シングルマン
今年は私にとってコリン・ファースの当たり年らしい。英国王のスピーチに加えてDVDで観たこの「シングルマン」・・・・年を重ねて渋さと奥深さを増したコリンの魅力を,またまたじっくりと味わうことができる珠玉の1本だ。
世界的なファッション・デザイナーであるトム・フォードが初監督をしたこの作品,映像や色彩の磨き抜かれたセンスと美しさは,さすがとしか言いようがない溜息もので,1960年代の家具調度品や自家用車,生活様式やファッションやヘアスタイルなども,どれも洗練されつくしている。
物語は1962年,キューバ危機に揺れるロサンゼルスが舞台。主人公のジョージ(コリン)は,16年に渡るつきあいの同性愛の恋人ジム(マシュー・グード)を8か月前に交通事故で亡くしてからというもの,抜け殻のような心境で日々を過ごしている初老の大学教授。
物語は,そんなジョージが,自殺を決行しようとした一日の出来事を,目覚めから順を追って映し出す。ゆったりと丁寧に流れる時間のなか,死を覚悟して身辺を整理し,友人に遺書を残し,隣人や同僚には最後の思いを込めて慇懃に接するジョージの,哀しみと虚無感に彩られたまなざしが痛々しい。
そして合間にふとしたきっかけで蘇る,最愛の恋人との思い出の記憶・・・・。挿入される回想シーンの中でジョージに微笑むジムの笑顔が魅力的で・・・・涙を誘う。
彼との出会い
ともに過ごした日々
事故の時にジムと一緒に死んだ愛犬
そしてその死を知らせる電話。
ジムとの思い出が蘇るたびにジョージの顔に浮かぶ,何とも言いようのない痛ましい表情。。自らの心境をほとんどセリフで語らず,押さえた表情や仕草の演技のみで,哀しみや喪失感の大きさを表現するコリンの演技に圧倒される。
死んだ愛犬と同じ種類の犬に遭遇し,つい飼い主に話しかけてしまうシーンや,ジムの従兄弟から訃報を受けるシーン。
特に,まだまだ同性愛者が肩身が狭かった時代ゆえか,電話一本で恋人の死を知らされ,葬式に出ることも叶わないジョージのやるせなさは,ブロークバックマウンテンで,イニスがジャックの死を知ったときのシーンを思い出した。16年もの絆がありながら,その死に対して,「恋人」や「伴侶」の立場が取れない哀しさ…タイトルの「シングルマン」の寂しい響き。
そしてジョージの長年の女友達チャーリーを演じたジュリアン・ムーア。かつては恋人だった時もあり,ジョージがジムを選んでからは親友になっていた彼女のもとへ,ジョージは最後の日に晩餐に訪れる。陽気なダンスとおしゃべりとディナーのひととき。
ジョージが死を決意していることも知らずに,彼が,もしかしたら自分のもとに帰ってきてくれるのではないかと,一縷の望みを密かに抱いているチャーリーもまた哀しい。
しかし,ジョージの教え子のケニー(ニコラス・ホルト)の存在が,いよいよこの世に別れを告げようとするジョージに再び生きる希望を与えることになる・・・・。このケニーを演じたホルトの美しさは,特筆ものだ。タイタンの戦いにも出ていたらしいが…記憶にない。私はつねづねゲイの監督さんは(オゾン監督とか) 男優さんをほんとに魅力的に撮ってくれると感心するけど,この作品も例外ではなかった。(もちろんコリンもマシューも美しい)
でもやっぱり最後は最愛のジムの幻に抱かれて旅立つラストシーンに・・・なぜか癒された。正装で恋人を迎えにきたジムが,ジョージに口づけするシーン。冒頭の,事故現場でジョージがジムの遺体のそばに横たわって彼を見つめる場面とリンクし,ああやっぱり二人は離れられないんだなぁ,と・・・・。
この映画を20数年来の恋人であるリチャード・バックリーに捧げたというトム・フォード。同性愛だけでなく,ミドルエイジ・クライシス(中高年男性の鬱病や不安症)の問題も描かれているこの作品には,哀しみや虚無だけではなく,人生のささやかな煌めきやぬくもりをも,さりげなく散りばめられている。そしてその奇跡ともいえる洗練された映像美は,冒頭からラストまで視聴者を釘付けにする・・・・。これは人生をある程度経てきた大人がじっくりと味わうことができる,極上の作品だといえるかもしれない。
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» 『シングルマン』 (2009) / アメリカ [Nice One!!]
原題: A SINGLE MAN
監督 : トム・フォード
出演 : コリン・ファース 、 ジュリアン・ムーア 、 マシュー・グード 、 ニコラス・ホルト 、 ジョン・コルタジャレナ
公式サイトはこちら。
<Story>
1962年11月30日。
8ヵ月前に、16年間ともに暮らした愛する...... [続きを読む]
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こんばんは。お邪魔が遅くなりました。
この作品は、出演者はもちろん、映像、台詞に至るまで、全てがため息が出るほど美しいものばかりでした。
こんなに美しい作品に、コリンを選んでここまで美しく撮ってくれてありがとう、と監督に感謝を申し上げたいです。
また、ニコラス・ホルトの美しさにビックリ。『タイタンの戦い』の時、「これって誰?」と調べてみたら、
『アバウト・ア・ボーイ』のあの子だったと知ってビックリしてたんだけど、ここでは更に超ビックリ。
彼のモヘアのセーターとちょうどいい加減の歯並びの口元に見蕩れました(笑)
もちろん、内容も題材も好きなのですけど、言葉にしてみたら、こんなことばっかり言ってしまいます。
投稿: 悠雅 | 2011年5月10日 (火) 20時36分
こんばんは。
いい作品でしたよね、私も2010年の「MY BEST12」に入れた一作でしたが、BEST5にも入るかと。
映像の優美な魅力に加え、幾つかの会話が若くはない自分の心に寄り添ってくれたような気がします。
投稿: ぺろんぱ | 2011年5月10日 (火) 21時27分
悠雅さん こんばんは
この作品のコリンは知的で渋くて
そして哀愁が漂っていてセクシーで・・・
ほんとに素敵です。
マシュー・グードもキュートです…中年なのに。
それにやっぱりホルト君が可愛い・・・
返す返すも男性が素敵に撮れてる作品ですよね。
ゲイの監督さんって美意識が凄いですが
それに加えて監督さん,世界的なデザイナーですもんね。
なんだかず~~~~っといつまでも観続けたいような
そんな非日常な美しさに癒されていました。
>内容も題材も好きなのですけど、言葉にしてみたら、こんなことばっかり言ってしまいます。
わたしも同じ~~。奥深いテーマもある作品なのにね。申し訳ない。
投稿: なな | 2011年5月10日 (火) 22時27分
ぺろんぱさん こんばんは
この作品のコメントにそちらにお伺いするつもりでしたのに
先を越されてしまいましたね~。
私も遅ればせながらベスト3くらいに入れたい作品です。
>幾つかの会話が若くはない自分の心に寄り添ってくれたような気がします。
そうそう,この作品,若くないからこそ感じるツボがいっぱいで。
ミドルエイジ・クライシス(中年鬱)真っ最中の私も
じわじわと後から感動が尾を引いているなぁ・・・。
投稿: なな | 2011年5月10日 (火) 22時38分
こんにちは。
ノーブルな美しさとせつなさが漂う作品でしたね。
たしかに、コリン・ファースが大仰な演技でなく、静かに淡々と悲哀を表しているところは凄いと思いました。いやもうコリンの当たり年ってその通りだと思います。
彼をこの世に留まらせる美貌に説得力ありまくりのニコラス・ホルトにはびっくりしました。子役の時には特に魅力を感じなかったので……。
ゲイの監督さんってホント男をどう美しく撮るか判ってらっしゃる~。
投稿: リュカ | 2011年5月11日 (水) 22時24分
リュカさん こんばんは
静かに淡々と悲哀を表現するコリン・・・押さえた演技で
ここまで感情を繊細に表現できる俳優さんだとは・・・!
お見それいたしました~!という感動もありましたよ。
性格俳優だったのか…コリン。
>彼をこの世に留まらせる美貌に説得力ありまくりのニコラス・ホルトにはびっくりしました。
あんな息子が欲しいですねぇ。
アバウト・ア・ボーイも観たんですけど
全然記憶に残ってない・・・。
ゲイの監督さんの作品でオトコが麗しいと感じたのは
オゾン監督の「ぼくを葬る」とかブライアン・シンガー監督の
「ワルキューレ」とかですが
やっぱりそんな作品は女性が観ても楽しいですよね。
投稿: なな | 2011年5月12日 (木) 23時00分
ななさん、お久しぶりです^^
コリン・ファース、良かったですね~^^
多くを語らない押さえた演技が渋くて、彼の演技を見てるだけで感情移入しちゃった
コメディから重厚な作品に至るまで、守備範囲が広くてビックリ!
「アナザーカントリー」から知ってるけど、ほんとに素敵な大人になられて嬉しいです^^
ニコラス・ホルトが「アバウト・ア・ボーイ」の、あの変な帽子被ってた男の子だったなんて!美しく成長してたんですね~^^
投稿: ちー | 2011年5月30日 (月) 21時49分
ちーさん こんばんは
お久しぶりです,お元気でしたか?
この作品は,ほんとにストーリーやテーマよりも
個人的には美しい映像と,おっしゃるようなコリンの演技に
うっとりと見惚れているだけで満足…そんな作品でもありました。
>「アナザーカントリー」から知ってるけど、ほんとに素敵な大人になられて嬉しいです^^
個人的には「真珠の耳飾り~」のコリンが好きですが
「ブリジット・ジョーンズ」や「英国王の~」のような
ちょっとコミカルな役もそつなくこなすコリンって
今更ながら名優だなぁと感心・・・
本当の名優さんは年を重ねてますます評価が上がりますよね。
コリンのこれからもとっても楽しみに注目していきたいです。
投稿: なな | 2011年6月 2日 (木) 23時58分