わが教え子、ヒトラー
この話は真実だ。
しかし“真実すぎる”ため
歴史の本には出てこない。
ヒトラーを題材にした作品は,正統派のものから,ヒトラーの贋札やワルキューレといった,変わった切り口のものまでいろいろと製作され続けているが,この作品は,ヒトラーには演説を指導した教師がいたという史実を下敷きにしたドイツの映画作品。(原題はMein Führer – Die wirklich wahrste Wahrheit über Adolf Hitler)あの,善き人のためのソナタのウルリッヒ・ミューエさんの遺作でもある。
あらすじ: 敗戦が濃厚になりつつある1944年12月のドイツ。ヒトラー(ヘルゲ・シュナイダー)は病気とうつですっかりやる気をなくし、公の場を避けて引きこもる始末だった。そんな中、ユダヤ人の元演劇教授アドルフ・グリュンバウム(ウルリッヒ・ミューエ)は収容所から総統官邸に呼び寄せられ、ヒトラーに力強いスピーチを指導するよう命じられる。(シネマトゥデイ)
↑の,ドイツ版のポスターの雰囲気からもわかるように,これはれっきとしたコメディである。だから,「この話は真実だ」という映画冒頭に出てくるテロップも,あまり本気にしてはいけない。ヒトラーの演説を指導した人間がいた,という点だけが史実らしい。
この作品の変わってるところ・・・というか,面白い点は,こういったヒトラー題材のコメディを撮ったのがユダヤ人の監督(ダニー・レヴィ)だということ。自虐ネタをも上手く料理するユダヤのジョークの精神がうかがえる作品で,ヒューマンドラマ・・・・というのとはちょっと違うと思う。しかしながらラストの展開などは,ヒューマン的な感動も,隠し味的にピリッと効いていたような。
コメディではあるけど,おバカ映画の雰囲気はなく,知的なブラックユーモアという感じが,いかにもユダヤのジョークっぽかった。
なんせ,ヒトラーにジャージを着せちゃうんだから・・・・
この作品に描かれているヒトラー像は,独裁者というよりは,弱みや悩みを持った,同情したくなるような人物だ。ユダヤ人がヒトラーを描くとしたら,とことん冷徹なキャラに描きそうなものだが,そして実際に今までのホロコーストものは,そういう観点から描かれていたのだが,レヴィ監督の描くヒトラーは,人間くさく,そしてちょっと情けなくて,親近感すら覚える。
彼をパロディネタにして溜飲を下げたかったのではなく,ラストの演説シーンを観ればわかるように,ヒトラーを「癒しの必要な孤独な人間」だとして描いている。決して必要以上に「よく」描いているわけではないが,「彼がこうなるには,原因があった」ということを言いたかったような気がした。
そして,収容所から連れてこられ,有無を言わさずヒトラーの演説教師を務めさせされるユダヤ人教授を演じた,ウルリッヒ・ミューエ。私は彼の,知性と物哀しさと優しさが程よくミックスされたキャラクターが大好きだ。(と言いつつ,彼の作品は三つしか観てないが)
教授の立場は複雑だ。
同胞たちは今でもナチスに苦しめられてる真っ最中だし,自分もいつどんなことで風向きが変わって殺されるかわからない。ヒトラーへの怖れと憎悪。「殺せるものなら殺したい」という使命感。
しかし,個人レッスンを重ねるうちに,教授のヒトラーに対する気持ちは少しずつ変わっていく。とくにヒトラーから,幼少時代のトラウマを聞かされてからは。そういう,微妙な心の揺れを,絶妙な表情の演技で見せるミューエさんは,やっぱり名優だった。(過去形で書かねばならないのが寂しい。)また,優しいお顔からは想像できないくらい,彼の声が朗々として張りがあるのにも驚いた。
ヒトラー以外のナチスの描き方は,もうこれは風刺たっぷりで笑えるシーンが満載だ。なんとなくお笑い芸人の雰囲気があるゲッペルズとか,妙なギブスを嵌めて腕を固定してるヒムラーとか。
一番可笑しいのは,習慣化されて,まったく心のこもってない
「お座なり」ハイル・ヒトラー・リレーのシーン。声を出して笑っちゃうくらい可笑しかった。
映画のラストの演説シーン。
ミューエさん演じる教授の顔に浮かぶ,
莞爾とした微笑み。
「善き人~」の時のラストも,彼の輝くような微笑みで幕を閉じたことを思い出しながら,エンドロールのコミカルな曲を聴きつつ,ホロリとしてしまった。
「史実と違う!」という点が全く気にならない方には,ぜひ観ていただきたい異色のナチス映画。クスクス笑えて,最後に思いがけずホロリとさせられる・・・・・。何よりも,これをユダヤ人の監督が撮った,という点に,ユダヤ民族の持つ「精神的な余裕」やいい意味での「したたかさ」を感じる。
もっとも,これはあくまでも,大部分がフィクションであることは肝に銘じる必要があるかも。実際のヒトラーがこんなキャラだったと価値観を変える必要は・・・きっとないだろう。
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コメント
ななさん、こんばんは♪
おっしゃるように、「知的なブラックユーモア」に興味を引かれた作品でしたね。
ジャージを着て腕立て伏せをするヒトラー。
夫婦の真ん中に寝てしまうヒトラー。
どのヒトラーに対しても、笑ってしまいました。(躊躇しつつ:笑)
『善き人のためのソナタ』ご覧になったのですね。
(最後、うるうるきてしまったのでした)
あの作品でも主役を演じたウルリッヒ・ミューエが、
本作で遺作とは、残念なことですね。
投稿: 孔雀の森 | 2009年6月 7日 (日) 22時23分
孔雀の森さん,こんばんはー!
お!中国映画専門の孔雀の森さんが,またまた洋画の記事を!
それにしてもよい作品ばかりチョイスされてるのは流石です!
>どのヒトラーに対しても、笑ってしまいました。(躊躇しつつ:笑)
しましたが。
ユダヤ夫婦の間に割り込んで「川の字」になって寝るヒトラーなんて,ありえませんものね。
・・・このあと教授の奥さんが取った行動にも仰天
ユダヤ人って頭もセンスもいいんだなぁ,こんな作品に仕立てることができるなんて,
と妙に感心もしたのでした。
ウルリッヒ・ミューエさん・・・もう他界されて数年たってこの作品を目にすると
つくづく惜しい方をなくしたなぁと・・・。
投稿: なな | 2009年6月 8日 (月) 22時21分
ななさん、こんばんは!
ドイツ人もブラック好きなんですよね?私的にはもっと、もっとブラック・ユーモアかと?思ってましたが....
教授役のウルリッヒ・ミューエはホントお亡くなりになって残念ですよね。もっと彼の映画見て見たかったです。
ヒトラーの側近たちの描き方が最高に面白かったです。
しかしながら側近の操り人形のようなヒトラーには困っちゃいましたがね。
投稿: margot2005 | 2009年6月 9日 (火) 21時40分
ななさん、こんにちは~♪
ナチスもの、ヒトラー物は見ておきたいと思うので、こういう視点の作品も全然オッケーです。
ユダヤ人が監督なのだからビックリです!
あれから半世紀以上たって、こういう表現も許されたり、受容されたりするんだな~と思いました。
それこそユダヤ人の「余裕」と「したたかさ」なんでしょうか。
投稿: ミチ | 2009年6月 9日 (火) 22時46分
再びこんにちは。
もうちょい時間があるのでこっちにもお邪魔しました。
これは、ユダヤ人である監督なりのある意味“大いなる復讐”かな、と取れた作品でした。
しかしそれでいて、ヒトラーを滑稽ではあるがブザマの極致に描いているのでは決してない。
その辺りに、監督の「芸術家」としての気高さも見た気がしました。
最後の写真、“クスッと感”が蘇ってきました。(^^)
>価値観を変える必要は・・・きっとないだろう。
はい。私も同感です。
投稿: ぺろんぱ | 2009年6月10日 (水) 12時40分
margotさん,こんばんは!
そっか,ドイツ人もブラック好きなのか!
彼らもいろいろあった国民なので
自虐的なところもあるかもしれませんね。
>ヒトラーの側近たちの描き方が最高に面白かったです。
いやはや,あのヒムラーのギブスには笑えましたよね~。
側近だけでなく,おバカな下士官たちも可笑しかったです。
ここらへんは完全に風刺してましたねぇ。
「こんな描き方していいのか?」とちょっとヒヤヒヤ・・・。
投稿: なな | 2009年6月10日 (水) 23時23分
ミチさん こんばんは!
ナチもの好きですよ。
好きと言っては不謹慎かもしれませんが
小説でも映画でも詳しく知って,決して忘れないようにしたいと思う事柄の一つです。
>あれから半世紀以上たって、こういう表現も許されたり、受容されたりするんだな~と思いました。
そうですねぇ,半世紀たったんですよね。
今後も風化させずに語り伝えなければいけないとは思いますが
年月は表現の仕方に,柔軟性といろんな切り口を可能にしましたよね。
受けた傷がまだ生々しい時代なら,こんな作品を作るなど,もってのほかだったでしょうね。
投稿: なな | 2009年6月10日 (水) 23時30分
ぺろんぱさん,こちらにもありがとうー
>ユダヤ人である監督なりのある意味“大いなる復讐”かな、と取れた作品でした。
なるほどー,やっぱりそうかもしれませんね。
肝心のヒトラーは(わざと)悪く描いてなかったけど
側近やナチ自体は思いっきり風刺してましたし
きっと監督さんも本気で「ヒトラーを実は可哀そうだった」なんて思ってないのでしょうが
それでもこんなひねりにひねった表現法で表すというのは「芸術家」としての気高さでしょうねぇ。
ユダヤ人ならではの知的で辛口の皮肉がうかがえます。
投稿: なな | 2009年6月11日 (木) 23時15分
こんばんは^^
ナチスをおちょくっているかのような進言とは裏腹に、民族のアイデンティティを熱く語り、全編をブラックユーモアで包んだ映画でしたね。
ウルリッヒ・ミューエにはもっと活躍してほしかった。 惜しい方を亡くしました。 残念です。。。
投稿: rose_chocolat | 2009年6月13日 (土) 22時24分
rose_chocolatさん こんばんは
おちゃらけているようでありながら
まじめなようにも感じられて・・・
かなり確信犯的な,知的な作品でございました。
それにミューエさんの確かな名演が
一段とこの作品を魅力的に底上げしていたような気もいたします。
ほんと,惜しい才能を亡くしました。
50代なんて,若すぎますよね
投稿: なな | 2009年6月14日 (日) 00時23分