小さな中国のお針子
中国の植物学者の娘たちの,ダイ・シージエ監督作品。原作は同じくシージエ氏のフランス語の著作「バルザックと小さな中国のお針子」だそうだ。
文革の時代を背景にした作品ではあるが,文革そのものがテーマではないと監督は語っている。一冊の本が人間の一生に与える影響や,文盲の人たちの間に浸透してゆく文化がテーマだそうだ。したがって同じ文革時代を扱った作品,芙蓉鎮のような重さや暗さはなく,どこか優しく,牧歌的な美しさをたたえた作品だ。
監督自身が,文革時代にはマーたちのように四川省の農村に再教育に行かされた体験を持ち,ある意味これは,監督の自叙伝に近いのだろう。
二人のインテリ青年,マーとルオが文盲の僻村に持ち込んだ文明。それはマーの奏でる流麗なバイオリンの調べや,外国文学や医学。
バイオリンなど初めて目にする村人たちに,モーツァルトのソナタを「レーニンを偲んで」という題だと偽って演奏するマー。村を代表して町に映画を見に行き,村人たちにそのストーリーを聞かせる二人。二人が「語る」映画を,目を輝かせ,涙を流して聞き入る村人たち。お針子の祖父はマーから聞かされた「モンテ・クリスト伯」の影響を受けて,村の娘たちの衣装をヨーロッパ風のデザインにする・・・・。
歯科医の息子のルオは足踏みミシンを利用した即席の電動ドリルで,村長の虫歯を治療する。(まるで拷問シーンのように痛い場面だけど・・・・) そして,その噂を聞いて,自分たちも治療してもらおうと,村人たちは彼らの家の前に列を作る。
文明や文化の持つ,
人々を魅了し,啓蒙する力の大きさ。
それは文革の嵐の中でも消すことはできず,いやむしろあのような時代だったからこそ,人々の反応は顕著だったのだ・・・ということが伝わってくる。
仕立て屋の孫で美しい少女「お針子」に恋したふたり。
しかし,後にマーが回想しているように,彼ら二人のお針子への「愛し方」は違っていた。それは,二人の性格の違いからくるものだろう。
率直で,積極的なルオ。
繊細で優しく,控え目なマー。
ふたりの個性の違いは,演じる俳優の表情や仕草から感じ取れる。くっきりとした顔立ちで,強い意志を秘めた目をしているルオと,時折気弱でナイーブな表情の揺らぎを見せるマー。そしてマーを演じたリウ・イエは,やはりこんな素朴で想いを秘めた役を演じるのが上手い。「実際の自分もマーのような性格だから」とインタビューで語っていたが・・・・。
お針子はルオの愛に応える。
彼女とルオの抱擁シーンを目撃したマーの切ない表情。
かなりショックだったろうに,その後も自分の思いを隠して普段のように二人に接するマーの心情を想像するとやるせない。
一番胸が詰まったのが,ルオの子供を妊娠したお針子の中絶手術の世話を,留守中のルオに代わって一手に引き受けるマーの献身ぶり。
法を犯して手術してくれる医者を探し,手術中の小屋の外で見張りを引き受け,手術後の彼女を背負って町まで行き,大切なバイオリンを売ったお金を彼女に与える。相手には何も求めずに尽くすのが,マーの愛し方なのだろう。
彼の愛し方に比べると,ルオの愛し方が凡庸なものに思えてくる。マーの気持ちを知りながら,自分の留守中の彼女の世話をマーに頼むのもちょっとあんまりのように思えた・・・・。
ルオの子供を中絶したお針子は,やがて山村を捨て,都会へ行く決心をする。無学の彼女を啓蒙する役を果たそうと気負っていたルオとマー。・・・しかし,彼女はもう彼らを必要としていなかった。「愛しているのに。何が君を変えたんだ」と問うルオに,彼女は「バルザックよ」と答え,しっかりした足取りで山を降りていく。
それきりお針子の消息は知れなかったが,自由を目指した彼女はおそらく,気丈にその人生を切り開いていったと思う。27年後に再会したルオとマーは,まもなく水没の運命にある山村のビデオ映像を見ながら昔を懐かしみ,感慨にひたる。二人の心に去来するのは,あの村の人々に彼ら二人がもたらした,ささやかな文明の香りや,お針子との思い出。
・・・・彼女との再会に備えて,フランスで香水を買ったマーは
いまだに独身のようだ。
観終わって,しみじみと美しい物語だなぁ,と思った。
文革の時代が背景なのに,こんなに静謐で美しい物語でいいんだろうか?と思うくらい。しかし,監督の訴えたかったことは文革の悲惨さではなく,文学が人にもたらす光なのだから,この豊かで優しい余韻は当然のことなのだろう。バイオリンの調べがいつまでもここちよく耳に残る・・・・。
« 落下の王国 | トップページ | リウ・イエ作品記事 »
「映画 た行」カテゴリの記事
- 007/ノー・タイム・トゥ・ダイ(2021.12.04)
- 誰もがそれを知っている(2019.09.15)
- 魂のゆくえ(2019.08.07)
- ダンケルク(2017.09.17)
- 沈黙 (原作小説) 感想(2017.03.02)
コメント
トラックバック
この記事へのトラックバック一覧です: 小さな中国のお針子:
» 小さな中国のお針子Balzac et la petite tailleuse chinoise [ポコアポコヤ 映画倉庫]
レンタルビデオで借りて見ました。
「山の郵便配達」に映像とか雰囲気が若干似てるな〜と思いましたが、内容は全然違っていました(当然だけ... [続きを読む]
» 郷愁〜『小さな中国のお針子』 [真紅のthinkingdays]
BALZAC ET LA PETITE TAILLEUSE CHINOISE
「何がお前を変えた?」 「バルザック」
1971年、文化大革命下の中国。知識階層は「反革命分子」とさ... [続きを読む]
» Voi che sapete che cosa amor ──『小さな中国のお針子/Balzac et La Petite Tailleuse Chinoise』 [蛇果─hebiichigo─]
1971年、中国。
文化大革命の嵐が吹き荒れる只中、青年ルオとマーは、「再教育」を受けるため山奥深くの村に送り込まれる。けわしい山々に囲まれ、空まで届きそうな石段のこの村は、文明と呼ばれるすべてのものから隔離され、時間が止まったような不思議な空間だった。そこで2人は村で唯一の仕立屋の孫娘である美しいお針子に出会い、たちまち恋に落ちる…。
「藍宇後」に観た最初の劉燁作品でした。
... [続きを読む]
« 落下の王国 | トップページ | リウ・イエ作品記事 »
ななさん~こんにちは!
懐かしいな♪写真も一杯あるので、色々思い出しながら見ました。2人の男性のうち、リウ・イエ君は、切なくって、損な役回りでしたよね。でも、彼に合う役だったな~。
風景や緑の深さが美しいのが印象的な映画でした。
で、ななさん、リウ・イエ君の出演作品まとめの記事をアップされていらっしゃる~(^▽^)
以前、彼が主演の「恋の風景」って映画を見たことがあって(記事には書いてませんが)、内容的には、凄いお薦めって程でもないんだけど、彼にピッタリの役だった事だけは、シッカリ記憶に残っています。やっぱり素朴な良い男の子を演じていましたよん♪
投稿: latifa | 2009年3月 9日 (月) 21時18分
latifaさん こんばんは!
これ,観たひとは少ないかもしれないけど
なかなかいい作品だよね・・・・
リウ・イエのファンでなければ観てない恐れはあるんだけど
それを差し引いても,美しくて切ないお話に惹きつけられました。
>以前、彼が主演の「恋の風景」って映画を見たことがあって・・・
うんうん,実は私も観てます,それ。
内容的には微妙だよね・・・でもあれもまた
リウ・イエの「尽くす愛」を観る作品だよね。
そのうち記事をアップして「リウ・イエ特集」の中に入れなきゃ・・・
プラトニック・ラブ専門の善い人役ばかりだった彼ですが
お国では,「セルラー」のリメイク版でなんと犯人役なんかもやるようになってるそうです。
悪役もけっこうイケるそうですよ,彼。
投稿: なな | 2009年3月 9日 (月) 21時27分
ななさ~ん、こんにちは! コメントとTBをありがとうございました!
わ~い、TBが飛んでる~♪ 最近ココログさんには全滅状態なんですよ、珍しいです。
で、この映画ですが。。もう、大好きな作品です。
監督の実体験が投影されているらしいですが、もちろん監督はマーのほうで(笑)。
文革時代のお話なのに、明るく軽やかさを感じるところも好きです。
もちろん、切なさ全開なんだけどね。
今大阪ではリウ・イエくん出演作が公開されているのですが、ちょっと観に行くのは厳しい状態です。。
彼にはこれからも活躍して欲しいですね~。
でも、私はチャン・チェンくん派(?)なのよ。。フフフフフ。
ではでは、また来ますね~。
投稿: 真紅 | 2009年3月 9日 (月) 23時06分
真紅さま,こんばんは!
私もこれ,大好きになりました。
この監督さんの作品ってテーマは深刻でも
全体の雰囲気や映像が詩的でとっても綺麗ですよね。
これ,中国では公開されてなくて残念です。
>今大阪ではリウ・イエくん出演作が公開されているのですが・・・・
それって,「ブラッド・ブラザーズ天堂口」かな?
私ももちろん観にいけない・・・というか公開されてませんが
4月早々にDVDになるそうなので買う,買う!
なんだか美しい男たちがてんこもりのたまらん作品らしいですね。
で,真紅さまのチャン・チェンくんが一番美しいと評判らしい・・・・。
チャン・チェンさんはせくすぃ~ですよねー。
投稿: なな | 2009年3月 9日 (月) 23時36分
ななさん、こんにちは。
私はこれを劇場で観た当時、ルオとマーがごっちゃになり、どっちがどっち?と思っているうちに時代は27年後に飛んでいました。
現代の彼らを演じる役者さんが、昔の彼らと全く似ていないので、こちらでも混乱しました。
ルオとマーの区別がつかないなんて、今では笑い種ですが。
マーの気持ちが報われないのが、観ていて辛かったです。
だからこそインパクトが強いのですよね。
投稿: 孔雀の森 | 2009年3月10日 (火) 09時59分
こちらにもお邪魔いたします♪
うわぁ、リウ・イエ君はいろんな作品に出てるのですね。今まで郵便配達の息子役しか知らなかったです。
今回のマー役の、なんともいえない切ない報われぬ愛に耐えるような表情、いいじゃないの!!と思ってかなり好きになりました。
若さゆえの残酷、若さゆえの自信過剰、若さゆえの純粋・・いろんなものがうまく表現されている作品ですよね。
すこーしだけホモクシャルめいた空気もあるなあと思ったのですけど、私の頭が歪んでいるだけかもしれません(恥)
綺麗な画面が多かったですね。
投稿: 武田 | 2009年3月10日 (火) 20時49分
孔雀の森さん,こんばんはー
>私はこれを劇場で観た当時、ルオとマーがごっちゃになり、どっちがどっち?と思っているうちに・・・
ええ~?そうなんですかー
確かに,二人ともあの村にいる時は髪型も似てるし
服装も似てるし,ややこしかったですね。
背の高い方がマーで,男前の方がルオ・・・
いや,リウ・イエも男前でないことはないですが・・・。
>マーの気持ちが報われないのが、観ていて辛かったです。
ここらへんは「天上の恋人」とかぶるものがありますねぇ。
投稿: なな | 2009年3月10日 (火) 21時23分
武田さん,こちらにもありがとうございます!
武田さんも最近これをご覧になったようで・・・
私はリウ・イエのファンなのに,これはなかなか最後まで観れなくて
(いやなに,冒頭の堆肥かつぎのシーンがイヤで,そこで挫折していた・・・)
やっと先日全部観てみたら,リウ君の魅力があふれている作品で感動しました。
実はテーマはどーでもよくて,彼のプラトニック・ラブにひたすら感情移入してしまいました。
>若さゆえの残酷、若さゆえの自信過剰、若さゆえの純粋・・
おおお~,おっしゃるとおりです。見事な青春映画でもありますね。
>すこーしだけホモクシャルめいた空気もあるなあと・・・
私も感じましたですよ,それ。( ̄▽ ̄)
マーがルオにちょこっとね~
やたらルオを抱き締めるシーンとかあったし。
中年になって再会したシーンでの抱擁とかね・・・
ルオが「おいおい,よせよ・・・」って言ってるように思えた。
ま,きっとそれは気のせいなんでしょうが
この監督さん,同性愛映画も撮ってるし(ビアンものだけど)
リウ君はバリバリの同性愛映画,「藍宇」のイメージが私の中で定着してるので
そう見えただけかもしれませんが・・・。
投稿: なな | 2009年3月11日 (水) 00時13分
お邪魔します~~
恥ずかしながら、私、ななさんお気に入りの
リウ・イエ君って知らなくて。今、リストの方も
拝見したのですが・・・やっぱり、この作品しか
観ていませんでした。有名なのはやっぱり
「山の~」なのかな。これを機に注目したいわ・・。
で・・映画。ちょっと忘れていることろもあったの
ですが、懐かしい画像で思い出したところ。
ラストは印象的だったな・・・・って★
この時代を背景にしたお話ってたしかに悲惨なものもいくつかありますよね。もう再見は勘弁というのもあるけれど↑は、また観たいという気持ちになる作品ですよね。やっぱり甘酸っぱい思いを感じる
懐かしさ、せつなさが魅力なんでしょうね。もちろん美しい映像&素敵な男の子も魅力ですけど・・・♪
投稿: みみこ | 2009年3月12日 (木) 09時29分
みみこさん,こんばんは!
リウ・イエ君は中華圏では有名な若手俳優ですが
トニー・レオンや金城さんのようにハリウッド進出してるわけではないので
(あ,メリル・ストリープと共演したミステリーがあるそうですが)
日本じゃ知名度低めですよ~。
そうですね,彼の代表作って「藍宇」という同性愛映画です。
恋人役はあのレッドクリフで趙雲を演じた胡軍さんです。
この作品のリウ君はものすごくいじらしくって可愛いんです。
でも日本で一番よく知られているのはやはり「山の郵便配達」ですかね。
とにかく田舎の似合う素朴さが魅力の彼ですが最近はマフィアものにも出てるようですよ。
私はけっこう「文革」をテーマにした作品好きです。
いろいろ考えさせられますね~。
この「お針子」は文革初心者でも抵抗なく見れる
観やすい「文革もの」ですね。
青春ラブストーリーの爽やかさがとても好感が持てます。
投稿: なな | 2009年3月13日 (金) 00時37分
ななさん、こんばんは!
この方がリウ・イエ君だったんですね^^
「ウィンターソング」のジョウ・シュンからリンクしてこの映画観ました。
とっても風景が綺麗で、抒情的なフランス映画を観ているような感覚でした。ななさんの解説を読んで納得です!
私はマーに感情移入して観てました。お針子を思いながら、思いを告げることもできず、そんな胸の内を隠してひたすら尽くすマー。
難しい役を繊細に演じていたのが印象的でした。
それと、フー・ジュンがゲイの役を演じて話題になった話は知っていましたが、その相手だったんですね^^
リウ・イエ君の名前、インプットされました(笑)
色々リンクしていって映画の世界が広がってくると楽しいですね。
この作品は未見なので観たいと思います。
投稿: ちー | 2009年9月28日 (月) 21時13分
ちーさん こちらにありがとう!
>この方がリウ・イエ君だったんですね^^
そうです~,この方が知る人ぞ知る(知らない人は知らない)劉燁(リウ・イエ)です。
このひとは,金城さんのような基準でいくと,美青年とは実は言い切れないところもあるのですが,彼の演技力や演じるキャラに惚れて,中華圏の俳優さんの中では現在は一番マイダーリンな男優さんです。
>フー・ジュンがゲイの役を演じて話題になった話は知っていましたが、その相手だったんですね^^
そうです~「藍宇」という同性愛映画。同性愛に抵抗のある人にはあえてお勧めしませんが,この作品の胡軍さんも劉燁も,とにかく素晴らしいんです。彼らの演技を観るだけでも,一見の価値はある作品ですので,もし興味がおありなら,ぜひご覧になってください。
投稿: なな | 2009年9月28日 (月) 23時24分
こんにちは。
やっと涼しくなってきましたね。
ご存じのことと思いますが、リウ・イエとチェン・クンがそれぞれ毛沢東役、周恩来役で再共演おめでとう記念に(笑)いまさらですがこの映画の感想文を書いてみました。
記事にも書きましたがダイ・シージエ監督のなかでは『中国の植物学者の娘たち』の構想が先行していて、しかしあれは受け入れられにくいテーマなので、まずこちらで商業的成功を得てから、という思惑があったそうですね。
であれば、ルオとマーのあいだに同性愛的ニュアンスがほのかに漂っているのも頷けるような……。
ひとりでもかわいい男の子がふたりでくっついてる景色は、有り体に言えば非常に目の保養でございまして、ついつい邪な観賞もしてしまったり(笑)。
ありえないことだけど、ルオとお針子と3人でずっといつまでも一緒にいたい、というのがマーの望みだったのかもしれないと感じました。
年を経たいまも(独身であるらしいことを考えれば)もしかするとそういう望みをもちつづけているのかもしれないなあ、と思うとちょっとせつない気もします。演じているのがリウ・イエなだけに。
投稿: レッド | 2010年9月23日 (木) 17時06分
レッドさん こんばんは!
ほんとようやく涼しく・・・というかいきなり寒くなりましたよね~
>ご存じのことと思いますが、リウ・イエとチェン・クンが・・・
いえいえまったく無知でしたわ~
芸能ニュースちっとも見なくって・・・
こうして遊びに来てくださる皆様からの情報が頼りなんですよ。
そうですか,再共演,そしてまた重厚な役を演るんですね。
楽しみです!で,リウ・イエは毛沢東なんですか~?
周恩来の方が似合いそう…(見かけの問題ですが)
>ルオとマーのあいだに同性愛的ニュアンスがほのかに漂っているのも頷けるような……。
そうですよねぇ、あの二人の雰囲気,やはりそんな感じでしたわ。
マーはお針子にもルオにもどちらにも恋していたのかな?
危うい三角関係を続けたかったのかもしれませんね。
そうだとすれば,ルオとお針子との関係は
マーにとっては二重の失恋なわけで
そう思うと切ないですよね
そうそう,演じているのがリウ君ゆえに余計にそう思えてしまいます。
投稿: なな | 2010年9月24日 (金) 21時29分