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2008年10月31日 (金)

譜めくりの女

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とても静かに進行する復讐劇。
ヒステリックに相手を面罵するシーンも,流血の惨事もないのに,物語の底に一貫して流れる,復讐者の女性の秘められた怨念と,復讐への強靭な意志に,じんわりと鳥肌がたつ。いやー,怖い物語だ。でもこういう話,かなり好きだな…。

Cap012
主演の二人の女優さんの演技が素晴らしい。
静謐きわまる心理劇ゆえ,役者の演技力が頼りの作品なのだけど,復讐されるアリアーヌを演じたカトリーヌ・フロと,復讐するメラニーを演じたデボラ・フランソワの,表情の細やかな動きのひとつひとつから目が離せなかった。


特に興味を引かれるのは,メラニーのキャラクター。
彼女の復讐の動機を思うとき,「たったあれだけのことをそんなに激しく根に持つなんて!」と,誰しも違和感を覚えるのではないか?夢を断念させられた,といっても,また次のチャンスをつかめばよかったのに・・・と,何だか逆恨みのようにも思えてしまう彼女の発想と,その執念は,単に「一途」だとか「完璧主義」だとかいう言葉では片付けられない,不気味さがある。
Cap017
しかし,考えてみれば,この物語の真の怖さはそこにあるのかも。復讐されるアリアーヌの方は,もはや記憶にもとどめていないほどの,些細な出来事。それをここまで恨みぬいた人間がいて,何年も後に思いもよらない方法で復讐される・・・という設定は,平穏な日常にぽっかりと空いた落とし穴のようで怖い。

Cap002
きっかけになった出来事を忘れている,というか,少女だったメラニーにダメージを与えたという自覚すらなかったアリアーヌは,最後まで,自分が「復讐された」のだとさえ,気づかなかっただろう。彼女は,信頼しきっていたメラニーに裏切られた結果,夫の信頼までなくしてしまう,という手ひどい痛手を受けるわけだけど,それがメラニーの復讐だったとは想像もつかなかったのではないか?

それにしても,メラニーのとった方法って,心理的に相手にダメージを与えるには,最も効果的なやり方だ。信頼させて,かけがえのない存在になっておいてからおもむろに裏切る・・・。これほど残酷な手段はないのではないか?

メラニーがアリアーヌの夫の弁護士事務所に,実習生として入ったのも,彼ら夫婦の息子の子守りを買って出たのも,すべて冷静に計算してやったこと・・・。精神的に不安定なアリアーヌがメラニーに依存するようになり,ついには同性愛的な愛情を抱くようになることまでは,メラニーも計算しなかったと思うけど,結果的にアリアーヌの愛情は,メラニーの復讐を,より完璧なものへと導くのだ。
Cap029
どんな場面でも本心を見せず,あくまでもクールなメラニー。その謎めいたほほえみの下に,冷たい復讐の炎を燃やしている彼女は,決してあきらめず,意思を曲げることはない。
・・・・しかし,この執念と集中力と努力を,再度ピアニストにチャレンジするために使った方が,どんなにか有意義な人生を送れただろうにと思うのは,私だけだろうか?

完全な「道化」役を演じてしまい,最後に失神するほど心に深い傷を負うアリアーヌが哀れだ。復讐ものは,普通は復讐する方に感情移入して観ることが多いので,鑑賞後は,大なり小なり達成感が味わえるものだが,この作品はメラニーの恨みそのものに「?」な点もあったので,カタルシスはなし。・・・・さりとて,復讐されたアリアーヌに対しても,「気の毒に・・・」とか「いい気味」とか思えるわけでもなく。なんとも不思議な余韻が残った。

監督さんは音楽家だとか。常人とは異なる研ぎ澄まされた感性や情感・・・は芸術家特有のものだろうか。心の琴線にしのびやかに触れてくる物語だ。・・・それも触れられると痛みを感じる琴線に。

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コメント

TB&コメントありがとうございました☆
こんばんは、初めまして♪♪

本当にこの映画を観ると、
いつ何時、人の恨みを買っているか
怖くなってしまいました(汗

それを心底感じさせてくれるくらい、
主演の2人の演技は素晴らしかったと思います☆

これからも宜しくお願いします☆


ななさん~!わーいわーい!!ななさんも高評価ね?^^
私もこの映画、どこがどうって訳じゃないんだけど、かなり面白かったの。
自分の好みだったのよ☆
そうそう、オールドボーイを連想しちゃった・・
自分の気がつかない処で、ものすごい恨まれてるって
怖いよね・・・。

フランス映画らしさもありつつ、退屈しない面白い作品だな~と気に入っています。

そういえば、↓の砂の器で書き忘れたんだけど、天城越えと2本だてで・・・って処にも反応してたんです。天城越えって、田中裕子が主演でしたっけ?懐かしいなぁ~と思って。お家でTV放映した時、私はまだ思春期くらいで、親と一緒に見ていて、ヤバイ・・・と焦りつつ見た記憶が・・・(^^;)

TBありがとうございました。
ほんとに、あんなんで人生狂わされるほど恨まれちゃ、たまりませんが、他人に気持ちなんて、推し量れませんものね。
逆恨みとしか思えませんが、いまどき世の中で起こる不条理なことを考えると、あながちない話でもないですが、そんな世の中もやですね。
メラニーの少女役の女の子も印象的でした。
「つぐない」の女の子みたいで。
やっぱ、人間、ポジティブでないとね!!

daiさん こんばんは!
はじめまして,いらっしゃいませ!
この作品は「ほー,こんなふうに根に持つ人間もいるのだな~ヒィー(((゚Д゚)))ガタガタ」とか
「無意識に人を傷つけているかもしれないな~」とか
考えさせられる物語でした。
でも,二人の女優さんもとってもよかったし
作品全体のどこかスタイリッシュな感じも大好きなんです。
こちらこそ,今後もよろしくお願いいたします!

latifaさん こんばんは
そうなの~,ヤフーなどのレビューは酷評もあったのですが
私は別にケナすとこが見つからないくらい,気にいっちゃいました。
退屈・・・とか説明不足という批判も読んだけど,そんなことなかったわ~
尺も短いし,無駄なシーンもセリフもなかったし,
伏線もよくわかったし・・・。
それに女ふたりの演技バトルのような作品(あるスキャンダル~とか)大好きなのよね。
おまけに復讐ものだし!
どろどろしてなくて,冷え冷え~としてたのが,かえって怖かった~
>天城越えって、田中裕子が主演でしたっけ?
そうそう!懐かしいでしょ。あの頃の田中さんって色っぽかったのよね。
・・・過激なシーンもあったよね。家族で鑑賞はちとキツイね~。
あれも再見したいんだけど,DVD見たことないわ。

>ヤフーなどのレビューは酷評もあったのですが
えー、そうなんですか?まぁ、人それぞれですけど。
私も、この作品、好きでしたよ。確かに、カタルシスはなかった...。
でも、何でなのか、わからないけど...ちょっとゾクゾクさせるものがあるんです。


ななさん、こんばんは!
いつもコメントありがとうございます!
TBダメですか??残念ですぅ。
さてこの映画は、展開が展開で..不謹慎ながらラスト笑えてしまいました。
カトリーヌ・フロがコメディエンヌってことも災いしましたし...
メラニーは逆恨みですよね?どう考えても?
でもあの執念はスゴかったです。アリアーヌは若い頃のメラニーの記憶がないので、何が、何だか分らない状態かとお察ししました。
メラニー役のデボラ・フランソワは良かったです。彼女の「ある子供/2005」は素晴らしい作品です。機会がありましたら是非ご覧下さいまし。
カトリーヌ・フロはなんてったってコメディでございます。

sakuraiさん こんばんは!
そうそう,メラニーの少女時代の役の子も
宇宙人じみた無表情が不気味でした。
「つぐない」のブライオリーに似てる~。
性格もきっと似てるね~。・・・・極端なとこ。
ひとの感じ方はそれぞれですが,逆恨みは怖いですねー,まったく。
>いまどき世の中で起こる不条理なことを考えると・・・
そういえば,いまどきの逆恨みは,即「殺し」ちゃったりするから
確かに映画よりもっと怖いかも。
>やっぱ、人間、ポジティブでないとね!!
ネガティヴの方にエネルギーがついつい向いちゃうタイプはご用心!ですね。


あんさん こんばんは
そうなのー,「後味悪い」とか「説明不足」とか
けっこうけなされてましたが,ツボにはまる人(それは私です)なんかには,楽しめたと思いますよ~
>何でなのか、わからないけど...
>ちょっとゾクゾクさせるものがあるんです。
異色なところが新鮮でした。・・・特にメラニーのキャラ。


margotさん こんばんは
カトリーヌ・フロの「地上5㎝の恋」(50㎝だったっけ???)は
面白そうですね~,チェックしてる作品です。
この作品の彼女のシリアス演技もなかなかのものでしたが
コメディエンヌとしての彼女も観てみたいですね~
「ある子供」は鑑賞しかけてやめた作品です。
淡々としすぎてて,眠くなってしまったの~~~
また再チャレンジしてみますね。
デボラ・フランソワ,独特のムードが魅力的な女優さんですよね。
彼女の肌の美しさは,女の私でも見とれてしまいました。

こんにちは♪
これがハリウッド映画だったら直接的な復讐で終わっちゃうんだろうけれど、さすがにおフランスは違います!
メラニーがどのように手を下すのかハラハラしながら見てたんですけど、全然直接的じゃなかったところが意外でした。

>最後まで,自分が「復讐された」のだとさえ,気づかなかっただろう
そうなんですよね~。
それが一番怖い!
知らず知らずの内に人を傷つけてしまってる可能性があるから、私も誰かに恨まれているかもしれないってゾゾっとしてきます。

ミチさん こんばんは
そうね~,これがハリウッドだったら,案外平凡な感じになるのでしょうね。
この洗練された異色の雰囲気は,おフランスの持ち味でしょうね。
>メラニーがどのように手を下すのかハラハラしながら見てたんですけど、全然直接的じゃなかったところが意外でした。
メラニーのあのやり方って,かえって辛抱がいると思ったわ。
まさしく「鉄のような」意志ですね・・・怖い。
>知らず知らずの内に人を傷つけてしまってる可能性があるから、>私も誰かに恨まれているかもしれないってゾゾっとしてきます。
メラニーのようなタイプ(あんまりいないとは思うけど)に
たまたま恨まれたら最悪ですよね~(;´д`)トホホ…

ななさん、こんばんは。
超お久しぶりです。

>この執念と集中力と努力を,
>再度ピアニストにチャレンジするために使った方が,どんなにか有意義な人生を送れただろうに
あはは(爆笑)
確かにその通りだわ!!
幼少時代の彼女を見る限り、メラニーって結構繊細だと思うの。
同時に脆くもあるからピアニストとして成功するにはかなり困難だと思うけど
もし成功したらその繊細さで素敵なピアニストになれたでしょうね~
あ、でもあの執念深さをもってしたら成功する可能性もありますよね。

>最後まで,自分が「復讐された」のだとさえ,気づかなかっただろう。
・・・そういえばっ!
彼女、ネタばれしていきませんでしたものね。
アリアーヌはわけがわからず余計困惑するでしょうね~
一生立ち直れませんね・・・(苦)

なかなかあそこまで執念深いタイプはいないと思いますが
女性って本当に嫉妬深いんですよね~
恐ろしいですわ。

スワロさん こんばんは
こちらこそお久しぶりです,遊びにきてくださってありがとう!
さてさて,この映画,個人的にはかなりお気に入りです。
どこがって・・・こういう怖いオンナの物語ってけっこう好きなの~(≧∇≦)
でも実際には自分はこんな目に会いたくないですけど。
>幼少時代の彼女を見る限り、メラニーって結構繊細だと思うの。
そうですよね~,間違った方向に思いつめるタイプ??
ピアニストになれば,個性的ないいピアニストになったと思うけどねー。
復讐に全エネルギーを注ぐなんて,勿体ないですよね,美人でもあるのに。
でも彼女のようなタイプ・・・恋人や妻になっても怖そうです。
それになんでも心に秘めることのできるタイプですよね。
普通,復讐って,「あの時の恨み,思い知ったか!」というネタばらしが復讐者の醍醐味なのに
メラニーはそれすら秘めたまま去っていきましたから。
すごい意志の強さだわ~~(そこが怖いんだけど)
いやー,しかし,私も女ですが,やっぱり女って男にない怖さがありますね。

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