イースト/ウェスト 遥かなる祖国
ちょうど10年ほどまえに公開され,太陽に灼かれてのオレグ・メンシコフに私が初めて出会った大好きな作品だ。夫アレクセイ(オレグ)と共に,冷戦時代のソ連に帰国したフランス人の妻マリー(サンドリーヌ・ボネール)の,苦難と激動の人生を描く一大叙事詩。
第二次大戦直後の1946年,スターリンが与えた特赦を信じて,亡命先の各国からソ連に帰国してきたロシア人とその家族数千人。しかし,祖国への望郷の念と希望にあふれた彼らを待っていたのは,処刑や強制収容所送りというむごい仕打ちだった。
自分の故郷フランスを捨てて,夫の祖国へやってきたマリーもまた,スパイ容疑をかけられ,夫と引き離されそうになる。妻を収容所送りから救うために,優秀な医師であったアレクセイは,首都モスクワを遠く離れたキエフの工場での仕事や,プライバシーのない共同住宅での生活を受け入れる。しかしそこでの生活は,常に秘密警察や密告者の目に晒されて,息の詰まるものだった。
まるで閉ざされた巨大な監獄のような夫の国家ソ連。そこから脱出してフランスへの帰国を切望するマリーと,妻子を守るために国の政策に隷従して,時期を待とうとするアレクセイ。ともに苦労を分けあいつつも,考え方の違う二人の間の溝は次第に深まっていく・・・。
これは実話らしく,この時代の旧ソ連では,実際に同じような目に遭った数多くの人々が実在するらしい。妻を愛しつつも,次第に彼女から責められるのが苦痛になり,共同住宅の管理人の女性と浮気をしてしまうアレクセイ。そしてマリーもまた,自分たちを苦しめる国家に媚びへつらっているようにしか見えない夫に絶望し,両親と祖母を秘密警察に殺された青年サーシャと心を通わせ,彼の水泳の腕前に亡命への夢を託すようになる。
自由の国フランスとはあまりにも違う,牢獄のような夫の国で囚われの身のように暮らすマリーの辛い気持ちもよくわかるし,妻に申し訳ないと苦悩するアレクセイの気持ちも,とてもよくわかる。国家体制がいかに罪のない人々や幸福な家族を翻弄し,引き裂くか・・・・そして果たしてマリーたちはそこから脱出できるのか?
とても実話とは思えないような波乱に富んだストーリーから目が離せなかった。
この物語の中で一番心に残ったシーンはもちろんラストのアレクセイの,喜びと痛みの両方を滲ませた切ない微笑みのシーンだけど,その次に好きなのは,サーシャが夜の大海原を単身で泳いで亡命を果たすドラマティックなシーンだ。サーシャとマリーのひとときの恋すらも,たとえ不倫であっても,このような事情なら応援したくなってしまう。
しかしサーシャの亡命とマリーとの関与が当局に露見し,マリーは収容所送りに。その後長い歳月の服役を経て再び夫と息子の元に帰ったマリー。夫婦の間には再び元のような生活が再現したように見えたけれど・・・。
そこからラストにかけて,思いもよらなかった感動的なストーリー展開になるのだ。それまでいろいろと悩むだけにしか見えなかったアレクセイの,妻への深い愛や秘めた行動力等が明らかになって,一気に彼の株が上がるのである。
一途なサーシャや,強さと美しさを持ったヒロインのマリーにそれまで心を奪われがちだった身としては,やっぱりこの物語の主役はオレグだわん~~と。当の妻本人にも伏せて綿密に沈着に練られた計画・・・(その秘められた長期戦を思うとき,全く関係ない話だが,私の中でなぜか忠臣蔵の大石内蔵助の姿が浮かぶ。)そして前述したように,忘れることのできない,あのラストの哀しくも素敵な彼の笑顔。
・・・・切ないけど最高である。
途中でちょっと退屈に感じたとしても,長くてもラストに手に汗握る,そしてしみじみと感動的な場面が待っている。
夫婦とは?国家とは?冷戦とは?と,さまざまな視点からじっくりと迫ってくる,骨太で重厚な作品。政治や歴史,ロマンス,家族愛,夫婦愛・・・そして艱難の中でも絶やすことのなかった不撓不屈の願いなど・・・見どころが満載の作品である。
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» 「イースト/ウエスト 遥かなる祖国」感想 [ポコアポコヤ 映画倉庫]
すごい実話です・・・。4つ★半〜5つ★
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» イースト/ウエスト 遥かなる祖国 [迷宮映画館]
1946年、第二次大戦終了後、ソ連は特赦を与え、戦争前、戦争中に亡命した同胞を国に迎えることにした。戦後の再建が急務であったからだ。どれだけのソ連人が帰ってくるのか想像もつかなかったのだが、帰国を希望した数は、遥かに予想を上回るものであった。膨大な数の...... [続きを読む]
ななさん、こんにちは~~!
>やっぱりこの物語の主役はオレグだわん~~と。
そうそう、そうなのよねー。
私もマリーを中心に見ていたのだけれど、最後まで観て、アレクセイこそが、主役だったんだなあ・・・って思いました。
2度目に見た時は(続けて次の日また見ちゃったのw)1回目見た時とは別に、アレクセイを中心に見ました。
>その秘められた長期戦を思うとき,全く関係ない話だが,私の中でなぜか忠臣蔵の大石内蔵助の姿が浮かぶ。
言えてるわ!!
そこの部分は、全く映画では映像として見せられないのよね・・。潔くバッサリと語らない手法で監督さんは撮られたのね。
投稿: latifa | 2011年9月16日 (金) 08時56分
latifaさん こんばんは!
そうよね,この作品
最後まで観たら一番印象に残るというか
「美味しい」役どころってオレグですよね。
中盤までずーっと,奥さんのことを
「かわいそう」「がんばって~」と応援しながら観て
最後の最後で「いい旦那さんやん~~」と
一気にオレグに惚れてしまった。
ラストシーンがオレグの哀しげな笑顔,というのもいいよね。
大石内蔵助に賛同してくれてうれしいです。
個人的に,忠臣蔵のような
ストイックで秘められた忍従の長期戦ができる男性って
尊敬してしまいます。
投稿: なな | 2011年9月20日 (火) 21時31分
おぉぉぉ!!見たのですねええ。
「戦火のナージャ」から以降、どうしても見たい!!と思ってしまい、DVD買ってしまいました!!
なのですが、封を切れず・・。
セロハンついたまま、棚に飾ってあります。
でもこれ見たら、見たくなってきた・・・。
どうしましょう・・・ねえ。
投稿: sakurai | 2011年10月 6日 (木) 13時32分
sakuraiさん こちらにもありがとう
封をきらないなんてなんてもったいない!
ぜひぜひ感想をアップしてくださいませ~
この作品のオレグはほんとに素敵なんですから!
私の方は「戦火のナージャ」レンタルしてきました。
この連休に観る予定です!
また感想を書きたいです~~
投稿: なな | 2011年10月 8日 (土) 09時53分
2002年にこんなことを書いてました。
あぁぁ、見たいけど・・・でも切れないなあ。
封、切れないままのDVDがいっぱいあるんですよ。困ったもんだ。
さらっとピアノに前に座ってる姿がとっても素敵ですよね。
投稿: sakurai | 2011年10月 8日 (土) 18時08分
sakuraiさん またまたありがとう。
>さらっとピアノに前に座ってる姿がとっても素敵ですよね。
彼はご本人も音楽もダンスも得意なんですってね。
この作品でもロシア民謡みたいな曲を
さりげ~に弾き語りしてくれちゃって
それがまたとっても素敵でした。
私,実はピアノの弾ける男性って無条件で惚れちゃいます
投稿: なな | 2011年10月 9日 (日) 00時27分