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2014年1月23日 (木)

虹の橋を渡りました

2013020912520000
1月21日午後六時,我が家の愛猫ななは,
虹の橋を渡ってお空に行ってしまいました。

慢性の腎不全でした。
年明けに急にご飯を食べなくなって病院につれていったときは
もう末期の数値だと言われました。
それまでとても元気だったから体内で静かに進行していた病気に
気づいてやれなかった・・・・・。
入院治療してもいたずらにストレスを与えるだけで
もう治るみこみはないと診断され
残された時を出来るだけ安らかに一緒にいてあげたいと思いました。

大好きなご飯を目の前にしても
食欲がないのかじっとお皿を眺めるばかりで
もう食べることもできなくなって。
点滴のために通院して量る体重が
毎日100グラムずつ減っていきました。
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診断されてから逝ってしまうまでわずか2週間・・・・
最後は1.5キロまで痩せて。
口内炎の痛みを取るためのステロイド注射と
二日に一度の皮下点滴だけが施せた治療のすべてでした。
最期は点滴の効果も無くなって水すら口にできなくなり
とうとう歩けなくなって,寝たきりになりました。

亡くなる前の晩は,もうほとんど身動きもできなかったし
目も開けたまま意識が朦朧としていたみたいで
それで一晩中眠らずに抱いてやっていました。
それでも撫でてやって話しかけると,かすかに尻尾をふってくれました。

病気に気づいてあげれなくてごめんね。
苦しい思いをさせてごめんね。
うちの子になってくれて16年間一緒にいてくれてありがとう。
もう頑張らなくてもいいから,お休み・・・・・
2014012120010000
翌朝,どうしても仕事を休めない私は,両親に世話を任せて
出勤前に,お別れを告げて出かけました。

でも,彼女は,夕方私が帰宅するまで,
旅立つのを待っていてくれました。
帰宅した私の腕の中で,30分後に安らかに息を引き取りました。

腎不全の猫の最期は苦しむという話も聞いていたけれど
嘔吐も無く,しゃっくりのようなかすかな痙攣が数回あっただけで
家族みんなに見守られて,静かに逝きました・・・・

今は,我が家の裏庭に静かに眠っています。
魂はきっと,虹の橋のふもとでいることでしょう。
元気なころの姿を取り戻し,美味しいご飯もいっぱい食べて・・・・
もっと早く治療を開始できていたらと,そればかり悔やまれるけど
彼女にとって,実際の苦しい闘病生活が
二週間という短い期間だったことは
やっぱり幸せだったのかもしれません。

でもあまりにも唐突に訪れたお別れのときに
人間たちの方はまだ納得することができなくて
会いたい・・・・声を聞きたい・・・抱っこしたい・・・もう一度。

彼女を抱いて寝ていた夜の時間が一番今は辛いです。

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猫語りあれこれ」カテゴリの記事

コメント

たいへんご無沙汰しています。

ななさんのことがずっと気に掛かっていました。
最期の様子を拝読しました。
「帰宅を待っていてくれた」というのは、自分が拾ってきて17年飼った犬が逝ったときとまったく同じでした。
私は当時都内で暮らしていたのですが、早朝、「もういけなくなりそうだから」という電話を受けて新幹線で駆けつけました。
末期の癌で酷く苦しんでいて、獣医の先生から安楽死を勧められ、でも両親は、あなたが拾ってきた犬なのだから安楽死させるかどうかはあなたが決めなさいと選択を私に委ねました。
その決定をして先生に電話をした直後に、私を待っていたかのように、自然に逝ってくれました。
私に「殺す」という選択をさせずに逝ってくれたことを、いまでも感謝しています。

苦しむことが無い最期だったとはいえ、16年を共にすごされたななさんとご家族のお気持ちは察するに余りあります。私如きが言うべき言葉もみつかりません。だからすみません、大好きな『藍宇』の台詞を引きます。
記憶に残っているあいだはおしまいじゃない。

猫のななさんも、人間のななさんも、ほんとうによくがんばりました。

レッドさん こちらこそご無沙汰しておりました。コメントに来てくださって嬉しいです。ありがとう。

そうですか…レッドさんも愛犬を見送った体験が・・・安楽死の決断まで迫られたとは,とても辛かったことでしょう。そんな辛い決断をレッドさんにさせないようなタイミングで逝ったワンちゃん…とても健気で切ないです。
 我が家のななは,亡くなる前のその前の晩,もう足元もおぼつかなくなっていましたが,いつものように私と一緒に寝たのですが,夜中に一度起き出して両親の寝室を訪ねたそうです。私と両親は別棟で寝ており,おまけに私の部屋は二階,両親の部屋は1階だったのですが階段をゆっくりゆっくり時間をかけて降りて,両親を訪ね,しばらく母の傍らで寝てからまた明け方に別棟の2階の私の寝室まで,今度は階段を一段一段昇って帰ってきました。もう一度私と寝るために・・・・。次の晩(亡くなる前日)はもう寝たきりで起き上がることもできなかったので一晩中私のベッドで過ごしました。意識はもうろうとしていて目がずっと開いていましたがまだ反応はありました。夜が明けて,もうこれは数時間ももたずに逝ってしまうと思ったので出勤前に,泣きながら「ななちゃん,さようなら」と抱きしめ,後を親に託したのです。帰宅するころにはきっともう天国に行っていると思ったから。
それでもななはそれから9時間,私の帰りをずっと虫の息で待っていてくれました。最期を看取ることができますように,苦しまずに逝きますようにと,実は何年も前から時々神様に祈っていました。彼女が高齢になってお別れが近いと思われたときに・・・・。幸い,この祈りは叶えてもらえました。

>記憶に残っている間はおしまいじゃない。
大好きな藍宇のことば・・・ありがとうございます。ほんとうにそうでした。慰められます。何せ,具合が悪くなって2週間であっという間に消えてしまったものですから残された人間たちは心が追い付かない状態で,毎日お墓に花を供えたり話しかけたりしてはいるものの,全員が辛さの中から当分回復できそうもありませんが,がんばったあの子のためにも乗り越えなくては・・・と思っています。ありがとうございました。

こんばんは。

ななちゃん、天に召されたのですね。

ななさんの帰りを待っていてくれたのは、ななちゃんがななさんと過ごした日々が幸せだったこと、そしてななさんに「ありがとう」と伝えてから逝きたかったことに違いないと思います。

ななさん、ななちゃんは幸せだったと思います。

私も祈らせて下さい。
ななちゃん、どうぞ安らかに。

ぺろんぱさん ありがとうございます。

年末にマイベストの記事を書いた時は
まさかこんなに早くお別れが待っているとは予想も出来ず・・・
新年に新しい首輪を新調したばかりでした。
3週間しかつけることのなかった新しい首輪は
亡くなる三日前には,痩せ細った首にはあまりに痛々しくて
外してあげました。埋葬するときに一緒に入れてあげました。

そうですね。私も待っていてくれたのだと思います。
そして確かにうちのななは幸せだったのでしょう。
おねしょした時に叱ってしまったことなど思い出して悔やまれますが
それでも家族が3人がかりで可愛がった16年間でした。
でも彼女がいてくれて私たちの方がもっともっと幸せや癒しをもらったのだとも思います。
人生で実は一番辛いこともあった16年間でした。
一番つらいときに我が家に来てくれて,ずっと支えてくれたような気もします。

冥福を祈ってくださってありがとうございます。
わたしは一応クリスチャンなので・・・虹の橋も猫の島も信じつつも
やはり天国でまた一緒に逢えたらなと・・・・
キリスト教では,人間は罪を悔い改めて天国に行きますが
動物は原罪というものがないので悔い改めなくても
そのまま天国にいけたのではと思っています。

ぺろんぱさんの猫ちゃん・・・ななにそっくりの猫ちゃんも
どうかぺろんぱさんと幸せで満たされた日々を過ごせますように。

16歳か… ななちゃんがんばりましたね。ななさんもお疲れ様でした
先代のネコが死んだときのことを思い出しました。やっぱり内臓を悪くして14歳で逝ったのですが、ネコなんだから当たり前なんだけど「痛い」とも「辛い」とも言わずにじーっと耐えてる姿は見ていて苦しかったです。生きてる間ろくなこともしてあげられなかったのも心苦しく。
飼い主は適当でしたが、その子は本当によく出来た自慢の猫さんでした。ななちゃんもきっとそうではないでしょうか

SGAさん ありがとうございます。

>先代のネコが死んだときのことを思い出しました。
モン吉くんは2代目ですか?うちは初めて飼った猫だったので看取りがこんなに辛いとは,こたえました。そうなんですよね~猫って,いや動物はみんなそうですけど,喋れないから痛いとも苦しいとも最近具合が悪くって…とも言わないんですよね。
喋れないだけなんだけど,なんか健気に耐えてるようにも思えて切ないのと,こうしてやったら楽になるのかな~とか何なら食べれるのかな?とか言ってくれないからわからない。人間様はいよいよの時が来たら大抵は病院で治療を受けてるのですべてお医者様にお任せで,治療のことについても説明もしてあげれて双方が納得しやすいんですよね。猫の場合はそれができなくて,苦しい治療の意味も説明してやれないし,治療の選択も飼い主が全部引き受けなければならなくて,迷います。これでいいのか・・・よかったのか・・・それも辛いですよね,ペットの介護で。

でも猫って今現在の事だけ考えて精一杯生きて,そして自分の死そのものも人間よりはよほど素直に潔く受け入れているような気もしますね。動物はみんなそうなんでしょうけど・・・生き様も死にざまも天晴れで。

飼い主に比べてほんとに賢く大人しく素直な猫でした。飼いやすかったと思います。2匹目の猫は・・・・もう飼えないだろうなぁ。代わりはいないような気がする。

我が家の娘、プルン虎猫も去年11月に腎不全と診断されました。推定18歳…急に食欲不振、嘔吐、口臭があり、15年振りに病院に行きました。(ロスト猫を拾ったので…)        拾った状況のとき、近隣で野良猫いじめがあり大変恐がりな子になっていました。       一ヶ月、皮下点滴に通い自宅点滴用に点滴器具を一式買いました。   いざ、自宅点滴をしようと針を差しましたが上手く差せずプルン虎猫はクローゼットの奥に逃げて行きました…。私が会社から帰ると病院に連れて行かれると思ったのか毎回クローゼットの奥に逃げました。
あまりの怯えように、皮下点滴を諦めました。2〜3年前からビオフェルミンを飲み水に2個入れていたのですが…ネットで猫の腎不全の一因に腸内環境の悪化もあるという情報を知りビオフェルミン入り(量も増やす5個くらい)をあちこちに置きました。

あれから食欲も増し、一応昔のように元気です。           水を多量に飲み、おしっこを一日に7回から8回、快便で臭いも少なくなりました。      長毛で判らなかったのですが、脇腹と頭にしこりが見つかりました…。            
また検査のために猫にとって大変ストレスな病院に連れて行く予定ですが、無理に辛い思いはさせないで何とか治してあげたいです。

プルン虎猫さん レスありがとうございます。

同じような腎不全だったのですね。
食欲不振、口臭(口内炎ができるそうですね)はうちの猫と同じ症状です。
でもビオフェルミンで症状が好転したとのこと、ほんとうによかったですね。
猫にもビオフェルミンって効くこともあるのですね。

新しい検査もしなければいけないとのこと、その後いかがでしたでしょうか?
一日でも長く猫ちゃんが健やかに一緒に過ごせますように・・・・。
飼い主さんの愛情が猫ちゃんには頼りですよね。
いろいろと手を尽くされて、お気持ちすごくわかります。
よくなりますように・・・・

こんばんは。
その後いかがお過ごしでしょうか。
悲しい思い出を蘇らせてしまうとしたら辛いのですが、ななさんには
お知らせしておきたくてコメントさせて頂くことにしました。

ウチ猫が9日夕刻に逝きました。
持病のせいか加齢のせいか、、、最期は私の腕の中でした。
実は親の介護が深刻化してブログをお休みしていた最中の出来事で、
結局ブログには挙げられていないままですが、ななさんには
お知らせしておきたい、と。
今もあの子の温もりが恋しくて、いろんな想いが (本当にいろんな
想いが幾つも幾つも) 胸をよぎります。

ななさんちのななちゃんとウチ猫、似た者同士で天国で上手く見つけあえる
でしょうか。
出会えたら、天国をいろいろ案内してやってくださいね、ななちゃん。

ななさんにも、ありがとう、の想いです。
繰り返しますが、また悲しいことを思い出させてしまったとしたら本当にごめんなさい。
それは本意でないことをお分かりくださいね。

ぺろんぱさん こんばんは

レスをいただき,ありがとうございます。
猫ちゃん・・・天に召されたのですね。
どんなにかお辛いことと・・・お察しします。
持病があったとはいえ,突然のお別れだったのでしょうか。
最期はぺろんぱさんの腕の中で・・・それは本当によかったですね。
猫ちゃんもきっと,そのことは幸せだったと思います。
私も,とうに49日は過ぎ,闘病や臨終の場面を思い出して涙することは
さすがに無くなりましたが,落ち着いてくるとかえって
不在がこたえるようになりました。あの子がいない・・・どこにもいない・・・
それがこんなにも辛いとは。
「死」というのは,ほんとうにこの世から実体が消えてしまうこと・・・
たとえ魂の不滅を信じていたとしても,形あるものが消えてしまい,二度と会えないということ・・・
それをしみじみと切なく感じています。

親御さんの介護に向き合っておられるとのこと,
我が家もきっと数年後には同じ事態になると思います。
そして,猫と人間を比べては不遜なのかもしれませんが
今回,猫を亡くして初めて,いつか親とも別れが来るという事実にも思い至り
もう残された時間は少しずつ減ってきているのだなぁと
親孝行しなくちゃと,そんな気持ちにすらなります。
猫の死ですら,「ああしてやればよかった」「もっと可愛がってあげたら」と
亡くした後はいろいろと悔やまれるものですから・・・・。

いろいろな思いが今は溢れていることでしょうね。
ななとぺろんぱさんの猫ちゃんは似ていましたよね。
きっと今頃,二匹して天国でお互いの飼い主の話をしているかもしれませんね。

忘れられるとは決して思いませんが,悲しみが少しずつでも昇華できますように・・・。


コメントを読んですぐに伺いました・・・お知らせありがとう。
辛かったですね・・・ななちゃんも、ななさんも頑張りましたね。
今・・・涙が止まらなくて、私の嗚咽にムスメがびっくりして駆け寄って来ました・・・

誰だって、どんな生き物だって決められた寿命があるって頭では分かっているんですけど、なかなか受け入れられません。
愛する者との別れって、本当に本当につらいですね。哀しいですね。

私も昨年父を亡くして、介護のことでも本当にあれでよかったのか・・・後悔することも多いです。
ペットといえど家族・・・家族の最期に対して後悔することが少しでも少なくなるよう考えていきたいと思う~。心の準備というか、在り方というか、
ななちゃんのことで私も考える機会をいただいたわ。
ありがとう・・・

ななちゃん、どうしているかな?ななさんのこと見守ってくれてるかな?
どうかななさんもツライことは忘れて、楽しかったこと想い出して過ごしてくださいね。

マリーさん ありがとうございます。

マリーさんには特にお知らせしなくてはと思いつつ,ブログ自体を書いたりするのがなかなかできない時期もありました。今はやっと楽しかった思い出のほうが闘病中の記憶よりも多くよみがえるようになりつつあります。両親は毎日お墓に花を供えています。私は休日の日だけしかできませんが。大好きなまぐろのおさしみを供えてあげたくてもカラスがすぐに取っていくのでお花しか供えてあげれません。

マリーさんもお父様を亡くされたのですね。どんなにかお辛いことでしょうね。お悔やみ申し上げます。うちの親も高齢です。どちらも80を超しました。突然持病が悪化して入院したりもします。猫を見送ってから,正直,猫でさえこんなに辛いのに親との別れはどんなにか・・・と思う毎日でもあります。それが目前に来ているならなおさらに。猫が逝ってしまって,辛さは少しは和らいでも,「どこにもいない・会えない」という寂しさは日に日に増すばかりです。これが愛する肉親が対象なら,もっともっと寂しいのでしょうね。生きてるうちに,ああしてあげればよかった,こうしてあげればよかった・・・とどうしても思ってしまいますね。

もう他の猫ちゃんは飼えないと思います。あのぬくもりや癒しにまた触れたいと思う気持ちはありますが,たぶんあと数年したら私は親を天に送って一人暮らしになるでしょう。そうしたら新しく迎えたペットを十数年ものあいだ責任を持って飼えないような気もするので。一人暮らしになった時にもし自分が入院でもしたら・・・と思うと。今回の,ななの看取りも家族3人がいたから乗り切れたことだと思います。たかがペット・・・でも,彼らの命に最後まで責任を持てないなら飼えないと今回しみじみ思いました。

よく夢を見ます。会いたいです。もういちど抱きしめたくてたまらない。臨終はそんなに苦しまなかったとはいえ亡くなる前の1週間は,いつもの無邪気な表情とはうってかわって苦しそうな表情でした・・・それを思い出すと辛くてたまらないけど,でもうちの子になってきっと幸せな人生(猫生?)だったんだろうなとそれは信じたいです。生きとし生けるものとはいつかは別れがくるのだけれどそれが現実に来るとなかなか受け止められないものですね。でも,失うことがこれほどにまで辛い絆が存在したこと自体に感謝しなくては・・とも思います。

ありがとうね。そしてマリーさんも疲れや哀しみがはやく癒されますように

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