クイルズ
美徳を知りたければ
まず悪徳に通じることだ。
2000年製作の,マルキ・ド・サド侯爵をモデルにした衝撃作。初見時はそんなに良さがわからなかったけれど,今回DVDを観直してみて,別の意味で衝撃を受けた。
それはこの作品での,ホアキン・フェニックスの上手さと美しさ!ホアキンと言えば,「グラディエーター」での憎々しくも哀れを誘う悪皇帝コモドゥス役とか,「ウォーク・ザ・ライン〜」のビリー・キャッシュ役とか,アクの強い性格俳優という印象があったのだけど,たしかにこのクイルズでも高度な演技を披露してくれているが,外見と言うか雰囲気と言うか・・・・これまで知っていた彼とはまったく違うタイプのホアキンを観ることができて驚き。
神父役なんですよ,彼。それも清らかで繊細な。
この時代の,腰から下が広がったロングスカートみたいな法衣姿のホアキン。彼の演じるクルミエ神父は,とてもピュアな美青年で,当時人間的な扱いを受けていなかった精神病院の患者たちに惜しみない慈愛を注いでいた。
そんな彼が,サドを更正させようと虚しい闘いを繰り広げるうちに,反対に自分の方が次第に悪魔の陣営に堕ちていくのだが,その堕ちてゆく過程のホアキンの演技が素晴らしい。
「グラディエーター」とほぼ同じ頃に撮られたこの作品,一点の邪心もない清らかさと,相対する秘められたエロティシズム。この矛盾した真逆のムードを,どちらも漂わせることができるホアキンの魔性の瞳。まさに変幻自在で,エキゾチックな魅力に満ちている。(・・・って,ちょっと褒めすぎ?でもそれくらい,この作品の彼は美しいし,芸達者だ。)
神父である彼が封じ込めてきたマドレーヌ(ケイト・ウィンスレット)への禁断の恋慕の情を解き放つことになる,サド公爵の悪魔的なまでの言葉の技。ラストにはついに,ホアキンの瞳には,すさまじい狂気までが宿るようになる。
神父だけでなく,病院内の他の患者たちの心に封じ込められた悪魔をも解き放つ,サド公爵の強烈な文章の影響力に戦慄した。サドの小説を口伝えに送るうちに,放火の快感を思い出してしまう放火犯や,患者の暴力的な行為の犠牲となるマドレーヌ。
意外でもあったのは,この物語の中では,職業や身分にかかわらず,誰もがサドのそんな危険で罪深い書物を切望し,夢中になったということ。そう,老いも若きも,淑女も娼婦も,人妻も処女も誰もかれもが。
サド公爵が書いたり語ったりした物語は,現代のわれわれから見れば,巷に氾濫しているポルノ出版物に比べればどうってことのない代物かもしれない。サドの物語があれほど人々を麻薬のように引きつけたのは,それが禁止されていた時代だったから,なのだろう。
人間であれば誰しも,悪徳と美徳のどちらの素質も持っているはず。つまり,ひとは誰でも,聖人のように高潔にもなれるが,悪魔のように淫蕩にもなる可能性を持っている,と思う。
徹底して無神論の立場を取り続けたサドと違って,クルミエ神父こそ,同じ人間の中に神と悪魔の両方が住む,ということを示す生き証人のような存在なのかもしれない。
冒頭ではサドを友人として手厚く扱い,神の愛によって更生させようとしていた神父。しかしサドの傍若無人で挑戦的な行いの数々のせいで病院経営が危機に陥り,どんなに手を尽くしてサドの執筆の手段を取り上げてみてもすべて無駄に終わり,ついにマドレーヌに恐ろしい災難が降りかかったとき・・・神の慈愛を説く神父がサドの舌をひっこ抜き,彼の死後はその後継者となるまで堕ちてゆく。
サド侯爵を演じたジェフリー・ラッシュの怪演も見事だ。実際の侯爵は血なまぐさい犯罪者でもあったらしいのだが,この作品のサド侯爵は,そういった悪徳の権化というよりは,「すさまじい執念とエネルギーを持って,己の思想を表現することに命を賭けた人物」 としての面が強調されていたようだ。
いかなる迫害も非難にも屈することなく,紙とクイルズ(羽根ペン)を取り上げられれば,ワインや自分の血や排泄物までも使って物語を綴り続けたサド侯爵。しかし彼の発する並々ならぬパワーが,多くの人を滅ぼしてしまったこともまた事実である。
今回再見してみて,これはとても深い,真摯な物語である,と痛感。ジャケットの画像のようなエロティックでセンセーショナルな面ばかりを期待して観ると肩すかしを食らうかもしれないが,答えの出ない人間の本質を問う,なんとも奥深い作品だと思う。
« プリンス・オブ・ペルシャ/時間の砂 | トップページ | ミレニアム ドラゴン・タトゥーの女 »
「映画 か行」カテゴリの記事
- 劇場版「鬼滅の刃」無限列車編(2020.11.14)
- グレタ GRETA(2020.10.18)
- 牯嶺街(クーリンチェ)少年殺人事件(2020.05.31)
- THE GUILTY ギルティ(2019.06.07)
- 君の名前で僕を呼んで(2018.08.17)
ななさん、こんばんは♪
先日は5周年記事へコメントをありがとうございました(T^T)ダラダラしていた1ヶ月間、このままでは
ブログに戻れなくなるかも(^^;と一念発起、昨日の
ジョニーのお誕生日に復帰しました♪
マイペースに更新して行きますので、これからも
仲良くして下さいね(^_-)-☆
で~この作品なんですが、ジェフリー観たさにかなり
前にDVDで鑑賞致しました。ジェフリーの怪演と
凄まじい内容、映像は記憶にありますが、ななさんの感想を読ませて頂くと(相変わらず奥深く鋭い感想だなあ・・・)もう1度この作品を観てみたくなりました!WOWOWとかでやってくれたらいいんだけどなあ・・・今度観たら、ホアキンの演技に集中しますね(^_-)-☆
投稿: ひろちゃん | 2010年6月11日 (金) 00時30分
あ~~言い忘れました(^^;
写真変わったんですね^^
秋吉久美子みたい(嫌いな女優さんだったら、ごめんね(^^;)
お目目が大きくて羨ましいな~
投稿: ひろちゃん | 2010年6月11日 (金) 00時31分
ひろちゃん 復帰されたのですね~
嬉しい~!!!
体調とか,いろいろ大変だと思いますが
ぜひぜひ頑張って,マイペースで続けてくださると嬉しいな。
私も少し息切れしてきているんですが(3年目)
それでもまだまだ頑張っていきますから~。
で,この作品ですが
わたしも最初はジェフリー目当てだったような。
彼の演技は観ていて圧倒されるものが多いので
彼の作品はほとんどチェックすることにしてますし。
しかしホアキンにやられましたね~
ホアキンが上手い役者さんだってことは認識していたけど
彼を美しいと思ったのはこの作品が
最初で最後かも。
聞くところによるとホアキンは歌手に転向して
俳優業はおしまいにすると前に宣言してますが
どうなんでしょうね。勿体ない・・・両方やればいいのにね。
>秋吉久美子・・・懐かしい名前ですね。好きですよ~
でも私より,若いころの私の姉の方が
秋吉久美子に似てると言われてました。(くそぉ)
投稿: なな | 2010年6月12日 (土) 17時37分