最近低迷していたかのように見えた韓国映画界だが,久々に大絶賛を浴びている作品が登場したらしい・・と聞いて,遅ればせながらまだ公開してくれてる,隣県のミニシアターにまで観に行った。それも夜。
なんでも,実在した韓国の殺人鬼ユ・ヨンチョル(10か月に21人を殺害)をモデルにした作品だそうで・・・・。おまけに監督はこれが初の長編映画だというから驚く。(多少ネタばれもしてるので,未見の方はご注意ください。)
あらすじ: デリヘルを経営する元刑事ジュンホ(キム・ユンソク)のところから女たちが相次いで失踪(しっそう)して、ときを同じくして街では連続猟奇殺人事件が発生する。ジュンホは女たちが残した携帯電話の番号から客の一人ヨンミン(ハ・ジョンウ)にたどり着く。ヨンミンはあっけなく逮捕されて自供するが、証拠不十分で再び街に放たれてしまい……。(シネマトゥデイ)
凄い・・・凄すぎる。
やっぱり,こういう重く救いのないクライム・サスペンスを撮らせたら,韓国の右に出る国はないかもしれない。
殺人の追憶やオールドボーイなどもこの手の衝撃作だけど,韓国にはこのレベルの作品を撮れる監督さんが,一人だけでなく複数いらっしゃる,ということに感嘆するし,また俳優さんのレベルもくやしいけど日本よりずっと上だと思う。
だって,この「チェイサー」の主演のお二人って,どちらもイケメンでもなんでもないし,日本じゃそんなに知名度も高くない(と思う)のに,こんな素晴らしい演技をサラリとやってのけるのだから。韓国ではもしかしたら,脇役レベルの俳優さんも,いざとなれば堂々と主役を張れるくらい名優ぞろいなのかもしれない。
特に,犯人を演じたハ・ジョンウの不気味さには,ほんと鳥肌が立った。絶対の愛にも出てた俳優さんらしいが,その時は記憶に残らなかったのに・・・・。
そう,記憶に残らないくらい凡庸な外見で,それゆえに一見,人畜無害に見える犯人。荒々しい面構えの警察の面々のほうがよほど人相が悪いかもしれない。
しかし,怖気をふるう残虐な殺害法(屠殺!)や遺体の処理の仕方などを,まったく普通の口調で淡々と語る彼を観ていると,背筋がじわじわと凍りつくような得体のしれない恐怖を感じる。罪の意識をかけらも持ち合わせていない,まるで呼吸をするのと同じくらいたやすく自然に人を殺せてしまう,こんなモンスターのような人間が本当に実在したとは・・・・。

そして,警察の手を借りずに単身で犯人を「追う」主人公を演じたキム・ユンスクの「内面の変化」を表現する演技もまた,見事の一言に尽きる。
登場したときは決して善人ではなく,刑事崩れのデリヘルの元締めであり,言ってみれば女を食い物にする商売で,生計を立てている最低の男だったジュンホ。打算的で粗暴で,雇われている女性からは,陰でゴミとまで呼ばれていた彼が犯人を追うきっかけになったのは,自分のところの女の子が続けて行方不明になり,犯人に売り飛ばされているのではないか,と疑ったからだった。

ほんとに,自分のことしか考えてないような,傲然とした表情を見せていた彼が,物語が進むにつれて,どんどん変わってゆく。
徐々に明らかになっていく,
犯人の言語を絶するほどの非道さ。
足を引っ張るばかりで役に立たない無能な警察。
風邪で休んでいたミジンを無理やり仕事に行かせた自分。
そして,残されたミジンの幼い娘の存在。
それらを目にするうちに,ジュンホの顔には,恐怖,他人のための怒り,哀しみ,そして自責の念・・・など人間らしい感情が浮かぶようになる。同時に,だらしない印象しかなかった彼が中盤からは,次第に精悍な雰囲気をただよわせ始める。

それにしても,物語は観客の,予想というか期待をことごとく裏切ってくれる展開を見せる。「ええっ?そんなぁ!」と心の中で悲鳴を上げながら,観客は画面から一時たりとも目を離すことができない。
ヒロインのミジンが助かりますように・・・・
ジュンホに負けないくらい,誰もがそれを念じたに違いない。
それなのに・・・優先順位のおかしい警察や,犯人の運の強さやなにやらで,救いのない展開になってしまう。
あのとき,煙草屋のおばさんが余計なことを言わなければ。
警察が通報を聞いてすぐに駆けつけてくれていれば。
いやもともと,警察が犯人を釈放さえしなければ。
あの張り込んでた女刑事が,
煙草屋に踏み込んでくれていれば。
そして,ジュンホがミジンからの電話に出ていれば。
仕方がないことだし,実際にこんな不運の重なることってあるのだけど,それでもやっぱり体が震えるくらい悔しかったし,もどかしかった。
事実上の遺言となってしまった,
ミジンからの留守電のメッセージは哀しすぎる。
被害者に関して言えば,ここまで救いがない設定は,すごく後味が悪いものだけど,実在したユ・ヨンチョルの事件でも生還者はたぶんいなかったことや,犯人が他者にもたらす悪を徹底して描いた,という点では,やはりこういう流れでよかったのだろう。(…ハリウッドなら生還させそうな気がする。)
鑑賞後の後味は,苦く重いだけではない。
嫌われ者として生きていたジュンホは,この事件をきっかけに,他者を助けたい,守りたい,という感情を持つ人間へと再生することができた。おそらくこれからは,今までの稼業からは足を洗い,ミジンの遺児の面倒も見ることだろう。ラストシーンでそれが予測できるということは,この果てしなく恐ろしく禍々しい物語の中で,一条の光のように輝きを放つ。
闇が深ければ深いほど,
どんなささやかな光でも,
その存在は際立つものだ。
それを感じることができたことが唯一の救いだったし,この作品にそれを盛り込んだ監督の考え方や手腕にも敬意を表したいと思う。
どうしようもない悪の存在は確かにあるものだし,その反対に,人はどんなきっかけでも再生できる可能性を秘めている。監督はクリスチャンだと,どこかで読んだが,悪の描き方の容赦のなさと,その反面,そんな体験からも再生できる人間を描いていること,などから,「なるほどそうかもしれない」,と納得した。

しかし,怖かった・・・・
ノミと金づちを使った殺害シーンは思わず目をそらしてしまったし,坂道の路地の追跡シーンも・・・迫力もあったが,舞台そのものが不気味このうえなかった。犯人と主人公の格闘シーンも,韓国映画やドラマにありがちな,華麗なアクションではなく,不格好で,死に物狂いで,ほんとに殴り合ってるようなリアルさがあった。(きっとほんとに殴り合っていたのかも)
鑑賞後は,さすがに夜道の山越え(人家もないし)・・・・
すこし怖かったなぁ。
ハリウッド・リメイク・・・このアジア映画特有の泥臭さや気味の悪さを,ハリウッドで出せるとも思えないけど,せめて「ありがちな猟奇殺人犯から,レオが恋人救出に成功したお話」にだけはならないことを祈る!
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