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2020年5月31日 (日)

牯嶺街(クーリンチェ)少年殺人事件

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台湾ニューシネマの旗手といわれた天才監督エドワード・ヤンの映画史上に残る傑作。アマゾンプライムで配信されたのでようやく鑑賞。上映時間4時間という長尺の作品だが、おうち鑑賞ができたので休憩をはさみつつ二晩かけてゆっくり味わえた。1961年の6月に台北の牯嶺街で実際に起こった未成年の少年による殺人事件をもとにしている。交際中の少女を衝動的に刺殺してしまった少年の心中は、一体何が起こっていたのか?

1960年代初頭の台北。主人公の少年、小四(シャオスー)の両親は中国本土からよりよい生活を夢見て台湾に移ってきた外省人。しかし一向によくなる兆しもない生活や、大陸へ帰ることもできない現実を前にして、彼ら外省人の世界には不安や閉塞感が充満していた。物語は小四が建国中学昼間部の受験に失敗し、夜間部への進学を余儀なくされるところから始まる。
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複雑で不安定な当時の台湾の世情を背景に、実年齢よりずっと早く大人にならなくてはならなかった少年たち。建国夜間部の小四の友人たちは「小公園」という不良グループに属し、「217」グループと争っていた。「小公園」のリーダーのハニーは、対立するグループのボスを殺して逃亡中で、グループの中では跡目争いも生じていた。そんな中、小四はハニーの彼女の小明(シャオミン)という女学生に出会い、彼女に恋心を抱くようになる・・・。

陽光のあふれるのどかな昼間の風景よりも、圧倒的に夜のシーンが多い作品だ。固定撮影による長回しの映像。闇の中から現れて闇の中に去っていく登場人物。あるときは窓の外から、またある時はなんと押し入れの中から映し出される風景。声だけの演技。なによりも光と影のコントラストが際立っていた。闇のなかに灯る電球やろうそくの明かりがはっと息をのむほどに美しいのは、闇が深いからこそだと気づく。実際に自分がそこにいて眺めているのでは、と錯覚を起こしそうな強い臨場感。こんな映画は初めてだった。

確かに4時間は長い。しかし不思議と飽きなかった。小四を取り巻く環境や家族、友人、そして彼の小明に対する気持ちの揺れや変化などを、細やかに至近距離でずっと見守ることによって、最終的には彼の純粋ゆえの狂気や怒りも理解できたような気がする。小四の心情を吐露する台詞は多くはないけれど、何が彼を追いつめていったのか、物語そのものが丁寧に語ってくれている。だからこそ必要な4時間なのだ。実は二度続けて観てしまった。合計8時間。三日がかり。でもそれだけの値打ちのある作品だし、4時間のうちで無駄なシーンはひとつもないと感じたから。そしてDVDも買った。DVDの映像はさらに美しかったから。ストーリーをじっくりと味わうだけでなく、映像も楽しむ作品であるから。
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思えば物語の始まりから、小四は挫折や失望の連続だった。受験の失敗。教師による度重なる理不尽な叱責。不良グループとの軋轢と小明との葛藤。彼を愛し、支えようとしてきた両親もまた、外省人ならではの切実な悩みを抱えて苦しんでいた。そして極めつけは、彼にとって全く納得のいかない退学処分と、親友の子馬と小明との関係。努力しても誠意を尽くしても、事態は思うように展開してくれないこの時代の台湾ならではの現実を前にして、根は内向的で真面目な彼は、自分でも気づかないうちにじわじわと心中に怒りをため込んでいったのだろう。

世界を変えたい、変えることが可能だと信じたのは若さゆえの純粋さがもたらした幻想にすぎないことを、小四は少しずつ悟ってゆく。「この世界は自分が明かりを灯してみせる」とささやかな夢を持っていた彼が、最後には大切にしていた懐中電灯の代わりにナイフを手にすることになる。恋敵の小馬に向けるはずだったナイフを、まさか最愛の小明に向けることになるとはおそらくその時は思いもせずに。

「一生離れない。守ってあげる」
「誰も要らない。信用できない。」
「僕だけが君を救うことができる。僕は君の希望だ。」
「私を変えたいの?私はこの世界と同じで変わらない。」
小四と小明の、決定的にかみ合わないやりとりが切なく痛々しい。

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小四を振り回したかのようにも見える小明は、いわゆる「魔性の女」だったのだろうか?二つの不良グループのリーダーが彼女を取り合い、刃傷沙汰まで起こしたその魅力。病気の母と二人、居候や住み込みで生きてきた彼女は「小明、早く大人になってね。(=大黒柱になってね。)」と言う病弱な母からの精神的な依存を諦めを持って受け入れ、母の治療代のために若い医者と恋仲になる計算高さやしたたかさも持っていた。それとともに、「たくさんの男性から告白はされるけど、何か問題があるとみんな去っていく。」という哀しみも抱えていたと思う。彼女は彼女なりに、小四よりはるかに大きな苦労を重ねてきたのかもしれない。彼女からしてみれば、小四に「守ってあげる。」「僕が君の希望になる。」と言われても、「あなたに何ができるのよ?」と内心感じたことだろう。

衝動的な犯行のあと、茫然自失して小明に「起きてよ。」と何度も訴える小四。警察署で小明の返り血に染まったシャツをぬごうとしなかった小四。悲しくて、切なくて、たまらないシーンだった。

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小四を演じたチャン・チェンは好きな俳優さんだ。初めて彼をスクリーンで観たのはレスリー・チャンとトニー・レオンが主演のブエノスアイレス。レスリーによって振り回され疲弊したトニーの心を癒す寡黙な若者を好演していた。瞳が綺麗で長身が素敵な俳優さんだと思った。小四を演じた少年のときからその瞳は変わっていない。彼にとってこの作品がデビュー作で、小四の父と兄は彼の実際の父と兄であることも初めて知った。

まぎれもない大傑作で、他の作品とは一線を画する作品だと思う。多少きつくても映画館の暗闇の中で大画面で観るとさらに感銘を受けたと思う。

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