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カテゴリー「映画 た行」の60件の記事

2017年3月 2日 (木)

沈黙 (原作小説) 感想

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スコセッシ監督の映画,沈黙ーサイレンスーとの出会いの方が先である。原作小説のほうは,テーマが「キリシタン宣教師の棄教」ということもあって,クリスチャンの端くれの身としては,なんとなく今まで敬遠してきた。今回,この原作を手に取った理由は,ひとえに映画に深く心を打たれたから。感動とも共感とも違う,この衝撃をなんと表現したらいいのか。私にとっては,「強烈すぎて忘れることができない」物語だった。

江戸時代初期のキリシタン弾圧の嵐のさなか,拷問に耐えきれず棄教した師フェレイラ神父の真実を確かめるため,長崎にたどり着いた,ポルトガルの若き宣教師ロドリゴ。彼がそこで体験したのは,想像を絶する苛烈な弾圧と,その中で極限まで苦しめられる弱き信徒たち,そして苦しむ彼らに対する神の恐ろしいまでの「沈黙」だった・・・・。

肉体の苦痛は,それが自分自身のものだけなら,もしかして耐えられることはあるだろう。しかし,他者の命が自分の意志にかかっているとしたら?そして肝心の神は沈黙している(ようにしか思えない)としたら?

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遠藤周作氏が,かくれキリシタンの取材で訪れたという黒崎教会

この小説では,ロドリゴの棄教は,不名誉でも不信仰でもなく,宣教師としての信念や栄誉を投げうってまで他者を救う自己犠牲と愛の行為であると描いている。そしてそれをイエス・キリストも赦し,望んだと・・・・。この点はキリスト教会はすんなりと共感はできないところだろうし,それは当たり前かもしれない。聖職者による踏み絵の行為を正当化したようなものだから,キリスト教会からの反発はしごくもっともなことである。

遠藤周作氏は、日本人とキリスト教の矛盾について生涯悩み続けた人だったと思う。日本という国でキリスト教が根付くことの難しさについては,この小説のなかでも,フェレイラ神父や,通辞や,井上筑後守の言葉を通して繰り返し繰り返し,語られているが,これがまた,説得力が半端ないのである。

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日本は沼地のようなもので根が腐ってしまう・・・日本人はキリスト教の神を本来の姿から似ても似つかぬ得体のしれないものに変えてしまう・・・・日本にキリスト教が根付きにくいのは本当だと思う。どんな宗教も「そこそこ」しか浸透しないのが日本ではないかと実は思っている。それゆえに宗教による内戦や対立も他国よりは少ないのかもしれないが。


「沈黙」の物語の中で,ロドリゴ神父が出会った神は,「弱者の神」であり「共に歩む神」でもあった。その神は「わたしはお前たちに踏まれるためにこの世に生まれ,お前たちの痛さを分かつために十字架を背負ったのだ。」とロドリゴに語りかける。これを,作者の都合のよいように改変された神だと感じるキリスト者も多いと思う。日本では受容されにくいキリスト教の排他的で厳格な一面を和らげ,本来の教義を変えてしまったと。

弾圧の中では,心の中で信じてさえいれば,
信仰を表明しなくても許されるのか?
動機が愛や自己犠牲であれば,
踏み絵のような行為も神のみこころに叶うことなのか?
弱いもののために死なれたキリストは,
棄教者の弱さをも,非難することなく寄り添ってくださるのか?


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正直,わたしには,わからない。
いや,理屈では上記のことは「ダメ」なのだとは知っている。そう教わったから。聖書にも記されている。でも,この小説を読んで,そしてまたスコセッシ監督の映画を観て,理屈ではなく感覚的に,わたしもまたロドリゴが出会ったような神に心惹かれるものを感じたのかもしれない。このような神であれば,日本でも根付くことができたのではないかと。

映画の中でも原作の中でも,一番印象にのこる登場人物が「キチジロー」である。遠藤氏自身を投影したともいわれるキチジロー。弱者の代表のように何度もたやすく転び,それでも神の元から離れがたく,何度でも臆面もなく戻ってくるキチジロー。

わたしもこのキチジローの中に自分を見る。日常生活の中で,信仰と自己とどちらを優先するべきか,判断を迫られる時・・・試練の中でやはり神が沈黙しているとしか思えなくなったとき・・・・わたしも,繰り返し何度も,小さな踏み絵を踏み続けている自分を感じる時があるから。

2017年2月15日 (水)

沈黙ーサイレンスー

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本日、劇場で観賞。
スコセッシ監督が忠実に映画化したと言われる遠藤周作氏の原作「沈黙」は未読である。江戸時代初期のキリシタン弾圧によるポルトガル司祭の棄教を通して,神と信仰の意義を描いた作品。

キリスト教の弾圧や迫害は,日本に限ったことではなく,ローマ帝国などでも行われてきた。キリスト教徒は政治的な権威よりも神に従うことを選ぶので,支配者には脅威の存在にもなりうるからだ。
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さらにキリスト教は厳格な一神教であり,「わたし(=イエス)を人の前で認める者はみな,わたしも天の父(=神)の前でその人を認めます。しかし,人の前でわたしを知らないと言うような者なら,わたしも天におられるわたしの父の前で,そんな者は知らないと言います。(マタイの福音書)」という聖書の教えゆえに,信徒は拷問にも死にも屈せず,信仰を表明しようとする。弾圧や迫害,すなわちこの世の試練の先に,信徒たちは「天の御国」を仰ぎ見,苦難も死もものともしない。

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この作品の中でも,「転ぶ」ことを拒んで死んでいく信徒や司祭たちが何人も登場する。ただ,司祭たちはともかく,貧しい村人たちはおそらくそこまで教義についての深い理解はなかっただろう。苛酷な重税による圧政のなか,まるで獣のように生きるだけの人生だった村人たちは,どうせ死ぬなら,崇高なもののために死にたい,という思いで死んでいったのかもしれない。

映像からは,村人たちの悲惨な生活の雰囲気が痛いほど伝わってくる。
苛酷な年貢にあえぐ最下層の虫けらのような生活の彼らにとって,痛みも苦しみもない「パライソ」に行けることは,命を捨てるに値することだったのだろうか。
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クリスチャンの家庭に生まれ育った私にとって,これは,最初から最後まで「自分だったらどうするか?」と問われ続けた作品だった。ローマ帝国や日本のキリシタン弾圧について思うときはいつも,「もし自分がその場にいたらどうするだろう?」と考えたものだけれど,この作品ほど,そのことについて深く考え込んだことはなかった。わたし自身の信仰は、これまで高揚と停滞を交互に繰り返しながら,それでも神の存在を疑ったことだけは今も昔もない。

わたしだったら,転ぶのか転ばないのか?どちらを選択してもなんと苦しいことだろう。殉教が神に喜ばれるものだとわかっていても,恐怖や苦しみに耐える力があるだろうか?
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悲しみと恐怖に慄きながらも,処刑される道を選んだイチゾウやモキチ。苦しみの無いパライソ(パラダイス)に希望を託して死んだモニカやジュアン。脅されても最後まで屈することなく雄々しく殉教していったガルペ神父。

そして,何度でも「転び」,その都度悔い改めて戻ってくるキチジロー。「転ぶ」ことによって人間の弱さや正直さを体現し,それでも神への思いも捨てがたく,何度でも臆面もなく悔い改めるキチジロー。彼が一番自分に近いかもしれないと思った。「こんな自分で申し訳ない」と悔いつつも,「こんな時代に生まれなかったら,いい信徒として死ねたのに,不公平だ。」とも言う彼の愚痴の,なんと正直に真理をついていることか。
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殉教する人間は強い。しかし,棄教するしかない弱い人間はどうすればいいのか。彼らはその弱さゆえに切り捨てられるのか。イエス・キリストは弱い彼らのためにも,いや,弱い彼らのためにこそ,十字架にかかられて死なれたのではないのか。なぜ神はここまで弱者を苦しめ,手をこまねいておられるのか。試練とともに逃れる道も備えてくださると,神は約束されたのではないのか。

神の重い沈黙が,信徒の信仰を失わせることは多々ある。日常茶飯事といってもいい。いつの時代にも,どんな場合でも。旧約聖書に登場する神は,洪水を起こし,海を分け,マナを降らして民を養い,預言者の口を借りて語る神だった。しかし,もはやそんな奇跡も派手な救出も神は行わない。この物語の中の神は,目を覆うばかりのむごたらしい弾圧から具体的な方法で信徒を助け出すことはない。
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肉体の責め苦はもちろんだが,精神的な責め苦の点でも,この弾圧は恐ろしいものだった。滅ばすのではなく,転向させるのが目的の弾圧は,ひとおもいに命を奪うことはせずに拷問によって,また自分以外の人を苦しめることによって時間をかけて棄教させようとする。実際に存在した「転びバテレン」のフェレイラ神父やロドリゴ神父。後半は,彼らの棄教のいきさつと心境がじっくりと描かれる。そして棄教してからの彼らが日本でどのような生涯を終えたかも。

原作を読んでないので,彼らの運命についてはどうなるのか最後まで目が離せなかった。そして神は最後まで沈黙されるのかどうかも。

神は語られた。いままさに踏み絵を踏まんとしたロドリゴの心の中で。そしてわたしは,それはロドリゴの苦しみ抜いた心から生まれた都合のいい妄想などではなく,真の神の言葉だと感じた。苦しむ民の命を救うために,ロドリゴ神父が「転ぶ」ことは,神父である彼にとっては,まさに殉教よりもはるかに犠牲的な「一番つらい愛の行為」であることを,誰よりも神が一番知っておられたと。
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この物語の中には,真の意味で「悪役」は出てこないような気がした。勧善懲悪のわかりやすい時代劇に登場するような憎々しい悪の権化は誰もいない。キリシタンを拷問したり殺したりする役人側の人間たちは,ただ淡々と仕事を遂行しているだけのように感じる。そして奉行の「井上さま」ですら・・・・キリシタンを苦しめたくて苦しめているのではなく,「仕方なく」「こんなことは嫌なこと」という意識を持っているのがよくわかる。「キリスト教は根付かない。この国は沼地だから。」といい,キリスト教を「醜女の深情け」と例える井上たちの説得は,彼らの立場からすれば「正しい」と感じた。

素晴らしい作品だ。作品の深さも,スケールも,役者の演技も。さすがスコセッシ監督,さすが遠藤周作,そして日本の俳優さんたちの健闘ぶりに大喝采を贈りたい。

最後に・・・・この作品を観終わったときに,沈黙する神・・・しかしともに苦しみを担ってくださる神について,クリスチャンの間ではよく知られている「あしあと(Footprints )」という詩が浮かんだ。作者はマーガレット・F・パワーズというアメリカ人女性である。
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夢の中で,作者はこれまでの人生を振り返る。すると,どの光景にも砂の上に自分と神の二人ぶんの足跡がならんでいるのに,人生の一番辛い時期だけ,神の足跡が消えて自分の足跡しかないことに気づく。彼女が神に「主よ,私が一番辛い時に,一番あなたを必要としていたときに,あなたはなぜわたしを捨てられたのですか。」と問う。神の答えは,「あなたを決して捨てたりはしない。ましてや、苦しみや試みのときに。あしあとが一つだったとき、私はあなたを背負って歩いていた。」というものだった・・・という内容の詩だ。

転向と悔い改めを繰り返し,そんな自分を恥じているキチジローや,棄教したのちはキリシタン取り締まりの任務にあたって生涯を終えたフェレイラ神父。日本人の妻をめとり,岡本三右衛門という日本名に改名して二度と信仰を口にせず死んだロドリゴ神父。殉教者として称えられるのではなく,「転びバテレン」と呼ばれ,棄教の手助けを仕事として生きねばならなかった彼らの払った犠牲も秘めた心境も神はすべてご存じで,彼らとともに,ある時は彼らを背負って歩まれたのだと思う。彼らがそれに気づいていてもいなくても

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信仰の在り方は様々である。もちろん,聖書の教えは揺るぐことなく存在し,神の救いは妥協を許さぬ面も持っている。神の厳しさと優しさは時には正反対のような性質にも見えるけれど,それでも確かにどちらも真実なのではないかと思う。

この作品は,もちろん原作小説もだけど・・・・様々な視点や立場から見たキリスト教徒や神について描かれていると思った。クリスチャンでも,そうでなくても,それぞれが心に迫るものがきっとある。私自身は,予想をはるかに超えて神を身近に感じた作品だった。

2016年10月20日 (木)

追憶の森

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マシュー・マコノヒー&渡辺謙共演。ガス・ヴァン・サント監督が,青木ヶ原樹海を舞台に描いたミステリードラマ。妻を亡くし,失意のうちに自殺するため青木ヶ原へやって来たアメリカ人男性アーサー(マコノヒー)。彼は樹海の中で日本人男性タクミ(渡辺)と出会い,サバイバル体験を経て,打ち明け話をするようになるのだが・・・・・。

俳優さんに惹かれてDVDを鑑賞。

聞けばカンヌでは大不評だったというこの作品。
描かれているテーマ(死生観?)が欧米では理解されにくかったのかな?でも,日本人にとっては,けっこう心を打たれる物語かもしれない。青木ヶ原樹海が自殺の名所であることは日本人ならよく知っていることだし,死後の魂とか死者からのメッセージとか,日本人が共感できそうなテーマが全編に漂う物語だから。
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最愛のひとを突然亡くし,そしてその相手に対して沢山伝え残したことがあったとしたら・・・・・?先延ばしにしてきた贖罪や和解に向き合うことなく唐突に相手を喪ってしまったら・・・・?残されたものの後悔と悲しみはいかばかりかと思う。

マコノヒーの演じる主人公のアーサーは大学教授。妻のジョーン(ナオミ・ワッツ)は,数年前のアーサーの浮気以来アルコール依存になっていて夫婦は些細なことでも感情がすれ違う生活を送っていた。そんな中,ジョーンが脳腫瘍に冒されていることがわかる。手術の成功をきっかけに夫婦の絆を取り戻したと思った矢先,皮肉にも転院先に搬送される救急車の事故でジョーンはあっけなく亡くなってしまう。それもアーサーの目の前で。
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一流の俳優陣による細やかな演技と,それぞれの存在感に圧倒される。カメレオン俳優マコノヒーはアウトローも宇宙飛行士もエイズ患者もやさぐれ刑事も敏腕弁護士役ももなんでもこなすが,今作では繊細で知的なキャラで,やはり男前だなぁ・・・・このひとは。

そして日本が誇る名優,渡辺謙さん。樹海の中にふらふらと現れたときから謎めいたキャラクターで、「一体何者・・・?」と思いつつ観ていたが,焚火を前に亡き妻への思いを打ち明けるアーサーを見つめる彼のまなざしや涙(この表情が上手い!)を見て,「もしかしたらこの人は実は・・・なんじゃ?」と感じるものがあった。
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終盤になって彼の正体?が推測できる場面やキーワードがたくさん出てきて、やっぱりねと納得。

焚火での会話の中でも,特に心に残っているものは,アーサーと妻のすれ違いについてのエピソード。相手に対する愛情を素直に出せなくなっていた二人は,ちょっとした気遣い(夫が妻の紅茶を補充するとか妻が夫のシャツをきれいにするとか)も,それとははっきりわからないように行った・・・というところだ。感謝するのもされるのも厭だから,という理由で。二人の間の溝がよくわかるエピソード。そして,実は二人とも相手を愛していたんだということもよくわかるエピソード。
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感謝も謝罪も,今となってはすべて手遅れ。アーサーは連れ添ってきた妻の好きな色や季節すら知らなかった自分に気づき,それを聞き出そうとしたまさにそのときに起こった事故で妻は帰らぬ人となり,もはや永久に答えを知ることはないと嘆く。

相手が伴侶でなくても親子や恋人でも,喪った相手に対してこのような慙愧の思いを抱いて苦しむことってけっこうあるんじゃないかと思う。やり残したこと,言えなかった思い,実現しなかった和解や,もっと理解したかったのに十分でなかった相手のことなど・・・いろいろと。

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そんなとき,あの世(天国でもいいけど)に旅立った相手から,こちらの悲しみや愛情を受け止めてくれるメッセージがなんらかの形で届けられたら・・・それはなんという慰めだろうかと思う。残されたものの生きる力になるし,死はすべての終わりではなく魂はいつまでも一緒にいるのだと信じられる。

淡々とした語り口のなかにもラストにしみじみとしたあたたかい余韻の残る作品。まさに癒しと再生の物語だ。日本人なら観て損はないかも。

2015年12月26日 (土)

007 スペクター

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ダニエル・ボンド4作目。冬休みに入ったのでやっと劇場鑑賞。監督は前作と同じくサム・メンデス。

今回の作品は,これまでの集大成というか,カジノ・ロワイヤル以降に出てきたボンドの敵たち(ル・シッフルやシルヴァなどなど)を操っていた総元締めの悪の組織スペクターと,ボンドとの闘い。今までの相手もそれぞれ相当手ごわかったのに,彼らのボスってどんだけ強烈な奴なんだ?と思っていたら,リーダーのフランツ・オーベルハウザー(クリストフ・ヴァルツ)は,ボンドの生い立ちに深く関係した因縁の人物で,ボンドに個人的な恨みも抱いていた・・・とう設定。ここまで話が拡がると,悪党が回想シーンも含めて勢ぞろいゆえ,お腹いっぱいて胸やけしそう・・・・・。というわたしの個人的な感想は置いといて。

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今作のボンド・ガールはモニカ・ベルッチレア・セドゥのお二人。

年齢を重ねて貫禄十分のゴージャスなモニカ。あの年齢であのスタイル。さすがにボンドとの絡みは最初だけだったが,背中の美しさに目を見張った。

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そして中盤からずっとボンドと行動を共にするセドゥは,最後はボンドと恋仲になるという設定だ。(やっぱり若い娘の方がいいものね。)

スカイフォールに登場した上司のM(レイフ・ファインズ)と,開発?部門専門のQ(ベン・ウィショー)の活躍が今回はぐっと多くて嬉しかったかな。どちらも大好きなので。特にQの役割やキャラはお気に入り。
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最後に特にツボにはまった面白い会話は・・・・

ボンドがQが009のために開発したアストンマーチン・DB10を,勝手に持ち出してテヴェレ川に沈めてしまったことについてQに謝った時のQの返答
「かまいませんよ。所詮5億5000万ほど(だったかな?)の車です。」(すげ・・・・)

それと,MとCの対決場面での会話もふるっている。

C;「MはMoronic(間抜け)Mなんだな。」
M;「Cは
Careless(不注意)のCだ。」(・・・・・子どもの口喧嘩みたい。笑えたけど。)
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2013年1月10日 (木)

007 スカイフォール

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年明けに鑑賞!今年の第一作目は大当たり。
さすがみなさんが揃ってベスト作品に選ばれているだけある傑作だった。007シリーズって、私は,ダニエル・ボンドになってからしか観てないから,私の中では三作目なのだけど,このスカイフォールが一番よかった。

面白かったのも勿論だけど,なにより私にとっては,粗筋が一番わかりやすかったのだ。(←これ案外重要。)カジノロワイヤルでは,肝心のカジノゲームのルールがイマイチわからんかったので緊張感が中途半端になっちゃったし,二作目の慰めの報酬も,始まってすぐにボンドがどんな理由で誰を追っかけているのかわからなくなって,派手なカーチェイスやバトルシーンでは,集中力が途切れて意識が飛んでた(寝てたみたい)。
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しかし今作では,最後まで集中力も理解力も途切れることなく・・・・。すでに三作目となったこのダニエル・ボンドシリーズ,マンネリ化を打破するためか,原点に帰ったような手堅い面白さを漂わせつつ、すでに初老の域に差し掛かった?ようなダニエル・ボンドが,自らの生い立ちやトラウマと対峙したり,仕事を続けるかリタイアするか葛藤したり,冷戦の遺物であるスパイ作戦そのものに生き残る意義はあるのか問われたりと,深みもばっちり盛り込まれていて、サム・メンデス監督上手い!

今回の敵で元工作員のシルヴァの目的は世界征服などではなく、ひたすら元上司Mに対する逆恨みの怨念を晴らすこと。それはそれで怖いのだが,ハビエル・バルデムのソフトな物腰と囁くような優しい声音が,不気味すぎ。いやはやこの方の非道で執念深くて病んだ悪役ぶり,そのキャラが醸し出す怖さは,ノーカントリーの最強の殺し屋シガーを思い出した。
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そして今作でも若い綺麗どころの女優さんも出てはいたけど,今回の陰のボンドガールはジュディ・デンチ演じるMだったような・・・・・。シルヴァに付け狙われ,それでも微動だにしない信念と,ボンドはじめとする部下たちにも相変わらず容赦ないリーダーシップを取り続ける鉄の女上司M。彼女とボンドとの間には,不祥の息子とスパルタ母さんのような,厳しくも実は強固な信頼関係と絆があるようだ。
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あと,オタク青年っぽい新任の兵器開発課長・Qがとても個性的で,どっかで見た俳優さんだな~と思ってたらパフュームの殺人鬼ベン・ウィショーだった。この人も好きな俳優さんだ。

しかしなんといっても嬉しかったのが,ジュディ・デンチなき後の後任Mが,レイフ・ファインズだったこと!これは俄然,次作も観たくなってきた~~~
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やっぱり渋くって素敵lovely

2012年9月29日 (土)

ドライヴ

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第64回カンヌ国際映画祭監督賞受賞作品。DVDで鑑賞。
シンプルだけど最高にクールな作品!
私はライアン・ゴズリングの寡黙なカッコよさにハマってしまったけど,作品自体は,絶対男性受けするだろうな~~~,と思った。というか,この作品の醍醐味はやっぱり男性にしかわからんのじゃなかろうか?女性でもフィルム・ノワール色の濃いバイオレンスやサスペンスが好きなら(=それはわたし)ハマるかも。
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ジェイムズ・サリスの原作を,デンマーク出身の新鋭ニコラス・ウィンディング・レフン監督が映画化。天才的なドライヴィング・テクニックを持ち,昼は自動車修理工と映画のスタント,夜は強盗の逃がし屋をしている主人公(ゴズリング)。

この主人公,名前すらなく,役名は「ドライヴァー」なのだが,とにかく寡黙。家族も友人もなく,もの静かでとても他人に害など与えそうもない,そして感情の高揚も乱れもまったく起こりそうもない・・・そんな表情の彼なのだが,冒頭の「逃がし」のカーチェイスの場面から,もうすでに「コイツ,ただものではない」と雰囲気が。派手な場面ではないのだが,無駄がなく,何が起こっても冷静で的確な判断と行動をする彼からは,静かで確かな凄味が感じられて・・・「なんなの?このひと・・・」と画面に釘付け。
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そんな彼が,同じアパートに住む服役中の夫を持つ人妻アイリーン(キャリー・マリガン)に恋をした時から,歯車が狂っていく・・・いや,本来の彼の別の面が出てきた,というべきか。アイリーンやその息子に対する彼の接し方は,あくまでもプラトニックでシャイで優しく,他の人には決してみせない笑顔さえみせる。しかし,アイリーンの夫が巻き込まれたマフィアとのトラブルから,彼女と息子にも危害が及びそうになったとき,ドライヴァーは驚愕の変貌をとげる。

いや,寡黙で静謐・・・というのはそんなに変わらない。その「寡黙さ」「冷静さ」を依然として保ったまま,顔色一つ変えずに敵をつぎつぎと情け容赦なく倒していく様子が異様に凄いのだ。
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いくら愛するひとを守るために,とはいえ,その徹底ぶり,迷いのなさをみると,もともと壊れている人間なんじゃないだろうか?眠っていた彼のサディスティックでバイオレンスを好む本能が覚醒されただけでは?とすら思ってしまう。後半の殺戮シーンはかなりグロイのでそっちが苦手な人は注意が必要。

エレベーターの中のシーン・・・・ アイリーンをかばい,口づけするときのドライヴァーの仕草のなんと優しく繊細なこと。そして次の瞬間に彼は同じエレベーター内の敵を無残に蹴り殺すのだが・・・とても同一人物とは思えないこの落差には,アイリーンでなくても誰でもショックを受けるだろう。
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それでも,なんだろうな・・・やはり主人公に対して抱く,憐みのような,エールを送りたくなるような不思議な肩入れの気持ちは。本来は善人であるのに,感情面で人とは違う病んだものを抱えている主人公の孤独さと,そんな彼の一途な恋心が切なくて,心惹かれてしまうのだろうか。

ライアン・ゴズリングの作品はラースと、その彼女くらいしかじっくり観ていない。ハンサムだと思ったことは今までなかったけど,この作品の彼はとても素敵です。まさにカメレオン俳優で,ちょっと,いや,かなーり変わった主人公を演じさせたらピカイチだと思う。

2012年8月22日 (水)

ダークナイト・ライジング

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クリストファー・ノーラン監督,クリスチャン・ベール主演によるバットマン・シリーズの三作目にして完結編!2作目のダークナイトでは,ジョーカー役の今は亡きヒース・レジャーに対する思い入れが個人的に強く,「これ以上の作品は無いかも・・・」と,この3作目にはあまり期待してなかったのだけど,いやいやなかなかどうして,さすが完結編・・・・この「ライジング」も素晴らしい出来栄えだった。
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哀しみと痛みを抱えた孤高のヒーロー,バットマン
の最後の闘いは壮絶でもあり切なくもあり・・・そして同時に胸のすくような爽快感や希望も,ラストには感じる見事な完結編。このシリーズ,ほんとに終わっちゃうのね。寂しい。

ジョーカーをやっつけたあと,ハービー・デントの罪を被った形で8年間世間から姿を消していたバットマン。そしてブルース・ウェインもまた,脚に怪我を負い,屋敷の中で半ば引きこもりのような失意の生活を送っていた・・・というところから物語は始まる。
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今作の悪役は,影の同盟の首領ラーズ・アル・グールの遺志を継いでゴッサムシティーを制覇し滅ぼそうとするマスク男べイン。彼の出現によってブルースは再びバットマンとして街を悪の手から救うべく立ち上がる・・・・。
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キャストは執事アルフレッド役のマイケル・ケインやゴードン役のゲイリー・オールドマン,フォックス役のモーガン・フリーマンは続投。そして今作はなんといっても女優陣が豪華だ。

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女盗賊セリーナ・カイル(キャット・ウーマン)役のアン・ハサウェイがとにかくセクシーで美しい。彼女はアクションも出来るし,華もあるし,後半はバットポッドを乗りこなす勇姿も拝めます。また,ウェイン社のパトロンおよびブルースの恋人役のミランダにマリオン・コティヤール。終盤の彼女の存在感もすごい。
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また,バットマンを補佐する警官ブレイク(後の後継者?ロビン)に私の大好きなジョゼフ・ゴードン・レヴット。キリアン・マーフィーもカメオ出演してくれてて楽しい。

ストーリーも,ウェイン社が破産してブルースが一文無しになったりバットマンの奈落からの不屈の脱出劇があったり,ベインの過去の秘密とかも,とても面白かったし,奥深さも感じた。 原爆からシティを救うためのバットマンのとった英雄的な行動に感動。素晴らしいエンタメに仕上がっています。このシリーズの完結がほんとうにちょっとさびしいかも。
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ベールのバットマン・・・・ほんとに好きだったから。

2012年7月17日 (火)

ドリアン・グレイ

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2009年製作の英国映画。DVDで鑑賞
とにかく・・・美しいです。ベン・バーンズ。lovely
カスピアン王子の時には,割れ顎が何気に気になったのだけど,今作の彼の美しさはもう・・・スレンダーな長身に,19世紀の英国紳士のファッションがなんとも華麗に似合うこと!
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美しさにも感動したが,彼の演技力もなかなかのもので,ドリアン・グレイという比類なき美貌の持ち主の青年のうちにある,ナイーブな善の面と傲慢不遜な悪の面・・・・その真逆の表情を上手く演じ分けて見せたのに感心した。
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原作はオスカー・ワイルド
画家のバジルが描いたドリアン・グレイの肖像画。不思議なことにモデルのドリアンは,どんなに年月を重ねてもその若さと美貌がまったく衰えない。しかしその反面,彼の肖像画は,ドリアンが悪徳を重ねるたびに醜悪な外見へと変貌していく・・・という,ややオカルトめいたストーリーである。
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この映画に出てくる肖像画,とくに美しく繊細な目元が,ベン・バーンズに生き写しで・・・・あの肖像画,自分のお部屋に飾りたい~~~もちろん一番最初の,爽やか清らかなヤツだけど。
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ベン・バーンズって,酷薄な表情も気弱な表情も,どちらも似合う美形なので・・・・ドリアンの中にある,善良で繊細な面も,悪魔に魂を売り渡すほど邪悪な面も両方キマってたような・・・・。

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そして,この作品で重鎮の役をしているコリン・ファース。逆説的見解を持ち,無垢なドリアンを最初に悪の世界に導いたくせに,いつまでも若さと美しさをを失わないドリアンが自分の娘と恋仲になった時,彼の肖像画の秘密をつきとめて断罪するヘンリー・ウォットンを演じているが,中年になってからの彼の演技の幅の広さをこの作品でも十分に楽しませてもらった。彼の英国紳士の高貴な風格と確かな演技力にいまさらながら感嘆。最近ほんとにいい仕事してる,コリン。
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今までも何度か映像化されてきた作品だろうけど,この「ドリアン・グレイ」はなかなか文芸作品に仕上がっているのではないだろうか。ストーリーやテーマはシンプルなんだけどね。悪魔の陣営に堕ちた人間がどういう末路を辿るかと言う,普遍的なテーマを描いているから。でもこの作品の最大の魅力はやはりもなんといっても役者陣かな。
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2012年2月18日 (土)

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1992年の作品だが,何度も見直している好きな作品だ。
今より断然若いジェレミー・アイアンズが素敵。

監督は,「恋人たち」のルイ・マル。主人公は大臣の椅子を約束されていた英国下院議員スティーブン(アイアンズ)。愛する家族に囲まれ,上流階級社会で何一つ不満もなく幸せに暮らす彼の前に,突然現れたミステリアスな女性アンナ(ジュリエット・ビノシュ)。ひと目見たときからアンナに強く惹かれたスティーヴンは,彼女の誘いを受け,言葉を交わすのも惜しむように激しく愛し合う。しかし彼女はあろうことか,スティーヴンの息子マーティンのフィアンセだった。
Cap011
不倫の恋に陥った初老の男の悲劇を描いた作品だ。それも失うものが大きい立場であるにも関わらず,究極の背徳の罪を犯してしまう男の物語。分別盛りの年齢で,それまで自分の人生をソツなく完璧にコントロールしてきたはずの彼が,抗いようのない理屈抜きの情念に翻弄されてしまう。人生の秋に差し掛かってから体験する本気の恋が,いかに中年男の理性も分別も狂わせるか・・・・ある意味,恐ろしほど切なく苦い物語である。

Cap005
主演のジェレミーがたまらなくいい。

冒頭の,いかにも上流階級の紳士然とした彼も,アンナの虜になって取り乱したり苦悩したりする彼も,ラストのすべてを失ってなお,後悔していないようにさえ見える悟りきったような静かな表情の彼も・・・・・。一人の人間の中に住んでいる,思いもよらないもう一つの自分。そして自分でも制御のできない感情の苦しさ・・・そんな難しい感情を表情の演技で上手く表していた。

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スノッブで冷静なたたずまいの彼が,恋に苦しむ青年のように切なく辛そうな眼差しを垣間見せる表情が素晴らしい。そして,やっぱり感じたことは,このひとのスタイルのよさ,姿勢の良さ。仕立ての良いスーツやコートはもちろんのこと,上質なセーターやジャケットも,何を着ても素敵だけれど,とくに肩や背中のラインが洗練された彫像のように完璧なのだ。
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息子や妻を裏切ってまでも彼を激情の虜にしたファム・ファタールを演じているのはジュリエット・ビノシュ。彼女が演じたアンナという女性は,同性の私から見ても,危険で理解不能なキャラクターだ。

彼女はいったい誰を本当に愛しているのか?そもそも本気で誰かを愛せる女性なのか?すべてを受け入れるようでいて,決して自分の心の奥深くへは誰も入れないような・・・そんな矛盾した魅力を持つアンナ。愛に対して貪欲でそのくせ冷めていて・・・愛する相手を破滅させるか傷つけるか・・・たとえ望まなくても,アンナはそのどちらしかできないタイプの女性なのかもしれない。
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スティーヴンはなぜ,悲劇が起こるまで,立ち止まることも引き返すこともできなかったのか?その理由は,きっと彼本人にも説明がつかなかっただろう。彼にとってこの恋は,まるで熱病に冒されたような,あるいは避けられない天災に見舞われたようなものだったのかもしれない。

ひたむきな彼の眼差しを冷静に見つめ返すアンナの「こんなこと,(あなたにとっては)初めてなのね。」という台詞や,発覚の悲劇の後に,妻のイングリットから発せられた,「なぜ関係ができたときに死ななかったのよ?」という台詞が印象的だった。

結局はこの上ないほどのダメージを受けて,地位も家庭もすべてを失ったスティーヴン。そしてアンナは,彼女を受け入れ庇護する幼馴染の男性の元へと去る。

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ラスト,侘しい一人住まいの部屋で,アンナと息子と自分の写真を眺めるスティーヴン。「あれから一度だけ彼女を見かけた・・・・ごく普通の女だった。」という独白。彼にとって,当時の彼女の魔力はもうすでに色褪せたのだろうか。それでも,パネルの彼女の顔を見つめるスティーヴンの眼差しには,まだアンナへの愛情が存在しているように思えた。

愛に翻弄される人間の愚かしさと,このような愛の持つ破壊力の大きさを,容赦なく描いた物語だ。それでもどうしようもなく愛してしまい,後悔もできないのが・・・弱い人間の性なのかもしれない。

2011年8月24日 (水)

ツリー・オブ・ライフ

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評価が真っ二つに分かれそうな作品。
ブラピ目当てにエンタメを期待して劇場に行くと酷い肩すかしを食らうことは間違いなく,事実私が行った劇場でも,途中退出されるお客さんが結構いた。実はこの作品,すごく宗教色が強く,内省的な色合いの濃い,超地味~~~~~な作品なのだ。おまけにドラマ性もあまりなく,淡々と流れる映像と登場人物の心の声で延々と綴られる物語。ただ,私の場合は自分のツボにすっぽりとハマったので感動できた。監督さん,テレンス・マリックかぁ…「シン・レッド・ライン」とかの。ああ,それなら納得の雰囲気の作品だ。
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これは主人公のジャック・オブライエンが,再び神を見出すまでの魂の物語なのかもしれない。冒頭にいきなり旧約聖書のヨブ記の聖句,「わたしが地の基を定めたとき,あなたはどこにいたのか。あなたに悟ることができたなら,告げてみよ。」が示され,人知では測ることのできない神の全知全能性が暗示される。神は,この作品では,主人公やその母から「あなた」という二人称で呼ばれる。

物語は,主にジャックの回想,という形で,時系列を前後しながら,オブライエン一家の歴史が淡々と語られる。信仰篤い優しい母と,家父長的な厳しい父,そして二人の弟たち。ジャックの父をブラピが,そして成人したジャックをショーン・ペンが演じている。
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堅実で敬虔な家庭に育ったジャックが,いつ神から離れ,そして再び神を見いだせたのはなぜなのか・・・冒頭,ジャック自身が独白で「いつあなた(の存在)を感じたのだろう・・・」と問いかけている。

ごく幼いころの幸せそうな家族の風景。幼児の目線でとらえているかのような美しい映像は,父や母の笑顔も周囲の自然も,みずみずしい明るさに溢れていて,それはまるで神の慈愛や恩寵を現しているかのようだ。信仰深い親に育てられた場合,子供は人生のスタート時から,自然や日常生活の些細な出来事の中にも「神」を感じながら生きるものである。(自分がクリスチャンホームで育ったのでよくわかる。)
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やがて過度な支配や干渉をする父親に対して,ストレスや不満を募らせていく少年期。「善人になりなさい,人には優しく」と教える母とは反対に,「善人すぎると損をする。成功する人生をめざせ」と説く父の間で悩み,叱責ばかりする父親に「愛されてない」「偽善者だ」「僕たちを傷つける」「いなければいいのに」という鬱屈した思いを抱くジャック。

この作品のブラピは,確かに独善的で支配的で,「こんな父親大ハズレ~~」という嫌な父親を演じている。でも,一昔前には(ふた昔前くらいかな?)こんな頑固オヤジは日本にもいたような。父親が一家の大黒柱として確固たる責任を果たし,それだけに怖いものが「地震・雷・火事・オヤジ」と言われていた時代には,ジャックの父のように,不器用だけど自分の信念を持ち,躾に厳しく,それゆえに子供から煙たがれもする父親って結構いたような気がする。ブラピの演じる父親もまた,不器用で独裁的ではあっても子供にたいする愛情には深いものが感じられた。それが上手く伝わらず,子供の心を時には傷つけるものであったのは哀しいことだけど。
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ジャックの母が人生の基盤を「神」に置いて生きていたのに対し,ジャックの父は教会に通ってはいても,神よりも「自分」の力を信じるタイプ。神の恩寵に生きる母と世俗に生きる父に挟まれて育ったジャックは,家庭の中では「世俗」に生きる父の方が支配権を握っていることにいらだちを覚えるようになり,また友人の水難事故での死も,同様に神に対する不信感を引き起こす。「どうしてこのようなことが?あなた(=神)が悪なら,なぜ善人になる必要が?」と神に問うジャック。

さらにジャックだけでなく家族全員を打ちのめすような悲劇が一家を襲う。気が優しく皆に愛されていた二男の死・・・大きな災いが降りかかった時,信仰の篤い人ほど「神よ,なぜですか?」と問う悲痛な叫びは大きい。それが罰ではなく神の深淵な計画の一部であり,神は常に自分に対して最善の計画を抱いていると信じて,自分の痛みや苦しみを委ねきることができるまで,ジャックの母もまた,哀しみの中で祈りと神への問いかけを繰り返す。
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哀しみの中で神に語りかける母親の独白の背景に映し出される,自然界や生命,宇宙の神秘の映像の数々。それはあたかも,人間の力の及ばないスケールの出来事や現象を映し出すことによって,神の叡智と全能を示しているかのようだ。創り主である神の圧倒的な力に対して,人は最愛のものを喪う痛みをも委ねなくてはならない・・・そして神を信じるものにとっては,それ以外の解放と再生の道はないのかもしれない。

ジャックが長い道のりを経て,幻の中で天国の岸辺にたどり着き,若かりしころの父母や弟と再会し,安らぎを得るラストは静謐な幸福感に満たされる。神を信じない人から見れば,願望にすぎないと思えるかもしれないが,私はジャックは再び神に出会えたのだと思う。

キリスト教の浸透していないわが国では基本的に理解されにくく,純粋なヒューマンものとしても冗長な印象を受けて退屈される恐れの多い作品。私は感動したけど,万人には決しておすすめしない。

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