北京故事-藍宇-
映画藍宇(ランユー)の原作となった,中国のインターネット小説。もともとは過激な描写も満載だったらしいが,後に出版される際には「藍宇」と改題,加筆修正され,過激な描写は一部割愛されたそうで。
映画の記事にも書いたが,
原作の文章から匂い立つ藍宇の魅力は格別。
握手した瞬間,彼が目を上げて俺を見た。その目を俺は一生忘れることができない。大きなひとみに憂鬱と不安と懐疑が満ちていた。(原作より)
初めて藍宇と会った捍東が,一目で彼を気に入る場面の描写だ。
原作は,捍東が藍宇と出会ってから死別するまでの紆余曲折の過程が,捍東の一人称で語られる。映画では大胆にすっ飛ばされていた歳月やその背景の事情も,原作には詳しく書かれていて,特に捍東の藍宇への心情の変化は丁寧に綴られている。
純粋で,繊細,そして同時に
誇り高く,頑固なところもある藍宇。
彼の愛し方は,脇目もふらずに全身全霊を注ぐ愛しかた。まるで生まれて初めてひとを愛したかのように。(いや,ほんとにこれが正真正銘の初恋だったんだよな・・・)その,あまりにもまっすぐな一途さと真摯さに,ブレイボーイの捍東は,たじろいだり,驚いたり・・・・。
藍宇の情は限りなく細やかで深い。
そのうえ彼は,そんなにも一途なたちであるにもかかわらず,必要とあらば自分の中にじっと思いを秘めることもできるのだ。伝えることで相手の負担になると判断したとき,また,あまりにも大切な思いなので,他の誰とも共有したくないと願うとき,そんなとき藍宇は,痛みや哀しみや恋慕の情を,自分の奥深くに抱え込む。
幸せだった家庭が少年時代に崩壊し,苦労してきた藍宇は,辛い運命でもじっと受け止めてやり過ごす強さも持っている。捍東の妻の卑劣な中傷が原因で,職場を追われる羽目になったとき,藍宇が後に振り返って言う台詞が印象的だった。
「大丈夫。ものごとって,そのときはすごくこわくても,歯をくいしばっているうちに時間は過ぎるんだ。」依然としてテレビを見ながら彼は静かに言った。「本当言うと,別れた時の絶望に比べればたいしたことなかった。」 (原作より)
藍宇はどんなときも,
自分というものを決して失わない。
捍東との関係も自分のセクシャリティも,罪悪感は持っていても,決して恥じず,後悔もしなかった。捍東との関係のスタートに金が介在したことには,わだかまりがあり,彼の経済力に頼りたがらなかった。捍東を愛しながらも,あくまでも自立した存在を貫こうとする藍宇の生き方は,時には捍東をいらだたせる。
捍東にとっては,遊びのつもりで始めたはずの情事なのに,いつしかどっぶりと本気になり,時には驚くほど予想に反した愛し方を返してくる藍宇に,気がつけば捍東の方が振り回され,どうしようもなく恋焦がれている始末。
だから,言葉では決して「愛してる」と言わない藍宇とは対照的に,捍東の方は,(行いは時には薄情だが)愛の言葉をまるで確かめるように,何度も激しく藍宇にぶつける。
愛ゆえに繰り返される,小さないさかいの数々や,捍東の結婚による別離と再会,捍東の逮捕と服役,藍宇のあの「献身」と釈放,二度目の同棲・・・・。
様々な経緯を経た彼らの絆が,もはや揺るぎのないものとなった頃,捍東はようやく,藍宇こそが運命の相手だという確信に辿り着く。
彼は俺の腕の中で眠っていた。深い眠り。俺は自分の人生を思い,事業のことを思い,母を思い,獄中の日々を思った。そして自らに誓った。藍宇がこうした暮らしに飽きない限り,俺はずっとそのそばにいると。(原作より)
その先に待ち構えていた悲劇は,この手の物語では,お約束の匂いもして,やはり,片方が唐突に旅立ってしまうブロークバックマウンテンや,トーチソング・トリロジーを思い浮かべてしまうが……。
藍宇。・・・・漢字から受けるイメージも,
ランユーという音の響きも,どちらもなんと美しいことか。
愛する能力にかけては,
おそらく天賦のものを授かっていた藍宇。
その魅力を文章で堪能できるのが原作だと思う。
読み返す度に,捍東と同じ目線でひたすら藍宇を追いかけ,彼のデリケートでミステリアスな内面の魅力に溺れていく自分がいる。これほどいじらしく,愛おしく思えるキャラは,これまでに読んだ,どんな小説にも存在しなかった。(←「耐える」キャラに萌えるわたくし)
最後に,原作の中で特に好きな文をいくつか。
藍宇は過去を語らない。未来は,なおさら語らない・・・・。彼は未来を信じていなかった。そして,俺たちは今このときが幸福だった。
彼の笑顔。彼の話。俺はなんとも言いようのない気持ちだった。彼はちっとも俺を信用していない。それなのに,こうと決めたら,もう後ろを振り向くことなく俺とともにいる・・・・。(どちらも原作より)
映画のファンの方は,ぜひ原作も機会があれば読んでみてほしい。(ただし,男性同士の過激な性描写は苦手,と言う方にはお勧めしないが。)
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» 殉愛〜『北京故事 藍宇』 [真紅のthinkingdays]
映画『藍宇(ラン・ユー)』の原作小説。インターネット上に覆面作家の作品とし
て発表され、賛否両論を巻き起こしたという問題作。
... [続きを読む]
ありがとうございます。
ワイン舐めながら、堪能いたしました。
思えば藍宇って子は、一生のうち、ついにひとりしか愛さなかったということになりますか。
出逢いとか、或いは出逢いを呼ぶ縁というものは、そう思えば凄まじいものだなと。
それは愛される側、つまり捍東にとっても同様に。
映画の藍宇について、たとえばこれが女の子だったら男から見れば非常に都合の良い女だ、と評したレヴューを読んだ事があり。
確かにそうだなと思います。
これはもう、それが良いとか悪いとかじゃなくて、役者の個性と監督の志向の産物かと思います。映画の藍宇はすごく繊細でやさしくて奥床しいし、バランスがとれていて、大人ですね。
ひきかえ原作の藍宇は、書き手が女性でもあるせいか、どこかファム・ファタル的な匂いを纏うというか。
捍東を翻弄したり、無茶な事をして心配かけたり、それでいて本人はあまりにも無自覚だったり。
すごく聡明な子なのに、ある一面ではびっくりするほど幼児的だったり。
そういう不安定さが、藍宇というキャラクターのこのうえ無い魅力になってるんだなあ、と。
やはりどこか欠落していたり揺らいでいたりしたほうが、人間て美しく艶めくものですよね。
名前のことで、いまさらながら気づいたのですが。
Lan YuとLiu Yeって、イニシャル同じなんですよね。
やっぱりそういうとこも縁、なんでしょうか。
投稿: レッド | 2009年9月19日 (土) 02時01分
レッドさん おはようございます。
>思えば藍宇って子は、一生のうち、ついにひとりしか愛さなかったということになりますか。
>出逢いとか、或いは出逢いを呼ぶ縁というものは、そう思えば凄まじいものだなと。
たしかに。良い縁であれ,悪縁であれ,
「運命」と思えるほどの影響を与える「縁」は凄まじいですね。
そういう縁にめぐり合うことが幸せなのかどうなのか,
リアルの世界では実はなんともいえませんので
こうやって映画や小説の世界でのみ,
それを味わいたいなと思ったりもする臆病なわたしです。
波風のたたない人生を誰でも望むものですし。
藍宇たちのような「縁」はどうしても波乱万丈になりますよ。
>原作の藍宇は、書き手が女性でもあるせいか、どこかファム・ファタル的な匂いを纏うというか。
そうなんですよね~ 映画同様,とってもイイ子でもあるんですが
小悪魔的なところもなくはないし,劉燁が演じた藍宇より
原作の藍宇はもっと頑固な面もあって,捍東はかなり精神面では振り回されてますよ。
でもおっしゃるように,その藍宇のなかの「矛盾した内面」というか,
特に捍東への愛の表現の仕方や,ときときの反応が,凄く新鮮で魅力的でした。
こう来るか~!って感じで。
そりゃ,捍東がおぼれるのも無理はありません。
映画の藍宇は,監督さんの味付けの影響もありますが,
役になりきった劉燁の地色も少しにじみ出ていたのでしょうね。
ひたすら・・・可愛くて,健気で,確かに「都合のいい」恋人かも。
でもそんな「劉燁の演じた」藍宇も,悶絶するほど好きなんですが。
>Lan YuとLiu Yeって、イニシャル同じなんですよね。
おお!今気付きました!
嬉しい発見をありがとうございます。
投稿: なな | 2009年9月19日 (土) 10時19分
映画も原作も未見です。
これだけ、オススメされると、かなり興味が沸いてきますね。
観てみたいと思います。
こういった感情って不思議なんですよ。
友情と愛情の境界線ってのが、自分にはわからないので、もしかしたら、踏み越えるときがくるのかも???
しれませんよ。
こういった映画に対して、異常なまでに怪訝な反応をする人がいますが、そんな人はすでに、境界を越えているのかもしれません。
投稿: 亮 | 2009年9月21日 (月) 07時35分
亮さん マイナーな記事にありがとうございます。
>これだけ、オススメされると、かなり興味が沸いてきますね。
万人にお勧めできる作品ではないのが気がひけますが・・・。
おっしゃるように,「この手は駄目!」の反応をする方は多いです。
>友情と愛情の境界線ってのが、自分にはわからないので、もしかしたら、踏み越えるときがくるのかも???
・・・おっと!もしかしたら相手とシチュエーションによっては・・・ですかねぇ。
かく言う私自身は,相手が同性の場合,友情が愛情に移行する可能性は
限りなくゼロに近い志向の人間なんですが
それでも日本女性のBL好きの傾向のせいか
(これはきっと少女時代に読んだ萩尾望都さんの漫画とかの影響)
こういう物語や映画はけっこうツボにくるんです。
いや,同性愛というより実は「成就しない恋」というのが好きなのかもしれません。
どちらにしても,映画として非常によくできた作品は
どんなテーマであれ人の心は打つはずですので
興味がおありなら,ぜひ一度ご覧になってください。
この作品は特にあまり知られていないので
(最近はレッドクリフの胡軍さんのおかげか少し知名度上がりましたが)
一人でも多くの方に観ていただきたいです。
投稿: なな | 2009年9月21日 (月) 23時13分
はじめてお便りします。「北京故事」は愛情深い二人の想いが行間からあふれていて、とても愛しい。真摯な愛情とはなんて魅力的なんでしょうと思いました。カナダのどこかで捍東は今も藍宇の幻を見続けているのでは、と思ってしまいます。幻は捍東が恋しさのあまり見てしまうのでしょうか、それとも藍宇の方が恋しがって現れるのでしょうか・・・。短い人生でも精一杯に愛に生きた藍宇はある意味幸せだったのか。一人現世に残された捍東の方が悲しいか・・・。これは「ブロークバックマウンテン」のイニスにも同じ事を感じました。映画「藍宇」ではリウ・イエの微笑みにずいぶん癒されました。林静平も女っぷりがよくて好きです。フー・ジュン捍東はもう原作そのまま!勝手で弱くて本当は愛情深い。みんな素敵でやはり愛しい映画です。
投稿: blueash | 2009年10月 2日 (金) 00時06分
blueashさん はじめまして!
コメントありがとうございます。嬉しいです。
>真摯な愛情とはなんて魅力的なんでしょうと思いました。
そうですね,
この小説がゲイ・ポルノの範疇に入るなんて思えないほど
ピュアな感動が味わえる作品ですよね,北京故事。
そりゃ,過激な描写もあって赤面ものでもあるのですが
それよりなにより,藍宇と捍東の思いの深さに目が行ってしまって
純愛ものの切なさしか感じませんでしたね。
藍宇=ジャックで捍東=イニスというのは
私も常々感じていました。
残された方の辛さが身に沁みる物語でもあるし
自分のセクシュアリティの発見の旅・・・と言う点でも
ブロークバック・・と似たものを感じますね。
>フー・ジュン捍東はもう原作そのまま!
ほんとそうです。藍宇の方は
原作と劉燁の演じたキャラは少しイメージにズレがありますが
(どちらも魅力的ではありますが)
捍東はほんとに原作そのままでしたねぇ。
投稿: なな | 2009年10月 2日 (金) 01時39分
ななさん、こんばんは。またやってきてしまいました。
原作、一気読みでした・・・。映画を観ていくつか疑問があったのですが、納得です。
しかし映画は巧くまとめていますね。。脚本の勝利ですね。
藍宇って、どうして一度も捍東に「愛してる」って言わなかったんでしょうか?
彼の誇り高さがそうさせたのか、言わなくても態度で示せばいいって思ってたのかな。
私の中では、もう藍宇と捍東は劉燁と胡軍なのですが、原作が先だった方にはドンピシャのキャスティングだったのかも気になるところです。
TB、届いてるといいのですが、、ではでは。
投稿: 真紅 | 2010年10月31日 (日) 22時56分
真紅さま またまたいらっしゃいませ。
原作,早速お読みになったのですね。早い!原作は映画の補足としても面白いし,原作のエキスをうまく抽出したような脚本の見事さにも感心しますよね。
藍宇が「愛してる」と言葉では言わなかったのは本当になぜでしょうね。あまりにも強い想いは口に出さずに心に秘めるタイプだったんじゃないかなあ…。
私も映画が先だったので二人のキャラははじめからリウ・イエと胡軍さんのイメージなんですが,原作だけを読んだ場合は,藍宇のイメージはもっと端麗な印象かも。あくまでも私の受けた感じですが。リウ君の藍宇は可愛らしくいじらしいですよね。
TB今回はうまく届きました。また後程お伺いしますね。
投稿: なな | 2010年11月 1日 (月) 17時11分
もう見ました、面白いですね
投稿: NARUTO BL同人誌 | 2010年11月 2日 (火) 18時24分
切ない映画だけれど見て好かった。
この藍宇役の役者さんは本当に目が印象的。
映画をみて なんかもっと知りたくて
ネットで探して ここにたどり着きました。
よかった!! 有難うございます。
投稿: 久美 | 2012年5月 1日 (火) 13時00分
久美さん はじめまして
初コメントありがとうございます。
しかも我が最愛の作品に~
この作品と藍宇役のリウ・イエとは
私の中ではいつまでたっても格別の存在なんです。
もともとはネットBL作品と言っちゃえばそれまでなんですが
原作の地点から主人公の藍宇のキャラクターは
不思議な魅力があるのですが
それは彼の類まれなほどの「愛する」能力なのかも。
そして映画でまさにそれを完璧に体現してくれたのが
リウ・イエという役者さんなのだと思っています。
最近は彼の作品を観なくなって久しいですが
それでもいつまでも大好きな俳優さんです。
投稿: なな | 2012年5月 1日 (火) 22時44分