オッペンハイマー
原爆の父と呼ばれた天才科学者オッペンハイマーの栄光と没落を実話に基づいて描いた作品。オッペンハイマーを演じるのはノーラン作品では常連の名優キリアン・マーフィー。これは観なければ!と、原作未読でなんの予備知識も入れずに劇場で鑑賞。んで、当然のごとく混乱した。一筋縄ではいかないノーラン監督作品。もちろんこの作品も時系列どおりに見せてはくれない。
いや、時系列通りではあるのだけど、オッペンハイマーの国家機密のアクセス権をめぐる密室での聴聞会(1954年)と、ルイス・ストローズ(ロバート・ダウニー・Jr)が主役の上院での公聴会(1958年)が交互に出てくるので「今はいつ?」「これは誰?」「この人はオッピーの味方?それとも敵?」状態で初見時は混乱。二度目鑑賞のときは人物や関係性も調べていったし、公聴会のシーンはモノクロだと気づいたので(遅い!)話についていけた。はじめっから順に見せてくれや!とは思ったけどね。
オッペンハイマーの偉業すなわちトリニティ作戦がいかにしてなされたか、どのような人々がそこに関わっていったのか、という経緯は、聴聞会の場面が進行するにしたがってオッペンハイマーの回想として描かれる。そこに登場する名優さんのまあ多いこと!登場場面が少ししかない名優さんもいる。マット・ディモン、ジョシュ・ハートネット、ケイシー・アフレック、ジェイソン・クラーク、ケネス・ブラナー、ラミ・マレック・・・いやもうなんて贅沢な!そして男優さんたちが役作りのためか恰幅よく太っている人も多かったような。(キリアンとロバート・ダウニーとラミは除く)
そして、狡猾で尊大な表情を巧みにみせたトルーマン大統領役があのゲイリー・オールドマンとは最後まで気づかなかった!オールドマンは、過去映画でチャーチル役でも見事に化けたけど、今回もお見事。短時間の出演なのに怪演から目が離せず、この役者さん誰よ!となってググってびっくりした。いやぁ全くわからなかった。このトルーマン(今作ではほとんど悪役だが)言ったセリフの中で「彼ら(日本人)が恨むのは、原爆を作った君ではなく落とした私だ。」というのがすごく印象的だった。だから罪悪感を感じることはないと慰めるのではなく、決定権は我にありと威張って使っていたみたいだけど。そりゃそうだよ、と腑に落ちた。確かにオッペンハイマーなくては作ることができなかった原爆だけど、兵器としての明確な意図を持って作らせたのも使用したのも政治家なのだから。
オッペンハイマーの天才ぶりと同じく、彼の変人ぶりというか世の中や人付き合いに関する疎さ(うとさ)も感じられ、たとえばすぐに人を信じてしまうとか、あれだけ有名人になっても無防御過ぎる天然ぶりとかもよく描かれていた。ある意味純粋すぎて、だから人にも利用されやすく罠にも気づかないのだろう。トリニティ作戦のためにあつらえた新居にはなんとキッチンを作るのを失念していて、妻に指摘され「そうか、すぐ作るよ」って…Σ(・□・;)そんな夫を最後まで支え続けた戦友のような妻キティをエミリー・ブラントが演じていたのがすごく適役!
最後にオッペンハイマーがやっと報われた授賞式で、かつて彼を裏切る証言をしたテラー(ベニー・サフディ)が握手を求めてきた時に、オッペンハイマーは快く応じたのに、妻は差し出された手を無視し、彼を何とも言えない表情で睨みつけたシーンが印象的で好き。
これだけの名優たちの名演技と凝った造りで、やや難解ながらもぐいぐい惹きこむパワーはすごいとしかいいようがない。原爆開発に対して科学者たちの思いと政治家の思惑は実は相容れないものだと改めて実感する。
被爆国である日本人からすれば、確かに辛い場面もある。被爆した日本の実際の映像が使われなかったことも残念だし、オッペンハイマーの功績を大歓声と拍手でたたえる民衆のシーンは観ていてやはり気持ちいいものではない。
しかし、だからといってこの作品の評価は下がるものではないと、戦争を知らない世代の自分は思う。賛否両論あるにしても、取り上げたテーマ、監督の手腕、役者たちの演技など、紛れもなく傑作だと思うから。
キリアン・マーフィー。好きな役者さんだったけど改めて惚れました。
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