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2008年3月の記事

2008年3月31日 (月)

魔法にかけられて

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ディズニーだしぃ,お子様向けだしぃ~ と,鑑賞を後回しにしていたこの作品。世間の評判がすこぶるよろしいのを耳にして,本日鑑賞してきた。そしたら・・・

これがまた,お見事!のひとことに尽きる 素晴らしい作品だった 楽しくて,可笑しくて,可愛くて,ちょこっとほろりとして・・・・子供だけではなく,大人もみんな文句なく楽しめる,そして鑑賞後は素直に幸せな気分になれる,そんな愛すべき作品。

童話の国のお姫様ジゼルは,婚約者のエドワード王子の継母に,深い井戸の底へ落とされる。そこはなんと現代のニューヨークにつながっていた・・・!
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もしも,童話の中のプリンセスやプリンスが実写となって現代に現れたら・・・・?童話キャラと現代人。互いの価値観はまったく違い,かみ合わない会話やトンデモなリアクションが引き起こす大騒動が,なんとも可笑しい。

心優しく,動物に囲まれて,歌とダンスと,恋への憧れで生きているようなお姫様のジゼルと,白馬を颯爽と乗りこなし,同じく愛する女性に忠誠を誓うエドワード王子。童話の世界ではとても素敵に見える彼らも,現代社会に放り込まれると,ただの「イカレたコスプレ人間」にしか見えない。
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ひょんなことから,ジゼルを居候させる羽目になったロバート とのやりとりを通して,ジゼルは現実社会のあれやこれやを体験する。童話の世界でしか通用しない彼女の風変わりな言動は,あるときはみんなを困惑させ,またあるときは反対にハッピーにさせる。

出会いとともに恋に落ち,「いつまでも幸せに暮らす」ことのできる童話の世界。それに比べて互いを知り合う期間が存在し,「いつまでも幸せに暮らす」ことができるとは限らない現実の世界。童話の世界では感じたことのない,怒りや哀しみといった複雑な感情。

歌い,踊り,夢見るだけのお姫様だった彼女が,次第に現実世界の感覚を身につけていき,ロバートに抱く感情もまた変わってゆく・・・・・。
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童話キャラを演じた役者さん,
みんな素晴らしかった。


ジゼルを演じたエイミー・アダムス。もともと愛くるしい女優さんだけど,彼女の身ごなしが,まさにディズニーアニメの,お姫様の動きそのものなのだ。(絶えず踊っているような軽やかな歩き方とか,両手の指を優雅に反り返らせてしゃべる癖とか,可愛らしく見開いた瞳とか)

エドワード王子(ジェームス・マースデン)もまた,非の打ち所の無い,ながーい足とか,能天気に見えるほどのお人よしスマイルとか,「いるいる,こんな王子様」と膝を叩いて納得。このエドワード王子の,底抜けにいいヤツなんだけど,ヌケてるキャラというのがとってもよかった。

歴史に残る王子様などは,もっとしっかりした御仁でないと務まらないだろうが,お姫様に求婚するためにだけ登場する童話の王子様って,きっとこんな風に,単純にいいヤツなんだろうなぁ

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ナサニエルを演じたティモシー・スポールに至っては,演技なんかしなくても,もともとのお顔が,童話の世界の住人のようだ。

そして何といっても一番のヒットは,役者ではないが,ジゼルを助けようと奔走する,リスのピップ。現代ではしゃべれなくなってしまい,懸命にパントマイムで意志を伝えようとする,その仕草の可愛らしさと可笑しさに,笑った,笑った!そしてまた,そんな必死のパントマイムが,察しの悪い王子に全く伝わらないので,また笑えた。笑いを噛み殺しながらの爆笑だったので,最後は涙が出て悶絶しそうだった。

ラストはちょっと意外な展開(でも,なんとなく予想はできたけど)が待っていて,スーザン・サランドン演じる魔女とのバトルシーンもあって,結局はみーんなが幸せになって・・・・。
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冒頭とラストを飾る「飛び出す絵本」の仕掛けも素晴らしかった。ここらへんの完成度の高さは,さすがディズニーだ。

オーケストラ仕様の華やかなテーマ曲に包まれるエンドロールの間,なかなか立ち上がる気になれず,沸き起こってくる「幸福感」にしばらく身をゆだねておりました・・・

サルバドールの朝

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1970年代初頭,フランコ政権末期のスペインで,警官殺しの罪に問われ,不当な裁判で死刑判決を受けた若きアナーキスト,サルバドール・プッチ・アンティック(ダニエル・ブリュール)の事実に基づく物語。

この実話が,わずか30数年前の出来事なんだということが,信じられない。日本じゃ,万博が開催された頃。スペインでは,フランコ政権が,反旗を翻した多くの学生やテロリストを弾圧していたのだ。

物語は,銃撃戦を伴う緊迫した逮捕シーンで始まる。サルバドールはこのとき,リンチを加える警官たちに対し,不慮の発砲をし,その結果,警官の一人が死んでしまう。

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やがて物語は,獄中のサルバドールの回想へと移行。サルバドールが加わっていたのは,MIL(ミル)と呼ばれる無政府主義者グループ。彼は仲間たちと共に,フランコ政権打倒の資金調達のために,銀行強盗を繰り返していた。

銀行強盗は,普通なら,決して賛同できる行いではない。しかし,独裁政権のもと,弾圧されていた彼らの行為を,平和な時代と同じ価値観で断罪してよいものかどうか,私には正直わからない。

ただ一つ確信したのは,彼は死刑に当たるほどの罪は 犯してはいない,ということ。警官に発砲したのは,銃痕の数から判断して,明らかに彼だけではなかったし,正当防衛的な色合いもあった。それなのに,彼に有利な証拠はことごとく無視される不当な裁判によって,「見せしめ」的な死刑が確定してしまう。

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物語は中盤から,獄中のサルバドールと看守との心の交流の様子や,彼を助けようとあらゆる手をつくす弁護士の奮闘,彼の心の支えとなる姉妹たちの様子がきめ細やかに描かれる。

サルバドールの獄中での振舞いや,表情,その口から発する台詞。それを追っていくうちに,彼が危険なテロリストなどではなく,優しく繊細な心を持った,ごく普通の青年であることがわかってくる。彼は家族を愛するよき息子,よき兄だった。もし生まれてきた時代や国が違っていたら,きっと平凡だけど幸せな人生を全うしたに違いない,ごくありふれた,善良で,誠実な青年だ。

彼を演じたダニエル・ブリュールの,いかにもどこにでもいそうな,普通の青年っぽさがいい。彼は,周囲の人へのさりげない気配りや,処刑に対して抱く恐怖の表情など,サルバドールの複雑に揺れる心情をとても丁寧に演じている。「グッバイ・レーニン」に出演していたからドイツ人かと思ってたら,母親がスペイン人だそうだ。
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物語が進むにつれ,私はサルバドールの人柄に少しずつ魅了されていった。最初は敵意をむき出しにしていた看守が,サルバドールが父にあてた手紙を読んで心を動かされ,次第に彼と心を通わせていったように,私もまた,彼が何とかして助からないものかと,空しい望みを抱いた。

殉教者にはなりたくない」と言ったサルバドール。
圧政に屈さない英雄としての死よりも,
普通の人間なら当然そうするように,
「生きたい」と願った
サルバドール。
最後の瞬間まで,はかない希望を捨てずに
恩赦を待ち続けたサルバドール。

彼が姉妹たちと最後の時間を過ごすあたりから,涙が止まらなくなった。死刑の方法を尋ねるサルバドールに,看守たちは口をつぐむ。彼の処刑方法は,世にも残酷な「ガローテ」だったから・・・・・。

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ガローテというのは,鉄輪絞首刑のこと。死刑囚の首につけた鉄の輪を万力で少しずつ締め上げてゆき,首の骨を粉砕して死に至らしめる残酷な死刑法である。拷問しながら殺す,という感じだが,スペインでは30数年前まで,こんな野蛮な死刑法がまかり通っていたことに戦慄する。

この写真を見る
は,彼がガローテにかけられたシーン。

処刑シーンは長かった。
倉庫のようなところで,看守ではなく,ガローテ専門の職人風の老人が,何の感情もこもらない声で「さっさとすませましょうぜ」とばかりに彼を処刑する。(しかし普通の人間の神経があれば,こんな仕事は絶対できないだろうから,この老人,適役だとも言える。)処刑器具を目にしたときの,サルバドールのひきつった表情が痛々しかった。

とても正視できないシーンだけど,「ここはしっかり観なくては・・・・」と,涙があふれる目を見開き,腹を据えて最後まで見届けた。監督は,このシーンを一番描きたかったのかもしれないと思うと,やはり目を反らすことは,できなかった。

フランコ政権の恐怖を知らない日本人の私が,この作品のメッセージを100%きっちりと受け止めることができたかどうか,わからない。しかし,処刑後ににあの看守が叫んだ「フランコの人殺し!」という悲痛な叫びは,当分忘れられないだろう・・・・。

この不当で残酷な処刑によって,彼の名は図らずも後世に残り,ガローテ廃止にも繋がったかもしれないけど,後世に残らなくてもいいから,彼には助かってほしかった・・・・。

2008年3月26日 (水)

ラスト、コーション

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第64回ヴェネチア国際映画祭で,金獅子賞を受賞したアン・リー監督作品。1942年の,日本占領下の上海を舞台に描かれる,抗日運動に身を投じる女スパイ、ワン・チアチー(タン・ウェイ)と、特務機関のリーダー,イー(トニー・レオン)との禁断のラブ・サスペンス。

女スパイが暗殺目的で仕掛ける恋という,緊迫したストーリーなのに,ラストに近づくにつれ次第に涙腺が緩み,鑑賞後は胸をかきむしられるような重い切なさが押し寄せてきた。私はBBM(ブロークバック・マウンテン)を劇場で観ていないが,もし観ていたら,これとよく似た余韻を感じたかも知れないと思う。
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歴史背景を詳しく知らないのだが,トニーが演じたイーは,当時の日本占領下の上海で,抗日分子を捕らえては殺害していた冷酷非道な男。実年齢(45歳)より若々しくみえるトニーは,この作品では老けメイクをしたらしい。

この作品のトニーは,それまでの出演作の彼と違って,不気味で冷ややかで,得体の知れない恐ろしい雰囲気を纏っている。仕事柄,いつ命を狙われるかわからない彼のまなざしは,人の心を見透かすように,暗くて抜け目が無い。

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一方,チアチーを演じたタン・ウェイは,ファム・ファタールというイメージの麗人ではなく,羽二重モチにお雛様の目鼻をくっつけたような,どちらかというと愛くるしい顔立ち。そんな楚々としたところが,スパイに見えなくて,疑り深いイーも騙されたのだろうか。笑顔はあどけない童顔の彼女だが,ここぞというときは,どきりとするくらい妖艶なまなざしをイーに見せる。

この二人の性描写の激しさは,「ポルノでもないのに,なぜそこまで描く必要があるのだろう?」と観る前は疑問に思っていた。文字通り,目のやり場に困って,しかたなく二人の表情ばかり見ていた私だが,「イーはなんて痛ましく,苦しそうな表情をするのだろう」と感じた。そこには「恍惚」とか「快感」とか「陶酔」とかいうものは少しも感じられない

重い使命を帯びて,死と隣りあわせの殺伐とした人生を送っている孤独な男は,このような愛し方をするのだろうか。まるで心の中に溜め込んだ負のパワーを,激情とともに相手にすべてぶちまけ,破壊したがっているみたいだ。

そして,それに応える彼女もまた,愛の場面の一瞬一瞬が,命を削るような真剣勝負だったろう。ほんの少しでも疑われたら,自分の命はない。この二人の愛し合うシーンは,とても過激ではあるのだけど,エロティックというよりは,まるで命がけの闘いのような緊迫したものを感じる。

リー監督だから,この作品もまた,台詞で気持ちを説明することは,勿論ない。俳優の仕草や表情から,観客はその心境を,まるで行間を読むように推し量らねばならない。

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チアチーの歌に,涙するイーの表情。
時折ふっと,彼女にだけ見せる,柔らかなまなざし。
そして愛の証のあの指輪。


彼は確かに彼女を信じ,心から愛するようになっていたのだろう。しかしチアチーは?彼女は目的遂行のために,憎い敵に近づいているわけだから,はじめは彼に対して憎しみや恐れしか抱いてなかったはず。しかし,いざ決行というその大事なときになって,彼女は・・・・。(すいません,ここからネタバレします。そうしないと感想が書けないので)

イーに「逃げて」と告げて彼の命を救うことは,すなわち自分の死と仲間への裏切りに繋がる。彼女にそこまでさせたのは,やはり彼への愛だろう。それも,自分を捨てて省みないほどの強い,深い愛だ。
いったい彼女はなぜ,
イーを愛するようになったのか?
そして,いつからイーを愛し始めたのだろう。

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あの「逃げて!」は,観客にはずいぶん唐突に思えたけれど,もしかしたら彼女自身も予測せず本能的に口をついて出た言葉で,彼女はそのとき初めて彼を愛していることに気づいたのではないか?あの瞬間まで,彼女はちゃんと計画を実行するつもりだったはずだ。

彼女の口から出た「逃げて!」という言葉。それは,その瞬間まで彼女が心の中に自分でも自覚せずに封印していた,彼への発作的な愛の告白だったのではないか。ちょうど,BBMのイニスが,ジャックとの最初の別れのあと,意味もわからず嘔吐したように,彼女もまた,理性よりも愛の本能に突き動かされたのではないか。

彼女が彼を愛した理由・・・・それは語られていないけれど,彼女が訓練を受けた筋金入りのスパイではなく,とくに愛に関しては初心な娘であったことを考えると,激しすぎる彼との刹那的な行為や,彼女にだけ見せる彼の優しさや愛情に触れるうちに,自分でも気づかないうちに彼を愛するようになったとしても不思議ではない。

むしろ愛さないほうが不自然なくらい,
身も心も一体感を感じる関係だったのだ,と思う。

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しかし,その愛に気づいたところで,この二人には決して未来はない。彼が死ぬか,彼女が死ぬか・・・・。どちらかが死ぬしか,道のない絶望的な関係だからだ。それも,ただの死ではない。相手から殺される,という死に方である。

殺される方も,生き残る方もともに地獄。ともに哀れだ。 しかしおそらく,相手の死を命じ,生き残るほうがずっとずっと辛いだろう。
そしてその運命を引き受けたのはイーだった。
彼女が処刑されるそのとき,イーはどんな気持ちだったろう。もちろんここでイーに説明的な台詞を言わすような野暮なことは,リー監督はしない。

ただ,ラストシーン,明かりを消したチアチーの部屋で,トニーが見せた表情がすべてを物語っている。あの涙。まるで子供のように無防備に悲しみをさらけ出した顔。普段はうまくあしらっている妻にさえ,取り繕うことができないほどの,深すぎる彼の哀しみ。
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愛する女性に騙されていた,ということよりも,彼にとって耐え難いのは「彼女もまた彼を愛してくれていた」という事実かもしれない。そして仲間を裏切ってまで彼を救おうとした彼女を,自分が処刑せねばならなかったことも。

この救いのなさ,「一体彼らはどうすればよかったのか?」と繰り返し問うてみても,所詮出ない答え。ひたひたと押し寄せてくる哀しい余韻・・・・・これらはすべてBBMで感じた懐かしい痛みだった。ああ,やはり,リー監督だなぁ,やってくれましたなぁと当分どっぷりと余韻にひたりそうな予感がする。

2008年3月25日 (火)

Sweet Rain 死神の精度

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人気作家・伊坂幸太郎の同名小説  の映画化作品。原作もとても面白く,よくできた連作短編集で6話からなるが,映画ではその中の「死神の精度」・「死神と藤田」・「死神対老女」の3話が描かれていた。

原作でも,映画でも,何より魅力的だったのは,設定された「死神」たちのキャラクターだ。彼らの仕事は,不慮の死に見舞われる運命の人の前に現れ,7日間をいっしょに過ごし,その死を「実行」とするか「見送り」とするかを判定することだ。
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彼らは素手で人間に触ることは禁じられているので常に白い手袋をしている。原作によると触られた人間は寿命が1年縮むらしい。(実際に触られた人は一瞬気絶する。)

また,死神たちはミュージック好きで,(彼らの属する世界には音楽が無いのか?)仕事で人間界にやってきたときは,みんなミュージックショップでCDの試聴を楽しむらしい。だから「白い手袋をして試聴しているひとを見たら死神と思え!」(・・・・・ あの~~,それって,すごーく見分けやすいんですけど。)
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さて,この物語の主人公である,死神「千葉」 がこれまた魅力的だ。彼は,仕事のアドバイザーのような役割の黒い犬を連れている。この犬と彼はテレパシーで会話するらしいのだが,犬のせりふは字幕で出てきて,千葉がそれに応えるという形をとっている。(この二人?のやり取りがなかなか味があって面白い。)

千葉が仕事をするときは決まって 雨が降る。だから,彼は人間界では,青空を見たことがない,という設定だ。かれもまた大のミュージック好きで,暇をみつけてはミュージックショップに入り浸っている。
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彼は,どこか浮世離れした飄々とした雰囲気をまとい,浮世のさまざまな悩みや葛藤を抱えた人間たちに,「死神」ならではの,クールに突き放したトボけた人生観を吐く。「新しい言葉は解らない」彼と,人間たちの,かみあわない会話も可笑しい。

原作の中でも,千葉の魅力は際立っていたので,それを100%映画で表現できるかと危惧していたけど,さすが金城さん,彼本来のオーラや器用な演技の力で,とても素晴らしい,原作のイメージ以上の魅力的な「千葉」が出来上がっていた。傷だらけの男たちとは,また違う摩訶不思議な魅力だ。

私は彼が出ている邦画を観たのは初めてなので,日本語をしゃべる彼の声をじっくり聴いてみて,「深くていい声だなぁ」と感激。(中国語はどうしても甲高くなるので)
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それに,彼は接近する相手に合わせて服装や髪形を変えるのだけど,どんな格好をしても素敵~~  しなやかに鍛えられたスタイルが,美しい。ブラックスーツも,若者ルックも,ヤクザスタイルもみーんなキマっていた。

彼と,死を迎える運命の人間とのストーリーは,第一話はネクラなOL,第二話はヤクザ,そして第三話は美容師の老女

その内容の詳細と,それぞれの物語の繋がり具合は,ネタバレになるのであえてここには書かないけれど,千葉は彼らと触れ合い,その人生観を聞き,彼らが,この世での目的を達成したと判断すると,その死に「実行」を出し,そうでないと判断すると「見送り」を出す。
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そのストーリーの内容自体,「ちょっとユルイな・・・」と感じるものもあるけれど,やはり根底には原作者のもつ人生への,さりげなくあたたかいまなざしが感じられた。

生きることとは,そして死ぬこととは・・・・という哲学的なことも,ちらりと感じさせてはもらえるが,そんなに感動するほど大仰なものでもない。演出とかには,ところどころ力不足な惜しい点も見られる。

そう,なんといっても,この映画の魅力は,金城さん演じる「死神そのものの魅力」に尽きるかもしれない。これから,土砂降りの雨や,白い手袋や,黒い犬に遭遇するたびに,この映画のことを思い出しそうだ。

2008年3月23日 (日)

それでもボクはやってない

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「どうしても晴らせない冤罪」という地獄に落ちてしまった
ものすごく不運な,ひとりの青年の物語。

これは,日本の裁判制度のあり方を,
容赦なく浮き彫りにした作品だ。

2時間半の間,息を詰めてストーリーの行方を見守る間,展開のあまりの理不尽さに,わが目や耳を疑うような驚きを感じ,憤りやもどかしさで,胃がチリチリした。コミカルな味付けもところどころあったけど,全編を通じて,ものすごく真摯な描き方をしていた。
よくできたドキュメンタリーみたいに。

あらすじ:
フリーターの金子徹平(加瀬亮)は、通勤ラッシュの電車で女子中学生から「痴漢したでしょ」と訴えられてしまう。まったく身に覚えのない金子は、話せば分かってもらえると思い、大人しく駅の事務室に行った。しかし、「ボクはやってない!」という訴えもむなしく、そのまま警察に連行されてしまう。その日から、留置所暮らしを余儀なくされた金子の無実を訴える戦いが始まった。(シネマトゥデイ)

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監督は『Shall We ダンス?』周防正行。主演の加瀬くんは,『硫黄島からの手紙』でも,かわいそうな役だった。わりと影の薄い地味顔の彼だが,目にさまざまな感情を込める演技が素晴らしい。特に,この作品の彼の目からは,受けた仕打ちに対する,驚き・怒り・絶望・いらだちなどが,手に取るように伝わってきて,観ているこちらもすっかり彼に共感して,怒りの拳を握り締めていた。

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それにしても,金子青年や,彼の家族や友人たちと同様,私たち観客もまた,裁判は,罪人が裁かれるところだと,今までずっと思ってきたのではないか。それがそうとも限らないこと,そしていったん裁判が始まったら,冤罪を晴らすことは至難の技であるという何とも恐ろしい事実を,この映画は,克明に我々に突きつけてくる。

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罪を認めて示談にすれば即釈放だけど,無罪を主張すればずっと拘留される。有罪か無罪かを検討もせずに,なかば脅迫めいた取引を口にして,都合のいい調書しか作らない警察。

「無罪」判決を出すと何か個人的に都合が悪いことがあるのかと,思わず勘ぐってしまいたくなるような,裁判官の傾向。(実際にそうなのか?)特に,金子青年の場合,再現フィルムや目撃者の証言などが出てきたときに「これはイケル!」と思ったのに,それさえも無効にされてしまい,「何や,この裁判官」と私は怒り心頭に達した。

Cap015
この映画の法廷シーンの,醸し出す緊張感はすごい。今までサスペンスドラマなどで目にしていた法廷シーンとは全く別物で,息詰まるくらいリアルだ。これを劇場で観たら,自分も傍聴席に座って裁判の行方を見守っているような,錯覚が起きるだろう。
「彼の冤罪は晴らせるのか?」という思いがつのり,証人や弁護士や裁判官の一言一句を聞き逃すまいと固唾を呑んで見守った。

結末はとっても虚しかった・・・・。でもこれが日本の裁判制度の現実だとしたら,誰もがあらためて戦慄を覚えずにはいられないだろう。

あなたや私も,いつ,金子青年のような落とし穴に落ちないとは限らない。そして,この映画に描かれていることが事実だとしたら,ひとたび冤罪の疑いをかけられたら,無実を主張すればするほど,事態は悪くなるケースだってあるわけだ。「だってやってないんだから,有罪になるわけはない」なんて,暢気に言ってられないではないか。

Cap022
罪を犯したかどうかは,本人と神のみぞ知ることなのに,人が人を正しく裁く,なんてほんとうに可能なのか?と暗澹とした思いになる。「裁判所は真実を明らかにするところではなく,証拠を吟味してとりあえず有罪か無罪かを決定するところ」だと劇中でも言われていた。人は万能ではないから,もちろん真実でない結果が出る可能性はあるわけだけど,それでも裁判所は,真実に向かって全身全霊で取り組む姿勢が欲しい,と思う。

おそらく,「感動した」とか「面白かった」とかいう感想を言うべきではない作品かもしれない。描かれていることはずっしりと重く,非常に深刻な情報提供と問題提起をして終わる作品だった。

・・・・・しかし,何はともあれ
傑作である,と思う。

2008年3月20日 (木)

バンテージ・ポイント

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米大統領暗殺・爆破テロ事件の謎を,異なる8つの視点から追うことで,少しずつその全容を明らかにしていく ノンストップ知的サスペンス・アクション。

いや~~開始からおしまいまで ず~~~~っと頭をフル回転 しながら見ないといけないので,しまいにゃ脳味噌が沸騰しそうだったわ。  90分と短めの作品でよかった。でないともっとヘトヘトよ。

冒頭に,スペイン・サマランカでの演説中のアシュトン米大統領(ウィリアム・ハート)を何者かが狙撃し,演壇を爆破するというテロが起こるわけだけど,この事件を目撃したり関わったりした8つの視点の8人とは,
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シークレット・サービスのバーンズ
その同僚テイラー
ハンディビデオで演説を撮影していたハワード
スペイン警察の警官エンリケ
テレビ局の敏腕プロデューサーレックス
事件の主犯の男 実行犯の男
そして当の大統領自身

映画は,事件が起こった時刻から23分ほど前の地点まで,それぞれの人物の時間を巻き戻して見せてくれる。これ,とても面白い見せ方だと思った。ご丁寧に8人分みんな巻き戻すのかよ~~ダレるじゃないか!と思ったけど,人によっては端折ってくれるし,5人目あたりから全体像が少しずつ見えてきて,退屈する間もなかった。
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少しずつ事件の全貌が見えてくる面白さは,ジグゾーパズルに似てるかも。最初は何だかわからなかった絵柄が,ピースが揃うにつれて,次第にはっきりした形を現してくるところ。ジグゾーパズルも,ひとたび取り掛かったら,完成まで没頭してしまうように,この物語も いったん観始めると,最後まで食い入るように観てしまう面白さがある

途中,一箇所 「えっ  」と声をあげそうになった箇所があった。大統領役のウィリアム・ハート,「アンタ撃たれるだけの役かいな,勿体無い・・・・・」と思っていたら,とんだ仕掛けが・・・。

アイスをハワードにつけちゃった少女,アナちゃんは,どうして重要人物でもないのに,思わせぶりに何度も出てくるのかな?と訝しく思っていたら,ラスト近くにとっても重要な役割があって納得。
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犯人の目論見がおぼろげながら見えてきた後半になって,デニス・クエイドが犯人を追跡する怒涛のカーチェイスがスタートする!

これがマジで凄いのなんの。

車でひしめく大通りを,追うデニスと逃げる犯人の車が,どう考えても絶対不可能な 暴走,逆走,ジグザク走(もう何でもあり,空を飛ばないのが不思議なくらい)を2倍速の早回しのような超高速でやってくれる。鑑賞しているこっちも,アドレナリン出まくりである。

そしてラストの犯人の末路は,ちょっとあっけなさ過ぎて,「へ???」とやや肩すかしだか,不満を感じる間もないくらい,その後はささっと,手早く幕が降りてくれる。
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語り口の斬新さと,超スピーディな展開で,観客を画面に釘付けにする手腕は,「いやはや,お見事!」としか言いようがない。テロを扱っているからと言って,社会的なメッセージが込められているわけではなく,あくまでもエンタティーメントを狙った作品だけど,とっても面白かったです。

2008年3月19日 (水)

ぼくを葬る

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余命あと3ヶ月と宣告された若者が,
切ない葛藤とともに,迫り来る死と向き合い
次第に 死を静かに受け入れてゆく物語。

パリで活躍しているファッション・フォトグラファーのロマン(メルヴィル・プポー)は,ある日ガンで余命3か月だと宣告される。もしも自分が余命3ヶ月だと知らされたら,残された日々をどのように過ごすだろうか。死を告知された主人公の物語は,それまでにもいくつか見てきたけど,ロマンのような静かに心に沁みる物語は初めてだった。

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31歳という若さで断ち切られる人生に対する未練。やり残した仕事や,残してゆく愛しい者たち,そして死そのものに対する恐れ・・・さまざまな思いで,ロマンの心は乱れたことだろう。

彼は,死が迫っていることを,祖母以外の家族には打ち明けない。同棲していた恋人にさえ言うことができず,自分の方から別れを告げてしまう。余命がいくばくもない場合,家族の支えの中で,彼らとともに過ごしながら死を迎えたいと思うのが普通なのに,ロマンはそれをしなかった。・・・・いや,できなかったと言うべきか。
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これはとても静謐な作品で,彼の心情を言い表す台詞はとても少ない。だから繊細な表情の変化で,彼の気持ちを汲みとらなければならないのだ。

確信はないのだけど,唐突に死を宣告されたばかりで,息も絶え絶えの彼の心は,予想される家族の反応に耐える自信がなかったのではないか。母は感情的になり,父は問題から逃げ出す。そして不仲の姉は自分を憐れむだろう,とロマンは祖母に語っている。

肉親であるがゆえの激しい嘆きも,憐れみも,このときの彼は欲しくなかったのかも知れない。だから彼は,自分でもまだ整理のついていない心を,動じることなく受け止めてもらえる祖母にしか,真実を打ち明けることができなかったのだ。人生を味わいつくし,すべてを達観しているような祖母は,孫の告白を静かに包み込むように受け入れ,ロマンはきっと彼女から大きな癒しを得たと思う。
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そして,彼はたった一人で誰の慰めも憐れみも受けず,迫りくる死と向き合うことになる。思い出の場所で時々現れる幼い自分のまぼろし。少年時代の無邪気ないたずらや,同性愛者である彼が,初めてその感情に目覚めたときの淡い記憶・・・。
それらを思い出し,見つめるロマンのまなざしは限りなく優しく,同時に悲しみに満ちている。

彼は,カフェで出会った中年女性とその夫の申し出を受け入れて,不妊症の彼女の代理父をつとめる決心をする。

自分の死後に自分の血を引いた子どもが生まれる。ゲイの彼が女性に子供を産ませるなんて,死を目前にしていなかったら,思いつきもしなかったことかもしれない。彼は,自分の生きた証を残したかったのだろうか?このあたりのロマンの心境は,女性である私にはちょっとわからないけれど。

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女性が妊娠すると,子供の誕生を見届けることができないロマンは,自分の全財産を生まれてくる子に譲ることで,まだ見ぬ息子への切ない愛情をしめす。このころから,彼の顔には,やつれてはいるものの,不思議な明るさが射しているのがわかる。少しずつ,少しずつ,満ちてくる水のように,彼は自分の死を受け入れていったのだろう。

ラストシーンの美しさをなんと表現したらいいのだろう。

彼は,臨終の場に選んだ海水浴場で,見知らぬ人たちの喧騒の中に身を置いたあと,日暮れに人影の絶えた浜辺で,ひとり静かに息絶えるのだ。いささかも取り乱さず,限りなく穏やかに。まるで沈んでゆく太陽とともに,彼の命の灯火もひっそりと消えていくかのようだった。あとに残ったのはただ,太陽の残照と潮騒の響きのみ。
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人は塵(ちり)から生まれ,塵にかえる。
そんなことばが脳裏に浮かんだ。死というものを,こんなにも美しく描いた物語は他にない。

死は誰もが避けられないものであり,どんなに辛くても,自分ひとりで向き合わねばならないものであり,それを受け入れて初めて平安が得られるのかもしれない。それにしても,このような死の迎え方ができたロマン。なんて優しくて,強いひとなんだろう,と思う。私にはとても真似できない。

オゾン監督の描いた洗練された映像,程よい音楽,世界観。
すべてが夢のように切なく,美しかった。

2008年3月17日 (月)

リトル・ダンサー

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イギリス北部の貧しい炭鉱町に住む11歳の少年が,クラシック・バレエに夢中になり、「男がバレエなんて!」という家族の反対や逆境を乗り越えて,ダンサーになりたいという夢を叶える,爽やかなサクセスストーリー。   

ジャンパーグリフィン役で,結構渋く成長したジェイミー・ベルを見て,久しぶりに彼の初々しいデビュー作を観たくなった。で,久々の再見の感想だけど,やっぱりデビュー時の彼は可愛いし,演技の才能も,このころから確かなものを感じるなぁ。
Cap028
この手の夢を叶えるサクセスストーリーは,ありがちで,大したひねりもないけれど,この作品の最大の魅力になってるのは,ジェイミーが演じたビリー少年のキャラクター。

ボクシング教室に通う(というか,父親に通わされている)ビリー。彼は,たまたま同じ場所でやっていた,ウィルキンソン先生のバレエ教室の練習風景に心惹かれて,父には内緒で弟子入りする。
Cap015
「男の子なのにバレエが好きな自分」に対する戸惑いや,チュチュを纏った少女たちにひとり混じって練習するバツの悪さは,当然感じただろう。それでも「バレエが好き」という思いに突き動かされている,一途で不器用なビリー少年の,「切なげな しかめっ面」が何ともいじらしくて好きだ。

ロイヤル・バレエ・スクールのオーディションの時とか,合格通知の結果を家族に知らせるときとか,普通なら笑顔になるべき場面でも,感極まったビリー少年の顔は,やっぱり泣き出しそうな,しかめっ面だった。

そして彼のダンスは,華麗なテクニックこそないけれど,内側に秘めた情熱があふれ出てスパークしているような,熱いものを感じさせる。

Cap006
愛すべきキャラはビリー少年だけではない。
妻に先立たれた寂しさを押し隠してストに明け暮れ,子どもの前では肩肘張って生きている,頑固親父のパパ。「プロのダンサーになるのが夢だった」という痴呆症の始まった祖母。ぶっきらぼうで乱暴だけど,心の中ではビリーを愛している兄のトニー。内向的で女装趣味のある,ビリーの親友のマイケル。こんな田舎町で,細々とダンス教室を開いているウィルキンソン先生。
彼らはみな,見方によっては、そこはかとなく,人生の「負け組」の雰囲気を漂わせている。しかし世渡りは下手でも,彼らなりに,懸命に生きている姿は微笑ましく,応援したくなる。

死んだ母からビリーに当てた手紙とか,親友マイケルとの友情とか,心暖まるエピソードはたくさんあるけど,やはり一番ぐっと来るのは,一徹なパパのビリーへの思いだ。
Cap058
最初は「バレエなんてとんでもない」と,力ずくでやめさせようとしていたパパ。でも,息子の才能に気づいてからは,己の節を曲げ,スト破りをしてまで,ビリーの夢を叶えてやりたいと願うようになるパパ。

故郷ダーラムを一歩も出たことがないのに,オーディションの付き添いのためロンドンに行き,審査員の前でも内心の気後れを見せまいと,昂然と頭を上げ,胸を張るパパ。合格通知がくると,飛ぶようにパブに駆けてゆき,全身で喜びを表現するパパ。
Cap065
・・・・彼の生き方もまた,
息子のビリーと同じように,不器用でまっすぐだ。


そしてやはり一番の感動シーンはラスト

パパがトニーといっしょに,成長したビリーの「白鳥の湖」の初公演を見にゆくところ。昔よりちょっと年をとったパパと,そんなパパを引率する役目のトニー。客席にはビリーの親友のマイケルの姿もあった。幕が上がり,目くるめくライトの中を,美しい鳥のように力強く飛翔するビリーの姿と,それを目をうるませ、息を呑んで見つめるパパの顔・・・・。
Cap068
パパたちに負けないくらい,ビリーの成長を見守ってきた私たち観客にとっても,最高のラスト。何度見ても,必ず心があったかくなる,素敵な作品だ。

2008年3月15日 (土)

明日、君がいない

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先日鑑賞したエレファントは,強烈に心に残ったが,この明日,君がいない」,エレファントに似た作品である(というか,エレファントの影響を受けている作品らしい)と聞いて,DVDをレンタルしてみた。どんな映画かと言うと・・・・。

冒頭に,トイレで誰かが自殺したことをほのめかす映像が映し出される。それが午後2時37分。そして場面はその日の朝に巻き戻され,普段通りのハイスクールの一日が始まる。

高校生のマーカス,メル,ルーク,ショーン,サラ,スティーヴンのエピソードが,かわるがわる映し出されるのだが,途中に彼らのモノクロのインタビュー映像が何度も挿入されていて,それぞれの置かれている状態や心境が,少しずつこちらにわかってくるような仕掛けになっている。物語が展開するにつれて,一見普通にみえる彼らが,実はそれぞれ深刻な悩みを抱えていることが見えてくる。

彼らの中の,ある青年は,完璧を求める父親に応えるためにストレスを溜めている。またある少女は,近親相姦により,妊娠してしまう。ゲイであることをカミングアウトして親や友達から疎まれている青年もいるし,ゲイであることを,必死で隠している青年もいる。障害のために,みんなから苛められている少年もいる。
Cap045

観ていて辛かったのは,彼らが,揃いも揃って,自分の悩みを他人には絶対打ち明けられなかったことと,悩みを持っているもの同士で傷つけあう場合もあった,ということ。

誰も他人の心の痛みなんか全く見えていない

というか,自分のことでせいいっぱいなのだ。一瞬一瞬を必死に生きているようなものさえいるのだから。観ていて,痛々しいし,目を背けたくなるほど醜悪にも見えるし,また限りなく哀れにも思う。

自分の悩みでいっぱいいっぱいの,ティーンエイジャーという時代。誰にも相談もできず,弱みは決して見せたがらない,この年代特有の,繊細さと幼さ。

ほんとに,この中の誰が自殺してもおかしくないことが,物語の進行とともにわかってきて,「一体誰が・・・」と,見てる方はだんだん息を詰めて画面を見守ることになる。ここらへんはサスペンスを見てるような緊張感が漂う。そして運命の2時37分に自ら手首を切ったのは意外にも・・・・・。
Cap048_2
「エレファント」と比べるものでもないとは思うが,舞台がキャンパス内の一日に限定されているということ,それぞれの登場人物のシーンの時間軸をずらす手法,空の映像やクラシック音楽の使い方,テーマのひとつがおそらくこの年代特有の「孤独」である,という点がよく似ていた。ガス・ヴァン・サント氏の真似をしたとは言わないけど,多大な影響を受けた見せ方のように思える。

しかし,この監督ならではの個性や才能も光っていて,決して二番煎じにはなっていない。「エレファント」は,登場した高校生はほとんどアドリブで台詞を言い,ストーリー性を排除していたけど,この作品はストーリーがしっかりと絡み合っていて目が離せない

また,「エレファント」は監督のメッセージをあえて語らなかったところに特徴があるけど,「明日~」は,監督のメッセージもしっかり伝わってくる。さすがに映像や色彩の美しさ,神々しいまでの透明感や独特のカメラワークの持つ魅力は,巨匠のサント監督にははるかに及ばない気がするけど。
Cap062
・・・・・しかしながら,19歳でこれを撮ったとは,すごいものだ。この映画がもたらす余韻も半端ではない。「エレファント」のような静かな余韻が長く尾をひくのと一味ちがって,頭を殴られたような強烈な余韻だけど。

ある日突然,知り合いが自ら命を絶った,という出来事を,私は二度経験している。ひとりは職場の同僚で,もうひとりは同窓生だった。どちらの場合も,前日まで彼らの抱えていた悩みに,周囲の人は全く気がつかなかった。同窓生の方は,1年経った今でも,原因がはっきりとわからない。

ああ,あの人は,きっとあの時,ほんとうに辛かったんだろうな。そしてそれを周囲に気づかれないように,必死で隠していたんだろうな。
そんなことを鑑賞後に思って,切なくなった。

2008年3月13日 (木)

エレファント

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1999年に,全米を震撼させたコロンバイン高校の銃乱射事件をモチーフにした,ガス・ヴァン・サント監督の衝撃の問題作。2003年のカンヌ国際映画祭で,史上初のパルム・ドールと監督賞のW受賞という快挙を果たした作品でもある。Cap009
実際の事件で,犯人の少年たちを惨劇に駆り立てたものは,同校で日常的に行われていたいじめが原因だったらしい。しかし,この映画は,そのあたりをわざと明確には描いていなかった。

そもそも,こんな重くて残酷なテーマを扱いながら,この作品はなんともいえないほどの,美しさと静謐さに満ちていたのだ。

オープニングは,一種独特の透きとおった色合いを持つ青空のシーン。絶えず流れる雲と,遠くから屈託なく響く若者たちの声。美しく色づいて散りかかる街路樹,明るい光が降り注ぐ広々としたキャンパス・・・いつもと何ら変わることのない朝の始まり。
クリアで透明感溢れる映像の雰囲気は何というか・・・とても上品で美しい。
Cap013
出演したのはみんな現役の高校生
。取り立てて誰か一人を主役に据えたりはせず,ただ淡々と彼らのありのままの日常を,ひたすら静かに追いかけるようなシーンが続く。

恋やダイエットや親の愚痴に興じる女子学生たち。
写真が趣味の,物静かなイーライ。
地味で寡黙で,ボランティアに励むミシェル。

泥酔した父親の世話をして学校に遅刻してきたジョン。
女の子に人気のあるアメフト部のネイサンとその彼女。
Cap001
カメラは構内を移動する彼らの背後から,後姿を影のように追いかけたり,彼らの視線の先を映し出したりするので,観ている方も,一緒にその場にいるような錯覚が起こる。


みんな演技は素人で,台詞もほとんどアドリブだったらしい。だから,惨劇が起こるまでのストーリーはあってないようなもので,彼らは,いつも自分たちが高校で交わしているような会話をし,行動を取っていただけ。そこには,演技とは思えないような自然なリアルさが漂う。
Cap020_2
ドキュメンタリータッチとも言えるのだけど,ドキュメンタリーのような無味乾燥な雰囲気がなく,なんと表現したらいいのか・・・・ただ淡々と,高校生たちの行動を見せられているだけなのに,その映像からは,まるで詩を読んでいるような,もしくは静かな音楽を聴かされているような,「洗練された美しさ」を感じる。だから,ストーリー性が希薄な前半も不思議と見飽きなかった。

後半になって,犯人役とおぼしき二人の少年が,クローズアップされてくるのだが,いじめを受けていたシーンも,必要最小限にほのめかす程度に抑えられているので ,彼らの抱えていた心の闇の部分は,はっきりとは見えてこないのだ。
Cap024
彼らが通販で銃を購入し,万全の準備を整え,犯行手順も綿密に打ち合わせる光景もまた,キャンパスの描写と同じように,あくまでも淡々と描かれている。銃撃のシーンでさえ,不必要な擬音は一切使われず,冴えた銃声のみが響き渡る。普通なら修羅場になるそんな場面でさえ,なぜか「整然」とか「静謐」とかいったイメージが脳裏に浮かぶのだ。

何の誇張もなく,起こった事実だけを映し出した後,突き放すように物語は唐突に終わる。そこには否定も肯定もなく,嘆きも糾弾も,もちろんいかなる問題提起もない。しかしそれだからこそ,鑑賞後にはひたひたと,静かな哀しみのようなものが満ちてくる。
Cap034
ガラスのように繊細で脆い17歳の感性や,銃が難なく手に入る環境が,彼らを惨劇に駆り立てたのだろうか。何の答えもあえて差し出していないこの作品は,かえって深い余韻を残す。ガス・ヴァン・サント監督の美的感性って・・・・天才かもしれない(何をいまさら)
非常に個性的な作品ではあるけれど,間違いなく傑作だと思うし,楽しい気分にはなれないけれど,一度は観てみる価値のある作品かも。

追; 出演した高校生の中で,ジョン役のジョン・ロビンソン君は,ロード・オブ・ドッグタウンのスケボー少年ステイシー役でも出演してます。ジョンは,この映画の中では,繊細で心優しい少年として描かれていて,だからこそ,犯人たちから「中へ入るな,地獄を見るぞ」と警告されて命拾いします。彼はきっといじめには加わらなかった一人なのかな,とふと考えてしまいました。

2008年3月10日 (月)

キサラギ

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世間でとても評判がいいので DVDで鑑賞
・・・・で,結果,ものすご~く,面白かったぁ もう,マジで最高だった。脚本も,役者も,何もかも。おかしくて,お洒落で,クールで,そして何故かあたたかい・・・・素敵な作品だった。

物語は,一言で言えば,密室の中の5人の登場人物たちの台詞のやりとりで進行する,一風変わった心理サスペンス劇のようなもの。
Cap107_2
ストーリーは・・・・
2月4日は,自殺した売れない清純派アイドル如月ミキの一周忌。彼女のファンサイトで知り合った5人の男たちは,追悼会をすることに。当日,初対面の彼らは一室に集い,如月ミキの思い出話に花を咲かせるはずだった。しかし,「彼女は自殺じゃなくて殺された」という発言が飛び出し,たちまち事態は急変。さまざまな机上の推理が,二転三転しながら展開してゆくうちに,ハンドルネームしか知らないお互いの秘密もまた,明らかになってゆく。はたしてミキはほんとうに殺されたのか?そして犯人はこの中に・・・?
Cap106
サイト上でハンドルネームでの交流は,別人を装えるし,プライベートは隠せる。ハンドルネームだけで知り合った彼らが,実際に顔を合わせて一定の時間を過ごす,という設定がまず面白い。インターネットやブログが普及した時代ならではのスリルがあって,ひとごととは思えない。われわれだって,共通の趣味を持った気の合うブロガーフレンドを持っているわけだが,実際にご当人と顔を合わせてみたいと,時々ふと思うことはある・・・。

5人のハンドルネームと第一印象を並べてみると・・・・
Cap125_2
「家元」(小栗旬)
ファンサイトの管理人で,追悼会の仕掛け人。ミキのパーフェクトコレクションを誇る,気配りタイプのまじめそうな好青年。「しがない公務員」と自己紹介するが・・・。


スネーク(小出恵介)
「俺,スネーク。如月ミキを愛する気持ちは誰にも負けない,ヨロシク!」と言う台詞が示すように,ややお調子者で直情的な感じの若者。雑貨店に勤務しているらしい。

オダ・ユージ(ユースケ・サンタマリア)
礼節を重んじる,とっつきにくく,堅苦しい感じの男。楽しい雰囲気をぶち壊すような発言もする。彼が最初に「ミキは自殺じゃない」と口火を切る。
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安男(塚地武雅)
田舎から出てきた不器用で朴訥な太目の農業青年。本名をハンドルネームにしている。持参したお手製のアップルパイを食べて食あたりを起こし,開会そうそうトイレにこもる羽目に・・・。

いちご娘(香川照之)
サイト上では,女の子を装っていたオッサン。何故かミキのカチューシャを持っている。無職で,なにやら胡散臭い雰囲気がプンプン・・・・。

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練りに練られた脚本が素晴らしい。一室の中だけで展開してゆく,ドタバタ推理劇の面白さ。これは決してネタバレを言ってはいけないタイプの物語なので,これ以上ストーリーについて触れることはできないけど,話が進んでいくにつれて,彼らがみんな(一人を除いて)一介のファンなどではなく,それぞれミキと,個人的なつながりがあったことが判明してゆき,ミキの死の責任は誰に・・・ と,緊迫感が高まってゆくのだ。

そして,役者がまた全員達者なこと!

・・・・恥ずかしながら   わたくし,ドラマを観ないもので,巷で大人気の小栗旬くんが演技するのを観たのは初めてでございます。(あ,石を投げないでぇ~~)ただのアイドルかと思ってたら,彼,すごい演技が上手いですね
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コミカルな演技も,シリアスな演技も器用にこなせる,素敵な役者さんじゃないですか!ちょっぴり萌え~~)

・・・・で,ラストは,ほのぼのした。
まさかこの物語ではゆるまないだろうとタカをくくっていた涙腺が,ほんの少しゆるんだ。それに,一度観てそれぞれの登場人物の秘密を知った上で,最初から見直してみると,また違った面白さが味わえて,DVDで観るには最適の作品かもしれない。未見の方,邦画はちょっと・・・・と言う方(=それはわたし)にもオススメ!

2008年3月 8日 (土)

インベージョン

Cap074_2 
DVDで鑑賞。
一言で言えば,エイリアンのウィルスに寄生されて,人格を乗っ取られる恐怖を描いたSFホラー・サスペンス。これは結構使い古されたネタのお話だった
しかしこの映画の一番の見所は,ニコール・キッドマンの,ぞくぞくするほどの美しさかもしれない。荒唐無稽なストーリーを,2時間飽きることなく固唾を呑んで見れたのは,彼女の表情や一挙一動に見とれているうちに,時間が過ぎたってこともあるなぁ。
Cap024
ニコールが演じるのは,シングルマザーで,精神科医であるキャロル。彼女は元夫のタッカーから,息子オリバーへの面会要求を受ける。気は進まないものの応じるキャロル。しかし,彼女はタッカーが以前の彼と別人になっているような,得体の知れない恐怖を覚える・・・。それと同時に,彼女の患者からも「夫が別人になったような気がする」という相談を受ける・・・。

宇宙から飛来した意志を持つウイルス。それに感染すると,睡眠中に人格を乗っ取られ,何の感情も持たない人間になってしまう・・・というのだ。タッカーから感染させられたキャロルは,息子オリバーを彼の元から救い出し,感染者の支配からオリバーを守って逃げ惑うのだが,その間決して眠らないよう,睡魔と闘い続ける。

追い詰められてイラつく美女
の役が結構多いニコール。そしてそんな役のときにもっとも美しく輝くニコール。「アザーズ」もそうだったが・・・・。今回はそれに,「闘う母」の顔も加わっている。しかし,ヒステリーを起こしていても,睡眠不足で目の下に隈を作っていても,鬼のような形相でも,この方はどんなときも,まことに人間離れして美しい。
Cap029
そして,キャロルを愛する医師ベンの役で,なぜか実年齢より,この映画では若干老けてみえるダニエル・クレイグ。この映画のベン役よか,「ライラの冒険」のアスリエル卿のほうが数段カッコいいのだが・・・・。ま,それはともかくとして,彼は元夫や感染者の集団から逃げるキャロル母子を頼もしくサポートするのだけど,終盤になって・・・・。
Cap069_2
変な役だなぁ,ダニエル~ とも思ったけど,考えてみれば,ボンド役以降はヒーローカラーが身についたものの,ダニエルはもともと,悪役や癖の強い役でもスクリーンに登場していたお方。彼の悪玉にも善玉にも取れる雰囲気が,ベンを演じるうえではぴったりだったように思う。

この物語,結構つっこみどころもあって,宇宙から来たウイルスによる感染という,普通は信じられないような奇天烈なハナシを,ベンをはじめとする医師たちが何の違和感もなく受け入れて,すらすらと机上で方程式を解くように,あっさりとワクチンなぞ作ろうとするところなんかいかにも不自然なのだが,それでも「眠ると感染」という緊張がもたらすハラハラ感は新鮮で,何よりニコールの美しさと演技に圧倒されて,些細なつっこみどころは吹っ飛んでしまう。
Cap076
感染すると,一切の感情がなくなるから,感染してないことを見破られないために,人ごみでは「必死の無表情」を演じるニコールの表情が凄かった。そして,しつこいようだが,そんな表情でもとんでもなく美しいのだ。彼女は。たしか40歳になったと聞いているけど・・・・(ウッソー! 

私にとっては,人に取り付いて別人にしてしまうウイルスの存在よりも,ニコールの20代にも見える若さと美しさのほうが,よほどSFホラーみたく思えましたよ・・・・。私もブログにばかりかまけてないで,ちったぁお肌の手入れも真剣にやろうと思いましたわ。(ブログ始めてから,睡眠不足で老け込んだ気が・・・・)

2008年3月 7日 (金)

ジャンパー

P02_2 
お話はシンプル。テレポート能力を持った若者と、彼らを抹殺する使命を持ったパラディンという組織の闘いだ。そして見所はヘイデン・クリステンセンのルックスとジャンプシーンやバトルシーンの迫力・・・だけかもしれない。

残念ながら私は,主人公のジャンパー青年デヴィットに,全く共感できなかったのだよこの物語。何しろ彼はテレポート能力を使って銀行強盗を働き,盗んだお金で優雅に暮らし,毎日世界名所巡り無銭旅行やってるんだから。自宅の部屋の中を横切る手間すら惜しんでテレポートするシーンでは,それくらい二本足で歩け!と思ってしまった。

デヴィット,おめー,スパイダーマンのとこに弟子入りさせてもらってだな,「大いなる能力には,大いなる責任が伴う」って考えを,きっちり教わってこい!・・・・・ なんちゃって・・・。

ジャンパーってさあ,途方もない能力だから,戸惑ったり苦悩したり,世のため人のために使おうとか,いろいろ葛藤してもよさそうなもんだけど,彼はまったく「美味しいとこ取り」なんだもん。       
001
ジャンパーがみんなこんな勝手なことをしてるなら,確かに彼らを駆除する謎の集団がいても仕方ないだろう。こんな力を悪用されたらたまったもんじゃないし(・・・しかし人助けに能力を使うような,よいジャンパーもどこかにいてほしいものだが。)

では,彼らを狩るバラディンたちを応援したくなるかというと,困ったことに,それがそうでもないのだ。ボスであるローランドが,何やら胡散臭い悪党にしか見えなかったせいもあるが,彼らが命を賭けてジャンパーたちを追うようになったいきさつとか、思い入れの深さとか,もっと書き込んでくれてたらよかったのに,と思った。ジャンパーを追い詰めて,捕らえるための武器などは(鎖が飛び出す銃とか)面白かったけど。
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私としてはデヴィットとローランド,どちらにも肩入れできなかった闘いは,どんなに派手でも,やはりイマイチ醒めた目で観てしまった。

唯一、共感というか興味をそそられたキャラは,ジェイミー・ベルが演じた先輩ジャンパーのグリフィン。彼は幼い頃に両親をバラティンに殺されたという理由から,復讐という執念を持って彼らに挑む。彼は謎の多い,すさんだ雰囲気だけど,テレポート能力を面白おかしく暮らすことだけに使っていたデヴィットよりはずっと応援したくなる。しかし、このグリフィンに関しても,せっかく印象的なキャラなのに,何か説明不足で不完全燃焼に終わってしまったような感じだ。
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そう,この作品,せっかく面白そうな設定なのに,すべてが中途半端な印象を受けた。母親役のダイアン・レイン(しかし,老けましたね,彼女)のエピソードも,もっと詳しく知りたかったし・・・

ラストは はっ,そこで終わり という感じ。続編にでもつなげるのかな?・・・それにしてもデヴィットは,今回のことに懲りて,行いを改めたりはしないのかしら。それもこれも続編のお楽しみかな?あと、ヒロインはもっと美人じゃなきゃ。
011
・・・・・と,文句ばかり並べたレビューになって恐縮だが,テレポートしながらの死闘とか,車もろともジャンプとか,ちょっと速すぎて目は回るけど,凄い映像は楽しかった。

あと、デヴィットはヤな奴だけど,演じたヘイデン君は美しい。影を背負った憂欝そうな顔がセクシーだ。ジェイミー・ベルも,「リトル・ダンサー」(このときは可愛かった)でバレエ踊っていただけあって,運動神経抜群だからアクションが上手い。彼って,イケメンではないけど,癖のある役がよく似合うわ。

2008年3月 4日 (火)

遠い空の向こうに

Cap111
NASAのロケット・エンジニアホーマー・ヒッカムの自伝を基にしたヒューマンドラマ。観賞した人はほぼ例外なく,爽やかな感動を味わえる好感度100の作品。若くてみずみずしいジェイク・ギレンホールの魅力も満載だ。

ウエスト・ヴァージニアの小さな炭鉱の町コールウッドに住む高校生ホーマーは1957年10月にソ連が打ち上げに成功した人類初の人工衛星スプートニクに触発されて自作のロケットを打ち上げたいという夢を抱き,級友3人とともに本格的なロケットづくりにとりかかる・・・・・。
Cap055
特にひねりがあるわけでもなく,サクセスストーリーの王道をゆく物語なのだが,この作品には誰の心の琴線にも触れる,ストレートな感動がいくつも詰まっていた
それは・・・・

 青春ものとしての感動
Cap077
思春期の少年たちのピュアな心や,堅い絆が素晴らしい。コールウッドでは,フットボールが上手くて,大学の奨学金を獲得するような体育会系はもてはやされても,ホーマーのような科学オタクは,やや軽く見られていたらしい。
周囲の揶揄にもめげずに,時々は喧嘩もしながら,「なんとかこの炭鉱の暮らしから抜け出したい」という思いを胸に,夢に向かってまっすぐに向き合う彼らの生き生きと輝く瞳や笑顔がまぶしい。

  教師ものとしての感動
Cap052
不可能に思えたホーマーたちの夢を,あたたかく応援し続けたライリー先生の存在は大きい。彼女の精神的な支えやアドバイスがなかったら,彼らロケット・ボーイズは,果たしてあそこまで頑張れたかどうか。
教え子の才能を見抜き,進むべき道を提示できる教師は素晴らしい。コーラスマチュー先生を思い出した。「彼らの可能性を信じなければ,教えることなどできない」と言うライリー先生の台詞が心に残った。いい教師との出会いって,ほんとうに人生を変える。(逆も またしかりだが)


 父子ものとしての感動
Cap115
息子に自分の跡を継いで 炭鉱夫になってほしかった父親と,炭鉱夫にだけはなりたくない息子との対立。内心は愛し合っているのにすれ違う父と息子。「リトル・ダンサー」も,こんな物語だった。あの物語も,バレエをやりたいという息子の夢を,なかなか受け入れられない頑固親父が登場した。そして舞台もまたさびれた炭鉱の町だった。

ホーマーは,フットボールのうまい兄に比べて,自分は父に軽視されていると思い,ロケットへの夢を少しも理解してくれない父へ不満を抱いている。それに対して,父の方は,自分の誇りである炭鉱の仕事を嫌う息子に,怒りや寂しさを感じている。

Cap087
ジェイクの,反抗心とやるせなさをたたえた瞳も素晴らしいが,クリス・クーパーの表情の演技が圧巻。不器用で一徹な頑固親父の,葛藤するさまがとてもよく伝わってきた。
この親子,価値観は正反対だけど,父も息子も頑固で志が高く,実は似たもの同士。それに気づいたときに,ようやく互いの心が素直に結びつく場面は,何度観ても感動する。

  実話としての感動
Cap072_2 
考えてみれば凄いことだ。田舎町の高校生4人が,ロケット工学のイロハから独学して,様々な失敗や困難をひとつひとつクリアして,あれだけの偉業を成し遂げるとは。彼らはまさに「道なきところに道を造った」のである。

「炭坑の敷地内でやるな」と言われれば,13キロ離れた場所にまで通うド根性。資金調達のためには廃線の線路をはがして売り,最大の試練だった「山火事冤罪」にも,一度はメゲたものの,無実を立証するまであきらめない。


彼らのアイデアの柔軟さと,不撓不屈の精神には脱帽
。(しかしまじめで頭がいいね,50年前の高校生って)

Cap110
頑張れば,みんなが夢を実現できる・・・・とまでは言わないけど,多くの青少年にこれを観てもらって,一度しかない青春時代の純粋なパワーを,夢の実現に向けて使ってほしいし,われわれ大人は,ライリー先生みたいに,彼らをサポートする心を持ちたいものだ,と素直に思えた。
そうだ,少年よ!
大志を抱きたまえ!

(・・・とオバサンは叫ぶ。心の中で)

Cap063_3
この作品のジェイクは,
食べちゃいたいくらいキュート
食べたら,やわらかで甘くて,美味しそうな感じがする。(←ハンニバルかい!)ひたむきなまなざしで語るところは,この頃から同じ。炭鉱で働いていた頃は,青いダンガリーシャツにジーンズ姿で,なにやらジャック・ツイストの少年版のようだ。
ああ~~かわいい~

2008年3月 1日 (土)

ライラの冒険 黄金の羅針盤

001
何の因果か,子連れでもないのに 吹替版で観た。ひとえに上映時間の関係。主役のライラちゃんの台詞まわしが,やや好みじゃなかったけど,吹替版って案外お話が,わかりやすくなるもんだね。場内は女の子連れのご夫婦ばかりだった。

さて物語は・・・
“オックスフォード”の寄宿生である12歳のライラ・ベラクア(ダコタ・ブルー・リチャーズ)は、一心同体の守護精霊“ダイモン”という動物といつも行動をともにしていた。そんな不思議な世界で、謎の組織に子どもたちが誘拐される事件が続発、親友を誘拐されたライラは自ら捜索に乗り出す。(シネマトゥデイ)

この物語は三部作らしい。
「黄金の羅針盤」は、全三作から成る物語の最初の部分をなしている。この第一作の舞台は、われわれの世界と似た世界であるが多くの点で異なる。第二作の舞台は、われわれが知っている世界である。第三作は、各世界間を移動する。                    ― 原作「黄金の羅針盤」より―
002
今作はその第一作目なので全体の序章というか,主要人物の顔見せのような雰囲気だった。

一番魅力を感じたのは、この物語の持つ独特の不思議な世界観だ。ライラの住む世界は我々の住んでいる世界とよく似ているが異なるパラレルワールドで,そこでは人間の魂は肉体の外に住み,動物の精霊ダイモンの形を取っているそうな。

何とユニークな考え方!
じっさい,劇中の登場人物の誰もが,ダイモンである虫やら動物やらを必ず連れているのが妙に楽しい。あるじ同士が険悪なムードになると,ダイモン同士も睨み合ったり取っ組み合ったりして面白いし,かわいい。
自分の生きている世界とよく似たパラレル・ワールドでは,こんなふうに誰もがダイモンと行動を共にしていると想像すると,オトナの私でも,何か わくわくするような・・・・。(え,しませんか?) 

Img_snowleopard 公式サイトで、自分のダイモンが何か判定してみたら,何と嬉しいことにアスリエル卿(ダニエル・クレイグ)と同じユキヒョウだった。このダイモン判定,そのときの気分で若干結果が異なるので,再度行ってみたら,今度はジャッカルだった・・・・。ま,どちらも喧嘩は強そうだ。ちなみに私の干支はトラ。これも喧嘩が強そうだ。しかし,肉食動物ばっか・・・だから私は肉が好きなのか?

パラレルワールドの不思議はもちろんこれだけでなく,謎のカルト集団マジステリアムの存在とか,子供をさらう誘拐団ゴブラーとか,オーソリティとか,宇宙の裂け目から降り注ぐダストだとか,「???」と首をかしげたくなるもののオンパレードなのだが,なにぶん今回は前述したとおり顔見世だけに留まり,謎の解明は次回作以降になりそうだ。

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主人公のライラは,お人形のような美少女ではなく,表情によっては,意地悪で強情そうにも見えるなぁ~と思ったが,劇中でよろい熊の王様やコールター夫人を騙したり,けっこうしたたかで気が強く大胆なキャラだった。真実を教えてくれるという羅針盤を読み解く能力を持ち,ひるまずに子供たちを救うために活躍したライラが,次回作ではどんな冒険をするのか,今から楽しみ。

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また,謎めいた悪女コールター夫人を演じたニコール・キッドマンの美しいこと!肌なんてまるでセルロイドのお人形のよう。顔立ちも,(これは実際に人間なのか?CGじゃないのか?)と思うくらい完璧な美しさ。彼女の秘密も,またその悪のパワーがより発揮されるのも,次回なのかしら・・・?

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そしてライラの叔父を演じたダニエル・クレイグ。今回はほんとに人物紹介のために登場,という感じだったけど,物語の鍵を握る最重要人物であることは間違いない。探険家,学者,戦士,というだけあって,知的でダンディでとっても素敵だった。

011
魔女族の女王セラフィナを演じたのはエヴァ・グリーン。・・・・この人も綺麗~~。魔女は箒に乗ってやってくるお婆さんのイメージがあったのだけど,この映画の魔女は,暗い天空を音もなく優雅に舞いながら敵に向かって矢を放つ,美しい天女の軍勢のよう。このセラフィナも,次回でも世界をマジステリアムの陰謀から救うためにライラの側に立って活躍するのかしら?しかし,ダニエルと共演すると,どうしても007を思い出す。

鑑賞しおわって,うまく次回作への期待につなげたなぁ,と感心した。大人でも,話の展開や出てくる聞き慣れない言葉に首をかしげながら鑑賞したので,子供はもっとストーリーはわからないかも,と思ったが,子供にとっては,細かいことはわからなくても,ハラハラドキドキできる十分楽しい物語なのかもしれない。・・・・動物たくさん出てくるし。

010
鎧(よろい)を着た熊
,という発想もまた楽しかったなぁ。(ぬいぐるみ,ほしい)

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