カテゴリー「映画 た行」の40件の記事

チョコレート・ファイター

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この蹴りに世界がひれ伏す・・・・

タイ発の衝撃のノー・スタント美少女アクション・ムービー!
ヘンな邦題ゆえに今まで観る気がなかったけど,見逃していて損してた~!すっごいストレス解消映画でした,これ。一発でお気に入り。

タイ映画は初めてだし,監督さんのことも前作の「マッハ!」や「トム・ヤム・クン!」も,タイの国技であるムエタイについてもよく知らないが・・・・。
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主人公のゼンは,日本人のヤクザを父に,タイのマフィアのボスの情婦を母に持つ,自閉症の少女。上の画像でもわかるとおり,見かけは華奢で愛くるしい美少女だ。しかし彼女には人並み外れた身体能力と,映像記憶能力があり,生まれながらのファイターだった・・・・。

ゼンを演じたジージャーさんは現在は25歳だそうだが,日本人にも好かれるタイプの,小柄でキュートで,ほんとうに可愛らしい女性。(すっぴんの顔は中学生のようにあどけない)何でもテコンドーの達人で,インストラクターをやっていたらしい。この映画に出演が決まってから,さらに4年間のトレーニングを積んだというが,テコンドーの華麗な足技に,ムエタイの肘,ひざ蹴りをプラスした彼女の眼にもとまらぬ必殺技の数々は見事である。
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小柄な女性だから,重量感や破壊力はイマイチなのだが,そのかわり,動きがとにかく軽やかでしなやかだ。こんな小娘に大の男たちがバッタバッタとなぎ倒される様子は,なんというか・・・・痛快そのものだ。

そう,この作品の魅力は,なんたってこの意外性!ちっとも強そうに見えない,むしろ,か弱そうに見える少女がめっちゃやたら強い!というところがたまらなくカッコいいのだ。おまけに,この監督さんの映画はノースタント,ノーCGが売りらしい。あの超絶アクションを,実際に彼女がこなしていると思うと,凄いの一言に尽きるのだ。

ストーリーは・・・・まあ,二の次かな?
ゼンが闘う理由は,重病に倒れた母親のため。高額な治療費が払えず,かつて母親が貸していたお金を悪党どもに取り立てに行ったことがきっかけだ。(しかし・・・少女相手に身体を張って闘ってまで,お金を踏み倒そうとする奴らばかりで驚き。さっさと払えばいいものを。)闘いを繰り返すうちに,ゼンの技はますます磨きがかかっていくが,やがて噂を聞きつけた,かつてのマフィアのボスがゼンたち母娘に魔の手をのばし,物語はクライマックスの死闘へと向かう。
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ゼンの父親役を阿部寛がやっている!こちらもなかなか渋くってカッコいい。(最初から最後までシリアスキャラ。おまけに後ろ姿のヌードあり。)

クライマックスシーンで彼は、ゼンたちを救いに駆けつけ,日本刀でリアルな殺陣を披露してくれる。(あそこでてっきり死んじゃったと思っていたら,ラストで再度登場して,あれ?生きてたのか~と。)

そして,ある意味本編より印象的だったのが,エンドロールに流れる舞台裏の映像。ひぇぇぇぇ~,ジージャーさんも,相手役の大の男も,顔面にもろに飛び蹴りを食らったりして,みんななんて痛そうなんだ!生傷なんて朝飯前で骨折や入院騒ぎまで・・・・。特にクライマックスの4階建ての雑居ビルの壁面にへばりついての格闘シーン。うわわわ,ほんとうに落ちてるよ~,地面に激突してるよ~~Σ(゚д゚lll)嘘やろ~

仕事とは言え,ここまで・・・やるか?ふつう!と感動するやら呆れるやら。いや~~,タイ映画って半端じゃありませんね。

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トーチソング・トリロジー

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アーノルドは,ニューヨークのブルックリンに住むゲイの男性。彼はゲイバーで毎晩きらびやかなドレスとゴージャスなメイクで装い,ハスキーな声で恋歌(トーチソング)を歌う。脚本・主演のハーヴェイ・ファイアステインの表情は,時にはユーモラスに,時には繊細に,そして時には痛々しいほど感情を吐露し・・・・そのくるくると自在に変化する表情からは,最初から最後まで目が離せない。

トリロジーとは三部作のこと。映画では,アーノルドの半生を,三つの物語に分けて描いている。
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ショーの前に楽屋でメイクをするアーノルドの,味わいのある独白で第一話は幕を開ける。若くない彼の女装した姿は,お世辞にも美しいとはいえないけれど,物語が進行するにしたがって,そんな彼がなぜかとても可愛らしくいとおしく思えてくる。それはきっと,周囲から受ける無理解や偏見に傷つくことはあっても,決して卑下することなく生きる彼の姿や,ゆきずりの関係の多いゲイの世界で,いつも「心から相手を愛した」愛情深い彼がとても魅力的なせいだろう。

第一話は彼とバイセクシャルのエドとの交際が描かれる。優しい気配りを見せるエド。しかし,アーノルドとの関係を公表したがらず,女性の恋人と二股かけていたエドの態度に傷ついたアーノルドは彼と別れる。

第二話は,アーノルドと年下の恋人アランとの恋物語。アランを演じたのは,イノセントで爽やかな雰囲気のマシュー・プロデリック。田舎から出てきた美青年アランがそれまでに付き合った相手たちとは違い,アーノルドはアランをパートナーとして心から愛し,彼もまたその愛に応える。
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しかし二人が,養子を貰ってささやかな家庭を築こうとしたその矢先に,アランはホモフォビアの暴徒たちに殴り殺されてしまう。深い哀しみに打ちのめされるアーノルド。

第三話は,アランの死から7年後。アーノルドはアランと育てるはずだった養子のデヴィッドと暮らしている。そこへ訪ねてくるアーノルドの母親(アン・バンクロフト)。ユダヤ人にとって,同性愛は特にご法度。アーノルドの母親も,息子のセクシャリティーについては昔から受け入れることができず,当惑や非難を隠すことができない。愛し合う親子でありながらも,この点に関しては越えられない溝があるふたりの,アランの死を巡る大喧嘩は,作品中もっとも心を打つ場面だ。

アランとの関係を祝福してくれない母に,彼の死の顛末を話すことができず,一人で哀しみに耐えてきたアーノルド。一方,アーノルドがアランを,父親の墓の傍らに葬ったことを冒涜だと怒る母。二日間にわたる売り言葉に買い言葉の二人の口論は,激するあまり,お互いに辛辣極まる言葉を発してしまう。
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「お前なんか産むんじゃなかった」と言う母親に,「僕は愛と敬意以外は求めない。それを持たない人に用はないわ。僕を見下げるなら出て行って。たとえ母親でも」というアーノルド。

ゲイであることを恥じずに懸命に胸を張って生きようとするアーノルドと,そんな息子をありのまま受け入れることができない母親・・・・息子を愛しながらも,その点だけは目をそらしたい母に対して,アーノルドは「子供のすべてを知るのが母よ」と訴える。

最後までアーノルドを完全には理解してくれなかった母親。それでも立ち去る前に,「アランの死のことを話してくれれば,お前を慰めたのに」と言う母に,初めてアーノルドは「ママ,彼が恋しいわ」と言う。それを受けて母親が答えた台詞が忘れられない。

「時が癒してくれるわ。傷が消え去るわけではないのよ。傷はやがて指輪のように身体の一部になる。傷があることに慣れてしまう。忘れるわけではないの・・・それでいいのよ。」

時とともに浄化され,そのひとの一部となってゆく哀しみの記憶や思い出。これは,大きな哀しみを体験したひと,特に愛するひとを亡くした体験をしたひとにとって,なんという深い慰めを与える言葉だろう,と思う。
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ラストシーン・・・母親が去った部屋で,デヴィッドから贈られた曲を聴きながら,愛する人たちの物をそっと抱きしめるアーノルド。アランの写真と,エドのメガネ,母親の土産のオレンジ,デヴィッドの野球帽。それらを胸に抱いて幸せそうに微笑むアーノルドは,彼ら全員を慈しむとともに,自分のささやかな人生をも,心から慈しんでいるように思えて,このシーンではいつも涙がこみ上げてくる。

たとえ哀しみや悲劇があったとしても,たとえ周囲の理解が得られなくても,真剣に愛し,生きたひとの人生は美しく価値があるものだ。そんなことを教えてもらえる,ほろ苦くあたたかい最高の物語だと思う。そして何より,人生の本質に迫る深い台詞の数々に感動する作品でもある。

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天使の涙

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ウォン・カーウァイ監督の,摩訶不思議で非常に美しい魅力に溢れた作品。一度観ただけで大好きになった。エキゾチックなお酒に酔ったような快感が得られる。・・・・なんで今まで観なかったんだろう,これ。

物語の舞台は終始一貫して夜の香港。絡み合う,風変りで個性的な登場人物たち。そろそろこの仕事も潮時だと思っている殺し屋と,彼のパートナーである美人エージェント。殺し屋と付き合う金髪娘。口のきけない何でも屋の青年モーと,彼が恋するヒステリックな失恋娘。

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この作品,クリストファー・ドイルの映像作品の中で,もしかしたら一番美しいのではないだろうか。あるシーンではうねるような,またあるシーンでは緩慢にフラッシュを繰り返すような,なんとも幻想的で疾走感のある映像の連続で,その洗練された芸術的なセンスに酔う。

レオン・ライ
が演じた殺し屋以外は,みんなどちらかというと,どこか「壊れキャラ」だ。その行いも,服装も,非現実的でエキセントリック。しかしこんな不思議な登場人物たちも,ドイルとカーウァイの手にかかると,画面の中で眩暈がするほど魅力的に息づく。
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純朴な風貌のレオン・ライが,殺しの仕事をするときのクールさとバイオレンスシーンのカッコよさ。(二丁拳銃です!)今よりずっとスリムで,足の長いこと!彼が登場する時にバックにかかる,ちょっと呂律のまわっていないようなスローテンポのラップ曲もいい。

殺し屋に恋する二人の女。
仕事の指示を与え,ねぐらを用意し,彼の出したゴミや彼の眠ったベットに触れて想いを募らせる美人エージェント。演じるミシェル・リーの,気だるげなセクシーさもタダモノじゃない。また,実際に彼の一時的な情婦になる金髪娘(カレン・モク)は,もっとストレートに相手に思いをぶつけるが,このひとのキレっぷりもキュートだ。

そして金城さんの演じた青年モー。
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口がきけない分,全身を使ってもどかしく過剰に身体表現する,彼のしぐさや表情に釘付け。
・・・・可愛い。

閉店後の店を勝手に開けて,強引に客を引っ張り込む,というクレイジーさも,日本人の居酒屋で働く姿も,死んだ豚にマッサージするシーンも,初めての恋も,味のある父親とのエピソードも,みんな不思議に魅力的。その,やや壊れた天真爛漫さがたまらない。困ったキャラではあるのだけど,抗いがたくいとおしい。これは,金城さんだから出せた魅力かもしれない。
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特にこのシーン好き。恋する女性の傍らで,恍惚とした表情の彼は,まるで猫みたいにしなやかでセクシーな動きをする。(上の画像は金城さんにピントが合ってるので,チャーリー・ヤンの顔が心霊写真みたくなってますが)

ときにすれ違い,ときに交錯する彼らの切ない物語。
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全員が孤独をまとっていて,
それでいてパートナーを求めていて。
パートナーを切望しつつも,上手くめぐり合うことも,ずっと一緒にいることもできなくて。それは人間の業,恋愛の本質のようなものなのかも。

ラストシーン,バイクで疾走するモーの背中に顔をうずめるミシェルの台詞が心に残る。・・・そしてそれにかぶさる「only you」の曲が最高だ。

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ディファイアンス

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ディファイアンス(DEFIANCE)=抵抗。
これは,第二次世界大戦中に,東欧ベラルーシの森の中で,ナチス・ドイツ軍と戦いながら生き抜いた1200人のユダヤ人たちと,彼らを率いたビエルスキー兄弟の物語だ。

ビエルスキー兄弟って,もちろんこの映画で初めて知った。
舞台となるベラルーシは,現在はポーランドとロシアの間に位置する国(ベラルーシ共和国)だ。ナチス占領下の時代には,国土の半分がソ連,半分がポーランドのものだったらしい。

ユダヤ人狩りによって,家を焼かれ,両親を殺された
ビエルスキー4兄弟。
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コミュニティのリーダーとなる長男のトヴィアを演じるのは,007のダニエル・クレイグ。007とはまた違ったカッコよさで,時には苦悩しつつも,冷静に皆を指揮する器の大きいトヴィアを,深みのある演技で演じきっている。

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熱血漢で行動派の次男ズシュを演じるリーヴ・シュライバー。トヴィアとの見解の相違から,一時コミュニティを出てソ連軍に加わるが,最後には再びトヴィアたちのもとに救出に駆けつける,気骨のあるキャラクターだ。
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そしてデリケートな好青年を絵に描いたような三男アザエルを演じたジェイミー・ベルリトル・ダンサージャンパーとずっと彼を応援してきた私だけど,今回の役は見せ場も多くって好感度も高く,素敵だった。両親を亡くしたばかりのときは,気弱に涙も見せていた彼が,兄のトヴィアを助けてコミュニティの世話をし,愛する女性を妻に迎えて,どんどんたくましく成長していく。
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雪の中のユダヤの結婚式のシーンが素敵up

このアザエルは,ラストの脱出シーンでは,意気消沈しかけたトヴィアに代わって,皆の士気を奮い立たせる役目を果たす。

ホロコーストの時代に
自ら抵抗し,闘ったユダヤ人たちがいた。

これまで,抵抗するユダヤ人といえば,アップライジングというワルシャワ・ゲットー蜂起を描いた作品を観た記憶があるが,この物語のように1000人もの大所帯で森に隠れ住んだユダヤ人たちがいたとは知らなかった。
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リーダーのトヴィアは,
どうしても出エジプトのモーセを連想させる。

モーセの時代も,イスラエルの民たちは,紅海分離や天からのマナのような奇跡を目の当たりにしながらも,飢えや不安に襲われると「エジプトの奴隷時代の方がましだ」などと愚痴を言い,モーセを悩ませた。

この物語でも,寒さや飢えから,「ゲットーに帰りたい」と不満を漏らす者や,規律を乱そうとする者が出てきたりして,それらをなだめたり抑えたりするトヴィアの苦労は並大抵ではなかったと思う。

そんなトヴィアが,皆の食料のために愛馬を殺す場面は胸がつまる。強さと優しさと冷静さ・・・・困難を乗り越えなければならない集団を統率していくために必要なリーダーとしての資質を,トヴィアは持ち合わせていたと思う。まさに「男は黙って行動あるのみ」という頼れるタイプだ。
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このビエルスキー・パルチザンに対して,現地では「ポーランド人から搾取した山賊集団」という批判的な見方もあるそうな。しかし,そういう方法で食料調達をしなければ,彼らが飢えた民をここまで養っていくことはできなかっただろう。一番悪いのはやはり,ひとつの民族を,ここまで残虐に抹殺しようとしたナチス・ドイツに他ならないのだから。

史実に基づく,という点がおおいに勉強になるし,きっちりエンタメもしていて,飽きさせないストーリー展開だし,ダニエルもカッコいいし,まだ未見の方はぜひDVDでどうぞ!

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ダウト~あるカトリック学校で~

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1960年代のカトリック系の学校を舞台に,人間の猜疑心をテーマに繰り広げられる心理サスペンス・ドラマ。

ストーリーは地味でラストも歯切れの悪いものではあるが,何と言ってもメリル・ストリープやフィリップ・シーモア・ホフマンの白熱した演技合戦は見どころだった。
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あらすじ:
1964年、ブロンクスのカトリック系教会学校。校長でシスターのアロイシス(メリル・ストリープ)は、厳格な人物で生徒に恐れられていた。ある日、人望のあるフリン神父(フィリップ・シーモア・ホフマン)が一人の黒人の男子生徒に特別な感情を持っているのではないかと疑念を抱くが……。

アメリカが変わろうとしていた1964年。ニューヨークのブロンクスにある聖ニコラス・スクール。この物語の核となる3人の聖職者は,シスター・アロイシスシスター・ジェイムス,そしてフリン神父
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厳格で高潔,何よりも保守的で戒律を重んじる
信仰を持つ校長,シスター・アロイシスとは正反対に,革新的で開放的な思想を持つフリン神父。そしてその両者の間で揺れるシスター・ジェイムスは,新任のフレッシュな歴史教師だ。

ひとくちに聖職者といっても,その価値観や信仰のありようはまことに千差万別だ・・・・とこの作品を観てつくづく思った。キリスト教精神とは・・・・そりゃさまざまな面があるのだけど,シスター・アロイシスは「寛容」「赦し」「慈愛」よりも,「正義」や「断罪」のほうにはっきりと重きを置いている。正義を行うためなら神から遠ざかることになろうとも厭わない,という確固たる信念のもと,疑わしきは罰する,という極端な行動を取る。
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一方,疑惑を持たれるフリン神父のほうは,進歩的で享楽的で,柔軟な信仰の持ち主として描かれている。しかし・・・・人望と同時に,疑惑を持たれても仕方がないような胡散臭さも持ち合わせている。(ホフマンが演じたから余計にそう感じたのか?)アロイシスの疑惑が当たっていたのかどうか,物語はラストになっても明かされることはない。この点はすっきりしないが,真偽を正すことがこの物語のテーマではないので,これでいいのだろう。

この物語のテーマはあくまで,
人間の心を果てしなく支配する疑惑
なのだ。

聖職者でありながら神の教えよりも己の疑惑の方に固執するアロイシスと,同じく聖職者でありながら,とんでもない疑惑を持たれてしまうフリン神父。・・・考えてみればどちらにも人間の弱さが見える。カトリック学校が舞台ではあっても,描かれているのは信仰とはそんなに関係なく,あくまでも人間の物語なのだ。
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シスター・アロイシスが発信した疑惑に,強く心を揺さぶられる若いシスター・ジェイムス。疑惑の真偽をめぐって,彼女は両者の間に立って迷い悩む。もとはと言えば,彼女の言葉がきっかけになって表面化した疑惑ではあるけれど,アロイシスによって問題がどんどん大きくなってくると,生まれつき善意のひとである純なジェイムスにとって,それは重すぎる悩みとなっただろう。エイミー・アダムスの繊細な演技が光る。
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そしてまた,アロイシスに呼びつけられたミラー夫人(ヴィオラ・デイビス)の心情や台詞にも心を打たれた。彼女は言う。「疑惑が本当だとしても,フリン神父には感謝している。息子には気にかけてくれる人が必要だ,自分は息子の側に立ってくれる人間の味方をする」と。過ちを正すことだけに固執するシスターに対して,彼女はひるむことなく息子のために「思いやり」を要求したのだと思う。

それにしても,メリルの演じたシスター・アロイシスの強烈さ。何があのように彼女を「まずはじめに疑惑ありき」のようなものの見方をする人間にしてしまったのか?
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たしかに横暴で,容赦なく人を裁く冷たい人間ではあるが,視力の弱った老シスターをさりげなく気遣う優しさも持ち合わせ,結婚していた過去があり,「大罪の懺悔」も体験しているというシスター・アロイシス・・・・ものすごく複雑で奥の深いキャラクターだ。

そしてラストの彼女の涙。
彼女は自分の非をちゃんとわかっていたし,それに苦しめられてもいたのだ,ということがわかる。でも,その生き方を変えることはおそらく・・・不可能なのだろう,ということも。

自由自在なメリルの顔面演技に圧倒され,登場人物が折りに触れて発する深遠な台詞に翻弄され・・・・なんだかとっても頭を使いながら観た作品だった。(もちろん素晴らしい作品ではあるが・・・ハッキリ言って疲れた~sweat01

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ディア・ドクター

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その嘘は,罪ですか?

物語は,僻村の医師である伊野(笑福亭鶴瓶)の突然の失踪事件で幕を開ける。3年半の間,村人から「神様」とまで崇められ,絶大な信頼を受けていた彼が何故?・・・・・・。現在と過去を行きつ戻りつするストーリーは,次第に伊野の秘密を明らかにしてゆくのだが。

dangerネタバレしてます・・・というよりは,ここから先は,読めばどうしてもネタが推察できてしまうので,未見の方はご注意ください。
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ゆれるを観た時も感じたけど,西川美和監督の作品って,人間の内面をほんとに深くえぐって見せてくれる。「善人の中に潜む罪」だとか,「内面を隠して生きてきた人の正体」とか・・・・。当然,観る側としては,「苦さ」や「痛さ」「やりきれなさ」を味わうことになる。

それでもラストには,雨上がりにうっすらと差す薄日のような「デリケートな癒し」の場面を用意してくれているので,なんとも形容のしようのない余韻が強烈に残るのだ。・・・・これも,そんな作品だった。

鑑賞後に,うーーん,と考え込まざるをえない作品。
辛いような,腹ただしいような,それでもやっぱりほっと安堵するような・・・・自分の中でせめぎ合う矛盾した感情は,きっとそのまま,「伊野」という主人公に対する思いなのだろう,と思う。
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彼が大それた嘘つきであるのは,動かしようのない事実。しかし,彼が患者に親身に向き合い,彼らの役に立ち続けたことも,また事実だし,ハッタリをかます大胆さを持っていたのも事実なら,
患者の心にまで配慮する細やかな優しさを持っていたのも,事実なのだ。


幸運やまぐれ当たりや,看護師の大竹に助けられながら,ばれるタイミングを失った嘘は,もはや真実に近いものとなり,きっと伊野は後戻りできなくなっていたのだろう。

伊野のついた嘘を断罪できるか,どうか・・・?
その答えは観客に委ねられているが,私の中で明確な答えは出なかった。嘘つき=悪人」だという図式が,伊野の場合は成立しないのだ。理屈ではなく,感情でそう感じるのだ。
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ささやかにやっていくつもりだった嘘の生活が,意に反してどんどん派手なものとなり,崇拝者に囲まれる生活。毎日休む間もなく必要とされ,賞賛や感謝を受ける生活は,伊野にとって心地いいものだったのか?いや決してそうではなく,彼は内心,引き際を探していたのではないかと感じた。

そしてそんな伊野と接した人々の気持ちの変化。これもまたある意味ショックだった。あんなに・・・手のひらを返すかなぁ?正体を知った後に?・・・・もし自分が彼の世話になった患者なら?いや,やっぱり刑事の手前,ああいう発言をするのかもしれない。それに,「信じてたのに裏切られた」という腹立ちも感じるだろう。
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そんな中で,彼の嘘を最初から見抜いていた製薬会社の斎門(香川照之)の,伊野への理解の深さを鮮やかに表現して見せた喫茶店でのシーンには唸った。ああいう行動や台詞を入れる西川監督の頭のよさには凄いものを感じるし,香川さんの無駄がない的確な演技がまた最高で!

そして,もうひとり特筆すべきは,八千草薫さんの,さすがの存在感。伊野の嘘を知ったときの彼女の心境は,実際のところ,どうだったのだろう。刑事にはあんな否定的なことを言ったけれど,彼から受けた恩をもすっかり忘れ去ってしまったのだろうか?

その疑問の答えは,ラストの彼女の微笑みに隠されているのだろう。その解釈はまだできないでいる私だけれど・・・・。私的には,彼女は伊野を赦した,と受け取りたい。
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伊野はこの後,どう生きていくのだろう?
どちらにしても,医療に関わる場所にいたい,という彼の思いを感じるラストシーンだったようにも思えた。

監督の人間理解の深さに唸り,そしてそんなデリケートな感情を台詞ではなく表情や仕草だけで見事に表現した俳優陣の並外れた演技力にも唸り・・・・,とにかくお腹一杯になった作品だった。

それにしても,伊野を演じた鶴瓶はつくづくハマリ役だったと思う。お釈迦さまのような笑顔の中で時々見せる「笑ってない目」が・・・伊野のキャラクターをよく表していた。

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劔岳 点の記

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明治時代末期に,陸軍参謀本部陸地測量部(現在の国土地理院)が北アルプスの立山連峰で実際に行った山岳測量を題材にした作品。日本地図を作るために,前人未到の劔岳登頂に命を賭けた男たちの物語だ。

あらすじ: 明治40年、日本地図完成のために立山連峰、劔岳への登頂に挑む、陸軍測量手の柴崎芳太郎(浅野忠信)ら7人の測量隊。山の案内人、宇治長次郎(香川照之)や助手の生田信(松田龍平)らと頂への登り口を探すが、生田が足を滑らせけがを負ってしまう。大自然の厳しさを見せつけられた測量隊だったが、柴崎と宇治はある言葉を思い出し……。(シネマトゥデイ)
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不屈の信念を持って為すべきことをやり遂げた男たちの物語を,同じく不屈の信念をもった監督が,妥協することなく緻密に撮りあげた作品だった。その見上げた職人魂に,惜しみない拍手を贈りたい。

撮影助手出身だという,木村大作監督の映像の素晴らしさ。この映画の真の主役ともいえる,立山連峰の大自然を,目が覚めるほどクリアで美しい色彩と雄大なカットで映し出した各ショットには,ただただ息を呑むばかり。
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全編CGを一切使ってない,という監督のこだわり。どうやって撮ったんだろう。」「日本にもこんな美しい場所があるのか・・・」と何度も心の中で唸りながら,大自然の美しさと厳しさは表裏一体だという,劇中の台詞に深く感銘。

手抜きすることなく,丹精込めて作り上げた作品は,やはりCG作品とは一線を画する重厚な輝きがあり,撮影するスタッフも,そしてそれに付き合った俳優陣もどんなにか大変だったろうと,その苦労が偲ばれる。聞けば,数ショットの場面のために俳優たちは9時間も山道を歩かされたとか・・・・うわぁ。
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・・・と,ここまで映像のことばかり褒めてきたが,もちろん見どころはそれだけではなく,劔岳の登頂達成を通して,明治という時代に生きた人々の持つ強靭さや真摯さや,礼節を重んじる精神などなど・・・・日本人であることが誇らしくなってしまうような感動が詰まった物語だった。

劔岳登頂を目指す人々・・・・。
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主人公の測量官,柴崎芳太郎(浅野忠信)は,功を焦らず常に冷静に使命を果たそうとする誠実な人物で,予測のできない事態が連発する一行を率いるには,最高の司令官だったと思う。彼の礼儀正しく思いやりの深い人柄に触れるうちに,最初はぎこちなかった人足たちの心も,次第にひとつにまとまっていく。

浅野さんって私はこの作品が初見だったのだけど,和製ショーン・ビーンにも見えなくもない,お顔は地味ながら,なかなかカッコいい御仁で,スタイルや姿勢がいい!(足長っ!)
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そしてもう一人の主役といってもいい,山の案内人を務める宇治長次郎(香川照之)。まぁ,これ以上のハマり役はないでしょう。山のような荷物を背負って蓑や菅笠を身に付けた扮装のよく似合うこと!

謙虚で寡黙で,なんとも頼りがいのある山歩きのプロ,長次郎。ウィキで調べたところによると,登頂するときに登った三ノ沢雪渓は,彼の名にちなんで,長次郎谷,または長次郎雪渓と呼ばれているそうな。とにかく山が好きで,自然が好きで,純粋にその能力を使ってお役に立ちたい・・・というひたむきな思いが全身から伝わってくる香川さんの演技に今回も脱帽。

しかし,演技力だけでなく,
相当な体力が要っただろうな・・・この役

ほんに,御苦労さんでした。m(_ _)m
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あと,仲村トオルさん(ダンディ!)だとか,宮崎あおいちゃん(日本女性の鑑!)だとか,役所広司さん(渋い!)だとか,笹野高史さん(今回はヤな役)だとか,そのほかも,脇役に至るまで名優ぞろい。

鑑賞後は,ごく自然に衿を正したくなる作品だった。これからはどんな小さなことにも誠実に,困難にめげずに頑張ってゆこう・・とか,評価されてもされなくても,自分の務めは最後まで果たそう・・・とか,そんな思いにかられてしまった。・・・願わくば,この思いが三日坊主になりませんように。

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ターミネーター4

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初めて観たとき,
その斬新なストーリーにすっかり魅せられたT1。
ファーロング少年と,シュワちゃんの間の友情に泣けたT2。
・・・・そして,「見なかったことにしよう」と思ったT3。

で,忘れた頃に製作された,このT4は・・・・。
3の口直しとしては,まずまず上出来だと思う。
ベイルやっぱしかっこよかったし。

あらすじ:
“審判の日”から10年後の2018年。人類軍の指導者となり、機械軍と戦うことを幼いころから運命づけられてきたジョン・コナー(クリスチャン・ベイル)。今や30代となった彼は、人類滅亡をもくろむスカイネットの猛攻が開始されようとする中、ついに人類軍のリーダーとして立ち上がることになる。(シネマトゥデイ)
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このシリーズは,1からずっと,ジョン・コナーの成長を追うように製作されているが,今回は成人したコナーが,スカイネットに対抗する抵抗軍のリーダーとなって活躍し,自分の未来の父であるカイルの命を助けるお話がメインで,そこに新型のターミネーター,マーカスの物語が絡む。

毎回,各ターミネーターが,進化した得意技を披露してくれるのがこの作品のお約束だけど,今回の新型ターミネーターは,見た目も心も人間そっくり,というか,人間の心を残したまま製作されたターミネーター。彼の苦悩や葛藤,そしてラストのある選択もまた,この物語の見どころとなっている。
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マーカスを演じた俳優さん・・・どことなく,ベン・アフレックに似てた。ベイルを食ってしまうくらい存在感のある役だった。

T1で過去にワープしてコナーの父となるカイルを演じたアントン・イェルチン君は,ロシア出身の可愛い俳優さんで・・・・。コナー誕生に一役買うことになるため,スカイネットから命を狙われるのだが,もし彼が死んでしまった場合,その地点でコナーの存在って,消滅するんかな?とちょっと気になった。

コナーひとりがわけを知ってる親子対面は,観てるこっちも不思議な気分・・・・。目の前の年下の青年を見ながら,コナーは「これが僕の父さんか・・・」と感無量に思ったかしらん。
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この作品で面白かったのは,ターミネーターだけでなく,いろんな戦闘ロボットが出てきたこと。

バイク型追跡ロボット,水中ロボット,
ターミネーターの巨大版・・・

メカ好き,ロボット好きの男の子は大喜びしそうだ。

ただ,私ときたら,今回も007の時と同様,戦闘シーンはところどころ眠っていたようだ。疲れていたというのもあるけど,どうも私は台詞がなくて「ドカーン!」「ズドーン!」と大音響が連発するシーンになると,条件反射的に睡魔に襲われる体質らしい。
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だからといって,この作品が退屈だったというわけでは決してない。
肝心なシーンはちゃんと起きて観てたし。coldsweats01

それにしても,CG処理なんだろうけど,シュワちゃんが登場したときは嬉しくてつい大笑いしそうになった。やっぱり,彼(すっぽんぽん)と,あの元祖ターミネーターが出てこないと,この作品を観た!って気がしないものね。
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チェイサー

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最近低迷していたかのように見えた韓国映画界だが,久々に大絶賛を浴びている作品が登場したらしい・・と聞いて,遅ればせながらまだ公開してくれてる,隣県のミニシアターにまで観に行った。それも夜。

なんでも,実在した韓国の殺人鬼ユ・ヨンチョル(10か月に21人を殺害)をモデルにした作品だそうで・・・・。おまけに監督はこれが初の長編映画だというから驚く。(多少ネタばれもしてるので,未見の方はご注意ください。)
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あらすじ:
デリヘルを経営する元刑事ジュンホ(キム・ユンソク)のところから女たちが相次いで失踪(しっそう)して、ときを同じくして街では連続猟奇殺人事件が発生する。ジュンホは女たちが残した携帯電話の番号から客の一人ヨンミン(ハ・ジョンウ)にたどり着く。ヨンミンはあっけなく逮捕されて自供するが、証拠不十分で再び街に放たれてしまい……。(シネマトゥデイ)

凄い・・・凄すぎる。
やっぱり,こういう重く救いのないクライム・サスペンスを撮らせたら,韓国の右に出る国はないかもしれない。
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殺人の追憶オールドボーイなどもこの手の衝撃作だけど,韓国にはこのレベルの作品を撮れる監督さんが,一人だけでなく複数いらっしゃる,ということに感嘆するし,また俳優さんのレベルもくやしいけど日本よりずっと上だと思う。

だって,この「チェイサー」の主演のお二人って,どちらもイケメンでもなんでもないし,日本じゃそんなに知名度も高くない(と思う)のに,こんな素晴らしい演技をサラリとやってのけるのだから。韓国ではもしかしたら,脇役レベルの俳優さんも,いざとなれば堂々と主役を張れるくらい名優ぞろいなのかもしれない。
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特に,犯人を演じたハ・ジョンウの不気味さには,ほんと鳥肌が立った。絶対の愛にも出てた俳優さんらしいが,その時は記憶に残らなかったのに・・・・。

そう,記憶に残らないくらい凡庸な外見で,それゆえに一見,人畜無害に見える犯人。荒々しい面構えの警察の面々のほうがよほど人相が悪いかもしれない。

しかし,怖気をふるう残虐な殺害法(屠殺!)や遺体の処理の仕方などを,まったく普通の口調で淡々と語る彼を観ていると,背筋がじわじわと凍りつくような得体のしれない恐怖を感じる。罪の意識をかけらも持ち合わせていない,まるで呼吸をするのと同じくらいたやすく自然に人を殺せてしまう,こんなモンスターのような人間が本当に実在したとは・・・・。
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そして,警察の手を借りずに単身で犯人を「追う」主人公を演じたキム・ユンスクの「内面の変化」を表現する演技もまた,見事の一言に尽きる。

登場したときは決して善人ではなく,刑事崩れのデリヘルの元締めであり,言ってみれば女を食い物にする商売で,生計を立てている最低の男だったジュンホ。打算的で粗暴で,雇われている女性からは,陰でゴミとまで呼ばれていた彼が犯人を追うきっかけになったのは,自分のところの女の子が続けて行方不明になり,犯人に売り飛ばされているのではないか,と疑ったからだった。
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ほんとに,自分のことしか考えてないような,傲然とした表情を見せていた彼が,物語が進むにつれて,どんどん変わってゆく。

徐々に明らかになっていく,
犯人の言語を絶するほどの非道さ。
足を引っ張るばかりで役に立たない無能な警察。
風邪で休んでいたミジンを無理やり仕事に行かせた自分。
そして,残されたミジンの幼い娘の存在。

それらを目にするうちに,ジュンホの顔には,恐怖,他人のための怒り,哀しみ,そして自責の念・・・など人間らしい感情が浮かぶようになる。同時に,だらしない印象しかなかった彼が中盤からは,次第に精悍な雰囲気をただよわせ始める。
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それにしても,物語は観客の,予想というか期待をことごとく裏切ってくれる展開を見せる。「ええっ?そんなぁ!」と心の中で悲鳴を上げながら,観客は画面から一時たりとも目を離すことができない。
ヒロインのミジンが助かりますように・・・・
ジュンホに負けないくらい,誰もがそれを念じたに違いない。

それなのに・・・優先順位のおかしい警察や,犯人の運の強さやなにやらで,救いのない展開になってしまう。

あのとき,煙草屋のおばさんが余計なことを言わなければ。
警察が通報を聞いてすぐに駆けつけてくれていれば。
いやもともと,警察が犯人を釈放さえしなければ。
あの張り込んでた女刑事が,
煙草屋に踏み込んでくれていれば。
そして,ジュンホがミジンからの電話に出ていれば。

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仕方がないことだし,実際にこんな不運の重なることってあるのだけど,それでもやっぱり体が震えるくらい悔しかったし,もどかしかった。

事実上の遺言となってしまった,
ミジンからの留守電のメッセージは哀しすぎる。

被害者に関して言えば,ここまで救いがない設定は,すごく後味が悪いものだけど,実在したユ・ヨンチョルの事件でも生還者はたぶんいなかったことや,犯人が他者にもたらす悪を徹底して描いた,という点では,やはりこういう流れでよかったのだろう。(…ハリウッドなら生還させそうな気がする。)
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鑑賞後の後味は,苦く重いだけではない。

嫌われ者として生きていたジュンホは,この事件をきっかけに,他者を助けたい,守りたい,という感情を持つ人間へと再生することができた。おそらくこれからは,今までの稼業からは足を洗い,ミジンの遺児の面倒も見ることだろう。ラストシーンでそれが予測できるということは,この果てしなく恐ろしく禍々しい物語の中で,一条の光のように輝きを放つ。
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闇が深ければ深いほど,
どんなささやかな光でも,
その存在は際立つものだ。


それを感じることができたことが唯一の救いだったし,この作品にそれを盛り込んだ監督の考え方や手腕にも敬意を表したいと思う。

どうしようもない悪の存在は確かにあるものだし,その反対に,人はどんなきっかけでも再生できる可能性を秘めている。監督はクリスチャンだと,どこかで読んだが,悪の描き方の容赦のなさと,その反面,そんな体験からも再生できる人間を描いていること,などから,「なるほどそうかもしれない」,と納得した。
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しかし,怖かった・・・・

ノミと金づちを使った殺害シーンは思わず目をそらしてしまったし,坂道の路地の追跡シーンも・・・迫力もあったが,舞台そのものが不気味このうえなかった。犯人と主人公の格闘シーンも,韓国映画やドラマにありがちな,華麗なアクションではなく,不格好で,死に物狂いで,ほんとに殴り合ってるようなリアルさがあった。(きっとほんとに殴り合っていたのかも)

鑑賞後は,さすがに夜道の山越え(人家もないし)・・・・
すこし怖かったなぁ。

ハリウッド・リメイク・・・このアジア映画特有の泥臭さや気味の悪さを,ハリウッドで出せるとも思えないけど,せめて「ありがちな猟奇殺人犯から,レオが恋人救出に成功したお話」にだけはならないことを祈る!

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デビルズ・バックボーン

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解説:
『ブレイド2』や超大作『ヘルボーイ』の成功でハリウッドでも注目を集めるメキシコの異才、ギレルモ・デル・トロ監督がスペインに招かれて撮ったホラー映画。激情型の男を演じたスペインのビッグスター、『オープン・ユア・アイズ』のエドゥアルド・ノリエガや、新星フェルナンド・ティエルブの熱演も見ものだ。ヨーロッパの血塗られた歴史と風土に培われた、怨念のすさまじさが霊を生息させ、さらに恐怖の結末を招く。(シネマトゥデイ)

ギレルモ・デル・トロ監督は私はホラー限定で好きだけど,最初に観たのはこの作品だった。おどろおどろしい題名ではあるけど,実はこの「デビルズ・バックボーン(悪魔の背骨)」というしろものは,そんなにストーリー上,重要な役割はしていない。なんでこんな題なのかいささか不思議である。
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物語の舞台は,内戦時代のスペイン。内戦で両親を失い,人里離れた荒野の真ん中のサンタ・ルチア孤児院にやってきたカルロス少年は,そこでサンティという名の少年の幽霊を目にするようになる・・・・。

パンズ・ラビリンスの原点のような雰囲気を持つこの作品,陰惨な時代背景ゆえか,陽光のあふれる昼間のシーンでも,まるで真夜中のような不気味な暗さが漂っている。
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もと共和党の闘士だった義足の女院長先生。
地下の不気味な貯水槽と,
中庭に落下したまま放置されている不発弾。
隠し事や悪事をいっぱい抱えていそうな,胡散臭い男前の管理人。
生薬として売られる,胎児漬けのラム酒。
(うげー( ̄Д ̄;;)。
・・・それを飲む老医師カサレス。(ぎょえぇぇ!((゚゚дд゚゚ ))!!。
このラム酒漬けの胎児の背骨を,デビルズ・バックボーンと呼ぶらしい。

いやはや,これだけ揃うと,別に幽霊が出なくても,
十分に気色の悪い孤児院shockshock・・・であると思うが。

そしてサンティ少年の幽霊は・・・・・・こんな感じ。
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けっこう・・・いやかなり怖いかも。
このサンティくんのヴィジュアルは。
さすが,「異形のもの」のヴィジュアルには,こだわりのある監督らしいと思った。このサンティ少年の霊は何を訴えたいのか・・・彼は繰り返し,カルロスの前に現れ,「大勢死ぬぞ」というセリフを囁く。

しかし,この物語の中で,本当に怖いものとして描かれているのは,実は幽霊ではなくて人間だ。

物語の後半,孤児院の少年や教師たちは命の危険にさらされ,物語は俄然,ホラーからサスペンス・アクション風に面白くなってくるが,敵はなんと反乱軍ではなく,戦争によって良心が冒されてしまった「身内の人間」だった。
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エドゥアルド・ノリエガ
が演じた,管理人のハシント
思わず見とれてしまうくらい,ワイルドでセクシーだが,これがとんでもない極悪人で。目的のためには,恩人だろうが恋人だろうが,子供だろうが平気で殺してしまうような男なのである。

しかし,彼がこんな冷酷な人間になったのも,内戦で家族を失って愛のない少年時代を過ごしたからであり,彼もまたこの時代の犠牲者なのかもしれない。
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デル・トロ監督のホラーは,こんな風に,理不尽で不幸な目に合う子どもたちが主役になることが多いし,ラストに用意されている救いや癒しも,この世的なものではないことが多いけれど,この作品はラストに現実的な救いがあると言えるだろう。

カルロスを中心とする生き残った少年たちは,勇敢にもハシントと闘うのだが,少年たちに手を貸すのが,サンティ少年と・・・もうひとり,「あるひとの幽霊」が登場する。このシーンはちょっと感動するかもしれない。少なくとも私はじーんとした。
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作品の題名だけ見るとオカルトもののようだけど,これは幽霊の因果応報の物語である。因果応報の物語って,たとえ怖くてもやっぱりカタルシスが漂うものだ。それに,ただ怖いだけでなく,立派なヒューマンドラマとしても観ることができる作品だと思う。

怖いのが絶対にダメ・・・というひとにはお勧めしないが,ものすごく怖いわけではないし,味わいと余韻のあるホラーが好きな方には,太鼓判を捺せる作品である。

私はこの作品では,幽霊よりも,人間の邪悪さや,それを生み出した「内戦」という時代背景の方がよほど怖く感じられた。

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