サルバドールの朝
1970年代初頭,フランコ政権末期のスペインで,警官殺しの罪に問われ,不当な裁判で死刑判決を受けた若きアナーキスト,サルバドール・プッチ・アンティック(ダニエル・ブリュール)の事実に基づく物語。
この実話が,わずか30数年前の出来事なんだということが,信じられない。日本じゃ,万博が開催された頃。スペインでは,フランコ政権が,反旗を翻した多くの学生やテロリストを弾圧していたのだ。
物語は,銃撃戦を伴う緊迫した逮捕シーンで始まる。サルバドールはこのとき,リンチを加える警官たちに対し,不慮の発砲をし,その結果,警官の一人が死んでしまう。
やがて物語は,獄中のサルバドールの回想へと移行。サルバドールが加わっていたのは,MIL(ミル)と呼ばれる無政府主義者グループ。彼は仲間たちと共に,フランコ政権打倒の資金調達のために,銀行強盗を繰り返していた。
銀行強盗は,普通なら,決して賛同できる行いではない。しかし,独裁政権のもと,弾圧されていた彼らの行為を,平和な時代と同じ価値観で断罪してよいものかどうか,私には正直わからない。
ただ一つ確信したのは,彼は死刑に当たるほどの罪は 犯してはいない,ということ。警官に発砲したのは,銃痕の数から判断して,明らかに彼だけではなかったし,正当防衛的な色合いもあった。それなのに,彼に有利な証拠はことごとく無視される不当な裁判によって,「見せしめ」的な死刑が確定してしまう。
物語は中盤から,獄中のサルバドールと看守との心の交流の様子や,彼を助けようとあらゆる手をつくす弁護士の奮闘,彼の心の支えとなる姉妹たちの様子がきめ細やかに描かれる。
サルバドールの獄中での振舞いや,表情,その口から発する台詞。それを追っていくうちに,彼が危険なテロリストなどではなく,優しく繊細な心を持った,ごく普通の青年であることがわかってくる。彼は家族を愛するよき息子,よき兄だった。もし生まれてきた時代や国が違っていたら,きっと平凡だけど幸せな人生を全うしたに違いない,ごくありふれた,善良で,誠実な青年だ。
彼を演じたダニエル・ブリュールの,いかにもどこにでもいそうな,普通の青年っぽさがいい。彼は,周囲の人へのさりげない気配りや,処刑に対して抱く恐怖の表情など,サルバドールの複雑に揺れる心情をとても丁寧に演じている。「グッバイ・レーニン」に出演していたからドイツ人かと思ってたら,母親がスペイン人だそうだ。
物語が進むにつれ,私はサルバドールの人柄に少しずつ魅了されていった。最初は敵意をむき出しにしていた看守が,サルバドールが父にあてた手紙を読んで心を動かされ,次第に彼と心を通わせていったように,私もまた,彼が何とかして助からないものかと,空しい望みを抱いた。
「殉教者にはなりたくない」と言ったサルバドール。
圧政に屈さない英雄としての死よりも,
普通の人間なら当然そうするように,
「生きたい」と願ったサルバドール。
最後の瞬間まで,はかない希望を捨てずに
恩赦を待ち続けたサルバドール。
彼が姉妹たちと最後の時間を過ごすあたりから,涙が止まらなくなった。死刑の方法を尋ねるサルバドールに,看守たちは口をつぐむ。彼の処刑方法は,世にも残酷な「ガローテ」だったから・・・・・。
ガローテというのは,鉄輪絞首刑のこと。死刑囚の首につけた鉄の輪を万力で少しずつ締め上げてゆき,首の骨を粉砕して死に至らしめる残酷な死刑法である。拷問しながら殺す,という感じだが,スペインでは30数年前まで,こんな野蛮な死刑法がまかり通っていたことに戦慄する。
この写真を見る は,彼がガローテにかけられたシーン。
処刑シーンは長かった。
倉庫のようなところで,看守ではなく,ガローテ専門の職人風の老人が,何の感情もこもらない声で「さっさとすませましょうぜ」とばかりに彼を処刑する。(しかし普通の人間の神経があれば,こんな仕事は絶対できないだろうから,この老人,適役だとも言える。)処刑器具を目にしたときの,サルバドールのひきつった表情が痛々しかった。
とても正視できないシーンだけど,「ここはしっかり観なくては・・・・」と,涙があふれる目を見開き,腹を据えて最後まで見届けた。監督は,このシーンを一番描きたかったのかもしれないと思うと,やはり目を反らすことは,できなかった。
フランコ政権の恐怖を知らない日本人の私が,この作品のメッセージを100%きっちりと受け止めることができたかどうか,わからない。しかし,処刑後ににあの看守が叫んだ「フランコの人殺し!」という悲痛な叫びは,当分忘れられないだろう・・・・。
この不当で残酷な処刑によって,彼の名は図らずも後世に残り,ガローテ廃止にも繋がったかもしれないけど,後世に残らなくてもいいから,彼には助かってほしかった・・・・。
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フランコ政権末期のスペインに実在した、若きアナーキスト、サルバドールの物語です。 [続きを読む]
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「Salvador (Puig Antich)」 2006 スペイン/UK
主演はドイツ、スペイン ハーフで、「青い棘/2004」「戦場のアリア/2005」のダニエル・ブリュール。
監督はスペイン人のマヌエル・ウエルガ。
カンヌ映画祭(2006年度)ある視点部門正式出品作品。
スペインの独裁政権であったフランコ将軍に反撥した若きアナーキスト(無政府主義者)たちの人間ドラマ。
1970年代初め、スペイン、バルセロナ。23才のサルバドール・ブッチ・アンティック(ブ... [続きを読む]
» 映画 【サルバドールの朝】 [ミチの雑記帳]
映画館にて「サルバドールの朝」
スペインのアカデミー賞と言われるゴヤ賞で11部門にノミネートされた社会派ヒューマンドラマ。
おはなし:1970年代初頭、フランコ政権末期のスペイン。自由解放運動のグループに所属する25歳のサルバドール(ダニエル・ブリュール)は、不慮の発砲により若い警部を死なせてしまう。彼は正当な裁判を受けられないまま死刑を宣告され、彼の家族や仲間、弁護士たちは何とか処刑を防ごうと手を尽くすが・・・。
実話に基づいた作品ということで、映画の中で時代背景の解説のようなものがあるかな... [続きを読む]
» 「サルバドールの朝」 [心の栄養♪映画と英語のジョーク]
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1970年代初頭、フランコ独裁政権下のスペイン。自由を愛し正義感にあふれた青年サルバドール・
ブッチ・アンティック(ダニエル・ブリュール)は、無政府主義グループに参加、反体制活動に
関わる。活動資金を得るために銀行強盗にも手を染めることに。警察にマークされたサルバドールは、
ついに追い詰められ、激しい銃撃戦に巻き込まれ、彼の撃った銃弾は若い警官を直撃、サルバドール
自身も瀕死の重傷を負ってしまう。撃たれた警官は死亡し、一命を... [続きを読む]
ななさん~こんにちは!
>監督は,このシーンを一番描きたかったのかもしれないと思うと,
私もそう思いました・・・
ガローテ処刑のシーンが、一番力入っていた気がしたし・・・私は、そのシーンばかりが印象に残ってしまう映画でした・・・。
でも、ななさんちのリンク、ついまた開いて見てしまいましたよ^^(そのシーンの白黒写真)
PS TB今日も失敗した予感・・(^^;
投稿: latifa | 2008年3月31日 (月) 15時10分
latifaさん こんばんは
ごめんなさい
TB,今回はダメでした~
ガローテ,怖かったですね。あの器具そのものが何とも不気味で。
でも,首を締め上げる時間が思ったより短かったのと
その間はサルバの顔ではなく足とかを映してくれていたので
まだ救われました・・・。苦しかったでしょうね・・。
写真,見ましたか?私もそのまま載せるのは抵抗があったので
クリックして見れるような載せ方をしました。
投稿: なな | 2008年3月31日 (月) 20時13分
こんばんは。
ダニエルってば、これまでと違った印象で、なぜスペイン映画にでてるの?って真面目に疑問を抱いていたのですよ。やはりドイツ語の印象しかなかったので。
なんだかそのせいか、彼に対していつもより心より添えた感じでした。他人思いの心優しい青年像がとても自然体で演じられていて、とっても心をつかまれましたです。
昨年のマイベストシネマにランクイン&マイ涙映画ですー;;
投稿: シャーロット | 2008年4月 1日 (火) 23時00分
シャーロットさん こんばんは
ダニエル,お顔はあまりスペイン人には見えません。

でも,流暢なカタロニア語はさすがでしたね。
彼って,4か国語くらいしゃべれるんじゃなかったっけ?
フランス語とか,ドイツ語とか,東欧の国(ルーマニア?ベルギー?)の言葉とか。
・・・・頭いいなぁ。
ナイーヴな感じで,サルバドールの優しさなんかが
とてもよく表現できていましたね。
私もこれはマイ涙映画ですね
投稿: なな | 2008年4月 1日 (火) 23時45分
ななさん、こんばんわ!
この作品、前半と後半が全く別の作品のように思えて
個人的には今ひとつ入り込めなかったのですが...。
確かにラストの処刑場面が一番描きたかったことでしょうね。
そう考えるとある程度合点がいく映画です。
投稿: moviepad | 2008年4月 2日 (水) 00時38分
こんにちは

TB&コメント、ありがとうございました
この映画は、半年前に劇場で観たのですが、
今でも、この物語の悲劇を鮮明に覚えています
以前は、サルバードールと同じような活動家だった父親も、
国家の恩赦を受けたが為に、
あんな姿になってしまって…
処刑のシーンで、父親と対面したサルバドールの
「…最悪だな。」と言う言葉と、
淡々としている父親の姿に、
当時のスペイン国家の残酷さを感じずにはいられませんでした
この映画のサルバドールも、
「ラスト・コーション」のチアチーも、
活動家のリーダー的な存在ではなかったのに、
当時の時代背景と運命に翻弄されてしまう
悲しい人物でしたよね…
投稿: テクテク | 2008年4月 2日 (水) 12時58分
moviepadさん,こんにちは!
わたしも,この作品,前半はあまり好きではありません。
緊迫感のある展開は飽きさせないのですが
サルバドールの本質が現れてくるのは,後半の獄中生活からですし・・・。
処刑のシーンは残酷でしたが,目を背けてはいけないと
頑張って見届けました。
投稿: なな | 2008年4月 2日 (水) 20時00分
テクテクさん こんばんは
サルバドールのお父さん・・・壊れてしまっていましたね。
恩赦を受けても心の傷は,深すぎて癒えないのでしょうね。
スペイン国家の残酷さ・・・わずか30数年前ですよ!
まるで中世のような処刑道具・・・・。ほんとにぞっとしましたね。
>当時の時代背景と運命に翻弄されてしまう悲しい人物・・・・・
チアチーも彼も,若気の至りというか,学生時代の政治活動なんて
そんなものですよね。信念よりも情熱に浮かされたようになって・・・
それがあんな残酷な死に値するとは,とても思えませんでした。
投稿: なな | 2008年4月 2日 (水) 20時08分
こんばんは!
myブログにコメントを残してくださってありがとうございました。
ヨーロッパ映画大好き人間でございます。
ドイツ、スペイン ハーフのダニエル・ブリュールは適役でしたね。
実話なので辛いストーリーが余計辛く感じます。
あの甘いマスクのダニエル・ブリュールが演じたので、益々観ているのが辛かったです。でも現実は見つめなければならないの一作でしょうか?
こちらこそコレからも宜しくお願いします。
投稿: margot2005 | 2008年4月 3日 (木) 00時43分
ななさん、こんにちは♪
ドイツ語のイメージが強かったダニエル君ですが、こちらもかなり良かったです。
ヨーロッパ映画の若手といえばすぐに彼をイメージするようになってます。
繊細な演技が上手いですよね。
看守も彼に心を寄せて行っていただけに、あの処刑のシーンの看守の表情が苦しそうで・・・。
それにしてもあの処刑は酷い・・・。
処刑人がまた淡々としていて恐ろしいくらいでした。
投稿: ミチ | 2008年4月 3日 (木) 11時44分
margotさん,こんばんは

ようこそいらっしゃいませ!
ヨーロッパ映画には,ハリウッドには出せない美しさや
奥ゆかしさがありますね。私もそんなところが大好きです。
ヨーロッパの俳優さんもまた素敵です。
>あの甘いマスクのダニエル・ブリュールが演じたので、益々観ているのが辛かったです。
ほんとですね~,優しいキャラだから,余計に可哀想で・・・
実話としての重みはしっかり感じ取るべき映画だと思いました。
また他の作品にもお邪魔したいと思うので
これからもよろしくお願いします。
投稿: なな | 2008年4月 4日 (金) 22時30分
ミチさん こんばんわ。
ダニエル,確かに若手実力派ですね。
彼の「ラヴェンダーの~」もよかったです。
看守役の方の演技も存在感があって,とても心に残りました。
彼は処刑に立ち会うの,辛かったでしょうね・・・。
それに比べてあの処刑人・・・。不気味なくらい無感情で。
でも,そうでないと,あんな残酷な仕事やってられませんよね。
あの処刑人役の俳優さんも上手かった・・・表情とかね。
投稿: なな | 2008年4月 4日 (金) 22時34分
ななさん、こんにちは。
拙ブログへTBとコメントをありがとうございました。
ダニエル・ブリュールは本当に良い俳優さんですね。
これからの出演作にも注目したいです。
30年という歳月が流れても、ご遺族にとっては今も続いている出来事なのだと思うと、心が痛みます。
投稿: Yukiko T. | 2008年4月 6日 (日) 09時25分
Yukiko さん,こんばんは いらっしゃいませ
ダニエル・ブリュール,どの作品でも,愛すべきキャラのような気がします。
彼の持ち味なんでしょうか・・・?
サルバドールの遺族は,今でもあの不当な裁判を正したいという
熱い願いを持っているのですね。
この映画が,事態を好転させるきっかけにでもなってくれるといいですね。
投稿: なな | 2008年4月 6日 (日) 22時23分
こんばんは!
私もスペインの独裁政権時代はぜんぜん知らなくて・・
パンズラビリンスもそうでしたが・・・
正直、この青年には共感できなかった。
どうして彼らが無鉄砲な行動を起こす気になったのか、もっと踏み込んでほしかったな。
一番は処刑シーンだよね・・
惨すぎるよ。。野蛮としかいいようがない。
私もこの監督さんはここがメインだと思ったからリアルにしたんだと思う。
人の価値とか、裁きとか、いろいろな面で考えさせられる映画だったわ。
ダニエル・ブリュールはいい俳優さんですね。
投稿: アイマック | 2008年4月10日 (木) 23時55分
ななさん、おはよう!またきたよ^^;
記事とちがうけど、ダークナイトの予告編観られました?
この前、劇場ではじめてみたんだけど、今日のめざましでもやってた。
ヒース・レジャーの熱演にこの世にいないというのが信じられなくて・・・
不慮の事故とはいえ、諦めきれない。。
ヒースの映画がみたくなってきた。
観てないキャンディ、借りてこようかな。
投稿: アイマック | 2008年4月11日 (金) 09時00分
アイマックさん
連コメありがとうございます!
私も朝のテレビ見ましたよ。
8月公開ということで,9月かな~と思ってたから
早まってうれしいです。
これは話題作だから,私の県でも公開されると思う・・・
(もしされなかったら,恨んでやるぅ~~・・・・誰を?)
ヒースのジョーカーすごいですね。
彼がもういないと思うと,涙なしには観れないかもしれないけど。
ヒースの「キャンディ」もぜひ観てください。
あれも名演技です。
あ・・・サルバドールね。(忘れかけてた
)
スペインのフランコ政権の惨状は,パンズ・ラビリンスでも描かれていましたね。
陰鬱で,残酷な雰囲気は,あの映画でもひしひしと伝わってきました。
この映画も,結局はあの「ガローテ」が一番記憶に焼きつくと思います。
だって,ほんとうにむごすぎるもの・・・
でも,宗教裁判の先導者だったお国,スペインって
昔から残酷なイメージもあるのよね・・・
投稿: なな | 2008年4月11日 (金) 19時54分
ガローテがやっぱり一番印象に残っちゃいました。
それ以外は、淡々とだったので、今ひとつと思ったりもしましたが、そうだったからこそラストが光って、印象に残ったんですよね。死刑が多いからってことでも中国が批判されてたのをニュースで見ましたが、すでに死刑=野蛮=人権無視という構図が徐々に世界を占めてるようですね。でも、だからって完全になくしていいのか?って思うと日本ではなかなかそれも受け入れられないものがあるかも、と思います。死んでお詫びとか、あいつを死刑にしてくれ!という被害者の家族の叫びとか聞くと、そうだよね~・・って思っちゃう自分がいます。この問題って難しいですよね。
ダニエル・ブリュールは本当にいろいろな役がこなせる良い役者さんですね~。何ヶ国語もしゃべれるし、すごいわ~♪これから一パリいろいろな役に挑戦するんでしょうね♪楽しみ^^
TB&コメント、どうもありがとうございました~♪
投稿: メル | 2008年4月18日 (金) 00時36分
メルさん こんばんは
やっぱりガローテですよね,インパクト大。監督さんが訴えたかったものも。
でも,死刑廃止を訴えてるのではなくて,不当な裁判とか
あんな残酷な死刑法は人道的でない,とか
とにかくサルバドールの事件を忠実に世に伝えたかったのでしょうね。
死刑廃止は,私も賛成です。
廃止にしたら,極悪犯が増えるような気がする。
死刑がふさわしい大罪って,絶対あると思うしね。
ダニエル・ブリュールはいい俳優さんですね~~
ルックスは実はそれほど好みではないのですが
デリケートで知的な雰囲気が好きです。
投稿: なな | 2008年4月18日 (金) 22時52分