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2016年6月12日 (日)

さざなみ

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妻の心はめざめ、夫は、眠りつづける・・・・・

神話的大女優シャーロット・ランプリングが,本年度アカデミー賞主演女優賞ノミネートをはじめ,様々な賞に輝いたヒューマンドラマ。原題は「45years」。結婚45周年を迎え,穏やかな日常を送っていた夫婦に突如訪れた出来事とは・・・・。

舞台は英国の片田舎。熟年夫婦のジェフとケイトが結婚45周年の祝賀パーティーを週末に控えた月曜日の朝,夫のジェフに一通の手紙が届く。それは,アルプスの氷河の中から,50年前に行方不明になったジェフの元恋人の遺体が発見されたという知らせだった。

何の手紙か訊ねる妻に,やや放心状態の夫は悪びれることも躊躇することもなく,さらりと内容を告げてしまう。(あまりに驚いてしまって思考が停止していたのかも)50年前の恋人とのアルプスへの旅と彼女の遭難。当時のジェフは恋人と,夫婦として現地の宿に宿泊していたため,遺体発見の通知が,年月を隔てても彼のところに来たのだ。

Set11
驚きつつも最初は平静を装うケイト。「遺体の確認に行くの?」「まさか,こんなに老いぼれて山歩きなんか今さらできるわけがない。行かないよ。」その朝の会話はそこで終了するのだけど。

これってすごい設定だ。
まず起こりそうもないくらい皮肉で残酷な設定。妻は45年間,夫との生活は平穏で幸せだったと信じていた。あと5年で金婚式を迎える夫婦。まさに半世紀近く連れ添ってきた夫婦なのだ。もちろん,夫が不倫をしたのでもなく,結婚前に二股をかけていたのでもない。恋人のカチャの存在もその不幸な死も,すべてはケイトがジェフと知り合う前の出来事なのだから,ケイトに対する裏切りではない。だからこそ,ケイトは初めは,内心の動揺を隠して普段の通りにふるまい,記念のパーティの準備も予定通りにこなそうとする。

しかし・・・・ケイトの心の中に刺さった棘の痛みはボディブローのように後からじわじわと効いてくる・・・・。どんな女性だったのか?彼女が生きていたら夫は私と結婚していなかったのか?自分は夫の人生にとって二番手の選択にすぎなかったのか?

Set06
これって,彼女が結婚前に夫の元恋人の死の事実を知って納得済みで結婚したのなら,全然違っただろう。それでも平穏な心に多少のさざなみはたったかもしれないが。ケイトの場合は,45年もたって初めて知らされ,おまけに恋人の遺体は氷河によって若い時のまま冷凍保存されているのだ。自分はすでに初老の域に達しているというのに・・・。ただでさえ死者の思い出には生者は敵わないというのに,これでは初めから全く勝負にならないじゃないか。

そして無神経なジェフの言動が,さらに彼女を刺激する。「彼女が死ななかったら私ではなく彼女と結婚していた?」という妻の問いに,「イエス」と答え,アルプスに遺体を確認しに行かないと言いつつも妻に内緒で旅行社に行ってみたり,(バレバレ),氷河に関する専門書を調べてみたり,妻が寝た後の夜中に,元恋人の写真やスライドを収納している屋根裏に籠ってみたり・・・。
Set12
男女がもし逆の設定だったら?とも思った。
妻の方が元恋人の遺体発見の手紙を受け取ったら,きっとジェフのように即座に伴侶に正直に告げたりはしないのではないか。告げて自分の感情を共有してもらうか,それとも告げずに自分だけの胸にしまい続けるか・・・それはもしかしたら伴侶の性格を考慮して決めるかもしれないけれど,告げない場合は,相手に衝撃を与えたくない,長年培ってきた穏やかな夫婦関係に余計な波風を立てたくないという思慮深さゆえなのだ。そしてそういう秘密を墓場まで持っていけるのは,やはり女性の方が得意のような気もする(もちろん人によるかもしれないけど)。

観ていて,ジェフに対して「なんでそこでそれを正直に言うかな~」ともどかしく思ったことが何度もあった。嘘をつくのも優しさになる場合だってあるのに。長年連れ添った妻に対する甘えがそこにはあったのか?母親のように何でも受け入れてくれると勘違いしたのか?そうじゃない。妻は母ではないから信頼は些細なことで揺らぐこともあるのに。

そして元恋人のスライドや写真やなんか,結婚後も保管しておくなよ~とも思った。女性は元恋人のものを保管したまま結婚したりはしない人が多いと思う。これは別れた相手に対して上書き保存ができる女性と,別フォルダに保存してしまう男性の違いなのかも。

ジェフの無意識で無神経な言動のせいで,最初はさざなみだった動揺が,次第にケイトの中で暴風雨にまで発展していく・・・・。
Set10
ケイトが一番ショックを受けたのは,元恋人とのスライドから,彼女が夫の子供を妊娠したまま死んだ事実を知った時だった。自分は夫の子供を授からなかった。だのに,夫にとって初めての,そして唯一の子供が,恋人のお腹に中に彼女と一緒に氷河の底に今も眠っている。それを知ったときの夫の思いはどんなだろうか。自分のこれまでの人生はなんだったのか?これはキツイ…きつすぎる。さざなみが一挙にハリケーンになって当然だ。

ジェフにとって,記念のパーティでケイトに捧げた「君との結婚が人生で最良の選択だったよ」という言葉はもちろん嘘ではないと思う。それはそれで彼にとっては真実なのだ。結婚するはずだった相手を不本意ながら亡くし,その次の選択だったとしても,彼にとってはそれも運命であり,その条件下でのケイトとの結婚は,その地点で最良の選択だったし,彼の妻への愛情も偽りではないだろう。

Set13
しかし,ケイトは「白々しい」と思ったのではないだろうか。この1週間のうちに夫の心に鮮やかに蘇ったに違いない元恋人の存在と,自分が傷ついたことに対してあまりにも無理解で鈍感な夫の言動はもはやケイトの許容を超えていたのだろう。

彼女の心境を語るセリフは多くない。しかし,結婚記念日のために買うつもりだったジェフへのプレゼントを最後まで迷って結局買わなかったことや,ラストシーンのダンスの後,夫の手を思い切り振り払った仕草が・・・・ケイトの気持ちを雄弁に語っていた。

さざなみはやがて凪ぐ時が来るのだろうか?
それともケイトが45年間夫に対して抱いてきた信頼や愛情は,
壊れたカップのようにもう二度と元には戻らないのだろうか・・・・

エンドロールを眺めながら,「私も無理だな」とつぶやいてしまった。過去は仕方がない。それでもこだわってはしまうだろうけれど,元恋人の存在よりも,私も夫の無神経さが悲しいかな。妻の傷ついた心を伝えても完全には理解してもらえないところがやりきれない。45年間も連れ添ってきたとしても,残りの歳月を共に過ごす自信はないかも。

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コメント

ななさん、こんにちは~。ご無沙汰しておりました。
コメント&TBありがとうございました。
これ、、、凄い映画でしたね(汗)。
冒頭から、無駄なシーンはひとつもなかったと思います。
シャーロット様の演技はもちろんですが、それを引きだした脚本、演出が素晴らしいと思いました。
音楽もね。
しかし45年連れ添っての熟年離婚はキツイですね。
年を取ったら独り暮らしのほうが幸福度は高いとも言われていますが・・・。
人生、なかなか正解はないだけに、いくつになっても迷い続けるのかなぁと思います。
あ、そういうのも女だけかもですね?(笑)

真紅さま こんばんは

観てよかった。凄い作品でした。
心理戦みたいだった・・・・ハラハラドキドキですよもう。

>冒頭から、無駄なシーンはひとつもなかったと思います。
>シャーロット様の演技はもちろんですが、それを引きだした脚本、演出が素晴らしいと思いました。

そうそう,冒頭からもう夫あての手紙が届き,それからパーティまでの怒涛の1週間。夫の中ではさほどでなくても,妻の心の中ではすごい葛藤の嵐が吹き荒れ,パーティのダンスシーンで断ち切られるように終わっちゃいましたね。セリフは多くないのによく吟味され,どのシーンもどの表情も余計なものは一つもなかったように思います。精巧な作品でした。

>・・・・あ、そういうのも女だけかもですね?(笑)
そうそう,女だけの女ゆえの熟年離婚の理由であり,人生の迷いも・・・・。この物語は男女の感覚の違いをよく熟知して作られてるなぁと思いました。

ななさん お久しぶりです。
訪問遅くなっちゃってごめんなさいー

さてこちら。45年もの時間を経て、怒りに火をつけてしまう・・・
振り切ってしまうかもしれないけど、でも45年間という月日って、
物事を諦めさせるには十分な時間ですよね。
そう考えると、私だったらどうするかなと思ってしまいます。

rose_chocolatさん こんにちは!

>45年間という月日って、
物事を諦めさせるには十分な時間ですよね。
そうですね~~  たしかにそういう面もあるかとも思います。

今更別れるわけにもいかないのが,ケイトの年齢かもしれませんね。
恋愛感情以上の,家族の情みたいなものも生まれているでしょうし。
でも,夫の元カノの冷凍保存遺体の発見という事実は
夫婦の45年の歳月をはるかに超えて,出会ったころの秘められた事情にまで
一気にタイムスリップするほどの衝撃だったのも事実でしょうね。二人にとって。
離婚まではいかないにしても,妻のほうは仮面夫婦になるのは間違いないような気もします。
わたしがケイトだったら・・・という意味ですが。

ななさん、こんにちは
緊張感が最後まで途切れず、シャーロットさまの演技にも迫力を感じる映画でしたね。
私も、ななさんと同じく、男女が逆だったら
と、考えたりしました。
女性は黙ってそうよね。
そっちの方がお互い良いかも 

latifaさん こんにちは!

ごらんになったのね。

> 男女が逆だったらと、考えたりしました。
>女性は黙ってそうよね。

絶対黙ってると思います。本能的にわかるんですよね。どんなに親しくても言ってはいけないことなんだと。男性はそこらへん,言ってしまう人もいるような・・・・よく考えずに。いや,そこはやはり妻への甘えなのかもしれません。絶対そっちの方がお互いいいよね。時には隠すことが相手への思いやりにもなります・・・・。

ななさん、こんばんは。
「特捜部Q」にコメントありがとうございました。

「さざなみ」この作品は私も衝撃を受けました。
ななさんのレビューを読んで今またあの時の衝撃が再び~!
まさにボディーブローでしたね。
じわじわじわじわ、彼女を苦しめて・・・。
知的な彼女だからこそ、「ぼくのカチャ」の言葉にショックを受けても「なによ!それーー」なんて声を荒げることもなかったのに。
少しづつ心に積もっていったものが、あの屋根裏の写真で一気に!!

パーティでの彼の言葉も嘘がないところが、なんとも皮肉でよけい残酷に感じました。

瞳さん こんばんは 嬉しいです

この作品はジワジワ来ましたね~~~
鑑賞中は,最初から最後まで夫が妻に対して踏み続けた地雷の多さに
「ばかばかばか~」と心の中で叫び続けましたよ・・・・・
その都度爆発はしなかったものの,たまりにたまって・・・という感じでしたね。
これは離婚されても仕方がないなって思いました。
鑑賞後の後味は苦く切なく,でも最後の最後に爆発したケイトの仕草に
ほんのちょっぴりカタルシスを感じた私はやはり骨の髄までオンナだなぁと思いました・・・・。

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