ある男
劇場で鑑賞後、原作も読んだ作品。
あらすじ
弁護士の城戸章良(妻夫木聡)は、かつての依頼者である谷口里枝(安藤サクラ)から亡き夫・大祐(窪田正孝)の身元調査を依頼される。離婚歴のある彼女は子供と共に戻った故郷で大祐と出会い、彼と再婚して幸せな家庭を築いていたが、大祐が不慮の事故で急死。その法要で、疎遠になっていた大祐の兄・恭一(眞島秀和)が遺影を見て大祐ではないと告げたことで、夫が全くの別人であることが判明したのだった。章良は大祐と称していた男の素性を追う中、他人として生きた男への複雑な思いを募らせていく。(シネマトゥディより)
興味深いストーリー設定と一流俳優陣の見事な演技で、ぐいぐい惹きこまれた作品だった。イケメンだけでなくカメレオン俳優でもある妻夫木聡の繊細な演技はもとより、今作で唸らされたのは窪田正孝の名演。過酷な運命に押しつぶされながら懸命に行き場を探してあえぐ大祐をこれ以上ないくらい見事に演じ切っていたと思う。
これは過去をリセットし、まったく別の人間と人生を取り換えた男たちの物語。戸籍だけでなく過去の人生まで誰かと交換したいと思わせるほどの何かが、それぞれの人生に存在した人々。・・・・そんな人、そんなにいるんだ。というのがまず初めの正直な感想だった。それだけでなく、戸籍のロンダリングを世話するブローカーまで存在するとは。
自分の人生に100%満足している人間なんて、そりゃいないだろうけれど、戸籍を交換したいという思いを持つ人間はみなそれぞれ不幸な過去を持っているわけで、不幸なもの同士で交換しても結局後でいろいろ不具合が出てくるのでは・・・と思うのだ。それでもとにかく自分のアイデンティティを捨てて別人になれさえすれば・・・と願うほどの事情があるのだろう。
家族に絶望して失踪した老舗旅館の次男坊と、在日韓国人であることにずっと人知れぬ苦痛を抱えてきた弁護士。そして凶悪殺人犯で死刑囚の父親とそっくりの容姿を持つ息子。この三名を比較すれば、一番最後の大祐の苦しみに比べれば前の二人の「別人になりたい」という動機は弱すぎるような気もする。
戸籍を取り換えてまで自分の本来のアイデンティティから逃げたい事情って、犯罪者の家族を持ち世間から差別される人とか、宮部みゆきの「火車」のように借金から逃げたい人くらいなのかな、とこれまでは思っていた。だけど、先日観たTV番組で、「人間関係を完全にリセットしたいと思った人や実際にリセットした人」が現在では増える傾向があることを知り、驚いた。そういう願望を持つ人が増えたのも事実かもしれないが、昔に比べてリセットしやすい社会になっているのかもしれないとも思った。そんな風に、いろいろなことを考えさせられる作品だった。
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