キングダム・オブ・ヘブン(ディレクターズカット)
公開当時は結構不評で,私も初見時には,さほど感動しなかった作品だが,背景の歴史を勉強し,劇場ではカットされたシーンが入った3時間のディレクターズカット版を観てみると,これがなかなかよかった。劇場版だけでは書き込み不足に感じた登場人物がよく理解できて,深いテーマの壮大な叙事詩だと感じた。
物語の舞台は12世紀のパレスチナ。聖地エルサレムを巡って対立を続ける,イスラム勢力と十字軍。その中でも特に,エルサレム王国の衰退と,聖都の明け渡しにスボットを当てた物語だ。
エルサレム王国とは,イスラムから聖地を奪還した十字軍が,パレスチナに樹立したキリスト教王国のこと。100年もの間,イスラム勢力と和平と共存を保っていたその王国が,異教徒との融和を望まぬ一部の諸侯の暴挙や挑発のせいで再びサラディンの率いるイスラム勢と対立し,その結果,戦いに敗れてエルサレムを明け渡すまでのお話。
史実に基づいていて,主な登場人物はみな実在した人物だ。追剥(おいはぎ)めいた行いで悪名の高かったルノー・ド・シャティヨンも,シビラの夫で愚王のギー・ド・リュジニャンも実際に,ほぼ映画通りの憎々しい行いをやっている。
しかし物語を面白くするために大胆に脚色されている人物もいて,エルサレム王国の貴族のバリアン・ド・イベリンはフランスで鍛冶屋なんぞしてなかったし,シビラ王女との色恋もフィクションだ。(実際にシビラとロマンスがあったのは,バリアンの前の世代のボードゥアン・ド・イベリンというお方らしい。)リーアム・ニーソンが演じた父親のエピソードも創作だ。実在したバリアンと,映画のバリアンとの共通点は,エルサレム籠城の件だけだそうで。
バリアンを演じたオーランド・ブルームが,この役にはちと線が細すぎ,その涼しげな表情は小綺麗すぎて,肝心のシーンで何を考えているかわかりにくい。一番の違和感は,何といっても,一介の鍛冶屋にすぎない彼が,なぜに短期間で戦闘の達人になり,類まれなリーダーシップで民を統率していくことができたのか?という点だけど,ディレクターズ・カット版には 「バリアンは過去に騎兵として従軍した経験があった」ことや「戦闘のための投石機や武器なども作れる鍛冶屋だった」とさりげなく触れられていたので,少し違和感が和らいだ。
そしてこのお方,ジェレミー・アイアンズが演じたティベリウス卿。バリアン側の人間だということはわかっていたが,いまひとつどんな立場なのか不明のまま観ていたが,今回調べてみて,彼は,ボードゥアン4世の摂政だったトリポリ伯レイモン3世がモデルだということがわかった。それにしてもジェレミーってほんとに中世の騎士のコスチュームが似合うオジサマだ。
そして何と言っても一番印象的だったキャラは,エドワード・ノートンが演じたエルサレム王,ボードゥアン4世。銀の仮面をつけたこの病弱な王は,実際に非常に才能豊かで信仰篤く,武勲の誉れ高い名君だったらしい。ハンセン病に冒されながらも,弱冠14歳の時にサラディンとの戦いに勝利を収め,エルサレムに凱旋し,その後サラディンと講和条約を結んだという。(銀仮面は映画のための脚色らしく,実際の王が仮面をつけていたという記録はないそうである。)
彼はイスラムとは融和政策を取り、映画でも,和平を破ってイスラムの隊商を襲ったルノーに激しく怒るシーンがある。つねに仮面をつけて顔を見せないこの役,別にノートンでなくてもよさそうなもんだが,やはり彼が演じると,目と仕草と声のみの演技にも関わらず,全身から王者の品格や魅力がにじみ出ていて,流石だった。
対するイスラムの英雄,サラディンも「敵」でありながら,なんとも魅力的に描かれていたので驚いた。その卓越した判断力と,敵に対する寛容さ,冷静さ。
彼が感無量の面持ちでエルサレムに入場したときに,打ち捨てられた十字架像を丁重に扱う場面は,降伏した相手の信じる神にも敬意を払う彼の高潔さをよく表していたと思う。
また,このディレクターズカット版には,シビラと彼女の幼い息子(夭折したボードゥアン5世)との哀しいエピソードも入っていて,劇場版ではいまいち浅かったシビラへの理解も深まった。
キングダム・オブ・ヘブン ―天の王国―。
罪の赦しと心の平安を求めて故郷を後にしたバリアンが,エルサレムで目にしたものは,欲にかられた諸侯たちの愚かしさと,彼らが犯す新たな罪の数々だった。その中で父の遺言を守り,まことの騎士としての信念を貫こうとするバリアン。
物語が進むにつれて彼は,天の王国はそれぞれの心の中にこそあるのだという境地に達し,聖地死守のためではなく,仲間の命のために闘えとエルサレムの民を鼓舞する。
リドリー監督は,この映画を通して,現在のパレスチナ問題を憂慮する気持ちをも表したかったのだろう。この作品が初の歴史大作主演となったオーリーは,ベテラン脇役陣に食われがちになりながらも,なかなかよく頑張ったと思う。
でもやっぱり彼は,主役を張るよりも,パワフルなオーラを放つ大物俳優の傍らで,涼やかに微笑むのが一番ハマる,名脇役タイプの俳優さんかもしれない。同じ史劇ものでも,トロイのヘタレ王子役の方がなぜか似合ってたし,同じ鍛冶屋でも,「パイレーツ~」の方がハマっていたような。
エルサレム・・・・死ぬまでに一度は訪れてみたい都だけれど,願いが叶う日は来るだろうか。
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