サラの鍵
少女は弟を納戸に隠して鍵をかけた。
すぐに戻れると信じて・・・・。
1942年,パリ。ユダヤ人一斉検挙の朝。
黄色い星の子供たちで取り上げられていたヴェル・ディヴ事件を,サラという少女の悲劇を通して描いたドラマ。原作はタチアナ・ド・ロネの同名小説。新宿武蔵野館で鑑賞。
パリに住んでいたユダヤ人たちが一斉検挙されて自転車競技場(ヴェル・ディヴ)に集められ,その後彼らの大多数が収容所に送られて命を奪われたという,この事件。わずか数日間だけの間だと信じて,とっさの機転で弟を子供部屋の納戸に隠して鍵をかけてしまった少女サラ・・・。その後の自分たち家族の待つ運命も知らずに。ストーリーのこの部分を聞いただけでも,なんてむごい話だろうとチリチリと痛む心で観た。
私の好きなクリスティン・スコット・トーマスが主演なのだが,この作品での彼女は,あくまでも語り部の位置づけ。彼女が演じるのはフランス人の夫を持つ英国人ジャーナリストのジュリア。彼女が,夫の祖父母から譲り受けたアパートが,サラたち一家がかつて住んでいた部屋だったことがきっかけになり,ジュリアは今まで多くを語られなかったヴェル・ディヴ事件の真相とサラの苦悩の物語を辿ることになるのだが・・・・。
観る前は,閉じ込められた弟が,助かるにせよ悲劇に終わるにせよ,どちらにしてもそこで終わる物語なのだと何となく思っていた。しかし,この物語はむしろ,その後のサラの人生と顛末をもじっくりと追い,その痛みを受け継いでゆこうと決心する遺族の思いや,真実を葬り去らせまいとするジュリアのようなジャーナリストの姿勢を描いた作品だった。
あまりにも大きすぎる痛みを負ったとき,人は時に痛みの過去を葬り去りたいと願う。全く別の人生に生きて,癒えることの決してない傷に関しては永久に口をつぐみたいと願うこともあるだろう。
納戸の中に弟の遺体を見つけたときに壊れてしまったサラの心。たとえどんなに強靭な心の持ち主でも,確かにあれだけの痛みは耐えられまい。納戸で命を落とさなくても,弟はいずれ収容所で殺されてしまったかもしれないけれど,それでも,自分のせいで弟が苦しみと孤独の中で死んでいったことへの自責の念から,サラは一生解放されなかったのだ。心を病んで自ら死を選ぶほどに。
それでも命は次世代へと受け継がれ,どんなに痛みを伴うものであっても,忘れ去ってはいけない悲劇もある。
サラの弟は,なぜ納戸で死ななければならなかったのか?
その死の本当の原因となった,許されるべきではない史実。
どれほど多くの,罪のない人々が
サラと同じような大きな傷を受けたのだろう…。
ジュリアに告げられるまでは,母親の過去について何一つ知らされていなかったサラの息子が,あらためて母親の辿った悲劇や悲しみについて知ったときの深い感慨。サラの残した納戸の鍵に込められた,想いや痛みを彼が受け止め,受け継いでいくだろうラストのシーンには,しみじみとした感動を覚えた。
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監督:ジル・パケ=ブレネール
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よかった~ 無事にご鑑賞できて。
様々なことを思い起こさせてくれる映画でした。
テーマは重たいですが、観る度ごとに違う側面が自分の中でクローズアップされるのも魅力的です。
それにつけても「人道に反すること」は太古の昔から非常事態には平気で行われている歴史を見るにつけ、
平常時の平和へのスローガンは一体何だったんだろうと思います。
投稿: rose_chocolat | 2012年1月21日 (土) 16時14分
こんにちは。
この映画、
ジャーナリストの視点が加わったことで、
物語に幅が出てきた気がしました。
しかし本作にしても『灼熱の魂』にしたもそうですが、
「知らない方がよかったのでは…?」という
視点の映画が増えてきたのは何か意味があるのでしょうか?
少し前なら、あの納戸の事件だけで
十分映画となった気がするのですが…。
投稿: えい | 2012年1月21日 (土) 18時02分
rose_chocolatさん こんばんは
そうそう,これはちょっと無理しても観たかった作品なので
たまたま観れる機会があって感謝!でした。
反ナチ作品は近年いろいろと趣向を変えたものが出てきて
それぞれ作品ごとに,
様々な視点からこの問題を考えさせてもらえますよね。
この作品も立ち止まってじっくりと考えさせられました。
特に鑑賞後の余韻が・・・。
>「人道に反すること」は太古の昔から非常事態には平気で行われている歴史を見るにつけ・・・
非常時には人間のエゴや保身が理由の行いが出ますよね。
人間の持つ「悪」の方の本能が全開になってしまうのかも。
平和時には心にも状況にも余裕があるので
スローガンなども出てくるのでしょう・・・・。
投稿: なな | 2012年1月21日 (土) 22時34分
えいさん こんばんは
>ジャーナリストの視点が加わったことで、
>物語に幅が出てきた気がしました。
そうですよね。この描き方は私には新鮮に感じました。
また,この悲劇を客観的に深く広く見ることもできたような気もします。
「灼熱の魂」もちろんまだ未見ですが
ぜひ観たい作品です。予告だけ観てもとても興味深いです。
>少し前なら、あの納戸の事件だけで
> 十分映画となった気がするのですが…。
ほんとですよね。私はあの納戸だけでも十分だったのですが。
でもこんなふうにひねりや深みを加えた作品が増えてくるのは
シンプルさ以上のものを観客が求めるようになってきたのかな?
反ナチスものもたくさん世に出てきましたからね・・・。
投稿: なな | 2012年1月21日 (土) 22時45分
ななさん、おはようございます。
重厚でしっかりした作りの作品でした。
長い時間軸で描き、さらに様々な人々の視点から描いたら、何かしら引っ掛かりを感じそうなものなのに、
太い柱がしっかりと真ん中を通っているように、きっちりと魅せるところが素晴らしかったです。
投稿: とらねこ | 2012年1月22日 (日) 06時06分
とらねこさん こんばんは
>太い柱がしっかりと真ん中を通っているように、
伝えたいことがブレてないからでしょうか。
ミステリ性も高く,ストーリーを息を詰めて追いながらも
静かで力強いメッセージも伝わってくる作品でしたね。
「黄色い星の子供たち」と同じ事件を扱っていますが
深みがあるのはこちらかしら・・・。
投稿: なな | 2012年1月22日 (日) 21時31分
こんばんは。クリスティン・スコット・トーマス、調べてみたら『ブーリン家の姉妹』で見てました。姉妹のお母さん役だったのかな
「きっと弟はなんとかして外に出たんだろうな」なんてのほほんと予想してたのですが、自分のアマちゃんぶりをつくづく思い知らされました・・・
一度は過去と決別してアメリカに旅立ったサラが結局死を選んだのは、自分の息子がだんだん弟とだぶってきてまいってしまったのかな、とも思ったり
そんなわけでかなり重い作品ではありましたが、遠出してまで観た価値はありました。ななさんもそうではないでしょうか
投稿: SGA屋伍一 | 2012年1月22日 (日) 22時59分
SGAさん こんばんは!
そうそう,ブーリン家の姉妹のお母さん役で
ラストあたりで旦那を平手打ちした役ですね。
スコット・トーマス・・・で男性だと。
まさかニコール・キッドマンも男性だと…思ってませんよね,さすがに
>「きっと弟はなんとかして外に出たんだろうな」なんてのほほんと予想してたのですが、
私も何となくそう思ってましたよ。
そして時間を経て成長してから姉弟が再会する物語なのかな?と。
・・・・そんな甘い話じゃなかったですね。もちろん。
たしかに,サラは自分の息子と弟の姿が重なって
余計に傷が痛んだのかもしれませんね。
彼女にとって亡くした弟は幼児の年齢で面影は止まったままだし
息子が近い年齢になったときの彼女の心境を思うとやるせないです。
>遠出してまで観た価値はありました。ななさんもそうではないでしょうか
そうそう,私の遠出はかなりの遠出でしたが
観てよかったなぁと満足しました。
投稿: なな | 2012年1月23日 (月) 00時22分
こんばんは。
私も観て参りまして、遅ればせながらレヴューをアップしました。
サラの、養父母の愛情を一身に受けながらも、そして新たな家族を得ながらも、ついに解放し得なかった彼女自身の苦悩を想う時、改めてなんと罪深い史実であったことかと言葉を失う思いでした。
私がサラなら、そしてウィルアムなら、と考えずにはいられませんでした。
ラスト、決断と実行の果て、髪を短くしたジュリアがとても美しかったです。
投稿: ぺろんぱ | 2012年2月 1日 (水) 20時40分
ぺろんぱさん こんばんは
ご覧になったのですね。
>サラの、養父母の愛情を一身に受けながらも、そして新たな家族を得ながらも、ついに解放し得なかった彼女自身の苦悩・・
養父母がほんとうにサラのことを思ってくれただけに
彼女の傷が癒されなかったことは残念で
それだけにあの事件の罪深さと与えた傷の深さを思いましたね。
私がサラでも・・・とても癒されることはなかったと思います。
でも生きていた時には辛すぎて誰にも語れなかった事実も
この自分の死後は誰かに知っていてほしいと願うかもしれませんね。
そうでないと成仏できないというか・・・(私はキリスト教ですが)
サラの哀しみとともに,あの史実も忘れ去られてほしくないですね。
投稿: なな | 2012年2月 3日 (金) 21時50分
「サラの鍵」を見て、「ソフィーの選択」という映画を思い出しました。メリル・ストリープ主演の確か、1970年代末の映画です。
ナチス関係の映画で、「サラの鍵」と同じように、被害者が被害者で終わらず、加害者にされてしまう悲劇を扱ったものでした。収容所で、幼い子供二人を連れたユダヤ人の母親にナチスの将校が、「上の子と下の子とどちらを選ぶ、選んだ方だけは助けてやる」、という残酷な選択を迫る話です。母親は選ばされます。そしてその自分の選択を一生涯、心の傷として背負ってゆく物語です。
戦争の悲劇とはそんなところにもある、と思い知らされた映画でした。迫害されただけではない、解放や勝利を手放しで喜べない、被害者が重い十字架を背負わされた悲劇、何というむごい仕打ちかと、思います。
それにしても、サラとその弟の運命は、あまりにもショックでした。
投稿: Blanche Neige | 2012年3月 4日 (日) 01時06分
Blanche Neigeさん こんばんは
コメントありがとうございます。
「ソフィーの選択」一度観ました・・・TVでだったかな。
まだ今のように映画が趣味でなかった学生時代で
ものすごくショックで,それきり再見できてないし
細かいあらすじも忘れてしまいましたが
おっしゃるように,ソフィーが子どもの選択を迫られるシーン
あれだけは鮮明に覚えています。
当の子供たちの目の前で選ばされた母親の痛みがどれほどのものか
心に焼き付いて離れません。
あまりに痛々しくて,もう二度と観れないシーンかも。
ソフィーはたしか生きのびた後もずっとその傷をひきずって
自殺・・・したんじゃなかったですか?
>被害者が重い十字架を背負わされた悲劇、
>何というむごい仕打ちかと、思います。
被害者を加害者にすることで,決して癒えない傷を与える・・・
到底許されることではないですね。
投稿: なな | 2012年3月 4日 (日) 19時56分