エゴン・シーレ 死と乙女
スキャンダラスな逸話と、挑発的な作品を残し、28歳という若さでこの世を去った20世紀初頭の天才画家エゴン・シーレ。彼を取り巻く女性たちと、その作品「死と乙女」にまつわるエピソードを描いた伝記映画。
映画の前後にいろいろシーレについてググってみたが、映画はほぼ彼の人生と女性たちとの関係を正しく描いていた。淡々と・・・といってもいいかもしれない。淡々となぞるだけでも面白いストーリーになるくらい、シーレの人生は奔放で非常識でスキャンダラスなものだったのだ。
演じたノア・サーベトラの、まあ美しいこと!
これだけ美しくて天才ならば、なにをしても許されるだろうと思えるくらい。しかしそれにしてもシーレという男性の、エゴイストぶりとナルシストぶりは、友人なら即座に縁を切りたいレベル。
中産階級の家庭に生まれるも、梅毒で死んだ父親が証券を錯乱して燃やしてしまったために財を失い、16で美術アカデミーに入学するも、師事したい教師がいないと退学。妹のゲルティとの絆は近親相姦の香りが濃厚で、奔放な創作行動ゆえに近隣から白い目で見られ何度か引っ越しを余儀なくされる。
彼の絵は名声を博し、個展も成功を収めるが、一方ではポルノだという批判も受け、未成年に対する誘拐と猥褻の容疑で逮捕されたことも。彼を支え続けた同棲相手のヴァリをあっさり捨てて、中産階級の娘エディットと結婚した時も、ヴァリとは一年に一度は会いたいと、愛人契約を結ぼうとする。なんと妻の姉アデーレとも、結婚前に関係があり、結婚相手もシーレは姉妹のどちらでもよかったみたいだし。
いや、こう書き出してみると、シーレはまさしく筋金入りのゲスだ。いったん関わったら最後、愛してしまったりしたら運のつきとしか言いようがない。シーレ自身はその折々は真剣に愛しているつもりでも、結果的には女性を利用し食い物にし、犠牲にしていることは間違いない。
劇中に登場するシーレと深く関わった女性は五人。
妹ゲルティ
少女の時にシーレのヌードモデルをつとめる。シーレとは兄妹以上の絆がある。シーレの絵描き仲間と結婚して家庭を持つが、死の床の兄を最後まで看取る。
褐色のヌードモデル、モナ
ストリップ劇場出身のモデル。シーレと恋人関係になるが、彼女自身も奔放だった。
彼のミューズ、ヴァリ
クリムトのアトリエでシーレと出会う。シーレと4年間同棲し、モデルや助手をつとめ、シーレが逮捕拘留されたときも、傍を離れず支え続けたが、結婚相手には選ばれなかった。シーレからの愛人契約の話を断り、従軍看護婦に志願して猩紅熱で亡くなる。
妻のエディット
シーレのアトリエの向かいに住んでいたことからシーレと知り合う。結婚後はヴァリとの仲を清算するよう夫に約束させ、結婚後も嫉妬に苦しめられる。シーレの子供を宿したままスペイン風邪で亡くなる。
妻の姉アデーレ
シーレが妹エディットと結婚する以前にシーレと関係あり。絵のモデルにもなっている。しかしエディットが死んだ際に「彼は多くの女性を犠牲にした」とシーレに対する苦々しい思いを口にする。
28歳で死ぬまでの間に、こんなに多くの女性を虜にしたシーレ。しかし、彼が一番愛していたのは、自分自身と芸術だけであり、創作活動のために必要な役割を、彼女たちが分担させられたのではないかとすら思える。
彼は、妹ゲルティには、肉親ゆえに時には母のような包容力を求め、ヴァリにはモデルや助手や心の支えを求め、素姓のわからないヴァリではなく中産階級のエディットを妻にすることで、絵を描くための資金や世間からの信用を得ようとした。計算してやっているのではなく、ただ自分のことだけ考えて生きていた結果、こんな選択になってしまったのではないかしら。相手から奪うばかりで、相手の幸せは考えていないし。
死と乙女の中に描かれているのはヴァリ。
これはシーレがヴァりを描いた最後の作品である。
別れを告げられた彼女が、か細い腕ですがりついているのは、シーレ自身でもあるし、その後の彼女の運命を思えば、まさに死神にしがみついて共に冥府に堕ちていくようにも見える。体の線も表情もデフォルメされ、陰鬱で複雑な色調で彩られているにも関わらず、抱き合う両者が抱いている愛情が、見るものに伝わってくる。そして、その関係は祝福ではなく破滅に向かうものであることも。心をえぐられるような切なさと恐ろしさに満ちている絵だ。
スペイン風邪で亡くなるときに、「君が必要なんだ」と囁いたシーレの脳裏に浮かんでいたのは、もうすでにこの世にいないヴァリだったのだろうか。
黒井千次氏より「永遠なる子供」と表されたエゴン・シーレ。彼が28歳という若さで世を去らなかったら、どれほど多くの名作がさらに生まれていただろうと惜しまれる。しかし彼に振り回され傷つけられた女性もきっと増えていただろうな・・・・。複雑な思いだ。
おまけ
シーレの風景画。彼は風景も多く描いているが、やはり暗い深みのある色調が見事で素晴らしい。
この作品ではじめて知ったエゴン・シーレ。
彼の生き様はともかく、彼の絵は好きになった。
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