芙蓉鎮
かなりの旧作なのだけど(1987年製作),初めてビデオをレンタルして観たときの衝撃と感動は今でも鮮明に覚えている。文化大革命の悲劇を,庶民の立場から描いた,中国映画の大傑作である。
芙蓉鎮というのは,町の名前で,日本語にすると,「芙蓉町」という意味だろうか。中国南部,湖南省の「王村」がロケ地として選ばれ,映画がヒットしてからは観光地となっているそうな。ヒロインの胡玉音(フー・ユィイン)は米豆腐の店を営んでいたが,この米豆腐は,米の産地である湖南省では,広く親しまれてきた食べ物らしい。
胡玉音が作る米豆腐の美味しそうなこと!
冒頭,彼女が夫と二人で,夜更けに米をひき臼で挽いている映像から始まるが,そうやって丹精してこしらえた米豆腐を,大鍋で火を通し,ラー油や薬味やタレを回しかけて客に供していた。さっぱりした麻婆豆腐のような感じだろうか?一度食してみたいものである。
物語の始まりは,文革が始まる少し前の1963年。
胡玉音の米豆腐屋は,味がよいのと,愛嬌たっぷりの彼女の接待で,大変繁盛していた。隣の国営食堂を任されている政治工作班の李国香(リー・クォシャン)は,男性に人気のある玉音に対して女性としての嫉妬も抱いていて,班長に昇格すると,店が繁盛し,家も新築した玉音をブルジョア分子として糾弾する。
やがて玉音の新築の店も貯金も,みな没収され,夫は命を奪われる。1966年に文革が始まると,「新富農」に認定され,「人民の敵」となった玉音は,強制労働として,右派分子の秦書田(チン・シユーティエン)という若者といっしょに,早朝の道路掃除を科せられる。
文革の理不尽さと狂気,
それは,いつわが身に降りかかってくるかわからない。
これは,嵐が過ぎ去るのをひたすら耐え忍ぶしかなかった,当時の庶民たちの苦悩を,玉音という一人の女性の受けた艱難を通して描いた物語だ。
文革って,乱暴な言い方だけど,国家規模のイジメ合戦のようだ。資本主義を徹底して糾弾し,格差撤廃を目指すという名目は立派だが,ちょっと人より目立ったり,商才に長けていたり,学があったりしたら,容赦なく目をつけ叩き潰す。昨日まで味方だと思っていた相手からも,いつ裏切られるかわからないし,権力を握る人間も,何と浮き沈みが激しいことか。
翻弄される人間の弱さと,耐え抜く人間の強さ。
・・・・人間の赤裸々な部分が,いやでもさらけ出される。
ヒロインの玉音の試練は果てしがない。
彼女の言葉を借りれば,「石臼が磨り減り,鍋底に穴が空くくらい働いて」つかんだ店の成功や新築の家。人を搾取したわけでもなく,身を粉にして,まっとうに働いてきた人間が「罪びと」として裁かれるとは,何という社会だろう。
一方,玉音と一緒に道路清掃を科せられていた秦書田は,文革が起こる前は県の文化会館館長をつとめていたインテリで,文革の間は自分の才能を隠し,ひたすらに嵐が過ぎ去るのを待っている,柔軟で強い精神を持った男だ。
一緒に強制労働をするうちに,心を通わせ合うようになった二人の間には,恋が芽生え,子供ができたことをきっかけに,ささやかな結婚式をあげる。しかしその結婚が李国香の逆鱗に触れ,なんと二人は逮捕されて,書田は懲役10年,玉音は懲役3年(妊娠中なので執行猶予つき)の刑を受ける。この理不尽さには私も怒り心頭になった!いったい,どこまで苦しめたら気が済むと言うのだろう!
土砂降りの雨の中,街頭に立たされて刑を言い渡される二人を,さすがに痛ましげに眺める町の人々。身重の玉音を残していく書田が,「生き抜け。ブタのように生き抜け。牛馬となっても生き抜け。」という血を吐くような台詞は,心をえぐる。
身重の身体で道路清掃を続ける玉音は,やがて男の子を産み,乳飲み子を背中にくくりつけて労働を続け・・・・その子が母と一緒に小さな手に箒を持って清掃の手伝いをするようになっても,それでも夫は帰ってこず・・・・。
1977年に文革はようやく終結を迎え,多くの人々が名誉回復をした。玉音も家や財産を返してもらったが,夫の書田が解放されて帰ってきたのは,1979年になってからだった。
ようやく果たした親子の対面。玉音の髪にも,書田の髪にも白いものが混じっていた。ほんとによくぞ耐え抜いた,生き抜いた・・・と思う。しかし,この時代,文革によって彼らのような辛酸をなめさせられた人々は,どれほどたくさんいたことだろうか。彼らの心の傷は今も決して癒えていないに違いない。
可愛くて,気丈なヒロインの玉音を演じたのは,当時の中国の名女優,劉暁慶(リウ・シャオチン)。そして書田を演じたのは,後に「紅いコーリャン」で名演技を見せる,姜文(チアン・ウェン)。この二人の演技が素晴らしい。
再び芙蓉町のもとの家で,米豆腐屋を再開した玉音夫婦。15年前と同じように店は繁盛を見せ,芙蓉町にもやっと平穏な日々が帰ってきたかのよう。しかし,そこへかつて二人を苦しめた,元紅衞兵の王秋赦(ワン・チウシャー)が,今は見る影もなく精神を病んで姿を現す。彼は破れたドラを叩きながら,「政治運動が始まるぞ!」と叫ぶ。町の人々はそんな彼を不安そうに見送る・・・という場面で物語は幕を閉じる。その後に起こる天安門事件などを示唆するような余韻を残す幕切れだ。
今ではDVDを目にすることも難しい作品かもしれないが,機会があれば是非ご覧になっていただきたい傑作。文革について予備知識ゼロでも物語に引き込まれ,心を激しく揺すぶられることは請け合いだ。
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