しあわせな孤独
デンマークの女性監督,スザンネ・ビアが,ドグマの手法で描いた,愛についての,リアルで深い,心に沁みいる物語。DVDで鑑賞。
セシリとヨアヒム。ニルスとマリー。
突然起こった不慮の事故で,それぞれの運命と,愛の行方が狂ってしまった,4人の男女。明日は幸せな今日の延長線上にあると信じて疑わなかった彼らの思い描いていた未来や,平穏な家庭は,交通事故という,誰にでも起こりうる出来事によって,もろく崩壊してゆき,彼等の人生は痛ましく交錯しながら,先の見えない袋小路へと,次第に追い詰められてゆく・・・。
ドグマというのは,1995年に,ラース・フォン・トリアーらが始めた,デンマークの映画運動。その特徴は,オールロケ,手持ちカメラによる撮影,効果音や照明効果の禁止・・・等があるらしい。
この作品も,ドグマの手法での撮影なので,まるでドキュメンタリーのような生々しい雰囲気が際立っていた。余計なBGMや,回想シーンなど皆無の映像は,まるでホームビデオで実際の出来事を撮影したかのよう。だからこそ余計に,自分や知り合いの身に実際に降りかかってもおかしくない出来事のような,息詰るリアルさを感じた。
セシリとヨアヒムは,婚約し,幸せの絶頂にあったのに,ある朝,彼女の目の前でヨアヒムはマリーの運転する車にはねられ,全身不随になってしまう。衝撃を受けながらも,何とか現実を受け止め,彼を支えて生きていこうとするセシリを,ショックが大きすぎるヨアヒムは激しく拒絶し,彼女を傷つける態度を取る。
一方,医師のニルスは,加害者マリーの夫で,事故発生時から,セシリの相談相手になっていたが,ヨアヒムの態度に深く傷ついたセシリは,やがてその空隙を埋めるために,精神的にも肉体的にもニルスを求めるようになり,ニルスもまた,彼女を愛してしまう。
配偶者や,婚約者に対する裏切り・・・・
事故の被害者側と加害者側の,
普通ならありえない関係・・・。
本来なら非難したくなる結びつきなのに,なぜかこの物語の中では,ごく自然なことのように思えた。
突然降りかかった,重すぎる現実を受け入れられず,セシリに理不尽に辛く当たるヨアヒムの態度。行き場の無い愛を,一時的に受け止めてくれる相手を求めたセシリの脆さ。そんな彼女を本気で愛してしまった,ニルスの優しさ。・・・・どれこれも,あの状況なら起こっても仕方のない無理のないことなのではないかと。
普通は誰か一人の登場人物(たいていは主人公)に共感し,物語全編にわたってその人物の気持ちにずっと寄り添いながらストーリーを追っていくものだけど,この作品に限っては,4人の男女全員に感情移入してしまった。場面が変わるごとに,あるときはセシリに,またあるときはニルスに,そしてあるときはヨアヒムに,マリーに・・・・入れ替わり立ち替わり共感している自分がいた。
どの人物も,基本的にはとても善人で,そして誰でも持っているような愚かさや弱さも露呈するのだけど,物語の進行に従って,切ない優しさや,再生への強さもまた,見せてくれたからだろうか・・・・。
誰も悪くない。誰も責められない。
ただ,運命の歯車が違った方向に回り始めただけなのでないか・・・・そんな風にさえ思えてくる。
セシリとの関係が妻子に知られたとき,妻の罵倒にじっと耐えるニルスを見て「やっぱり家庭を壊すリスクは犯さない弱気な男なんだろうな・・・・」と思っていたら,セシリのために家を出る決断までした真摯な彼の行動を,なぜか応援したくなったり・・・・。
最初は遠ざけたセシリを,また呼び戻したヨアヒムの心情にも,心が締め付けられたし,結局は愛する彼女を手放す決意をした彼の哀しい決断もまた,とても切なかった・・・・。
事故の加害者なのに,ヨアヒムを見舞うでもないマリーの態度に,「罪の意識が希薄なんじゃ?」と最初は不満を抱いていたのだけど,夫に出ていかれるシーンで,泣きながらすがる彼女はやはりかわいそうに思ったし,その後,子供たちのために健気に立ち直った彼女の姿には小さな感動を覚えた。
そしてセシリ・・・・。運命に流されがちな,弱さと脆さを持った女性だけど,同時に,どんなときも誠実に相手を愛そうとする,芯の強さをも秘めているような女性。演じたソニア・リクターは,新人女優だということだけど,彼女の繊細さと愛らしさが,この作品の大きな魅力のひとつになっていると思う。
それにしても,スザンネ・ビア。すごい監督さんだ。なんて深く,細やかに人間というもの,人生というものを理解しているのだろうか,と思う。
降りかかってくる不慮の出来事に,あっけなく砕け散ってしまう人生の設計図。その中できっと,あわてふためいた私たちの誰もが,ごく自然に見せるだろう,弱さや愚かさや,優しさや愛や,土壇場の強さ・・・・。ほんとに自分の身にも起こりそうな,切なくいとおしい物語に思えて,当分心から離れそうにない。
追記:ニルス役のマッツ・ミケルセン・・・なんだか,好みだな~雰囲気が。と思ってたら,キング・アーサーで,私の一番お気に入りだったトリスタン(鷹を連れていた騎士)の役の人だったと,後で知りました!え~,全然わかんなかったよ~。でもやっぱり好みだわ。
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ななさん、こんばんは。
この作品、誰が悪いわけでもないんですよね。
ただ、あの事故によりすべてが狂ってしまっただけ。
だから、すごく切ないんですよね・・・。
この作品を初めて観た時、「すごい監督だ!」と感嘆したのを覚えてます。その彼女が今ハリウッドに招かれているのも感慨深いですね。・・・でも、ヨーロッパの雰囲気の方が彼女の作品には合ってると思いますが。
マッツ・ミケルセン、「アフター・ウェディング」にも出てましたね。結構素敵ですよね。
投稿: mayumi | 2008年4月28日 (月) 00時38分
人間って、思いもかけないことが起こったら、さまざまなことでこれまでと違うことが起こってきてしまうんですよね~。
この映画に出てくるそれぞれの人たちが、人生の途中で起きた思いがけない出来事に戸惑い、苦しみ、なんとか受け止めて生きて行こうとする姿が印象的でした。
それぞれの人の気持ちもわかるなぁと思ったり。
私もあの奥さんのあの態度はないでしょ、って思ったけど(加害者なのに!)同情できる部分もでてきたし。それぞれちょっとずつ共感できる部分を持ってたように思います。
ドグマというのは全然知らなかったので、ここでお勉強させていただきましたm(_ _)m
アングンというシンガーの歌と相まって、とても切なく、余韻にも浸れて、素敵だなぁ、と思ったのを思い出しました♪
TB&コメント、どうもありがとうございました♪
投稿: メル | 2008年4月28日 (月) 08時43分
お邪魔します~
昨日はコメントありがとうございました。
ななさんおっしゃるとおり、登場人物すべてに
入れ替わり立ち替わり共感してしまうつくりでしたよね。
色んな感情が湧きあがってくるのが人間だから
正・悪つけられませんものね。
でもこういうリアルな物語を見せ付けられると
あらためて絶対どちら側にも立ちたくないな・・・って
思いますね。マッツ・ミケルセンは
お好きな方多いですよね・・・。
スザンネ・ビア監督作は私も好きなのですが
続けて何本か見るには体力いるような気がしますね・・
投稿: みみこ | 2008年4月28日 (月) 15時18分
こんばんは!
そうです!マッツはトリスタンでしたね。出番は少なくて寂しかったですが...
>なんて深く,細やかに人間というもの,人生というものを理解しているのだろうか,と思う。
スザンネ・ビアってホントに、ホントに洞察力ありますよね。
この方の作品は常に人々の心情を描いているようですが、マジで上手いですね描き方が...感動しちゃいます!
この作品4人の出演者もそれぞれに素晴らしかったです!
投稿: margot2005 | 2008年4月28日 (月) 21時41分
mayumi さん,こんばんは~
とても切ない余韻が残る作品でした。(実はまだ残ってる)
誰が悪いわけでもないのに,傷つけあったり・・・・・
意外なところで癒しあったり・・・・・
人間って,愚かで,残酷で,でも愛おしいものだと
思わせてくれる作品。この監督のファンになりました。
他の作品,観てみたいですね。ぜひ。
マッツは地味なおっさんなんですが,なんでか魅力的です。
名優のオーラかしらん・・・・。
投稿: なな | 2008年4月28日 (月) 23時12分
メルさん こんばんは
素敵な作品でした。
人間って・・・・といろいろ考えさせられてしまいましたよ。
4人の登場人物全員が愛おしかったのですが
セシリを演じた女優さんの瞳の美しさと
ニルスを演じたミケルセンの,どうしようもなく葛藤する姿に
特にひきつけられて,二人を応援してしまいました。
奥さんのマリーも,前半は「薄情なひとやな~!」と批判的に見ていたのですが
後半はその懐の深さに「母だなぁ・・・」と感動しました。
ドグマの手法って,人間の心情をリアルに描き出しますよね。
「ダンサー・イン・ザ・ダーク」などもドグマだそうです。
ドグマだから,BGMはなかったけど,エンドロールの歌は心に沁みましたね。
投稿: なな | 2008年4月28日 (月) 23時23分
みみこさん こんばんは,いらっしゃいませ
たしかにリアルすぎて,物語として見るにはいいのですが
体験はしたくないですね~。
苦しいものですよね,誰の立場も。
あんなにまざまざと,監督が描いてみせてくれたから,
余計にそう思えます。
人間って,切ないですね。運命に翻弄されたら
自分で自分の感情もコントロールできなくて・・・。
この監督さんの作品は,確かに膝を正して
食い入るように観て,見終わった後も,ぐるぐる考えに取り付かれるので
疲れるかもしれません・・・・。
投稿: なな | 2008年4月28日 (月) 23時32分
margotさん,こんばんは!
そう,私はマッツ・ミケルセン,この作品で「初めて観る人だわ~」と思ったのですが
あの「トリスタン」だったと知ってビックリ!さらに
「カジノロワイヤル」の,あの不気味なル・シッフル(赤い涙が忘れられないわ)だったと,また知って
さらに仰天しました。
どれも全然雰囲気違うじゃん!名優ですね,この方。
ビア監督と,マッツのにわかファンになりました!
投稿: なな | 2008年4月28日 (月) 23時37分
またまた、こんばんわ~
スザンヌ・ベア監督凄いですね~!僕は劇場で「ある愛の風景」を見ましたが、素晴らしかったです、そう!あのジェイクの「ブラザーズ」のオリジナル版です。ななさんの写真にあるヒゲの男性がジェイクと同じ弟を演じてました、ちょっとだけジェイク似?
「しあわせな孤独」も良さそうな映画ですね。ぜひ見たいリストに加えないと・・・
「ある愛の風景」もオススメです、機会があればぜひご覧になってください。
投稿: イニスJr | 2008年4月29日 (火) 22時53分
イニスJrさん こちらにもありがとうございます。
そう,「ある愛の風景」の監督さんですよね。DVDになったらぜひ観たいです。この監督さんの描く人間模様の切なさは,ハリウッドでは出せないような気がします。ちょうど,リー監督しか,BBMのあの切なさを出せなかったように,ハリウッド出身の方には真似できない何かをお持ちですね。
「ブラザーズ」も,だから,よくも悪くも,もしかしたら全く別物になるのでは,と心配もしますが,どんなになってもジェイクだからいいか~~なんちゃって。ジェイクの役は,ヒゲのヨアヒム役のひと?それでジェイクは熊ヒゲを生やしていたのでしょうか?一時。
オリジナルの「ある愛の風景」も,もちろんリメイクの「ブラザーズ」もはやく観たいですね~~。
あ,この「しあわせな孤独」もすごくいいですよ。
投稿: なな | 2008年4月29日 (火) 23時54分
ななさん~こんにちは!
ななさんも、ミッツさんがタイプだったとは~\(^0^)/
>子供たちのために健気に立ち直った彼女の姿には小さな感動を覚えた
そうなの・・・。最初のうち、あの妻、反省が足りんぞ!とか思ってたんだけど、なんだか可哀想になってきちゃってね。
最後の方は、元のさやに戻るのか?と思いきや、そうは来なかったね・・・。
誰の立場も結構共感出来てしまって、とても引き込まれて見た映画でした。
投稿: latifa | 2010年1月19日 (火) 15時40分
latifaさん こんばんは
そうなんですよ~マッツ・ミケルセン好きなの。
イケメンではないのだけど
役柄と言うか,なんというかどの作品の彼も好き。
繊細で無骨で,セクシーなのよね。
>最初のうち、あの妻、反省が足りんぞ!とか思ってたんだけど、
わたしもあの妻は,事故った直後の反応とかは
おおいに不満があったのだけど
後半は気の毒に思えてきたりしてね。
全員に感情移入ができる作品って珍しかったわ。
この監督さんの人間描写の力量の凄さでしょうね。
女性だし,邦画でいったら西川美和監督さんみたいですね
撮る作品のタイプは違うけど。
投稿: なな | 2010年1月19日 (火) 21時01分
こんにちは。この映画は奥が深いし、胸が締め付けられる映画でした。
しかし、ななさんの仰るとおり4人、いや娘さんも入れて5人に対して感情移入してしまう映画でそれぞれに最後はほんの少しの希望の光を見せてくれるこの映画は見終わってからも余韻に浸ることができます。
投稿: ディープインパクト | 2010年9月27日 (月) 19時14分
ディープインパクトさん こんばんは
>それぞれに最後はほんの少しの希望の光を見せてくれる
そうですね,対立する人間関係でありながらも
各人の事情にそれぞれ共感でき
どの人物にも作者の優しい視線がさりげなく注がれる・・・
これはこの監督さんの作品ならではの魅力でしょう。
人生はままならないもので不安定ではあるけれど
それでもささやかな希望は誰にでもあるんだと
前向きな気持ちになれますよね。
投稿: なな | 2010年9月28日 (火) 20時24分