
これは命のリスト。この外は死の淵です・・・・
第66回アカデミー賞で作品賞他7部門を制覇したこの作品,ホロコーストを題材にした作品の中でも,金字塔と言われる。・・・・たしかにここまでナチスの蛮行を容赦なく映像化した作品は,これ以前もこれ以後もなかったような気がする。
この年のアカデミーの授賞式は,私としては珍しくTVで観る機会があった。受賞式でのインタビュー場面,実際にホロコーストの体験者であるスタッフの一人(たしか腕に焼きつけられた囚人番号があった)のコメントが今も心に残っている。それは,「同胞たちが,収容所で息を引き取る間際,自分に対して『われわれがどのように殺されていったか,後世に伝えてほしい』と言い残した」という内容だった。

この作品にはスピルバーグのオスカー狙いのための作品であるとか,現代のパレスチナ紛争を考えろ,とか否定的な意見もあるらしい。しかしこの作品が,ナチスのユダヤ民族に対する非道な迫害の数々や,そんな時代に大きな「善」を為した,シンドラーという「普通の」人間がいたことを世に知らしめた功績は,やはり称えられるべきだと思うのだ。
オスカー・シンドラー。
彼は別にイデオロギーを持っていたわけでもなく,ただの「金儲け主義」から,賃金の安いユダヤ人を雇い始める。酒と女をこよなく愛する快楽主義者で,目的達成のためには賄賂を湯水のように使うシンドラー。彼にとってこの戦争は,一儲けするための道具でしかすぎなかった。・・・・・最初は。
しかし,そんな「俗物」の彼が,物語が終わるころには,儲けた金をすべて投げうってまでユダヤ人の命を救う男に変貌していた。
彼はいつから,そして何故変わっていったのか?
成金主義の男から,
かくも人間愛にあふれ,勇気ある行動を為す人物へと。
クラクフのゲットーが閉鎖されるとき,ユダヤ人たちが殺戮される光景を丘の上から見ていたシンドラー。モノクロの画面の中に突如として現れるくすんだ赤い服の少女。彼女を追うシンドラーの表情が痛ましさにゆがむ。彼の心の最初の変換期はこのときだろう。
そしてまた,社交性とPR能力の才はあっても,経営能力はなかったシンドラーが,片腕として雇ったユダヤ人の会計士,イザーク・シュターンがシンドラーに与えた影響も,大きなものがあると思う。

シュターンは,余計なことはひと言も言わず,黙々と完璧にシンドラーの工場の一切を取り仕切るかたわらで,事あるごとに,役立たずの烙印を押されて殺されるのが確定的になったユダヤ人にも,工場で働く機会を与えるようにした。
最初はそれに対して苦言も呈していたシンドラーだが,次第にシュターンの無言の訴えに動かされ,意識が変わってくる。すなわち「新たな人材を雇う=ひとつの命が助かる」という考え方に。
最初はシンドラーに対して,心を開かなかったシュターンが,次第にシンドラーとの間の信頼と友情を深めていく過程も感動的だ。はじめはシンドラーが差し出す手も握りかえさず,彼の杯も受けなかったシュターンが,リストを作成する頃にはシンドラーと涙にうるむ目を見かわしながら乾杯をする。ベン・キングスレーの繊細で確かな表情の演技が光る場面だ。
そして,この作品でひときわ強烈な印象を残したのが,プワショフの強制収容所の所長アーモン・ゲートを演じたレイフ・ファインズ。
アーモン・ゲートは「プワショフの屠殺人」というあだ名を持つ,サディスト傾向もある人間で,戦後には,プワショフ収容所での8000人殺害と,クラクフ・ゲットーでの2000人の虐殺,その他にもいくつかの収容所での数百人の処刑に対する責任を問われて絞首刑になっている。また,レイフ・ファインズが演じたゲートのキャラクターは、2003年にアメリカ映画100年の悪役ベスト50で15位に選ばれたそうである。
しかしこの作品の中でレイフが演じるゲートは,無慈悲で残酷な中にも,小心者という複雑な一面も覗かせている。彼が気に入ってメイドとして手元に置いていた,ユダヤ娘ヘレンへの屈折した愛情には,切なささえ感じる。また,シンドラーの勧めに従って「赦す」ことを実行しようとした彼の姿からも,囚人の命を自由にできる権力を持ちながらも,強いストレスのせいか,より大きな不動のパワーを欲していた臆病者の彼の姿が見えるのだ。
・・・・とはいえ,せっかくの善行もあほらしくなって長続きしなかったり,ヘレンへの気持ちも賄賂の力にはかなわなかった・・・という点もいかにもゲートらしいのだが。
ゲートを演じたレイフ・ファインズは,ユダヤ人を虐殺するときの冷酷極まりない表情や,ときおりシンドラーに見せる気弱な表情,ヘレンへの思いを押し殺す複雑な表情など,なんとも・・・・素晴らしかった。
実際に120キロあったゲートに合わせて太ったのか,この作品ではメタボ気味のお腹だったレイフだが,その数年後のオスカーとルシンダを観た時に「この人って美形!」と驚いたっけ・・・・。
シンドラーもゲートも,平穏な環境の中ならば,英雄になることも極悪人になることもなく,普通の人間として生きたかもしれない。しかし,「戦争」「ナチスの台頭」という非常時に置かれた時に,片方は「善」の道を選び,片方は「悪」の道を選んだ・・・・そんな気がしてならない。
ナチス・ドイツの時代・・・・それは,人間の持つ究極の悪の面が現れた時代。それと同時に,対極にある人間の崇高さもまた,現れた時代だったのだろうか。
物語のラスト,それまでのモノクロ場面に色がついたとき,・・・・「ああ,これはフィクションではなくまぎれもなく実話なのだ」と思い知るとともに,感動の涙が込み上げてくる。
思えば神に選ばれ,愛された民族であるユダヤの人々は,はるか昔から,迫害と漂流,時には民族絶滅の危機にさらされ続けてきた。それでも彼らはどんなに世界中に散らされても,迫害されても殺されても,消滅することなく,共通の言語や神への強靭な信仰と掟を守り続けて,民族の火を灯し続けてきた。その陰にはオスカー・シンドラーや日本の杉原千畝さんら・・・・外国人の,彼らへの愛の行為があったことを,思い返さずにはいられない。良心に従って行動した彼らに祝福あれ!
一人を救うものは世界を救う・・・・名言である。
人間として,一度は観ておくべき作品だと思う。
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