青い棘
・・・僕らは一番美しい瞬間に
この世を去るべきだと思わないか?
1927年にベルリンで起きたシュテークリッツ校の悲劇を題材にした物語。先日,ヒトラーの贋札でアウグスト・ディールを,そしてラヴェンダーの咲く庭でで,ダニエル・ブリュールを観たばかりなので,このお二人が主演しているこの作品を,久しぶりに鑑賞。
名門ギムナジウムに通う二人の美しい青年たち。ドイツの学生・・・というと,ヘルマン・ヘッセの車輪の下とかデミアン,もしくは萩尾望都の11月のギムナジウムやトーマの心臓とかが思い浮かぶのだけど・・・・。
パウル・クランツ(ブリュール)とギュンター・シェラー(ディール)。生まれ育った環境は違うけれど,二人は親友同士だった。事件の起こる夏のある日,パウルはギュンターの別荘に誘われる。物語は,惨劇までの数日間を,5人の若者の行動を追いながら描いている。
パウル,ギュンター,ギュンターの妹の美しいヒルデ,
その友達のエリ,・・・そして見習いコックのハンス。
この5人は,互いに複雑な愛憎関係にある。
奔放なヒルデを,愛してしまう純情なパウル。ハンスと元恋人の関係にあり,彼を取り戻したいと望んでいるギュンター。今はヒルデの恋人になっている,不実な遊び人,ハンス。そして,パウルがヒルデを愛しているのを知りながらも,パウルを愛するエリ。
・・・・なんかもう,片思いと同性愛と復縁問題が混じって,ごちゃごちゃである。いつ,修羅場が繰り広げられても,おかしくない関係だ。
これが大人のお話であれば,もっとドロドロした雰囲気がたちこめるだろう。けれど,なぜか透明感すら感じる美しい空気が,作品全体を覆っているのは,10代という,彼らの年代特有の純粋さゆえか,それとも,ドイツの深い森や,美しい湖の風景や,鳥のさえずりや,彼らに降り注ぐ,どこまでも透き通った陽光のせいなのだろうか。
アウグスト・ディールが演じたギュンター。
その愛の対象は同性であり,恋敵は妹,という状況の彼が,親友パウルに語る人生観は,若さゆえの,危うい情熱に満ちて,詩人の魂を持つパウルの心を刺激する。
真の幸せが訪れるのは,おそらく一生に一度だけだ。そのあとは,幸福の瞬間を一生忘れられない罰が待っている。その時が来たら,人生に別れを告げるんだ・・・一番美しいときに。
そして彼らふたりは,密かにある約束を交わす。
いわゆる,自殺クラブの宣誓書のような約束を・・・・。
我々が死ぬ理由は,愛のみ。我々が殺す理由も愛のみだ。だから我々は,愛が消えた瞬間に死を選び,愛を奪った者を道連れにすると誓う。
ギュンターたちの考え方,感じ方からは青春時代特有の,痛々しいまでの一途さと傲慢さを感じる。インタビューで監督が「自分の青春時代の感じ方を思い出した」と語っていたが,あの頃は誰でもこういう,危険で極端で純粋な感性に囚われるものなのだろうか?
この世で価値のあるものは愛だけ,という狭い価値観や,ゆく手に待っているかもしれない挫折を恐れる脆さ。まだ20歳にもなっていない彼らが,人生を断言し,そういう自分の姿に,一種の恍惚感すら覚えている・・・。
いやしかし,青春という麻薬は,時にはそのような危なっかしい幻覚を見せる場合もあるのだろうか。たとえ一時的に過ぎ去るものではあっても・・・。何にせよ,思いつめる年代であることだけは間違いない。誰でも自分の青春時代を振り返り,思い出の中にギュンターたちと同じ感性を探し当てようと試みれば,何かひとつくらい,思い当たることが出てくるかもしれない。
ヒルデを演じた,アンナ・マリア・ミューエは,あの善き人のためのソナタのウルリッヒ・ミューエさんの娘さんだそうで・・・・。くるりとした瞳が,そう言えば似てるかも。
どちらかというとぽっちゃりタイプなのだが,無邪気さ,奔放さ,妖艶さ・・・などを備えたファム・ファタールを魅力的に演じていた。もっとも,「ひとりの男性に縛られたくないの」などと言って,純情なパウルを手玉にとり,同時に兄も苦しめて惨劇のきっかけを作った彼女のキャラには,やはり眉をしかめてしまったが。
結局,自殺クラブの盟約を守って,愛のために相手を道連れにして死んだのは,ギュンターだけだった。土壇場で我に帰ったパウルに比べて,彼の方がより深く傷ついていたというわけか。
その後,逮捕されたパウルが,取り調べの席で「何も知らずに言うな」と相手の憶測を否定する場面があるけど,パウルたちの,あの熱に浮かされたような切羽詰まった心情は,確かに誰にも共感してもらえなかったに違いない。相手が分別のある大人の場合は特に。
事件当時,世界中を揺るがせたというシュテークリッツ校の悲劇。この不可解で痛ましい事件を,否定も肯定もせずに,ドイツの2大人気若手俳優がみずみずしく演じた,救いがないにもかかわらず,美しさに溢れた作品である。
邦題の青い棘というセンスは秀逸。この年代ゆえの,未熟さや,傷つきやすさ,デリケートさをよく象徴している。
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こんにちは!
この映画、雰囲気が好きですよ〜
アウグスト・ディールがなかなかよかった。
冷たい美貌、青い血が流れてそうで・・・笑
ヒトラーの贋札は近所のレンタル屋においてないのよ。。えーん
若い故の暴走なのかもしれないけど、戦争の影も影響してるよね。
ヒルデの人、ウルリッヒ・ミューエさんの娘さんなのね。
ミューエさんも、惜しまれますね。。
>邦題の青い棘というセンスは秀逸。
同じく!
投稿: アイマック | 2008年8月 5日 (火) 12時59分
アイマックさん 早速のコメントありがとう!
そうそう,この映画は雰囲気や映像がいいんですよね。
内容はいまいち消化不良だったり,共感できなかったりするかも・・・。
でも私もダニエルよりアウグストの雰囲気が印象的で・・・。
たしかに青い血が流れていそう・・・
ガラスのような研ぎ澄まされた脆さも感じました,彼からは。
「ヒトラーの贋札」の彼もいいですよ~。
>若い故の暴走なのかもしれないけど、戦争の影も影響してるよね。
確かに,退廃的なムードは,戦争が落とす影の影響もあるかもね。
ミューエさんが故人となった今では,
娘さんを見てもなんだか切ない気持ちになりました。
投稿: なな | 2008年8月 5日 (火) 20時12分
ななさん、こんばんは♪
ヒルデとギュンターは恵まれた階級にいるからこその独特の感性みたいなものを感じました。
貧しい青年パウルとは全然違ってましたよね。
なににせよ「青春」とは美しくて脆くて厄介なものです。
ジャケ買いじゃないですが、タイトルに惹かれて見てしまった感があります(笑)
投稿: ミチ | 2008年8月 6日 (水) 23時27分
ミチさん こんばんは
そうそう,ギュンターとヒルデ兄妹と,パウルは
属する階級が違っていて,意識の差もあったでしょうね。
>なににせよ「青春」とは美しくて脆くて厄介なものです。
)
束の間のことであるから,その美しさが惜しまれもしますが
ある意味,過ぎ去ってくれてほっとするような危険性もはらんでいますね。
私も,邦題と,ジャケットにも惹かれて鑑賞したのですよ~。
だってシャツをはだけた美しい青年が二人,黄金色の麦畑で・・・
ついつい期待しちゃうじゃないですか(←何を?
投稿: なな | 2008年8月 7日 (木) 22時05分
こんばんは!
暑中お見舞い申し上げます!
小旅行に出かけておりましてレスが遅くなりごめんなさい。
さてこの作品はシアターで見逃しましてDVDで観ました。
破滅へと向かう青年二人...セピア色の映像にアウグスト&ダニエルがとてもマッチして素敵でしたね。
投稿: margot2005 | 2008年8月 9日 (土) 22時06分
ななさん♪
『ヒトラーの贋札』につづいて、こちらにもお邪魔します。
この作品は1年前ぐらいに
ダニエル・ブリュール君の名に惹かれて観ました。
自分がもう少し・・・いや、もっともっと若かったら
共感したりできたかもしれませんが
さすがに親になった今では・・・でした(^^;)
でも、全然わからないわけでもなくて・・・
ところで、アウグスト・ディールくん
この映画の撮影時、26歳だったらしいですね~
どうりで、ダニエル・ブリュール君が子どもっぽく
見えたわけだわ(笑)
投稿: ひらで~ | 2008年8月 9日 (土) 22時17分
margotさん こんばんは
わたしもDVDで観ました~
とにかく,映像が美しく,特に金色の麦畑や深い緑の森や湖・・・
ドイツの自然と美しい青年ふたりが
とても印象的でした。
彼らの危うい精神状態も,完全な共感は無理でも,
なんとなくわかる気もしましたね。
投稿: なな | 2008年8月 9日 (土) 22時49分
ひらで~さん こちらにもありがとうございます。
私も,彼らの若さゆえの感じ方は,
もうその感性を忘れてしまっていますが
断定的な考え方や,傷つきやすさ,などは
わかる気がしますね。
アウグストはそんな年だったんですか~
26歳で19歳の役とは!
やけに老成した未成年だなぁ・・・とは思ったのですが。
それに比べれば,ダニエルは初々しかったですね。
投稿: なな | 2008年8月 9日 (土) 22時54分
こんにちは♪ TB、コメントありがとうございました☆
お返事遅くなってごめんなさいね!
昨日やっと横浜に戻ってきて、エキサイトの
ブログを覗くことが出来ました。
若者達の繊細で危ない愛憎劇が描かれた作品でしたね。
でもちょっと複雑でなかなか共感できなくて、
ハッキリと内容を覚えていないのですが・・(^^;)
『ヒトラーの贋札』は未見なので、機会があれば見てみたいです♪
投稿: non | 2008年8月15日 (金) 09時32分
nonさん,こんにちは
この作品,全体の雰囲気とか映像とかは記憶に残ってるけど
細かいストーリーはけっこう残らないタイプかもしれませんね。
共感しにくいからかなぁ・・・・。
好みではなくても,なにか異なった世界の
美しいものを見せられているような魅力はありました。
「ヒトラーの贋札」また機会があればぜひ。
作品としても面白く仕上がってますし
アウグスト・ディールは,やはりがけっぷちの痛々しい役を
あの疲れたようなお顔で好演してますよ。
投稿: なな | 2008年8月16日 (土) 10時42分
ん~、やっぱりこの邦題とキャッチコピーはセンスがあって素敵ですよね。
>青春という麻薬は,時にはそのような危なっかしい幻覚を見せる
まさに「青春という麻薬」という言葉がぴったりな一途さと愚かさですよね!
本当にごちゃごちゃすぎる関係で、ドロドロな筈なのに、若さと美しさゆえの耽美に落ち着いてしまっているのが凄い。
それにしても、ヒルデ役の女の子、あの方の娘さんだったのですね。びっくりです~。面影があるようなないような…と思っていたら、ななさんの言うとおり、瞳は似てるかも!
実は同性愛映画を愛してやまないわたしなのに、彼女の小悪魔的なかわいらしさにめろめろになってしまい(笑)他の男優に目がいかなかったという迂闊な作品でした…。
投稿: リュカ | 2008年9月30日 (火) 20時16分
リュカさん~,これいろんな意味で大好きな作品なのね。
ドイツのギムナジウムの生徒・・・というだけで萌えるのは
萩尾望都の影響なんだけど・・・
>ドロドロな筈なのに、若さと美しさゆえの耽美に落ち着いてしまっているのが凄い。
そうそう!これ,大人のドラマだとただの醜い泥沼合戦なんだけど~
青春時代の彼らが演じると,美しいドイツの森の背景の効果もあって
夢のような儚い美しさがありました。
アンナ・マリア・ミューエさん,キュートでしたね。
そう,瞳はたしかにパパに似てるよね・・・。
投稿: なな | 2008年9月30日 (火) 22時51分