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2008年11月12日 (水)

花蓮の夏

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抱きしめたくなるくらい,みずみずしく切ない作品だ・・・これは,大人への分岐点にさしかかった,三人の若者の,答えの出ないやるせない青春の物語。

幼馴染の親友同士のジェンシンとショウヘン,そして二人の間に割って入る形になった少女ホイジャ・・・・。この三人の関係は,とてもひとことでは言い表せないほど,デリケートで複雑。

三人は,恒星・惑星・彗星にたとえられている。惑星であるジェンシンは,不動の恒星=ショウヘンを愛し,思いは常に,彼を中心にしてその周囲を回っている。そしてその二人の間に唐突に出現する彗星のようなホイジャは,それまでの彼らの関係を大きく変える。

作品のテーマの一つにはおそらく,「セクシャリティ(性的指向)の自覚への目覚め」があるのだろう。思春期になって初めて生まれる,「異性に惹かれるか,同性に惹かれるか?」という問題。完全な異性愛者のホイジャは何の迷いもないが,自分がゲイであることに気づいたジェンシンと,親友の想いを受けて混乱するショウヘンの心は,激しく揺れる。
Cap065
ホイジャとキスした時に初めて,自分が女性を愛せないとわかって愕然とし,ショウヘンへの思いに気づいてうろたえるジェンシン。彼は図書館で,人目を忍んで「性別とは」という本に手を伸ばし,自分の隣に眠るショウヘンの,屈託のない寝顔をまじまじと見つめる。・・・葛藤,狼狽,うしろめたさ,そしてショウヘンにこの思いを告白すれば,二人の関係がどうなるのかを恐れる気持ち・・・・彼の心には,そんな様々な思いが浮かんでいたのだろうか?

初めはジェンシンに惹かれたものの,彼のショウヘンへの秘めた想いに気づき,それを柔軟な心で受け止めるホイジャ。やがて彼女はショウヘンと交際するようになるが,そのことはジェンシンをひどく苦しませる。「僕とホイジャとどっちが好き?」と二者択一ゲームにかこつけてショウヘンに尋ねるジェンシン。あれは彼のぎりぎりのところに立った,精一杯の愛の告白だったのかもしれない。そのくせ,彼はショウヘン の答えを聞くのが怖くて,即座にその場を逃げ出してしまう・・・・。

Cap067
ショウヘンは・・・・,あのジェンシンの問いかけによって,初めて彼の気持ちに気づいたのだろうか。そして,彼はのちにホイジャに打ち明けているように,「どちらかを選ぶ」ことは不可能だったのだ。ショウヘンにとってジェンシンの存在は,唯一無二のもので,絶対に失いたくない絆だったから。
 
Cap113
子供の時から,嫌われ者の自分の傍に,どんなときもいてくれた優等生のジェンシン。そして,いつだってジェンシンの姿を,落ち着きなく目で追っていたショウヘン。それは彼がたくましいバスケ部のエースと成長してからも変わらない。ジェンシンがいないと,途端に不安そうな表情になり,昔も今も,「カン・ジェンシーン!」と繰り返し駄々っ子のように呼び続けるショウヘン。

ショウヘンは,
ジェンシンがいないと生きていけない
のだ,きっと。

大学生になって,ホイジャと恋人になってからも,ジェンシンが自分から距離を置こうとすると必ず彼はジェンシンに付きまとい,「構っておくれ」サインを出し続ける。それは,はたから見ても大人げなく,自分勝手な言動のようにも見えるけれど,ホイジャのことがあってもなお,ジェンシンだけは絶対に離したくない・・・・というショウヘンの必死の思いが,その表情からひしひしと伝わってくる。
Cap090_2
でも,だからと言って,ジェンシンとまったく同じ性質の愛を抱いているとも思えないショウヘンが,自分からジェンシンを抱いたのはなぜなのか?叶わない思いに絶望し,離れていこうとするジェンシンを引き留めたかったのか?それとも,自分にとって,かけがえのない存在であるジェンシンの気持ちに,何らかの形で答えたかったのだろうか。

だから,肉体的には結ばれた後も,
ジェンシンの憂いは晴れない。

・・・だって,ショウヘンの気持ちがはっきりと見えないから。そして,自分のセクシャリティが明らかになった今,少年のころのような屈託のない親友関係に戻ることは,もはや不可能だと感じていたから。

人影のない砂浜で,寄せては返す潮騒の音をバックに繰り広げられるラストシーンには,胸がいっぱいになった。「やっぱり,もう会わない」と言うジェンシン。それを聞いて逆上するショウヘン。初めての本気の取っ組み合い。・・・・そして,「(何があっても)俺たちは親友だ」というショウヘンの言葉。ジェンシンの涙。

思春期のセクシャリティって,突然に目覚めたり,まだ定まっていなかったり,流動的だったり,とても危うく,繊細なものではないかと思う。
Cap073
最も身近で大切な相手とのセクシャリティのズレ。愛や執着が深いほど,すれ違いや傷つけあうリスクも大きい関係。
この3人の三角関係は,まさにそんな痛みを抱えた関係。

それでも彼らは一緒にいることを選んだ。
愛とエロスと友情が,混然一体となった不思議な関係。それでも,一緒にいたいから。たとえ愛の形が違っていたとしても,離れることはできないほど,互いを想っているから・・・・。

Cap123
ジェンシンの,ショウヘンへの愛。ショウヘンのジェンシンへの愛。・・・・そして全てを理解し,彼ら二人を癒す役割を果たそうとするホイジャの愛。
三人ともが,それぞれに満たされない思いを抱えながら,それでも互いを思いやっていけるならそれにまさるものはないのかもしれない。・・・そう,少なくとも,いまは。
今後さらに大人への階段を一歩ずつ登るたびに,彼らの関係は,これからどんな方向へと変わってゆくのだろうか。
Cap093
この物語って,大好きなイノセント・ラブを思い出させる。あれもまた,幼馴染の二人の青年(一人はゲイ)と,彼らを愛するひとりの女性の物語だった。

主演のブライアン・チャンとジョゼフ・チャンが美しい。
まったく異なるタイプのイケメンであることが,かえって互いを引き立て合っている感じ。物語自体も十分魅力的ではあるが,若く美しい二人が演じたことで,より一層この作品の魅力は増したことだろう。特にブライアンの,涼しげな眼もととはアンバランスな,ちょっとぽってりした震える上唇がセクシーだ。
P2

Poster_3
もひとつオマケ。ただし,こんなシーンはありませんのであしからず。こんなイメージの作品でもありません。・・・しかしなんでなんだ??おまけにショウヘンがジェンシンを縛ろうとしてるし~。

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映画 か行」カテゴリの記事

コメント

ななさん、こんにちは!コメントとTBをありがとうございました。
そうそう、最後のポスターねぇ。。上映してた劇場で観て、もうビックリしましたよー!!
(時間が合わなくて劇場鑑賞はできなかったのですが)
こんなシーンがある映画なのか・・・と思ったら全然ないし(爆)。

二者択一の後で、ジェンシンが吐くじゃないですか・・・。
あそこでイニスを思い出したなぁ。。
フェイユイさまが「ショウヘンが「カンジェンシーン」ってうるさいくらい呼ぶのは、好きだ、好きだって言ってるんだ」と書いてらして、もう号泣しましたよ。
ホント、そうだよね。。もう、どうしたらいいんでしょうね。。
本当に、切なくて瑞々しい映画でした。たくさんの方に観ていただきたいですね。
ではでは、また来ます。

真紅さま こんばんは!
いいですね~~,この作品。いとおしいです,ほんとに。
しかし,↑のポスター・・・sweat01素敵なんだけど
作品の印象とかけ離れてますよね~。
切なくて爽やか~という物語なのに,限りなく妖しい香りのするポスターですね。
三角関係の物語なのに,このポスターだけはホイジャが出てないし・・・。

>二者択一の後で、ジェンシンが吐くじゃないですか・・・。
>あそこでイニスを思い出したなぁ。。
ああ!そうか。ジェンシンもイニスのように,
閉じ込めていた感情があまりにも苦しくて,
肉体が勝手に反応しちゃったんでしょうか・・・?ああ,切ない・・・・
ジェンシンも切ないんだけど,ショウヘンがジェンシンをどんなに好きか
その心情を思ってもやるせないですよね。
ジェンシンはポーカーフェイスができるけど,不器用なショウヘンは
いつも全身で「好きだ~」って伝えているように思えました。
それでも,こんなに好きあってるのに,完全な両想いとはまた違った悩みがあるんですよね。
ほんと,なんとかならないでしょうかね・・・・もっとすっきりと。
ああ・・・もやもやもや。・・・そのもやもやがいいんですけどね,この場合は。
ほんと,食わず嫌いをせずに,できるだけ多くの人に観てもらいたいです。


ななさん、こんばんは。
まずはあのお宝ポスター画像に釘付けになってしまいました…。
なぜこんなイメージ画像を撮ったんでしょうね?(笑)。作品未見の人が誤解しそう。
作品自体はとてもエモーショナルでせつなかったですね。
セクシュアリティの自覚とともに訪れる関係の歪みが…。
そんな三人が一緒に佇む海のラストシーンは感動的でした。

ななさん、こんにちは。
劇場で鑑賞してから1年たつというのにまるで色あせない作品です。
瑞々しくて切なくて・・・。
この先3人はどうなっていくのでしょうか。
レスト・チェン監督の26歳という若さに驚くとともに次回作も俄然楽しみになりました。

リュカさーん,そうなんですよ
見て見て~,このポスター!lovely(鼻血)
>なぜこんなイメージ画像を撮ったんでしょうね?(笑)。作品未見の人が誤解しそう。
美しいですが,AVっぽいですな。(/ω\)ハズカシーィ
製作側もしくはカメラマンの願望でしょうか?もしくは客寄せのための陰謀とか。
でも,このポスター,めちゃくちゃ欲しいです。(もう遅いけど・・・)
>作品自体はとてもエモーショナルでせつなかったですね。
>セクシュアリティの自覚とともに訪れる関係の歪みが…。
そうですね~,深い深い作品で,とっても切なかったです。
ブライアンの震える唇と,ジョゼフの八の字に寄せた眉に萌えました。


sabunoriさん こんばんは
>劇場で鑑賞してから1年たつというのにまるで色あせない作品です。
いいな~,私もこれ,劇場で観たかったー。
レスト・チェン監督,若干26歳というのは驚きですよね。
でも,その若さだからこそ,作品にこんなみずみずしい透明感が出せたのでしょう。
同じ切なさでも大人の監督が撮った「藍宇」はもっと熟成された感じでした。
ま・・・あちらはキャストもひとりは胡軍さんだから,みずみずしさは無理なんですが。
>この先3人はどうなっていくのでしょうか。
これからの物語も気になるところですね。


こんにちは。meizuoと申します。

ずっと気になっていたこの映画をレンタル屋で見つけ、1週間前に初めて見て、この1週間、ずっと見ていました。
1回見た位じゃ全くわからなくて、普段なら、すぐに諦めるところなのですが、主演の3人の演技に惹きつけられて何回か見ていく内にどんどん理解が深まり、この映画が大好きになりました。

どうしてショウヘンは主導的にジェンシンを抱いたのか?これはずっとひっかかっていました。
口ではずっと「好朋友」と言っていたのに、こんな行動に出るのは、かなり極端すぎるのでは?と理解ができませんでした。しかもジェンシンも田舎で育ったはずの子で、そんなに”ひねた”子ではないはずだし・・・
百歩譲って、パーティでの二者択一のゲームでジェンシンの気持ちを理解した挙句の行動なのだなと・・・
(これはななさんも書かれていますが)

ところが、本日届いたDVDの未公開シーンでは、
ジェンシンが先にパーティを出て家でシャワーを浴びているところに、ホイジャが彼の家にやってきて、「ショウヘンが別れようという。彼は、ジェンシンが私の事を好きだと勘違いしている。」と言います。二人が泣きながら抱き合ってるところにショウヘンがやって来て二人の姿を見て飛び出し、本編の交通事故のシーンに繋がります。
このシーンが採用されていたら、ショウヘンはジェンシンの気持ちを全く理解していないことになり、ショウヘンの行動はますます突拍子もないものになりますよね。普通、「好朋友」にはそんなことしませんもの。
監督はどういう意図でシーンの不採用を決めたのかなぁ・・・

こうなったら、もう”台湾人と日本人の違い”で割り切るしかないのでしょうか???

すみません、名前を間違えました。

>しかもジェンシンも田舎で育ったはずの子で、そんなに”ひねた”子ではないはずだし・・・

上記の”ジェンシン”は”ショウヘン”の間違いです。

meizuoさん こんばんは いらっしゃいませnewこの作品のファンの方とおしゃべりできるのはとっても嬉しいです。コメントに来て下さってありがとう!
で,問題のDVDの特典の未公開映像は私も観ました。あのシーンがあるのとないのとでは,実はショウヘンの心理の解釈ってかなり変わってくるんですよね。そして,ショウヘンの事故につながるバイクでの暴走の理由まで違ってくるわけで・・・。私もあの未公開シーンを観たときには,かなり混乱しましたが,最終的に監督がカットしたのだから,未公開の方は「見なかったことにしよう」と勝手に結論を出しちゃいました~(^-^; その方が好みだし~って,答えになってないですが。
それにしてもショウヘンが主導してジェンシンを抱いたのは謎ですよね~,あの未公開シーンがなくても十分謎です。ただ,私の解釈はショウヘンは潜在的にバイセクシャルで,男女のどちらでも愛せるのだと思ってます。ジェンシンに対する愛も,友情の要素もあるし,性愛の要素もあるのではと。ただしショウヘンが自分でそれに気づいていたかどうかはわかりませんが。ジェンシンを抱いたあとはさすがに気がついて,彼はホイジャとジェンシンと,どちらも愛している自分を受け入れざるを得なくなったし,ラストの浜辺では,ホイジャもジェンシンも,自分たちの三角関係を続ける選択をしたのだと解釈しました。
これって原作(ノベライズ?)あるみたいなので(邦訳されてないみたいですが)それを読めばもっとはっきりするのでしょうね。ただ,ゲイの方から観たら「潜在的なバイでも,あの行為の唐突さはあり得ない」とおっしゃるかもしれません。監督さん,どうもノンケらしいので,やはりあの展開には無理があったかもしれませんが,でもあのベッドシーン好きですね~,美しくて。何より,片思いだったジェンシンがそれまで可哀想だったので,あのシーンでほっとしたというのもあるのですよ~
ま~,本当のところは監督さん直々に聞いてみないとわかりませんね。

とか何とか言っちゃって,すごく長いコメント返しになっちゃいましたが,よければまた遊びにいらしてくださいね!

ななさん、おはようございます。
早速に有難うございました。
ますますこの映画が好きになりました。有難う!

>最終的に監督がカットしたのだから,未公開の方は「見なかったことにしよう」と勝手に結論を

ああ、確かにそうですよね。その方がいいですよね。全く正反対のシーンなので、こんがらがってしまいました。

>ショウヘンは潜在的にバイセクシャルで

あっ、そうか!!なるほど!


台湾ヤフーでも少し見てみると、同じような質問をしている人がいました。台湾人も日本人も関係なさそう。
その質問に対する答えも、「なるほど!」で、ななさんもほぼ同意見ではないかと・・・
それは、「彼らの関係は友情とも愛情ともどちらとも定義できない程度まで昇華している。友人であろうが恋人であろうが関係なく、お互いを最も大切な人間だと思っている。」また、「ショウヘンは、ジェンシンがショウヘンの事を好きな事を感じ取ったのだ。ショウヘンは単純なのでその事について真剣に考えたことはないけれど、ショウヘンもまたジェンシンの事を愛していた。でもそれは愛情という言葉や他の名詞で定義されるものではない。」
この人の意見を読むと、とても崇高な感じがしますね。
そして、ななさんの洞察力の鋭さに敬服します。私には無理だ~。

台湾では、この映画は「人は誰も孤独ではないのだ」というテーマの友情映画のようです。でも、日本では恋愛映画、至ってはホモの映画祭で上映されてしまって、監督や俳優たちははがゆい思いをしたのではないかと思います。とても申し訳ない気分です。監督の真意を全然理解せずに日本で公開している訳ですから。

上記の人の意見の中に、「ホイジャは本当はジェンシンの事が好きだったのだ。写真は全てジェンシンの物だった。」とありました。でも実際はショウヘンの写真もあったけれど、一枚だけジェンシンが眠っている写真をロープに掛けるシーンがありましたよね?それがその人の意見を証明していると思いました。
ジェンシンが眠っている時でないと、ホイジャはジェンシンに”近づけなかった”んだなと思いました。
この映画がますます切なくなりますよね。
(この事は私は自力では思い至らなかったです)

あと、原作の事ですが、映画とは全く違う物と思ったほうが良さそうです。
中国語(台湾繁体字)のwikipediaによると、小説と映画の違いは・・・
・小説では、ジェンシンは2005年に交通事故で死んでしまう。
・小説では、ショウヘンの回想シーン(ひょっとしたら”想像シーン”かも。中国語能力が足りません、すみません)で、ショウヘンがジェンシンに対して、間接的にジェンシンへの気持ちが愛情であると告白している。
・小説では、ショウヘンは国立の体育大学に、ジェンシンは私立の大学にそれぞれ進学している。

インターネットで原作の小説を見つけたので、辞書を片手に格闘してみようと思います。
参考までに・・・
http://lokwan.promobook.net/blog/2007/02/post_8.html

私の方こそ長々とすみません。

meizuoさん こんばんは
また来ていただいて嬉しいです!おお,いろいろリサーチされましたね,私もコメントいただいてとっても勉強になりました~。多謝!
そうですね,これは日本ではゲイ映画とひとくくりにされ,それゆえに敬遠もされただろうし,とても勿体ない扱いをされた作品だと残念に思います。たしかにテーマは同性愛だけではないです。もっと深い「愛するということ」全般を扱っていますよね。
この作品って,「性的指向が異なるもの同士の愛の難しさや切なさ」も大きなテーマのひとつだと思ってます。この物語って,同性愛者(=ジェンシン)と異性愛者(=ホイジャ)と両性愛者(=ショウヘン)の三角関係なんですよ。meizuoさんもコメントでおっしゃっているように,ホイジャの本命はジェンシン,ジェンシンの本命はショウヘン。そしてショウヘンの本命はジェンシンとホイジャのどちらもなんだと思います。全員が,ある意味では片思いの切なさを抱えてるんですね。ジェンシンとショウヘンは両想いかというと,片一方は純然たるゲイだけど,もう一方はバイで,女性も愛しているので,そう簡単にはいかないんですね。
単純なショウヘンは混乱し,二人に対する愛情の板挟みだし,ジェンシンの想いはひたすら一途で切ない。それにジェンシンは今後,世間の「ゲイに対する偏見」との対峙という試練をも抱えています。しかし,全てを受け入れるホイジャを思うと,彼女の懐の深さにもまた感動します。三人のことを考えれば考えるほど深く,やるせなく答えのない関係ですね。
しかし,小説ではなんと,ジェンシンを殺しちゃうのか~?びっくり。三角関係にケリをつけたかったのかなぁ?切ない余韻を残すために,ゲイ物語ではよく恋人のどちらかを死なせてますが・・・やはりそう来ましたか。そのとおり映画化されなくってなんだか安堵しましたよ。
>インターネットで原作の小説を見つけたので、辞書を片手に格闘してみようと思います。
おお,偉い!私は英語だと辞書を片手に・・・という気にもなりますが,中国語はちょっと・・・また読破されたら内容や感想を教えてください!なんだかまたこの作品で泣きたくなってきましたよ~。
 

こんにちは♪
今までに観た中国語圏の作品の中で、自分の中ではベスト10に入る作品です。
3人の誰かが欠けたら崩れていきそうな危うさが、いつまでも忘れられません。
一番下の写真、私も見覚えがあります。(スクリーンではなく)
2人とも魅力的で、今後の活躍をおおいに期待したいものです。

孔雀の森さん こんばんは!
大好きな作品にコメントありがとうございます。
これはほんと,なんともいえない魅力のある作品ですね。
>3人の誰かが欠けたら崩れていきそうな危うさ・・・・・
思春期の不安定さもプラスされて,
ガラスのようなはかない繊細な感性にあふれた物語でした。
一番下の画像・・・・この作品の雰囲気とはちょっと違うけど
それでもちょっとワイルドでセクシーでいいですよね。
ジョゼフの「据わった目つき」が素敵です。lovely

こんにちわ(*^o^*)花蓮の夏で検索してたら こちらにたどり着きました。本当にみずみずしく せつなくなってしまう映画です。あの夏の学生服を見たら ●年前の学生時代を思い出して 涙が出そうになりました。涙といえば バスの中で ブライアンくんの涙が頬を伝うシ~ンが せつなく いじらしくていいんですよね~ブライアンくんの繊細な演技が素晴らしかったです。それと ドラマのラジオから流れる 五月天の曲がいいんですよ~忘れる事のできない 映画です。

ニャ~さん こんばんは!はじめまして。
猫好きの私としてはハンドルネームにもう反応してしまいます。

で,私のとっても愛してやまない作品に
コメントいただいてありがとうございます。
自分の高校生時代・・・ピュアゆえに悩みも多かった
あの時代を懐かしく思い出せる作品ですよね。

>バスの中で ブライアンくんの涙が頬を伝うシ~ンが せつなく いじらしくていいんですよね~

ブライアンの演じるジェンシンの切ない感情に
どっぷり浸りながら観ました~。
彼の作品はこれ一本しか観てないですが
とても印象的な,そして美しい俳優さんですよね。

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