ミッション
約20年前の,古い作品だけどご存知だろうか。1986年製作。当時,カンヌでパルムドールを取った作品だ。作中で使われた,ガブリエルのオーボエという美しいモリコーネの曲と,冒頭の,十字架に磔にされた宣教師が滝壺にむかって落ちてゆく,衝撃的な映像が有名だ。
ミッションとは,この映画では,イエズス会が16世紀から18世紀の間に,南米に作った先住民のための伝道村のこと。これは,イグアスの滝の上流に住む,インディオのグァラニー族に対して命懸けの布教と啓蒙を行い,彼らを虐殺しようとしたスペイン・ポルトガル連合軍と闘って果てるイエズス会の修道士たちのお話で,史実(1753年に始まるグァラニー戦争のこと)に基づいている。
しかしテーマは宗教というよりはむしろ,南米の先住民たちへの,非人道的な植民地政策を告発した作品である。
今も残るグアラニーのイエズス会伝道所群
当時,スペインやポルトガルにとって,奴隷狩りの対象でしかなかった先住民のインディオたちに文明や学問の光をもたらし,作物を作ることを教え,立派に整備されたプランテーションともいえる見事な伝道村を,いくつも作ったイエズス会の活動は,彼ら支配層にとっては,利害が対立するゆえに,非常に疎ましいものとなっていた。
くわしい歴史背景は省略するが,そんなわけでガブリエル神父(ジェレミー・アイアンズ)がイグアスの滝の上流に築いた,地上の楽園のようなミッションは立ち退きを迫られ,イエズス会の本部からも「引き揚げよ」との命令が出されるのだが,グァラニー族を愛する伝道士たちは,彼らといっしょに抵抗する道を選ぶ。
対照的に描かれているのが,アイアンズが演じるガブリエル神父と,デ・ニーロが演じるメンドーサ。
自分の部下(冒頭の滝壺のシーン)を殺したグァラニー族に伝道するために,単身イグアスの滝の絶壁をよじ登り,音楽で彼らの心を解きほぐす,愛と忍耐の化身のようなガブリエル神父。
ジェレミーの慈愛にあふれる静かな表情には、最初から最後まで癒されっぱなしだった。
そして,もとは強欲な奴隷商人だったのに,決闘で実弟を殺してしまった罪の意識から改心し,イエズス会に入門したメンドーサ。
改心する前は,冷血で凶暴な面構えだった彼が,改心してからグァラニーの子供たちに見せる笑顔の,何と温かで優しいこと!デ・ニーロの存在感の強烈さは,この作品でも健在だ。
改心した奴隷商人と聞くと,私はいつもアメイジング・グレイスという讃美歌を思い浮かべる。
アメイジング・グレイス(驚くばかりの恵み)
なんと甘美な調べ。
こんなにも汚れはてた私にさえも 注がれるとは。
かつて道に迷っていた私は 今は見出され
隠されていた真理を 今は見ている。
この有名な美しい讃美歌の作者は,もと奴隷商人で,船が遭難したことがきっかけで改心したジョン・ニュートンだ。のちに牧師となった彼が過去の罪を悔い,罪深い自分さえも救う神の恩寵を讃えた歌である。
私の中でデ・ニーロの演じるメンドーサは,ついついこのニュートンと重なってしまう。特に,今まで自分が苦しめてきたグァラニー族から赦しを得た時の,彼の号泣する姿がアメイジング・グレイスの歌詞と重なってみえるのだ。
一転して神に仕える生活を送っていたメンドーサ。グァラニー族の危機を前にした時,傭兵の経験もある彼は服従の誓いを捨て,一度捨てたはずの剣を再び取る決心をする。
そしてガブリエル以外の二人の神父(その中の一人はなんと若い時のリーアム・ニーソン!)もいっしょに闘う道を選ぶ。「殺すな」という神の教えには反するけれど,彼らはそうやってグァラニーの人々への愛を示した。それは,ある意味では,「信仰」よりも尊いと聖書にしるされている「愛」の行動だったと思う。
「神は愛なのだから」と最後までメンドーサの選択を諫めながらも,決して村を去ろうとはせず,無抵抗な女子供と一緒に讃美歌の中,十字架を掲げて静かに死んでいったガブリエル神父の,何ものにも動じない姿もまた強烈に心に残る。
先住民たちを蹂躙した侵略者たちの欲と非情さ。
そして,対極にある修道士たちの,愛と勇気の気高さ。
密林のしたたるような緑の中を,まるで空高く飛翔するように
ゆるやかに,のびやかに,
澄み切った音色で流れるオーボエの調べ。
目を覆いたくなるような悲劇を描きながらも,なんと美しく,壮大な物語だろうと思う。・・・それはきっと,殉教したイエズス会の神父たちの愛や,彼らを慕うグァラニーの人々の心が見せる輝きであり,感動なのだろう。
いつまでも残るのは,
信仰と,希望と,愛。
その中で最も優れているのは,
愛です。(聖書より)
特典ディスクも見ごたえあり。
あの,「どこから見ても完璧なインディオ」に見えたグァラニーの人々を演じたのは,コロンビアの川辺の少数民族,ワナナ族のみなさんだそうだ。これまでの生涯で映画なぞ目にしたこともなかった彼らの出演のおかげで,作品はリアルさを増した。その雰囲気や表情からにじみ出る,純粋さや誇り高さは,彼らにしか絶対に出せなかったと思う。
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コメント
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ななさん、こんにちは。
偶々、WOWOWで放送された時に、特に何の予備知識もなく、
ジェレミー・アイアンズ出演という、いつも通りの不純な動機で観たんですが、
先進国の横暴な植民地政策のことと同時に、
もし、自分が神父のうちの誰かだったらどうするだろうか、と
できる限り想像して、繰り返し考えた作品でした。
巧い俳優たちが持ち味を生かして、説得力充分だと思ったんですが、
現地の人たちが出演されたことで、それがより完璧になったのですね。
細かいところは忘れてしまっていますが、
対照的に描かれる2人の男たちと、神父の決断がとても強い印象に残っています。
投稿: 悠雅 | 2009年5月22日 (金) 08時41分
ジェレミー・アイアンズ、ロバート・デ・ニーロ、リーアム・ニーソンの役者魂を大いに感じた映画でしたね。
宗教関係者が銃弾で弾圧される話は辛いですけど、凄く見応えのある映画でしたよ。
投稿: にゃむばなな | 2009年5月22日 (金) 21時04分
悠雅さん こんにちは!
公開当時,教会で宣伝されてたような記憶もありますが
なんか「残酷そう」と鑑賞することができなかった作品です。
このたび,ジェレミーもですが
若き日のデ・ニーロに惹かれてDVDで鑑賞してみたのですが。
やはりいい作品は古びませんねぇ。
>もし、自分が神父のうちの誰かだったらどうするだろうか、と・・・・
きっと私なら,ガブリエル神父と同じように
無抵抗な人々と一緒に銃弾に身をさらすと思います。
でもそれは,メンドーサのように闘うことのできるスキルを私が持っていないからで
その能力があれば,一緒に剣を取ったかもわかりませんが。
監督さんはかなり「先住民」のリアルさにこだわりを持ってらして
本当は今も生き残ってるグァラニー族の人々に出てほしかったそうですが
現存のグァラニー族の人たちは,ジプシー化してて
昔のような民族の誇りが失われていたため,ワナナ族に出演交渉をしたそうですよ。
特典映像で,ジェレミーやニーソンがワナナ族の人々と
打ちあげパーティで楽しそうに輪になって踊ってる場面がほほえましかったです。
投稿: なな | 2009年5月23日 (土) 16時27分
にゃむばななさん こんにちは!
役者魂もですが,みなさん体力も相当必要だっただろうなぁと
CGなんぞない時代に絶壁をよじ登らされている俳優さんたちを観て思いました。
リーアム・ニーソンはあまりセリフはないんですが
やはり無名のころから存在感はありますねぇ。
投稿: なな | 2009年5月23日 (土) 16時37分
うわーー、懐かしい。
てか、クラシックではないのですが、だからといって古い映画でもないのですが、妙に懐かしいです。
このときのジェレミー・アイアンズは、最高でしたね。
途中で、ロバート・デニーロの罪は、どこに行ったんだあ・・とちょっと悩んだ覚えが。
20代で見たのと、今見るのでは、ずいぶんと感じ方が違うでしょうね。見てみようかな、って実はビデオ持ってますが、映画館で見て以来、見たことないです。
でも、あの滝壺に落ちる前に、内臓がギューっと凝縮して「あーー、緊張どころじゃないんだろうなあ」と、見てる方もはらはらして見た覚えが。
インディオなんかの地元の皆様を映画に使うようになった走りの映画でもありましたね。
懐かしいのを思い出させてもらいまして、ありがとうございます。
パンフ、確か買ったはずなので、後で探して、見てみますわ。
投稿: sakurai | 2009年5月23日 (土) 21時44分
sakuraiさん,こんばんは!
>うわーー、懐かしい。
そうそ,懐かしいですよねー,(ったって,私は今回初めて観たんだけど)
クラシックではないけど,20年前の作品ですものね。
>このときのジェレミー・アイアンズは、最高でしたね。
若いころから今のような老成した雰囲気はありましたが
でもやっぱり若いですよねー。中世の騎士の格好でも,こんな坊さんの格好でも
なんでも素敵に似合ってしまうのはさすがです。
>途中で、ロバート・デニーロの罪は、どこに行ったんだあ・・と
彼の罪は神に赦され,グァラニー族によって川底に沈められたのですよ(笑)
その時の感動から,きっとメンドーサはグァラニーのために命をささげたのでしょうね。
メンドーサを赦して受け入れたグァラニーたちも凄いです。
>滝壺に落ちる前に、内臓がギューっと凝縮して・・・
磔の神父さんと,カヌーに乗ったリーアム・ニーソンと
二人,落ちましたよね・・・・たしか。
CGもない時代だけど,あれ・・・本当に落ちたの?
怖すぎ・・・。
>インディオなんかの地元の皆様を映画に使うようになった走りの映画でもありましたね。
そうそう,大変な苦労があったことが特典ディスクに収められていました。
投稿: なな | 2009年5月23日 (土) 23時21分
わはは、なつかしー。
みた記憶あるけど(ビデオ?)、当時はよくわかんなかったよ。笑
ジェレミー・アイアンズとデ・ニーロがでてたんでみたのかなあ。
滝壺が印象に残ってる。
パルムドールとってるとは知らなかった。
特典映像みてみたいっす。
投稿: アイマック | 2009年5月26日 (火) 15時08分
アイマックさん こちらにもありがとう!
これ,古い作品だけど
やっぱり当時は話題作だったのかけっこうみなさんご覧になってますね。
今頃やっと観たのは私くらいか・・・。
>滝壺が印象に残ってる。
冒頭だけのシーンなのに妙にインパクト強いですよね。
やっぱりイグアスの滝の迫力かしら?
特典映像の原住民の出演に関するエピソードは
いろいろ面白かったですよ,苦労話も。
投稿: なな | 2009年5月26日 (火) 21時33分