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2016年6月の記事

2016年6月14日 (火)

キャロル

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このうえもなく美しく
このうえもなく不幸なひと,キャロル。
あなたが わたしを変えた。

1952年のニューヨークを舞台に,富豪の人妻・キャロルと、デパートの玩具売場の売り子テレーズの間に芽生えた愛の行方を描いた物語。原作は「太陽がいっぱい」のパトリシア・ハイスミス。主演のケイト・ブランシェットも助演のルーニー・マーラも,ともにオスカーにノミネートされ,カンヌではルーニー・マーラが女優賞を獲得した。
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ストーリーは比較的シンプル。階層も生活背景も年代も違う二人の女性が,出会いとともに互いに惹かれ合い,逃避行の後に世間の目や社会の制裁に負けて一時的に別れるが,やはり想いは変えることができず,共に生きていく選択をする・・・という女性同士のラブストーリーである。

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1950年代というと,あのブロークバック・マウンテンの物語よりまだ前の時代だ。ワイオミングのような閉鎖的な田舎ではなくニューヨークが舞台だったとしても,同性愛に対する風当たりはすさまじいものがあっただろう。女性どうしが惹かれあうという感覚は私には全くわからない世界ではあるけれど,出会いのデパートの場面で,お互いがそれぞれ相手の魅力に惹かれたのもごく自然に思えた。

それくらい,キャロルもテレーズも魅力的だった。
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ケイト・ブランシェットのゴージャスで知的な美しさは,スタイルといいファッションといい神々しいほどだ。そしてルーニー・マーラのお人形のような可憐でイノセントな魅力。それぞれの美は正反対かもしれないが,二人揃うとなんと絵になることか。
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1950年代のファッションもニューヨークの街並みも,背後に流れる音楽も,ため息がでるほど美しく雰囲気があった。ただただうっとりと見惚れながらスクリーンを眺めた118分・・・・。いつまでも美しい二人を見ていたいと思わせる時間だった。

ケイト・ブランシェット・・・・このひとはいったいどこまで美しくなれるのだろうと,新しい作品が公開されるたびにいつも驚嘆する。顔立ちやスタイルだけでなく,立ち居振る舞いや雰囲気のすべてが。
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ルーニー・マーラが演じるテレーズの可愛らしさとピュアな美しさ。キャロルが一時的に去ってしまった後のテレーズが流す涙を見て,本気で,深くキャロルを愛してしまっていたんだな・・・と胸が痛くなるほど。このあたりはブロークバックマウンテンよりもむしろ藍宇を思い出した。二人の間の経済格差や年齢差や,一度別れたあと,また元に戻るところなんかが。
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ひとを愛する感情って,本当に不思議だと思った。
愛する相手は計算づくでは選べない。燃え上がるのも冷めるのも,自分の意志ではコントロールできない。相手が既婚者であろうと,住む世界が天と地ほどに違いがあろうと,年齢も性別も超えて・・・・ひとたび生まれてしまったら,もうどうしようもないのが愛なのかもしれない。
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そして,誰もが自分の愛に忠実に生きることを選択できるわけではない。いろいろな理由で,一番愛する相手を諦める人生を送っている人も多いのだ。諦めた愛に対する憧憬や慙愧の想いはなかなか消えるものではない。時には一生,その人の心の奥に消えずに残る場合もあるだろう。

テレーズとキャロルは当時の社会からは後ろ指を指されながらも,互いの愛に忠実に生きていく道を最後には選んだ。離婚する夫のもとに愛娘を残してきているキャロルと,これからどのような人生も選べるうら若い年齢のテレーズ。茨の道には違いないだろうけれど,自分の感情に正直に生きて行ってほしいと願った。

2016年6月12日 (日)

さざなみ

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妻の心はめざめ、夫は、眠りつづける・・・・・

神話的大女優シャーロット・ランプリングが,本年度アカデミー賞主演女優賞ノミネートをはじめ,様々な賞に輝いたヒューマンドラマ。原題は「45years」。結婚45周年を迎え,穏やかな日常を送っていた夫婦に突如訪れた出来事とは・・・・。

舞台は英国の片田舎。熟年夫婦のジェフとケイトが結婚45周年の祝賀パーティーを週末に控えた月曜日の朝,夫のジェフに一通の手紙が届く。それは,アルプスの氷河の中から,50年前に行方不明になったジェフの元恋人の遺体が発見されたという知らせだった。

何の手紙か訊ねる妻に,やや放心状態の夫は悪びれることも躊躇することもなく,さらりと内容を告げてしまう。(あまりに驚いてしまって思考が停止していたのかも)50年前の恋人とのアルプスへの旅と彼女の遭難。当時のジェフは恋人と,夫婦として現地の宿に宿泊していたため,遺体発見の通知が,年月を隔てても彼のところに来たのだ。

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驚きつつも最初は平静を装うケイト。「遺体の確認に行くの?」「まさか,こんなに老いぼれて山歩きなんか今さらできるわけがない。行かないよ。」その朝の会話はそこで終了するのだけど。

これってすごい設定だ。
まず起こりそうもないくらい皮肉で残酷な設定。妻は45年間,夫との生活は平穏で幸せだったと信じていた。あと5年で金婚式を迎える夫婦。まさに半世紀近く連れ添ってきた夫婦なのだ。もちろん,夫が不倫をしたのでもなく,結婚前に二股をかけていたのでもない。恋人のカチャの存在もその不幸な死も,すべてはケイトがジェフと知り合う前の出来事なのだから,ケイトに対する裏切りではない。だからこそ,ケイトは初めは,内心の動揺を隠して普段の通りにふるまい,記念のパーティの準備も予定通りにこなそうとする。

しかし・・・・ケイトの心の中に刺さった棘の痛みはボディブローのように後からじわじわと効いてくる・・・・。どんな女性だったのか?彼女が生きていたら夫は私と結婚していなかったのか?自分は夫の人生にとって二番手の選択にすぎなかったのか?

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これって,彼女が結婚前に夫の元恋人の死の事実を知って納得済みで結婚したのなら,全然違っただろう。それでも平穏な心に多少のさざなみはたったかもしれないが。ケイトの場合は,45年もたって初めて知らされ,おまけに恋人の遺体は氷河によって若い時のまま冷凍保存されているのだ。自分はすでに初老の域に達しているというのに・・・。ただでさえ死者の思い出には生者は敵わないというのに,これでは初めから全く勝負にならないじゃないか。

そして無神経なジェフの言動が,さらに彼女を刺激する。「彼女が死ななかったら私ではなく彼女と結婚していた?」という妻の問いに,「イエス」と答え,アルプスに遺体を確認しに行かないと言いつつも妻に内緒で旅行社に行ってみたり,(バレバレ),氷河に関する専門書を調べてみたり,妻が寝た後の夜中に,元恋人の写真やスライドを収納している屋根裏に籠ってみたり・・・。
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男女がもし逆の設定だったら?とも思った。
妻の方が元恋人の遺体発見の手紙を受け取ったら,きっとジェフのように即座に伴侶に正直に告げたりはしないのではないか。告げて自分の感情を共有してもらうか,それとも告げずに自分だけの胸にしまい続けるか・・・それはもしかしたら伴侶の性格を考慮して決めるかもしれないけれど,告げない場合は,相手に衝撃を与えたくない,長年培ってきた穏やかな夫婦関係に余計な波風を立てたくないという思慮深さゆえなのだ。そしてそういう秘密を墓場まで持っていけるのは,やはり女性の方が得意のような気もする(もちろん人によるかもしれないけど)。

観ていて,ジェフに対して「なんでそこでそれを正直に言うかな~」ともどかしく思ったことが何度もあった。嘘をつくのも優しさになる場合だってあるのに。長年連れ添った妻に対する甘えがそこにはあったのか?母親のように何でも受け入れてくれると勘違いしたのか?そうじゃない。妻は母ではないから信頼は些細なことで揺らぐこともあるのに。

そして元恋人のスライドや写真やなんか,結婚後も保管しておくなよ~とも思った。女性は元恋人のものを保管したまま結婚したりはしない人が多いと思う。これは別れた相手に対して上書き保存ができる女性と,別フォルダに保存してしまう男性の違いなのかも。

ジェフの無意識で無神経な言動のせいで,最初はさざなみだった動揺が,次第にケイトの中で暴風雨にまで発展していく・・・・。
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ケイトが一番ショックを受けたのは,元恋人とのスライドから,彼女が夫の子供を妊娠したまま死んだ事実を知った時だった。自分は夫の子供を授からなかった。だのに,夫にとって初めての,そして唯一の子供が,恋人のお腹に中に彼女と一緒に氷河の底に今も眠っている。それを知ったときの夫の思いはどんなだろうか。自分のこれまでの人生はなんだったのか?これはキツイ…きつすぎる。さざなみが一挙にハリケーンになって当然だ。

ジェフにとって,記念のパーティでケイトに捧げた「君との結婚が人生で最良の選択だったよ」という言葉はもちろん嘘ではないと思う。それはそれで彼にとっては真実なのだ。結婚するはずだった相手を不本意ながら亡くし,その次の選択だったとしても,彼にとってはそれも運命であり,その条件下でのケイトとの結婚は,その地点で最良の選択だったし,彼の妻への愛情も偽りではないだろう。

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しかし,ケイトは「白々しい」と思ったのではないだろうか。この1週間のうちに夫の心に鮮やかに蘇ったに違いない元恋人の存在と,自分が傷ついたことに対してあまりにも無理解で鈍感な夫の言動はもはやケイトの許容を超えていたのだろう。

彼女の心境を語るセリフは多くない。しかし,結婚記念日のために買うつもりだったジェフへのプレゼントを最後まで迷って結局買わなかったことや,ラストシーンのダンスの後,夫の手を思い切り振り払った仕草が・・・・ケイトの気持ちを雄弁に語っていた。

さざなみはやがて凪ぐ時が来るのだろうか?
それともケイトが45年間夫に対して抱いてきた信頼や愛情は,
壊れたカップのようにもう二度と元には戻らないのだろうか・・・・

エンドロールを眺めながら,「私も無理だな」とつぶやいてしまった。過去は仕方がない。それでもこだわってはしまうだろうけれど,元恋人の存在よりも,私も夫の無神経さが悲しいかな。妻の傷ついた心を伝えても完全には理解してもらえないところがやりきれない。45年間も連れ添ってきたとしても,残りの歳月を共に過ごす自信はないかも。

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