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2009年12月の記事

2009年12月30日 (水)

母なる証明

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凄い作品だ。(韓国映画の場合,開口一番は,この言葉しか出てこないことが多い。)あらゆる予想を覆す衝撃の展開と,見方によっては複数の解釈を許す描き方は,見終わった後に強烈な余韻を残し,場面場面での母と息子の表情が繰り返し脳裏に浮かんで消えなかった。

完全ネタばれ記事です。未見の方はご注意ください。

薬草店で生計をたてている母と,知的障害のあるひとり息子トジュン。息子の障害のゆえか,それとも母ひとり子ひとりという家族構成のためか,母の息子に対する愛情や干渉は,少し異常か?と思えるほどに強い。そしてそんなある日,二人の住む町で,女子高校生が撲殺されるという事件が起き,トジュンは容疑者として拘留される。母は全力を尽くして息子の無実を証明するために奔走するのだが・・・・。
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母親が息子の冤罪を晴らすサスペンスものと思いきや,そんな生易しい物語ではなかった。母の愛の強さとともに,その恐ろしさや狂気,エゴを正面から見据えて見事に描き切った作品。母性の持つ自己犠牲の崇高さと,それと相反する,自己中心的な醜さ。そのどちらの面も,容赦なく陽のもとにさらけ出され,鑑賞後はあまりにも強烈な余韻に言葉を失う。母とはなんと強く,そして哀しいものなのか・・・・。

物語が進んでいくにつれて,観客が大きな衝撃を受ける場面が少なくとも二つある。ひとつは,トジュンの障害が,母親のせいであるという事実。5歳のトジュンと無理心中を図った母が飲ませた農薬入りの栄養ドリンクがもとで,トジュンは障害を負う身になったらしい。まるで瞬間健忘症のように,何もかもすぐに忘れてしまい,何かのきっかけでひょっこり記憶がよみがえることもあるトジュンが,面会室のなかで,「母さん,俺を殺そうとしただろ?」と聞くシーンの恐ろしさと哀しさ。
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そして,もうひとつの衝撃は,実はトジュンが事件の真犯人だった,ということがわかるシーン。目撃者の廃品回収業の老人の話を聞いた母親は,とっさにその老人を手にかけてしまう。そして証拠隠滅のために老人の小屋に火を放つ。

息子のためならどんなことでもやってのける母親という生き物・・・・。目撃者を消し,新たに逮捕された容疑者が天涯孤独の障害者の青年であることを知ると,良心の呵責を覚えながらもやはり安堵の涙を流す母親。人としての道を踏み外すことも厭わないほどの彼女の母性は,美しい,というレベルではなく,やはり恐ろしいと形容した方がぴったりくる。

そして,母親の行為にもまして,鑑賞後にじんわりと鳥肌がたつくらい怖かったのが,トジュンの真実。これには二通りの解釈ができる,というところが怖い。

一体トジュンはどこまで本当に無垢なのか?
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殺人は故意にやったことではないとしても,そして当初はそれを本当に忘れていて,無実を主張していたとしても,実は彼は途中から記憶が蘇ってきていたのではないか?自分が犯人であることを思い出した時にわざと黙っていて,彼は上手く母親を操ったのではなかったか?

5歳の時の出来事を思い出したときに感じた,母親への憎悪。自分を一度殺そうとした母の愛情を試すために,トジュンは目撃者の老人の話を持ち出して,母親が彼を消すことを期待してはいなかったか?母親の無理心中事件の後遺症で自分がこんな障害を持ってしまったことに対する,償いを母に求めていなかったか?

そしてトジュンの思惑どおりに,母親はその行いで自分の母性を証明してみせたのではなかったか?だからこそ,彼はわざと釈放後にあの老人の家の焼け跡に行き,無邪気そうな顔をして,母の遺留品をこっそり持ち帰り,後に母にそれを渡して,彼女の犯行を知っていることを暗に伝えたのではなかったか?

食卓でトジュンが母に語った「犯人が屋上に遺体を運んだ理由」。あれは一見,犯人の気持ちを想像して言ってるように聞こえるが,その実,真実を知っている母親に,トジュン自身が犯行を犯したときの心境の説明をしているかのようにも思えた。彼はそれをすべてわかって言っているのだとも感じた。

トジュンを演じたウォンビンの,みごとに弛緩した表情・・・その感情を消したまなざしは,どんな風にも取れて,余計に想像が膨らむのだ。
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と,このようにどこまでも負の想像ができてしまう,この作品の見せ方には,恐るべしとしか言いようがない。母親と子供の間の絆や愛情という,本来なら,理屈抜きに崇高で普遍的で美しく語られるべきものを,このように描かれると,まるで底知れない闇を覗きこむような気持ちになる。そう,それがありえない話ではないと思えるから余計に。

それに,トジュンの真実がどちらであっても,母親の苦悩は同じくらい深刻だ。もし上記の想像が当たっていれば,母親はこれまでひたすら無垢だと信じて庇護してきた息子の中にまったく違った人間を見ることになり,信頼関係もこれまでのようにはいかなくなるだろう。

そしてまた,上記の想像が全く当たってなくて,あくまでもトジュンは無垢であり,自分のしたことを忘れていて無実だと思い込んでいたとしても,彼がいつ本当のことを思い出して喋りだすかもしれない恐怖と,母はこれからずっと闘い続けることになるだろう。

そう,どちらにしても,母親は忘却のツボに自ら鍼を打ち,すべてを忘れて踊るしかなかったのだ・・・・。息子の罪も,自分の罪も記憶の中から消し去って,これからも息子を護って生きていくしかない。そしてもしかしたら,彼女はそれをそんなに不幸と感じるわけでもなく,母親というものは,そんな道でも腹を括って潔く受け入れてしまうものなのかもしれない。特にこの物語の母親は,トジュンを見捨てることだけは,これからも決してできないに違いない。愛情ゆえ・・・・という理由だけでなく,「共犯者」としても。

おしまいに・・・。
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劇中では粗末な服をだらしなく着て,しじゅうトロンとした表情だったウォンビン。ご本人はやっぱりこんなにも麗しくて。それにしても,彼がここまで演技派とは思わなかった。素晴らしい復帰作に惜しみない拍手を贈りたい。

韓国映画の描く負の世界はすさまじい
その見せ方は,オブラートにも包まず,目を背けることも許さない容赦のなさがあり,それでも作品が傑作となるのは,おそらくそこに描かれる負の世界に,誰もが人間として共感できる部分があるからだろう。特にこれまで韓国の辿ってきた過酷な歴史を思うと,韓国の人たちはおぞましいもの,過酷なものをも,しっかりと直視したり,伝えたりできる強さがあるように思えてならない。・・・・日本人にはまだまだ理解ができない部分ではあるが。

2009年12月25日 (金)

2009年度マイベスト

今年は映画界にとって,もしかしたら大豊作かも?
私は劇場での鑑賞作品が多い方ではないけど,それでも観た作品がどれも素晴らしくて,選ぶのに苦労しました。結局,ベストテンには,自分の好みに合う作品=繰り返し手元に置いて観たくなる作品を10個,選ばせていただきました。

今年は韓国映画の底力が息を吹き返した年かもしれません。上位に韓国映画を2作品入れさせていただいています。

1位 チェイサー
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文句なし!激辛作品なので,誰にでもお勧めはしませんが,映画好きならとにかく観て損のない,驚愕の一本。何度観ても手に汗握ります。俳優陣の演技もパーフェクト!

2位 母なる証明
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これはいろんな意味で打ちのめされました。人間の心の闇,業の深さ,愛と表裏一体の狂気など,ポン・ジュノ監督さすがです。そして5年ぶりに復帰したウォンビンの演技にも釘付け。

3位 愛を読むひと
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4位 ベンジャミン・バトン 数奇な人生
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3位と4位は,観た当初は1,2位になると思っていたのですが,私の中では,韓国勢に抜かれてしまいました。それでもこの2作品から受ける切ない感動は何度観ても格別です。

5位 ウォーロード 男たちの誓い
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これも素晴らしい!とくに金城武のカットされた未公開シーンが絶品です!単なる武侠アクションではなく,哀切な反戦映画だと言えます。

6位 沈まぬ太陽
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邦画代表はこれ!3時間という長尺を,まったく退屈させずに観客を惹きつける,骨太の社会派作品。

7位 チェンジリング
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8位 グラン・トリノ
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7位と8位は,どちらも,「イーストウッドは映画界の神!」だと痛感させられた傑作だと思います。母親が主人公である「チェンジリング」の方がより好きな作品かな?

9位 HACHI 約束の犬
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動物好きにはたまらない一本!秋田犬を生み出した日本を誇りに思えるような作品に仕上がっていました。犬たちのいじらしい演技に涙,涙・・・・。

10位 3時10分、決断のとき
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10位はいろいろ迷ったけれど,宣伝の意味も込めてこれを・・・・。ご覧になってない方も多いですが,とってもいい作品です。クロウもベイルもカッコいい!

その他,ミルクスラムドッグ$ミリオネアワルキューレレスラーエレジー剱岳 点の記ディア・ドクターなどなど,素晴らしい作品が目白押しの,私にとってまことに実りある一年でした!

しかし,こうやって自分の選んだベストテンを見返してみると,純然たるハッピーエンド,という作品が皆無ですね~。1位と2位なんて,かなりのバッドエンドものですし。今年はエンタメ作品も入ってません。いろいろ考えらせられる作品ばかり選んでますね~。

ちなみに劇場で観た私的ワースト1の作品は・・・・
それでも恋するバルセロナで~す(;´▽`A``
あの無粋なナレーションづくしに,見事にドン引きしてしまった・・・・。ラブストーリーも別に「はぁ?それで?」って感じでした。ぺネロぺは綺麗でしたが。

2009年12月15日 (火)

セブンデイズ

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DVDで鑑賞。なかなか面白かった。
勝率90パーセント以上を誇る,敏腕女弁護士ユ・ジヨンのひとり娘が誘拐され,犯人は彼女に,ある強姦殺人事件の被告を無罪にするように要求する。ジヨンは娘のために,事件を洗い直し,被告チョン・チョルチンを無罪にする道を必死で探すが・・・

ヒロインの弁護士を演じているのが,あのシュリでヒロインを演じたキム・ユンジン。昔より面長になってスタイルもよくなっていて,ぐっと美人度が増しているが,やはり極限状態を演じるのが上手な女優さんだ。
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有能な弁護士と,シングルマザーの二つの顔を持つ彼女が,娘ウニョンを助けるために,なりふり構わず奔走する姿に引き込まれ,息もつかせぬ怒涛の展開に,退屈している暇もない。

そしてこの作品,途中までは,いささか強引でご都合主義な展開や,やたらと揺れる映像など,もっと整理してみせてほしい粗さは感じるものの,ラストのオチが秀逸なため,すべて許してしまえる魅力があるのだ。そのオチとは,誘拐犯人の真の目的。それが明らかになったとき,それまでの,やたらとごちゃごちゃした展開は,すべてこのオチを,観客に悟らせないようにするためのカムフラージュだったのかと,腑に落ちた。

勘のいい人なら,誘拐犯人が誰かは,途中でなんとなくわかるかもしれないが,その目的はちょっと予想がつきにくく,こういう発想はいかにも韓国らしく,衝撃的で同時に非現実的でもあるが,私としてはなかなか好きなオチだ。
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テーマは母の愛・・・なのだろう,いろんな意味で。
母の愛はかくも強く,そして凶器にもなりうるものなのだ。観終わると,サスペンスものにはあまり似つかわしくないような,切ない感情も沸き起こり,後をひく。特に女性はそうだろう。

オールドボーイ親切なクムジャさん系の韓国映画が好きな方はぜひ一度ごらんになることをお勧め。荒削りな難点もあるので,傑作とまでは言わないが,たしかに観て損はない秀作のひとつだと思う。

2009年12月14日 (月)

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パブリック・エネミーズ目当てに劇場へ行き,空いた時間にもう一本観たのがこれ。時間の関係で吹き替え版を。エメリッヒ監督のディザスター・ムービー集大成なら,できれば劇場の大スクリーンで観るに限るから。まあ,いつものことでこの監督には映像以外はそんなに求めていないので,DVDで再見することはないと思って。

ほんとにそれで正解だった。この作品の見どころって,1に映像,2に映像,3.4がなくて,5に映像だったから。
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主人公は売れない中年作家で,離婚した妻との間の二人の子どもとはあまりうまくいってない,という,この手のお話にはお決まりの設定で物語は始まる。今回の地球滅亡の原因は,大規模な地殻変動によるもので,大地震,火山の大噴火,大津波・・・と,まるで地球が爆発するかのような騒ぎである。・・・・そりゃ,これでは誰も助かるまい。逃げようという気力すら凍りつくほどの崩壊力・・・あれよあれよという間に足元の地面が崩れ,空からは火や硫黄が襲いかかる。

そしてその中を,車で,あるいはにわか操縦士の操る飛行機で,間一髪に逃げ切ってゆく主人公の一行。あれはいくらなんでも無理だろ~~~~!!!!(と,つっこんではおそらくいけないのだろう) しかし,破壊映像のすさまじさと,主人公たちの運のよさがあまりにも非現実的で,かえってちっとも怖くない。
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しかし前半はこんなふうになかなか見ごたえがあって,地球がみるみるうちに派手に壊れてゆき,人がまるでゴミのようにあっけなく死んでゆく映像に呆気に取られているうちに時間が過ぎたが,後半,よせばいいのに説得力のないヒューマニズムが出張ってきたあたりから,もうどうでもよくなった。感動させようという気持ちはありがたいが,残念ながら主人公たちに感情移入できないのでちっとも感動できない。綺麗事としか聞こえないのだ。

思うんだが,ここまで大規模な崩壊劇を見せるのなら,そして今までのように宇宙人の侵略や異常気象による災害レベルの話ではなく,「地球滅亡」のスケールの物語だと銘打つのなら ,いっそ腹をくくって誰も助からないようにした方がよかったんじゃないか?
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わたしは聖書の預言する「この世の終わり」を信じているけど,それが実際に始まったら,もはやじっとやり過ごすことなんて不可能だと思っている。方舟に乗ろうが,大金持ちだろうが,運がよかろうが,どんな手を使っても誰も助からないのがほんとうの世の終わりだ。時間さえたてば収まるのなら,それはただの地殻変動であって滅亡ではない。

ま,そんな誰も助からない物語よりはハッピーエンドの方がいいのかもしれないが,この作品のハッピーエンドって,あまり手放しでは受け入れられなかったなぁ。・・・・だって,死んでいった人々の方が潔く見え,生き残ろうとあらゆる手を尽くしている主人公たちの方が見苦しく見えた物語って初めてだった。

監督が心血を注いだ映像を観るだけでも十分値打ちのある作品ではあるが。しかし,主人公の元妻の恋人,可哀そうだったなぁ。あんなに頑張ったのに・・・・。

2009年12月12日 (土)

パブリック・エネミーズ

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ヒートコラテラルマイケル・マン監督が,1930年代にアメリカに実在したアウトロー,ジョン・デリンジャーのFBIからのスリリングな逃亡劇を描いた物語。主演がジョニー・デップ,相手役のFBI捜査官にクリスチャン・ベイル,ヒロインのビリー・フレシェットにマリオン・コティヤールという豪華な取り合わせ!ということで久々の劇場鑑賞。(ついでに2012も観てきた~)
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ジョニーが演じたジョン・デリンジャーは,銀行を襲うときの鮮やかな手口や,見事な脱獄の数々で社会を騒がせ,同時に弱者からは奪わない,という,彼特有の美学を持った男。アメリカ政府は,彼をパブリック・エネミーズ(公共の敵)として指名手配する。

コスチュームもつけず,派手なメイクもない,素顔に近いジョニー。(そうか~、こんな顔だったのね~,素顔。) その不敵なまなざしや,陰鬱な表情はやはりセクシーで,悪党とわかっていてもつい肩入れしてしまう。今作でもジョニーの目力に悩殺されっぱなし。なんだかんだ言っても彼の顔から目が離せない!
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そして,ベイルが演じたメルヴィン・パーヴェルは,冷静で頭が切れて射撃の名手の捜査官。こちらもなかなかカッコよかった。いまいち彼の人物像というか背景やその家族や性格などももっと深く描写されていたらよかったとは思うが。

しかし…ううむ,地味な作品だ。マイケル・マン監督の過去作品を超えるほど面白いとは正直思えなかった。・・・・いや,決して悪くはないのだが。

いちばんのネックは,わたしにとって,デリンジャー側とFBI側の部下たちが,髪形や服装がみんな似ていて,誰が誰やら区別がつきにくく,それゆえにせっかくの銃撃戦も「今撃たれたの,どっちだっけ?」とかややこしくて,十分把握できなかったこと。

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それと,ヒートコラテラルは,敵対する主人公ふたりの間に生まれる,駆け引きや心の絆のような描写を味わうのが一番の醍醐味だった気もするが,今作にはそれは希薄だった。ジョニーは逃げるだけ,ベイルは追うだけの関係で,監獄で対話をするシーンもあるにはあるけど,うーん,もう少しお二人に絡んでほしかったかな?実話ベースだし,それは無理なのは承知しているが,やっぱりそれを少しは期待していたもので。

その分,デリンジャーと恋人ビリーとの愛の物語にスポットが当てられていたが,それももっとガツンと濃く見せてほしいような気も。もっとも,ジョニーとマリオンの名演で,十分切なさやなにやらは伝わってきたが。特にデリンジャーがビリーに言い残した言葉のシーンは切なかった。

銃撃戦の迫力,特にその音の重厚さはさすがマイケル・マンで,実はこれが一番見せたかったんじゃなかろうか,と思えるくらい素晴らしい出来だった。使われている音楽もカッコいい。
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この監督の描く男たちはみんな男らしく硬派で,カッコいいのであるが,その口から発する台詞(特に悪役側)も,また最高にキマッてて,どこかで真似したくなるような名言がけっこうある。今回の名言は,デリンジャーがビリーを口説くときの殺し文句。「好きなものは,野球,ウィスキー,速い車・・・そして君」だなんて。いっかい言われてみたいなぁ。

2009年12月10日 (木)

アンナとロッテ

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一度感想を書きたいと思っていた,大好きな作品。2004年のアカデミー外国語映画賞にノミネートされたオランダ・ルクセンブルグの合作作品だ。原作はオランダの女流作家テッサ・デ・ローの書いた国民的ベストセラーで,映画の原題はDE TWEELING。第二次世界大戦のドイツとオランダに引き離された双子の姉妹の,その後の波乱に富んだ人生を描いた物語だ。
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幼いころに両親と死別し,それぞれ別々の親戚に引き取られた双子の姉妹,アンナとロッテ。アンナは,ドイツの貧しい農家で,薄情な叔父夫婦に,学校にも行かせてもらえず牛馬のようにこき使われる。一方,病弱なロッテはオランダの裕福な家庭で大切に育てられるが,ロッテが書き続けたアンナへの手紙は,養父母の思惑から,アンナの元へ届くことはなかった。二人は,互いに,異国の空の下にいる自分の分身に恋い焦がれながら,全く違う人生を歩んでゆく・・・。

十数年後にやっとロッテからの手紙がアンナの元に届き,オランダからドイツへアンナに会いにやってきたロッテ。二人が感動的な再会を果たした時,ロッテは大学生,アンナは叔父の家を出て住み込みのメイドで生計をたてていた。
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駅での再会シーンで言葉もなく見つめ合う二人。アンナの雇われている伯爵夫人のお屋敷でともに過ごした一晩。届くことがなかった何十通もの手紙を,そっとリボンで束ねてアンナに渡すロッテ。まるで二本のスプーンが重なるように,寄り添って寝台に横たわる二人。やっと取り戻せたかのように思えた姉妹の絆だったが・・・。

再び二人の仲が絶縁状態になったのは,戦争,そしてナチス・ドイツのせいだった。ユダヤ人の青年を婚約者に持つロッテと,ナチの親衛隊の将校マルティンと結婚したアンナ。ロッテの住むオランダにも,容赦なく忍び寄ってくるナチスの脅威。
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ドイツが侵略をしかけてきたオランダで,オランダ人の養父母やユダヤ人の恋人と生きるロッテ。自分は「彼らの敵の」ドイツ人だという事実は,彼女をひどく悩ませたと思う。とくに彼女のせいで婚約者のダビッドがナチにつかまり,収容所送りになってからは,毎日が針のむしろにいるような気持ちだったかもしれない。祖国を疎ましく思う気持ち,ドイツ人であるというだけで,周囲から無言で責められているような気持ちに苦しめられたことだろう。

一方,ナチスがユダヤ人や他国に,どんなことを行っていたのかよく知らなかったアンナは,なぜロッテから突然拒絶されたのか理解できずに深く傷つく。やっとめぐり合えたロッテとも再び疎遠になったアンナは,マルティンと築く家庭に夢を託す
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「はやく子供が欲しいわ,特に女の双子がほしい」と夫に言うアンナ。養父母に愛されて育ったロッテと違い,孤独で過酷な人生を歩んできた彼女が,どれだけ家族愛に飢えていたかがわかって切なくなるシーンだ。それなのに,最愛の夫との思い出もほとんどないままに,マルティンはあっけなく戦死してしまう。

戦争が終結し,オランダにロッテを訪ねたアンナを,「ナチは出て行け!」と追い出すロッテの仕打ちはあまりに酷いが,わたしはあの時のロッテを責める気持ちにはなれなかった。婚約者がアウシュビッツで死んだことを知らされたばかりのロッテ。その死の責任が直接アンナにあるとは思ってなくても,あのときは誰かに当たらずにはいられなかったのだと思う。もちろん,ロッテに路上に放り出されたアンナの哀れさには,もっと涙したけれど。
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戦争がいかに人を傷つけるか・・・・

語りつくされたテーマのようにも思えるが,やはりどの物語も,その物語だけが持つ哀しさに,あらたに胸が震える思いがする。戦争が罪のない一般大衆に与える傷は,ほんとに千差万別だと思う。

この「アンナとロッテ」もそんな物語のひとつ。
二人は両親の死によってまず引き離され,その後の運命を戦争によって狂わされた。戦争で,敵同士になるということは,時には肉親の情さえも隔ててしまうほどの深い溝を作るものなのだろうか。少女の頃には再会をあんなにも切望していた,アンナとロッテに降りかかった悲劇は,涙なくしては観れなかった。
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ナチに殺されたロッテの恋人ダビッドも,「ほんとうはウィーンに帰りたい」と言いながら,ひたすらに新妻を愛していたアンナの夫も,どちらも同じく戦争の犠牲者だと思う。

そしてまた,この物語は,ナチス・ドイツのことを被害国からの視点だけでは描かず,アンナのような,ドイツ国民の側からも描いていることが面白いと思った。他国から見れば極悪なナチスも,ドイツの民衆の視点から見ればそうとばかりも言えず,ドイツの一般民衆もまた,戦争の犠牲者なのかもしれないと思った。

生き別れもの,戦争ものに弱い私としては,定期的に観たくなる号泣映画のひとつである。

余談;ロッテ役の女優,テクラ・ルーテンはこのあいだ久々にヒットマンズ・レクイエムでお見かけした。(コリンの泊まったホテルの女主人役)
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痩せてちょっと,ジュリエット・ビノシュみたいになってた。 

2009年12月 6日 (日)

ヒットマンズ・レクイエム

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この作品,2008年度のゴールデングローブ賞(コメディ・ミュージカル部門)でコリン・ファレルが男優賞を取ったそうだが,日本では劇場未公開。監督はマーティン・マクドナー(←知らん)。

とにかく出演してる俳優さんがみんな好きなのと,舞台がベルギーのブルージュというのに惹かれてDVDをレンタル。原題も,IN BRUGES(ブルージュで)だが,なぜ「ヒットマンズ・レクイエム」(=殺し屋たちの鎮魂歌)という邦題になったのかは,内容を観おわって納得がいった。 
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物語に登場する殺し屋は三人。ベテランのケン(ブレンダン・グリーソン)と,新米のレイ(コリン・ファレル)と,二人のボスであるハリー(レイフ・ファインズ)。

ロンドンで初仕事(神父殺し)を終えたレイは,直後にハリーから「ケンと一緒にブルージュに行き,そこで待機せよ」という指令を受ける。ブルージュがどこの国かも知らなかったレイは(←私も知らなかった),気が進まぬままケンと一緒にブルージュのホテルに2週間滞在することに。

観光を純粋に楽しむケンと違って,レイの方は仕事中に誤って殺してしまった子供のことで落ち込んでいたが,やがてハリーからケンにある指令が届き,物語はとんでもない方向へと進んでいく・・・。
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ブルージュはベルギー北西部の,中世の面影を濃く残す美しい都市で,その街並みは,世界遺産にも登録されているそうな。特に運河や鐘楼,中世に建てられた美しい教会や建築物が有名である。チョコレートや地ビールでも名高いベルギーは,ヨーロッパの中でもぜひ一度訪れてみたい国のひとつだ。

この作品は特にそのブルージュのクリスマスシーズンのお話で,ライトアップされた尖塔のある教会や建物は,まるでおとぎの国の世界のようにロマンチックで美しい。
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こんなブルージュを舞台に,なんとなくコミカルでスタイリッシュなプチ・アクションものが展開するのかと予想していたら,これが案外,背後に流れる哀しげなBGMが似合う暗いお話で。ブラックユーモアのような可笑しい台詞のやり取りは楽しいのだが,結局は,ちょっとひねった殺し屋の哀愁物語だ。

特にラストへ向けての展開は・・・・これ以上は語るのをよすが,あまりカタルシスを期待してはいけない。まさにレクイエムだった,とだけ言っておこう。コリンの極太下がり眉が,これ以上ないくらい情けなく,そして物悲しく見えた作品でもあった。
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役者陣の演技はみんないい味を出している。
画面に存在してくれるだけで嬉しくなるレイフ・ファインズは,冷徹なのか,ただの生真面目なのかよくわからない,つかみどころのないヒットマンのボスを好演。大真面目に演じているのだけど,そしてちょっと切ない役回りにもなるのだけど,なんとなく可笑しみのある不思議なキャラだった。

そして今作で一番個人的に魅力を感じたのは,ケンを演じた名脇役のブレンダン・グリーソン
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彼は,長髪とあご髭の古代の戦士役が多いので,キングダム・オブ・ヘブンの悪徳諸侯のルノーだとか,トロイのヘレンの元夫メネラウス(オーリーと決闘した役)のような彼ばかりを観ていて,現代劇の彼は,あまりなじみがなかったのだが,この作品の彼はとても人間味のある役だった。(あんなに優しくてヒットマンがつとまるのか?とは思ったが)
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あと,ブルージュでコリンと恋仲になる女の子の役を,ハリー・ポッターと炎のゴブレットでフラー・デラクールを演じたフランスの女優さん(クレマンス・ポエジー)が演じていた。

なかなか面白い秀作だと思う。賞を取ったのも納得で,劇場未公開は勿体ない。アクションやミステリーはそんなに期待できないけど,ヨーロッパの古都のクリスマス・ムードや,地ビールや,レイフ・ファインズやコリン・ファレルがお好きな方(←少数派か?)にイチオシである。

2009年12月 1日 (火)

3時10分、決断のとき

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アメリカ本国では,2007年に公開された傑作西部劇。第80回のアカデミー賞2部門(作曲賞、音響賞)にもノミネートされている。主演は,まだ太る前のラッセル・クロウと,めずらしく地味なキャラのクリスチャン・ベイル。これは観なくっちゃ!

ときは南北戦争後のアメリカアリゾナ州。借金苦の農場主ダン(ベイル)が,強盗団の親分ベン・ウェイド(クロウ)を護送する道中,さまざまな出来事を通して,二人の間に不思議な絆が生まれるという物語。全く正反対の,むしろ敵対するタイプの二人が意に反してバディを組む物語,という点では,マイケル・マン監督のコラテラルを思い出したりして。
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邦題は「3時10分、決断のとき」だが,原題は「ユマ行き3時10分発」。つまり,3時10分とは,ウェイドをユマの刑務所に護送する汽車の発車時刻のこと。南北戦争で片足を負傷しているダンは,農場の経営に行き詰まり,地主からも嫌がらせを受けて,妻や息子からの信頼も薄れつつあった。ウェイドの護送を引き受けたのは,賞金目当てと,少しでも息子に誇れる仕事がしたかったためだった。

ダン一行は,逮捕されたウェイドを,3日後のユマ行きの列車に乗せるために駅を目指して出発するが,途中,護送の一行の一人をウェイドが殺したり,アパッチ族に襲撃されたり,ウェイドが脱走を図ったりと,さまざまな事件が起こる。
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この作品のベイルは,バットマンで見せた強さや華やかさは見られず,どちらかというと,うらさびれたキャラである。(しかし,どんなに落ちぶれた風体をしていてもやはりカッコいいのではあるが) 彼の特徴は何と言っても善良で,家族を思うよき父親,という点だ。そして家族を守れない現状を恥じ,家長としてのプライドを賭けて,ウェイドの護送を無事に勤めあげたいと願っている。それが息子に対して,唯一面目を施すことだとも思っている。
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そして,クロウの演じた強盗団のボス,ベン・ウェイド。
その罪状は,強盗,殺人など数限りなく,間違いなく筋金入りの悪党である。クロウの悪役って,珍しい(ずるがしこい上司の役はあったが)んじゃないか?

しかし何と言うカッコよさ!グラディエーター以来のカッコよさかもしれない。彼のハスキーな超低音ボイスは,悪役を演じるときにもピッタリとハマる。悪党のボスとしての凄みや風格は半端じゃない。しかし,同時に彼の風貌(=タレ目)からは,悪役と言えども,どこか憎みきれない愛嬌や哀愁も 感じるのだけれど。
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記事の冒頭に書いた二人の絆は,どちらかというと,ウェイドの心の変化が生んだものだったと思う。

ウェイドがダンの善き家庭人としての生き方を揶揄するそぶりを見せ,ダンの妻に秋波を送ったり,ダンの息子の気をひいたりしたのは,実は彼に嫉妬していたのではないか?と思う。ダンの不器用さ,善良さ,そして善人ゆえの何ものにも冒されない誇りを,自分が手に入れられなかったものとして,羨ましく思う気持ちがあったのではないだろうか?
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そしてそんなダンへの,そしてダンたち親子への思い入れが,彼にラストの感動的な行動を取らせたのだろう。男泣きする感動のラスト・・・・という宣伝だが,女である私は涙腺こそ緩まなかったものの,ラッセルの行動のカッコよさに痺れ,そして同時に切なさに胸がいっぱいになった。彼の速撃ちのシーンの鮮やかさは必見である。
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ストーリーは結構シンプルで,話のオチも予想がつくため,この作品の魅力を左右するのは,やはり役者の演技や醸し出すオーラによるところが大きいと思うが,そんな点でも,カッコいい(太ってない)ラッセルや,哀愁の漂うベイルを観れる,というだけでもお勧めの一本である。

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