エレファント
1999年に,全米を震撼させたコロンバイン高校の銃乱射事件をモチーフにした,ガス・ヴァン・サント監督の衝撃の問題作。2003年のカンヌ国際映画祭で,史上初のパルム・ドールと監督賞のW受賞という快挙を果たした作品でもある。
実際の事件で,犯人の少年たちを惨劇に駆り立てたものは,同校で日常的に行われていたいじめが原因だったらしい。しかし,この映画は,そのあたりをわざと明確には描いていなかった。
そもそも,こんな重くて残酷なテーマを扱いながら,この作品はなんともいえないほどの,美しさと静謐さに満ちていたのだ。
オープニングは,一種独特の透きとおった色合いを持つ青空のシーン。絶えず流れる雲と,遠くから屈託なく響く若者たちの声。美しく色づいて散りかかる街路樹,明るい光が降り注ぐ広々としたキャンパス・・・いつもと何ら変わることのない朝の始まり。
クリアで透明感溢れる映像の雰囲気は何というか・・・とても上品で美しい。
出演したのはみんな現役の高校生。取り立てて誰か一人を主役に据えたりはせず,ただ淡々と彼らのありのままの日常を,ひたすら静かに追いかけるようなシーンが続く。
恋やダイエットや親の愚痴に興じる女子学生たち。
写真が趣味の,物静かなイーライ。
地味で寡黙で,ボランティアに励むミシェル。
泥酔した父親の世話をして学校に遅刻してきたジョン。
女の子に人気のあるアメフト部のネイサンとその彼女。
カメラは構内を移動する彼らの背後から,後姿を影のように追いかけたり,彼らの視線の先を映し出したりするので,観ている方も,一緒にその場にいるような錯覚が起こる。
みんな演技は素人で,台詞もほとんどアドリブだったらしい。だから,惨劇が起こるまでのストーリーはあってないようなもので,彼らは,いつも自分たちが高校で交わしているような会話をし,行動を取っていただけ。そこには,演技とは思えないような自然なリアルさが漂う。
ドキュメンタリータッチとも言えるのだけど,ドキュメンタリーのような無味乾燥な雰囲気がなく,なんと表現したらいいのか・・・・ただ淡々と,高校生たちの行動を見せられているだけなのに,その映像からは,まるで詩を読んでいるような,もしくは静かな音楽を聴かされているような,「洗練された美しさ」を感じる。だから,ストーリー性が希薄な前半も不思議と見飽きなかった。
後半になって,犯人役とおぼしき二人の少年が,クローズアップされてくるのだが,いじめを受けていたシーンも,必要最小限にほのめかす程度に抑えられているので ,彼らの抱えていた心の闇の部分は,はっきりとは見えてこないのだ。
彼らが通販で銃を購入し,万全の準備を整え,犯行手順も綿密に打ち合わせる光景もまた,キャンパスの描写と同じように,あくまでも淡々と描かれている。銃撃のシーンでさえ,不必要な擬音は一切使われず,冴えた銃声のみが響き渡る。普通なら修羅場になるそんな場面でさえ,なぜか「整然」とか「静謐」とかいったイメージが脳裏に浮かぶのだ。
何の誇張もなく,起こった事実だけを映し出した後,突き放すように物語は唐突に終わる。そこには否定も肯定もなく,嘆きも糾弾も,もちろんいかなる問題提起もない。しかしそれだからこそ,鑑賞後にはひたひたと,静かな哀しみのようなものが満ちてくる。
ガラスのように繊細で脆い17歳の感性や,銃が難なく手に入る環境が,彼らを惨劇に駆り立てたのだろうか。何の答えもあえて差し出していないこの作品は,かえって深い余韻を残す。ガス・ヴァン・サント監督の美的感性って・・・・天才かもしれない(何をいまさら)
非常に個性的な作品ではあるけれど,間違いなく傑作だと思うし,楽しい気分にはなれないけれど,一度は観てみる価値のある作品かも。
追; 出演した高校生の中で,ジョン役のジョン・ロビンソン君は,ロード・オブ・ドッグタウンのスケボー少年ステイシー役でも出演してます。ジョンは,この映画の中では,繊細で心優しい少年として描かれていて,だからこそ,犯人たちから「中へ入るな,地獄を見るぞ」と警告されて命拾いします。彼はきっといじめには加わらなかった一人なのかな,とふと考えてしまいました。
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» 映画鑑賞感想文『エレファント』 [さるおの日刊ヨタばなし★スターメンバー]
さるおです。 『ELEPHANT/エレファント』を観たよ。 監督/脚本/編集は、『GERRY/ジェリー』でさるおの本物の天敵となったガス・ヴァン・サント(Gus Van Sant)。 出演は、ジョン役にジョン・ロビンソン(John Robinson)、アレックス役にアレックス・フロスト(Alex Frost)、エリ..... [続きを読む]
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こんにちは~ななさん☆
おお~この映画!私は去年の6月に見たんです。
ドックタウンの後、これ見たものだから、あのステイシーの子が出てる!ってちょっと嬉しくなっちゃった。
でも・・・。う~ん、私はいまひとつ、この映画、わざと描かなかった部分を見たかったのもあって、ちょっとだけ消化不良だったの・・・。
映像とかは、はっとする処がありました♪
TB届いているといいな~。
投稿: latifa | 2008年3月14日 (金) 12時39分
こんばんは~
これは知らなかったです。。。
美しい少年たちですね。この画像を見ているだけで~胸が締め付けられる気がします。
心の闇を描かずに、どういう風に作ってあるのか、とても興味があります。
実際に、難を逃れた少年の“その後”や、負傷して完治した彼らは どうしているのでしょうか・・・
心が痛む。
映画とはいえノンフィクションは、苦しくて~なかなか観れません。
うちにも約1名いますが・・・17歳の少年が。
のんきにプレステ3でゲームしてますわ。。。
投稿: マリー | 2008年3月14日 (金) 22時52分
latifaさん こんにちわ
TBはご迷惑をおかけしております。
届いたり,届かなかったりで,すみません。
私もジョン・ロビンソン君目当てで観たのよね。
あの色白に赤いほっぺと,女の子みたいな綺麗な金髪は同じでしたね。
彼はとても善良な高校生の役でした・・・。
う~ん,監督がこのテーマをあえて無色透明に描いた点については
すごく斬新だと思うし,観客に「なぜ?」と問いたかった監督の狙いは成功していたと思います。
「そんなこと,問われたくなかった・・・・」と言いたくなるくらい
考え込んでしまいました。
哀しくて静かで,恐ろしくて,残酷で,美しくて
なんとも不思議な無常観のただよう作品でした。
投稿: なな | 2008年3月15日 (土) 09時18分
マリーさん こんにちわ
コメント,ありがとうございます。
これ,カンヌでいろいろ賞をとったわりには
マイナーな作品だと思います。女性の方より男性の方のほうが多く記事を書いてらしたりして
女性は観る前から敬遠してしまいそうな内容ですね。
でも,・・・・美しいですよ,全体のイメージが。
>心の闇を描かずに、どういう風に作ってあるのか、とても興味があります。
言葉ではうまく説明できないくらい,独特の語り口で
好き嫌いはあっても,何かは心に響いてきます。
マリーさんには17歳のお子さんがおられるのですね!
多感な時期だし,親は気も遣うでしょうね~
でも,マリーさんの息子さんなら,絶対いい子に決まってるわ!
投稿: なな | 2008年3月15日 (土) 09時25分
はじめまして。
コメントとTBありがとうございました。
この映画は、独特の作風で淡々とごく普通の高校生達を映し出す前半から始まるだけに、とてもリアルな気がしました。 誰が犯人になるのかもわからないようなごく普通の一日を、色々な人物の日常から描き、そんなごく普通の一日が惨劇になってしまうところへの移行が唐突で恐ろしい。
でも、書いていらっしゃるとおり、なんともいえない美しさのある映像でしたね。
投稿: 有閑マダム | 2008年3月15日 (土) 10時33分
有閑マダムさん こんにちは
お越しいただいてありがとうございます。
ごく普通の日常が淡々と綴られている前半は
映像の美しさに飽きることもなく鑑賞でき
だんだん惨劇に向けて時間が迫ってくると
観ているこちらは結末を知っているので
いやが上にも緊張感が高まり,おっしゃるとおり
被害者たちにとっては全く唐突に地獄が始まる・・・・
考えてみればものすごく怖い映画ですが,
それをこんなに美しいイメージで撮った監督の感性も
ある意味怖いです・・・
投稿: なな | 2008年3月15日 (土) 13時33分
こんにちわ。
学校内での乱射事件って、コロンバインを筆頭に
最近でも頻繁に起こってしまっていますよね。
そういうニュースを見ると、いつもこの作品を
思い出してしまいます。
人って、あらゆる言動に根拠や動機を求め、
そこに明確なものがあればある程度安心したり、
納得できたりするものですが・・・
根拠&動機が不明瞭だと、恐ろしいほどの不安や
恐怖に陥れられてしまいます。
この映画ってそういう余韻を残すものでした。
投稿: 睦月 | 2008年3月16日 (日) 12時46分
睦月さん,コメントありがとうございます。
そうですね,おっしゃるとおりだと思います。
実際に銃を乱射した少年たちは理由がちゃんとあったのでしょうけど
周囲の人たちにはそれがぜんぜん見えてなくて
まったく理由もなく唐突に惨劇が起こったかのように描いてあったこの映画は
根拠や動機をじっくり描いたものより,不気味な恐怖を感じました。
理由がわからない,ということは打つ手がなく,また
誰でもが引き起こしかねないような,底知れない恐怖を感じます。
そういう余韻を観客に与えた監督は凄いですね。
投稿: なな | 2008年3月16日 (日) 18時38分
さるおです。
来てくださってどうもありがとーう。トラバもありがとうございます。
> 問題作を好きといってはいけないのかな?
そんなことない。さるおもそうです。"問題作"は問題の本質じゃないもんな。
> カメラワークとか,色彩感覚とか
> 独特の魅力がありますね。サント監督。
アングルや追い方や色、サントならではっすねー。
実験的すぎて抗えない眠さの『ジェリー』には負けましたが(笑)、『グッド・ウィル・ハンティング』とか『マイ・プライベート・アイダホ』とかは物語も好き。
『パラノイドパーク』は観ましたか?
投稿: さるお | 2008年3月31日 (月) 19時12分
さるおさん こんばんは
問題作って,どうしても後でいろいろ考えて
他の人と語り合いたくなるから,やっぱり好きですね。
たとえ,それによって落ち込むとしても
何も後に残らない作品よりは好きです。
サント監督の作品,「グッド・ウィル・ハンティング」と「マイ・プライベート・アイダホ」は私も好きです。
「パラノイドパーク」は予告編だけ観たのですが,エレファントと似た感じですか?
DVDになったらぜひ観てみたいです!
投稿: なな | 2008年3月31日 (月) 20時30分