トーチソング・トリロジー
アーノルドは,ニューヨークのブルックリンに住むゲイの男性。彼はゲイバーで毎晩きらびやかなドレスとゴージャスなメイクで装い,ハスキーな声で恋歌(トーチソング)を歌う。脚本・主演のハーヴェイ・ファイアステインの表情は,時にはユーモラスに,時には繊細に,そして時には痛々しいほど感情を吐露し・・・・そのくるくると自在に変化する表情からは,最初から最後まで目が離せない。
トリロジーとは三部作のこと。映画では,アーノルドの半生を,三つの物語に分けて描いている。
ショーの前に楽屋でメイクをするアーノルドの,味わいのある独白で第一話は幕を開ける。若くない彼の女装した姿は,お世辞にも美しいとはいえないけれど,物語が進行するにしたがって,そんな彼がなぜかとても可愛らしくいとおしく思えてくる。それはきっと,周囲から受ける無理解や偏見に傷つくことはあっても,決して卑下することなく生きる彼の姿や,ゆきずりの関係の多いゲイの世界で,いつも「心から相手を愛した」愛情深い彼がとても魅力的なせいだろう。
第一話は彼とバイセクシャルのエドとの交際が描かれる。優しい気配りを見せるエド。しかし,アーノルドとの関係を公表したがらず,女性の恋人と二股かけていたエドの態度に傷ついたアーノルドは彼と別れる。
第二話は,アーノルドと年下の恋人アランとの恋物語。アランを演じたのは,イノセントで爽やかな雰囲気のマシュー・プロデリック。田舎から出てきた美青年アランがそれまでに付き合った相手たちとは違い,アーノルドはアランをパートナーとして心から愛し,彼もまたその愛に応える。
しかし二人が,養子を貰ってささやかな家庭を築こうとしたその矢先に,アランはホモフォビアの暴徒たちに殴り殺されてしまう。深い哀しみに打ちのめされるアーノルド。
第三話は,アランの死から7年後。アーノルドはアランと育てるはずだった養子のデヴィッドと暮らしている。そこへ訪ねてくるアーノルドの母親(アン・バンクロフト)。ユダヤ人にとって,同性愛は特にご法度。アーノルドの母親も,息子のセクシャリティーについては昔から受け入れることができず,当惑や非難を隠すことができない。愛し合う親子でありながらも,この点に関しては越えられない溝があるふたりの,アランの死を巡る大喧嘩は,作品中もっとも心を打つ場面だ。
アランとの関係を祝福してくれない母に,彼の死の顛末を話すことができず,一人で哀しみに耐えてきたアーノルド。一方,アーノルドがアランを,父親の墓の傍らに葬ったことを冒涜だと怒る母。二日間にわたる売り言葉に買い言葉の二人の口論は,激するあまり,お互いに辛辣極まる言葉を発してしまう。
「お前なんか産むんじゃなかった」と言う母親に,「僕は愛と敬意以外は求めない。それを持たない人に用はないわ。僕を見下げるなら出て行って。たとえ母親でも」というアーノルド。
ゲイであることを恥じずに懸命に胸を張って生きようとするアーノルドと,そんな息子をありのまま受け入れることができない母親・・・・息子を愛しながらも,その点だけは目をそらしたい母に対して,アーノルドは「子供のすべてを知るのが母よ」と訴える。
最後までアーノルドを完全には理解してくれなかった母親。それでも立ち去る前に,「アランの死のことを話してくれれば,お前を慰めたのに」と言う母に,初めてアーノルドは「ママ,彼が恋しいわ」と言う。それを受けて母親が答えた台詞が忘れられない。
「時が癒してくれるわ。傷が消え去るわけではないのよ。傷はやがて指輪のように身体の一部になる。傷があることに慣れてしまう。忘れるわけではないの・・・それでいいのよ。」
時とともに浄化され,そのひとの一部となってゆく哀しみの記憶や思い出。これは,大きな哀しみを体験したひと,特に愛するひとを亡くした体験をしたひとにとって,なんという深い慰めを与える言葉だろう,と思う。
ラストシーン・・・母親が去った部屋で,デヴィッドから贈られた曲を聴きながら,愛する人たちの物をそっと抱きしめるアーノルド。アランの写真と,エドのメガネ,母親の土産のオレンジ,デヴィッドの野球帽。それらを胸に抱いて幸せそうに微笑むアーノルドは,彼ら全員を慈しむとともに,自分のささやかな人生をも,心から慈しんでいるように思えて,このシーンではいつも涙がこみ上げてくる。
たとえ哀しみや悲劇があったとしても,たとえ周囲の理解が得られなくても,真剣に愛し,生きたひとの人生は美しく価値があるものだ。そんなことを教えてもらえる,ほろ苦くあたたかい最高の物語だと思う。そして何より,人生の本質に迫る深い台詞の数々に感動する作品でもある。
« 好きなシーン-胡軍- | トップページ | 藍色宇宙(メイキング) »
「映画 た行」カテゴリの記事
- 007/ノー・タイム・トゥ・ダイ(2021.12.04)
- 誰もがそれを知っている(2019.09.15)
- 魂のゆくえ(2019.08.07)
- ダンケルク(2017.09.17)
- 沈黙 (原作小説) 感想(2017.03.02)
ななさん、こんばんは。
さっそく、ありがとうございます。
当時、マシューファンだったのをきっかけに巡り合い、ハーヴェイ・ファイアスティンの魅力と溢れる才能に引き込まれた作品です。
ななさんにおねだりしたのを機に、DVDをレンタルしようと思ったのですが、今、レンタルが許可されていないみたいで、観られませんでした(涙)
なので、記憶をたよりに・・・
エドよりも早く起きて念入りに髭を剃る健気さや、パタパタ歩くスリッパ(たしかウサギだったような・・・)などなど、いじらしくて可愛くて、そして毎日を精一杯生き抜いている。そんなアーノルドに胸が温まりました。
そしてななさんも書かれた第三話の重要なシーン。
>「時が癒してくれるわ。傷が消え去るわけではないのよ。傷はやがて指輪のように身体の一部になる。傷があることに慣れてしまう。忘れるわけではないの・・・それでいいのよ。」
このママの言葉には涙が零れました。。。
あと外せないのが、随所に流れるトーチソング。
これがまたセンス良くて、抜群の効果をあげていましたよね。
中でも、アーノルドの、ダミ声なんだけど味わいのある歌声にはうっとりしました。
アメリカでは当時、このサウンドトラックが発売されるとともにベストセラーになったそうですね。
>若くない彼の女装した姿は,お世辞にも美しいとはいえないけれど,・・・魅力的なせいだろう。
同感です。
確かアーノルドのセリフに「私はトーチ・ソングしか歌わない。どれも悲しみを背負えるだけ背負って、それを何かにしようという歌ばかり・・・」とあったと思いましたが、アーノルドこそ言える言葉ですよね。
観終わると、いつの間にか涙が零れている「トーチソング・トリロジー」。
やっぱり素敵な作品!
早くDVDを買って、もう一度観ようと思います。
投稿: junjun | 2009年10月 8日 (木) 02時02分
junjunさん こんばんは
これね~,感想を書くのがやっぱり難しかったです~。3日くらいかかりましたね,書きたいことは山ほどあるのにまとまらなくて・・・でもいつかは書きたい作品でしたので,きっかけをくださった junjunさん,ありがとうです。(*^-^)
>当時、マシューファンだったのをきっかけに・・・
そうなんですか~。私はこれはけっこう最近になって評判を耳にしてDVDを購入したのですよ。マシュー・プロデリックはこの映画で初見の俳優さんだと思ってたけど(オーランド・ブルーム系で可愛い)彼の出演作品をチェックして,「グローリー」の主演のひとだったんだー!と思いだしました。
ファイアステインは,もちろん存在も知らなくて。「ヘアスプレー」とかも未見だったもんで。彼のハスキーボイス素敵ですね。アーノルドのキャラの性格のラブリーさ,キュートさにはいつも癒されます。彼の喜びも怒りも哀しみも・・・みんなとても愛おしく思える魅力がありますね。ウサギのグッズも可愛い~
これはシリアステーマはゲイ・ピープルの抱える悲哀や苦悩なんでしょうが,その点は「藍宇」などとも被るものがありますが,それだけではなく,普遍的な人生の指針もさりげなく盛り込まれてて,とくにアーノルドのママの台詞なぞは,万人の胸に響くものがありますよね。
投稿: なな | 2009年10月 8日 (木) 23時24分
ご苦労おかけしました。でも、でも、
ヽ(´▽`)/ななさ~ん、さすがでした!
私、ななさんの言葉のファンなので、本当に感謝、感謝です~!!
でも、気持ちがありすぎると、なかなか言葉がまとまらないものですよね。
かのビリーホリデイも「感じすぎて歌にできないわ」と言って歌わなかったことがあるらしいです。
>これはシリアステーマ・・・万人の胸に響くものがありますよね。
はい、本当にそう思います。
私は当時、何かあれば、ママの言葉を思い出しながら生きていました。
オフブロードウェイからブロードウェイを経て映画化されたようですが、舞台でデヴィットを演じたのはマシューらしいですね。
この頃のマシューは本当に綺麗ですよね~。
今はオジサンになっちゃったけど(涙)
一時期、交通事故をきっかけに表舞台から姿を消した彼でしたが、またスクリーンに戻ってきてくれて良かったな~と、安心しています。
投稿: | 2009年10月 9日 (金) 00時37分
↑ 名前入れ忘れました。
失礼しました、junjunでした m(_ _)m
投稿: junjun | 2009年10月 9日 (金) 00時40分
junjunさん,またまたありがとうございます。
過分なおほめの言葉,恥ずかしいです・・・
>私は当時、何かあれば、ママの言葉を思い出しながら生きていました。
私もママの台詞を聞いたときに,ずいぶん昔の凄く辛い体験を思い出して,そういえば決して忘れたわけじゃないけど,いつのまにか哀しみと折り合いをつけることはできたなぁ・・・としんみりしてしまいました。
>舞台でデヴィットを演じたのはマシューらしいですね。
では,マシューは,もともとは歌って踊ることもできる俳優さんなのですね。現在の彼の画像を検索してみたら,確かにすっかりおじさんになってましたが・・・このころの彼は綺麗でしたね~。ついでにファイアステインも今ではすっかり恰幅のいいご老人ですね。
投稿: なな | 2009年10月 9日 (金) 19時59分
おっともうひとつ素通りできない作品の記事が!!
もうこれ初見時には号泣しましたよ。
最近もう一度観ようと思ったらレンタル棚になかったんですよね(涙)
これはいいせりふがいっぱいの映画。
マシュー・ブロデリックがピチピチでしたね。主演のハーヴェイ・ファイアスティンは「ハーヴェイ・ミルク」でナレーションをつとめてます。あのハスキーボイス素敵ですよね。
投稿: しゅぺる&こぼる | 2009年10月10日 (土) 09時38分
しゅぺる&こぼるさん こちらにもありがとうございます。
>最近もう一度観ようと思ったらレンタル棚になかったんですよね(涙)
DVD買わなきゃ観れないみたいです~
惜しいよね,こんな名作,レンタルできるようにしてほしいです。
>これはいいせりふがいっぱいの映画。
ほんとに。脚本がとにかく素晴らしいですよね。
ファイアステイン,「ミルク」でナレーション?
わたし,あの作品のDVDリリース待ち焦がれているんですよ。
また楽しみが増えました~
投稿: なな | 2009年10月12日 (月) 18時06分
ななさん、こんばんは♪
仕事に珍しく忙殺されて、それに法事も重なって、なんだかてんやわんやの今月です。
この作品、私、長いこと見たい見たいと思いながら、未見のままです。
すごく良さそうなのに…。
>たとえ哀しみや悲劇があったとしても,たとえ周囲の理解が得られなくても,真剣に愛し,生きたひとの人生は美しく価値があるものだ。
本当にそうですよね!!まったくその通りだと思います。そういえば、「蜘蛛女のキス」も見ていません。
投稿: 武田 | 2009年10月27日 (火) 23時41分
武田さん こんばんは!
お忙しかったんですね,一段落つきましたか?
この作品は私も最近になってやっと観たのですが
世間の評判とおりの素晴らしい感動が得られました。
どこがどう・・・というのは一言ではむずかしく
やっぱりご自分の目で確かめてほしいですね~
人生っていろいろあるけど,そう捨てたもんじゃないと思えますよ。
それとやっぱりゲイのひとの生きていくうえでの哀しみとか
強さとかしなやかさとか,そんなものにも感動します。
「蜘蛛女のキス」!これも素晴らしい!
もうもうこれは,ウィリアム・ハートの演技の素晴らしさに尽きます!
投稿: なな | 2009年10月29日 (木) 20時34分