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2011年11月12日 (土)

ヤコブへの手紙

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第82回アカデミー賞外国語映画部門フィンランド代表作品。その他,各国でたくさんの賞を受賞し,小品ながら多くの人の心に静かな感動を与えた作品。DVDで鑑賞。

・・・・ほんとに静謐な作品だ。BGMは,まるで雨垂れのようにひそやかなピアノ曲のみ。そして主要登場人物は3人だけ。引退した盲目の牧師ヤコブと,恩赦によって12年ぶりに社会復帰した元終身刑囚のレイラ。そしてヤコブ牧師に手紙を届ける郵便配達の男。
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ヤコブ牧師の手紙の代読と代筆を頼まれて牧師館に住み込んだレイラ。服役していた12年間,誰とも交流を断っていた彼女は,恩赦を喜ぶ様子もなく,他にいくあてもないので仕方なく・・・という雰囲気だ。彼女が終身刑に服することになった罪とはいったい何なのか?盲目の牧師にはじめは戸惑いを感じながらも,彼女はやはり牧師館でも全く心を許さず,無愛想でふてぶてしくさえ見える態度を取り続ける。
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レイラの仕事は,ヤコブ牧師宛に毎日届く「牧師への相談の」手紙を読み上げ,牧師が返事に語る聖句や祈りの言葉を牧師に代わって書くことだった。「悩みのある人は祈りを必要としている」と穏やかにレイラに語るヤコブ牧師と,それを「くだらない・・・」と言わんばかりの表情であしらうレイラ。

レイラのような孤独な人こそが,ヤコブの祈りや神の救済を必要としているはずなのに,この無関心さ,傲慢さは何だろう・・・と思いつつ,いやいや彼女のように深すぎる傷と荒んだ心を抱えた人間は,ヤコブ牧師のように純粋すぎる善人には,かえって反発しか感じないのかもしれない,とも思った。

Cap071
レイラから見れば,ヤコブの行為は,ただの気休め,自己満足,のように最初は映っていたのだろう。祈ることが何の問題解決になるのか?辛酸をなめてきた彼女には,そう思えても仕方がなかったかもしれない。

聖書の言葉をすべてそらんじていて,常連の差出人の悩みをいつも心に留めているヤコブ牧師。DV夫に悩む婦人の生活と逃亡を助けるために,自分の全財産をその婦人に与えたヤコブは,単に「祈るだけ」の人ではなく,「愛の行い」をもすることができる人だった。返してもらうことを微塵も期待せずに全財産を「必要としているのは私ではなく彼女だったから」と与えることができるヤコブの行動にレイラは内心ひどく驚く。
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ある日,配達人とレイラとの間に諍いが生じたことをきっかけにか,突然ヤコブ牧師への手紙が全く届かなくなる・・・・。本当に途絶えたのか,それとも配達人の陰謀か,それはさだかには語られないのだが,とにかく手紙が来ないことで,ヤコブはすっかり意気消沈してしまい,そんな彼をレイラは冷ややかな目で見てしまう。

人々のために祈ることが使命と思っていたのに。神はもう私を必要としていないのだ。」とうなだれる牧師に,「だったら祈らなければいい。自分のために祈っていただけでしょ。」と言い放ったレイラは,一度牧師のもとを去ろうとするが,どこへ行くあてもない自分の現実を思い知らされ呆然とする。
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そしてまた,ヤコブ牧師も悟る・・・・手紙を受け取り祈ることは,今まで人々のためだと思ってきたけれど,神が自分のために与えてくださっていたのだ,いうことを。返事を書き祈る行為によって,ヤコブ自身が,慰めや生き甲斐を感じ,これまで生かされていたことを。

神は確かにヤコブのような人間を通して,救いや慰めのわざを行われる。そしてその恵みや癒しは,対象者だけでなく,用いられる人間にも与えられるものなのだ。
手紙が届かなくなり,自分の存在価値を無くしたように落ち込んでいたヤコブは,そのことに思い至ったときに神の前にへりくだり,それまでの神の恵みを感謝したのだろう。
Cap084
そんなヤコブを見るうちに,レイラの頑なな心も,いつしかヤコブ牧師に近付いてゆき・・・・彼女が手紙の代読を装って,ヤコブに自分の身の上と犯した罪を語るあのクライマックスシーン・・・・,「私の罪は許されますか?」と涙とともに問うレイラに対して,ヤコブにあらかじめ備えられていた「答え」。それがわかったとき,何とも言えない感動が静かに,しかし圧倒的に迫ってきた。

人にはできないが,神にはできる。
Cap088
レイラが重荷を下ろすことと,ヤコブがその生涯の終わりに彼女を助けて,彼自身も大きな喜びを得ること・・・・すべては神の恩寵と計画のもとにあり,彼ら二人は互いに慰めを与え合うようにと,あらかじめ神に導かれていたのだと思えてならなかった。

フィンランドの役者さんにはもちろん面識はないけれど,レイラ役の女優さんもヤコブ役の男優さんも何とも味のある繊細な名演技だった。また,一見地味なように見える映像も,室内の静物や自然の映像がすごく美しく,芸術的にも感じた。
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私のようなクリスチャンにはもちろんどストライクの感動の作品。しかし,クリスチャンでなくてもしみじみと優しい気持ちになれる作品だと思う。

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映画 や行」カテゴリの記事

コメント

こんにちは。

>あらかじめ神に導かれていたのだと

人間への人間による魂の救済と捉えた私でしたが、一歩引いて視点をマクロに、「神」の介在に言及されたななさんにクリスチャンとしての大きさを感じました。ありがとうございます。

>互いに慰めを与え合うようにと

私も本作で慰めを与えられた気がしました。
しみじみ、佳き作品でした。

ぺろんぱさん こんばんは

人間による癒しや救済ももちろんあると思いましたが
やはりクリスチャンの視点で見ると
そこに神の「計画」や「救いのタイミング」を
見ることができる物語でした。そしてまた
神から必要とされない,誰からも必要とされない,と
自分を深く省みたときにこそ
示される恵みもあるのだとわかりました。

>私も本作で慰めを与えられた気がしました。
私もです。
レイラのように,他人には理解してもらえないほどの
非常に大きな痛みを抱えていた時がありましたから
彼女の魂の救済の場面は特に心に響きました。

うーん、絶句の作品でしたね。
こういうのを取りこぼしなく、上映してる日本の会社は、なかなか目が高いと思いましたよ。
さまざまなもんが内包されてましたが、クリスチャンの方には大いに思うところがあったでしょうねえ。
私は、あの風土ならでは、あったかいけど、どこか突き放したような・・・、独特な空気感が良かったです。

sakuraiさん こんばんは

そうですね~,ハリウッド大作だけでなく
このような珠玉の欧州映画もちゃんと上映してくれて
とてもありがたいですよね。

>あの風土ならでは、あったかいけど、どこか突き放したような・・・、独特な空気感が良かったです。

自然の厳しさゆえの雰囲気でしょうかね。
素朴なんですが荒涼としたところもあって、
確かに日本のウェットさとは一味違う不思議な魅力ですよね。


ななさん、こんばんは。
この作品は、静謐ですが心に残る作品でした。
前半と後半の物語の進行の仕方もいいですね。
絶対的な良心を表しているかのような牧師と、改修するであろうと思われた元死刑囚のレイラ。この関係性が物語最後できちんとひっくり返っていましたよね。
特にあの雨の一滴に神を感じました。

とらねこさん こんばんは

>関係性が物語最後できちんとひっくり返っていましたよね。
そうですね,「救う」立場の牧師の方が
レイラによってその生涯の終わりに大きな慰めを得ました。
不思議な神の憐みに感じました。
レイラもまた,牧師館を去った後は
姉の元を訪ねる決心がついたのでしょうね。
しみじみとした優しさに癒される作品でした。

ななさん、こんばんは。
レスが大変遅くなりごめんなさい。
猛烈に忙しいのと、風邪をこじらせてしまったのがタタリました。

さてこちらも神がテーマの作品で、私的には非日常的ではありましたが、主演の二人の俳優が素晴らしかったですね。感動いたしましたわ。

舞台劇のような背景もストーリーを盛り上げていたように思えます。
ほんとしみじみとした優しさを感じる作品でしたね。

margotさん こんばんは

体調はいかがですか?もう完治されましたか?
風邪はこの時期は全国的に大変みたいで
私もマイコプラズマ肺炎をずっとひきずっていました。
margotさんも多忙と風邪のダブルパンチでは大変だったでしょうね。
はやく完全に回復されますようにお祈りします。

>主演の二人の俳優が素晴らしかったですね。
このお二人の二人芝居ともいえるような作品でしたが
それゆえの素晴らしさも感じました。
ハリウッド作品にはない味わいとテーマと
俳優さんの雰囲気だったと思います。

お邪魔します~~
短い時間の中でいろいろなことを感じ取れる
作品でしたよね。レイラの変化は想像できたものの
ヤコブ牧師のことは、考えていなくって。
<・・手紙を受け取り祈ることは,今まで人々のためだと思ってきたけれど,神が自分のために与えてくださっていたのだ・・・>
この部分、観ている私の方も、ハッとした瞬間でした。
<・すべては神の恩寵と計画のもとにあり,彼ら二人は互いに慰めを与え合うようにと,あらかじめ神に導かれていたのだと思えてならなかった。>
クリスチャンであるななさんならではの感想だわ・・・と感じました。でもそうでない私もこのラストには素直に感動できました・・・
・・・その感覚を大切にしたいと思うわ・・。
多くの人がたぶん、心揺るがすことができるんじゃあないのかな・・・って思っています★

例の映画の感想、楽しみにしています。

みみこさん こんばんは!

ほんとに短編だけど無駄がなくって
すべてのシーンに意味のある作品だったと思います。

>レイラの変化は想像できたものの
>ヤコブ牧師のことは、考えていなくって。
そうですよね~~,私も想定外の展開でした。
クリスチャンでなくても,人はみんな
「他者を慰めることで自分も安らぎを得る」ということは
あると思うのですよね・・・
それに老齢で身体に不自由なヤコブ牧師のような人が
たったひとつの仕事を取り上げたれたらどんなに辛いか,ということも。
人間関係の妙や,人の心の複雑さや・・・
いろいろなことを静かに語りかけてくれる優しい作品でした。

例の映画…レンタル店に行ったらまだ新作でした。
一晩だけでは今はちょっと観きれないので
もう少しして3泊4日くらいになったら借りて最後まで観ます!
感想,必ずアップしたいです~,待っててね。

ななさん、こんにちは!
さっき、これを見たばっかりです。
あ~~~10日前に見ていたら、これを1位にしたのに・・・。
ななさんは、2位にしていらっしゃいますね!
私は、この映画はガツ~~~ンと来て、何から何まで好みでした。
ななさんは、宗教的な意味合いの処を含めて、なおのこと思う処の多い作品だったんじゃないでしょうか☆

laifaさん こんばんは!

ご覧になったのね~~~

>あ~~~10日前に見ていたら、これを1位にしたのに・・・。
まあ嬉しいことを!
私も1位にしたかったくらい大好きな作品ですよ。
何から何まで好み…素晴らしいです。
>宗教的な意味合いの処を含めて、なおのこと思う処の多い作品だったんじゃないでしょうか☆
まさにその通りでしたね。
キリスト教の本質をよくわかっている作品だと思いました。

ななさん、こんばんは♪
最初、レイラのあまりの傲慢さに唖然としてしまいました。
彼女が変化する物語なのだろうなあ、と思いましたが、
ラストの光景は全く予想がつきませんでした。
信仰を持っていない私ですが、聖書やヤコブ牧師の言葉
に重みを感じながら鑑賞した次第です。
神の導きという結末が、素直に心に入ってきました。
本作も、早くも今年のマイ・ベスト候補です。

孔雀の森さん こんばんは

>最初、レイラのあまりの傲慢さに唖然としてしまいました。
そうですよね,彼女の感じ悪さは強烈でした。
そして彼女が救われるだけの物語ではなく
ヤコブ牧師もまた救われる立場であったことが
この物語の意外性でもあり,感動のツボかもしれませんね。
クリスチャンから観れば
人間はみな等しく救いを受ける方の立場なのだなぁ・・・
と改めて思いました。
不思議と心にしみいる優しさに癒される作品ですよね。

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