リスボンに誘われて
パスカル・メルシエのベストセラー「リスボンへの夜行列車」を,ジェレミー・アイアンズ主演,ビレ・アウグスト監督により映画化した作品。他にもメラニー・ロラン、シャーロット・ランプリング,ブルーノ・ガンツ、クリストファー・リーら豪華キャストが出演。DVDで鑑賞。
妻と別れて以来,単調な一人暮らしを送っていたスイスの大学教授ライムント・グレゴリウス(アイアンズ)。彼は,ある雨の日の朝,通勤途上で橋の上から身を投げようとした若い女性を助けるが,彼女の持っていた一冊のポルトガルの古書に魅了される。その中には,彼自身の心境を代弁するかのような言葉が綴られていた。「人生の一部しか生き得ないなら,残りはどうなるのだ?」・・・・・。心を掴まれたライムントは,著者であるアマデウ・デ・プラドについて知るため,衝動的にポルトガルのリスボンへの夜行列車に飛び乗るのだが・・・・。
身投げを図った女性が持っていたリスボン行きの夜行列車の切符。心を激しく揺さぶられた本との出会いと謎の筆者への興味に惹かれて・・・とはいえ,そんな唐突で思い切った衝動的な行動がよく取れたな~と,まずそこに感心した。仕事とか,家族とかいろんなしがらみを考えたら,無計画に身一つで外国に旅立つなんてこと,行動的な人間でもなかなかできるものではない。ましてやライムントは行動的で衝動的なキャラクターとは正反対にしか見えなかったから。逆に言えば,彼にとって,それほど運命の出会いだったのか。その本とは。
舞台はベルンから,陽光あふれるリスボンへ。
ライムントが巡るリスボンの,石畳の坂道や,18世紀のリスボン地震後に復興された,整然とした石造りの町並みが美しい。
彼は著者のアマデウの家を訪ね,彼の妹である老婦人と出会う。アマデウがすでに故人になっていることを知ったライムントは,彼の友人や知人を訪ねてまわり,1974年に起こったカーネーション革命の時代に,反体制派として生きたアマデウの人生を辿っていく。そこで彼が見つけた若き日のアマデウとその仲間たちの人生は,これまでのライムントの生き様とはまさに正反対の,活力に溢れたスリリングなものだった。
自らを「退屈な」人間だと評価してきたライムント。5年半前に彼の元から去った妻。単調ではあったが何の疑問も不満もなく続けてきた大学教授の仕事と,変哲もない孤独な日常生活の繰り返し。おそらく残りの人生も同じような日々が続くものと,彼自身その日まで疑いもしなかったろう。
そんな彼が,アマデウの本と出合うなり,仕事を放りだして執りつかれたかのように異国へ「自分探し」の旅に出た。彼が授業中に女性の後を追って出ていったということを生徒から聞いた校長は「ありえない(impossible)」とつぶやいた。それほど,ライムントの取りそうにない行動だったのだろう。
アマデウと親友ジョルジェ,二人の恋人だったエステファニアの物語は,劇中劇のように語られ,その中には恋愛もサスペンスも散りばめられてはいるものの,最終的には,これは人生における決断を表した映画だと思った。
ライムントは小説の中の設定では57歳。定年間際の,初老にさしかかった男である。日本であれば,老後の備えとか,人生の集大成とか,仕舞い支度や守りの体制に入る年齢だと思う。でも,同時に,人生が残り少なくなったからこそ,これまで自分が生きてきた道を振り返りたくなる年齢でもある。
人生の一部しか生き得ないなら,残りはどうなるのだ?・・・・
あと少ししか残されていないから,諦めて生きるのか?
それとも,あと少ししか残されていないからこそ,「生き直す」道を選ぶのか?
ライムントにとっては,それまでは体験したことがなかった大きなターニングポイントが,人生の終盤でいきなり訪れたようなものだろう。考えてみれば,誰の人生も選択の連続で,どちらを選ぶかで道は全く変わってくる。あのとき本当は選びたかった道を進んでいたら,どこへたどり着いていたのか,遅まきながら今からでも辿ってみたくなる・・・そんな心境になったことって,誰でもあるかもしれない。
ライムントは,最後に駅でどんな決断をしたのだろう。きっと,彼は元の生活にはもう戻らず,マリアナのいるリスボンにとどまることだろう。彼の残りの人生は,その後どのような輝きを増すのだろうか。優しく幸せな余韻の残るラストシーンが素敵だった。
私たちはこれまでの自分の人生に本当に納得しているだろうか。
もしやり直すチャンスがあれば,行動に移すことができるだろうか。
それとも実現できなかった別の人生に,心の中で思いを馳せるしかないのだろうか。
もはや冒険を避けたい年代であるにもかかわらず,それまで築いてきたものをすべて捨てて,別の人生を生きることができるだろうか。
本当にやりたかったことや手に入れたかったもの,そして自分の別の能力を発揮できる道と,もしかしたらそこでしか出会えない人たちとの関係とか・・・いろいろと自分の人生の来し方と将来を考えさせてもらえる哲学的な物語だった。原作も読んでみたい。こちらは映画よりもっと哲学的で難しいらしいけど。
ジェレミー・アンアンズはやはり素敵だった。この作品ではわざと少し背を丸めたり,オロオロした仕草を演じたりして,ライムントのキャラクターを見事に演じていたけれど,枯れてもなおセクシーな俳優さんの一人で大好き。彼の作品ではミッションのガブリエル神父と,ダメージのスティーブンがとりわけ好きな役だったけど,この作品の彼が一番になったかもしれない。それにしてもこの作品でも感じたが,欧州の由緒ある美しい街並みがとてもよく似合う俳優さんだ。
最近のコメント