カテゴリー「映画 か行」の64件の記事

2020年11月14日 (土)

劇場版「鬼滅の刃」無限列車編

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もはや社会現象となっていますね。「鬼滅の刃」
コロナ禍で一時落ち込んだ映画産業の救世主にもなりました。映画公開に先駆けてTVでもアニメが放映されたりして、いまや老いも若きも男女関わりなくファンの数が激増。ここまで広い世代を魅了するなんて、すごいことだと思います。ストーリーも面白くキャラも個性的で魅力的なのですが、広い世代にまで人気を博したのはやはり描かれている「家族愛」とか「人生観」とくにかつて国民的ドラマとして一世を風靡した「おしん」にも通じる逆境に負けるな!というメッセージに励まされたり共感したりするところも、ポイント高いんじゃないかと思います。
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公開後一週間目の週末に劇場まで足を運びました。予約が取れない、とも聞いていたので、鑑賞予定日の予約がスタートした夜中の0時にポチして席をゲットしましたよ~。おひとりさま鑑賞なので基本的にはどこにでも潜り込みやすいのですが。親子連れやお友達と鑑賞する場合は並びの席をとらなければいけないので苦労するみたいですね。公開から1か月ほどたった今では混雑具合や予約の取りやすさはどうなっているのかなぁ。何度も劇場に足を運んでいるヘビーなファンもたくさんいるみたいですね。

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感想はというと、もちろん鑑賞前にコミックで「無限列車編」を予習していったのですが、やはり実際に動きや音、そしてBGMのある映像は迫力も説得力もカッコよさも桁違いに面白うございました。(←当たり前)

コミックを読んで、「このシーン映像化が楽しみ~」と思っていたのは実は伊之助の夢のシーンだったりするのですが(炭治郎たちを子分にしてご満悦の伊之助と兎の耳の禰豆子が可愛い)その他にも「このシーン、絶対映像化されたら泣く」という場面もあって、それはもちろん炭治郎の夢のシーン。失った家族に再会た炭治郎が、夢とわかっていて「ここにいたいなぁ」とつぶやく後ろ姿の切なさ。ええ、泣きましたとも。この場面しっかり泣かせていただきました。
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あとですね、「このシーン、実際の動きを観てみたい」と楽しみにしていたのは、無限列車内の闘いももちろんなのですが、何といっても猗窩座と煉獄さんの一騎打ち

実は私は柱の中では煉獄さんが一番好きなんですよね。強くて責任感があってめちゃポジティブで兄貴肌で統率力があって、最高じゃないですか。こういう人が同僚にいたら最高ですね。少し強引かもしれませんがそれでもどこまでもついていっても間違いがない、と思わせてくれるし、何より尊敬できますよね。煉獄さんが母から受け継いだ、弱き人を助けることは強く生まれたものの責務、という言葉、何と強く優しい考えなのでしょうか。

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そして上弦の参猗窩座、こちらも十二鬼月の中では一番好きな鬼なのです。この場面では悪役っぽいですが(いや鬼なんだから基本悪役ですが)実は人間時代の哀しすぎる過去と鬼になった経緯を持ち、後日、無限城で炭治郎たちと闘う際には、最後に人間時代の思い出や心を取り戻し、闘うのをやめて自爆して去っていくという男気も見せるのですよ。

ですから大好きなこの二人のド迫力の死闘。もう伊之助じゃないけど「ワクワクが止まらない」状態でした。そして事実ものすごくカッコよく迫力満点のバトルシーンでしたね。映画館のわたしの隣の席は見知らぬ男性だったのですが、この二人のバトルシーンが始まるやいなや、なぜか号泣していましたね。え?もう泣くの?まだ煉獄さんやられてないよ・・・でもきっとこの先の展開も知っているファンだからこその涙だったのでしょうね。ちなみに私はバトルシーンは手に汗握り、背筋を伸ばして見入っていたので涙がでるひまもなかったです。心の中では正座して観てましたね、このバトルシーン。煉獄さんが死ぬ場面と炭治郎たちが号泣する場面はわたしも涙腺が崩壊しました。とにかく大満足の作品。あっぱれ、お見事の一言につきます。

あ~~~~、もう一度観たいなぁ・・・。

2020年10月18日 (日)

グレタ GRETA

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アマゾンプライムでレンタル鑑賞。
火サスのようなサイコ・スリラーものだけど、これがまた好きなジャンルでツボにはまった。何といっても監督がニール・ジョーダン。描き方が抜群にうまい。先読みもできるベタなストーリーだけど,とにかくハラハラドキドキで怖い怖い・・・。
あらすじ:ニューヨークの高級レストランでウエイトレスをしているフランシス(クロエ・グレース・モレッツ)は、地下鉄に置き忘れられたバッグを発見する。持ち主で夫を亡くしたグレタ(イザベル・ユペール)の家まで届けたことをきっかけに、二人は互いの孤独を埋めるように親しくなっていく。ある日フランシスは、グレタの家の戸棚を開くと自分が届けたものと同じ届け主の名前入りのバッグが大量に並べられているのを目にする。(シネマトゥディ)

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誰かが置き忘れた(かのように見えた)バッグをほんの親切心から持ち主の家まで届ける・・・それがすべての悪夢の始まりになるとはいったいだれが予想できようか。最愛の母を亡くしたばかりの主人公が、母親と同じ年代の親切そうな女性に心を開いてしまうのはごくごく自然ななりゆきだった。その女性がまさか「女青髭」並みのサイコパスなストーカーだったとは!

イザベル・ユペールは年齢を重ねても魅力的な女優さんのひとりで大好きだ。素敵なマダムを演じることもあるがこのような「怖い悪女」を演じることも多い。実は彼女は若いころにも「沈黙の女/ロウフィールド館の惨劇」で、平気で人を殺す歪んだ人格の女性を演じてセザール賞最優秀女優賞を受賞している。そしてこういう役を演じる彼女は半端なく怖い。この作品でも彼女の演じるグレタの、狙った獲物を地の果てまでも追いかける執念と狂気をどんどんエスカレートさせていく様が圧巻だ。悪趣味なくらい怖いシーンは「指切断」(;゚Д゚)のシーンと「箱に監禁」のシーン。

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この手の作品がお好きな方には一押しだ。目が離せない疾走感すら感じる恐怖。ヒロインが囚われてしまってから、グレタが周囲をうまく欺くやり方のなんと手馴れていて巧みなこと。救出の手はなかなかヒロインにたどり着かず、グレタの家にせっかくたどり着いた探偵もあっさり殺されてしまうという恐ろしさ。最後は「持つべきものは善き友」なんだなぁと感動する救出シーンにたどり着いてようやく一息・・・。サイコスリラーの王道ともいえる物語だけど見ごたえがありました。

2020年5月31日 (日)

牯嶺街(クーリンチェ)少年殺人事件

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台湾ニューシネマの旗手といわれた天才監督エドワード・ヤンの映画史上に残る傑作。アマゾンプライムで配信されたのでようやく鑑賞。上映時間4時間という長尺の作品だが、おうち鑑賞ができたので休憩をはさみつつ二晩かけてゆっくり味わえた。1961年の6月に台北の牯嶺街で実際に起こった未成年の少年による殺人事件をもとにしている。交際中の少女を衝動的に刺殺してしまった少年の心中は、一体何が起こっていたのか?

1960年代初頭の台北。主人公の少年、小四(シャオスー)の両親は中国本土からよりよい生活を夢見て台湾に移ってきた外省人。しかし一向によくなる兆しもない生活や、大陸へ帰ることもできない現実を前にして、彼ら外省人の世界には不安や閉塞感が充満していた。物語は小四が建国中学昼間部の受験に失敗し、夜間部への進学を余儀なくされるところから始まる。
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複雑で不安定な当時の台湾の世情を背景に、実年齢よりずっと早く大人にならなくてはならなかった少年たち。建国夜間部の小四の友人たちは「小公園」という不良グループに属し、「217」グループと争っていた。「小公園」のリーダーのハニーは、対立するグループのボスを殺して逃亡中で、グループの中では跡目争いも生じていた。そんな中、小四はハニーの彼女の小明(シャオミン)という女学生に出会い、彼女に恋心を抱くようになる・・・。

陽光のあふれるのどかな昼間の風景よりも、圧倒的に夜のシーンが多い作品だ。固定撮影による長回しの映像。闇の中から現れて闇の中に去っていく登場人物。あるときは窓の外から、またある時はなんと押し入れの中から映し出される風景。声だけの演技。なによりも光と影のコントラストが際立っていた。闇のなかに灯る電球やろうそくの明かりがはっと息をのむほどに美しいのは、闇が深いからこそだと気づく。実際に自分がそこにいて眺めているのでは、と錯覚を起こしそうな強い臨場感。こんな映画は初めてだった。

確かに4時間は長い。しかし不思議と飽きなかった。小四を取り巻く環境や家族、友人、そして彼の小明に対する気持ちの揺れや変化などを、細やかに至近距離でずっと見守ることによって、最終的には彼の純粋ゆえの狂気や怒りも理解できたような気がする。小四の心情を吐露する台詞は多くはないけれど、何が彼を追いつめていったのか、物語そのものが丁寧に語ってくれている。だからこそ必要な4時間なのだ。実は二度続けて観てしまった。合計8時間。三日がかり。でもそれだけの値打ちのある作品だし、4時間のうちで無駄なシーンはひとつもないと感じたから。そしてDVDも買った。DVDの映像はさらに美しかったから。ストーリーをじっくりと味わうだけでなく、映像も楽しむ作品であるから。
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思えば物語の始まりから、小四は挫折や失望の連続だった。受験の失敗。教師による度重なる理不尽な叱責。不良グループとの軋轢と小明との葛藤。彼を愛し、支えようとしてきた両親もまた、外省人ならではの切実な悩みを抱えて苦しんでいた。そして極めつけは、彼にとって全く納得のいかない退学処分と、親友の子馬と小明との関係。努力しても誠意を尽くしても、事態は思うように展開してくれないこの時代の台湾ならではの現実を前にして、根は内向的で真面目な彼は、自分でも気づかないうちにじわじわと心中に怒りをため込んでいったのだろう。

世界を変えたい、変えることが可能だと信じたのは若さゆえの純粋さがもたらした幻想にすぎないことを、小四は少しずつ悟ってゆく。「この世界は自分が明かりを灯してみせる」とささやかな夢を持っていた彼が、最後には大切にしていた懐中電灯の代わりにナイフを手にすることになる。恋敵の小馬に向けるはずだったナイフを、まさか最愛の小明に向けることになるとはおそらくその時は思いもせずに。

「一生離れない。守ってあげる」
「誰も要らない。信用できない。」
「僕だけが君を救うことができる。僕は君の希望だ。」
「私を変えたいの?私はこの世界と同じで変わらない。」
小四と小明の、決定的にかみ合わないやりとりが切なく痛々しい。

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小四を振り回したかのようにも見える小明は、いわゆる「魔性の女」だったのだろうか?二つの不良グループのリーダーが彼女を取り合い、刃傷沙汰まで起こしたその魅力。病気の母と二人、居候や住み込みで生きてきた彼女は「小明、早く大人になってね。(=大黒柱になってね。)」と言う病弱な母からの精神的な依存を諦めを持って受け入れ、母の治療代のために若い医者と恋仲になる計算高さやしたたかさも持っていた。それとともに、「たくさんの男性から告白はされるけど、何か問題があるとみんな去っていく。」という哀しみも抱えていたと思う。彼女は彼女なりに、小四よりはるかに大きな苦労を重ねてきたのかもしれない。彼女からしてみれば、小四に「守ってあげる。」「僕が君の希望になる。」と言われても、「あなたに何ができるのよ?」と内心感じたことだろう。

衝動的な犯行のあと、茫然自失して小明に「起きてよ。」と何度も訴える小四。警察署で小明の返り血に染まったシャツをぬごうとしなかった小四。悲しくて、切なくて、たまらないシーンだった。

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小四を演じたチャン・チェンは好きな俳優さんだ。初めて彼をスクリーンで観たのはレスリー・チャンとトニー・レオンが主演のブエノスアイレス。レスリーによって振り回され疲弊したトニーの心を癒す寡黙な若者を好演していた。瞳が綺麗で長身が素敵な俳優さんだと思った。小四を演じた少年のときからその瞳は変わっていない。彼にとってこの作品がデビュー作で、小四の父と兄は彼の実際の父と兄であることも初めて知った。

まぎれもない大傑作で、他の作品とは一線を画する作品だと思う。多少きつくても映画館の暗闇の中で大画面で観るとさらに感銘を受けたと思う。

2019年6月 7日 (金)

THE GUILTY ギルティ

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事件解決のカギは電話の声だけ。
88分、試されるのはあなたの<想像力>。
いや~、満足度100%というだけある凄い作品だった。何が凄いって、主人公の警官の演技が最初から最後まで電話室での電話のやり取りのみで進行するというスタイル。これって密室での独り芝居に近い難易度。それなのに、主人公の声音や台詞、表情の変化のみで緊迫したストーリーが手に取るようにわかるのだ。観ているこちらも、主人公と相手の電話の会話のみで映像を脳内に描かなくてはならないのだが、いやもう、要求される集中力が半端ない。しかしそこがなんともスリリングなのだ。

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主人公のアスガーは過去にある事件を起こして第一線を退き、現在は緊急通報指令室のオペレーターを務めている警察官。ある晩担当した一本の電話から犯罪の匂いを感じ取ったアスガーは、「誘拐されていると思われる」相手の女性や、その家族とのやり取りだけで事件を把握し、パトカーへの出動要請や非番の同僚へ偵察を依頼するなど、すべて電話だけを頼りに事件を解決しようとするが・・・。
 アスガーの声音、表情、相手の女性やその夫の声や息遣いに目と耳を凝らし、
電話の向こうで起こっている事件を脳内に思い描く88分間。思い描かれる犯罪劇は受話器から聞こえてくる情報によって二転三転し、大詰めには思わず息をのむようなどんでん返しも用意されていて、本当に面白い。サスペンスの要素だけにとどまらず、アスガー本人の抱えている悩みや問題が徐々に明らかになっていくところはヒューマンドラマとしても十分考えさせられるものがあった。
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そしてなぜこの作品の題が「ギルティ(有罪)」なのか、ラストになって腑に落ちる。無駄なものが全くない、精巧な構成の見事な作品だ。

2018年8月17日 (金)

君の名前で僕を呼んで

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何一つ忘れない。

愛し合いながらも、許されない未来を抱えた恋人たちの、ひと夏の関係を描いた物語。17歳の少年エリオの成長物語でもあり、モーリスを彷彿とさせる美しさと切なさに満ちていた。

17歳のエリオは、アメリカの大学教授の一人息子。オリヴァーは、エリオの父の教え子で、課程論文を執筆中のアメリカの大学生。彼らは、エリオ一家がひと夏を過ごす北イタリアの別荘で出会う。オリヴァーが父のアシスタントとして別荘に招待されたからだ。自由気ままで自信に満ちたオリヴァーに軽い反発を感じたエリオだったが、次第に彼に惹かれていき・・・・。

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今と比べて同性愛が禁断だった時代。二人の恋は周囲に悟られてはいけない期限付きのものだった。年上のオリヴァーは特にそれをよく心得ており、まだ思春期の無垢なエリオに対して責任や痛みも感じていて、最初はあえて距離を取ろうとする。エリオもまたガールフレンドを作って彼女ともいい関係を結ぶのだが、オリヴァーと気持ちを確かめあってからは、一気に彼にのめりこむ・・・。

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誰にも打ち明けることができず、祝福もされず、いつか終わることだけが決まっている恋。それは、刹那的な煌めきや美しさに満ちた切ない恋だ。ひと夏の関係が終わりに近づき、オリヴァーがアメリカへ去る前に、両親は二人を小旅行に送り出す。実は何もかも感づいていて、それでも息子を責めたり非難したりすることなく、温かく見守ったエリオの父は、おそらく過去に踏み出すことができなかった恋の思い出があったのかもしれない。
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駅での別れはとてもやるせない。名残を惜しむ長い抱擁の間、二人とも再会を誓う言葉を口にすることはない。おそらく恋人として会うことはもう叶わないと二人ともわかっていたから。 将来、エリオにはガールフレンドが、オリヴァーには妻が、それぞれにとって世間からみて違和感のない伴侶が現れることはわかっていたから。

まるで美しい音楽のような、絵画のような作品。同性愛とかは関係なく、深く激しく愛し合った相手を生涯の伴侶に選べなかった体験のあるひとには、心揺さぶられる物語だろう。ラストがとても素晴らしい。オリヴァーの電話に涙するエリオの心の中を、あえて台詞では語らないところが深い余韻を残す。

2018年1月29日 (月)

キングスマン:ゴールデンサークル

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お正月に観たけど感想は今頃になってしまった。

インパクトが強烈で素晴らしかった1作目に引けを取らない続編を・・・と考えるとハードルが高かったと思うし、あんなに堂々と死んだコリンを生還させなきゃならないし・・・と思うと期待半分、懸念半分の鑑賞だったが・・・・いや、実に面白かった!私的には大満足です。

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謎の組織「ゴールデン・サークル」によって、ロンドンにある高級スーツ店を隠れみのにしたスパイ組織「キングスマン」の根城がつぶされてしまう。残ったのは、以前スカウトされて腕を磨いたエグジー(タロン・エガートン)と、教官でありメカ担当のマーリン(マーク・ストロング)だけだった。二人は敵を追い、同盟組織の「ステイツマン」の協力を求めてアメリカへ渡る。(シネマトゥディ)

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今回の悪役はなんとジュリアン・ムーア!

鑑賞中、何度も「あのアクションは不可能だろ~」とか「なんと悪趣味な」とか「これは風刺か?」とか「悪ノリが過ぎる~」とか「そんなグッズはあるわきゃない」とかいろいろ突っ込みたくはなるが、このシリーズは、そういう突っ込みどころも楽しむものだと思っている。今作にもふんだんに散りばめられたエログロや悪趣味さも、前作が楽しめた人なら全くOKだと思う。しかしあのエルトン・ジョンには度肝を抜かれたけど。

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始まって早々に本拠を潰されたキングスマンが、アメリカのステイツマンと共同で、新たな敵ゴールデンサークルに立ち向かう・・・という流れだが、キングスマンのメンバーのコードネームがアーサー王の円卓の騎士から取っていたのに対して、ステイツマンはお酒の名前から取ってるし、戦うグッズも投げ縄とか野球のバットとボールとか、アメリカンで楽しかった。

そして一番気になっていたコリンことハリーの生還エピソード。
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前作で片目を撃ち抜かれて昏倒したハリー。どう考えてもお陀仏のはずが、なんとステイツマンのエージェントに助けられ、「現実的に考えると絶対にあり得ない」蘇生グッズ(ドラえもんのポケットに入っていそうな嘘っぽい治療器具)で命をとりとめ、記憶を失った状態でエグジーたちと再会する。

この記憶を失って、エージェントになる前の、「人畜無害のおとなしい蝶の学者」状態に戻ったハリーがまた、個人的に好き♥ 人が代わったように穏やかで気弱そうになったハリーが、いつ記憶を取り戻すんだろう、という期待にワクワク。
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そしてお待ちかねの記憶を取り戻すやいなや、元通りの凄腕のエージェントに返り咲くかと思いきや、勘が鈍っていてリハビリが必要だったりする場面もクスッと笑える。それでも最後はエグジーと二人で敵の本拠地を攻め、前作に負けないキレッキレのアクションで魅せてくれた。

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この傘やっぱり好きだなぁ~~~

マーリン(マーク・ストロング)の殉職は残念だった。めちゃめちゃかっこよかったけど。(まるでサムライだ)ハリーの時のように次作で生き返る・・・というのはさすがにあの死に方では無理かな。

次回作では、今回あまり出番のなかったステイツマンのテキーラ(チャニング・テイタム)が活躍しそうだし、このまま失速せずに3作目も頑張ってほしい。スウェーデンの王女様のお婿さんになったエグジーのこれからも興味津々。

2017年10月 9日 (月)

哭声/コクソン

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チェイサー』や『哀しき獣』の ナ・ホンジン監督の最新作。

韓国の静かな山あいの村「谷城(コクソン)」で起こった連続猟奇殺人事件に翻弄される警官や村人たちと、謎の日本人や村の女などの訳ありげな登場人物たちが織りなす物語。

実はこれ、DVDで3回も観てしまった・・・・・。最初は監督の名にひかれて、純粋な興味から。二度目はあまりにも強烈な後味に打ちのめされて即再見。クリスチャンのホンジン監督がこの作品でいったい何を訴えたかったのか・・・・・。回収されずに放置された伏線の意味が気になって気になって。

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三度目は、いろいろ映画評などもググってから再々見。それでもなお、モヤモヤがつのる後味は変わらない。結局、この作品、最終的には観客に判断を委ねていることは間違いない。

寒村で起こる猟奇殺人事件といえば「殺人の追憶」みたいな感じかと思いきや、謎解きサスペンスではない。犯人は人間だけど、原因はどうも「悪魔」「悪霊」らしい。ならば闇の勢力VS神を描いた宗教的なメッセージが込められた作品かと思えば、純粋にそうとも言いきれない。そもそも、誰が悪魔で誰が善の側なのか、途中でわからなくなる展開になってくるので混乱する。そしてエクソシストっぽい展開からいきなりゾンビ映画ぽくなったりして、いったいこの作品はどこに向かっていくのか予想がまったくつかないまま、最後に國村さんの衝撃映像で唐突に幕が下される・・・。
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一般的な解釈としては、悪魔は謎の日本人(國村さん)で、ファン・ジョンミンが演じた祈祷師も悪魔の崇拝者で、謎の女は実は悪魔に敵対する側(=神とは限らないが)だった・・・と、わたしも思う。最後に國村さんがあんなド迫力の変身を見せてくれたから、それがすべての答えになったような感じだけどね。

ここからはクリスチャンとしての感想になるけれど。
宗教がテーマのひとつになっている作品の中でも、パッションベン・ハーヤコブへの手紙などは、神の存在や救いや信仰の在り方を描いた作品だと言えるだろう。しかし、キリスト教をテーマにしていても、神そのものよりも、悪魔の恐ろしさや人間の弱さや罪や教会の無力さなどに焦点を当てて描く監督さんもいて、韓国の監督さんには、この傾向が多いような気もする。(ホンジン監督の「チェイサー」の救いのなさなどを思いだしてほしい。)終末の世だからこそ、悪の支配や勝利を描き、人間の危機感のなさに対して警鐘を鳴らす作品なのではないかとも思う。
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聖書には、悪魔について警告する言葉がいくつも出てくる。

悪魔の策略に対して立ち向かうことができるために、神のすべての武具を身につけなさい。わたしたちの格闘は、血肉に対するものではなく、主権、力、この暗やみの世界の支配者たち、また天にいるもろもろの悪霊に対するものです。 (エペソ人への手紙6.11~12)

身を慎み、目をさましていなさい。あなたがたの敵である悪魔が、ほえたける獅子のように、食い尽くすべきものを探し求めながら歩き回っています。 (ペテロの手紙第一5.8)

悪魔は世の終わりまでの限られた期間、少しでも多くの人間を自分の側に引き入れて滅ぼそうとしている。手あたり次第、まさに餌に食いついてくるなら誰でもいいのである。その手段は誘惑すること、偽ること、惑わすこと・・・時には善人の姿をして、いや、聖職者の姿をして近づいてくることもある。
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惑わされるな
餌を飲み込んだな、バカな奴だ

・・・・などなど、悪魔の本質を鋭く表現するセリフはこの作品中にもみられる。悪魔が偽る者であり、罠を仕掛けたり、人の弱みにつけこんで言葉巧みに誘惑する存在であることを、よく表していると思う。

そして、人間は、自分が見たいと思ったものを見てしまう存在であることも、よく描かれていたと思う。誰を信じ、誰を敵と見なすのか、一歩間違えれば中世の魔女狩りのような悲劇も起こりかねない。

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人の力を超越したものに翻弄される世界…悪魔や悪霊といったものの凄まじいパワーと破壊力をこの作品から感じた。人間の力や知性や感情ではまるで太刀打ちできない。劇中で、老いた神父が「教会ができることはありません。」としれっと語るシーンも「おいおい」と思ったが、虫の息の主人公ジョングが、「大丈夫だ、(警官の)父さんがすべて解決するから・・・」と言いつつ画面が暗闇に包まれていくラストシーンには心が冷えた。

とにかく強烈。そして難解。なのにすごく惹きつけられる作品だった。ただ、その難解さから賛否両論を巻き起こす作品であることは間違いない。國村さんは凄かった。世界に誇れる名優だ。邦画でも、好々爺も演じれば悪役も演じれるカメレオン俳優さんだが、この作品の國村さんの不気味さと存在感は際立っていた。彼を見るだけでも一見の価値はあるかも。

2017年4月25日 (火)

ガール・オン・ザ・トレイン

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ポーラ・ホーキンズ原作のベストセラーを映画化したサイコサスペンス。DVDで鑑賞。

一応殺人事件が絡むので、ミステリーともいえるのだが、ミステリーとしては犯人が早く予想がつきすぎる(「あ、この人って実は悪人なんだ」というのが中盤でもうわかる)ので、そこからはお約束の、今まで犯人かもと思われていたヒロインが真犯人に襲われ・・・というクライマックスはやや「やっぱりね」という気持ちに。どんでん返し?の提示が早すぎたんじゃないかなぁ。だから衝撃のラストって感じでもなかった。

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主人公を含め主要な役割の女性が3人出てきて、物語はそれぞれの視点で語られる。語り手も時間軸もしょっちゅう切り替わり、意味ありげなカットバックも頻繁に入るので、少々わかりづらいが、それだけに各場面は印象的なシーンも多く、再度観返したくなる作品ではあった。

ネタバレしてはいけないのでほとんどあらすじなどは書けないのだけど、主人公を演じたエミリー・ブラントの演技が抜きんでて素晴らしい。なんとアル中の女性の役なのだが、暗さといい異常な行動といい、ほんとにそう見える。彼女が酩酊してブラックアウトすることから生じるいろんな事件が、この物語の鍵になっている。
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主人公の別れた夫の現妻(かつての夫の不倫相手)を演じているのが、ミッション・インポッシブル/ローグ・ネイションで美しき女諜報員を演じたレベッカ・ファーガソン。平凡な妻の役でもやはり美しい。ミッション・・・では、太腿で敵を絞め殺すという荒業を披露していた彼女だったが、ラスト近くのシーンでの彼女はやはり「強い」女性だった・・・。
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女性がじっくりと描かれるサスペンスは好きだし、ヒロインが何らかの理由で記憶を無くしてうんぬん・・・という設定も、信じていた相手が実は・・・とかいう火サスのような展開も嫌いじゃない。この作品の原作は高評価みたいなので、読んでみようかと思った。

2017年3月29日 (水)

この世界の片隅に

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ブロガーさんたちの多くから、昨年の1位に選ばれ、観客動員数130万人を超えたこの作品が、ようやく隣県で上映されたので、わたしもすずさんに会いに行ってきた。

アニメとしても素晴らしいけど、何よりストーリーやテーマに感動。 涙と笑いと切なさと癒しと…あらゆる感動が散りばめられた傑作。そして余韻がすごい。心がどうしようもなく切なくて、でもあたたかくて・・・「生きる」ということについてしみじみと考えさせられ続けている。


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主人公のすずさんは、19の年に見初められて、それまで名も知らなかった呉の青年のもとに嫁ぐ。絵が得意で、優しくて、やや天然で、控えめなすずさんには、故郷の広島に初恋のほのかな思いを抱いた幼馴染もいたけれど、流されるままにお嫁に来て、それでも夫の周作さんに愛され、優しく温和な義両親にも大切にされる。気むずかしい義姉径子さんの小言に、時には円形脱毛症になったりもしながら、すずさんなりに健気に婚家で奮闘していく様子が、前半はほっこりと牧歌的なタッチで描かれる。

すずさんや姪の晴美ちゃんのセリフや表情が可愛らしく、すずさん役の、のんさんの声はおっとりと癒し系で、ほんわかとした優しさに満ちている。

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今から70年ほど前の大戦前後の日本。
描かれているのは、わたしの親世代が子供の頃の、ごく普通の人々の暮らしだ。

右から書かれた横文字の看板。着物姿の人々。
竈で炊かれるご飯や水桶で冷やされる西瓜やトマト。
洗濯板での洗濯や針仕事。家電の全くなかった時代の細々とした家事。

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それらがとても丁寧に描かれていて、体験したわけではない私でさえ、なぜか懐かしくて胸があつくなるのだから、 当時の生活を実際に体験した世代は、たまらない郷愁を感じると思う。ごく普通の市井の人々の、ささやかな日常の一コマ一コマは、見ているだけでも優しく豊かな気持ちになってくる。現代よりずっと物のない不便な時代の暮らしぶりであるというのに。時間の流れや人のやりとりがゆったりとしていて癒されるからだろうか。

そんなすずさんの慎ましい暮らしにも、
戦争の影は否応なしに忍び寄ってくる。

食料の配給や防空壕掘り、空襲警報、里の兄の戦死・・・・・。従順で我慢強く、おっとりとしたすずさんは、それまでの人生と同様に、戦時中の暮らしも淡々と受け入れてこなしていく。乏しい食料を工夫してカサ増ししたり、苦手なお裁縫の腕で着物をモンペに仕立てたり。
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すずさんだけでなく、この時代、誰もがそうだったんだと感じる。戦時中という非常時、命が脅かされ、物の無い厳しい時代に、すずさんのセリフを借りれば、「やさしくしぶとく強く」みんな生きていたのだ。

災難の中にも「無事だった」ことを少しでも探して、「・・・だから(まだ)よかった。」と言い合うポジティブ思考。そうでもしなければやっていけないのかもしれないけど、そうやって気持ちを光の方角に切り替えて、互いに励まし力づけあって、みんな肩を寄せ合って乗り越えてきたんだと思う。

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そして他の人々と同じように、戦争によって、すずさんも家族も大きな痛手を負う。時限爆弾の爆発に巻き込まれてすずさんは右手を失い、その右手をつないでいた姪の晴美は命を落とす。(この場面の描写は、アニメーションならではの映像で秀逸だ。)すずさんの故郷、広島は、終戦間近のあの夏の日に被曝し、すずさんの両親は帰らぬ人となってしまう。

それまで自分の気持ちや思いを、大好きな絵に託して表現していたすずさんが、右手を失い、もう絵が描けなくなってからは、自分の口で、言葉で自己主張や意思表示をするようになる。そして敗戦の日、玉音放送の後に、今まで穏やかだったすずさんが、はじめて大きな悲しみと怒りに突き動かされて慟哭する。戦争に勝つためにそれまで我慢してきたことや喪ったものを思って。

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この物語がしみじみ心に響くのは、そこで終わらず、その後のすずさんたちの生きる姿をも描いていることだ。敗戦後の焼け跡で、戦時中よりももっと逼迫した暮らしの中で、それでもすずさんも周囲の人々も、懸命に自分の居場所で生きていくのだ。

配給の列に並び、進駐軍の残飯雑炊に舌鼓を思わずうち、家では塩の足りない味気ない食事を囲む生活が、再び和やかにときおりユーモアも交えながら優しく描かれる。どんなときも取り乱さず温厚な義両親の笑顔も、以前のままだ。すずさんの家庭には、広島で母を喪った戦災孤児の幼女が新しく家族に加わることになり、すずさんの義姉は、しまっておいた晴美の服を行李から引っ張り出す・・・・。

人生は続くのだ。
誰にとっても。どんな悲劇の後にも。

エンドロールのアニメーションがいい。すずさんからお裁縫を習った養女の少女が作ったのか、義姉の径子さんとすずさんと三人がお揃いの服を着て幸せそうに笑っている。

戦争が与える様々な試練について描かれてはいるが、この物語はあからさまな反戦映画ではない。「戦争さえなければ・・・」というよりはむしろ、「戦争があったからこそ」「戦争があるにも関わらず」、強くやさしく、たくましかった人々の日常を描いた物語。だからたくさんの勇気や希望や癒しに溢れている。

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劇場で、先着順にいただいた絵葉書です。

今は戦時中でもなく、安全で物の豊かな時代だけど、戦中とはまた違う生きにくい問題もある。それでも、今、そばにいる大切なひとと、今自分にできることをしながら、精一杯生きていこうと思った。

2016年6月14日 (火)

キャロル

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このうえもなく美しく
このうえもなく不幸なひと,キャロル。
あなたが わたしを変えた。

1952年のニューヨークを舞台に,富豪の人妻・キャロルと、デパートの玩具売場の売り子テレーズの間に芽生えた愛の行方を描いた物語。原作は「太陽がいっぱい」のパトリシア・ハイスミス。主演のケイト・ブランシェットも助演のルーニー・マーラも,ともにオスカーにノミネートされ,カンヌではルーニー・マーラが女優賞を獲得した。
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ストーリーは比較的シンプル。階層も生活背景も年代も違う二人の女性が,出会いとともに互いに惹かれ合い,逃避行の後に世間の目や社会の制裁に負けて一時的に別れるが,やはり想いは変えることができず,共に生きていく選択をする・・・という女性同士のラブストーリーである。

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1950年代というと,あのブロークバック・マウンテンの物語よりまだ前の時代だ。ワイオミングのような閉鎖的な田舎ではなくニューヨークが舞台だったとしても,同性愛に対する風当たりはすさまじいものがあっただろう。女性どうしが惹かれあうという感覚は私には全くわからない世界ではあるけれど,出会いのデパートの場面で,お互いがそれぞれ相手の魅力に惹かれたのもごく自然に思えた。

それくらい,キャロルもテレーズも魅力的だった。
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ケイト・ブランシェットのゴージャスで知的な美しさは,スタイルといいファッションといい神々しいほどだ。そしてルーニー・マーラのお人形のような可憐でイノセントな魅力。それぞれの美は正反対かもしれないが,二人揃うとなんと絵になることか。
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1950年代のファッションもニューヨークの街並みも,背後に流れる音楽も,ため息がでるほど美しく雰囲気があった。ただただうっとりと見惚れながらスクリーンを眺めた118分・・・・。いつまでも美しい二人を見ていたいと思わせる時間だった。

ケイト・ブランシェット・・・・このひとはいったいどこまで美しくなれるのだろうと,新しい作品が公開されるたびにいつも驚嘆する。顔立ちやスタイルだけでなく,立ち居振る舞いや雰囲気のすべてが。
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ルーニー・マーラが演じるテレーズの可愛らしさとピュアな美しさ。キャロルが一時的に去ってしまった後のテレーズが流す涙を見て,本気で,深くキャロルを愛してしまっていたんだな・・・と胸が痛くなるほど。このあたりはブロークバックマウンテンよりもむしろ藍宇を思い出した。二人の間の経済格差や年齢差や,一度別れたあと,また元に戻るところなんかが。
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ひとを愛する感情って,本当に不思議だと思った。
愛する相手は計算づくでは選べない。燃え上がるのも冷めるのも,自分の意志ではコントロールできない。相手が既婚者であろうと,住む世界が天と地ほどに違いがあろうと,年齢も性別も超えて・・・・ひとたび生まれてしまったら,もうどうしようもないのが愛なのかもしれない。
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そして,誰もが自分の愛に忠実に生きることを選択できるわけではない。いろいろな理由で,一番愛する相手を諦める人生を送っている人も多いのだ。諦めた愛に対する憧憬や慙愧の想いはなかなか消えるものではない。時には一生,その人の心の奥に消えずに残る場合もあるだろう。

テレーズとキャロルは当時の社会からは後ろ指を指されながらも,互いの愛に忠実に生きていく道を最後には選んだ。離婚する夫のもとに愛娘を残してきているキャロルと,これからどのような人生も選べるうら若い年齢のテレーズ。茨の道には違いないだろうけれど,自分の感情に正直に生きて行ってほしいと願った。

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