おくりびと
納棺師という仕事に奇しくも就くはめになった主人公が,さまざまな葛藤を経て,次第に一人前の納棺師として,己の仕事に生きがいを持つようになるまでの物語。
同居家族の死を迎えた経験がなく,納棺の光景を最初から最後まで,まじまじと見たことがなかった私は,その行き届いた手順にまず目を奪われた。
本木雅弘が扮する主人公の,遺体を扱う手つきの美しさ。その,よどみなく流れるような無駄のない所作には,まるで茶道の点前のような品格すら漂う。清潔感のある端整な容貌の本木さんが演じたから,ことさらに,そう感じたのかもしれない。そこには,死者に対する深い哀悼と敬意,そして何より遺族への慰藉の思いが込められているように感じる。
生前にも体験したことがないくらい,心をこめて丁重に扱われる遺体。まるで眠っているかのように安らかな顔を目にした遺族は,どんなにか大きな慰めを得るだろう。
自分の家族も,そして自分も,大悟さんに納棺してもらいたいと思った。(うちはキリスト教だけど,納棺に宗派は関係ないし。)
しかし,遺体に触れる,という仕事なので,なかなか抵抗があるのも事実。大悟も,その妻も,それに関しては,並々ならぬ山を乗り越えることになる。就職したての頃の,大悟の戸惑いや失敗や試練の数々は,まことにコミカルに描かれていて,劇場ではあちこちで忍び笑いが起こっていた。
愛妻の泣きおとしにも関わらず,大悟はこの仕事を辞めなかった。経験を重ねるごとに湧いてくる,仕事に対する誇りもあったろうけれど,やはりこの仕事は,大悟に向いていたのだろう。痛みや挫折を味わったことのある人間のみが持つ優しさや細やかさが,この仕事には欠かせないと思うから。ほんとに誠実で,惚れぼれするくらい優しいひとなんだ,この大悟ってひとは。
飄々としているけれど重厚な存在感の山崎努と,仕上げに欠かせぬ隠し味のような味わいの笹野高史の演技が光る。とくに笹野さん。じんわりとした感動が,涙とともに込み上げてくるような名セリフを,いつもさりげなく言うんだ,このひとは。「死は門をくぐるようなもの」だというセリフが一番心に響いたなぁ。
死は誰にでも公平に訪れる,避けては通れないもの。キリスト教では,死は終わりを意味しない。天国での「再会」があると信じているから,遺族は悲しみのその先に希望の光をも見つめている。
でも,たとえ宗派は違っても,「死は終わりではない」という考えは遺族の誰もが持ちたい望みではないだろうか。
愛するひとが逝く時は,
そのひとの辿ってきた人生を心から慈しみ
安らかな気持ちで,希望をもって送り出したい。
「いってらっしゃい。また,会おうね・・・」と。
そんなことをしみじみと感じる作品だった。久石譲の流れるように美しいテーマ曲と,清冽な山形の大自然が心に沁みた。
それにしても,本木雅弘さん,いい役者だなぁ。エンドロール中に映し出される,彼の納棺のセレモニーにまたまた目が釘付けになって,席を立つことができなかった・・・。どうしてこのように美しいのか・・・よくよく振り返ってみると,一つ一つの所作をしながら,彼が常に故人に対して,厳かで優しいまなざしを注いでいることに気がついた。・・・単なる仕事という意識を超越した,「故人」に対する,また「死」というものに対する,深い尊厳の思いが感じられて・・・・。だからこそ,彼の執り行う「納棺の儀」には,見とれるような美が生まれたのではないかと思った。
同じ日本人として,世界に誇れる作品。
・・・・・まさにこれは,そうだ。
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