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2009年10月の記事

2009年10月31日 (土)

きみがぼくを見つけた日

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原題の「タイム・トラベラーの妻」というのが示す通り,これは切ないタイム・トラベラーの愛の物語。邦題の「きみがぼくを見つけた日」っていうのは,ちょっとセンスが悪いかな?まあ,原題を直訳しても愛想がないのだけど。

この作品,アメリカでベストセラーになった原作の映画化だそうで。その昔,NHKの少年ドラマシリーズ「タイムトラベラー(原作は時をかける少女)」で,時空旅行者ものにハマって以来,この手の物語にはどうしても心惹かれるものがあり鑑賞。

ヘンリー(エリック・バナ)
は,トリップのタイミングや行き先を自分の意志ではコントロールできないタイム・トラベラー。おまけに衣服がいっしょにトリップできないため,行き先ではいつもすっぽんぽんで現れる羽目になり,トリップのたびに身につける衣服をまず確保しなければならない。そのためヘンリーはトリップ先で,たいてい人の家に押し入って服や財布を盗んで逃走することが多くなる。ここらへんがとってもリアルで,タイムトリップってちっともいいことみたいに見えない。かえってやたらと面倒な能力のように描かれているのが新鮮だった。
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こんな風に,なんだかやけに不自由なことばかりの,大変そうなタイムトラベラーの彼が,トリップ先でひとりの少女に出会い,やがて成長した彼女と再会し恋をして家庭を持つことになるのだが,はたして彼と妻のクレア(レイチェル・マクアダムス)は幸せな家庭を築くことができるのか・・・・?

大好きなエリック・バナ。ロマンチックなラブストーリーのヒーロー役にはちょいと年を取ってる感じがしたけど,主役のヘンリーの若いころから40代までを幅広く演じ分けるには,彼くらいの落ち着きのある俳優さんでちょうどよかったと思う。

また,この物語には,夫婦の愛だけでなく,親子の愛も描かれているので,トロイで「妻子を愛し,守るよき父親」のイメージがある彼には,ピッタリの役だったかも。その反面,ヒロインのレイチェル・マクアダムスは可愛い系で,中年になったシーンでも,やっぱり可愛らしすぎたような気も。

ヘンリー自身の苦悩もさることながら,妻になってからは,クレアも彼の重荷を分かち合うことになる。もちろん,新居の購入のために宝くじの大穴を当てて大金を得る,ということも一度だけやったヘンリーだが,「たまにはそれくらい得することもあっていいのでは?」と大目に見たくなるくらい,彼らの結婚生活,いやヘンリーの人生は,彼の特殊能力から引き起こされるトラブルによるリスクの方が大きい。
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いつなんどき消えるかわからない夫,トリップ先で夫の身に危険なことが起こるかもしれない,という不安,そしてふたりの間の子供について・・・・。家族にタイムトラベラーがいるということは,かくも苦労の種がつきないものか。これまでに小説などでお目にかかったタイムトラベラーたちは,だから家族を持たずに孤独に生きているケースが多かったような。

しかしこの物語のヘンリーとクレアは,それでも愛することを諦めなかった。時空をも運命をも越えた,色あせることのない愛の存在が心を打つ物語だ。特に二人の娘のアルバとのエピソードは,切なくもあたたかい。

それにしても,未来にトリップできるということはヘンリーのように自分の死期もわかってしまうこともあって,それってやっぱり辛いよなぁ・・・と。未来がわからないからこそ,人って無心に頑張って生きていけるのかもしれないな,なんて考えてしまった。
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うーん,どちらかというと完全に女性向けのお話なんだろうけど,そしてこの作品,封切られて間もない時に観に行ったのに,劇場にはお客は私一人という有様だったのだけど(田舎の劇場だからかな?)それでも個人的には大満足して,素直に感動できた作品だった。

 

2009年10月26日 (月)

沈まぬ太陽

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今日,日曜の繰り替え休日だったので朝から劇場へ。別にファーストディでもレディスディでもない,ただの平日の朝なので空いてると思いきや,チケット売り場には中高年の長蛇の列が!それも全員,映画慣れしていない感じのオジサンやオバサンばかり。・・・・そう,ほとんどがこの,沈まぬ太陽めあてのお客さんだったのだ。並んでいる間に聞こえてくる会話からすると,「徳島ロケがあったそうじゃけん」それを観に来た,という方々も多かった。(徳島ロケ?なんじゃそりゃ)

あんまり混んでるので,これの朝の回は観るのをやめて,午後からの回のチケットを買った。そのかわりに午前中は「きみがぼくを見つけた日」を鑑賞。驚いたことにこちら,お客さんは私ひとりだった!「沈まぬ~」とはえらい違い。なんか貸切状態で贅沢に見せていただきました。
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前置きが長くなってしまったが・・・・。
午後からの回も超満員だったこの「沈まぬ太陽」,途中の休憩をはさんだ3時間を超える長尺ものだが,全く退屈することなく,最後まで観客を惹きつけてやまないパワーに溢れた作品だった。

いつものごとく事前の下調べも原作も読まずに鑑賞した私は,予告を観た地点で何となく,日航機墜落事故の衝撃の事実を暴こうと奔走した日航社員のお話かしら?と予想していたが,そうではなくて,労働組合の委員長だった主人公が,航空会社から不当な扱いを受けつつも,不屈の精神で自らの信念を貫く姿を通して,腐敗した航空会社の内情を暴く社会派ドラマだった。
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主人公の恩地元には,小倉貫太郎さんというモデルがいるそうだ。小倉さんは劇中の恩地と同じく,1960年代に,社員の待遇改善と「空の安全」の確立を求めて日航初のストライキを起こした人だ。それがもとで,カラチ,テヘラン,ナイロビと10年間も海外僻地勤務を強いられ,123便墜落事故後は映画と同様,会長室部長として社内改革に力を注いだが,さまざまな圧力によって再びアフリカへ左遷されたそうである。

一人の人間の力では太刀打ちできない巨大な組織悪というものに,立ち向かう人間もいれば,それを利用してのし上がろうとする人間もいる。また,巻き込まれ,潰されていく人間もいる。それらの様々な立場や事情や思惑を抱えた登場人物たちが,互いに絡み合い,せめぎ合うさまは,ずっしりと見ごたえがあった。
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恩地の30年間にも渡る闘いと試練の日々。彼の背後で,ともに傷ついたり苦しんだりする彼の妻子の思いや,スタート地点は同じだったはずなのに,恩地とは全く正反対の道を歩む親友の行天(三浦友和)の生きざまもまたいろいろと考えさせられた。三浦友和がまた憎々しい役を上手く演じていた。

闘って,闘い続けて,最後には吹っ切れたのか,諦めとはまた違う清々しさを纏うようになった恩地の表情が素晴らしい。「波に逆らってばかりきた自分に比べると,波に振り落とされまいと必死でしがみついている奴の方が大変なのかもしれない」と息子に語る台詞が心に残った。ラストに映し出されるアフリカの壮大な夕日の映像は圧巻だ。人間の愚かしさや醜さなど,すべて忘れさせてくれるような大自然の荘厳さに癒される。

追記; お目当ての「徳島ロケ」って,最後の方のお遍路さんの場面でしたね~。1分もなかったかな。その場面で急に場内がどよめいたのが可笑しかったです。

2009年10月24日 (土)

ヴィヨンの妻~桜桃とタンポポ~

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太宰治の小説は,「走れメロス」以外は読んだことが無い。なぜか自分の好みに合わなかったせいで。そして太宰治ご本人に関しても,あまり・・いやまったく思い入れは無い方であるが,この「ヴォヨンの妻」,モントリオール映画祭で,最優秀監督賞を獲った作品ということで観るのを楽しみにしていた。そしてその感想はというと。

う~ん・・・う~ん。何と言ったらいいんだろう。久々に言葉に窮する作品を観た。共感できる要素があまりないにもかかわらず,不思議と退屈せずに観ることができて,感動するシーンも,これといってないにもかかわらず,心に妙な残り方をする・・・・。哀しいような、腹立だしいような,それでもそれが決して不快ではなくて。ああ,やっぱり上手く言えない。

原作も未読だし,太宰治ワールドもよく知らない身としては,この作品の隠されたテーマ(もしあるとすれば)はよくわからなくて,大谷と佐知の夫婦のあり方ばかり考えらせられた2時間だったかな。
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とにかく,浅野忠信の演じた作家・大谷の駄目夫ぶりは,呆れ果てるほどひどい。酒びたりで女癖が悪く,妻子を養う気概もない。夫として駄目なだけでなく,二言目には「死にたい」と口にするところなど,人間としても「甘えんな!」と言いたくなるほど後ろ向きなやつで。

しかし演じている浅野さんが上手くって,上手すぎて,時にはそんなダメ男ぶりが可愛らしく可笑しく見えて,自分も母性本能をついくすぐられたりもしたりして。(だから彼が女にモテたのも納得はできたが) 実を言うと,わたしもこういう男性に弱い。好きになって後悔するのが目に見えてるから,こんなタイプの男性には,ふだんから極力近寄らないようにしている。

そして,あの時代(戦後の混乱期)の男女や夫婦のありかたの価値観が今とは大きく違っていたとは言え,そんな夫に愛想をつかさずに支えてゆく妻の佐知(松たか子)の健気な明るさも,「どうしてそこまで耐えられるのか?」と頭のなかでは???マークが最後まで浮かびっぱなし。
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妻が駄目な夫(生活能力がないとか女癖が悪いとか暴力をふるうとか)に尽くす理由って,「夫が好きで好きで別れられない」というケースと,「自分がいなきゃこの人は駄目になるから捨てられない」というケースがあると思うけど,佐知の場合はどっちだったんだろう?夫が他の女性と心中未遂したときに,「わたし,うぬぼれてました。あなたに愛されてると思ってた」と言った台詞から考えると,どちらかというと後者だったのだろうか?

夫の大谷は,そんな妻の明るさや芯の強さに甘えてよりかかりながらも,心の中ではどこか妻に頭の上がらないものを抱えているようにも見えて。こんなによく「出来た」糟糠の妻の存在は,彼にとっては,時には自分の不甲斐なさをより自覚させ,落ち込ませるものだったのではないだろうか?とか思ってしまった。夫に振り回され,流されているだけのように見える妻の方が,実はリーダーシップをとっているのではないかと。
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昭和20年代の衣装や風俗や街並みや,佐知のしゃべる美しい日本語
にうっとりしつつ,役者さんみんなの達者な演技には大満足の作品だった。妻夫木くんが演じたシャイな青年もとてもよかったな~。(あんなピュアな感じの青年に「一緒になってください」と震えながら告白されたら私だったら即オーケーだな。)

鑑賞後,一緒に観に行った近所のおばちゃんが,「男はやっぱ駄目だね~」とひとこと。そして続いて,「ヒロスエは喋ると台無しだね。」とも。うん・・・たしかにそうかも。

2009年10月21日 (水)

ミルク

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1970年代のアメリカで,ゲイであることを公言して公職についた政治家ハーヴィー・ミルクの生きざまを描いた伝記映画。2008年のアカデミー賞で,主演のショーン・ペンが主演男優賞を獲得した作品だ。

自分もゲイであるガス・ヴァン・サント監督の渾身の一作。ゲイを差別するアメリカ社会の中で,「ゲイの公民権獲得」のために敢然と闘ったミルクたちの足跡を忠実に再現した,ドキュメンタリー・タッチのストーリーだ。
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日本人,それもノンケの自分は,ミルクという人の存在も,彼らの闘い(それもたった30年ほど前の話だ!)も,これまで全く知らなくて,少なからず衝撃を受けた。アメリカは特に,キリスト教との関係から,あそこまでゲイが排斥されたのだろうが,それにしても彼らを犯罪者や病人扱いして,公立学校の教職から追放しようとまでするとは!

こういった差別意識の行き着く先は,ゲイだけを対象とするには留まらず,女性や高齢者や障害者など,あらゆる弱者への差別へ繋がるものだというミルクたちの主張は,しごく当たり前のことだと感じた。凶弾に倒れたミルクの死後,彼の勇気や信念を受け継いだ闘いの火は,消えることなく燃え続けている。
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これは人権がテーマの映画だといってもよいだろう。それゆえ,伝わってくる感動は,まっすぐで真摯なものがあり,中盤からは膝を正して観ている自分に気がついた。しかし,内容にも感動したが,それ以上に「すごい!」と思ったのは,やはりオスカーを獲ったショーン・ペンの演技だ。

今まで,「アイ・アム・サム」などで,彼が全く別人のキャラになりきれる俳優であることは知っていたけれど,今回の役作りには,ほんとに舌を巻いた。いやまったく,本来はソフトなイメージとは程遠いショーンなのに,もの柔らかな表情や仕草や口調が,どこから見てもゲイにしか見えないのである!なんとも優しくて甘くて,そして可愛いのだ。(エンドロールのときにミルク本人の映像が流れたが,喋るときの癖や動作がショーンの演技とそっくりだった。)いやはや,これはオスカー獲るはずだわ。・・・・実はこの作品を観て,一番感動したツボは,このショーンのなりきりぶりに対してだったりした私・・・。
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あと,彼の仲間たちを演じた俳優さんがよかった。彼の仲間だから全員ゲイの役だけど,それぞれがみんな,とても自然でいい演技をしていた。イントゥ・ザ・ワイルドエミール・ハーシュくん,可愛かった。クルクルヘアとメガネでちょっと別人のような感じだったけど。

そしてこの作品では,政治家としてのミルクの強さとともに,恋人に対する彼の繊細さや愛情深さも描かれていて,恋人を愛するショーンの表情が,これまた切なくなるほど真に迫っていたりするのだが,無名の時からの女房役の恋人のスコットを演じたジェームズ・フランコがなんとも魅力的だった。・・・・こちらもキュート。これまで観た彼の作品(そんなに多くはないけど)の中で一番好きかな~,このスコット役が。
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ちょっとヒース・レジャーにも似てるような気が。

2009年10月18日 (日)

フライ、ダディ、フライ

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「これ,面白いよscissorsという同僚のお勧めでDVD鑑賞。

その言葉通りすっごく面白かった~!。暴力高校生に愛娘を傷つけられた冴えない中年サラリーマンのおっさんが,喧嘩の強い在日韓国人の高校生からトレーニングを受けて,見事に相手をやっつけるお話。リベンジものと,スポコンものと,人情ものの3つの要素が楽しめる,痛快なエンタティーメント作品だ。原作は「GO」で直木賞に輝いた金城一紀。
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気弱で体力のないおっさんサラリーマン鈴木一を演じているのは,堤真一。実はカッコいい彼がわざとカッコ悪い役に扮している作品は,容疑者Xの献身ですでに堪能済みではあるが,「容疑者~」の方はヴィジュアルまでドンくさく変貌していたのに比べると,この作品の堤さんは見かけはそんなにカッコ悪くない。老けてもいないし,メタボでもない。

しかし,その表情や動きが,最初はなんとも情けなく,ドンくさいのだ。それがトレーニングを重ねるうちに,どんどん表情が引き締まってゆき,動きも精悍になってゆく。その演じ分けがやっぱりとっても上手い。
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一方,おっさんをクールに鍛え上げる高校生パク・スンシンを演じた岡田准一は,ミステリアスで野性的な雰囲気がなんとも素敵で,ちょっと現実離れしたカッコよさだ。切れ長の瞳と,額にかかる前髪がとってもセクシー。

初めはぶっきらぼうで愛想もなかったスンシンと,必死に彼についていくだけだった鈴木が,トレーニングの成果が上がるにつれて少しずつ心を通わせてゆき,スンシンが自分の過去の出来事を鈴木に打ち明ける木の上のシーンはちょっとほろりとさせられた。
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もうここまで来ると,彼ら二人ともが,相手から「自分には無いもの」を教えられ,堅い絆ができたんだと思う。

最初は鈴木を「賭けの対象」としてしか見てなかったスンシンの仲間たちも,物語が進むにつれてみんなで一丸となって鈴木を応援するようになる様子も微笑ましく,彼らのおちゃめぶりもややクドい感じはするけれど,いい具合に物語を盛り上げてくれる。
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オヤジになっても,守りたいもののために闘うことができる,というのはなんと痛快なことか。「飛べ!おっさん」とスンシンが叫ぶラストのすがすがしさに,思わず笑みがこぼれた。

この作品を韓国でリメイクしたのが「フライ・ダディ」で,岡田准一の役は王の男イ・ジュンギが演じている。見比べてみたいのだけど,ここ数日,レンタル屋をチェックしてもいつも貸し出し中でまだ観れていない。
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こちらはおっさん役の俳優さんが,最初はちゃんとメタボ体型だったのが,実際に物語が進むにつれて肉体改造されてゆく様子が見どころのひとつらしい。それに,「王の男」とはまた違った魅力のイ・ジュンギのアクションも観てみたい。

   

2009年10月13日 (火)

ある公爵夫人の生涯

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故ダイアナ妃の直系の先祖,ジョージアナ・スベンサーの生涯を描いた,実話に基づく物語。17歳でデヴォンシャー公爵に嫁ぎ,社交界からファッションリーダーとして脚光を浴びながらも,夫には愛されなかったジョージアナの人生に起こったスキャンダルや,夫婦間の不和の数々。ダイアナ妃の人生と重なるところが多かった。

主演のキーラ・ナイトレイのノーブルな美しさは,まさにハマリ役。18世紀後半の英国貴族のファッションは,フランスの宮廷が発祥の,ロココ・スタイル?
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滑稽なほど高く結い上げた髪や,眉墨や頬紅を強調したケバいメイクも,彼女にとても似合っていたのには驚いた!(胸が無いのでナイトウェア姿はイマイチだったが。)そう,この作品アカデミーの衣装デザイン賞にノミネートされただけあって,登場人物すべての衣装が老若男女を問わず素晴らしい。女性なら華麗な衣装を楽しむだけでも,一見の価値はあるかもしれない。

いわゆる,仮面夫婦のデヴォンシャー公爵夫妻。世継ぎを得ることしか関心のない公爵との妻妾同居生活に嫌気がさして,ジョージアナは不倫に走り,愛人との間に子どもをもうけたりもする。しかし,家名のためなのか,離婚を許さない夫。まさに籠の鳥のような人生。(それでも非常に,豪華な籠shineだなあと思うけれども)
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妻に冷淡で,偏屈な印象のデヴォンシャー公爵のキャラは,演じているのがレイフだからか,あんまり酷い人物に思えなかった。彼がどうして妻を愛することができなかったのか,それは単に好みの問題なのか,それとも何か屈折した理由でもあるのか,書き込み不足な感じがしたし。

それに彼もまた,愛してない妻との結婚生活を維持するために努力する,孤独な男に見えたのは,レイフの哀しげな瞳に同情してしまったせいだろうか?確かに妻を愛していないことを隠そうとはしなかったけれど,その分許容できる範囲ではジョージアナの自由にさせていたし。ラストに近づくにつれ,妻への思いやりも少しずつ見せるようになってくる,レイフの演技はやっぱり上手い。
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それにしても,ジョージアナの愛人を演じた俳優さん,もっとイケメンだったら嬉しかったかな~。でも,ジョージアナが彼との子供を手放すくだりは,切なかった。その後,お忍びでも母娘が会えていた,ということを後で知って,少し安堵したけれど。

悲劇のヒロインというよりは,女として母として,ジョージアナのしなやかな強靭さの方が心に残る物語かもしれない。キーラの美しさは太鼓判を捺します!
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2009年10月12日 (月)

キッズ・リターン

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俺達,もう終わっちゃったのかな。
馬鹿野郎,まだ始まっちゃいねえよ。

北野武監督の作品,初めて鑑賞。はい,食わず嫌いでした,これまでは。これは,梅蘭芳(メイランファン)で初めて知った安藤政信さんのデビュー作だと聞いて観たくなったのでレンタルしてみたわけだけど。

・・・・好きです。この作品,
なんか,めっちゃいい。

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しかしこれって,青春映画の範疇に入るのだろうか?そう言われればそんな雰囲気もあるし,描かれている背景もそうだけど,テーマはもっと重いものが芯にあるような,ずっしりとした手ごたえを感じる作品。ハッピーエンドでもバッドエンドでもない,不思議なほろ苦い余韻が後を引く。

二流進学校の落ちこぼれ生徒だったマサル(金子賢)とシンジ(安藤政信)は昔からの親友同士。冒頭,成人した二人が偶然再会するところから物語は始まり,昔のように自転車に二人乗りして過去を回想する・・・というストーリー展開だ。

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授業をサボッたり駅でカツアゲしたり,酒や煙草をやったり・・・・ほどほどに不良な二人は,教師たちからも眉をひそめられる存在。そんな彼らに転機が訪れたのは,二人してボクシングを始めてからだった。

もともとは,「自分を殴り倒した相手に勝ちたい」という動機から,マサルがシンジを誘って始めたボクシング。しかし皮肉なことに才能があったのは,シンジの方だった。ここから,いつも一緒だった二人の道は大きく分かれてゆく。シンジはプロのボクサーを目指して特訓の毎日,一方マサルはジムを辞めてヤクザの世界へと。
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それぞれが,自分の進むべき道を見つけ,夢に向かって歩き出したのだ。傍らにマサルのいない孤独感を噛みしめながらも,キツイ練習に耐えて試合に勝ちぬいてゆくシンジと,親分に目をかけられ,どんどんのし上がってゆくマサル。

上り調子の頃に一度,子分を連れたマサルがジムへシンジを訪ね,懐かしさにシンジは思わず目を潤ませる。そしてマサルは言う。「お前がチャンピオンになって,俺が親分になったら,また会おう。」と。

しかし,世の中は,そして人生は,決してそんなに甘くない。

その後の彼らの無残な挫折を,容赦なく描き切るところが,きっと北野監督らしいのだろう。もっとも,この作品は,北野監督があのバイク事故から驚異の生還を果たした後の作品で,「死」を描く監督には珍しく,「生きる」ことをテーマにした作品らしい。それまでの「人が必ず死ぬ」北野作品をひとつも観てないので,比べることはできないけど,この「キッズ・リターン」のマサルとシンジの物語も,決して甘くはないし,優しくもない。むしろどちらかというと,残酷な物語かもしれない。
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シンジは親切そうに何かと近づいてくる,うだつのあがらないジムの先輩の助言を信用して才能を潰されてしまい,マサルは目をかけてくれた親分の死後,調子に乗りすぎた彼を快く思わない組員に叩きのめされる。学生時代に落ちこぼれだったマサルもシンジも,どこか世間知らずな弱さを持ち合わせているキャラクターだから,努力だけではどうにもならないこともそりゃあるだろう

彼らの他にも,高校時代の同級生の中には,お笑いタレントを目指す二人組や,喫茶店の女の子に恋する大人しい男子学生など,それぞれ夢を実現させようと頑張った脇役たちのサイドストーリーも描かれていて,成功するケースもあり,悲劇に終わるケースもあり・・・。

物語が進むにつれて,じわじわと心に広がる,人生のままならなさ,夢の実現の難しさ。そして,明暗の分かれ道。淡々と流れてゆくストーリーの中に,誰でも大なり小なり体験したことのある,「人生の苦さ」が散りばめられていて,ちょっと痛い。
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それでも,ラストの二人の台詞「俺達もう・・」「まだ始まっちゃいねえよ」の持つ明るさに,一気に救われると言うか,癒されるというか。いい台詞だなぁ・・・・。この台詞を言わせたいがために,二人のこれまでの物語があったのかなぁ,なんて思ってしまうくらい,印象的でいつまでも心に残る名台詞だと思う。

マサルを演じた金子賢と,シンジを演じた安藤政信の取り合わせが最高!雰囲気もルックスも全く違うタイプで,ふたり揃うと絵になる。特にこの作品がデビューという安藤政信の素人臭さが,まるで真っ白なキャンパスのようで,繊細な表情のひとつひとつも,演技と思えないほど自然で,なんだかとても心地よかった。ボクシング・シーン,お疲れ様でした!

北野監督作品,これを機会にもっと観たくなった・・・。

福岡へ・・・

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行って参りました。この連休に。

純粋な観光旅行なぞ10年ぶりくらいです。
今回は職員旅行。新幹線で行く予定が,係(私じゃありませんよ)の手違いでチケットが取れず,四国から七時間運転してゆくことになりました。メンバーは軽く怒りannoyモードでスタートした旅行です。

土曜日の早朝五時(night真っ暗!)集合。レンタカーでいざ出発。まず香川県から中国地方へ渡り,広島・山口を経て関門橋を渡って九州へ。12時をまわった頃にようやく博多へ到着。
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まず最初に行ったのがここ↑
「キャナルシティ博多」で劇団四季のミュージカル「ウェストサイド物語」を鑑賞。13時の開演すべりこみセーフでした。おかげでこの日の昼食は抜き!annoy 上演中,自分や隣の同僚のお腹がグーグー鳴る音が・・・休憩時間にサンドイッチを少し食べて空腹をなだめる始末・・・。あ,ミュージカルはよかったですよ~,歌とダンスが堪能できました。わたしミュージカル初体験でした。ウェストサイド物語ってニューヨーク版ロミオとジュリエットなんですね。いちおう悲劇なんで静かな終わり方なんですが同僚は「え?これで終わり?」とちょっと予想が裏切られたみたいな感じでした。

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キャナルシティのブディックで,INGEBORGの秋色チュニックを買いました~。ブラウンは好きでよくチョイスします。

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夜はモツ鍋の専門店へ
早朝からまともな食事らしいものを口にしてなかったので,ビールbeerの美味しかったこと~~。モツ鍋って,もっとこってりしているのかと思いきや,意外とあっさりしていてGOOD!醤油味と塩味,両方を食べ比べました。シメにちゃんぽん麺を入れたのも美味しかった~。同僚は一緒に出たレバ刺しが体質に合わなかったらしいですが。その後,撃沈した同僚二人を宿に残して,生き残り組は名物の屋台を冷やかしに行きました。

二日目は水郷・柳川へ。
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歌のうまいおちゃめな船頭さんの歌う,北原白秋の童謡をBGMに,約70分の水路の旅を楽しみました。爽やかな風と陽光のもと,ゆったりと流れる時間の心地よさ。途中,いろんな生き物に遭遇。
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舟を追っかけてきて餌をねだります。かわいい~~

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じっと動かないので作り物かと思ったら本物でした。水路のお魚を狙ってるそうです。

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↑民家の窓からこんな虎ちゃんが~。ポーズが可愛い。右の猫ちゃんは電気仕掛けで踊ってました。観光客へのサービスかしらん。

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北原白秋の生家へも足をのばしました。造り酒屋さんだったんですね~。裕福だったんだ・・・・。福岡県の指定遺跡だそうです。
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063 お昼はもちろん鰻です。
柳川って手毬が名物だったんですね。女の子の健やかな成長と長寿を祈って,祖母が孫に手作りの手毬をお節句などに与えたそうです。私もミニ手毬のストラップを買いました。
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帰りは,大分へ向かい,別府港からフェリーで愛媛県へ。由布院温泉でひと風呂浴びたかったのですが残念ながら時間がなく,由布岳を横目に別府港へと急ぐことに。
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別府湾の眺め 絶景でした。寿命が延びる~。

3時間のフェリーの旅のあと,愛媛から徳島へ帰り着いたのはなんと夜の11時。またまた真っ暗night 

旅慣れない身にはハードスケジュールな旅行でしたが,九州って,ほんと見どころ多いですね~。身体は疲れたけど心はリフレッシュされたかな。またゆっくり(今度は新幹線で)行ってみたいです。今度は柳川の雛祭り「さげもん巡り」の季節に来たいね~と,同僚と話しながら帰ってきました。

 

 

2009年10月 9日 (金)

藍宇 記事索引

Cap119

藍宇(ランユー)

藍色宇宙(メイキング)

北京故事-藍宇-

好きなシーン-胡軍-

好きなシーン-劉燁-

藍色宇宙(メイキング)

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藍宇のDVDに特典として入っているメイキング。「藍色宇宙」という題名もロマンチックな響きで素敵だけど,内容がまた素晴らしい。ある意味,本編より感動ものだ。

まず最初に驚いたのが,撮影風景や作品中の印象的なシーンに被さるように,挿入される胡軍(フージュン)さんと劉燁(リウ・イエ)のコメンタリー。普通のメイキングの場合,撮影秘話や演技上の苦労や役作りの工夫など,役者本人の気持ちが語られるものだけど,このメイキングは違う。胡軍さんも劉燁も,役の中の人物になりきって,物語のその折々の場面で藍宇として,また捍東として感じたことを語っているのだ。これは嬉しかった。
Cap128
台詞の少ない本編だけでは推察しきれなかった二人の気持ちが言葉で表現されると,「ああ,あのときの藍宇はこう感じていたんだ」「捍東の気持ちはこんな風に変わっていったのか」と,主人公たちへの理解が深まり,二人への愛しさも増す。

特に劉燁が演じた藍宇の気持ちがわかると,この物語ってなんて切なさが増すんだろう!捍東と初めて出会ったとき・・・・・彼に捨てられたとき・・・・そして,偶然の再会から愛が再燃するとき・・・・それぞれのシーン,劉燁の言葉で綴られる藍宇の心の声。

特に好きなのは,藍宇の部屋で酔いつぶれた捍東を起こすシーンの藍宇の気持ち。彼の捍東への深い愛情が,たまらなく切なく心に沁みてくる。・・・しかし,このような心境がサラリと口を突いて出てくる劉燁という俳優の感性にも,空恐ろしいほどのものを感じるけれど。
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いったいこの懐かしさは何だろう。愛する人と過ごしたあの頃の感覚が戻ってくる。あの頃と同じ寝顔,僕が何年も思い続けた人だ。・・・・彼に抱きしめられた。一瞬で昔に戻ってしまった。一緒に過ごした頃に感じていた空気。声もまなざしもすべて昔のまま。だから,昔に戻るのに言葉はいらなかった。気持ちを確かめる必要もない。熱い誓いも甘い囁きも何もいらない。必要なのは心だけ。


ジョニー・キャッシュの曲「Spiritual」(歌っているのはジョシュ・ヘイデン)のシンブルで美しい調べを背景に,捍東が回想するさまざまな藍宇のシーンが連続して流れる場面に来ると,私はいつも号泣モードに心地よく突入。

それにしても胡軍さんも劉燁も,スクリーンの中では完全に捍東と藍宇として生きていたんだ,とあらためて脱帽。そうでないと絶対に出てこない迫真の泣かせるコメントばかり。
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スタンリー・クワン監督の演技指導
にも驚いた。とにかく細かいと言うか,ねちっこいと言うか。(←褒めてます) 特にラブシーンを指導するときの,監督のこだわりといったら!手の動きの順番まで細かくダメ出しする監督の指導に,比較的柔軟に対応している(ように見える)劉燁に比べると,ちょっと困惑した(ようにも見える)生真面目な表情の胡軍さんの様子がまたツボで。

カットされた二人のシーンも随所に入っていて,二人が絡むシーンは,とにかく全部観たかったのに~!と,悶々とすることしきり。
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私は本編と,このメイキングをいつもセットで観て,そして毎回メイキングの方で泣いてしまう。本編で飽和状態になった涙が,メイキングで一気に溢れる感じだ。今まで出会った作品のメイキングと言われるものの中で,最も愛してやまないメイキング・・・それが「藍色宇宙」。・・・・画質がイマイチなのだけが,唯一残念だけど。

2009年10月 7日 (水)

トーチソング・トリロジー

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アーノルドは,ニューヨークのブルックリンに住むゲイの男性。彼はゲイバーで毎晩きらびやかなドレスとゴージャスなメイクで装い,ハスキーな声で恋歌(トーチソング)を歌う。脚本・主演のハーヴェイ・ファイアステインの表情は,時にはユーモラスに,時には繊細に,そして時には痛々しいほど感情を吐露し・・・・そのくるくると自在に変化する表情からは,最初から最後まで目が離せない。

トリロジーとは三部作のこと。映画では,アーノルドの半生を,三つの物語に分けて描いている。
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ショーの前に楽屋でメイクをするアーノルドの,味わいのある独白で第一話は幕を開ける。若くない彼の女装した姿は,お世辞にも美しいとはいえないけれど,物語が進行するにしたがって,そんな彼がなぜかとても可愛らしくいとおしく思えてくる。それはきっと,周囲から受ける無理解や偏見に傷つくことはあっても,決して卑下することなく生きる彼の姿や,ゆきずりの関係の多いゲイの世界で,いつも「心から相手を愛した」愛情深い彼がとても魅力的なせいだろう。

第一話は彼とバイセクシャルのエドとの交際が描かれる。優しい気配りを見せるエド。しかし,アーノルドとの関係を公表したがらず,女性の恋人と二股かけていたエドの態度に傷ついたアーノルドは彼と別れる。

第二話は,アーノルドと年下の恋人アランとの恋物語。アランを演じたのは,イノセントで爽やかな雰囲気のマシュー・プロデリック。田舎から出てきた美青年アランがそれまでに付き合った相手たちとは違い,アーノルドはアランをパートナーとして心から愛し,彼もまたその愛に応える。
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しかし二人が,養子を貰ってささやかな家庭を築こうとしたその矢先に,アランはホモフォビアの暴徒たちに殴り殺されてしまう。深い哀しみに打ちのめされるアーノルド。

第三話は,アランの死から7年後。アーノルドはアランと育てるはずだった養子のデヴィッドと暮らしている。そこへ訪ねてくるアーノルドの母親(アン・バンクロフト)。ユダヤ人にとって,同性愛は特にご法度。アーノルドの母親も,息子のセクシャリティーについては昔から受け入れることができず,当惑や非難を隠すことができない。愛し合う親子でありながらも,この点に関しては越えられない溝があるふたりの,アランの死を巡る大喧嘩は,作品中もっとも心を打つ場面だ。

アランとの関係を祝福してくれない母に,彼の死の顛末を話すことができず,一人で哀しみに耐えてきたアーノルド。一方,アーノルドがアランを,父親の墓の傍らに葬ったことを冒涜だと怒る母。二日間にわたる売り言葉に買い言葉の二人の口論は,激するあまり,お互いに辛辣極まる言葉を発してしまう。
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「お前なんか産むんじゃなかった」と言う母親に,「僕は愛と敬意以外は求めない。それを持たない人に用はないわ。僕を見下げるなら出て行って。たとえ母親でも」というアーノルド。

ゲイであることを恥じずに懸命に胸を張って生きようとするアーノルドと,そんな息子をありのまま受け入れることができない母親・・・・息子を愛しながらも,その点だけは目をそらしたい母に対して,アーノルドは「子供のすべてを知るのが母よ」と訴える。

最後までアーノルドを完全には理解してくれなかった母親。それでも立ち去る前に,「アランの死のことを話してくれれば,お前を慰めたのに」と言う母に,初めてアーノルドは「ママ,彼が恋しいわ」と言う。それを受けて母親が答えた台詞が忘れられない。

「時が癒してくれるわ。傷が消え去るわけではないのよ。傷はやがて指輪のように身体の一部になる。傷があることに慣れてしまう。忘れるわけではないの・・・それでいいのよ。」

時とともに浄化され,そのひとの一部となってゆく哀しみの記憶や思い出。これは,大きな哀しみを体験したひと,特に愛するひとを亡くした体験をしたひとにとって,なんという深い慰めを与える言葉だろう,と思う。
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ラストシーン・・・母親が去った部屋で,デヴィッドから贈られた曲を聴きながら,愛する人たちの物をそっと抱きしめるアーノルド。アランの写真と,エドのメガネ,母親の土産のオレンジ,デヴィッドの野球帽。それらを胸に抱いて幸せそうに微笑むアーノルドは,彼ら全員を慈しむとともに,自分のささやかな人生をも,心から慈しんでいるように思えて,このシーンではいつも涙がこみ上げてくる。

たとえ哀しみや悲劇があったとしても,たとえ周囲の理解が得られなくても,真剣に愛し,生きたひとの人生は美しく価値があるものだ。そんなことを教えてもらえる,ほろ苦くあたたかい最高の物語だと思う。そして何より,人生の本質に迫る深い台詞の数々に感動する作品でもある。

2009年10月 3日 (土)

好きなシーン-胡軍-

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考えてみれば,胡軍さんの演じる捍東って,藍宇に比べると,人間的な欠点や弱さもちゃんと表に出ているキャラだ。捍東の言動や表情から,時折にじみ出る男の狡さやエゴ,金持ちの青年事業家ならではの傲慢さや不遜さ。

「リアルの世界には存在しないでしょ~,こんなひと。」と言いたくなるような純情キャラの藍宇に比べると,捍東は等身大のキャラだと言えるかもしれない。

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そして,そんな彼(=普通のおっさん)が,藍宇のような純朴な青年に愛されたとき,自分の意志とは関係なく,次第にどうしようもなく相手にのめりこんでゆくその過程が,これまたこの物語の大きな魅力なわけで。己のそれまでの価値観をひっくりかえされて葛藤したり,悶々としたり・・・藍宇を愛してしまった自分自身に振り回されてオタオタする捍東を,私は藍宇に負けず劣らず愛おしく感じたりするわけで。

そしてまた,うまいんだ,こんな捍東を演じた胡軍さんが。

特に物語前半の,捍東の藍宇に対する表情・・・自分勝手さと優しさが,場に応じて入れ替わり立ち替わり現れる,そんな複雑な表情の変化をうまく演じていた。

その中でも一番好きなのは・・・・
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↑やっぱりこのシーンかなぁ。

捍東の結婚が理由で二人が別れる,その日の朝のシーン。

北欧を去るというその朝,哀しみのあまり藍宇の口からは,彼には珍しく恨みごとらしき台詞がこぼれる。捍東はそんな藍宇に,「恩知らず!」と居丈高に怒って見せるが,次の瞬間には,藍宇の「ご主人様,どんな体位がお望み?」という辛辣な捨て台詞に,思わず言葉を失う。気を取り直して「病気の時は医者にかかれ」とか年上らしいアドバイスもしてみるが,藍宇の諦めと哀しみのこもった「・・・・二度と傷つく恋はしない。」という言葉の前に,黙ってその横顔を見守るしかなくなる。

この時の捍東の表情がねぇ。

捨てた方のアンタが,そんな顔することないだろう!とつっこみたくなるくらい,傷ついた顔で,藍宇の哀しい台詞を聞いているのだ。でも,だからといって藍宇を引きとめるわけでもなく・・・・。この矛盾のかたまりのような捍東の表情,けっこうツボである。あくまでも自分の都合を優先しながらも,藍宇から愛想尽かしを言われるのは傷つく・・・・その勝手さというか,愚かしさというか,捍東のそんな弱さが愛おしい。

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この別れのシーンは,劉燁にとっても一番好きなシーンだとか。「あの場面を見たら泣いてしまいそう」とインタビューで言っていた。(素直だなぁ)

それにひきかえ,胡軍さんの一番好きなシーンって・・・エンドロールのあの歌と一緒に背景がザーッと動いていくシーンだそうな・・・ええええ?ほんとにあそこが一番好きなの?胡軍さん・・・・(ちょっとびっくり)

それと,シーンとは関係ないけど,胡軍さんの筋肉が何気に好きheart04 しなやかで,セクシー。
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↑こんな感じ。

天使の涙

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ウォン・カーウァイ監督の,摩訶不思議で非常に美しい魅力に溢れた作品。一度観ただけで大好きになった。エキゾチックなお酒に酔ったような快感が得られる。・・・・なんで今まで観なかったんだろう,これ。

物語の舞台は終始一貫して夜の香港。絡み合う,風変りで個性的な登場人物たち。そろそろこの仕事も潮時だと思っている殺し屋と,彼のパートナーである美人エージェント。殺し屋と付き合う金髪娘。口のきけない何でも屋の青年モーと,彼が恋するヒステリックな失恋娘。

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この作品,クリストファー・ドイルの映像作品の中で,もしかしたら一番美しいのではないだろうか。あるシーンではうねるような,またあるシーンでは緩慢にフラッシュを繰り返すような,なんとも幻想的で疾走感のある映像の連続で,その洗練された芸術的なセンスに酔う。

レオン・ライ
が演じた殺し屋以外は,みんなどちらかというと,どこか「壊れキャラ」だ。その行いも,服装も,非現実的でエキセントリック。しかしこんな不思議な登場人物たちも,ドイルとカーウァイの手にかかると,画面の中で眩暈がするほど魅力的に息づく。
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純朴な風貌のレオン・ライが,殺しの仕事をするときのクールさとバイオレンスシーンのカッコよさ。(二丁拳銃です!)今よりずっとスリムで,足の長いこと!彼が登場する時にバックにかかる,ちょっと呂律のまわっていないようなスローテンポのラップ曲もいい。

殺し屋に恋する二人の女。
仕事の指示を与え,ねぐらを用意し,彼の出したゴミや彼の眠ったベットに触れて想いを募らせる美人エージェント。演じるミシェル・リーの,気だるげなセクシーさもタダモノじゃない。また,実際に彼の一時的な情婦になる金髪娘(カレン・モク)は,もっとストレートに相手に思いをぶつけるが,このひとのキレっぷりもキュートだ。

そして金城さんの演じた青年モー。
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口がきけない分,全身を使ってもどかしく過剰に身体表現する,彼のしぐさや表情に釘付け。
・・・・可愛い。

閉店後の店を勝手に開けて,強引に客を引っ張り込む,というクレイジーさも,日本人の居酒屋で働く姿も,死んだ豚にマッサージするシーンも,初めての恋も,味のある父親とのエピソードも,みんな不思議に魅力的。その,やや壊れた天真爛漫さがたまらない。困ったキャラではあるのだけど,抗いがたくいとおしい。これは,金城さんだから出せた魅力かもしれない。
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特にこのシーン好き。恋する女性の傍らで,恍惚とした表情の彼は,まるで猫みたいにしなやかでセクシーな動きをする。(上の画像は金城さんにピントが合ってるので,チャーリー・ヤンの顔が心霊写真みたくなってますが)

ときにすれ違い,ときに交錯する彼らの切ない物語。
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全員が孤独をまとっていて,
それでいてパートナーを求めていて。
パートナーを切望しつつも,上手くめぐり合うことも,ずっと一緒にいることもできなくて。それは人間の業,恋愛の本質のようなものなのかも。

ラストシーン,バイクで疾走するモーの背中に顔をうずめるミシェルの台詞が心に残る。・・・そしてそれにかぶさる「only you」の曲が最高だ。

2009年10月 1日 (木)

ココ・アヴァン・シャネル

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シャネルブランドには何の思い入れもない私。あ,でもアイシャドーや頬紅は愛用してるけど,お洋服は特に・・・・。それでも一応私も女性なので,シャネルの成功譚には興味津々で劇場で鑑賞。

貧しい孤児の少女ガブリエルが,
天下のシャネル」になるまでの物語。

彼女はなぜ,いかにして,あのような偉業を成しえることができたのか。・・・それ,もちろん私もすっごく知りたかったんですけどね。結論から言うと,物足りない感じが否めない残念な映画だったと思う。(記事はちょい辛口です。)
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ココの生い立ちについて予備知識も全く入れてなかったので,彼女があれほど寄る辺ない,不遇な身の上だったとは,この映画で初めて知ったし,カフェの歌手やお針子をして生活の糧を得ていたことや,さして愛してもいない年上の富豪バルサンにパトロンになってもらうなど,けっこう屈辱的な生き方を強いられてきたんだなぁと,そのあたりは興味深く観ることができた。

また,英国人カペルと恋に落ちながらも,最終的には「誰とも結婚しないわ」と仕事の道を選んだのも,いかにも気丈で誇り高いシャネルらしい生き方だなあ,と納得した。よく知らないが,この時代ってきっと,女性が仕事だけで自立するのは稀だったはず。あえて道なき道へと踏み出す勇気のある彼女だからこそ,後にファッション界に革命を起こすこともできたのだろう,と思う。

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しかし,しかしである・・・・。私はもっと別のものが観たかったのだ,この作品で。
シャネルならではの才能の芽生えと,その開花をうかがわせるようなシーンとか。世間が彼女の才能を発見し,それを受け入れ,拍手喝采するまでの軌跡とか。シンプルで機能的なシャネルスーツでファッション界に革命を起こした彼女の,純粋に「仕事面」での葛藤や苦労とか。
そんなものをじっくりと見たかった。

確かに彼女が,ごてごてした花や羽根飾りのドレスを嫌い,男装に近い服装を好んだ点や,彼女の作る帽子が人気になったことなどは描かれていたが,ドレスのデザインをするようになってからはまったく駆け足で,気が付いたら成功してました,って感じで,ちょっと残念。

それにしても,仕事中のココのくわえ煙草は,やけにカッコよかったな・・・。まあ,私が期待してた方向とは違う点にポイントが置かれていただけで,作品としてはよくまとまっていたと思う。

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