行が虐殺される場面では劇場のあちこちからすすり泣きが起こった。

関東大震災のとき、朝鮮人がデマにより大虐殺されたという事実は歴史で少し学んだ記憶がある。しかし、聞き慣れない方言が原因で朝鮮人と間違えられて殺された日本人がいたことは全く知らなかった。被差別部落者で行商人という、社会的弱者の立場にあった被害者遺族が泣き寝入りしたため、事件そのものが世間に語り継がれることなく「無かったもの」として消えてしまっていたのだ。この事実を映像化することによって100年たった現在、世に知らしめた監督や、出演した俳優陣、そしてクラファンで制作を支えた一般の方々の功績は大きいと感じた。

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本作品は見事の一言に尽きる。
とにかく、作品が私たちに問いかけてくる問題の深さと多さに圧倒され続けた2時間だった。この事件は非常時の人間の集団心理や、軍国主義や階層社会や、様々なものが絡み合って生まれた犯罪であり、二度と同じようなことを繰り返してはならない過ちだと感じた。

加害者となった村人たちはみんな、ごく普通の人たちであり、世が平穏で情報が偏ったり隠蔽や捏造されなかったなら、あのような残虐な行為をおそらく行わずにすんだはずなのだ。軍部の台頭や朝鮮人に対する弾圧や差別という背景ももちろん大きいが、震災とデマの恐怖が人々を団結させ、異分子を排除しないと自分たちがやられる、という集団ヒステリーを生んだ。

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しかしこの悲劇は果たして時代のせいだけだと言えるだろうか。確かに、「讃岐弁が他の地方では通じなかった」という現象は、情報の行き来がなかったあの時代のせいかもしれない。しかし、ネットやSNSで情報が溢れかえる現代もまた、誤った情報を意図的に拡散できる可能性は十分あるし、人々は竹槍を持って押し寄せる代わりに、ネット上での炎上や誹謗中傷という方法で、匿名で個人を攻撃できるようになった。

思い起こせば、コロナ禍初期に起こった感染者に対する過剰な警戒や非難も、ある意味「非常事態に起きやすい集団ヒステリー」ではないだろうか。100年前のこの事件から私たちは、条件さえ揃えば人が誰しも陥りやすい過ちについて学ぶことができるのかもしれない。人は集団に帰属しないと生きられないけれど、集団の中でも個人としての意見や価値観を持ち、必要ならそれを主張すること、そして他人の意見にも冷静に耳を傾けることが大切であると強く感じた。

2023年6月24日 (土)

波紋

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大好きな実力派女優の筒井真理子主演。監督は『川っぺりムコリッタ』などの荻上直子。 光石研,磯村勇斗、柄本明など名優ががっちりと脇を固める。ヒロインの主婦を通して、老々介護や新興宗教、障害者差別、冷え切った夫婦関係などの女性を取り巻く様々な問題を描く。

あらすじ  須藤依子(筒井真理子)は、緑命会という水を信仰する新興宗教にのめり込み、祈りをささげては勉強会に勤しんでいた。庭に作った枯山水の庭の手入れとして、1ミリも違わず砂に波紋を描くことが彼女の毎朝の習慣となっており、それを終えては静かで穏やかな日々の尊さをかみしめる。しかし長いこと失踪したままだった夫の修(光石研)が突然帰ってきたことを機に、彼女を取り巻く環境に変化が訪れる。

女性特有の家族の呪縛に苦しんだこともある自分としては、ヒロイン依子の置かれた境遇に対する怒りや悩みに、200%共感しながら観た。今の若い人にはわからないかもしれない。依子くらいの年齢の主婦なら、この葛藤や忍従に「あるある」と頷ける場合も多いと思う。

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寝たきりの父親を妻に丸投げして失踪したあげく、自分が癌になったからといって治療費目当てに帰ってくる身勝手すぎる夫や、遠く離れた地で就職し、ある日突然、聴覚障碍者で年上(おまけに性格に難あり)の恋人を予告もなく紹介し「結婚するから」という一人息子。パート先のスーパーでは、理不尽な値引きを要求する高齢客に絡まれ、庭に侵入してくる猫についてご近所さんに苦情を伝えると、とたんにそっぽを向かれる。

そのたびに険しい表情にはなっても、反論も拒絶もせず結局のところ受け入れてしまっている依子の姿に、じれったさを感じて映画館の暗闇の中で、ついつい彼女の代わりに拳を握りしめてしまう自分がいた。新興宗教にのめり込んでそこに慰めや生きがいを見出している依子の姿はもちろん滑稽ではあるが、そうでもしないとやっていけない救いのなさがよくわかる。

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パート仲間からの「仕返ししてもいいのよ。」というアドバイスには激しく同意。表面は波風を立てぬよう、心の中で、もしくはバレない程度に溜飲を下げる復讐。いいじゃないかそれくらいしても。夫の歯ブラシで排水溝を掃除する依子の姿には「その手があったか^^」と思わずニンマリ。夫役の光石さんが「よい人」っぽいキャラなのでなんだか気の毒に思えるのだが、冷静に考えてみればこの夫の仕打ちは一般的に考えてとても許せるものではない。そうそうまさに「なかったことにはできないんだからね。」なのだ。

とにかく登場人物がみんな曲者で、「普通の」「平凡な」「常識的な」キャラが一人もいないし、ストーリーもアクが強くって、ブラックな笑いと緊張感に満ちているので最後までヒヤヒヤしっぱなし。

ラストシーンは印象的だった。
ついに自宅で息を引き取った夫の出棺のシーン。おそらく直葬なのだろう、自宅から直に火葬場へ運ばれていく風に見える棺桶。その時、葬儀社の係員が庭石に足を取られて転び、ひっくり返った棺桶から遺体が少し飛び出してしまう。それを見てなんと高笑いする依子をギョッとした目で見つめる息子。今まで抑えていた気持ちが一気に解放されたような妙な清々しさが画面に漂った瞬間だった。

その後に依子が雨の中を一人で踊るフラメンコは圧巻。彼女はもう新興宗教とも縁を切って新しい一歩を踏み出せるのかなと思った。

2023年2月27日 (月)

PLAN 75

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アマゾンプライムで鑑賞。

プラン75とは75歳以上の高齢者に対して自らの生死の権利を保障し、支援する制度。この制度を利用することによって75歳以上の高齢者は望めば自分で死を選べる。 それが良いことか悪いことか、一概に判断できなくなったと感じざるを得ない超高齢化社会の問題が重くのしかかるこの国において、安楽死問題を真っ向から描いた物語。

やるせなさと、哀しさと、どこへぶつけたらいいのかわからない怒りに満たされる作品だった。それでも、90歳を越える両親を持ち、自身は独り身で老後は頼る身内が限られている私には、到底他人事の物語ではなく、3度も繰り返し観てしまった。

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この物語では、「プラン75」を申し込む二人の高齢者が描かれる。一人はホテルの客室清掃員をしている78歳の角谷ミチ(倍賞千恵子)。冒頭の彼女は、同年代の同僚3人と時にはカラオケに行ったりして慎ましくも平穏に暮らしている。78歳でまだ働かなければいけない彼女の境遇に驚くが、実際に国民年金だけでは暮らせない現状が今の日本だから、この設定に違和感がないことが既に恐ろしい。しかし
友人の一人が仕事中に倒れたことをきっかけに、年齢を理由に仲間と共に解雇された彼女は収入を絶たれ、友とも疎遠になり(そのうちの一人はなんと孤独死)住んでいた公団住宅も立ち退きを迫られる。78歳の彼女を雇ってくれる職場も貸してくれる住まいもなく、次第に八方塞がりに陥り「プラン75」への申し込みを検討し始める。

もう一人は75歳になったその日に、待ちかねたように市役所の「プラン75」申請窓口を訪れた岡部幸夫(たかお鷹)。その表情やたたずまいから、長年孤独と貧困の中で暮らしてきたのだろうことが伺える。
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しかし、なんと彼の目の前に担当職員として現れたのは、20年間も疎遠だった甥のヒロム(磯村勇斗)だった。3親等になるので幸夫の担当は外れたものの、ヒロムはその後さりげなく幸夫のアパートを訪ね、長らく音信不通だった叔父と肉親としての親交を再開させる。自分で死を決めた叔父のそばにせめて寄り添うために。

この作品では、「プラン25」の運営側の人間の心の機微についても細やかに描写される。ヒロムを通して、「自分の親族が顧客?となったらどういう心境になるか。そして何をしてやれるのか」が描かれている。そして「プラン75」のコールセンタースタッフでミチの担当になった瑤子(河合優実)を通して、担当した相手にまるで祖母に対するような情が芽生えてしまった場合の切なさも描かれている。他にも淡々と遺品整理業務をこなすスタッフの飄々とした割り切り方にも考えさせられるものがある。

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このような作品を通して問題提示がされる日本という国は、もはや「幸福」でも「安心安全」でもない国になってしまったのかもしれない。高齢者が「はやく死にたい」と願う社会。生きたくても住む場所も生きる糧も与えられなくなる社会。そして若い世代が高齢者を養いきれない社会。どんどん周囲が暗くなって闇に閉ざされていくような、そんな絶望感に押しつぶされる。老々介護の果ての家庭内殺人や認知症介護に疲弊して崩壊する家庭。施設にも入れないとなっては、もはや生きていくことは無理なのに、寿命はまだ尽きないとしたら・・・・。自分で死を選べて楽に死なせてくれるなら、こんなありがたいことはない・・と感じる人はきっと私だけではないはずだ。

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ミチは結局最後に思いとどまり、生きていく決心をする。一方、幸夫は決心を翻すことなく静かに旅立っていく。思いとどまったミチが朝日を浴びて小さな声で「リンゴの木の下で」を口ずさむ場面で映画は幕を閉じる。彼女は最終手段の生活保護に頼ってこれから生きていくのかもしれない。しかしそこに希望はあるかどうか保証はできない。天寿を全うすることが苦痛でない社会に、何とかしてならないものかと切に思った。

心情を説明するセリフはほとんどなく、BGMもなく、俳優さんたちの繊細な表情や声音や、秀逸なカメラワークだけで登場人物の葛藤や諦めや悲哀が手に取るように伝わる作品だった。

2020年3月29日 (日)

パラサイト 半地下の家族

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劇場で鑑賞。殺人の追憶グエムルー漢江の怪物ー 母なる証明でおなじみの、韓国映画の鬼才ポン・ジュノ監督の最新作にして最高傑作。第92回アカデミー賞の作品賞・監督賞・外国語映画賞をはじめ、カンヌでもパルムドール賞など、栄えある各賞を総なめにした作品だ。

あらすじ;半地下住宅に住むキム一家は家族全員が失業中で、ピザ屋の箱を組み立てる内職で日々の暮らしを何とかしのいでいた。ある日、長男のギウ(チェ・ウシク)がひょんないきさつからIT企業のCEOを務める大富豪パク氏の娘の家庭教師として雇われることになった。パク氏の豪邸と家族構成を知ったギウは、パク氏の一人息子の絵の教師として妹のギジョンを推薦する。味をしめた兄妹は、次いで父のギテク(ソン・ガンホ)をパク氏のお抱え運転手に、母親の チュンスクを家政婦に推薦しようと計画し、それぞれ前任者が解雇されるように仕向ける。こうして一家全員が富豪のパク氏の家庭に雇われることに成功するのだが・・・。

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  前半はコメディタッチでの展開。キム一家の半地下住宅での生活の様子がコミカルに描かれ、他家のWi-Fiの無断使用や雇い主の宅配ピザ店とのやりとりからは、一家の貧窮ぶりやしたたかさが窺える。長男のギウがパク家と繋がりを持ち、一家が素性を偽って次々にパク家に潜入?する過程はこの作品中もっともコミカルで、言っては何だが痛快にすら感じるところかもしれない。パク家の夫人ヨンギョ(チョ・ヨジュン)は美形だが世間知らずで、簡単にギウたちに騙されてしまう。事業では敏腕でも家庭のことはすべて夫人にまかせきりのパク氏もまた、家庭教師や運転手や家政婦に関しては深く詮索することもない。
 
 苦労知らずの富裕層の鷹揚さと、それとは対照的な貧困層の雑草のようなしたたかさ。どちらかに肩入れしているのでもなくどちらかを非難しているのでもない描き方で、ただ二つの階層では「こんなにも生きる世界と価値観が違うんだ」ということを感じる。韓国の富裕層と貧困層の間には日本では想像もつかないほどの「深くて暗い川」があり、両者の住む世界をはっきりと隔てている。こちらからあちらへと移ることは至難の業。そんな中、キム一家はパク家の「幸せをほんの少しおすそ分け」してもらおうとしたのだろう。やり方は詐欺ではあるし、前任者を追い出す方法は卑劣ではあるけれど。
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物語の中盤にさしかかり、(ここからが一気に佳境になるのだが)パク一家が息子の誕生日祝いにキャンプ旅行へと出発した夜、キム一家は留守の豪邸で一堂に会し、傍若無人の宴会を繰り広げる。この後を詳しく書けばネタバレになるので控えるが、宴会の最中にキム家が策略を使って追い出した前任の家政婦が邸を訪ねてくる。その後の急展開の凄まじさと面白さ。なんと、パク家にパラサイト(寄生)していたのは実は彼らだけではなかった・・・!邸の地下には、パク家の家族すらその存在を知らない地下室があり、何年もの間、そこに身を潜めて生きている人物がいたのだ!
 
 物語はブラックコメディ→ホラー&サスペンスと息つく間もなく様相を変えながら、終盤にはさらに仰天の展開となり、ラストは切ない希望とやり切れない諦念が交じり合った強烈な余韻を残して幕を閉じる。日本も、かつての「一億総中流」という時代に比べればじわじわと貧富の差が広がりつつある。それでも韓国の「階層移動はほぼ不可能」なほどの深刻な格差社会に比べれば、日本はまだ「努力や才能や運で豊かな生活が手に入る」チャンスに恵まれている。キム家の家族はみなそれぞれ能力的には決して劣っていない。むしろ娘と息子は優秀なのではないかと思えるのに、学業を頑張っても大学に進学しても、就職すらままならないのが韓国の実情だとしたら、「あちらの世界」に移る努力が報われないならば、彼らに寄生して生きていく方法を選びたくなる気持ちも理解できる。

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 ラストシーンのギウの願い。失ったものの大きさを考えつつも、今はまだ会うことが叶わない父ギテクに思いを馳せる。いつか、いつの日か・・・パラサイトという手段ではなく正々堂々と彼が「格差の壁」を超える日が来るのだろうか。それは実現可能な夢なのか、それとも哀しい妄想にすぎないのだろうか。

2020年2月 3日 (月)

ボーダー 二つの世界

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「ぼくのエリ 200歳の少女」の原作者が描く、現代のファンタジーともSFともいえる摩訶不思議な魅力に満ちた物語。公開からかなり遅れてそれでも劇場で鑑賞できた。これは原作を先に読んでいた。原作と少し異なる展開もあったが、主要キャストのイメージや、その不思議な世界観は見事に映像化されていたと感じた。

ヒロインは税関職員のティーナ。違法物を持ち込む人間を本能的にかぎ分ける能力を持つ。そしてその「醜い」ともいえる一種独特の風貌から社会の中では孤独や疎外感を感じている。(同居している男性と老人ホームに入っている父親はいたが)そんなティーナの前に、自分と似通った風貌を持つヴォーレという男性が現れる。不思議な親近感から、ティーナはヴォーレに自分から接触を試みるのだが・・・・。

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この作品の題になっている「ボーダー」は「境界」のこと。文字通り二つの世界の境目だ。そしてこの物語で描かれる「二つの世界」とは、「人間世界」と北欧神話ではおなじみの「トロールの世界」。実はティーナは人間ではなくトロールで、赤ん坊のときに実の親から引き離されて人間世界で育てられたのだった。ティーナはヴォーレによってその事実を知らされ、それまでこの「人間世界」で彼女が感じていた違和感や生きにくさの理由に思い当たる。そして自分たちの「種」の特性に目覚めたティーナはヴォーレの導きによって「境界」を越え、本来の自分を取り戻していく。しかしそこには当然様々な葛藤も生じてくるのだが・・・。
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これね~~~、サスペンスタッチで始まるので、何の予備知識もなく観た場合は途中で、え?トロール?それって神話の中の生き物じゃん、これってファンタジーなの?とまずそこで驚く。トロールって我々にはムーミンのイメージが強くって、可愛くほっこりとした印象なのに、この物語では、人間たちはトロールを捕獲したり生体実験したり、人間として生かすために尾を切ったり・・・といろいろ非道なことをしていた・・・つまり人間とトロールは友好的に共存しているのではなく、敵対する存在のように描かれている。

そんな設定の世界で、自分が実はトロールだと知らないまま成人したティーナがヴォーレによって「自分が何者か」知らされ、本来の自分を取り戻していく過程は驚きの連続だった。虫を食べ、雷を恐れ、そして生殖の仕方も出産も人間とは男女の役割が反対になる彼らの生態。見た目は人間に似ていても全然違う面があるのだ。

人間世界からトロールの世界へとボーダーを超えるティーナの驚きや葛藤を通して、鑑賞するこちらもそれまで持っていた美醜や男女や善悪の価値観が揺すぶられるように感じた。
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今まで観たどの作品とも違う不思議な世界に強烈な印象を受けるこの作品、見どころのひとつとして、トロールを演じたこのおふたりの特殊メイクの凄さが挙げられると思う。実際の素顔とメイク後のお二人を比べてみるとよくわかるが、特にティーナを演じた女優さんの変身ぶり!役作りのために20キロ増量し、分厚い特殊メイクであえて醜い容姿に変身。それが全くメイクにみえないくらい高い技術だ。(メイクに3時間かかったそうだ・・・。)

2019年11月 4日 (月)

ホテル・ムンバイ

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彼らは信念だけで銃に立ち向かった。

2008年にムンバイで起きた同時多発テロ事件。テロリストに占拠されたタージマハル・ホテルで、従業員たちが命をかけて宿泊客を守った実話に基づく作品。主演はスラムドック$ミリオネアLION/ライオン~25年目のただいま~デヴ・パデル。この人が出てる作品は間違いないクオリティだと信じて鑑賞。

客たちの皆殺しをもくろむ訓練を受けたテロリストに対して、戦闘に関しては全く何のスキルもないホテルマンたち。5つ星ホテルの矜持にかけて彼らが守り抜こうとしたものは「お客様は神様」という信念。ホテル内を知り尽くしている彼らは、必死で客たちをテロリストから隠し、脱出させようと試みる。陣頭指揮を執ったヘマント・オベロイ料理長は実在の人物で、世界中のVIPを顧客に持つ超一流の有名シェフ。一方、パデルの演じた従業員アルジュンは、実在した複数の従業員を合わせて作られた架空のキャラクターらしい。
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この作品はサスペンスとアクションとヒューマンドラマの性質を持つ。いきなり響き渡る銃声や、情け容赦なく虫けらのように瞬殺される人々。どこから敵が現れるかわからない中を、手探り状態で客を誘導する従業員たち。観ているこちらもその場にいるような気持に襲われ、閉塞感や恐怖感が半端ない。また、有名俳優さんが重要な役で出演していて、いくらなんでもこの人は殺されないだろう、と思っていたのに、まさかの処刑シーンとか、救いのない場面には戦慄と衝撃を禁じえなかった。しかし、立ち去ることもできたのに、あえてホテル内に留まる決断をしたホテルマンたちの決意のシーンや、最終戦で銃撃の中でもしんがりに踏みとどまって客たちを誘導するアルジュンたちの勇気ある行動には胸が熱くなった。
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テロ殲滅部隊が到着するまでの数日間を持ちこたえ、500人以上もの人が巻き込まれ、命を危険にさらされながらも、32人しか死者が出なかったタージマハル・ホテル。それは、アルジュンたちホテルマンたちの勇敢で機転の利いた命がけの誘導によって成し遂げられた奇跡だった。絶望や恐怖をたっぷり味わいながら、その中で人種や職業を超えて団結し最後まで希望を捨てない人々の姿から希望を感じることができた。同じような状況に置かれたとき、自分だったらどう行動するのか、問いかけながら映画館を後にした。

2019年5月 4日 (土)

運び屋

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 つい先日、87歳の父がついに運転免許の返納を決めた。田舎住まいなのでできるだけ長く頑張ってきたけれど、さすがにもう限界ということで・・・。高齢者の運転ミスからの痛ましい事故も多発するようになった今日この頃、娘としては内心安堵するものもあった。そんな時に鑑賞したのが、巨匠イーストウッド監督の最新作「運び屋」である。実在した90歳の麻薬カルテルの運び屋をモデルにした作品で、なんと88歳のイーストウッドが主人公のアールを演じた。父とほぼ同年代、米寿を迎えるイーストウッドがどこまでも続く道路を鼻歌を歌いながら運転する映像に「なんて元気なんだ!」とまず最初に驚いた。
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 この物語は、高齢の両親を持つわたしにとっては、しみじみと心に響く「終活映画」だった。そして88歳を迎えたイーストウッド監督にとっても集大成ともいえる最高傑作だと思った。麻薬カルテルの運び屋が主人公なのだから、もちろん緊迫したシーンもあり、主人公アールのものに動じない飄々とした個性と周囲とのやり取りはコミカルでもあったが、それでも観終わったあとにはあたたかく満ち足りた思いが迫ってきた。

 家族も大切・・・。仕事もまた大切。それに加えて、好きなように生きる選択や自由も、時には必要なのかもしれない。人生の黄昏時、振り返って悔いのないようにバランスよく生きたいと願い、先に逝く運命の親たちにも、「いい人生だった」という思いを持たせてあげたいなと感じた。イーストウッド監督の作品には毎回唸らされるが、特にこの作品は、ストーリー、彼の演技、訴えてくるテーマすべてが素晴らしい。
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2018年12月28日 (金)

ボヘミアン・ラプソディ

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 遅ればせながら劇場で鑑賞。すごく評判がいいので、「クイーン」のクの字も実は知らなかった(いや、ほんとです。ロックバンドに興味がなかったので)私も、そんなに素晴らしいならと観に行った。もともと「アマデウス」や「不滅の恋 ベートーヴェン」のような音楽関係の伝記映画は好き。ただし、クラシック限定だっただけで。クイーンの曲で知ってるのはなんと「ウィー・ウィル・ロック・ユー」だけだった。運動会の綱引きのBGMだったのでこれだけは聞き覚えがあったのだ。お恥ずかしい。

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  クイーンのメンバーの中でも、リード・ボーカルをつとめ、奇跡の歌唱力と独自のマイク・パフォーマンスで有名なフレディ・マーキュリーを主役に据えた今作。前半は、偉大なるクイーンがいかにして誕生したか、数々の名曲がどのようにして生まれたかが描かれ、後半はフレディ個人の孤独や葛藤が描かれる。
  他のメンバーとは異なる国籍やセクシュアリティを持ち、突出した才能ゆえの驕りも手伝って、メンバーと反目し、ソロ活動を始めるフレディ。しかし「僕らは家族」というブライアン・メイの言葉通り、自分にとってクイーンのメンバーがどれだけ大切な存在だったか思い知った後に、フレディはメンバーのもとに帰る。そしてラストのクライマックスは、嵐のような興奮と感動を呼ぶ「ライブエイド」のシーン。
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  全編に流れるクイーンの名曲の数々。確かに「知ってる」と胸を張れるのはやはり「ウィー・ウィル・ロック・ユー」だけだったけど、彼らがなぜここまで有名で、後世にも影響を与えるほど偉大なロックバンドと呼ばれたかがよ~~~~~~く理解できた。フレディの伝記としても感動したが、私個人としては、この映画は「偉大なるクイーン」と初めて出会えたことが何よりも大きい。この映画を観てなかったら、私は一生、彼らの音楽と出会うことがなかったかもしれない。
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  クイーンの魅力は、彼らが作り演奏する音楽が、ハードロックからオペラまで多彩で、一つのジャンルに定義できないところだ。メンバーが全員それぞれ作風の違う曲を作っているし、常に新しいことに挑戦し続けた彼らの姿勢のゆえだろう。どの曲も、歌詞も旋律も素晴らしいが、サウンドの華やかさと美しさもまた群を抜いている。エレクトリックギターをダビングして作る「ギター・オーケストレーション」の手法や、フレディとロジャーとブライアンの3人の声を重ねて作るコーラスの美しさが、他のロックバンドでは真似のできない重厚なサウンドを生み出している。

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  フレディの美声のセクシーさとパワフルさは確かに唯一無二だが、聖歌隊経験のあるロジャーの高音(特にボヘミアン・ラプソディのオペラ部分で発揮される)や、ブライアンの魅力的な声がフレディの声に重なるとき、えも言われぬ完璧なハーモニーが生まれる。「キラー・クイーン」や「ボヘミアン・ラプソディ」や、「Don't Stop Me Now」[Somebody To Love」などのコーラスのハーモニーは本当に美しい。そもそもフレディの他にもハイクオリティの実力を持つヴォーカルが二人もメンバー内に存在していたことがすでに奇跡。そしてそれを言うなら、メンバーの誰もが、歌も複数の楽器も作曲もこなせる「マルチ奏者」だったということも、彼らの曲のクオリティの高さに繋がっているのだろう。

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 4人のメンバーを演じた俳優陣は、みんな本人に似ている。ブライアンなんてまさに本人!としか思えないそっくりぶり。しかし彼らが役作りで一番苦労したのは演奏とパフォーマンスの練習だったろう。一日何時間も実際に楽器や振り付けを練習したらしいが、4人とも見事だった。特にライブエイドの場面は実際の舞台と服装も動きも完コピできているから素晴らしい。これにはクイーン本人(音楽監修したブライアンとロジャー)も絶賛したという。
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 個人的には、4人の中で謙虚で温厚な性格でメンバーの間の衝突時の調整役を果たすことも多かったという、ベースのジョン・ディーコンのルックスや人柄が好きだ。彼を演じたのは子役の時に「ジュラシック・パーク」で少年ティムを演じたジョゼフ・マゼロ。あの忘れられない名演技をした恐竜少年が、こんなに素敵に成長していたのね。
 田舎なので応援上映はやっていなかった。残念。みんな静かに鑑賞する中、せめて膝や足でこっそり拍子をとって彼らの演奏を堪能しました。これ、何度も何度も観に行くファンが増えているの、よくわかる。ライブエイドの場面は絶対、大画面と大音響でエキサイトするべき作品だから。

2018年9月29日 (土)

ボストンストロング ダメな僕だから英雄になれた

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劇場で観ていたのだけど,、今頃のアップになりました。

2013年のボストンマラソン爆弾テロ事件に巻き込まれ、両脚を失ったジェフ・ボーマンの実話の映画化で、ジェフ・ボーマン役は名優ジェイク・ギレンホール。ボストンマラソン事件を扱った作品としては「パトリオット・デイ」があるが、この「ボストンストロング~」は、傍題に「ダメな僕でも・・・」とあるように、単なる美談ではなく、ジェフ・ボーマンの葛藤や苦しみや挫折などを生々しく描いているヒューマンドラマだ。

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ジェフを演じたジェイクは、作品ごとに様々なキャラを演じ分けることが出来るけど、今作の彼の演技はことのほか見事だったと思う。何が凄いって、「ちょっとダメダメな普通の青年」を全く違和感なく演じているところ。事故に合うまでのジェフ・ボーマンは、コストコに勤める平凡な青年で、仕事をさぼるのも平気だったりと、情けない一面も持っている。そして彼の家族や親戚は、ワイワイと賑やかで結束力のある一族ではあるものの、豊かさや知性はあまり感じられず(←失礼)、粗野でデリカシーに欠ける印象を受ける。

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それは、ジェフの事故に対する反応や行動にも表れていて、彼らはもちろん力になろうと奮闘するのだけど、肝心のジェフの複雑な心境に真に寄り添える繊細さは、誰も持ち合わせていないし、ジェフの母親パティ(ミランダ・リチャードソン)に至っては、息子が失った脚と引き換えに英雄として世間から脚光を浴びることに関して、ハイテンションになっているかのようにも見える。もちろん彼女が母親として至らないというわけではなく、息子の本心を察する能力が足らないせいだと思う。ジェフがまた、なんでも思ったことを口にするタイプではなく、本心を言わずに抱え込んだり問題を先送りしたり相手に合わせたりするタイプらしいのでなおさら。

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そんなジェフの心の支えとなったのは、恋人のエリン(タチアナ・マズラニー)の存在。彼女と母親との軽い反目や、彼女が妊娠したことでジェフが見せた弱気など、乗り越えるべき困難さは他のカップルよりもたくさんあった二人だけど、最終的には「添い遂げる」方向へ向かって本当に良かったと思う。

両脚を失った痛みからの回復だけでも、どんなに大変だったことだろうかと思う。ある日突然そうなったわけだから、どんな葛藤や苦しみがあったか、想像もつかない。それも単なる自動車事故などではなく、彼は「テロ事件」の犠牲者であり、犯人の目撃通報者でもあるので、当然その後は「英雄」として世間に姿を見せ、「悲劇に負けない、テロに屈しない」というイメージを演じることも期待される。誰もがこれを笑って易々とクリアできるわけがないのは当然のことだと思う。
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そんなジェフ・ボーマンが、どのような心境の変化をたどり、時には落ち込み時には自暴自棄になり、トラウマとも闘いながら再生して、人々を勇気づける「英雄」になっていったか、その成長ぶりを全身で体現して見せたジェイクの素晴らしい演技。彼の主演作品からはこれからも目が離せない。

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