波紋
大好きな実力派女優の筒井真理子主演。監督は『川っぺりムコリッタ』などの荻上直子。 光石研,磯村勇斗、柄本明など名優ががっちりと脇を固める。ヒロインの主婦を通して、老々介護や新興宗教、障害者差別、冷え切った夫婦関係などの女性を取り巻く様々な問題を描く。
あらすじ 須藤依子(筒井真理子)は、緑命会という水を信仰する新興宗教にのめり込み、祈りをささげては勉強会に勤しんでいた。庭に作った枯山水の庭の手入れとして、1ミリも違わず砂に波紋を描くことが彼女の毎朝の習慣となっており、それを終えては静かで穏やかな日々の尊さをかみしめる。しかし長いこと失踪したままだった夫の修(光石研)が突然帰ってきたことを機に、彼女を取り巻く環境に変化が訪れる。
女性特有の家族の呪縛に苦しんだこともある自分としては、ヒロイン依子の置かれた境遇に対する怒りや悩みに、200%共感しながら観た。今の若い人にはわからないかもしれない。依子くらいの年齢の主婦なら、この葛藤や忍従に「あるある」と頷ける場合も多いと思う。
寝たきりの父親を妻に丸投げして失踪したあげく、自分が癌になったからといって治療費目当てに帰ってくる身勝手すぎる夫や、遠く離れた地で就職し、ある日突然、聴覚障碍者で年上(おまけに性格に難あり)の恋人を予告もなく紹介し「結婚するから」という一人息子。パート先のスーパーでは、理不尽な値引きを要求する高齢客に絡まれ、庭に侵入してくる猫についてご近所さんに苦情を伝えると、とたんにそっぽを向かれる。
そのたびに険しい表情にはなっても、反論も拒絶もせず結局のところ受け入れてしまっている依子の姿に、じれったさを感じて映画館の暗闇の中で、ついつい彼女の代わりに拳を握りしめてしまう自分がいた。新興宗教にのめり込んでそこに慰めや生きがいを見出している依子の姿はもちろん滑稽ではあるが、そうでもしないとやっていけない救いのなさがよくわかる。
パート仲間からの「仕返ししてもいいのよ。」というアドバイスには激しく同意。表面は波風を立てぬよう、心の中で、もしくはバレない程度に溜飲を下げる復讐。いいじゃないかそれくらいしても。夫の歯ブラシで排水溝を掃除する依子の姿には「その手があったか^^」と思わずニンマリ。夫役の光石さんが「よい人」っぽいキャラなのでなんだか気の毒に思えるのだが、冷静に考えてみればこの夫の仕打ちは一般的に考えてとても許せるものではない。そうそうまさに「なかったことにはできないんだからね。」なのだ。
とにかく登場人物がみんな曲者で、「普通の」「平凡な」「常識的な」キャラが一人もいないし、ストーリーもアクが強くって、ブラックな笑いと緊張感に満ちているので最後までヒヤヒヤしっぱなし。
ラストシーンは印象的だった。
ついに自宅で息を引き取った夫の出棺のシーン。おそらく直葬なのだろう、自宅から直に火葬場へ運ばれていく風に見える棺桶。その時、葬儀社の係員が庭石に足を取られて転び、ひっくり返った棺桶から遺体が少し飛び出してしまう。それを見てなんと高笑いする依子をギョッとした目で見つめる息子。今まで抑えていた気持ちが一気に解放されたような妙な清々しさが画面に漂った瞬間だった。
その後に依子が雨の中を一人で踊るフラメンコは圧巻。彼女はもう新興宗教とも縁を切って新しい一歩を踏み出せるのかなと思った。
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