カテゴリー「映画 あ行」の24件の記事

エンジェル

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フランソワ・オゾン監督が贈る,かわいらしくも愚かしい,一人の女性の物語。

あらすじ: 1900年代初頭のイギリスの下町で、母親とともにほそぼそと暮らすエンジェル(ロモーラ・ガライ)は、あふれんばかりの想像力と文才が認められ、16歳にして文壇デビューを果たす。幼いころからあこがれていた豪邸“パラダイス”を購入し、ぜいたくで華美な暮らしを始める。そんな中、彼女は画家のエスメ(ミヒャエル・ファスベンダー)と恋に落ちるが……。(シネマトゥデイ)

生まれ育った境遇に満足せず,
名声と成功,上流社会の生活に憧れたエンジェル。

少女の頃から,鼻もちならないくらい,傲慢で不躾で自信に溢れていた。
母や叔母への暴言,出版社への不遜な態度,成金趣味・・・・彼女のいやな点をあげればキリがない。作家としての才能は確かなものだったのか,それともこの時代の大衆が求めるものを,たまたま彼女が書くことができたのか・・・・?

Cap065

母親や夫の死に際し,悲しみに暮れるエンジェル。
その気持に偽りはないのだろうけれど,葬儀の際には,彼らの死の場面や生きざまを,ドラマチックに脚色して語り,注目を集めることも忘れない。そんなエンジェルをみていると,「自己顕示欲の塊だな~」と思ってしまう。

夫のエスメのことは,激しい情熱を傾けて愛していたが,出征するときの取り乱しようと「戦争が私たちを引き裂いたのだから,銃後の支えはまっぴらよ」という勝手な発想には,「自分のために愛してるんじゃ?」と思った。
Cap047
・・・・・そう,オゾン監督の描くこのエンジェルというヒロイン,かなり「イヤなオンナ」が入ってる。それと同時に,一途で可愛いオーラも十分備えていて,どこか憎めないところもあるのだけど。

そして,庶民出身の女性のサクセスストーリーかと思いきや,終盤になって
「えっ?もしかしてサクセスではなくて,その逆?」
という思いがグルグル・・・

夫の愛人に対決しに行き,彼女が誰かを知って打ちのめされるエンジェル。
どんなに輝かしい成功をおさめて富を手にしても,氏素性から来る天性の品格には太刀打ちできないもんだなぁ・・・。
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      ・・・・勝負は一目瞭然

死を迎える彼女の傍らには,献身的に彼女に尽くしたノラしかおらず・・・・
「あなただけが私を愛してくれた」とつぶやくエンジェルが痛々しい。
彼女の夢見た人生,手に入れた成功って,すべて虚構にすぎないのか?
その作品が世から忘れ去られるのも早く,死後には何も残らない・・・。

オゾン監督の紡ぐ豪華絢爛で,夢のように美しい映像美。
美しいヒロインとうっとりするほどの衣裳の数々。
しかし,根底には,モーパッサンの短編集から感じるような,
ちょっぴり意地悪で,シニカルな視線もあるような・・・・。

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女性をこういうふうに描くオゾン監督・・・・
以前に書いた,BBMの番外編の記事「ゲイネスって・・・」というのを思い出した。

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インディ・ジョーンズ/ クリスタル・スカルの王国

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文句なしに楽しい作品だった。good
ほぼ20年ぶりのインディ。うう…冒頭からなつかしくて涙が出そう・・・・。

ハリソン翁(失礼!)は姿勢はちょっとじじむさくなったけど,あの飄々としたたたずまいや時折見せるいたずらっぽい表情や向こう見ずなところは健在。

過激かつスピーディーなアクションシーンだって,手加減なし。
さすがに彼が敵に取り囲まれたり,ボコられたりするシーンは「ジイサンをいじめるな!」と思ってしまったけどさ。
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今回のお宝は,南米アマゾンの山奥に眠るクリスタル・スカル(水晶ドクロ?)
何でも人を洗脳するミラクルパワーがあるそうな。

それを狙うのはスターリンの秘蔵っ子の女軍人スパルコ。
この役を演じたケイト・ブランシェットが最高にクール。
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もともと凛とした姿勢や,腹の底から響く低音のハスキーボイスのせいで,男前な役が似合う彼女だが,黒髪でシャープなシルエットのボブで,軍服に身を包んだ彼女は,怖さも迫力も執念深さも,ただものではなかった。(蛇sweat01を連想したくなるようなキャラね。)

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そして今回インディと行動をともにするのは,母親と父がわりのオクスリー教授を誘拐された青年マック。(シャイア・ラブーフ)
実は彼の母親はインディの元婚約者で,マックはインディの●●だった…ということが判明するのだが…。
彼は、この時代(50年代)の流行なのか,オールバックに撫でつけた髪型の維持に気を使っている血の気の多い若者だが,ものに臆することのない不敵さとか,とっさのピンチの無茶な切り抜け方などは,やはり蛙の子は蛙と思わされる。
シャイア君,今回はキリっとしまって,なかなかカッコよかった・・・。

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ンディ・シリーズには欠かせない,
カーチェイスしながらの格闘とか,
虫さんの大群の襲撃とか,
ジェットコースター的な脱出劇(今回は滝下り)とか,
建物の派手な倒壊とかは,
今回も漏れなく楽しめた。

物語が佳境に入ると,インディ御一行は,まるで遊園地の絶叫アトラクションをノンストップでまわっているかのよう。

この,ありえないくらい激しく楽しいアクションの連続(手に汗握るのだけど,同時にどこかコミカルだから,観てて楽しいのが特徴)と,窮地に陥った時のインディの「ええい!ままよ!」という無茶な戦法が功を奏するところが,インディ・シリーズの醍醐味のような気がする。
「そうそう,インディのアクションってこんなに楽しかったんだ~!
と,過去のインディ作品を思い出しながら観た。

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そして、このシリーズは必ず、「魔法・魔術」とか「宗教的な奇跡」とかいう,人智を越えたパワーが最後に登場するのだが,スピルバーグだし,そろそろアレを出すかな〜と思ってたら,やっぱりアレが出てきた。(さすがに,アレにはちょっと引いてしまった。shock

そしてラストは,意外にも,めでたく末広(すえひろ)fujiで。
最後に,吹き込んできた帽子をマックが拾うシーンでは,「お,後継者確定かな?」と思ったが,すかさず拾い上げて被ったのは,やはり他ならぬインディ。
まだまだ現役だとその後ろ姿が語っているようで,心にくいラスト。

久々に元気なインディに会えただけでも心踊る一作だ。
スピルバーグとルーカスが,おそらく大はしゃぎしながら,目を輝かせて作った作品じゃないだろうか。

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俺たちフィギュアスケーター

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DVDcdで鑑賞。
いや~~,笑った,笑った。
こんなにも,腹を抱えて笑った映画って,ここ最近では珍しい。
自分の他には猫catしかいない夜更けnightの部屋に,響き渡る自分の笑い声というのも,なんだか虚しいもので,これは劇場で観て,他のお客さんと一緒に爆笑タイムを共有したかったなぁ。

ひとことでいえば,すごくまじめに作ったおバカ映画
おバカなのに,ヒューマンドラマのような感動もそこそこ味わえて,でも基本はやっぱりきっちりおバカで・・・という絶妙なバランスがたまらない。
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男性二人のペア・フィギュアという設定がすでに,面白すぎ。
そしてその二人が,かつては犬猿の仲のライバルで,正反対の性格で,始めは喧嘩ばかりしていたのだから,なおさらだ。

チャズを演じたウィル・フィレルは,主人公は僕だったではシリアスでナイーブな演技を披露していたが,このようなコメディタッチの作品では本領発揮で,いかにもアクが強く,フェロモンぷんぷんのむさくるし~役だった。(それでも眼力はセクシーheart02かも)

・・・しかし,あんな巨体pigでは,いくらなんでもフィギュアスケーターは無理だろ~sweat01っていう思いは,おしまいまでつきまとって消えなかったけどね。ジャンプはどすん!って感じだったけど,セクシーダンスはとっても素敵だった~。

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チャズが最初は目の仇にし,コンビを組んでからは兄弟のように慕うようになる相手,ジミーを演じたジョン・ヘダーって初見だけど,顔の上半分はすごく美しい。口元が惜しい・・・ような気がするけど,どんなもんでしょう?もっとも私は,彼のリスのような歯がそんなに嫌いじゃないけど。

でも,このジミーというキャラ,なんだかとっても「いい人」で癒されるのだ。
繊細で,生真面目で,うぶで,親切で・・・・純粋培養されたみたいなアクのなさ。
そう,まさにチャズとは正反対。
最初はそこが癇に障っていたチャズも,しまいには彼のそんな優しいところが大好きになる。

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この二人の結びつきも,チャズのキャラもよ~く考えてみれば,「馬鹿馬鹿しい」ものなのだが,二人のライバルで,大会まえに執拗に妨害工作をする,ウォルデンバーグ兄妹もまたそのキャラが「イカレてる」し,ついでに言えばチャズたちの優勝の決め手になった荒業もまた「イカレてる」よな~,十分。プロのスケーターが観たら「あんなの無理!」って言うだろな~ぜったい。

でも,そんなことすべて横に置いといて,「ウハウハ笑いながら,観たものの勝ち!」のような有無を言わせぬ面白さがある,この作品には。

彼ら二人の氷上での華麗,というよりは男子ペアならではの独創的な演技には目が釘付けになる。男子ペアの演技なんて今まで見たことがないので,とっても新鮮なのだ。しかし,あの技だけは,繰り返しやってると,いつか命を落とすんじゃないかと心配するし,最後に二人が空にぶっ飛んでいったのは意味不明だったけど・・・。

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とにかく,主役ふたりの,それぞれ甲乙つけがたい魅力が,この作品を,さらにすばらしいものにしていたような気がする。二人とも,スケートの特訓もさぞかし大変だったと思うし,その役者魂と演技の才能に,深い敬意を示したい。

それにしても,面白かったなぁ・・・・。なんだか寿命がのびた気がした。
たまにはこんな作品もいいよね~~。

 

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大いなる陰謀

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2001年の9・11事件からいつのまにか7年の歳月がたった。
われわれ日本人にとっては,いまひとつ実感のわきにくい面もあるかもしれない「アメリカの対テロ戦争」。

お恥ずかしいことに,自国の政治にも疎い私は,この件に関して詳しい知識はあまりない。この「大いなる陰謀」という作品,私にそっちの方面の知識が豊富だったら,もっともっと深い見方が出来たのだろう,と思うと少し残念である。(私の無知がね。)
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しかしそれでも,劇中に登場する用語にも時折「?」と首をかしげながらも,この作品の訴えたいことは,なんとなく伝わってきたように思う。

テーマは「対テロ戦争に疲弊したアメリカの現状」・・・らしい。
最初はおそらく「聖戦」のように,奮い立って始めただろうこの戦いに対して,アメリカ国民は,7年の間に,次第に無関心や不信感をつのらせてきているのだろうか?
この物語では,政治家,ジャーナリスト,大学教授,志願兵・・・と立場の違う登場人物が,この問題に対する,それぞれの異なった見解や思惑について,ワシントンDC、カリフォルニア,アフガニスタンと舞台を変えながら,スリリングな対話劇を繰り広げてゆく。
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大統領の椅子に対して野心まんまんの,アーヴィング上院議員を演じるトム・クルーズ。彼は,対テロ戦争の新作戦を,アフガニスタンで極秘に開始するにあたり,マスコミをうまく利用しようと,ベテラン・ジャーナリストのジャニーン・ロスに独占インタビューを申し出る。

ジャニーンを演じるメリル・ストリープ。彼女は上院議員の「作戦は必要不可欠で,絶対に失敗しない」という自信に満ちた言葉を聞かされるが,大儀の裏に,彼個人の野望の匂いをそこはかとなく嗅ぎ取る。しかし,ジャーナリストとしての正義を貫きたくても,話を持ち帰った社の上司の見解とは,激しく対立し・・・・。
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一方,その頃,カリフォルニア大学の歴史学教授マレーロバート・レッドフォード)は,成績優秀であるが怠惰な生徒トッドを呼び出し,兵士を志願したふたりの教え子の話を始めていた。・・・・そしてその教え子の二人は,アフガニスタンで,今まさにアーヴィング議員の作戦遂行のため,最前線に送られていた。

平和ボケした日本では,いまいちピンとこないのだけど,ある国が,ひとつの戦いを仕掛けるときに,関係者のすべてが,同じ動機,同じ志,同じ目的を抱くことはもちろん不可能だと思う。みんな自分の利害関係とか,思想とかを考えるから。
しかし,よくわからないけど,この物語に描かれた「作戦」とやらは,それにしてもひどいのではないか,と感じた。そのバラバラぶりが。動機の不純っぽさが。
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最前線で今まさに犬死の危機にさらされている二人の若者の,純粋な愛国心に比べて,作戦の首謀者であるアーヴィング議員の本当の目的の胡散臭さが,なんとも許せない気持ちになってくる。(トム・クルーズ,悪役やんけ,イメチェンかな)
なんとなく感づいてはいても,最後はやはり諦めムードを漂わせるジャニーンや,裕福で,苦労を知らないリッチな階級の学生の無関心さも,この国の抱える問題の奥の深さを浮き彫りにして見せている。

原題はLions for Lambs」―羊たちに率いられたライオンたち―というこの作品。羊たちとは,志願することで愛国心を示したかった二人の学生たちを指しているのだろうか。彼等の純粋な愛国心を捨て石のように扱って,アメリカはいったい,今後どのような方向へ進んでゆくのだろう。
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戦闘シーン以外は,主要人物の対話が中心となっているこの作品。
さすがに実力派の名優ばかりなので,丁々発止とした彼らの対話のやりとりは,表情ひとつとっても見ごたえがあって,飽きることはなかった。

ラストはずっしりと重い,胃もたれのような余韻・・・・。政治に疎い他国の私でもこうなのだから,アメリカの国民は,この作品をどのように受け止めたのだろうか・・・。
レッドフォード監督は,自国が抱える最重要な問題を,包み隠すことなく,真摯に世界に向けて発信したのかもしれない。
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「何かしなくては・・・でも,何を?」とあたかも,答えの出ない難問を投げかけられたような,居心地の悪さも感じるのだけど,何も知らないよりは,観てよかった,と思えた。

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イノセント・ラブ

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原題は「この世の果ての家」。そのまま訳せばいいのに,どうしてこんな,内容と合ってない陳腐な邦題をつけたのだろう・・・・。
性別を超えた愛とは,家族とは,死とは・・・・
いろいろ考えさせられる深い深い作品。
原作はもっと深いそうだが,未読なので映画から受けた印象しか語れない。

ジョナサンとボビー。
彼ら二人の間の絆や,はぐくまれた愛情とは,
いったいどんなもので,どのような旅路を経て,どんな終着点を迎えたのか・・・。

冒頭からラストまで,私はずっとそのことばかり考えながら,切なく物語を追っていった。

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ジョナサンはゲイで,少年時代からずっとボビーを愛していたと思う。
ひとつの家で,兄弟のようにいっしょに過ごした少年時代から,死ぬまでずっと。
そしてボビーは・・・・・。
ボビーの愛は,果たしてジョナサンと同じものだったのだろうか。
確かに少年時代に,ためらいがちに肉体的な接触を求めてきたジョナサンを,ボビーは拒むことなく受け入れる。

しかし,数年間の別離を経て,成長した二人が,ニューヨークで再び同居を始めたとき,昔の関係を「覚えてるかい?」と遠慮がちに尋ねたジョナサンに,ボビーは「あの時は,子供だったからね」と,さりげなくはぐらかす。それを聞いたジョナサンは,ボビーにそれ以上肉体的な関係は求めず,ゆきずりの相手とアバンチュールを繰り返し,ボビーがクレアと恋仲になってからは,二人を残してアリゾナへと去る。Cap016
二人の男性を愛したクレア
。奇抜なファッションやメイクで装いながらも,無尽蔵の包容力を持った,懐の深い女性。
彼女がまず愛したのはジョナサンで,その愛が報われないことを知って,ボビーを愛するようになる。子供が生まれてからは,ボビーとジョナサンと3人で,子供のために新しい家庭を築こうとするが,結局,彼らの間の絆には入り込めないことを悟った彼女は,子供を連れて去ってゆく。

傷つきやすい子犬のような瞳の,ピュアで優しいボビー。
ボビーという人間を理解するためには,きっと彼の生い立ちを考慮する必要があるのだろう。たてつづけに愛する肉親を失った孤児のボビー。彼が内面に抱える孤独感は,いかほどのものだったのか。
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彼の人生は,ずっと自分の「居場所」探しの旅だったろう。
クレアが彼のことを,「どこへ行っても,何をしても生きていける器用なひと」と評したけれど,どんな形の器に入れられても,自在に形を変えて満たすことのできる水のように,寄る辺のない境遇のボビーもまた,どんな相手にでも寄り添って生きてゆける順応性を,身につけざるを得なかったのだと思う。

だから彼はあんなにも優しく,あんなにも控えめで優柔不断だったのではないか。
ひとりぼっちになりたくないから,相手との関係を崩したくないから・・・・。

ボビーはゲイではないように描かれているが,ジョナサンへの愛は,私には,単なる友情や兄弟愛を超えているように思えた。彼は成人になってから同性愛行為の経験はないので,肉体的にはノンケのようだけど,精神的にはゲイに近いものも持っているのでは?とも思う。
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ジョナサンを抱きしめて踊るボビー。「兄弟のキスだよ」といってジョナサンにくちづけするボビー。あれは,単なる優しさゆえだとは思えない。彼もまた,葛藤していたのだろうか

ボビーと,ジョナサンと,クレア。
世界の果てに,彼らだけの理想の家庭を作ろうとしたこの三人は,いっしょにいて,互いに慈しみあいながらも,それぞれが,やるせない片思いを抱えているように感じられて仕方がなかった。

ジョナサンのボビーへの愛。思いとは裏腹に,踏み出せないままの切ない関係。
そして,クレアのジョナサンへの報われない思い。
・・・・二人の間で揺れるボビー

どんなときも相手に合わせているようにも見えた彼は,ジョナサンとクレアの,どちらも愛していたのだろうか。「私と一緒に来る?」というクレアの誘いを断ってジョナサンとの人生を選んだボビーは,やはりジョナサンを一番愛していたのだと思う。

二人の間の愛は,きっとひとくちには言えない,複雑でいろんな要素の絡み合ったものかもしれない。ジョナサンがクレアに「あなたの本命はボビーでしょ?」と問われたときに,ジョナサンが「・・・そんなに単純じゃない」と口ごもったように。
Cap033 
紆余曲折を経た二人の愛は,「この世の果ての家」に静かな終着点を見出したのだろうか。暮れなずむ雪景色の中,二人の家の窓のあたたかな光が,いつまでも優しく切ない余韻を残す。

たとえ,どんな愛し方でもいい。常人には理解できなくても,そこに存在するのが愛であり,100組の恋人たちがいれば,100通りの物語があるのが愛である・・・・。そして,あらかじめ愛し合うように運命づけられた二人,というものもまた存在するものだと思うから・・・・。人間の作ったルールに当てはめることができないのが愛というものではないだろうか。
この美しく騒々しい世界には,そう,どんなことも起こりえるのだ・・・・

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アレックス・ライダー

Cap040
史上最強のティーンエイジャー・エージェントアレックス・ライダーの痛快スパイ・アクション!DVDcdで,彼のルックスに惹かれて鑑賞lovely
イギリス発,まるでモデルのように美しい14歳の金髪碧眼のイケメン・スパイの登場だ。私のお気に入りのギャスパー・ウリエル風のお顔である。

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アレックス(アレックス・ペティファー)は,ある日,謎の死を遂げた叔父のイアンが英国諜報機関の諜報員だったことを知る。彼自身も幼い頃から,語学や格闘技などスパイに必要な技術を教え込まれていたアレックスは,その能力を買われ,史上最年少のMI6諜報員になる・・・・。

アレックスの叔父役のユアン・マクレガー。「ミス・ポター」の時同様,結構アッサリと死んでしまう役。特にこの作品では,登場とほぼ同時に死んじゃう役だ・・・sad

Cap054
叔父の跡継ぎをするような感じでスパイの仲間入りをしたアレックス。
少年スパイが主役だから,カーチェイスも車ではなく,自転車やバイクを使い,いかにも子供が喜びそうな,おもちゃのようなスパイ・グッズも盛りだくさん。

そして彼を取り巻く上司や敵などは,コメディタッチで描かれていて,とっても軽いノリで楽しめるように作られている。
Cap025 おとぼけビル・ナイやら・・・・

Cap030 キモいミッキー・ロークやら・・・

Cap034 ミルキーの「ペコちゃん」そっくり・・・

そして,アレックス君は,もちろん美しいだけでなく,アクションも凄い。
走ったり跳んだり宙返りをしたりと,鮮やかな離れ業を見せてくれるのだが,どんな激しいアクションの場面でも,やはり貴公子のように美しいんだな,彼の顔が・・・・。スパイの顔としては不自然に感じるくらい。
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まだ14歳だから,もちろんお相手にセクシーなボンドガールなぞ出てこず,健全なもんである子供むけのミニ007,といったらいいか,アレックスはどんな危機もわりとアッサリとクリアして,満身創痍なんかにならないし,第一,敵がそんなに怖くない。(今回のミッキー・ロークは,怖いどころか笑えるキャラだった)
とにかく肩の力を抜いて楽しめた。爽快!の一語に尽きる。
ラストの雰囲気からは,続編もありそうな感じだけど,どうかな。

う~ん,観なくても別に困らない作品だけど,観ても損はない,無難な面白さがあったかな・・・。めちゃ若くて美しい少年スパイが見たい方(←それは私です)には,是非オススメ。
Cap056
・・・・きれ~いheart04

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明日、君がいない

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先日鑑賞したエレファントは,強烈に心に残ったが,この明日,君がいない」,エレファントに似た作品である(というか,エレファントの影響を受けている作品らしい)と聞いて,DVDをレンタルしてみた。どんな映画かと言うと・・・・。

2006年カンヌ国際映画祭をはじめ各地で絶賛された、オーストラリアの新鋭ムラーリ・K・タルリの初監督作。軸となる登場人物6人それぞれの視点からのエピソードとインタビュー映像を巧みに交差させ、痛々しいほどあやうい10代の心の闇を描く。タルリ監督は友人の自殺や自身の自殺未遂経験を基に、映画製作の知識もないまま19歳で脚本を書き上げ、2年の歳月をかけて完成させた。それぞれに深い悩みや問題を抱えた高校生たちの姿が痛々しい。   (シネマトゥデイ)Cap057
冒頭に,トイレで誰かが自殺したことをほのめかす映像が映し出される。
それが午後2時37分。そして場面はその日の朝に巻き戻され,普段通りのハイスクールの一日が始まる。高校生のマーカス,メル,ルーク,ショーン,サラ,スティーヴンのエピソードが,かわるがわる映し出されるのだが,途中に彼らのモノクロのインタビュー映像が何度も挿入されていて,それぞれの置かれている状態や心境が,少しずつこちらにわかってくるような仕掛けになっている。物語が展開するにつれて,一見普通にみえる彼らが,実はそれぞれ深刻な悩みを抱えていることが見えてくる。

彼らの中の,ある青年は,完璧を求める父親に応えるためにストレスを溜めている。
またある少女は,近親相姦により,妊娠してしまう。
ゲイであることをカミングアウトして親や友達から疎まれている青年もいるし,
ゲイであることを,必死で隠している青年もいる。
障害のために,みんなから苛められている少年もいる。
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観ていて辛かったのは,彼らが,揃いも揃って,
自分の悩みを他人には絶対打ち明けられなかったことと,
悩みを持っているもの同士で傷つけあう
場合もあった,ということ。
・・・・誰も他人の心の痛みなんか全く見えていない
・・・・というか,自分のことでせいいっぱいなのだ。
一瞬一瞬を必死に生きているようなものさえいるのだから。
観ていて,痛々しいし,目を背けたくなるほど醜悪にも見えるし,
また限りなく哀れにも思う。

自分の悩みでいっぱいいっぱいの,ティーンエイジャーという時代。
誰にも相談もできず,弱みは決して見せたがらない,この年代特有の,繊細さと幼さ。

ほんとに,この中の誰が自殺してもおかしくないことが,物語の進行とともにわかってきて,「一体誰が・・・」と,見てる方はだんだん息を詰めて画面を見守ることになる。ここらへんはサスペンスを見てるような緊張感が漂う。そして運命の2時37分に自ら手首を切ったのは意外にも・・・・・。
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「エレファント」と比べるものでもないとは思うが,舞台がキャンパス内の一日に限定されているということ,それぞれの登場人物のシーンの時間軸をずらす手法,空の映像やクラシック音楽の使い方,テーマのひとつがおそらくこの年代特有の「孤独」である,という点がよく似ていた。ガス・ヴァン・サント氏の真似をしたとは言わないけど,多大な影響を受けた見せ方のように思える。

しかし,この監督ならではの個性や才能も光っていて,決して二番煎じにはなっていない。「エレファント」は,登場した高校生はほとんどアドリブで台詞を言い,ストーリー性を排除していたけど,この作品はストーリーがしっかりと絡み合っていて目が離せない。また,「エレファント」は監督のメッセージをあえて語らなかったところに特徴があるけど,「明日~」は,監督のメッセージもしっかり伝わってくる。さすがに映像や色彩の美しさ,神々しいまでの透明感や独特のカメラワークの持つ魅力は,巨匠のサント監督にははるかに及ばない気がするけど。
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・・・・・しかしながら,19歳でこれを撮ったとは,すごいものだ。
この映画がもたらす余韻も半端ではない。
「エレファント」のような静かな余韻が長く尾をひくのと一味ちがって,
頭を殴られたような強烈な余韻だけど。

ある日突然,知り合いが自ら命を絶った,という出来事を,
私は二度経験している。
ひとりは職場の同僚で,もうひとりは同窓生だった。
どちらの場合も,前日まで彼らの抱えていた悩みに,
周囲の人は全く気がつかなかった。
同窓生の方は,1年経った今でも,原因がはっきりとわからない。

ああ,あの人は,きっとあの時,ほんとうに辛かったんだろうな。
そしてそれを周囲に気づかれないように,必死で隠していたんだろうな。

・・・・・そんなことを鑑賞後に思って,切なくなった。

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エレファント

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1999年に,全米を震撼させたコロンバイン高校の銃乱射事件をモチーフにした,ガス・ヴァン・サント監督の衝撃の問題作。2003年のカンヌ国際映画祭で,史上初のパルム・ドールと監督賞のW受賞という快挙を果たした作品でもある。

 コロンバイン高校銃乱射事件は,コロラド州のコロンバイン高校で,1999年4月20日(火)に発生した事件である。トレンチコート・マフィアと自称する同校の生徒、エリック・ハリス(Eric Harris)とディラン・クレボルド(Dylan Klebold)が銃を乱射,12名の生徒および1名の教師を射殺し,両名は自殺した。重軽傷者は24名。
                                          
出典: フリー百科事典ウィキペディア(Wikipedia)

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実際の事件で,犯人の少年たちを惨劇に駆り立てたものは,同校で日常的に行われていたいじめが原因だったらしい。しかし,この映画は,そのあたりをわざと明確には描いていなかった。

そもそも・・・・こんな重くて残酷なテーマを扱いながら,この作品はなんともいえないほどの,美しさと静謐さに満ちていたのだ・・・・。
オープニングは,一種独特の透きとおった色合いを持つ青空のシーン。
絶えず流れる雲と,遠くから屈託なく響く若者たちの声。
美しく色づいて散りかかる街路樹,明るい光が降り注ぐ広々としたキャンパス・・・
いつもと何ら変わることのない朝の始まり。
クリアで透明感溢れる映像の雰囲気は何というか・・・とても上品で美しい。
Cap013
出演したのはみんな現役の高校生
。取り立てて誰か一人を主役に据えたりはせず,ただ淡々と彼らのありのままの日常を,ひたすら静かに追いかけるようなシーンが続く。
恋やダイエットや親の愚痴に興じる女子学生たち。
写真が趣味の,物静かなイーライ。
地味で寡黙で,ボランティアに励むミシェル。

泥酔した父親の世話をして学校に遅刻してきたジョン。
女の子に人気のあるアメフト部のネイサンとその彼女。
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カメラは構内を移動する彼らの背後から,後姿を影のように追いかけたり,彼らの視線の先を映し出したりするので,観ている方も,一緒にその場にいるような錯覚が起こる。


みんな演技は素人で,台詞もほとんどアドリブだったらしい。だから,惨劇が起こるまでのストーリーはあってないようなもので,彼らは,いつも自分たちが高校で交わしているような会話をし,行動を取っていただけ。そこには,演技とは思えないような自然なリアルさが漂う。
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ドキュメンタリータッチとも言えるのだけど,ドキュメンタリーのような無味乾燥な雰囲気がなく,なんと表現したらいいのか・・・・ただ淡々と,高校生たちの行動を見せられているだけなのに,その映像からは,まるで詩を読んでいるような,もしくは静かな音楽を聴かされているような,「洗練された美しさ」を感じる。だから,ストーリー性が希薄な前半も不思議と見飽きなかった。

後半になって,犯人役とおぼしき二人の少年が,クローズアップされてくるのだが,いじめを受けていたシーンも,必要最小限にほのめかす程度に抑えられているので ,彼らの抱えていた心の闇の部分は,はっきりとは見えてこないのだ。
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彼らが通販で銃を購入し,万全の準備を整え,犯行手順も綿密に打ち合わせる光景もまた,キャンパスの描写と同じように,あくまでも淡々と描かれている。銃撃のシーンでさえ,不必要な擬音は一切使われず,冴えた銃声のみが響き渡る。普通なら修羅場になるそんな場面でさえ,なぜか「整然」とか「静謐」とかいったイメージが脳裏に浮かぶのだ。

何の誇張もなく,起こった事実だけを映し出した後,突き放すように物語は唐突に終わる。そこには否定も肯定もなく,嘆きも糾弾も,もちろんいかなる問題提起もない。・・・しかしそれだからこそ,鑑賞後にはひたひたと,静かな哀しみのようなものが満ちてくる。
Cap034
ガラスのように繊細で脆い17歳の感性や,銃が難なく手に入る環境が,彼らを惨劇に駆り立てたのだろうか。何の答えもあえて差し出していないこの作品は,かえって深い余韻を残す。ガス・ヴァン・サント監督の美的感性って・・・・天才かもしれない(何をいまさら)
非常に個性的な作品ではあるけれど,間違いなく傑作だと思うし,楽しい気分にはなれないけれど,一度は観てみる価値のある作品かも。

追; 出演した高校生の中で,ジョン役のジョン・ロビンソン君は,ロード・オブ・ドッグタウンのスケボー少年ステイシー役でも出演してます。ジョンは,この映画の中では,繊細で心優しい少年として描かれていて,だからこそ,犯人たちから「中へ入るな,地獄を見るぞ」と警告されて命拾いします。彼はきっといじめには加わらなかった一人なのかな,とふと考えてしまいました。

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インベージョン

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cdDVDで鑑賞。
一言で言えば,エイリアンのウィルスに寄生されて,人格を乗っ取られる恐怖を描いたSFホラー・サスペンス。これは結構使い古されたネタのお話だった
・・・・・しかしこの映画の一番の見所は,ニコール・キッドマンの,ぞくぞくするほどの美しさかもしれない。荒唐無稽なストーリーを,2時間飽きることなく固唾を呑んで見れたのは,彼女の表情や一挙一動に見とれているうちに,時間が過ぎたってこともあるなぁ。
Cap024
ニコールが演じるのは,シングルマザーで,精神科医であるキャロル。彼女は元夫のタッカーから,息子オリバーへの面会要求を受ける。気は進まないものの応じるキャロル。しかし,彼女はタッカーが以前の彼と別人になっているような,得体の知れない恐怖を覚える・・・。それと同時に,彼女の患者からも「夫が別人になったような気がする」という相談を受ける・・・。
Cap038
宇宙から飛来した意志を持つウイルス。それに感染すると,睡眠中に人格を乗っ取られ,何の感情も持たない人間になってしまう・・・というのだ。タッカーから感染させられたキャロルは,息子オリバーを彼の元から救い出し,感染者の支配からオリバーを守って逃げ惑うのだが,その間決して眠らないよう,睡魔と闘い続ける。


追い詰められてイラつく美女
の役が結構多いニコール。そしてそんな役のときにもっとも美しく輝くニコール。「アザーズ」もそうだったが・・・・。今回はそれに,「闘う母」の顔も加わっている。しかし,ヒステリーを起こしていても,睡眠不足で目の下に隈を作っていても,鬼のような形相でも,この方はどんなときも,まことに人間離れして美しい。
Cap029 そして,キャロルを愛する医師ベンの役で,なぜか実年齢より,この映画では若干老けてみえるダニエル・クレイグ。この映画のベン役よか,「ライラの冒険」のアスリエル卿のほうが数段カッコいいのだが・・・・。ま,それはともかくとして,彼は元夫や感染者の集団から逃げるキャロル母子を頼もしくサポートするのだけど,終盤になって・・・・。
Cap069_2
変な役だなぁ,ダニエル~ とも思ったけど,考えてみれば,ボンド役以降はヒーローカラーが身についたものの,ダニエルはもともと,悪役や癖の強い役でもスクリーンに登場していたお方。彼の悪玉にも善玉にも取れる雰囲気が,ベンを演じるうえではぴったりだったように思う。

この物語,結構つっこみどころもあって,宇宙から来たウイルスによる感染という,普通は信じられないような奇天烈なハナシを,ベンをはじめとする医師たちが何の違和感もなく受け入れて,すらすらと机上で方程式を解くように,あっさりとワクチンなぞ作ろうとするところなんかいかにも不自然なのだが,それでも「眠ると感染」という緊張がもたらすハラハラ感は新鮮で,何よりニコールの美しさと演技に圧倒されて,些細なつっこみどころは吹っ飛んでしまう。
Cap076 感染すると,一切の感情がなくなるから,感染してないことを見破られないために,人ごみでは「必死の無表情」を演じるニコールの表情が凄かった。そして,しつこいようだが,そんな表情でもとんでもなく美しいのだ。彼女は。たしか40歳になったと聞いているけど・・・・(ウッソー! coldsweats02

私にとっては,人に取り付いて別人にしてしまうウイルスの存在よりも,ニコールの20代にも見える若さと美しさのほうが,よほどSFホラーみたく思えましたよ・・・・。私もブログにばかりかまけてないで,ちったぁお肌の手入れも真剣にやろうと思いましたわ。(ブログ始めてから,睡眠不足で老け込んだ気が・・・・shock)
Cap045

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エディット・ピアフ ~愛の讃歌~

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あまりにも有名な,シャンソンの名曲「バラ色の人生」と「愛の讃歌」はもちろん知っていたけど,ピアフの歌声を聴いたのは,実は初めてだった。

・・・・衝撃だった。
彼女の声の,まるで魂をふりしぼるような,力強さと,豊かさ。
・・・・ややハスキーな声で,オペラ歌手のような美しい声ではないが,一度聴いたら決して忘れることができないほど,心の奥までずしんと響く声。そして歌うというよりは、全身全霊をこめて切々と訴える,というような感じの歌い方。
彼女のステージを体験したならきっと誰でも,その圧倒的な声に聞き惚れ,歌う姿や表情に見惚れ,歌詞にこめられた愛や人生への熱い思いに,深く心を揺さぶられるに違いない。

そして,この映画で語られた彼女の人生は,まさに幼少の時から,壮絶としか言いようのない,波乱に満ちたものだった。
Cap100
1915年にパリの下町に生まれたエディット。父は大道芸人,母はカフェの歌手。彼女は幼くして父方の祖母の営む売春宿に預けられる。失明の危機からの奇跡的な快復。父に連れられて体験したサーカスの一座での生活。彼女はまさに,社会の底辺の汚泥の中で生まれ育った,傷だらけの名もない花だったのだ。

幼少の時の暮らしで体験した娼婦との触れ合いや,根無し草のような生活は,後の彼女の奔放で情熱的で,刹那的な生き方に影響を与えたのかもしれない。ストリートシンガーとしてスタートした彼女がナイトクラブのオーナールイ・ルプレに見いだされ,その才能を認められて歌手デビューしてからも,幼い頃から彼女の一部になってしまったかのような悲劇は,終わることがなかった。
Cap105 繰り返される,愛するひととの突然の別れ。
祖母の娼館で自分を可愛がってくれたティティーヌとの別離。
若くして産んだ娘の死。
自分を見いだしてくれたルプレの死や,最愛の恋人マルセルの事故死・・・。

特にマルセルの死を知った場面の彼女の嘆きようは,すさまじいものを感じた。
そのほかにも,殺人の容疑者にされたり、交通事故にあったり,モルヒネ中毒に苦しんだり,リウマチで歩くのさえ困難なほど身体がぼろぼろになったり・・・,まるで磁石のように,悲劇を引き寄せるピアフ。
Cap115 しかし,冒頭にあげた彼女の歌の魅力は,、彼女がこのような悲劇的な人生を体験したからこそ,生まれたものなのだろう。彼女の歌うバラードからは,人生の苦みや痛みを味わったものにしか出せない哀切な深みが感じられる。

音楽にしても,文学にしても,絵画にしても,およそ芸術というものは,表現者の人生を反映するもの。喪い,傷つき,それでも愛しつづけた彼女の歌う歌は,大地のような力強さと,魂をえぐるような痛々しさに満ちて,今も人々の心を魅了する。その奇跡のような歌声を聴いて,彼女の死後40年たっても彼女の歌が愛されているわけがよくわかった。

死の床で,走馬灯のように人生を振り返るシーン「後悔してないわ」という歌が背後に流れる。悲しみも,苦しみも,喜びもすべて受け入れた人生を謳いあげた歌詞に,目頭が熱くなる。歌うために生き,愛するために生きた,彼女の傷だらけの人生は,しかし何と美しいことか。

ピアフを演じたマリオン・コティヤールが素晴らしい。
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本当はセクシーな美人なのに,
本物のピアフに似せて背中をまるめ,チョコチョコ歩き,口をへの字に結んでびっくりまなこ。その顔は,ちょっと犬の狆(ちん)に似てる。

そして迫力のある,ハスキーボイス。歌う台詞はもちろん吹き替えだが,息継ぎのタイミングまでパーフェクト。骨格から,身のこなしから,彼女のすべてが,まるで造形しなおしたかのように,,ピアフその人になりきっていた。それは,神業と言ってもよいくらいの偉業だったと思う。
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劇中のそこここに,散りばめられたピアフの名曲と,マリオンの演技を堪能するだけでも,この映画は十分に観る価値のある,素晴らしい作品だった。

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エリザベス:ゴールデン・エイジ

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エリザベス』のシェカール・カプール監督が、今回は女王の“黄金時代”を描いた歴史大作。主演はもちろん前作に続いて、エリザベス一世を演じるために生まれてきたかのようなケイト・ブランシェット。その他にジェフリー・ラッシュやアビー・コーニッシュ、クライヴ・オーウェン、サマンサ・モートン、リス・エヴァンス・・・英と豪の俳優でがっちりと固めている。
この物語の核は二つ。
一つは当時の世界を支配していたスペインと,エリザベスとの闘いであり,もうひとつは,女王と冒険家ウォルター・ローリー卿との淡い恋である。
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「聖戦」と称して,宗教の名の下に殺しあう,と言う狂った世界観は,特にこの時代(=16世紀)ならではのもの。なぜなら,これは,宗教革命が起こり,それまで権威を誇ってきたカトリックにとっては赦しがたい存在のプロテスタントが誕生し,全ヨーロッパにその勢力を伸ばしていった時代であり,また,宗教が政治を動かしていた時代でもあったから。
宗教というのはあくまでも,強制するものではなく,自分と神との個人的な問題であるから,自分自身で選び取るもの。他人に自己の信じるものを強制して,命まで奪うのは言語道断である。もっともキリスト教がそんな性質を持った宗教というのではなく,ローマ法王が絶対的な権力を持っていた時代に,ヴァチカンの権威をおそれないプロテスタントや英国の国教会の存在は,カトリックにとっては,いかにも困りものだったのだろうと思う。
私はプロテスタントだけど,長年親しくしているカトリックの友人もいるし,「昔なら殺しあった仲だよね」と,彼女と笑い合える時代と国に自分が生きていることを,つくづく感謝する。特にこの作品や,「王妃マルゴ」なんかを観ると余計に。
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エリザベスはプロテスタント。彼女の母アン・ブーリンと結婚したいがために,前妻のキャサリンを離婚する目的でプロテスタントに改宗(というか,ローマ法王と縁を切った)父王ヘンリー8世。そのせいあって,ヴァチカンおよびカトリックはヘンリー8世とアン・ブーリンの結婚を認めず,一人娘のエリザベスのことも「妾腹」「異端者」とさげすみ,英国の正式な王位継承者として認めようとせず,彼女の従姉妹のスコットランド女王メアリー(サマンサ・モートン)を擁護してエリザベスを暗殺しようとする。

一方,その当時全ヨーロッパでもっとも勢力を誇っていたスペインは,世界をカトリックで制覇しようという野望のもと,英国を侵略しようとする。エリザベスが謀反罪でメアリを処刑したことを理由に,スペインは無敵艦隊を英国に差し向ける。歴史に名高い,アルマダの海戦である。強風の助けを借り,焼き討ち船を使った戦法で英国はこの無敵艦隊に大勝利を収め,英国にはエリザベスの統治のもと,ゴールデン・エイジが訪れる・・・。

スペインとの戦いに関しての,エリザベスの毅然とした姿勢には,まことに惚れ惚れする。異端とみなしたものに対して容赦のないスペイン側に比べると,エリザベスは宗派に関してはもともと穏やかな政策で,降りかかった火の粉は払うが,不要な弾圧をカトリックに対して行ってはいなかった。

しかし,ひとたびスペイン大使から宣戦布告されると,火花を散らす勢いで啖呵を切り,一歩も引かない。女性とは思えないような,並々ならぬ判断力と胆力。彼女の中の,「男性」としての一面が,潔いほど発揮される。

彼女の従姉妹で処刑されるメアリー。サマンサ・モートンはさすがの名演技で,処刑シーンの彼女の静謐な表情などは深く心に残ったが,もっとエリザベスとの確執,というか,お互いにどう思っていたのか,書き込んでほしい気もした。
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二つ目の核となる,ローリー卿との恋(ほとんど女王の片思いなのだが)では,女傑エリザベスの「女性」としての一面が描かれる。過去の苦い体験,また国家に身を捧げる決意のために,生涯恋心を封印して生きる決心をしていたエリザベス。彼女の心を揺らしたのは,新大陸に冒険を挑んできた探険家のローリー卿(クライヴ・オーウェン) アメリカのヴァージニアは,彼が発見して女王の名にちなんで名づけたのだとは知らなかった。
180pxnicholas_hilliard_007  ←実際はこんな御仁。

エリザベスが彼に惹かれたのは,彼の野生的なところと,生き生きと輝く瞳に象徴される,自由な魂だったのかも。実際に演じるクライヴは,そんな魅力に溢れていた。が,しかし・・・
・・・・・
わたし,こいつキライだ。
いや何,二股かけたとは言わないけど,女王にも思わせぶりな親しい態度をとっておきながら,よりによって女王の秘蔵っ子の女官に手をつけなくても・・・・。あ,エリザベスがけしかけたんだっけ?それにしてもこっそり結婚までしなくても,・・・。
ベスの妊娠と結婚を知って,嫉妬のあまり取り乱して彼女を責める女王は,それまで鎧のように彼女を覆っていた威厳もプライドもかなぐり捨てて,傷ついた生身のオンナそのものをむき出しているようで,とても痛々しかった。そんな女王の錯乱ぶりを冷ややかに責めるローリー卿・・・・。ムカツク。いやぁ,投獄されて当然っしょ。

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彼女の闘いは,なんと壮絶で,終わりがないのだろう。
国外には英国を狙うスペインやカトリックの勢力。
国内にもまた,失脚を狙う陰謀の数々。
そして,彼女自身の中でも,人並みの愛を求める弱さがあり
表には出せない,恐怖との闘いがあり・・・・。

心から信頼できる友人や,愛してくれる家族は,ほとんどいなかったのではないか。

この物語は,そうした
エリザベスの孤独な闘いを浮き彫りにし,ケイトは彼女を,あたかもエリザベスが乗り移ったかのような見事に演じきったと思う。
ラストの彼女の笑み・・・・。ベスとローリーを赦し,生まれた赤子に祝福を与えるエリザベス。前作「エリザベス」のラストで顔を白塗りにした彼女からは,まるで殉教者のような悲壮さも伝わってきたのだけど,今作のラストの彼女からは,神々しいまでの慈愛が感じられた。
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残念ながら,前作をしのぐほどの面白さはないけど(ストーリーは仕方ないかも)それでも十分見ごたえのある作品だし,ケイトの存在感や,衣装の豪華さは前作を上回っていた。
彼女の衣装の色彩の美しさはため息もの。ライトブルーや濃い紫,真紅,群青色,黄金色・・・どの色もケイトにはよく似合っていた。
海戦シーンはもっと観たかったが,海に映える炎の色が息を呑むほど美しかった。

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アメリカン・ギャングスター

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60年代末から70年代初頭にかけて,ニューヨーク・ハーレムに君臨した アフロ・アメリカンの麻薬王フランク・ルーカス(デンゼル・ワシントン)の生きざまと、彼を追う刑事リッチー・ロバーツ(ラッセル・クロウ)の執念の捜査を描いた,実話に基づく物語。監督はリドリー・スコット。

鉄の意志を持つ男の役がはまるデンゼル・ワシントン。彼の悪役は初めて観るけど,冒頭いきなり裏切り者を顔色ひとつ変えずに処刑するデンゼルの表情の,まあ鳥肌がたつほど恐いこと!( ̄□ ̄;)!! 

彼は運転手として長年仕えてきたボスの死後,直接東南アジアの現地まで麻薬を買い付けに行く方法で,高純度のヘロインを安価に売り捌き,麻薬界では往年のイタリアマフィアたちをしのいで一躍頂点に立つ。

一族の長として家族を愛し,いかにもギャングじみたスタイルを嫌って洗練された高級スーツに身を包んだ彼は,一見すると,成功したビジネスマンにしか見えない。思慮深く,スマートな物腰と,その中に秘められた鋼のような熱い意思。・・・・確かに悪党には違いないんだけど,正直かっこいいです,このフランク。
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一方,刑事役のラッセルだけど,もっと颯爽としたタフガイかと思っていたら,とんでもない。当時は汚職の蔓延していた警察署内。彼は賄賂を断固拒絶する刑事として,同僚から煙たがれ,のけもの扱い。おまけに仕事上は清廉潔白の信条を曲げない彼だが,私生活は品行方正とは言えず,女癖が悪くて妻には逃げられ,息子の親権をめぐる裁判の最中だ。

つまり彼は冴えないやさぐれデカで、服装もアロハシャツだったり,趣味の悪いジャケットだったり,おまけにちょっと太っていて,どことなくむさ苦しいフェロモンが漂う男だ。

フランクとリッチー。

この二人の男たちは、実はラスト近くまで互いに顔を合わすことはない。
映画はフランクの物語とリッチーの物語を,時間軸をいじることなく,規則正しく交互に映し出す。

フランクは麻薬の買い付けに成功し,母に豪邸を買い与え,弟や従兄弟たちに影響を与えていく。成功する過程では,イタリア・マフィアや悪徳警官との確執も避けられない。
リッチーはリッチーで,自分と同じようなはぐれものの仲間たちとチームを組んで捜査を進めるうちに,巷に出回った純度の高いヘロイン売買の黒幕がフランクであることを突き止め,彼とその一族の尻尾をつかむべく,執念を燃やしていく。
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派手なドンパチシーンはほとんど無いので,そっちを期待して観ると肩すかしを食らうだろう。唯一,麻薬工場(?)にリッチーたちが逮捕に突入するときに銃撃シーンがあるくらいだ。私がこの映画で,一番どきっとしたアクションシーンは,フランクの母が彼を「嘘はおよし!」と平手打ちする場面だったりした。(フランク同様,こちらも不意をつかれて驚いた・・・・)

手下を抑えたうえで,いよいよ最期にフランクを逮捕すべく,教会の扉の前で待つリッチー。ここで二人は初めて顔を合わす。「よお,年貢の納め時だぜ」とばかりフランクを見上げるリッチーの表情。見返すフランクは少しも臆する様子がない。「ほぉ,俺を逮捕するのは,お前さんかい」とでも言いたげだ。このシーン,ラッセルもデンゼルも,さすがに貫禄の名演技である。
800_desk10_3 逮捕されてからの展開は,「へぇ~,そんなんアリ?」というものだったけど,実話だから仕方ない。「キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン」を少し思い出した。フランクとリッチーの間に不思議な信頼と友情めいたものが生まれるところが。後に,弁護士になったリッチーにフランクが弁護を依頼したという後日談もほほえましい。

それにしても,2時間半を悠に越える長い上映時間が終了してみると,この映画の主役はデンゼルでもラッセルでもなく,当時,ベトナム戦争の影響で兵士たちを筆頭にアメリカ国民の間で重大な問題となっていた「麻薬」と「汚職」かなあ,とも思えたり。フランクやリッチーや,悪徳警察の面々を見ていると,何が善で何が悪か,判断ができないような気持ちに陥った。

余談; 二人の2大スターが渋さ全開でとにかくシビレます。ちなみにわたくしの萌えポイントは,デンゼルの胸板ラッセルのタレ眼です。ラッセルから小首をかしげて,上目遣いで見つめられたら,もうたまりませんですね。
     

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追悼ヒース・レジャー/悪霊喰

Cap030悪霊喰」という いかにもホラー的な邦題に騙されてはいけない。
確かに悪霊祓いのシーンも少しは出てくるけど、これは純粋に宗教のお話で,テーマはキリスト教の告解犯した罪を聖職者へ告白し,神からの赦しと和解を得る信仰儀礼)についてだと思う。2004年製作のこの映画は,ロック・ユー!ブライアン・ヘルゲランド監督作品。出演者も,ヒースの他にシャニン・ソサモンなど,ロック・ユー!の時の共演者も顔を揃えている。