マンチェスター・バイ・ザ・シー
DVDで鑑賞。今年の第89回アカデミー賞で、主演男優賞と脚本賞を受賞した作品。主演はケイシー・アフレック。彼の演技は、心に傷を負った繊細な主人公を演じさせたら、彼の右に出る者はいないと再認識したくらい、見事だった。
これほどまでに「哀しさ」と「優しさ」が詰まった作品を私は知らない・・・・。
ボストンの便利屋で働くリー・チャンドラー(アフレック)。彼はかねてから心臓病を患っていた兄ジョーの訃報を受け、長い間帰っていなかった故郷(マンチェスター・バイ・ザ・シー)に帰郷する。そこは、彼にとって、幸せな思い出とともに、それをはるかに上回る重すぎる過去がある町だった。
葬儀のあと、リーは自分が兄の遺児パトリックの後見人に指定されていることを知る。しかし、遺された甥と一緒に暮らすには、この町はリーにとって辛すぎる思い出のある場所だった。それでも今後の方針が決まるまでの間、リーとパトリックは、時には衝突し、時には不器用にいたわり合いつつ、ぎこちない同居生活をスタートさせる。
この町では暮らせないリーと、ここで築いてきた交友関係や思い出との訣別を嫌がり、リーの住んでいるボストンに引っ越すことを拒否する思春期のパトリック。最愛の父親を亡くし、再婚した母には頼れないパトリックの寂しさと、深いトラウマを抱えたリーの痛み。二人とも哀れで、二人とも切ない。
挿入される回想シーンで、徐々に明らかになるリーの過去。それは、自分の過失から愛児を喪うというあまりにも痛ましいもので、癒えることは一生不可能だと思えるものだった。リーを責め、去っていった妻のランディとの再会。演じるミシェル・ウィリアムズは出演シーンは多くないのに、なんと印象的で見事な演技をすることか。
これは過去のトラウマからの再生の物語ではない。辛すぎる過去を乗り越えられない主人公と、彼を取り巻く親しい人たちの物語だ。かつて自分がリーを責めたことを赦してほしいと涙するランディ。弟や息子を気遣いつつ逝った兄のジョーと、兄弟の友人で、パトリックの養父になってくれるジョージ。 容赦のない哀しみは厳然と存在するが、ひそやかな優しさもまた存在することが慰めとなっている。
ラストシーン、ボストンに帰るリーと、残るパトリックの、道を歩きながらのやりとりが心に沁みる。二人とも実は一緒にいたいんだな・・・・それを素直には表現できなくて、でもお互いの気持ちは通じ合っているんだ・・・という感じがよく伝わってきた。
「乗り越えられない・・・辛すぎる。」と言ったリーの気持ちはよくわかる。ほんとうによくわかる。軽々しく頑張れなんてとても言えない。ただ黙って彼の肩を抱いてあげたい。いや、それすら憚られ、ただ見守りながら祈り続けたい…そんな気持ちになった。、時やパトリックの存在が、彼の悲しみを少しでも癒す日は来るのだろうか。折に触れて生々しく疼く痛みは、きっと生涯、消えることはないだろう。それでも前を向いて生きていってほしいと思った。
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ななさん、おはようございます。
本作は私の中では今年のベストのひとつといえる大切な作品です。
乗り越えられない悲しみと向き合いながら、互いに支え合う
登場人物たちの優しさが心に静かに染み入りました。
ケイシー・アフレック、みごとでしたね! そしてミシェルも。
パトリックの明るさには何度も救われました。
投稿: セレンディピティ | 2017年11月20日 (月) 09時30分
ななさん、こんばんは。
今日はとても寒かったですね。外出したら、この映画の(車が見つからなくて)凍える~!!って言っていたリーとパトリックのシーンを思い出しました。
ななさんの感想が心に沁みるわ~~(涙)
素晴らしい映画でしたね。
再生の映画は多いですが、あまりに辛いと乗り越えることなんてできないですよね。
頑張れ・・・なんて絶対言えませんよね。
あまりにも悲しくて映画を観終わっても・・・リーのことを考えてしまいますが、悲しさ、辛さと同時に、周囲の人々の優しさが沁みましたね。
お兄さん、ジョージと奥さん・・・・やっぱり人は一人じゃありませんね。
美しいけれどどこか寂しげな港町も舞台にぴったりでした。
投稿: 瞳 | 2017年11月20日 (月) 19時01分
セレンさん こんばんは
>本作は私の中では今年のベストのひとつといえる大切な作品です。
同じです!
これを観るまでは、「サイレンス」とか「ハクソー・リッジ」が1位かな~と
自分の中では決めていたのですが
これを観た後は、一気にこの作品が一位に出ました。
それくらい心に響く作品です。
悲しみを乗り越える作品は多々あるし、カタルシスも得られますが
悲しみを乗り越えられない物語ってそうそうないですよね。
でもバッドエンドとはまた違うしみじみとした共感が湧きました。
悲しみを乗り越えられないまま生きていっている人が
実際は多いからかもしれませんね。
投稿: なな | 2017年11月20日 (月) 21時39分
瞳さん こんばんは
ほんとうに今週は真冬並みに寒くって
ストーブやオーバーや暖房の出番が一気に!
風邪を引かないようにしましょうね・・・お互い。
>あまりに辛いと乗り越えることなんてできないですよね。
>頑張れ・・・なんて絶対言えませんよね。
かける言葉も見つからない・・・というくらい深い傷を負った人っていますよね。
リーほどではないけど、昔すごく辛いことがあったときに
身内の慰めの言葉がとても空しく聞こえたのを思い出しました。
周囲の人の優しさは嬉しいものですが
でも、それでも癒せない悲しみは存在しますよね。
時すら癒せない…そんな痛みや経験もあるのだと思います。
人の心の機微を本当に繊細にリアルに描いた作品だと思うし
演じた俳優さんたちみんなが素晴らしかったですね。
ケイシー・アフレックはこういう役は本当に上手いです。
あと、ジェイク・ギレンホールかなぁ・・・こんな役を演じたら素晴らしいのは。
投稿: なな | 2017年11月20日 (月) 21時50分
この作品は、私にもとても沁みました。
あまりにも切なくて
もう二度と観たくないような気さえしました。
でもこの、リーとパトリックが並んで歩くラストシーンには
確かに救いがありましたね~
投稿: zooey | 2017年11月21日 (火) 17時49分
歴史劇だと殺し合いになることが多いおじと甥。最近でもキング・アーサー、バーフバリ、キング・オブ・エジプトなどありましたが、こちらの二人の適度な距離感は見ていて和みました。わたしには姪っ子が二人いるんですけど、ぶっちゃけかわいくてたまりません。暮れに来るのがとても楽しみです。映画からだいぶ脱線してすいません~
投稿: SGA屋伍一 | 2017年11月21日 (火) 21時42分
zooeyさん こんばんは
>あまりにも切なくて
> もう二度と観たくないような気さえしました。
あまりにも救いがないので・・・・ですね。
現実もこういう場合が実は多いんだろうと思うと
身につまされます。
癒えない傷は、あえて触ることをせずに
そっと息をひそめるように生きていくしかない場合だってあるんだと思います。
最後のリーとパトリックのシーンにほんのわずか救われました。
彼らがいつか本当の家族のようになれたらいいなと思いました。
投稿: なな | 2017年11月23日 (木) 23時34分
SGAさん
バーフバリは面白かったですね~
完結編がお正月に封切られるので出来れば観たいと思っています。
と…それは置いといて。
姪っ子さん、可愛いですよね。私にも姉の子がいて
可愛いです。お小遣いなんか奮発しちゃいますね。
SGAさんもお年玉、はずんじゃうのかな。楽しみですね。
投稿: なな | 2017年11月23日 (木) 23時39分
ななさん、こんにちは。
良い作品でした。
リーとパトリックの関係は、なかなか得難いですよね。そしてそれを2人とも分かっている。
物理的な距離はあっても2人とも大丈夫と思える、良いエンディングだったと思います。
※gooブログからトラックバック機能がなくなりました。
今後はすべてコメントでお付き合いさせていただきますので、引き続きよろしくお願いします。
投稿: クラム | 2017年12月 3日 (日) 14時34分
クラムさん こんばんは
リーとパトリック、お互いが実は支え合っているのでしょうね。
傷ついたもの同士だから、程よい距離の取り方も実はよくわかっているのでしょう。
>物理的な距離はあっても2人とも大丈夫と思える・・・・
ですよね。リーにとっては、「乗り越えられない」ってことを
パトリックが理解していてくれるだけでよかったと思います。
乗り越えられなくても少しずつ
痛みと折り合いがつけれるようになっていくといいね・・・と思いました。
>今後はすべてコメントでお付き合いさせていただきますので、
こちらこそよろしくお願いします。
投稿: なな | 2017年12月 4日 (月) 01時09分
ななさん、こんにちは!
これ、ななさんの去年のNO1でしたよね。
>「乗り越えられない」ってことを
パトリックが理解していてくれるだけでよかったと思います。
乗り越えられなくても少しずつ
痛みと折り合いがつけれるようになっていくといいね・・・と思いました。
ほんと、その通りですね。
この映画の良さは、最後乗り越えられて、元気になって前向きにgo-!みたいなラストじゃないところですね。
でも、全くどんより暗い・・ってわけじゃなくて、ほんのちょっと光が見えるような、そんなラストシーン、とても良かったです・・・
投稿: latifa | 2018年2月 9日 (金) 15時06分
latifaさん ごらんになりましたか~
> この映画の良さは、最後乗り越えられて、元気になって前向きにgo-!みたいなラストじゃないところですね。
そうそう!最後乗り越えて~という作品もそれはそれで元気をもらえるのだけど
乗り越えられなくても人生は続く・・・という作品もあってもいいですよね。
じっさい、そういうケースの方が多いと思うし。
そういう点で非常に共感するものがありました。
で、乗り越えられない悲しみを描いて感動を呼ぶって難しいですよね。
それを本当に上手に描いた作品だと思いました。
>ほんのちょっと光が見えるような、そんなラストシーン、とても良かったです・・・
考えてみれば、リー兄弟はどちらも幸せではなく、リーの甥のパトリックも幸薄い。
彼らが口には出さずにいたわり合っているシーンに少し癒されましたね。
投稿: なな | 2018年2月10日 (土) 17時43分