プリズナーズ
灼熱の魂のドゥニ・ヴィルヌーヴ監督作品で,主演がヒュー・ジャックマンとジェイク・ギレンホール。これだけ揃えば,どんな難解作でもマニアックな駄作でも観たい私だが,この作品,さすがあの灼熱~の監督の作品だけあって,とても見ごたえのある秀逸なサスペンスだった。二時間半という長尺にもかかわらず,非常によく練られた脚本のもと,計算しつくされたストーリー展開のせいで,緊張感は一時も途切れることも緩むこともなく,最初から最後まで惹きつけられ,かつ自在に振り回された。大好きなセブンと,ちょっとテーマや雰囲気が似てるかな?
ストーリー:家族と過ごす感謝祭の日、平穏な田舎町で幼い少女が失踪(しっそう)する。手掛かりは微々たるもので、警察(ジェイク・ギレンホール)らの捜査は難航。父親(ヒュー・ジャックマン)は、証拠不十分で釈放された容疑者(ポール・ダノ)の証言に犯人であると確信し、自らがわが子を救出するためにある策を考えつくが……。(シネマトゥディ)
この先の感想には,軽いネタバレも含む記述もあるので,未見のかたはご注意ください。予備知識なしで鑑賞した方が絶対にお勧めの作品ですので・・・・
ケラーを演じたヒュー・ジャックマン。彼が演じたのは,我が子を救いたいがために人として許されない罪の領域にまで踏み込んでしまう男だ。最愛の我が子を誘拐され,容疑者は10歳ほどの知能しかないという理由から釈放されてしまい,一刻も早く救出しないと手遅れになってしまう・・・という状況に置かれたら,親は誰しも彼と同じ狂気と苦悩に駆られるにちがいない。だからといって,誰もがケラーのような常軌を逸した行動を取りはしないけれど・・・。
しかし実際に行動に移すことはできなくても,それをやりたいという衝動は感じるかもしれない。どんな手段を使っても,たとえそれが法に触れるものであっても,我が子を救いたいという思いは。
ケラーの場合,彼の逆上型で一途な性格や,環境(監禁に適した空き家や,強靭な肉体や武器を持っていた等)が行動を可能にしたのだろう。日本では,国民性や環境のせいで,なかなかできない行動だ。・・・たとえしたくても。
とにかくこんなにクレイジーなヒューも初めて観たし,こんなに暗いジェイクも初めて観た。両者とも今までに見たことも無い役柄で,白熱する演技合戦が凄かった。特にジェイク。彼はゾディアックでも迷宮入りの連続殺人犯を追いかける役ではあったが,あちらでは飄々としたオタクっぽい漫画家青年だったのに比べてこちらは敏腕刑事という役どころ。彼が演じるロキ刑事は,今まで捜査した事件ではすべての犯人を検挙してきたという実績を持つ優秀な刑事だ。
ロキ刑事の生い立ちや背景ははっきりとは語られないが,「少年院にいたこともある」という彼自身の台詞や,友や家族とも縁がなさそうな雰囲気や,フリーメイソンの指輪・・・などなどから,孤独で寡黙で一筋縄ではいかない感じが伝わってくる。頼りにならない上司の下で,捜査は常に単独。彼は聞き込みや被害者家族とのやり取りや,職場の同僚との会話は常にテンション低めで,感情的にならないのに,容疑者を取り押さえる時や追跡するときには別人のようにハイテンションに豹変する。
そう,このロキ刑事,複雑でなかなかカッコいいキャラクターである。頭脳明晰で冷静沈着なのだけど暗い影を背負っている感じ?一人の時に疲れ切った表情で小声で悪態をつくところが面白い・・・・・しかしこんな複雑な役なのに,ジェイク,上手い。
この作品,被害者父の暴走だけで2時間半を引っ張るのではなく,並行して真犯人らしい新しい容疑者の出現とか,いわくありげな神父と教会の地下室のミイラ化した死体とか,過去に起こっていた幼児失踪事件とか,さまざまな謎や手がかりを上手く小出しに散りばめてくれ,終盤にはそれらが一気に収束して,真犯人とその動機などの謎の解明に辿りつくようになっている。
まるで緻密なパズルのようによく考えられたストーリーであり,ゾディアックのような「真相はわからずじまい」という消化不良感もない。また,人間の暗部や罪,暴力描写や狂気がじっくりと描かれているにもかかわらず,終盤の救出劇(ジェイクがめちゃカッコいいです)から爽快なカタルシスを感じることができるし,結局のところ,真犯人も捕まり(というかロキ刑事の銃弾に倒れるのだが)被害者で命を落とす者は誰もいない・・・ので,後味は悪くないのだ。むしろ,秀逸なラストシーンには,「ああよかった」と心から安堵を覚えた。
ヒューマンドラマとしても見ごたえあるし,サスペンスとしても一級品の作品だと思う。「灼熱~」のような「驚愕の真相」も,存在する。「灼熱~」ほどではないけれど,想定外の真相が終盤に明らかにされ,「えー!そうだったの」と・・・・。
そして,これは「セブン」同様,宗教的な色合いも濃い物語だ。神VS悪魔というテーマ。ケラーはクリスチャン。そして犯人はもちろん悪魔の象徴である。詳しく言うと,犯人は神に対する失望が理由で神の陣営から悪魔の陣営に移り,同じように神の陣営にいる人間を堕落させようと目論む人間である。事実,容疑者を拉致して拷問するケラーは,悪魔の陣営に片足を突っ込んでいたようだ。
神に失望した人間の神への逆恨みは根深いものがある。また,人間は神の側にも悪魔の側にも立てるし,罪と信仰との狭間を行ったり来たり,いや,両立すら可能な存在でもあるのかもしれない。ケラーの様に祈りつつ拷問もできてしまう・・・・そういう状況に置かれたら。恐ろしいことだ。
ロキ刑事の立ち位置は,神でも悪魔でもなく,「異教徒」を象徴している・・らしい(フリーメイソンの指輪とか彼の名前から)。事実,事件解決には冷静で客観的な判断を持つ彼の奔走が役立つのだ。
神と悪魔の戦い・・・信仰と罪の戦い。「セブン」では罪=悪魔が勝利を収めたような結末が衝撃的だった。しかし本作は一応神の勝利で終わっているから,後味が悪くないのだろう。しかし人間とは,神の陣営にいると自覚しているものでさえ,きっかけさえあれば,罪に手を染め,やすやすと境界を超えてしまう弱さや危うさを持っているのだとしみじみ思った。
ケラーはもちろんのこと,あの神父や,ケラーの拷問に手は貸さないけど止めはしなかったナンシーなど・・・人間は,条件が揃えば罪に囚われてしまう弱さを持っている。たとえ本意でなくとも。エデンの園で蛇の誘惑に負けたとき以来,人は常にサタンからの誘惑に晒され続け,サタンは何とかして人間をに自分の陣営に引き込もうと手を変え品を変え近づいてくる。事件は解決されても,多くの人の心の中には深い傷が残ったことだろう。
ドゥニ・ヴィルヌーヴ監督・・・その力量おそるべし。今後も注目していきたい監督さんだ。
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面白かったんですけれどもね・・・。3つ★半
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いつか観るとしてもきっと先のことと思うので^_^全部しっかり読ませて頂き、楽しみましたよ、ありがとうございます。
『セブン』は衝撃でしたね。
そしてジェイク・ギレンホールご出演の『ゾディアック』もセブンと同じ監督で、不可解な殺人事件を追うというところも似たような要素はありますね。
本作は更に近い雰囲気の作品とか、、、興味深いです。
>人間は、条件が揃えば罪に囚われてしまう弱さを持って
どのような人間でも「暴力性」を何かしらの形で内包している…というのは幾つかの春樹小説で感じ得たことですが、何かの拍子でななさんの仰る通り「条件が揃えば」それが表に顔を出してしまうのでしょうね。
そういう意味で、まことに弱き私ではありますが、そのような条件の満たない自分であれと願うばかりです。
投稿: ぺろんぱ | 2014年9月 3日 (水) 21時48分
ぺろんぱさん こんばんは
おお 全部読んでいただきましたか。ネタバレとはいえ
衝撃の真実や真犯人が誰かということは書いてないので
ご覧になるときは大丈夫かな?
ジェイクがご贔屓なのと,この手の作品はわが県にはあまり来ないのですが(万人受けするのだけが来る)
幸い隣県で遅ればせに上映してくれ,休みとうまく重なったので鑑賞してきました。
ゾディアックは実話なので犯人が分からずじまいというモヤモヤが残りますが
セブンはあのような内容でもちゃんと最後は辻褄が合って終わるので
本作はそちらに近いかもです。神に闘いを挑む犯人という意味でも。
ただこちらは被害者が救われるのでラストは明るいです。
全編に陰鬱な雰囲気が漂うのはセブンと同じですがね。
ただ,人間の暗部を味あわされるので,重苦しい気持ちにはなりますね。
>「条件が揃えば」それが表に顔を出してしまう・・・・
そうなんですよね。ただ,この作品が描いている「誰もが囚われがちになる罪」は
暴力性はもちろんですが「自己中心性」のような本能的なものまで含んでいるような厳しさを感じました。
わが身のためにどんなことでもする・・・という。
信仰者ゆえの一途さや頑固さ,思い込みの激しさが落ち込んだ穴のようにも感じましたね。
結局無神論に近い立場のロキ刑事のような存在の必要性も説いていたのかな?よくわかりませんが。
どちらにしてもよーく作りこまれた優秀な作品ですからおすすめです!
投稿: なな | 2014年9月 4日 (木) 23時58分
アメリカって合理性を追い求めるイメージの影に隠れて、未だに信仰という名で狭い世界に閉じこもっている人も多いのが怖いところ。
神vs.悪魔という図式があるからこそ、神=絶対正義になる。
これは仏教世界ではあまりない図式だけに、宗教面からも凄く興味深く見ることが出来ましたよ。
投稿: にゃむばなな | 2014年9月 5日 (金) 15時35分
にゃむばななさん
そうですね、仏教は多神教ですがキリスト教やイスラム教は唯一神の宗教です。そしてキリスト教の神は特に、「我のみが神である」と宣言している神様ですから…信徒も仏教徒よりはずっと一途にならざるを得ないかも。妥協を許さない宗教でもあり、それゆえの問題もまた多いかもしれませんよね。
投稿: なな | 2014年9月 6日 (土) 10時24分
J.ギレンホール良かったですね。
映画の警察は結構役に立たないが多い気がしますが、
本作では彼が悪魔側へ落ちそうになる家族たちを救っていました。
ここまで神と悪魔が真っ向対立する状況はなかなか想像がつきませんが、
私たちの暮らしの中でも、日常の簡単な選択を取捨しているんですよね。
投稿: クラム | 2014年9月18日 (木) 00時22分
クラムさん こんばんは
J・ギレンホールのファンなのですが彼のこれまでの出演作の中でも
ブロークバック・マウンテンや「ゾディアック」についで好きな作品になりました。
いろいろいわくやトラウマも抱えていそうな孤独な刑事なのに
ちゃんと最後はヒーローやってましたもんね。
神と悪魔が真向に対決する映画はエクソシスト系から「セブン」系まで
いろんなものが作られていますがそこはやっぱり洋画はキリスト教の影響を強く受けていますから・・・・。
投稿: なな | 2014年9月30日 (火) 21時03分
ななさん、こんにちは!
少し前の話題作を、やっと見ました。
面白かったんだけど、ハラハラ感を、より、あおろうした展開とかが、ちょっと気になっちゃった。
神VS悪魔というテーマ
これは、もうななさんの感想を読みたいぞ!っと、やって来ましたー
>神に失望した人間の神への逆恨みは根深いものがある。
うん、うん・・・
欧米では、かなり敬虔なクリスチャンがいるから、そういう人が何らかの事で神に失望して、とんでもない方向に暴走すると怖いですよね・・・
前にね、伊坂幸太郎さんの小説だかエッセイで、何かあったときに、神さまが助けてくれなかった、神はいないんじゃないか?って思う事に対して、24時間ずっと神は全世界の人や、全て物事を把握、チェックしていられるはずもなく。
たまたま、神が気がついてくれた時は助けてくれるのかも、(おおざっぱに、こんな感じの内容)って書かれていて、なるほどーって思ったわ。
投稿: latifa | 2016年4月22日 (金) 13時35分
latifaさん こんばんは!
>面白かったんだけど、ハラハラ感を、より、あおろうした展開とかが、ちょっと気になっちゃった。
「灼熱の魂」に比べると,少しわざとらしいというか、やりすぎのストーリーのような気もしましたね。
>24時間ずっと神は全世界の人や、全て物事を把握、チェックしていられるはずもなく。
>たまたま、神が気がついてくれた時は助けてくれるのかも
うん, そう思いたくなるのもわかるよね。
私たちクリスチャンは,神様が「わざと」助けてくれない・・・という可能性のあることも知っているので,それはそれでキツイものもあるのよね~
それがすなわち神の最善の計画だとか言われたらそりゃ「ふざけるな」って言いたくもなりますって。
最近の,災害の多さなどを考えると,特にそんな気持ちになりますよね。
投稿: なな | 2016年4月25日 (月) 23時10分