あの日、あの時、愛の記憶
ポーランドの強制収容所内で恋に落ち,一緒に脱獄を果たしたものの,その後生き別れとなった恋人たちが,30年以上もたって奇跡の再会をする物語。邦題はもっとヒネリが欲しいところだけれど,これは驚愕のホロコースト実話ものであり,そして切ないラブストーリーでもある・・・・DVDで鑑賞。ドイツ作品。
最近はホロコーストの悲劇について,シンドラーのリストのような直球ものとは一味違ったもの,たとえば,ヒトラーの贋札やミケランジェロの暗号,サラの鍵等,実に多様な切り口の作品が製作されていて,そのどれもが秀逸なので,この作品も当然見逃せなかった。
しかし実話だなんて到底信じられない設定の話である・・・・収容される前から恋人だったのならわかるが,収容所内(しかもアウシュヴィッツ!)で知り合ってから恋仲になるって可能?・・・・男女別に収容され,ナチス親衛隊の厳格な監視の元にあるのに,なんと妊娠まで!しちゃうなんて。おまけに二人で手に手を取ってアウシュヴィッツを脱獄だなんて・・・・できないでしょ,それは,いくらなんでも。
しかしお話が始まってみるとヒロインのハンナはユダヤ女性だが,彼氏のトマシュはポーランド人であり,政治犯として収容されていて,彼は収容所内でもいろんな役得や恩恵を受けることができる立場にあったことがわかった。それゆえわずかではあっても看守の目を盗んだ逢引の機会も持てたし,彼はナチス親衛隊の制服を手に入れてドイツ兵になりすまし,ハンナを連れて無事に収容所のゲートを通過する。
もともと,政治犯のトマシュは,収容所の告発写真のネガを,抵抗運動の有志たちに届けるために脱獄を計画するのだが,その際に愛するハンナも一緒に連れて逃げたわけである。トマシュが単身で逃げるのに比べると,格段にリスクが増す計画だ。
親衛隊になりすまし,偽の指令書を持っていたとはいえ,囚人服のハンナを連れたトマシュに,ゲートの警備員が少しでも不審を抱いたら,計画は成功してなかっただろうし,差し向けた追っ手に捕まって拷問や処刑を受けた可能性も大きい。彼らが逃げおおせたのは信じられないくらい強運だったのかもしれないのだ。いずれにしても,トマシュはまさに命懸けで愛する女性を助け出したのである。
追っ手に捕まることもなく,何とか無事にトマシュの生家にたどり着いたのに,二人はその後運命のいたずらで,なんと生き別れになってしまう。あんなに命懸けで脱獄し,堅く将来を誓い合ったのになぜ?と,この点も不思議だったが,ハンナを置いて抵抗運動に身を投じなければならなかったトマシュの事情や,ハンナを受け入れなかったトマシュの母の選択や,あの動乱と混乱の時代背景を考えると,互いに相手を「死んだもの」と思ってしまったのも仕方なかったのか・・・・。
相手がこの世にいないなら,どんなに恋しくても悲しくても,思い出ばかりに浸って嘆いて生きていくわけにもいかない。ハンナはアメリカに渡って今の夫と出会い結婚し,娘をもうけ,過去は封印して(きっとトマシュの死があまりにも辛かったから)生きてきた。晩餐会用のテーブルクロスを受け取りに訪れたクリーニング店のTVから,懐かしいトマシュの声を聴くまでは・・・・・。
トマシュが生きていてポーランドにいるらしいと知ったハンナは,30年前トマシュの「推定死亡」という捜索結果を受けた赤十字社に再び電話をかけ,トマシュの電話番号を調べてもらうことに成功する。
死んだものと思っていた最愛の人が生きていた・・・・それを知ったのは30年もの年月の隔たりのあと。すでに両者とも家庭があり,30年築いてきた別々の人生があった。この状況で再会すべきか否か・・・この物語は,収容所で愛を育み,脱獄したということも異色だけれど,30年ぶりの再会とそのときの恋人たちや家族の心情などにも心が揺さぶられた。
内心に複雑な思いを抱えていたに違いないのに,妻に「逢っておいで」と勧めるハンナの夫。母の過去を静かに受け入れる娘。彼らにとってトマシュは,ハンナの過去の恋人というだけでなく,「命の恩人」でもあったからなのか。
多くを語りすぎない秀逸な余韻の再会シーンもよかったが,私はハンナがトマシュに電話して,生存を告げた場面が好きだ。二人とも,この時どんな思いがこみ上げてきただろうと思う。まさに万感胸に迫る思いだったに違いない。
再び声を聴けた・・・愛しいひとが生きていた・・・という喜びと同時に,取り返しのつかない喪失の歳月に対するやるせなさも感じたことだろう。時は二度と巻き戻せない。再会したあと,二人はどうするのだろうかと,それが気になって気になって,実話だというからには,モデルになった二人はどうしたのか?といろいろネットで調べてみた。
※モデルとなった二人について書かれたニューヨークタイムズの記事によると,再会後の二人は,生涯よき友人を通した、とあります。再会したとき,トマシュ(実名イエジ・ビレッキ)はハンナ(実名シーラ・シバルスカ)に,39本のバラの花を捧げました。それは彼らが逢えなかった39年の歳月を現していたそうです・・・。
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