譜めくりの女
とても静かに進行する復讐劇。
ヒステリックに相手を面罵するシーンも,流血の惨事もないのに,物語の底に一貫して流れる,復讐者の女性の秘められた怨念と,復讐への強靭な意志に,じんわりと鳥肌がたつ。いやー,怖い物語だ。でもこういう話,かなり好きだな…。
主演の二人の女優さんの演技が素晴らしい。
静謐きわまる心理劇ゆえ,役者の演技力が頼りの作品なのだけど,復讐されるアリアーヌを演じたカトリーヌ・フロと,復讐するメラニーを演じたデボラ・フランソワの,表情の細やかな動きのひとつひとつから目が離せなかった。
特に興味を引かれるのは,メラニーのキャラクター。
彼女の復讐の動機を思うとき,「たったあれだけのことをそんなに激しく根に持つなんて!」と,誰しも違和感を覚えるのではないか?夢を断念させられた,といっても,また次のチャンスをつかめばよかったのに・・・と,何だか逆恨みのようにも思えてしまう彼女の発想と,その執念は,単に「一途」だとか「完璧主義」だとかいう言葉では片付けられない,不気味さがある。
しかし,考えてみれば,この物語の真の怖さはそこにあるのかも。復讐されるアリアーヌの方は,もはや記憶にもとどめていないほどの,些細な出来事。それをここまで恨みぬいた人間がいて,何年も後に思いもよらない方法で復讐される・・・という設定は,平穏な日常にぽっかりと空いた落とし穴のようで怖い。
きっかけになった出来事を忘れている,というか,少女だったメラニーにダメージを与えたという自覚すらなかったアリアーヌは,最後まで,自分が「復讐された」のだとさえ,気づかなかっただろう。彼女は,信頼しきっていたメラニーに裏切られた結果,夫の信頼までなくしてしまう,という手ひどい痛手を受けるわけだけど,それがメラニーの復讐だったとは想像もつかなかったのではないか?
それにしても,メラニーのとった方法って,心理的に相手にダメージを与えるには,最も効果的なやり方だ。信頼させて,かけがえのない存在になっておいてからおもむろに裏切る・・・。これほど残酷な手段はないのではないか?
メラニーがアリアーヌの夫の弁護士事務所に,実習生として入ったのも,彼ら夫婦の息子の子守りを買って出たのも,すべて冷静に計算してやったこと・・・。精神的に不安定なアリアーヌがメラニーに依存するようになり,ついには同性愛的な愛情を抱くようになることまでは,メラニーも計算しなかったと思うけど,結果的にアリアーヌの愛情は,メラニーの復讐を,より完璧なものへと導くのだ。
どんな場面でも本心を見せず,あくまでもクールなメラニー。その謎めいたほほえみの下に,冷たい復讐の炎を燃やしている彼女は,決してあきらめず,意思を曲げることはない。
・・・・しかし,この執念と集中力と努力を,再度ピアニストにチャレンジするために使った方が,どんなにか有意義な人生を送れただろうにと思うのは,私だけだろうか?
完全な「道化」役を演じてしまい,最後に失神するほど心に深い傷を負うアリアーヌが哀れだ。復讐ものは,普通は復讐する方に感情移入して観ることが多いので,鑑賞後は,大なり小なり達成感が味わえるものだが,この作品はメラニーの恨みそのものに「?」な点もあったので,カタルシスはなし。・・・・さりとて,復讐されたアリアーヌに対しても,「気の毒に・・・」とか「いい気味」とか思えるわけでもなく。なんとも不思議な余韻が残った。
監督さんは音楽家だとか。常人とは異なる研ぎ澄まされた感性や情感・・・は芸術家特有のものだろうか。心の琴線にしのびやかに触れてくる物語だ。・・・それも触れられると痛みを感じる琴線に。
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