正欲
最初から最後まで、正座してずっと目を凝らして鑑賞しているような、そんな気持ちにさせられた作品だ。もちろん映画館だから実際に正座していたわけではないが。
多様性を受け入れ、みんな違ってみんないい、という考えが浸透している現在でも、こんなに生きづらい指向を持った人たちがいるんだと初めて知った。何に対して性的に興奮するかは実はみんな違っていて、相手が異性であっても、惹かれるタイプや場面や身体箇所などは千差万別だ。しかし犯罪にさえ走らなければ、異性を愛することは排斥も差別もされない、当たり前のこととして受け入れられている。いや、相手が同性であってもこれは当てはまると思う。
しかし、相手が人間でない、という指向は考えたこともなかったし、実際に想像も出来ない。犯罪に走るわけでもなく、誰に迷惑をかけるわけでもないのに、その指向を公言できずに隠し通して生きる登場人物たちの苦しみと諦め。それは、言っても理解してもらえない、という絶望感から来るものなのだろう。声高に叫んで理解や市民権を得るにはあまりにも異様で、受け入れがたいという反応が返ってくるだろうから。実際、稲垣吾郎が演じた検事の反応も、「あり得ない」だった。自分も明らかに彼の側だったと感じつつも、磯村勇斗や新垣結衣の、「やはり理解してもらえない」という、何ともいえない暗い表情には胸が締め付けられた。
忘れられない印象的なセリフはいくつもあった。
「この星に留学しているような感覚」「いなくならないで。」「社会のバグ」「この世界で生きていくために手を組みませんか。」「誰に説明したってわかってもらえない者同士、どうにか繋がり合って生きているんです。」「いなくならないからって伝えてください。」
・・・・彼らの孤独や絶望や憧憬が切ないほど伝わってくる。
俳優さんたちの表情の演技が特に素晴らしく、ラストシーンでの稲垣吾郎の、瞳の動きだけで内心の動揺や敗北感を見事に表現した演技には感嘆した。
磯村勇斗は社会問題を描いた作品に多く出演しているが、作品によってガラリと雰囲気を変えることのできる名優だと改めて感じた。かっちりとした装いで刑事や公務員を演じるのもハマるし、「昨日何食べた?」の小悪魔的で破天荒キャラのジルベールも可愛い。「月」でみせた心が壊れかけた殺人犯の役は、彼にしかできなかっただろう。彼の出演する作品はハズレがないので必ず観ることにしている。
最近のコメント