ラーゲリより愛を込めて
映画館で鑑賞。いつも新作は何の予備知識も入れずに観に行く。この作品もそうしたのだけど、なんと中盤から後半にかけて、慌ててバッグからハンカチを引っ張り出すはめに。涙腺が固いのか、滅多に泣かない私が、十数年ぶりに映画で泣いた。・・・・いや、これもう反則だろ。絶対泣くよこのシーン、と心でつぶやいたのはもちろん、山本さんの遺書を家族の前で涙ながらそらんじる仲間たちのシーンだ。特に、母を喪った無念さと悲しみを抱えた松田(松坂桃李)が、自分の母と山本さんの母(市毛良枝)を重ね合わせて涙する場面は心の中で号泣した。実話なんですね、これ。
↑ 山本幡男さんご本人
終戦後にソ連に抑留された人たちのこんなにも長い理不尽な苦しみ。
希望を捨てずに待ち続ける家族の想い。
絶望と怒りと苦難しかない収容所生活の中で
山本さんが仲間たちに与え続けた希望と生きる力。
まさに暗闇の中に灯を灯し続けた山本幡男さん。なぜ彼にそんなことができたのか、たとえばナチの収容所でも同じように愛と希望を説き、しまいには自分の命までも仲間に与えた人物としてコルベ神父が有名だけど、山本さんは宗教による希望や博愛精神を持っていたわけではなかった。彼を支え、仲間たちに生きる意欲をもたらしたものは、彼の思想や人柄や深い教養から来たものであり、映画にはくわしく描かれてなかったけれど、彼は自暴自棄になりがちな仲間たちのために、「故国を忘れないように」と日本語の素晴らしさを伝える句会や文芸誌発行を収容所内で行ったという。
山本さん以外で主要な役割を占める4人の捕虜たち。松田研三(松坂桃李)、相沢光男(桐谷健太)、原幸彦(安田顕)、新谷健雄(中島健人)は皆、実は映画オリジナルのキャラクターだという。しかし全くのフィクションかというとそうではなく、多くの捕虜たちのさまざまなエピソードの集合体としてこの4人は存在するのだそうだ。祖国に老いた母を残してきた者や身重の妻を残してきた者。捕虜になる前は上官だったものや一兵卒だった者。それどころか兵士ですらなかった不運な者など、実際に様々な事情やトラウマを抱えた捕虜たちがいたことだろう。
今年は日本でも大寒波の冬。零下数度でも寒くてたまらないと感じるのに、酷寒のソ連での収容所生活は暖房どころか窓ガラスすら破れた小屋での生活で、多くの捕虜が寒さと飢えで命を落としたことだろう。いつ帰れるか…果たして本当に帰れるのか・・・それまで生きることができるのか。帰国の望みが絶たれるたびに、彼らの心は絶望の中に沈んでいったに違いない。そんな中で山本さんが仲間たちに与え続けた優しさと希望への不屈の精神。「心の中の想いや記憶は奪えない。」という信念は、のちに山本さんの遺書を仲間たちが遺族に届ける手段として、まさに発揮されることになる。
終息の見込めない疫病と蔓延る犯罪。深刻化する貧困。重税。年々ひどくなる災害。今の日本はどんどん暗くなっていくばかりに感じられ、未来に希望が見えないと感じる理由が多いけれど、この映画を観て少し心が晴れた。どんな境遇に置かれたとしても、人は心の持ちようや信念で、こんなにも強く優しくなれるんだと知ることができたから。
仲間を励まし続けた山本さんは家族のもとへ帰ることができなくて、どんなに無念だったかと思うけど、彼の勇気や愛が没後70年もの歳月を経て映画となり、現代の私たちのもとに届いたことに感謝したい。
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