モーリス
以前に,DVD化,もしくは再版してほしい作品という記事の中で取り上げたこの作品,先頃,手の届く価格でHDニューマスター判が再版されて,ようやく念願の購入を果たした。二十世紀初頭の,伝統と階級に縛られた英国で,自らのセクシャリティーに苦悩する,上流階級の若者たちの物語。
いや~,もう10年ぶりくらいですね,これ観たの。
ハマっていたころは,なんというか,ヒュー・グラントをはじめとする英国美青年たちの美しさと,舞台となるケンブリッジ大学やマナーハウスの醸し出す,格調高くスノッブな雰囲気にひたすら酔っていた記憶が・・・・。でも観返してみると,なかなかに深いヒューマンドラマで,主人公たちが己のセクシャリティーに苦悩するさまからは,花蓮の夏の切なさもまた思い出したりして。
原作者のE・M・フォースターもまたケンブリッジ大学出身で,彼の小説は,「階級を越えて理解し合おうとする人物たち」を描いたヒューマニックなものが多く,また彼自身も同性愛者であったため,セクシャリティーも重要なテーマとなっている。
同性愛者は逮捕され,投獄された時代の英国。それは同時に,「階級制度」が強固に人々を支配していた時代でもあった。
上流階級の子弟のモーリス(ジェームズ・ウィルビー)とクライヴ(ヒュー・グラント)は,ケンブリッジ大学の学生寮で出会い,互いに惹かれ合うようになり,社会に出てからも世間や家族には親友と偽ってプラトニックな恋人同士の絆を保ち続ける。
しかし弁護士を志し,着実に上流階級の花道を歩んでいたクライヴは,同窓生のリズリー子爵が,同性愛者として社会的制裁を受けるのを目の当たりにして怖じ気づき,モーリスとの関係を終わらせようと決断,平凡な女性と結婚し政治家になる道を選ぶ。
一方,クライヴから一方的に別れを告げられたモーリスは悩み苦しみ,自分の性癖は病気ではないかと医師の催眠治療を受け,ボクシングに打ち込んで苦悩を紛らわせる。その後,クライブの屋敷の狩猟番の青年スカダー(ルパート・グレイブス)に性癖を見抜かれたモーリスは,彼と関係を持ち,タブーも階級をも越えてスカダーと共に生きる決心をする。
当時の社会からは受け入れられないセクシャリティーを,共に抱えていたモーリスとクライヴ。愛し合いながらも,彼らがそれぞれに選択した道は正反対のものだった。
片方は世間と妥協し地位や名誉を守る道を選択し,
もう一方はすべてを捨てて「本来の自分らしく」生きる道を選択する。
クライヴが保身の道を選んだ,というか「選べた」のは,彼が女性との性生活も可能なバイセクシャルだったからかもしれない。それに彼の方が,モーリスよりも社会的地位も高く,失うものが多かったせいもあって,保身の道を選ばざるを得なかったのだろう。
一方,労働者階級の恋人と同性愛を貫く決心をしたモーリスは,世間から見たら敗者かもしれない。しかし,鑑賞後はなぜか,モーリスではなく成功者としての人生を歩んだクライヴの方に同情したくなった。
ラストシーン,別れを告げて庭園の夜の闇の中に消えていったモーリスを思うクライヴに,妻は「誰と話してるの?」と言葉をかける。その時のクライブの複雑な表情・・・そこに込められた,ケンブリッジ時代を懐かしみ,自分は選び取らなかったものに憧れるかのような寂しげなまなざしが切ない。
今ではすっかり,ラブコメキングの異名を取って久しいヒュー・グラントが,この作品では正統派美青年として輝くばかりに美しい魅力を放っている。(私はこれで彼のファンになったっけ)
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