カテゴリー「映画 さ行」の25件の記事

再会の街で

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あらすじ: キャリアと愛する家族に恵まれ、誰もがうらやむ順風満帆な人生を送るニューヨークの歯科医アラン(ドン・チードル) ある日、彼は911の飛行機事故で妻子を亡くし、消息がわからなくなっていた大学時代のルームメート、チャーリー(アダム・サンドラー)を街で見かける。元歯科医のチャーリーは、今や世捨て人のような生活を送っていて……。(シネマトゥデイ)

アダム・サンドラーの出演作を観たのはこれが初めてだが,彼の顔は知っていた。
なんだか髪型を変えるだけで,雰囲気が全然違う・・・。
Adamsandler ←こちらが,おなじみの素顔

Adamsandler932 ←で,これが今作の彼。

これは,心に途方もなく深い傷を負い,現実の人生を生きることを放棄していたひとりの男性が,再会したかつての親友に心を開いてゆき,再生への一歩を踏み出すまでの物語だ。

チャーリーの家族を奪ったものは,911事件という設定だけれど,この作品からは,政治的なメッセージはあまり感じ取れない。

愛する者を一瞬にして奪われた人間の言いようもない悲しみや埋めようのない喪失感,そしてその傷は果たしていやすことができるのか・・・ということがシンプルに,そして丁寧に描かれていたように感じた。
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あまりにも大きい悲しみから受けた心の傷の癒し方は,きっと,人それぞれなんだと思う。

同じような体験をした人と語り合い,ともに泣くことで,悲しみを和らげる人々がいる。
互いに傷口に薬を塗りあうようにして,彼らは悲しみを癒してゆく。
じっと一人で抱え込み,ひたすら耐える人もいる。
時間はかかっても,いつしか傷口はふさがり,悲しみは彼らの中で浄化されてゆく。

そしてチャーリーは・・・彼の傷はまだ生々しすぎて,少しでも触れられると,受けたときと同じ激しい痛みに襲われていたのだろう。
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思い出したくない・・・・触れられたくない・・・・。
誰かと分かち合うことなど,まだ到底できない・・・・。


妻子が生きていた頃の,幸せな生活の余韻をすべて捨て去り,まるでオタク学生のように,ゲームと音楽の世界に逃避しているチャーリー。

彼が街で偶然再会した,かつてのルームメイトのアラン(ドン・チードル)と親しくすることができたのは,アランが彼の妻子とは面識がなかったから。彼の傷に直接触れるような質問や話題をしかけてこない人間だったから。

その気持ちは,とてもわかる気がする。
私も,すごく辛い体験をしたとき,自分の事情を気遣われるのが,いやだった。
相手が善意のかたまりであるとわかっていても,何も聞かないでほしかった。
傷口に包帯を巻きたくて,手を差し伸べているとわかっていても,
とにかく傷に向かって手を伸ばされること,それ自体が恐怖だった。

チャーリーの人生を取り戻してやりたいと願うアラン。
娘婿と,悲しみを分かち合いたいと願う,チャーリーの舅夫婦。
チャーリーから「君は若すぎる」と信用されない精神科医のアンジェラ。

皆がチャーリーの幸せを願い,再生への道を模索するのだけど・・・・・。
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物語が進むにつれ,彼の心の傷の深さ,そしていまだに血を流し続けているような,その痛みに,言いようのない気持ちになる。ほんの少しでも彼の心の傷に触れると,パニック状態に近いキレ方をするチャーリー。彼としては,精一杯の自己防衛なのだろうけれど・・・。

周囲の人々はなんとか自分なりのやり方で,彼を社会復帰させたいと願うのだけど,効果がなかったり,裏目に出たり・・・。

それでも,少しづつ,夜は明けてゆく。
アンジェラの懇願にも近い言葉で,妻子の思い出をアランに初めて語るチャーリー。
封印していたものを自分の中で解き放った彼は,やはりその反動のように,強い厭世感に取りつかれ,自暴自棄な事件も起こす。
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劇的な癒しがあって,すべて解決するわけではない。
一進一退・・・・という感じ。そう,ちょうど
重い病が少しずつ回復の兆しを見せ始めるときのように。
舅たちとの和解も,心のつながりも,これから一歩ずつなんだな,と思わされる。

彼の再生への道のりは,きっとこれからもゆるやかに進んでいくだろう。
彼の傍で,彼の心を優しく見守るアランたちに助けられて。
様々な表情を見せながら,
彼らを包み込むニューヨークの街並みが美しい。

とても心に沁み入る,優しい物語だった。

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それでも生きる子供たちへ

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ルワンダ,アメリカ,中国,イタリア,ブラジル,セルビア,イギリス・・・・。
7か国の子どもたちがそれぞれに直面している,厳しい現実
戦争,貧困,エイズ,犯罪,両親の不和・・・・。

これは,そんな苛酷な境遇の中でも,精一杯生き抜こうとしている子供たちの物語を,それぞれの国を代表する監督たちが綴った,愛にあふれたオムニバス映画だ。

one タンザ   監督メディ・カレフ/ルワンダ 
Cap111
内戦のただ中のルワンダ。ゲリラ戦の少年兵士のタンザは12歳。彼は敵の村の建物に,時限爆弾を仕掛ける任務を負う。しのびこんだ建物は,小学校。薄闇に浮かび上がる教室の風景を見たタンザの目に,強い逡巡が浮かぶ。彼が失ってしまったもの,そして切望してやまないものがそこには息づいていたから・・・・。
誰もいない教室で,黒板に残された算数の問題を解き,席に静かに座るタンザ
いつしか彼の頬には涙が伝い,それと同時に,爆弾の規則正しく時刻を刻む音は消えていた・・・・。彼のラストの目を閉じた表情の穏やかさに,胸が締めつけられる。

two ブルー・ジプシー 監督エミール・クストリッツァ/セルビア
Cap113
窃盗団の家族を持つ15歳のマルヤン
彼は少年院で過ごすうちに,習い覚えた理髪の腕を生かして理容師になりたいという夢を持つ。しかし出所と同時に彼の家族が迎えに現れ,その日のうちにマルヤンは父親から車上泥棒を言いつけられる。
追手に追われて窮きわまった彼は,再び現実から逃れるために,少年院の中へ逃げ込むのだった・・・・。ユーモラスなドタバタ劇のような見せ方も取り入れながら,東欧の国の貧困と,犯罪者を親に持つ子供の実情を鋭く描いた辛口の作品。

three  ビルーとジョアン 監督カティア・ルンド/ブラジル
Cap125
ブラジルの大都会の底辺に生きる幼い兄妹,ビルーとジョアンの一日。
二人はリヤカーを引いて,空き缶や廃材を拾い,換金して小銭をかせぐ。ジェットコースターさながらにリヤカーを飛ばしてみたり,ゲーム感覚で空き缶を荷台に放り込んだり,彼らの「仕事」はさながら楽しい遊びのようだ。遭遇するちょっとしたトラブルも,二人は持ち前の明るさと機転でくぐりぬけていく。
長い一日が終わって二人が帰りつくのは,壊れたきたない積み木を重ねたような貧民窟。背景の高層ビルの林とのあまりの違いに,しばし呆然としてしまった。

four アメリカのイエスの子ら 監督スパイク・リー /アメリカ
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ブランカの両親はHIV感染者。両親は,ブランカもまたHIVに感染していることを,彼女には隠していた。しかし,学校で「エイズ・ベイビー」と呼ばれていじめられたブランカは,真実を知って衝撃を受ける・・・・。
日本の人権教育の中にも「HIV患者に対する差別」の項目はあるのだが,わが国ではどうしても現実感が希薄なこの問題が,アメリカではとても重要な問題なんだなと,あらためて思う。絶望の中から,それでも両親の愛を支えに,一歩前に踏み出そうと決意した健気なブランカの姿からは,かすかな希望の光が見える。

five ジョナサン 監督ジョーダン&リドリー・スコット/イギリス
Cap129
言いたかったことは,たぶん,「戦火の中でも,柔軟な対応性と,希望を失わずに生きることができる子供たちならではの,強さや素晴らしさ」なのだろうか。
しかし,7作の中では唯一「取ってつけたような」印象を受けた作品。リドリー・スコットと,娘のジョーダン・スコットの作品だけど,彼ら自身が,戦争や貧困や犯罪が日常に溢れているような苛酷な環境で育ったとは思えないから,他の監督作品に比べると説得力が弱いのだろうか。(リドリーさんは戦争映画を撮るのは得意だが)
主演のジョナサンくんは天使のように可愛かったし,映像の美しさと格調の高さはさすがだったけれど。

six チロ  監督ステファノ・ヴェネルッソ/イタリア
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大窃盗団のボスの庇護のもと,ヴァチカン広場などで,金持ちの腕からロレックスをむしり取って逃げる,などの窃盗を繰り返す少年チロとその仲間。少年でありながら,その抜け目のない目配りや,脅しの効いた台詞などは,いっぱしのヤクザとそう変わらない。
しかし,彼が自宅のバラックの前で,母親の自暴自棄な台詞を耳にし,影絵遊びの中で自分を撃ち殺す真似をするシーンからは,彼の心の中のやり場のない悲しみを感じた。
そして,ラストの遊園地のシーン。彼らにも,本来の子供らしい純真な心が宿っているんだと感じて,何ともいえない気持ちになった。

seven桑桑(ソンソン)と子猫(シャオマオ) 監督ジョン・ウー / 中国
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裕福だけどいがみあっている両親をもった桑桑(ソンソン)は,母に叱られてお気に入りのフランス人形を道端に捨てる。拾ったのは,足の不自由な子猫(シャオマオ)を育てていた廃品回収のお爺さんだった。ある日ソンソンは,街で花売りをしていたシャオマオの腕に,自分が捨てた人形が大切に抱かれているのを目にする・・・・。
子供の無垢な心は,どんなささやかな喜びをも,驚くほど敏感にキャッチして,大きな輝きに変えることがある。それは時には絶望から人々を救う力をも持つ。そんな心温まる物語だった。
可憐なソンソンもよかったが,シャオマオのあどけない天使のような笑顔が何とも素晴らしい。(「おしん」を少し思い出したけど)
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子供の頃,目の前にひろがる世界は,今よりもっともっと狭かった。
世界は,限られた情報と,なじみのある人たちと,情景だけでできていて,
その向こうに何があるのか,知るすべをもたなかった。
だからこそ,知らない世界に思いを馳せ,現実離れした夢を見ることもできたし
知らないがゆえに,大人から見たら小さな悩みでも,
世界が終ってしまったかのように,大きく感じられたりもした。

あの頃の子供の感性を,とうに忘れてしまった今になっても
毎日,彼らのような年代の子供たちと,親しく接する仕事をしていると,
彼ら特有の,みずみずしい感性や,たくましい柔軟性に驚くことがある。
無経験のものだけが持つ,恐れを知らぬ強靭さ。
絶望の中でもなお,あきらめずに見ることができる夢。

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この作品を観ると,世界のあちこちで,
彼らがどんなに過酷な状況に置かれているのかが今更のようにわかる。
なんという,貧富の差!
満足に学校にも行けない子供たちがこんなにいるとは!

それでも,子供たちは,自分に与えられる環境を選べない。
生まれおちたその国で,そこがどんな状況であろうとも
子供だけが持っているあらゆる能力を駆使して,懸命に生きていくしかない。
そして,そんな彼らの生きざまから,私たち大人が力を貰えることもあるのだ。

世界がよくなるように,少しでも何かできればよいと,素直に思える作品だった。

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しあわせな孤独

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デンマークの女性監督,スザンネ・ビアが,ドグマの手法で描いた,愛についての,リアルで深い,心に沁みいる物語。DVDで鑑賞。

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突然起こった不慮の事故で,それぞれの運命と,愛の行方が狂ってしまった,4人の男女。
明日は幸せな今日の延長線上にある
と信じて疑わなかった彼らの思い描いていた未来や,平穏な家庭は,交通事故という,誰にでも起こりうる出来事によって,もろく崩壊してゆき,彼等の人生は痛ましく交錯しながら,先の見えない袋小路へと,次第に追い詰められてゆく・・・。

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ドグマ
というのは,1995年に,ラース・フォン・トリアーらが始めた,デンマークの映画運動。その特徴は,オールロケ,手持ちカメラによる撮影,効果音や照明効果の禁止・・・等があるらしい。
この作品も,ドグマの手法での撮影なので,まるでドキュメンタリーのような生々しい雰囲気が際立っていた。余計なBGMや,回想シーンなど皆無の映像は,まるでホームビデオで実際の出来事を撮影したかのよう。だからこそ余計に,自分や知り合いの身に実際に降りかかってもおかしくない出来事のような,息詰るリアルさを感じた。

セシリとヨアヒムは,婚約し,幸せの絶頂にあったのに,ある朝,彼女の目の前でヨアヒムはマリーの運転する車にはねられ,全身不随になってしまう。
衝撃を受けながらも,何とか現実を受け止め,彼を支えて生きていこうとするセシリを,ショックが大きすぎるヨアヒムは激しく拒絶し,彼女を傷つける態度を取る。
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一方,医師のニルスは,加害者マリーの夫で,事故発生時から,セシリの相談相手になっていたが,ヨアヒムの態度に深く傷ついたセシリは,やがてその空隙を埋めるために,精神的にも肉体的にもニルスを求めるようになり,ニルスもまた,彼女を愛してしまう。

配偶者や,婚約者に対する裏切り・・・・
事故の被害者側と加害者側の,普通ならありえない関係・・・。

本来なら非難したくなる結びつきなのに,なぜかこの物語の中では,ごく自然なことのように思えた。

Cap005
突然降りかかった,重すぎる現実を受け入れられず,
セシリに理不尽に辛く当たるヨアヒムの態度。
行き場の無くなった愛を,一時的に受け止めてくれる相手を求めたセシリの脆さ。
そんな彼女を本気で愛してしまった,ニルスの優しさ。
・・・・どれこれも,あの状況なら起こっても仕方のない,無理のないことに思えた。

普通は誰か一人の登場人物(たいていは主人公)に共感し,物語全編にわたってその人物の気持ちにずっと寄り添いながらストーリーを追っていくものだけど,この作品に限っては,4人の男女全員に感情移入してしまった。場面が変わるごとに,あるときはセシリに,またあるときはニルスに,そしてあるときはヨアヒムに,マリーに・・・・入れ替わり立ち替わり共感している自分がいた。
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どの人物も,基本的にはとても善人で,そして誰でも持っているような愚かさや弱さも露呈するのだけど,物語の進行に従って,切ない優しさや,再生への強さもまた,見せてくれたからだろうか・・・・。
誰も悪くない。誰も責められない。
ただ,運命の歯車が違った方向に回り始めただけなのでないか・・・・そんな風にさえ思えてくる。

セシリとの関係が妻子に知られたとき,妻の罵倒にじっと耐えるニルスを見て「やっぱり家庭を壊すリスクは犯さない弱気な男なんだろうな・・・・」と思っていたら,セシリのために家を出る決断までした真摯な彼の行動を,なぜか応援したくなったり・・・・。

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最初は遠ざけたセシリを,また呼び戻したヨアヒムの心情にも,心が締め付けられたし,結局は愛する彼女を手放す決意をした彼の哀しい決断もまた,とても切なかった・・・・。

事故の加害者なのに,ヨアヒムを見舞うでもないマリーの態度に,「罪の意識が希薄なんじゃ?」と最初は不満を抱いていたのだけど,夫に出ていかれるシーンで,泣きながらすがる彼女はやはりかわいそうに思ったし,その後,供たちのために健気に立ち直った彼女の姿には小さな感動を覚えた。

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そしてセシリ・・・・。運命に流されがちな,弱さと脆さを持った女性だけど,同時に,どんなときも誠実に相手を愛そうとする,芯の強さをも秘めているような女性。演じたソニア・リクターは,新人女優だということだけど,彼女の繊細さと愛らしさが,この作品の大きな魅力のひとつになっていると思う。

それにしても,スザンネ・ビア。すごい監督さんだ。
なんて深く,細やかに人間というもの,人生というものを理解しているのだろうか,と思う。
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降りかかってくる不慮の出来事に,あっけなく砕け散ってしまう人生の設計図。
その中できっと,あわてふためいた私たちの誰もが,ごく自然に見せるだろう,弱さや愚かさや,優しさや愛や,土壇場の強さ・・・・。ほんとに自分の身にも起こりそうな,切なくいとおしい物語に思えて,当分心から離れそうにない。

追記:ニルス役のマッツ・ミケルセン・・・なんだか,好みだな~雰囲気が。と思ってたら,キング・アーサーで,私の一番お気に入りだったトリスタン(鷹を連れていた騎士)の役の人だったcoldsweats02と,後で知りました!え~,全然わかんなかったよ~。でもやっぱり好みだわ。heart04

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サルバドールの朝

Cap023_21970年代初頭,フランコ政権末期のスペインで,警官殺しの罪に問われ,不当な裁判で死刑判決を受けた若きアナーキスト,サルバドール・プッチ・アンティック(ダニエル・ブリュール)の事実に基づく物語。

この実話が,わずか30数年前の出来事なんだということが,信じられない。
日本じゃ,万博が開催された頃。スペインでは,フランコ政権が,反旗を翻した多くの学生やテロリストを弾圧していたのだ。

物語は,銃撃戦を伴う緊迫した逮捕シーンで始まる。サルバドールはこのとき,リンチを加える警官たちに対し,不慮の発砲をし,その結果,警官の一人が死んでしまう。

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やがて物語は,獄中のサルバドールの回想へと移行。サルバドールが加わっていたのは,MIL(ミル)と呼ばれる無政府主義者グループ。彼は仲間たちと共に,フランコ政権打倒の資金調達のために,銀行強盗を繰り返していた。

銀行強盗は,普通なら,決して賛同できる行いではない。しかし,独裁政権のもと,弾圧されていた彼らの行為を,平和な時代と同じ価値観で断罪してよいものかどうか,私には正直わからない。

ただ一つ確信したのは,彼は死刑に当たるほどの罪は 犯してはいない,ということ。
警官に発砲したのは,銃痕の数から判断して,明らかに彼だけではなかったし,正当防衛的な色合いもあった。それなのに,彼に有利な証拠はことごとく無視される不当な裁判によって,「見せしめ」的な死刑が確定してしまう。

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物語は中盤から,獄中のサルバドールと看守との心の交流の様子や,彼を助けようとあらゆる手をつくす弁護士の奮闘,彼の心の支えとなる姉妹たちの様子がきめ細やかに描かれる。

サルバドールの獄中での振舞いや,表情,その口から発する台詞
それを追っていくうちに,彼が危険なテロリストなどではなく,優しく繊細な心を持った,ごく普通の青年であることがわかってくる。彼は家族を愛するよき息子,よき兄だった。
もし生まれてきた時代や国が違っていたら,きっと平凡だけど幸せな人生を全うしたに違いない,ごくありふれた,善良で,誠実な青年だ。

彼を演じたダニエル・ブリュールの,いかにもどこにでもいそうな,普通の青年っぽさがいい。彼は,周囲の人へのさりげない気配りや,処刑に対して抱く恐怖の表情など,サルバドールの複雑に揺れる心情をとても丁寧に演じている。「グッバイ・レーニン」に出演していたからドイツ人かと思ってたら,母親がスペイン人だそうだ。
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物語が進むにつれ,私はサルバドールの人柄に少しずつ魅了されていった。
最初は敵意をむき出しにしていた看守が,サルバドールが父にあてた手紙を読んで心を動かされ,次第に彼と心を通わせていったように,私もまた,彼が何とかして助からないものかと,空しい望みを抱いた。

殉教者にはなりたくない」と言ったサルバドール。
圧政に屈さない英雄としての死よりも,
普通の人間なら当然そうするように,「生きたい」と願ったサルバドール。
最後の瞬間まで,はかない希望を捨てずに恩赦を待ち続けたサルバドール。

彼が姉妹たちと最後の時間を過ごすあたりから,涙が止まらなくなった。
死刑の方法を尋ねるサルバドールに,看守たちは口をつぐむ。
彼の処刑方法は,世にも残酷な「ガローテ」だったから・・・・・。

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ガローテというのは,鉄輪絞首刑のこと。死刑囚の首につけた鉄の輪を万力で少しずつ締め上げてゆき,首の骨を粉砕して死に至らしめる残酷な死刑法である。拷問しながら殺す,という感じだが,スペインでは30数年前まで,こんな野蛮な死刑法がまかり通っていたことに戦慄する。

この写真を見る
upは,彼がガローテにかけられたシーン。

処刑シーンは長かった。
倉庫のようなところで,看守ではなく,ガローテ専門の職人風の老人が,何の感情もこもらない声で「さっさとすませましょうぜ」とばかりに彼を処刑する。(しかし普通の人間の神経があれば,こんな仕事は絶対できないだろうから,この老人,適役だとも言える。)処刑器具を目にしたときの,サルバドールのひきつった表情が痛々しかった。

とても正視できないシーンだけど,「ここはしっかり観なくては・・・・」と,涙があふれる目を見開き,腹を据えて最後まで見届けた。
監督は,このシーンを一番描きたかったのかもしれないと思うと,
やはり目を反らすことは,できなかった。

フランコ政権の恐怖を知らない日本人の私が,この作品のメッセージを100%きっちりと受け止めることができたかどうか,わからない。
しかし,処刑後ににあの看守が叫んだ「フランコの人殺し!」という悲痛な叫びは,当分忘れられないだろう・・・・。

この不当で残酷な処刑によって,彼の名は図らずも後世に残り,ガローテ廃止にも繋がったかもしれないけど,後世に残らなくてもいいから,彼には助かってほしかった・・・・。

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Sweet Rain 死神の精度

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人気作家・伊坂幸太郎の同名小説 book の映画化作品。
原作もとても面白く,よくできた連作短編集で6話からなるが,映画ではその中の「死神の精度」・「死神と藤田」・「死神対老女」の3話が描かれていた。

原作でも,映画でも,何より魅力的だったのは,設定された「死神」たちのキャラクターだ。彼らの仕事は,不慮の死に見舞われる運命の人の前に現れ,7日間をいっしょに過ごし,その死を「実行」とするか「見送り」とするかを判定することだ。
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彼らは素手で人間に触ることは禁じられているので常に白い手袋をしている。原作によると触られた人間は寿命が1年縮むらしい。(実際に触られた人は一瞬気絶する。)

また,死神たちはミュージック好きで,(彼らの属する世界には音楽が無いのか?)仕事で人間界にやってきたときは,みんなミュージックショップでCDの試聴を楽しむらしい。だから「白い手袋をして試聴しているひとを見たら死神と思え!
(・・・・・sweat01 あの~~,それって,すごーく見分けやすいんですけど。)
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さて,この物語の主人公である,死神「千葉」 がこれまた魅力的だ。
彼は,仕事のアドバイザーのような役割の黒い犬を連れている。この犬と彼はテレパシーで会話するらしいのだが,犬のせりふは字幕で出てきて,千葉がそれに応えるという形をとっている。(この二人?のやり取りがなかなか味があって面白い。)

千葉が仕事をするときは決まってrain 雨が降る。だから,彼は人間界では,青空を見たことがない,という設定だ。かれもまた大のミュージック好きで,暇をみつけてはミュージックショップに入り浸っている。
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彼は,どこか浮世離れした飄々とした雰囲気をまとい,浮世のさまざまな悩みや葛藤を抱えた人間たちに,「死神」ならではの,クールに突き放したトボけた人生観を吐く。「新しい言葉は解らない」彼と,人間たちの,かみあわない会話も可笑しい。

原作の中でも,千葉の魅力は際立っていたので,それを100%映画で表現できるかと危惧していたけど,さすが金城さん,彼本来のオーラや器用な演技の力で,とても素晴らしい,原作のイメージ以上の魅力的な「千葉」が出来上がっていた。傷だらけの男たちとは,また違う摩訶不思議な魅力だ。

私は彼が出ている邦画を観たのは初めてなので,日本語をしゃべる彼の声をじっくり聴いてみて,「深くていい声だなぁheart04」と感激。(中国語はどうしても甲高くなるので)
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それに,彼は接近する相手に合わせて服装や髪形を変えるのだけど,どんな格好をしても素敵~~lovely  しなやかに鍛えられたスタイルが,美しい。ブラックスーツも,若者ルックも,ヤクザスタイルもみーんなキマっていた。

彼と,死を迎える運命の人間とのストーリーは,
第一話はネクラなOL,第二話はヤクザ,そして第三話は美容師の老女

その内容の詳細と,それぞれの物語の繋がり具合は,ネタバレになるのであえてここには書かないけれど,千葉は彼らと触れ合い,その人生観を聞き,彼らが,この世での目的を達成したと判断すると,その死に「実行」を出し,そうでないと判断すると「見送り」を出す。
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そのストーリーの内容自体,「ちょっとユルイな・・・」と感じるものもあるけれど,やはり根底には原作者のもつ人生への,さりげなくあたたかいまなざしが感じられた。

生きることとは,そして死ぬこととは・・・・という哲学的なことも,ちらりと感じさせてはもらえるが,そんなに感動するほど大仰なものでもない。演出とかには,ところどころ力不足な惜しい点も見られる。
そう,なんといっても,この映画の魅力は,金城さん演じる「死神そのものの魅力」に尽きるかもしれない。
これから,土砂降りの雨や,白い手袋や,黒い犬に遭遇するたびに,この映画のことを思い出しそうだ・・・・。

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それでもボクはやってない

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・・・・「どうしても晴らせない冤罪」という地獄に落ちてしまった
ものすごく不運な,ひとりの青年の物語。

これは,日本の裁判制度のあり方を 容赦なく浮き彫りにした作品だ。

2時間半の間,息を詰めてストーリーの行方を見守る間,展開のあまりの理不尽さに,わが目や耳を疑うような驚きを感じ,憤りやもどかしさで,胃がチリチリした。コミカルな味付けもところどころあったけど,全編を通じて,ものすごく真摯な描き方をしていた。
よくできたドキュメンタリーみたいに。
Cap009
あらすじ:
フリーターの金子徹平(加瀬亮)は、通勤ラッシュの電車で女子中学生から「痴漢したでしょ」と訴えられてしまう。まったく身に覚えのない金子は、話せば分かってもらえると思い、大人しく駅の事務室に行った。しかし、「ボクはやってない!」という訴えもむなしく、そのまま警察に連行されてしまう。その日から、留置所暮らしを余儀なくされた金子の無実を訴える戦いが始まった。(シネマトゥデイ)

Cap006 監督は『Shall We ダンス?』周防正行
主演の加瀬くんは,『硫黄島からの手紙』でも,かわいそうな役だった。わりと影の薄い地味顔の彼だが,目にさまざまな感情を込める演技が素晴らしい。
特に,この作品の彼の目からは,受けた仕打ちに対する,驚き・怒り・絶望・いらだちなどが,手に取るように伝わってきて,観ているこちらもすっかり彼に共感して,怒りの拳を握り締めていた。

Cap011
それにしても,金子青年や,彼の家族や友人たちと同様,私たち観客もまた,
裁判は,罪人が裁かれるところだと,
今までずっと思ってきたのではないか。
それがそうとも限らないこと,そして
いったん裁判が始まったら,冤罪を晴らすことは至難の技であるという
何とも恐ろしい事実を,この映画は,克明に我々に突きつけてくる。

Cap020
罪を認めて示談にすれば即釈放だけど,無罪を主張すればずっと拘留される。有罪か無罪かを検討もせずに,なかば脅迫めいた取引を口にして,都合のいい調書しか作らない警察。

「無罪」判決を出すと何か個人的に都合が悪いことがあるのかと,思わず勘ぐってしまいたくなるような,裁判官の傾向。(実際にそうなのか?)
特に,金子青年の場合,再現フィルムや目撃者の証言などが出てきたときに「これはイケル!」と思ったのに,それさえも無効にされてしまい,「何や,この裁判官annoy」と私は怒り心頭に達した。

Cap015
この映画の法廷シーンの,醸し出す緊張感はすごい。今までサスペンスドラマなどで目にしていた法廷シーンとは全く別物で,息詰まるくらいリアルだ。これを劇場で観たら,自分も傍聴席に座って裁判の行方を見守っているような,錯覚が起きるだろう。
「彼の冤罪は晴らせるのか?」という思いがつのり,証人や弁護士や裁判官の一言一句を聞き逃すまいと固唾を呑んで見守った。

結末はとっても虚しかった・・・・。でもこれが日本の裁判制度の現実だとしたら,誰もがあらためて戦慄を覚えずにはいられないだろう。
あなたや私も,いつ,金子青年のような落とし穴に落ちないとは限らない。
そして,この映画に描かれていることが事実だとしたら,ひとたび冤罪の疑いをかけられたら,無実を主張すればするほど,事態は悪くなるケースだってあるわけだ。「だってやってないんだから,有罪になるわけはない」なんて,暢気に言ってられないではないか。

Cap022
罪を犯したかどうかは,本人と神のみぞ知ることなのに,
人が人を正しく裁く,なんてほんとうに可能なのか?と暗澹とした思いになる。「裁判所は真実を明らかにするところではなく,証拠を吟味してとりあえず有罪か無罪かを決定するところ」だと劇中でも言われていた。人は万能ではないから,もちろん真実でない結果が出る可能性はあるわけだけど,それでも裁判所は,真実に向かって全身全霊で取り組む姿勢が欲しい,と思う。

おそらく,「感動した」とか「面白かった」とかいう感想を言うべきではない作品かもしれない。描かれていることはずっしりと重く,非常に深刻な情報提供と問題提起をして終わる作品だった。

・・・・・しかし,何はともあれ傑作である,と思う。

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ジャンパー

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あらすじ: ミシガン州の高校生デヴィッド(ヘイデン・クリステンセン)は、自分にテレポート能力があることを発見。母が家を出て以来、人が変わった父との生活にうんざりしていたデヴィッドはニューヨークへと向かい、瞬間移動した銀行の金庫室で大金をせしめる。しかし、そんな彼を謎の男ローランド(サミュエル・L・ジャクソン)がつけ狙い……。(シネマトゥデイ)

お話はシンプル。テレポート能力を持った若者と、彼らを抹殺する使命を持ったパラディンという組織の闘いだ。そして見所はヘイデン・クリステンセンのルックスとジャンプシーンやバトルシーンの迫力・・・だけかもしれない。
009 残念ながら私は,主人公のジャンパー青年デヴィットに,全く共感できなかったのだよこの物語。何しろ彼はテレポート能力を使って銀行強盗を働き,盗んだお金で優雅に暮らし,毎日世界名所巡り無銭旅行やってるんだから。自宅の部屋の中を横切る手間すら惜しんでテレポートするシーンでは,それくらい二本足で歩け!と思ってしまった。

デヴィット,おめー,スパイダーマンのとこに弟子入りさせてもらってだな,「大いなる能力には,大いなる責任が伴う」って考えを,きっちり教わってこい!annoy・・・・・ なんちゃって・・・。

ジャンパーってさあ,途方もない能力だから,戸惑ったり苦悩したり,世のため人のために使おうとか,いろいろ葛藤してもよさそうなもんだけど,彼はまったく「美味しいとこ取り」なんだもん。       
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ジャンパーがみんなこんな勝手なことをしてるなら,確かに彼らを駆除する謎の集団がいても仕方ないだろう。こんな力を悪用されたらたまったもんじゃないし(・・・しかし人助けに能力を使うような,よいジャンパーもどこかにいてほしいものだが。)

では,彼らを狩るバラディンたちを応援したくなるかというと,困ったことに,それがそうでもないのだ。ボスであるローランドが,何やら胡散臭い悪党にしか見えなかったせいもあるが,彼らが命を賭けてジャンパーたちを追うようになったいきさつとか、思い入れの深さとか,もっと書き込んでくれてたらよかったのに,と思った。ジャンパーを追い詰めて,捕らえるための武器などは(鎖が飛び出す銃とか)面白かったけど。
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私としてはデヴィットとローランド,どちらにも肩入れできなかった闘いは,どんなに派手でも,やはりイマイチ醒めた目で観てしまった。

唯一、共感というか興味をそそられたキャラは,ジェイミー・ベルが演じた先輩ジャンパーのグリフィン。彼は幼い頃に両親をバラティンに殺されたという理由から,復讐という執念を持って彼らに挑む。彼は謎の多い,すさんだ雰囲気だけど,テレポート能力を面白おかしく暮らすことだけに使っていたデヴィットよりはずっと応援したくなる。しかし、このグリフィンに関しても,せっかく印象的なキャラなのに,何か説明不足で不完全燃焼に終わってしまったような感じだ。
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そう,この作品,せっかく面白そうな設定なのに,すべてが中途半端な印象を受けた。母親役のダイアン・レイン(しかし,老けましたね,彼女)のエピソードも,もっと詳しく知りたかったし・・・

ラストは はっ,そこで終わりsign02 という感じ。続編にでもつなげるのかな?・・・それにしてもデヴィットは,今回のことに懲りて,行いを改めたりはしないのかしら。それもこれも続編のお楽しみかな?あと、ヒロインはもっと美人じゃなきゃ。
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・・・・・と,文句ばかり並べたレビューになって恐縮だが,テレポートしながらの死闘とか,車もろともジャンプとか,ちょっと速すぎて目は回るけど,凄い映像は楽しかった。

あと、デヴィットはヤな奴だけど,演じたヘイデン君は美しい。影を背負った憂欝そうな顔がセクシーだ。ジェイミー・ベルも,「リトル・ダンサー」(このときは可愛かった)でバレエ踊っていただけあって,運動神経抜群だからアクションが上手い。彼って,イケメンではないけど,癖のある役がよく似合うわ。

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追悼ヒース・レジャー/サハラに舞う羽根

Cap033
・・・・これは、ひとりの青年士官の
   愛と友情を描いた物語なのか?

   それとも彼の命を賭けた成長物語なのか?

物語の舞台はヴィクトリア朝の大英帝国。エリート士官のハリー(ヒース・レジャー)は、美しいエスネと婚約したばかりで軍人としての将来を嘱望されていた。そんな時、植民地・スーダンの暴動を鎮めるために、ハリーの部隊に出征命令が下る。しかし、戦うことに疑問を抱いたハリーは、軍を除隊し、3人の友は臆病者を意味する白い羽根をハリーに送りつけ、婚約者のエスネまでもが4本目の羽根を残し去っていく。憔悴したハリーのもとに届く、スーダンでの苦戦の知らせ。友の命が危険にさらされていることを知ったハリーの脳裏によみがえるのは、親友ジャックの「君になら僕の命を預ける」という言葉。ハリーは、4本の羽根を懐に,スーダンへと旅立つ。
Cap015_3  ←キリストみたいなんですけど。

エリザベス・シリーズ
の監督の作品だし、原作も有名らしいのだが・・・確かに壮大で息を呑むほど美しい映像や,起伏にとんだストーリー展開など,見所は満載だったが,主役のハリーの性格や,行動の理由などが,私には今ひとつわかりづらく,そのせいで物語の冒頭からずっと,完全にその世界に入り込めなかった作品だったのが惜しい。

彼は優秀な軍人だったのに、
なぜ戦地に赴くのを頑なに拒んだのか?

「恐怖」のせいだと,彼は言っているが,後の彼の砂漠での捨て身の行動を見ると,彼が臆病者だったとはとても思えない。彼自身も,恐怖の内容についてははっきりと説明していないし。英国の植民地支配のための戦いが主義に反したということもあったのか?         
それなのに,後になって艱難を乗り越えて
単身サハラに赴いたのは何故なのか?

大英帝国のためではなく,友の危機を救うために戦いたかったのか?それとも4枚の羽根が彼を導いたと言っているから,羽根に象徴されている臆病者の汚名を返上したかったのか?それは,英国人特有の誇り高さのせいなのか?

Cap022 この2点は,ものすごく大切で,2通りも3通りも解釈があっては困るのに,どうもその点に関するはっきりした答えが観客に提示されないまま,物語がすすんでいったように思う。ヒースの演技が悪いのでなく,脚本のせい?気持ちを表す台詞が,説明不足に思えたのだ。

ハリーが除隊を決心するまでの葛藤とか,羽根を受け取ってからの落ち込みようとか,苦悩する様はとても痛々しく,ヒースの演技は見事だったと思う。だからこそ余計に「何で最初から戦いに行かなかったの???そんなに苦しむなら」とその理由がずっと気にかかって・・・・。(この記事も最初から?マークだらけだが)ヒースはこの時,顔がやたらほっそりしていて,頬がこけてる感じが,痛ましいけど,美しかったなぁ・・・・heart04

Cap012
サハラに行ってからのハリーは,まるで神か天使が乗り移ったかのように,強く,崇高な犠牲的精神に満ちている。現地人のふりをして(これ,結構似合う)傭兵として英軍に入り込み,荷運びなどの重労働をこなし,まぎれこんだ敵のスパイを追いかけて敵の作戦を見破ったりと,命知らずの大活躍を繰り広げる。挙句の果てには,捕虜になった友を救い出すために自分も捕虜収容所に囚われ,死ぬほどの目にあいながらも脱獄に成功したり・・・・。

それはそれで面白く,また,ラクダや馬を自在に操るヒースはため息がでるほどカッコよく,脱獄時に,砂丘の上を砂まみれになりながら繰り広げた死闘などは,手に汗を握ったけれど,どうも冒頭のハリーに抱いた「だから,何で除隊したの?」という疑問がずっと小骨のようにひっかかったままだったなぁ。

Cap029
書き込み不足と言えば,婚約者のエスネの人柄や,ハリーに対する愛情についても,イマイチはっきりしないように思えて,せっかくのケイト・ハドソンが魅力のないキャラに見えた。「自分の理想のためにハリーを愛していたんじゃないのか,彼女は」と思ってしまった。ま,4枚目の羽根をハリーに送りつけた地点で,私の中ではもう「何だこのオンナannoy」状態だったが。後で後悔してもねぇ・・・・。それにハリーの活躍を知ってからまたよりを戻すのもなんだか・・・。
彼女の気持ちの変化も,もっと深い台詞で表現されてたら,共感できたかもしれない。
Cap048_2  それに比べて,ハリーと親友ジャック(ウェス・ベントリー)との絆は心に沁みた。ラストの顔をさわるシーンは何度観ても好きだ。あそこで,ジャックが何も言わないのがまたいい。あえて言葉にしなくても,通じ合うものがこの二人にはある。ジャックの最後の演説は,やや蛇足っぽいけど。

この映画のヒースは,いろんな髪型やファッションを見せてくれますが,若いということもあり,どれもとても似合っていて素敵です。物語は長いし,途中sign02マークに悩まされはしましたが,全編を通してヒースに見とれているうちに,終了した,という感じでしたね・・・・。私は。

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主人公は僕だった

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もしも,自分がある小説の主人公で,一人の作家によって
自分の運命が決定されるとしたら・・・?

なんて不思議で,独創的な設定のストーリー!ファンタジーやコメディはいまいち大好物ではない私だけど,仲良しブロガーのゆきちさんが,とても感動したとオススメしてくださったので,観てみました!で,感想ですが,コメディタッチでもあるけど,ほのぼのとした人間讃歌で,鑑賞後は,心がじんわりと温かくなるような,とても素敵な物語でした。
物語の主人公は,会計検査官のハロルド・クリック(ウィル・フェレル)。彼は,毎朝同じ時間に目覚め,同じ回数だけ歯を磨き,同じ歩数でバス停まで歩き,毎晩同じ時間に眠る,几帳面な男性。ある日,彼の行動を正確に描写する女性の声が彼の耳に聞こえてくる。その声の主は人気悲劇作家のカレン・アイフル(エマ・トンプソン)だった。そう,ハロルドはカレンの新作小説の主人公だったのだ。戸惑う彼の耳に,彼女の声が告げたのは,何と彼がいずれ死ぬという予告だった・・・。
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私は,ハロルドより,この悲劇作家のカレンのほうに心を惹かれた。
なんで彼女は,それまでの作品の中で,主人公を全員死なせてきたのだろうか。エマか演じるカレンは,神経質で憔悴した感じの女性。自らも,ビルの屋上から飛び降り自殺をイメージしてみたり,豪雨の中で車が川に転落する様子を想像してみたり,「悲劇的な死」について,いつも考えを巡らせている感じだ。まるで,悲劇こそが,人生を完全にすると思い込んでいるみたい。なんてまあ悲観的な。そんな彼女を,さりげなく大らかにサポートする助手の役を,クイーン・ラティファが演じている。
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まるで,頭の中に数字が詰まっているかのようなハロルドを演じているウィル・フェレルの徹底した無表情がいい。人間味がほとんど感じられず,本当に作家の意思で機械的に動いている人物のように見えるのだ。そして彼をアドバイスする,文学の教授を演じるダスティン・ホフマン。この人が出るとやはり画面が締まるなあ。何でもない表情でも,見とれてしまう強烈な存在感はさすが!

聴こえてくる声に悩まされて,教授のアドバイスに従い,いつもとは違うことにいろいろと挑戦するハロルド。彼は少しずつそれまでの殻を破り,やりたかったギターを弾いてみたり,恋をしてみたりする。この恋人役のアナを演じたマギー・ギレンホールがとてもチャーミング。自分の考えをしっかり持っていて,それでいて可愛くて,優しくて。決して美人ではないのに,愛さずにはいられない魅力がある。そして碧い目や,甘い声や,ラブシーンで目を閉じたうっとりした表情などが,やはりどことなく弟のジェイクに似てる。
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彼女を得て,にわかに世界があたたかく色づき始めたハロルド。それまで無表情だった彼の顔が,生き生きと輝きを帯びてくる。彼は,声の主のカレンの居場所をつきとめ,「ラストを変更してください」と頼む。「生きていたいから」と。・・・当然だよね。
しかし,小説のラストはもう決まっていて,それはハロルドの死によって初めて,最高傑作となるものだった・・・・。草稿を読んだハロルドは,小説の完成のためには,自分の死は不可欠のものだと悟り,死ぬことを受け入れる。
・・・・・どんな,傑作なんだ?それ。
いったいハロルドはどんな死に方をするの?

ここで私は(いや,私だけでなく,おそらく観客の皆さんもでしょ?)すごーく興味をそそられた。
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あまりにもネタばらしをしてしまってもいけないので,全部はここに書かないけど,ハロルドはちょっとした不運がもとで,思わず人命救助をする羽目になり,その結果死んでしまう・・・というのがもとの小説の筋書き。その死は,彼にとって突発的なものであり,皮肉な なりゆきでもあり,大きな悲劇でもあり,英雄的な意味合いもあり・・・いかにもカレンの好みそうなラストだったのだが,ハロルドが自分の運命を知った上で,あえて死を選択するつもりだと知ったカレンは・・・・ラストを書きかえるのである。かくして,小説はおおいなる悲劇で幕を閉じず,それゆえに傑作にはならずに,少し気が抜けたものになってしまった・・・・(教授はそれを「駄作ではないが傑作でもない」と評した)
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悲劇で幕を閉じる,いつものやり方を廃して,ハロルドにささやかな幸せを積み重ねる人生を贈ったカレン。それは,小説にした場合,「傑作」となりうるだけのインパクトはないだろう。
しかし「凡作」だとしても,それが何だというのか。この世界の人々の,そう,あなたやわたしの実際の人生を,ありのままに小説にしたら,きっと「幸せな凡作」で溢れることだろう。それでもいいのだ,だって,幸せであるってことが,私たちにとっては何より大切なことなんだから。
人生に必要なものは大げさなドラマや,劇的な変化だけではない。
愛する人の微笑や,美味しいクッキーや,お互いにかわす思いやりや・・・
そんな小さな幸福の集まりこそが,人生を豊かにする。

人生の本当の醍醐味に,悲観論者のカレンは気づくことができたのだろうか。
観終わってみると,私は彼女の変化に,一番感動していた
この映画の監督さんは,人生や人間について,優しいまなざしを持っているなあと思ったら,「チョコレート」や「ネバーランド」の監督さんだった。・・・・納得。
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←おまけ♪

仲よし姉弟

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シルク

Wallpaper01_1280 まるで音もなく降り積もる雪のように・・・
高い空をゆったりと流れていく雲のように・・・・
いかにも静かな物語だった。

多くを語らない,寡黙な表現で紡がれているので,行間を読まなければいけないし,風景はまるで絵のように美しいので,全体の印象は,物語というよりは詩のようだ
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舞台は19世紀。フランスの片田舎の,養蚕と製糸をなりわいとする町に住む青年エルヴェ(マイケル・ピット)は,病気にかかっていない健康な蚕の卵の買い付けのために,「世界の果て」と思われていた日本に旅立つ。新婚の美しい妻エレーヌ(キーラ・ナイトレイ)を祖国に待たせて。そして幕末の日本で、彼は謎めいた武士,原十兵衛(役所広司)と、その若い妻である少女(芦名星)に出会う。まるで絹のように白く光る肌を持ったミステリアスな彼女に,エルヴェは惹きつけられ・・・・。
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監督が「日本の美の象徴」と絶賛した,新人女優,芦名星。お雛様のような整ったうりざね顔は,ほとんどノーメイクに近いのではないだろうか。派手さはないが,清冽な美しさに圧倒された。

エルヴェが彼女に惹かれたのは,おそらくその神秘性だろう。彼ら二人は,エルヴェの3度の日本訪問を経ても,結局一線を越えることはなく,それどころか言葉も交わしていないのだけど,彼女はエルヴェに対し,密やかに,また大胆に秋波を送り続ける。

・・・この二人がどうにかなっちゃって,そして国籍や時代の混乱を超えた大河ロマンが展開されるのかと思ったら,・・・・ぜんぜん違った。

キーラが演じたエレーヌ。遠く離れた異国で,最愛の夫が他の女に心を奪われていることを感じ取りながらも,送り出し,不安の中で待ち続けるしかなかった妻。・・・・どうして彼女のような大女優が,こんな地味な脇役をするのかな~と不思議に思っていたら,最後の「日本からの手紙にまつわるどんでん返し」で,そうか!と思い至った。

・・・・・彼女は脇役ではなく,実は主役だったのだ。

テーマは,エルヴェと日本女性の不倫愛ではなく,(もちろん養蚕でもなく)「夫婦愛」だったのか。
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身体はかろうじて自分を裏切ってはいないけれど,(あの遊女?との一夜は別として)夫の心は完全に見も知らぬ異国の女性にとらわれて,自分からは遠く離れていることを,エレーヌがどれほど感じ取り,哀しんでいたか。命を懸けてまで,最果ての国に出かけてゆく夫の心には,自分ではない女性が住んでいる。送り出す度に,「もしかしたらもう,帰ってこないのではないか」と,どんなにか不安だったことだろう。

・・・なぜ,問い質さなかったのか?なぜ,懇願しなかったのか?

エレーヌのとった忍従と愛の行動は,「こちらこそ日本女性っぽいのでは?」と思えるくらい奥ゆかしくて,切ない。
彼女の真実は,最後のどんでん返しまでは一切伏せられているので,観終わった後,再度エレーヌのそれまでの台詞や表情を確認したくなった。

・・・・深い・・・とにかく深い
物語だといえるだろう。長年連れ添ったご夫婦とかが鑑賞されても,心に響くものは大きいと思う。

坂本龍一
の静謐な音楽はさすがである・・・・。中谷美紀が娼館のマダムを演じているが,凜と背筋を伸ばした洋装が美しく,流暢な英語も天晴れであった。070925_silk_sub1 と,ここまでは,よい点を挙げたけれど・・・・。
この作品はおそらく評価や好みが分かれると思うし,あまり褒められない点も確かに感じたので,ここからは不満な点を挙げることにします。

① 
主演男優がイケてない
。(いや,演技力じゃなくて,お顔です。私はあんまり丸顔は苦手なんで・・・・,あくまで個人的好みですが。)
 はっきり言って,とちゅうが退屈!日本に行って,帰って,また行って,帰って,また行って・・・同じような展開を三度やられると,さすがに観てる方は飽きます。また行くのかよ~,はやく何でもいいから,ケリをつけなよ~,みたいな。劇的な展開がないのでなおさら。) 

鑑賞される方は,よく睡眠をとってから劇場に行かれることをオススメします。私は,この直前にスウィーニー・トッドを観たので,まだアドレナリンが上昇していたのか,睡魔には襲われませんでしたが,スウィーニー~に比べると,あまりにも刺激がないので気持ちの切り替えに時間を要しました。

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スウィーニー・トッド フリート街の悪魔の理髪師

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ジョニー・デップとティム・バートンの黄金コンビ
で贈る、伝説の殺人鬼の復讐物語。殺人鬼好き、リベンジもの好き、ヴィクトリア朝の英国好きの私にとってはこのうえなく期待の高まる作品で,封切り日に劇場にかけつけてわくわくして鑑賞。
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19世紀末のロンドン。ターピン判事(アラン・リックマン)に妻を横恋慕され、無実の罪を着せられて人生を奪われた男,ベンジャミン・バーガー(ジョニー・デップ)。彼は15年ぶりに街に戻って,スウィーニー・トッドと名をかえ、パイ屋のミセス・ラベット(ヘレナ・B・カーター)の家の2階に理髪店を開業する。その目に狂気を宿らせ,タービンに対し復讐を誓いながら。そして髭剃りに来た人たちを、次々に喉を掻っ捌いて殺害し、ラベット夫人は人肉パイを焼き・・・。
001   ・・・それなりに お似合いなんだけどね,このお二人さん。

この時代のロンドンの,階級の格差のひどさとか,ガス灯の光の届かない暗闇でなされている野放しの犯罪とか,救貧院や精神病院の惨状とかは,オリバー・ツイストやフロム・ヘルなどでも描かれていたなあ。巷は浮浪者であふれ,切り裂きジャックなどが暗躍し,猫肉パイが作られたほどだから,人を殺してパイの肉を調達する事件も実際にありそう,と思ってしまう。役人や判事がやりたい放題のことをやり、貧乏人はジンで憂さを晴らしながらやっと生きていた時代。物語のベースには、この時代の階級格差に対する風刺も込められているようだ。
008 それにしても、やはりジョニーは凄い。哀愁と狂気の漂う殺人鬼トッドになりきった彼は,アメイジングとしか言いようがなかった。あんな目のまわり真っ黒の寝不足メイクと、メッシュ入り雷ヘアでも,彼は十分美しいし,この時代の衣裳のよく似合うこと。(フロムヘルもそうだった)かみそりを高々と掲げて復讐を誓う彼の,ほとんど芸術的ともいえるシルエットにうっとり。若い頃とスタイルが変わってないんだもん。
034 そして、ヘレナ・ボナム・カーター。この人の演じるミセス・ラベットの強烈さも,ジョニーに負けていない。彼女の台詞や歌は,歌詞にどきっとさせられたり,その面白さに唸らされたり。
ゴキブリを叩き殺しながら「うちのパイは世界一まずい」と歌うシーンや,「復讐の楽しさは計画にあるのよ」(←ホントだわ)と言う台詞。パイにする獲物を窓から品定めするシーン。
一番笑ったのは、彼女がトッドとの未来を妄想する場面で,海岸で派手な水着姿のヘレナの傍らで,ジョニーが囚人服みたいなシマシマの水着を着て,あの雷ヘアと憂欝な顔で座っていたのに爆笑しそうになった。
029 そう、この作品,ミュージカル仕立てだから,劇中で俳優さんが歌うのだ。
私はミュージカルもオペラも好きだが、ミュージカル仕立ての映画はちょっと苦手で、なぜそこで歌う?唐突に」とか「いいところなのに、歌わずに普通にしゃべってよ」と思うことが多いけど,これはそんなに違和感がなかった。ジョニーを筆頭に,みんな歌唱力は素人の域をそんなに出てない(失礼)ので,歌ってる、というよりは節をつけてしゃべってる,みたいだったからかも知れない。歌に合わせて踊りまくるシーンもなかったし。
それでも,ジョニーは歌の中で感情を込めるのがうまいし,(呪いながら歌うなんて,彼にしかできまい)ヘレナの声はなかなか綺麗だった。・・・・さすがに,これから喉を掻っ切られるアラン・リックマンが,ジョニーと二重唱をおっぱじめたのには笑ったけど。(歌ってる場合か,おい!みたいな)
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さて,前評判高い,この作品の