ハート・ロッカー
本年度のアカデミー賞で,アバターを押さえてみごと作品賞,監督賞を含む6部門を勝ち取った作品。イラクに駐留するアメリカ軍の中で兵士の死亡率が最も大という,爆発物処理班の物語だ。
いやはや,最初から最後まで,爆弾処理,処理,処理,処理・・・・の場面がひたすら続く,骨太かつ,地味極まる物語である。
主演俳優たちは誰もみな,知名度の低い俳優さんばかり。レイフ・ファインズやガイ・ピアーズ,デヴィット・モースなどの名優たちが,カメオ出演であえてチョイ役で出ているが,主人公たちはあくまで無名(主役のジェレミー・レナーは,この作品で主演男優賞にノミネートされて知名度が上がったが),目を見張るようなイケメンも,ヒロインをつとめる美女も出てこない。
人によっては,ドキュメンタリーのように淡々と進む爆弾処理のお話に,退屈さを感じるかもしれない。二日酔と発熱,というけっこう最悪のコンディションだった私も,「これは途中,もしかしたら寝るかも・・・」という懸念を持って鑑賞したが,これがなかなか,面白い・・・というか,終始ひりつくような緊張感が満載だったためか,眠気は皆無。
爆弾処理の場面も,仕掛けられた場所の違い(地面,車,そして人間!)やその数,周囲の状況,爆発によって犠牲者が出るかどうか・・・といったシチュエーションが毎回違うので,飽きることがない。
それに何より,この作品で初めて知った,爆弾処理という任務の,想像をはるかに超える危険性や緊迫度から目が離せなかった。まるで宇宙服さながらの防護スーツ。わずかな判断ミスも許されない処理。その最中も,誰がいつなんどき爆破のスイッチを押すかもしれないので,援護する兵士たちは銃を構えて周囲のイラク人の野次馬たちに抜かりなく目を配り続ける。
恐怖を静かにあおるようなBGMや,ハンディカメラによるリアルな映像。腹の底に響く爆発音の凄まじさと,人が一瞬にして消え去る衝撃。そんな爆発がいつ起こるかわからない恐怖と緊張感を,「まるでそこにいるかのように」体感し続ける2時間は,下手なホラーよりよっぽど怖い。
「ハート・ロッカー」とは,兵士用語で「行きたくない場所」「棺桶」を指すそうだが,まさに爆弾処理の任務は,棺桶に片足をつっこんだような、死と隣り合わせの任務。しかし,主人公のウィリアム・ジェームズ二等軍曹(ジェレミー・レナー)は,そんな任務を,何の恐怖も感じないかのように,苦もなく遂行する。彼の時として無謀で協調性のない行動は,サポート役のサンボーン軍曹たちとの間に,不協和音を起こすこともあるが・・・・。
彼はどうしてこんなにタフなのか?
もともとそういう人間なのか?
任務が明けて帰国しているときには別人のように生彩を失っている彼が,再び新たな任務へと向かう時,生き返ったかのように精悍さと自信に満ちた表情を見せるラスト。一歩間違えれば死ぬという,強烈なスリルと高揚感は,彼をすっかり戦争ジャンキーにしてしまっていたのだろう。戦争は麻薬であるという冒頭のテロップが脳裏によみがえり,テーマはこれだったのか!とラストに唸った。
これは反戦映画なのか?
それとも兵士をねぎらう映画なのか?
そのどちらでもなく,ただ戦争の「ある一面」を乾いたタッチでリアルに描き切った作品なのかもしれない。どんなメッセージを受け取るかは,観客に委ねられているのかも。私はやはりこの作品から,やや変化球の「反戦」のメッセージを受け取った。
戦争が麻薬であるという以上,やはりそれはあってはならないものであり,それにハマってしまったジェームズ軍曹も戦争の被害者なのかもしれないから。
「アバター」とオスカーを争った本作。好みは分かれそうだが,私はこちらに一票を投じる。アバターももちろん素晴らしい作品だけど,やはりアカデミー賞としては,生身の俳優さんの演技や,監督の演出が冴えわたる,ずしりと重い見ごたえの本作の方がふさわしいと思うのだ。
※余談だが,私はこの監督さんの「K-19」のファンだった。実際に起こったソ連の原子力潜水艦K-19の事故を描いたこの作品も,同じく骨太な作品だが,なんせ主役がハリソン・フォードだから,最後は奇跡的に助かりそうな錯覚が起ってしまったし,もう一人の主役のリーアム・ニーソンも,すごくカッコよすぎる台詞や行動があったりして,そこが少し違和感だった。それに比べると「ハート・ロッカー」での,わざと無名の俳優さんを主役級に据えてヒーロー的な要素を排したキャスティングは,素晴らしいと思った。
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